ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第27話・Aパート

それぞれの時間!それぞれの夏休み!

 

 

 

 8月を迎えたある日の朝、蛍は商店街へと出かけるための身支度をしていた。

 

「ほたる、ほたる!早く街にいこっ!」

 

「はいはい、もうすこしまっててね。」

 

 自分よりも早くも身支度を終えたリリンが急かしてくるのを横に、蛍は鏡の前で最後の確認をする。

 寝ぐせで崩れている様子は無し。愛用のヘアピンの位置もズレていない。

 よし、と蛍は手提げバッグを手に取る。

 

「チェリーちゃん、おいで。」

 

 名前を呼ぶと、チェリーは蛍の持つバッグの側面へと向かう。

 この暑い夏の時期、鞄の中にいるのは流石に辛いと言うチェリーの要望に応えるために、蛍はチェリーを鞄のアクセサリーとして誤魔化せないかと思いついたのだ。

 そこで作られたのが、バッグ側面に縫われた妖精用の椅子である。

 木綿性でリュックサックを背負い込む要領で両側の輪に腕を通し、椅子に腰を掛けることができる。

 

「さすが蛍。椅子の大きさも座り心地もちょうどいいわ。」

 

「そっ、そう?よかった、気に入ってくれて。」

 

 チェリーの褒め言葉に、蛍は顔を赤くして俯く。

 最後にもう一度、忘れ物がないか確かめ、リリンと一緒に階段を下りて家を出てから鍵を閉める。

 

「さっ、リリンちゃん。いこっ。」

 

「うん!」

 

 2人で手を繋ぎ、チェリーも合わせて3人で商店街へと出かけるのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 リリンと一緒に暮らす様になってから1週間ほどが経ち、蛍は少しずつ彼女のことを理解し始めた。

 これまでにリリンは蛍が気にも留めていないことに疑問を抱き訊ねてきた一方で、道路交通法についてはちゃんと理解しており、歩道から逸れたり、信号を無視したことは今までに一度もない。

 買い物をする時にはお金を払うことも知っており、ある程度の社会的な常識は身に付けているようだ。

 一緒に暮らし始めてからはほぼ四六時中行動を共にしているし、今では同じ部屋で就寝も共にしている。

 だからこそわかることだが、リリンは今日まで特に勉強をしている様子を見せたことがないので、恐らくダークネスの行動隊長リリスとして活動するにあたって身に付けた知識なのだろう。

 ・・・要するにキュアシャインである自分に近づくために得た知識なのだろうが、当時のリリスの憎悪と執念が、憎き相手だった自分と一緒に暮らすための土台として功を成したなんて、リリンは勿論、蛍にとっても思いもよらなかったことだ。

 この街に引っ越して来てから不思議な事続きであったが、本当に世の中どうなるものかわからないなと、蛍は若干13歳にして、人生の境地に辿りつきそうな思いである。

 

「ねえねえ、ほたる。

 あのお店はなに?なんか色んなものが点々としてるよ。」

 

 そんなことを考えている内に早速リリンが『雑貨店』に興味を示してきた。

 

「あれは雑貨店っていって、いろんな日用品が買えるところだよ。

 生活に必要なものは、あそこでひととおり買うことができるんだ。」

 

「え?それじゃあ毎日あそこで買い物をすればいいんじゃないの?」

 

「それでも、食料品をかうならスーパーでかった方がおいしいし、おようふくとかも、服屋さんでかったほうが品質もデザインもいいものがおおいよ。その分おかねはかかるけど。」

 

「えと・・・広く浅く?大は小を兼ねるお店?」

 

「さいごのはちょっとちがうかもだけど、そんなかんじ。」

 

 覚えたての言葉をとにかく使い、正しい用法を身に付けようとするのも、最近のリリンに見られる傾向である。

 リリンは目に留まるもの全てに対して、興味深く観察しては質問をして、答えられる範囲で蛍が答える。

 それがここ最近、蛍とリリンの間にできたコミュニケーションだ。

 余談だが、蛍では答えられないものは雛子に連絡を取って教えてもらっているため、リリンにとって雛子は完全に先生のような立ち位置になってしまった。

 雛子に聞けばなんでも答えが返ってくると思っている節すらあり、でも実際、今まで答えられなかったものはないのだから、雛子の知識の広さには驚くばかりである。

 閑話休題。

 要するにリリンはとにかく探求心と知識欲が旺盛なのである。

 それは無知ゆえの反動もあるのだが、同時に彼女がまだみんなと『当たり前』を共有できていないことに負い目を感じているところもあるのだ。

 だからこそ1秒でも早く、この世界の『当たり前』をマスターすることを望んでいる。

 蛍もリリンのその望みを叶えたいため、協力することは惜しまないのだが・・・。

 

