電光石火!雷光の戦士、キュアスパーク!
それからしばらくして、夕食を終え、皿洗い諸々の家事を終えた蛍は、お風呂から上がり自室へと戻ってきた。
「そだっ。チェリーちゃん、ちょっとからだのサイズをはかってもいい?」
おもむろにメジャーを取り出す蛍。
「別にいいけど。」
何を始めるのだろうと疑問を抱くチェリーを余所に、蛍はチェリーの体のを測った後、裁縫道具を一式取り出した。
「何か作るの?」
「えへへ、おたのしみに。」
言うや否や、蛍は布を切り取り綿を詰めあっという間に小型の掛布団を作りだした。
「わっ、すごい!」
「そんなことないよ。おおきくないし、むずかしくもないから。」
例えそうだとしても、ここまで短時間に作れるものだろうか?
「あとはこの小型のバスケットにわたをつめて、ぬのをかぶせれば、はい、チェリーちゃん専用のベッドのできあがりだよ。」
どうやら蛍は料理だけでなく裁縫も得意なようだ。その鮮やかな手腕にチェリーは驚く。
それと同時に嬉しさも込み上げて来た。怖がる蛍に戦うことをお願いしたのに、住む家を与えてくれただけでなく寝床まで自作してくれたのだから。
「蛍、ありがとう。」
「えへへ、どういたしまして。」
さっそく今日から使ってみることにした。半年ぶりのベッドは、蛍の優しさが込められていたこともあり、とても寝心地が良かった
…
午前6時30分より少し前、チェリーは物音で目を覚ました。
部屋を見渡すと、蛍が制服に着替えているところだった。
「蛍・・・?」
「あっチェリーちゃん。ごめんなさい、おこしちゃって。」
「どうしたの?まだこんな時間なのに。」
確か蛍の学校は8時30分から始まると聞いた。学校まではここから徒歩で約20分程度。
食事と身支度の時間を考慮しても、今の時間に起床というのは早すぎる。
「えっとね、わたし、まいにちこのじかんにおきてるんだ。」
「え?」
「チェリーちゃんはまだゆっくりねてていいよ。
おかーさんもおきてるから、へやからはあまりでちゃダメだけどね。」
そう言って、蛍は部屋を出ていった。
すっかり意識が覚醒してしまったチェリーは、身を包んでいた小さな掛布団を畳み始める。
「そういえば蛍、毎日家事をしてるって言ってたっけ?」
だからこんな早朝から起きたのだろうか?
気になったチェリーは、蛍の両親に見つからないように、蛍の一日を観察することにした。
…
午前6時。
起床した蛍は30分までに身だしなみを整え、制服に着替えてキッチンへと向かう。
向かう途中、洗濯機のスイッチを入れる。
台所に着くと、既に母親の陽子が朝食の支度をしていた。
蛍をそのまま大人にしたような、優しそうな雰囲気の持ち主。
どうやら蛍は母親似のようだ。
陽子の隣に立った蛍は、母の手伝いをしながら3人分のお弁当を作り始めた。
蛍の両親は共働きの為、両親の分まで作っているのだろう。
それから30分ほどして、蛍の父である健治がリビングへと訪れる。
蛍曰く、家族の為に夜遅くまで頑張ってお仕事をする、とても素敵なお父さんとのこと。
尚、チェリーの私的な感想だが、夫婦そろって美男美女。
2人の血を引く蛍の容姿が、とても可愛らしいのも頷けるほどだ。
既に陽子は朝食の支度を終えており、3人揃ってリビングにつく。
「「「いただきまーす。」」」
家族3人でいただきますを合唱し、朝のニュースを見ながらの朝食が始まった。
時に談笑しながら朝食を取る一之瀬家。その平和な光景にチェリーは思わず綻ぶ。
20分ほどして朝食を取り終えた蛍は、食器を流し台へ置いた後、洗濯機へと向かった。
天気予報によると、今日は一日快晴、降水確率は5%とのこと。
絶好の天日干し日和の為、蛍は洗濯物を取り出した後、外へ干し始めた。
その間、陽子は3人分の食器を洗い終わり、健治は新聞紙を読み終えた。
7時30分。洗濯物を干し終えた蛍は、両親を見送る為、そのまま玄関へと向かった。
