チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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XV二話、何が起こるんだ・・・・(お通夜状態の周囲を見ながら)


逃げない結果

死にたくて消えたくてたまらなくなってしまったあの日から、大分経っている。

数日もお布団に包まれてれば、メンタルも何とか快方に向かってくれて。

つい昨日の検査で退院許可をもらえた。

いや、何かあったらまたすぐに入院コースらしいけどね。

はっきり治ったかどうか分かりにくいのが、メンタル系の体調不良だよ・・・・。

正直、入院したての頃の記憶はおぼろげだ。

でも、未来が泣きそうな声で何度も呼んでくれたのだけは、どうにか覚えられてる。

・・・・心配かけちゃったな。

気になるのは未来だけじゃない。

すっかりダウンしていた間、進んでしまったであろう『三期』。

今どのあたりだろうか・・・・と思っていたら。

連絡用SNSに一昨日届いた、未来からのメッセージで。

翼さんマリアさんと都内の任務に就いているので、何かあったら頼ってほしいという旨が来ていた。

調ちゃん切歌ちゃんの後と言えば、多分八紘パパさんとのアレコレだろうし。

ということは、もう佳境に入ってきてるということだろう。

・・・・原作云々を、抜きにしても。

誰もかれもが決戦へ備えている中、わたしだけがとんでもない不安要素を抱えたままではいられない。

自画自賛や自意識過剰なようでなんだけれども、それでも。

この後を『知っている』身としては、立花響(わたし)が欠けてはいけないと分かっている。

だから、わたしは。

 

「――――お姉ちゃん」

 

――――顔を上げる。

少し低い位置から、わたしとおそろいの目が見上げている。

数歩後ろからは、付き添いのお父さんがゆっくり歩いてきていた。

 

「・・・・久しぶりだね、香子」

「・・・・うん」

 

何とか、笑えていただろうか。

そう信じながら、待ち合わせたファミレスの中へ。

一階で待つと言ってくれたお父さんに手を振ってから、二階に上がった。

・・・・お昼時だったので、『何か食べる?』と聞いてみる。

香子が何かを言う前に、お腹から元気な音。

あんまりいいタイミングで鳴るもんだから、思わず笑ってしまった。

何とか耐えていたけど、結局漏れてしまった笑い声を上げながら、ふと。

こんなに笑ったのが、酷く久しぶりの様に思えた。

 

「・・・・まだ好きなんだ、それ」

「うん、好き。来たときは絶対頼む」

「ここの、おいしいもんねぇ」

 

この時期にはちょっと熱いえびドリアを何度も吹きながら、やっぱりあちあち言いながらほおばる香子。

と、ほっぺたにご飯粒がついてるのが見えたので、手を伸ばす。

捨てるのが何となくもったいなかったから、そのまま食べてしまった。

どこか照れくさそうに笑う香子だったけど、すぐに眉をひそめる。

読み取れる感情は、『寂しい』だった。

 

「・・・・うちにいた頃は、よくやってくれてたよね」

「・・・・香子、まだ小っちゃかったからね」

 

・・・・わたしの、まだ幸せだったころの記憶にある香子は。

やっと理科や社会に慣れ始めた、小学校三年生。

まだまだ甘えただけども、ちょっとお姉さんぶりたいところも出てきた年頃だった。

集団登下校なんかで、下の学年の子達と手を繋いで引率してるのをよく見かけたもんだ。

そんな香子も、もう六年生、かぁ。

・・・・・そっか、三年。

三年、なんだなぁ。

 

「・・・・お姉ちゃん」

 

しみじみしていたら、どこか緊張した香子の声。

顔を上げると、すっかり空っぽになったドリアの皿が目に入って。

そこからさらに目線を上げると、まっすぐ見つめてくる瞳とかちあった。

 

「わたしはさ、まだまだ子供だし、小学生だし、頼りないかもしれないけど・・・・」

 

一生懸命言葉を紡ぐ香子。

騒いでないはずなのに、声がやけに大きく聞こえる。

 

「また、お姉ちゃんと一緒に帰りたい」

 

・・・・あまり、聞きたくなかった言葉だ。

 

「あれから時間も経ってるし、わたし達のことなんて、覚えてる人はもういないよ」

 

わたしの逃げ癖を知っているからか、たたみかけてくる。

 

「『勇気』だなんて、言い過ぎかもしれない。それでもわたしは、『あの頃』を取り戻したいから、ここにいる」

 