「ねえねえほたる!あのお店はなに!?」

 

 当のリリンはそんな負い目以上に、純粋な知的好奇心に突き動かされるままに街中を走り回る。

 ダークネスから解放されて自由を得ることができたからか、人として生きていけることへの喜びからか、はたまたその両方か、とにかくリリンの辞書には自制心なんて謙虚な言葉が存在しない。

 

「あっ!本屋だ!

 たくさんの雑誌とか、小説とか、漫画・・・だっけ?

 とかが売ってるお店だよね!?」

 

 思ったことや感じたことを直球そのまま伝えてくるだけに収まらず行動でも全力で表現していく。

 そうやって興味を抱いた方向へ所狭しと走っては回り、走っては回り・・・。

 

「ねえねえほたる!・・・あれ?」

 

「ぜえ・・・ぜえ・・・。

 リリンちゃん・・・まって・・・。」

 

 ついに蛍の方が先に力尽きてしまった。

 膝に手を置き呼吸を整えるこちらの様子を見たリリンは、ハッとなって急いで駆け寄って来る。

 

「ほたる!ごめんね!

 あたし・・・自分のことばっかりで・・・。」

 

 先ほどまでの笑顔はどこへやら、すっかり意気消沈してしまったリリンは申し訳なさそうな顔を浮かべて蛍に手を差し出す。

 そんなリリンを見て、蛍は微笑みながら手を取り、その手を引く。

 

「リリンちゃんはいま、幸せなんだよね?」

 

「ほたる?」

 

「とても幸せで、まいにちがたのしいんだよね?

 だったら、リリンちゃんはじぶんの心のままに、動いていいんだよ?」

 

「あたしの・・・心?」

 

「うん!だいじょうぶ!

 リリンちゃんがどこへ行こうとしても、わたしがこの手をぜったいにはなさいから!」

 

 蛍はリリンの手を力強く握る。

 もう、2度とこの子の手を放したくない。

 あの暗い闇の中で彼女の手を取った時、そう心に決めたのだから。

 そして彼女が今幸せを求めて彷徨うと言うのなら、自分もそれを追い求めていきたい。

 リリンの隣で、この先もずっと・・・。

 

「ほたる・・・うん!!」

 

 リリンもまた、蛍の手を強く握り返す。

 

「じゃあ、次はあのお店をみにいこっ!!」

 

 蛍が笑顔でリリンに呼びかけると、彼女も無邪気な笑顔で返す。

 互いに離さないと強く手を握り合い、蛍とリリンは商店街を駆け回る。

 そんな2人の甘い空気を鞄越しから見ていたチェリーは、人知れずそれはそれは小さなため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 リリンが蛍と手を繋ぎ街を回っていると、こちらに駆け寄って来る1人の少女が現れた。

 

「あれ?リリンちゃん、あの子・・・。」

 

「おーい!!

 ほたるおねえちゃん!リリンおねえちゃん!」

 

「あっ・・・ミカちゃん!」

 

「っ!?」

 

 蛍が少女の名前を呼び、リリンも思い出す。

 こちらに手を振り駆け寄ってくるその子は、かつてリリンがリリスとして行動していた時、ソルダークを創り出すために絶望の闇へと閉じこめた少女、ミカだった。

 

「ミカちゃん、おひさしぶり!」

 

「うん!

 きょうはね、おかあさんといっしょに、まちまでおでかけするの!!」

 

 そう嬉しそうに話すミカの後を、1人の女性が早足で追いつく。

 

「こら、ミカ。

 突然走り出したら危ないでしょ・・・って、その子たちは?」

 

「あっ、おかあさん!

 このおねえちゃんたちがね!まえにはなしてた、ほたるおねえちゃんと、リリンおねえちゃんだよ!」

 

「あら、あなたたちが?」

 

 少し驚いた様子を見せながら、ミカの母はこちらに向かって深々とお辞儀する。

 

「初めまして。ミカの母です。

 この前はミカがお世話になりました。」

 

「いっ、いいえ・・・。

 えと・・・はっ、はじめまして!