「それじゃあ、お父さんたちは仕事へ行くから、蛍も学校を頑張りなさい。」
「ありがと、おとーさん。」
「蛍、今日は早く帰れそうだから、一緒に晩御飯を作りましょ。」
「うん、おかーさん。ふたりとも、いってらっしゃい。」
両親を見送った蛍は、そのまま自室へと戻っていった。
…
「ふう~。」
朝の仕事を終えた蛍は、部屋につくなりベッドに座った。
時刻は午前7時35分。既に身支度は終えているため、後は家を出るだけ。
学校までの登校時間を考えると、家を出るのは約8時頃。
20分近く余った時間を、蛍は時に休息に、時に予習に使うことにしている。
「お疲れ様、蛍。」
「あっチェリーちゃん、ひょっとしてみてたの?」
「うん、蛍、あれを毎日続けてるの?」
「そうだよ。」
「大変だね。これから学校もあるのに。」
「そんなことないよ。もう何年もつづけてるから慣れちゃったし、わたしよりも、おとーさんとおかーさんのほうが、おしごとたいへんだもん。
だからわたし、なるべくおとーさんとおかーさんのちからになりたいんだ。」
そう語る蛍には一切の迷いがなかった。
本当に両親のことが大好きなのだろう。
親の力になりたいから、朝早起きして家事を手伝う。
簡単に言うが、それを毎日続けるのは生半可なことではない。
容姿や口調こそ幼い蛍だが、家事をこなす蛍の姿は、普段と違って大人びた印象を受けた。
「それにわたし、りょうりするの好きだから、ぜんぜん、たいへんってきがしないんだ。」
蛍は楽しそうにそう語る。
そういえば昨日は、絶品のハンバーグを調理し、あっという間に妖精用の寝具を一式作り出し、今朝も母親の朝食作りを手伝いながら、3人分のお弁当を準備し、洗濯物を干す時もシワを作ることなく手際よく干していった。
改めて振り返ると、蛍の家事スキルのレベルは非常に高い。
日々継続できることも含め、立派な能力だし特技である。
(全く、何が自分には何の取り柄もない、よ。)
得意げになれとまでは言わないが、ここまでのものを持っていて、自分に自信が持てないのは、少し勿体ない。
蛍はもう少し自分に自信を持つべきだと思うチェリーだった。
…
チェリーとしばらく談笑していると、時刻が8時を回りかけていた。
「あっそろそろ学校へいかなきゃ。」
蛍は立ち上がり、鞄を両手に持つ。
「いってらっしゃい、蛍。」
「うん。あっそだ、わたしが学校へいってるあいだ、チェリーちゃんはどうするの?」
「私は昨日と同じで、まだ見つかっていない仲間を探しに街に出るよ。」
「そっか、ほかの人にみつからないように気をつけてね。」
喋るぬいぐるみが見つかったなんてことになっては、たちまち全国ニュースで報道されてしまう。
「その心配はないわ。私たち妖精には戦う力はないけど、いわゆる魔法みたいなものは使えるの。
それを使えば、人間の姿に変身することだって出来るのよ。」
「え?そうなの?」
「ええ、見ててね。えい!」
言うなり、チェリーの姿が煙に包まれた。驚いて目を閉じる蛍。
僅かに間を置き目を開けると、少しずつ煙が晴れていった。
そして煙から人影が見え始め、その姿が映し出された瞬間、
「・・・へ?」
蛍は口を大きく開けたまま、目を丸くした。
「どう?ちゃんとした人間の姿になれたでしょ?」
確かに人の姿だ。
紛れもなく人の姿だ。
そして聞こえてきたのはチェリーの声だ。
チェリーが人に変身したというのは疑いようがなかった。
だが問題はその容姿にあった。
自分より20cmは高そうな身長。
ピンクを基調としたセーラー服に赤いリボン。
少し赤みがかった茶髪のストレートは腰の位置まで伸びている。
その容姿は、蛍の目から見れば立派な『おねーさん』だった。
「・・・?蛍、どうしたの?ひょっとして何かおかしなところでもある?」