一度閉じられて、見開かれた目は。

寂しさもなく、迷いもなく。

・・・・その眩しさに後ろめたさを覚えて、視線をそらしてしまう。

通りを行き交う人たちは、わたし達のやり取りなんてお構いなしに動き回っている。

誰かに連絡を取っていたり、友達と話していたり。

・・・・もう、かつてのような。

一挙手一投足を見張られるような幻覚は、すっかり消え去っていた。

ふと、親子連れが目に入る。

子どもが転んでいるところだった。

お母さんに助け起こされる横で、手から離れた赤い風船が。

中身のヘリウムに従って、空高く昇って行って。

――――憎いくらい真っ青な空に、亀裂が走った。

 

「――――ッ!?」

 

声を吞んで見上げる合間に、あるはずのない欠片を散らしながらさらに広がっていく亀裂。

香子を連れて飛び出した目睫の間に、出てこようとしたものが。

巨大な建造物が現れて、ゆっくり下降を始めた。

 

「お姉ちゃん・・・・!」

 

不安げな香子の手を握り返して、空の動向をにらんでいると。

通信機が鳴った。

 

『――――響君ッ!!』

「はいはいッ、こちら響!現場からお送りしていますッ!!」

『俺達は未だ現在、東京湾沖合を航行中!翼、マリア君、未来君が急行しているが、すまない、ともに到着まで時間がかかる!』

 

案の定聞こえた弦十郎さんの声へ、いつも通りに答えれば。

予想通りの状況が報告された。

 

『響君にはそれまで、避難誘導を頼みたいッ!』

「りょーかいです!!」

 

言われるまでもないけど、伝達のためにはっきり返事。

すると、弦十郎さんはどこか真剣な声で。

 

『・・・・決して無理だけはするな』

「善処しマス」

 

せざるを得ない状況を否定できなかったので、あいまいな言葉で予防線を張った。

気付けば、周囲はわたし達以外誰もいない。

お父さんは・・・・『本来(げんさく)』はともかく、あのお父さんが置いてけぼりにするなんて考えにくい。

避難する人達に流されたか、あるいは警察なんかに『危ないから』って引きずられていったか。

どちらにせよ。

避難先でこっちに駆けつけようとして、複数人に押さえつけられているイメージが、簡単に浮かんできた。

 

「とにかく離れるよ、はぐれないように」

「う、うん」

 

救助モードで笑いかけると、何とか怯えを抑え込めたらしい香子。

『いい子だ』と頭をなでて、走り出そうとした時だった。

 

「――――逃がすものか」

 

後ろから、風が荒れ狂う音。

咄嗟に香子を抱えて横っ飛びすると、さっきまで立ってた場所が抉れていた。

 

「ぉ、女の子・・・・!?」

 

驚く香子の声に振り向く。

空の上、ちょうどさっきまでいたファミレスの二階くらいのところに。

ダウルダブラを構えた、キャロルちゃんがいた。

 

「お姉ちゃん・・・・!」

「・・・・ッ」

 

纏えるかどうかは分からなかったけど、何もしないよりはマシだと思って。

香子を後ろにやりながら、首元のギアを取り出す。

だけど、

 

「させん」

 

短い一言と共に、再び突風が襲い掛かってきて。

マイクユニットを弾き飛ばしてしまった。

呆気なく遠くすっ飛んでった赤い宝石は、あっという間に瓦礫に紛れて行方不明に。

まずい、とは思ったけど、後ろに香子がいることを思い出して。

 

「・・・・香子」

 

生身のままで構えた。

 

「ここはわたしが食い止めるから、その間に逃げな」

「で、でも・・・・!」

「いいから!!」

 

返事を待たずに、飛び出していく。

キャロルちゃんは律儀に降りてきて、わたしに応戦し始めた。

 

「・・・・やっとだ、やっとだ」

 

風や炎、氷を避けながら、突き出す拳や蹴りを避けられながら。

香子が走り出すのを確認していると、キャロルちゃんが口を開く。

 

「やっと、お前を、この手で手折れる・・・・!」

 

針となって迫る土を、時々蹴り砕きながら回避する。

 

「ずっとずっと殺したかった!!地獄に堕ち、這い上がり、今や人々の希望というべきお前をッ!!」

 

なんだか、すっごく熱烈なことを叫んでるキャロルちゃん。

君そんなキャラだったっけ。

 

「奇跡とも呼ぶべきお前を、この手で、ずっと」

 

キャロルちゃんは、こっちの困惑なんてお構いなしに、猛攻を畳みかけてくる。

 

「殺したかったよ、立花響・・・・!」

 

その顔は、いっそうっとりするほど恍惚で。

だからこそ、うすら寒さを感じた。

ええ、怖・・・・。

 

「ぃよっ、とぉッ!熱烈なアプローチご苦労だけど、こちとらもう相手がいるんだよなぁー!」

 

かまいたちを、畳返しした足元で防御。

そのままくるっと回転して前へ。

がら空きになっているはずの、キャロルちゃんへ、拳を叩きこもうとして。

 

 

 

 