 いちのせ・・・ほたるです!」

 

 初対面のためか、蛍はどこかおどおどした様子で挨拶を返す。

 蛍は良く人見知りをする、と本人から聞かされたことはあるが、自分や友達の前ではそう言った面を見せなかったので、今のような姿を見るのは実は初めてである。

 

「ほら、リリンもちゃんと挨拶しなきゃ。」

 

 そんな蛍の様子を興味深く見ていると、チェリーがミカたちに気付かれないように小声で注意してきた。

 我に返ったリリンは蛍に倣ってお辞儀をする。

 

「はっ、はじめまして、リリンって言います。」

 

「あの時はこの子のプレゼント選びを手伝ってくれてありがとう。

 とても素敵な一輪の花だったわ。」

 

「いっ・・・いえ、そんな・・・。」

 

 蛍は困惑しながらも照れ笑いする。喜びが隠しきれてないようだ。

 一方、そんな蛍とは対照的にリリンの心境は複雑だった。

 あの時のことをよく覚えている。

 キュアシャインの情報を得ようとこの世界に来たが上手く事を運べず、苛立ちを募らせていたところで偶然見つけたミカの、母を想う気持ちから生じた寂しさを利用してソルダークを創り出してしまった。

 そして戦闘の最中、ミカが母の日のプレゼントとして得た一輪の花を、苛立ちのあまり引き裂こうとした。

 そんな自分にはお礼を言われる資格などあるはずもなく、むしろ謝罪しなければならない側だ。

 だが当然、ミカもミカの母もそんなことは知らないし、話す事もできない。

 話したところで信じてもらえないだろうが、事の真相を伝えることができない以上、自分には謝罪することすら許されないのだ。

 

(気持ちを素直に伝えることが出来ないって、こんなに辛い事なんだ・・・。)

 

 礼の言葉を素直に受け取ることも、素直に謝ることもできないリリンは、思いをぶつける対象を見失い、心の在り処を彷徨わせる。

 

「あ~、おねえちゃんたち、てをつないでるなんてラブラブだあ~。」

 

「ええっ!?」

 

「こら、ミカ。」

 

 そんなリリンの気持ちを知ってか知らずか、ミカがニヤニヤ笑いながらリリンたちのことをからかってきた。

 だが蛍が赤面して慌てる反面、リリンは言葉の意味が理解できずに小首を傾げる。

 

「もう、ごめんなさいね。

 今はこの子の幼稚園も夏休みで、今日はたまたま仕事がお休みだったから、この子と一緒に過ごせる時間を少しでも多く取ろうと思ったの。

 ずっと寂しい思いをさせてたみたいだし、たまにはお母さんらしいところを見せなきゃって。」

 

 ミカの母は、ミカの髪を優しく撫でる。

 ミカはくすぐったそうに笑いながら、母の手を強く握る。

 

「ミカはいーこだから、さみしくなんてなかったもん。」

 

 その言葉が強がりだと言うことは、リリンが一番良く知っている。

 なぜならあの時、ミカの絶望となった思いは、母に見捨てられたのではないかと言う不安だったからだ。

 でも彼女は、蛍のおかげでその絶望から解放され、こうして母と幸せな時間を過ごしている。

 蛍たちの、プリキュアが戦い守って来たものを、リリンは今目の当たりにしている。

 

(これが・・・あたしがこれからすべきこと・・・。)

 

 時間は戻らない。

 過ぎ去った過去を変えることが出来ないのであればせめて、これからを守り続けよう。

 かつて自分が傷つけた少女を見て、リリンは改めてプリキュアとして戦うことを心に誓うのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 要がベリィと2人で暇を潰そうと商店街へ立ち寄ってみると、何と偶然にも雛子とレモン、そして千歳と遭遇するのだった。

 

「しっかし、ここで会うなんて奇遇やな。」

 

「家に引き籠って勉強ばかりしているのもどうかと思って、気分転換に来てみたのよ。」

 

「要は宿題の方は進んでるの?」

 

「うぐ・・・ウッ、ウチはほら、来週試合があるから?」

 

 夏休みと言えば、多くの運動部に全国大会が開かれる時期である。

 要が所属する女子バスケットボールも例外ではなく、その地区予選が来週に控えている。

 そのため夢ノ宮中学女子バスケ部は、夏休みの真っ只中でも絶賛部活動中のはずだが、いつもなら午前にある部活が、今日だけは先輩たちの都合で午後にずらされたのだ。

 神の見えざる手すら感じさせるこの偶然の産物によって揃った一同は、噴水公園の屋台通りに設置されているテーブルを囲み、軽食を取りながら談笑していた。

 後ろの原っぱでは、小さな子供たちが夏の暑さにも負けずに鬼ごっこで遊んでいる。

 そんな賑やかな声をBGMにパラソルの木陰でゆったりとしながら、要は駄菓子屋で購入したドロップを口に放り込む。

 