おかしなところは何一つない。ただし一つ疑問に思うことはある。
「チェッチェリーちゃん・・・そのすがたは・・・。」
「え?だから人の姿だって。
あっ、見た目は私を人間年齢に換算させたの。
私、人間的には18歳くらいなんだって。
だからこの世界のジョシコーセー?っていうのが着ている服を参考にしたんだけど、もしかして何か変だった?」
姿も服装も何らおかしくはない。
強いて言うなら女子高生の発音がカタゴトだったくらいだが、それ以上に、蛍の疑問を解決させた一言が頭の中から離れなかった。
「チェッチェリーちゃんって・・・。」
「蛍?」
「チェリーちゃんって、」
「・・・?」
「わたしより『年上』だったの~!!?」
「・・・はい?」
この日一番の衝撃が蛍を襲った。
…
大きさ20cm程度の可愛らしいウサギのぬいぐるみの姿をした妖精が実は自分よりも5つも年上だったという衝撃的事実が頭から抜け切れていないまま、蛍は夢ノ宮中学校へ辿りついた。
いけないいけない、今日は朝からやるべきことがあるのだ。
上手く気持ちを切り替えないと、また言いたいことが言えなくなる。
教室に入る前に、蛍はいつものおまじないをする。
よし、意を決して蛍は、教室へと入った。
「あっ、一之瀬。」
こちらに気づいた要が声をかけてくる。隣には雛子も座っていた。
蛍は自分の席につき、二人を正面から見据えた。
「あっあの・・・きのうはごめんなさい!」
「え?」
雛子が不思議そうな声をあげる。
「せっかく・・・いっしょにかえろうってさそってくれたのに・・・。
わたし・・・にげだしちゃって・・・。」
蛍は目を潤ませながら、2人の厚意を無駄にしてしまったことを謝罪する。
そして深々と頭を下げながらも願うのだった。
また、一緒に帰ろうと誘ってほしいと。声をかけて欲しいと。
勝手な願いなのはわかっている。でも、もう絶対に逃げ出したりしないから。
すると、要の方から返事があった。
「別に気にしてないよ、あれくらい。」
「え・・・?」
蛍は恐る恐る顔をあげた。
「私たちこそごめんなさい。転校初日で、不安なことも多かったはずなのに。
一之瀬ちゃんに無理させようとしちゃって。」
「そっそんな・・・あやまらなきゃいけないのは、わたしのほうです・・・。」
「じゃっ、この話はもうおしまい!」
「一之瀬ちゃん、少しずつ、この学校に馴染んでいこ?」
2人の優しさが胸に染みる。蛍は、今度は嬉しさから泣きそうになった。
「も~、そうしょんぼりしないの一之瀬。笑う門には福来るやで?」
要の言葉を聞きながら、蛍は深呼吸をする。
まだ1つ、2人に伝えたいことがあるのだ。
今なら、それを伝えられるかもしれない。
「あっ、あの!」
「一之瀬?」
「一之瀬ちゃん?」
突然大声を出した蛍に困惑する2人。
「その・・・。」
だが徐々に語尾が小さくなっていく。
あと少し、ほんの少しだけ勇気を出せれば・・・。
蛍はリリンの言葉を頭に思い描き、おまじないをする。
ほたる。がんばってね。
「がんばれ、わたし・・・。」
胸に勇気を宿した蛍は、あと一歩を踏み出した。
「ほたる!ほたるって!よんでください!」
蛍の声がクラスに響く。
クラスメート達が一斉にこちらを振り向くが、蛍はそのことを気にしていられなかった。
周囲からの注目を浴びた要は、ややバツの悪そうな顔をするが、やがて笑顔を見せ、
「オッケー。わかったよ、蛍。」
蛍の頼みを受け入れてくれた。
「ほっほんとうですか・・・?」
「ああ、もちろん。」
「私からもよろしくね。蛍ちゃん。」
続いて雛子も同意する。
「っ!はい!」
嬉しさで感極まった蛍は、目に涙を浮かべながら満面の笑顔を見せた。
勇気を出して言って良かった。
これでまた、2人と距離を縮められた気がする。
このまま一歩ずつ前進していけば、そう遠くない内に友達になれるかもしれない。
そう思ったのも束の間、