弦が、鳴った。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「どこだ・・・・どこだ・・・・!?」

 

――――実のところ、香子は逃げていなかった。

物陰に隠れながら地べたに這いつくばって。

響のなくしものを探していた。

汚れるのもいとわず頬を擦り付け、砂粒が見えそうなほどに目を凝らして。

瓦礫に紛れてしまった、ガングニールのギアペンダントを探し回っていた。

やがて、視界の隅に赤いものを見つける。

弾かれたように振り向けば、目当てのものが。

いつか未来が持っていたものとおそろいの、赤い宝石が見えた。

 

「あった・・・・!」

 

喜色満面も束の間、その顔にはためらいが生まれる。

無理もない。

ギアペンダントが落ちていたのは、身を隠せそうにない、だだっ広い場所にあったのだから。

『こっそり見つけて、さっと渡して、さっと逃げる』を目標にしていた香子は、どうしようかと頭を悩ませる。

そこへ、

 

「ぐああッ!?」

 

姉の、響の、苦悶の声。

思わず身を乗り出せば、先ほどまでいなかったはずの女性に踏みつけられている姿が。

一瞬混乱した香子だったが、面影からあの少女が変身したのだと察した。

見た目通り色々上昇しているようで。

果敢に飛び掛かっていた響は、今や嘘のようにボロボロだ。

 

(――――あ)

 

ふと、似ている、と思った。

未来の戦いを見ていた、あの時と。

あの人形に負けた時も、勝った時も。

香子がやっていたのは、怯えて、隠れて、見ているだけで。

それが、三年前とも同じだと気づいて。

 

「・・・・ダメ、だ」

 

このままじゃ、ダメだ。

怖がって、隠れて、怯えて、泣いていたのでは。

結局、同じ結果を生むことになってしまう。

大好きな響が、お姉ちゃんが。

また、離れて行ってしまう。

 

(そうだ)

 

そうだ。

取り戻すって決めたんだ。

もう待っているのはこりごりなんだ。

 

(動け、動け、わたしは、もう・・・・!)

 

何よりも、誰よりも。

分かっている。

 

(怯えていた、小学三年生じゃないッ!!!!!!)

 

踏み出す、飛び出す、駆け出す。

拾おうと屈んだせいでもんどりうったが、関係ない。

握ったものを確認して、声を張り上げる。

 

「おねえちゃ――――!!」

 

その勢いのまま、投げようと振りかぶって。

 

 

 

――――すぐ横を、何かが飛んで行った。

 

 

 

「えっ」

 

いや、何かなんて言えない。

だって、分かっている。

振り向く。

軋む首を動かして、後ろを見る。

信じたくないと思うところに、飛び込んで来たのは。

 

「ぁ・・・・が・・・・!」

 

街路樹に激突し、口から血を吐き出している。

変わり果てた、姉の姿。

 

「ぉ、お姉ちゃん!!!!」

 

なりふり構わず駆け出す。

 

「お姉ちゃん、大丈夫!?お姉ちゃん!!」

「・・・・ばかっ」

 

止まらない喀血に狼狽えながらも、必死に声を掛ければ。

未だ苦しむ響は、強い目線で、ねめつけて。

 

「なん、っで・・・・逃げてないんだッ・・・・!」

 

絞り出すように、叱責した。

 

「だ、だって・・・・!」

「ギアくらい・・・・自分で探せた・・・・!・・・・・だから行けって・・・・言ったのに・・・・!」

 

再び咳き込み、血交じりの痰を吐き出す響。

 

「・・・・た、のむ・・・・から」

 

怒りに燃えるのも束の間、次の瞬間にはその歪ませ方を変えて。

悲し気に、口元を食いしばって。

 

「たのむ、から・・・・離れてくれ・・・・にげて、くれ・・・・」

 

ひゅうひゅう、不健康な呼吸を繰り返して。

 

「ゎ、たしは・・・・わたしは・・・・!」

 

懇願を口にする、頬に。

 

「家族が、泣くのを・・・・・みたくないッ・・・・!」

 

涙が、一筋。

再三咽て、血を零した響。

香子は、呆然と見ていることしか出来なかった。

 

「・・・・ふん」

 

当然見逃してくれるキャロルではない。

さっと風の陣を展開し、放つ。

無数の鞭のような烈風が、滅多切りにせんと迫ってくる。

せめて、致命傷だけでも避けられたならと。

庇おうとした香子を、響が逆に抱きしめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

生き物が、切り裂かれる音。

 

 

 

 

 

 

 

びたっ、と。

一瞬で、響の顔が血で濡れる。

当の響は、眼球が乾くほどに目をかっぴらくのに忙しくて、それどころではない。

姉妹の前、キャロルの前に立ちふさがったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんッ!!!!!!!!!」


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