「夏休み中も部活があるなんて、大変ね。」

 

「まあウチにとっては趣味みたいなもんやし、それに日がな一日家に引き籠ってる方がウチには辛いよ。」

 

「それもそうね。」

 

「このスポーツバカ。」

 

 雛子の悪口はいつも通りに袖に流しながらも内心、お前だって今回は誘ったわけでもないのに外出してるやん、なんて思いながら要は来週へと思考を巡らせる。

 部長である薫と菜々子、顧問である夕美はこの1週間の練習から最終的なスターティングメンバーを選定するそうだ。

 今年こそは、その座を勝ち取りたい。要は寛ぎながらも午後の部活動に向けて闘志を燃やす。

 

「雛子~、たこ焼き買ってきたよ~。」

 

「お帰り、レミンちゃん。」

 

 そんな要の緊張も知らずに、レミンが呑気な声でたこ焼きを手に席まで戻ってきた。

 ふとたこ焼き屋の方を見ると、屋台のおっちゃんが強面の表情を崩してこちらに手を振っている。

 要は幼いころからおっちゃんとは顔なじみなので、あの人が見た目ほど怖い人ではないことは知っているが、それでも不愛想な表情をあそこまで綻ばせるあたり、レミンはすっかりあの屋台の常連になっているようだ。

 

「要、冷たい飲み物買ってきたぞ。」

 

「おっ、ベル、サンキュー。」

 

「雛子ちゃんと姫様もどうぞ。あとレミンも」

 

「ありがとう、ベルさん。」

 

「ありがとう。」

 

「あー、レミンだけついでだー。」

 

 全員分の飲み物を購入していたベルが戻り、各々が飲み物を手に運ぶ中、要はふと気付いたことを口にする。

 

「リン子さんは今日も仕事?」

 

「お盆まで休みはないって。要のところのお父様もそうじゃないの?」

 

「まあ、そうだけどさ。」

 

「そんなに気にしなくても、もう慣れたものよ。」

 

 そっか、とだけそっけなく答えながらも、要は千歳が少しもの寂し気な表情を浮かべたのを見逃さなかった。

 子どもは夏休みでも、社会人たる大人は今日も仕事。

 自分たちのパートナーであるベルとレミン、今や蛍とリリンの2人のパートナーとなったチェリーと違い、この世界で社会人としての籍を持つリン子には平日に一緒にいられる時間は少ない。

 それはリン子が千歳のパートナーとして、この世界にはいない親の代わりとして千歳を養うために選んだ道ではあるのだが、時折自分たちの様子を見てはどこか侘しい表情を浮かべる千歳を見てしまうと、気にせずにはいられなくなるのだ。

 

「あれ・・?

 おーい!かなめちゃーん!ひなこちゃーん!ちとせちゃーん!」

 

 するとどこからか、こちらの名前を元気いっぱいに呼ぶ声が聞こえた。

 聞き覚えのあるだがもしかして・・・と思いながら声のする方へと振り向くと。

 

「あれ?蛍!それにリリンも!」

 

 こちらが名前を呼ぶと、蛍は満面の笑顔を浮かべながらリリンと手を繋ぎ駆け寄ってきた。

 肩から下げているバッグにチェリーの姿も確認できる。

 そしておあつらえ向きと言わんばかりにこちらにはちょうど2席が空いている。

 神様の気まぐれもここまで来れば大安売りである。

 

「奇遇ね、蛍ちゃん。リリンちゃん。」

 

「あなたたちもこっちに来てたんだ。」

 

「うん!リリンちゃんを商店街に案内していたの!」

 

 底抜けに明るい声が、僅かに訪れた寂し気な雰囲気を完全に吹き飛ばしてくれるのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

「かなめちゃんは、来週に試合があるんだっけ?」

 

「そっ。だから今日も午後から練習。」

 

「がんばってね!試合にはおうえんにいけないけど・・・。」

 

「蛍は、来週に実家に帰るんだっけ?」

 

「うん、おばーちゃんに、リリンちゃんのこと紹介するんだ!」

 

「ってことは、リリンちゃんも一緒に行くのね。」

 

「うん。あたし、夢ノ宮市から出たことないから、どんなところか楽しみ。」

 

「えへへ、やまばかりで、なにもない田舎だけどね。」

 