「じゃあさ。」
要から思わぬ提案がふってきた。
「ウチのことも、要ってよんでな?」
「え・・・?」
この展開は予想外、いやむしろなぜ予想できなかったのか。
お互い名字で呼びあっていたもの同士が名前で呼んでくれと頼めば、相手からも同じことを頼まれるのが自然だろう。
「はっはい!ええと・・・あの・・・。」
ダメだ弱気になってはいけない。
ここで名前を呼ぶことが出来れば、一気に距離を縮めることが出来る。
もしかしたら今日にでも、2人と友達になれるかもしれないのだ。
「その・・・か・・・。」
だがなかなか声が出てくれない。
そうだ勇気のおまじないを・・・と思ったが既に胸に両手を当てていた。
「・・・蛍?」
蛍は2人に名前で呼んでほしいと頼んだ時、持てる勇気を全て出し切ってしまっていた。
そこから間を置かず、立て続けに勇気を振り絞ることは出来なかったのだ。
「・・・うぅ・・・ごめんなさい・・・。」
ようやく出てきたのは謝罪の言葉だった。
ほんの少し前とは打って変わって、申し訳なさそうな表情で涙を浮かべる。
「いや、謝ることでもないけど・・・。」
要はそんな蛍の落差に困惑する。
「要、蛍ちゃんに無理強いしないの。」
「え?ウチのせい?」
「蛍ちゃん。」
「はっはい・・・。」
「大丈夫、私たちはクラスメートだもの。
いつでもこの学校で会うことができるから。
蛍ちゃんの気持ちに整理がつくまで、私たち待ってるからね。」
雛子が優しく励ましてくれた。
「まっウチとしては早く慣れてほしいけどな。」
「要。」
要の言葉を雛子が注意する。
だが要もまた、こちらに笑顔を向けてくれたので、彼女なりに励ましてくれているのだろう。
「ただし、これだけは頑張ってほしいかな?」
雛子は一つだけ蛍にお願いをする。
「敬語は禁止。」
「えと・・・はい・・・じゃなくて、うん。」
それなら今からでも頑張ることが出来そうだ。
優しい2人の気持ちに応えるためにも、いつか勇気を出して名前で呼べるようにしよう。
もしもその時が来たら・・・。
蛍は、そう遠くないであろう未来に期待を寄せる。
(すこしずつ、ほんのすこしずつでいいから、勇気をだして、一歩ずつすすんでいこう。)
リリンのおまじないを胸に、蛍はそう決意するのだった。
…
その日の放課後。
帰り支度を始めた蛍に、要から声がかかった。
「蛍、部活動は何するか決めてるん?」
「え?」
「もし決まってないなら、一緒にバスケやらない?新入部員、絶賛募集中やねん。」
運動が大の苦手な蛍は、仮に部活をやるとしても運動部には入らないつもりだ。
だがそれとは別に、蛍には部活動が出来ない理由があった。
「えと・・・ごめんなさい。わたし、ぶかつはやらないってきめてるの。」
「なんで?」
「わたしのおうち、おかーさんもおとーさんもおしごとしてるから、おうちのこと、わたしがぜんぶやってるんだ。
きょうも、はやくかえっておゆうはんのしたく、しなきゃいけないから、ぶかつはできないの。」
最初に始めたのはいつからだろうか。
もう随分と長く家事全般を担っている気がする。
こんな性格の為友達のいない蛍は、幼いころから両親に心配をかけてばかりだった。
家族の為に夜遅くまで仕事をしている両親に、自分のせいで迷惑かけてしまうことがとても申し訳なかった。
だからせめて、家にいる時くらい両親の負担を減らそうと、家事全般を手伝うようにしたのだ。
「へ~。おうちのことぜんぶって、毎日掃除したり選択したり夕飯作ってるの?」
「うん。」
「偉い。要とは大違いね。」
「そんな、エラくなんてないよ・・・。」
「謙遜しちゃって。」
謙遜でもなんでもない。
本当にエライ子というのは、そもそも両親に心配をかけたりなんかしないものだ。
それに料理が好きな蛍にとっては、半分は趣味でやっているようなものだ。
「ったく、いちいちウチを引き合いに出すなっての。つか、雛子も人のこと言えんの?」
「私は時々、おばあちゃんのお手伝いしてるもん。
でもそうゆうことなら、一緒に委員会のお仕事も出来なさそうだね。」
「ふじたさんは、なんの委員会にはいってるの?」
「図書委員。こいつ小学校の頃から本の虫だから。」
「こら、なんで要が答えるのよ。」
売り言葉に買い言葉。
赤の他人なら喧嘩になりそうなものだが、言葉のやり取りとは裏腹に、2人からは険悪な雰囲気は感じられなかった。
喧嘩するほど仲がいい。親しい間柄だからこそ出来る、遠慮のないやり取りなのだろう。
蛍はそんな2人の関係が、少し羨ましく思えた。
「それじゃ、ウチは部活があるから。蛍、また明日な。」
「うっうん。またね。」
要は活き活きとした表情で、教室を後にした。
「・・・もりくぼさん。たのしそう。」
「要はスポーツバカだからね。」
スポーツバカとはひどい言われようだが、それだけ要にとって体を動かすことは楽しくて仕方がないのだろう。
最もそれだけではないようにも感じられた。
そんな蛍の様子を雛子は興味深そうに観察する。
「・・・ねえ蛍ちゃん。
お家のことをするために、今すぐ帰らなきゃならいけなかったりする?」
「え・・・?そんなことないけど・・・。
すこしくらいは、よりみちできる時間、あるよ。」
「だったらさ、要の部活、少し見学していかない?」
「え・・・でもそれ・・・メーワクじゃないかな・・・?」
「気にしなくていいわよ。私も時々見学に行ってるし。」
「・・・じゃあ・・・ちょっとだけ・・・。」
「決まりね。ついてきて。」
雛子の後を追い、蛍は要の部活動を見学することになったのだった。
…
夢ノ宮中学校の体育館では、男子バスケ部、女子バスケ部がそれぞれ部活動に励んでいた。
体育館の隅でドリブルの練習やダッシュをしているのは、今年入った新入部員だろうか。
男女入り混じった体育館は、想像以上に賑やかだった。
蛍と雛子はグラウンドを訪れ、女子バスケ部が見学できる位置から体育館内の様子を眺める。
見ると、女子バスケ部の2年と3年が、2チームに別れて練習試合をしているところだった。
「要!」
チームメイトから要にボールが渡る。
要はボールをキープしながら、相手のディフェンスと睨み合う。
そして一瞬の隙を突き、素早く相手を追い抜いたのだ。
「わっ、はやい。」
蛍はその速さに驚きの声をあげた。
要はそのまま相手のコートまでボールを運ぶ。
相手ゴール下で守りを固めるディフェンス陣と再び睨み合いになった要だが、追い抜こうという素振りを見せて相手の気を引いた後、味方へパスを送った。
パスを受けた味方は、ディフェンスが要に気を引かれている隙にシュートを決める。
その次も要は、素早い身のこなしで相手のボールを奪い取りターンを取り返した。
先ほどのパスを警戒した相手チームは、今度はチームメイトに対しての当たりを強くする。
だが自身への警戒が弱まったと見た要は、今度は自らゴールまで切り込んだ。
相手のディフェンスを素早く切り抜けた要は、そのままシュートを決めてみせた。
電光石火
そんな単語が蛍の頭に思い浮かぶ。それほど要の動きは、素早くそして鮮やかだった。
「あのスピードが要の持ち味。要の瞬発力は先輩たちを凌いでチーム1位よ。」
そう語る雛子の様子は少し誇らしげだった。蛍は改めて試合中の要の姿を見る。
コート上を駆け回る要の姿はとても楽しそうで、活気に満ちていた。
「要のやつ。進級して一層気合が入ってるわね。」
「そうなの?」
「去年の1年間はベンチウォーマーだったからね。
今年こそはスターティングメンバーの座を勝ち取ってやるって言ってたの。
一応去年の公式試合も、途中交代で何度か出場経験はあったのだけど、要はそれじゃ納得できなかったみたいよ。」
一年生の時点で試合経験があること自体凄いことだと思うのだが、
要の向上心はそれを許さなかったようだ。
それだけ要は、バスケットというスポーツに対して真剣に向かい合い、取り組んでいるのだろう。
「もりくぼさんは、バスケットが大好きなんだね。」
「ええ。小さいのころからずっと、続けて来たスポーツだから。」
真摯にバスケットに打ち込む要の姿勢に、蛍は感嘆した表情で眺めていた。
だがそんな要の活躍も、長くは続かなかった。
要の様子を静観していた相手チームの選手が、静かにボールを構え始めた。
「あちゃあ・・・。」
雛子の口からため息のような言葉が漏れる。
何が起こるのだろう?と蛍が疑問に思ったのも束の間、試合が再開された直後、その相手は一瞬の隙をついて要のボールを奪い取った。
「しまった。」
要は自分のコートへ先回りし、ディフェンスの態勢に移ろうとするが、相手はそれを許さず、巧みなドリブルでゴール下まで辿りつきシュートを決めた。
「理沙が本気を出してきた。皆警戒して。
要、理沙のことは任せるよ。」
「はいよっ。」
同チームの3年が、要たちに声をかける。理沙と呼ばれた生徒の相手を任された要だが、その後もボールを奪われる、ディフェンスを突破される展開が続いた。
「あのひと・・・すごい。」
たった1人の選手が本気を出しただけで、試合が大きく傾き始めた。
そんな蛍の様子を見ながら、雛子は相手の選手について説明する。
「竹田 理沙。私たちと同学年で、入った当時から3年生を含めた部員の中で一番で上手くて、去年、1年生の中で唯一スターティングメンバーに選ばれたの。
名実ともに、夢ノ宮中学女子バスケ部のエースプレイヤーよ。」
身長は要よりも高い。170cm近くはありそうだ。
長い黒髪をポニーテールでまとめており、凛とした表情には静かな闘志が宿っているかのようだ。
先ほどの話によれば、要は去年スタメンには選ばれなかった。
だが理沙は選ばれた。
同学年に自分が望んでいたものを持つものがいるというのは、どんな気持ちなのだろうか。
今の蛍には想像出来なかった。
「もりくぼさん・・・。」
蛍が要の方へ眼をやると、先ほどまで楽し気にプレイしていた時とは表情が変わっていた。
鋭い目つきで理沙を睨み付けている。その視線から、理沙への対抗意識が見え隠れしていた。
だが要は、傾いた試合の流れを戻すことが出来ないまま、試合終了の笛が鳴った。
序盤、要を中心として優勢な状況を作ることが出来たが、後半、理沙の活躍によって全て巻き返されてしまったのだった。
「・・・。」
「ドンマイドンマイ。
要で止めることが出来ないのなら、誰にもあの子を止められないんだから。」
「そうだよ要。要のおかげでここまで粘れたんだから。」
先輩やチームメイトから励ましの言葉が飛んでくる。
だが要は、悔しさを表情から隠すことが出来なかった。
そんな要の様子を、蛍は沈痛な思いで見ていた。
「・・・そろそろ帰ろっか?」
すると雛子から優しく声がかかった。
「・・・うん。」
2人はグラウンドを後にする。
校門まで来た2人だが、雛子はしばらく図書館で本を読むと言うので、ここで別れることになった。
「それじゃ、また明日ね。
あっ要のことは気にしなくていいから。あれくらいのこと日常茶飯事だし。」
「え・・・?」
「要は負けず嫌いで、理沙ちゃんへ強い対抗心を持ってるからね。
だからいつも、勝負を挑んでは負けるを繰り返しているの。」
その言葉を聞いて、蛍は逆に驚きを受けた。
要は部活動をする度に、あのような悔しい思いをしているのだろうか。
雛子と別れた蛍はそのまま真っ直ぐ家に向かった。
だがその帰り道、要が試合後に浮かべた表情が、頭から離れることはなかった。
…
要が部活を終え正面玄関へ向かうと、2年1組の下駄箱の前に雛子が立っていた。
「よっ雛子。ま~た待ち伏せか?」
「人聞きの悪い。いつも言ってるでしょ?
図書館で本を読んでて帰ろうとしたら、たまたま要の部活が終わる時間と重なっただけよ。」
それで騙せるだなんて自分でも思ってないくせに、何で素直に一緒に帰ろうと言えないのか。
要に部活がある日は、雛子は時々、図書館で時間を潰して要の帰宅時間に合わせる日がある。
そして雑談と口喧嘩を交わしながら、それぞれの家に帰るのが日課だった。
だが今日の雛子はいつもと様子が違った。
そして長いこと一緒にいる経験から、雛子から何か大切な話しがあるのだと分かった。
ついでに言うと、要には話したい内容も大体想像がついていた。
学校を後にした2人は、いつものように並んで下校する。
そしてしばし無言の間が続いたが、雛子の方からようやく話を切り出してきた。
「蛍ちゃんのことだけど。」
(ドンピシャだ。)
「あまり要の方からグイグイいっちゃダメよ?
そうでなくても、要は強引なところがあるんだから。」
グイグイいくなとは無理を言ってくれる。第一なぜダメなのかが要にはわからなかった。
要は自分なりに蛍の心情を察しているつもりだ。そしてあの子の思いを理解するならば、他の子と同じように接するな、というは矛盾しているとしか思えない。
「蛍ちゃんの方から歩み寄ってくれるのを待ちなさい。いいわね?」
念を押す雛子だが、物言いに反して口調は穏やかだった。
自分の思いにも理解を示してくれているからだろう。
だが同時に納得ができないことも事実だ。
あちらから距離を縮めて来たかと思えば、こちらから近づけば離される。
あちらの思いを理解できても、こちらから行動を起こしてはいけない。
押せばいいのか引けばいいのか。
曖昧な距離感を保ち続けなければならない今の状況は、思いのままに人と接することを良しとする要にとってとても窮屈だった。
「・・・はあ~、めんどくさい。」
思わず本音を零す要。
「こらっ!そんな言い方しないの。」
さすがにこれには雛子も語気を強くして注意するが、要は今更、雛子を相手に上辺を取り繕うつもりはなかった。
思いのままの本音を雛子に打ち明ける。
「いやだってさ。雛子もわかるやろ?ウチはとっくに・・・。」
だが言い終わる前に、雛子の人差し指が要の唇に触れた。
「ストップ。それ以上は言ってはダメよ。」
要が何を言おうとしたのか悟った雛子は、強引に言葉を遮ってきた。
そこから先の言葉は、蛍から直接聞かない限りは口にしてはいけないということか。
「・・・蛍ちゃん、頑張っているんだよ?」
雛子が諭すように話す。だが要もそれくらいは承知だ。
「・・・それはわかるけどさ。」
蛍は相当、臆病で人見知りも強い性格だ。昨日と今日見ただけで一目瞭然である。
そんな蛍が頑張って自分を奮わせ、持てる勇気を振り絞って話しかけてきているのだ。
そんな蛍の力になりたいと、要は心から思っている。
だからこそ多少面倒とは思っても、蛍のことを見捨てるつもりはなかった。
最も、要が蛍の力になりたいと思う理由はもっとシンプルなのだが、今はその理由は言わせてもらえないようだ。
「だから、私たちはあの子のこと、見守ってあげよう?
いつかあの子の口から、要の言いたい言葉が聞けるまで。ね?」
まるで子供を見守る母親のようだ。
蛍を慈しむような雛子の言葉を聞いて、要は白旗をあげることにした。
こうなった以上は雛子に任せよう。
人付き合いに頭を使うタイプでない自分では、事態を引っ掻きまわしてしまうだろうが、雛子ならその心配は不要だ。
思いのままに人と接することが出来ないのは、要にとっては歯がゆいものだが。
「大丈夫よ。要の良いところは、ここを乗り越えた先に輝くから。」
そんな歯がゆさが表情に出ていたのだろうか、雛子が珍しく自分を褒める言葉を向ける。
全てを見透かされているかのような雛子の対応に、敵わないなと思う要だった。
…
モノクロの世界の中、リリスは自分の状態を確かめていた。
「まだ、回復できてないのね。」
キュアシャインとの戦いで受けた傷の治りが遅い。恐らく浄化技のせいだろう。
プリキュアの浄化技は、絶望の闇の化身であるソルダークを消滅させることから、
闇の力を打ち消する特性があると学んだ。
リリスはソルダークと違い肉体はあるが、有する闇の力は、身体能力や自然治癒力の強化など、様々な方面に働きかける。
だから浄化技の余波を受け、内包する闇の力を失った今は、普段の能力を行使することが出来ないのだろう。
こうなれば、失った力が戻るのを待つしかない。
ダークネスが根城としているこのモノクロの世界は、過去に闇の牢獄へと囚われた世界の成れの果てだ。空間は絶望の闇で満ち溢れている。
力の補給には困らないが、それと合わせて肉体の回復まで待つとなると、まだしばらくは前線に復帰できないだろう。
「キュアシャイン・・・。」
どれだけその名を呼んだだろう。
今すぐにでもやつの元へ向かいたいのに、出来ないという現状がリリスの胸を焦がす。
その時、リリスは背後から一つの気配を察した。
「随分手酷くやられたようだな。」
「・・・サブナック。なぜここに?」
リリスが名を呼びながら振り向くと、そこには2mを軽く超えた大男が立っていた。
外見は30代後半くらいの男性。
だが黒く光沢を帯びた皮膚と、全身に広がる赤のタトゥーのような文様は、一見しただけで彼が人外であることを伝えている。
逆立った白髪。
両肩、両肘には赤色の角が生え、その両手はガントレットと同化していた。
「貴様が任された世界にプリキュアが現れ、貴様が敗北したと聞いてな。
招集命令を受けてここに来たのだ。」
「招集命令?」
リリスを含め、この辺り一帯のエリアの侵略を担当する行動隊長は3人いる。
サブナックは同じエリア内にある、別の世界の侵略を任されていたはずだが、プリキュア出現と共に招集命令が下されたようだ。
ということは、この場にはいないもう1人の行動隊長もいずれ現れるのだろうか?
「その様子では、まだ傷は癒えていないようだな。ならば次は俺が行かせてもらうぞ。」
「何ですって・・・。」
まさか自分よりも先にプリキュアを倒すつもりか。
そう思った時、リリスは強い反発心を抱いた。
キュアブレイズはどうでもいいが、キュアシャインだけは自分の手で・・・。
「何か問題でも?」
だがサブナックのその言葉を聞き、リリスは落ち着きを取り戻す。
プリキュアはこの先も計画の障害となるものだ。
早々に排除しなければならない。
ならば誰がそれを担うかなど関係のないことだ。
出来るものが実行すればいい。
特定のモノに対して個人が執着するなど、作戦の効率を妨げるだけだ。
そう、自分がキュアシャインの排除に固執する必要などない。
「・・・いいえ、何でもないわ。」
その言葉を聞いたサブナックは、リリスを一瞥した後にその場を離れる。
「伝説の戦士プリキュアか。面白くなりそうだ。」
その言葉とは裏腹に、サブナックの表情に笑みはなかった。