 言葉こそ謙遜してるが、楽しみと語るリリンの言葉に蛍は嬉しそうにはにかんでいた。

 完全に嫁を親族に紹介するノリだが敢えてそこにツッコミをいれず、要は内心ため息を吐く。

 

「あれ?ちとせ、そのアイスクリーム、どこで売ってたの?」

 

 するとリリンが千歳の持つアイスクリームに気付き、食い気味に話しかけるてきた。

 

「あっちにある屋台よ。ほら、あそこ。」

 

「ほたる、あたしアイス食べたい。」

 

「え?でもでかける前はクレープがたべたいって。」

 

「やっぱりアイスがいい!ほたる、買いにいこ!」

 

 言うや否や、リリンは勢いよく席を立ちアイス屋に直行する。

 

「ああ、まってリリンちゃん!どっちか1つだけだからね!」

 

 蛍も財布を片手に、彼女の後を追いかけていく。

 

「ふふっ、リリンちゃんと蛍ちゃん、すっかり打ち解け合えたようね。」

 

「そうだね。」

 

 仲良く手を繋いでアイスクリームの屋台へと向かう2人の姿を見ながら、雛子と千歳は感慨深い笑みを浮かべる。

 

「・・・ふっ、そう言っていられるのも今のうちよ・・・。」

 

 が、その一方でチェリーはテーブルの上に俯き身体を倒しながら、どこか疲れ切った、あるいはこの世の真理を悟った菩薩のような表情を浮かべて嘆息する。

 

「・・・なにかあったのチェリー?」

 

 心当たりありまくりながらも、要は一応、確認を兼ねてチェリーに尋ねる。

 

「私もさ、最初はね、心の底から嬉しく思ったよ?

 蛍とリリン、2人が幸せになれて良かったねって。

 でもね・・・。」

 

 そう言いながらチェリーは一転、水を失った魚の様な目で視線を反らす。

 

「あの甘ったるい空気を毎日近くで当て続けられるとこう・・・流石に胃に来るよ?」

 

「「「ああ・・・。」」」

 

 やっぱり、と言わんばかりのため息がそこらかしこから漏れてくる。

 そう言えば、蛍はこれまでもリリンと一緒にいるときは終始幸せ満開な雰囲気を全身から放っていたし、リリンと過ごした時間を語るときも非常に甘い声を出していた。

 そしてリリンがリリスだったころは、蛍もといキュアシャインへの憎しみを1ミリも隠さずに剥き出しにしていた。

 そんな2人の共通点に、要は今になって気づく。

 そう、蛍もリリンも自分の心を抑制するのが苦手で、感情を全力で表現するタイプなのだ。

 そんな2人が互いの深い好き合いっぷりを全力で表現したらどうなるか・・・。

 その答えは今のチェリーの姿が物語っている。

 

「蛍の作るお菓子、好きだったけどしばらく甘いものは控えようかなあ・・・。」

 

 そしてプロ級の腕前を誇る蛍の作るお菓子を誰よりも多く食べてきたであろうチェリーをして、ここまで言わせるのだから、その光景は恐るべき破壊力であることは想像に難くない。

 

「みんな~おまたせ~。」

 

 そんなチェリーの心労も知らず蛍は明るい声で、リリンは手にあま~いお菓子を持ちながら、2人揃ってそれ以上にあま~い空気を纏ってこちらに戻ってくるのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 雛子が席に戻ったリリンに目を向けてみると、彼女はゆっくりと味わうようにアイスクリームを少しずつ舐めながら満足そうに微笑んでいた。可愛い。

 

「でもそっか・・・しばらくみんなとはあえなくなるんだね・・・。」

 

 一方で蛍は、試合までの練習で忙しいと言う要の言葉を思い出し、しょんぼりとしていた。可愛い。

 

「蛍、この街で夏祭りがあるのは知ってる?」

 

「え?おまつりがあるの?」

 

 すると要が蛍を励まそうと、夏祭りの話を持ち掛けてきた。

 蛍は一転、嬉しそうな表情と共に顔をあげる。可愛い。

 

「そっ、再来週やったかな?

 その頃にはウチは部活終わってるし、皆の都合が合うようなら・・・。」

 

「いくいく!わたし、ぜったいにいく!!」

 

 要の言葉を遮り、蛍が目をキラキラさせながら大きく身を乗り出して来た。可愛い。

 

「わっ、わかった。わかったから蛍、落ち着いて。」

 

「あはっ、かえったらおかーさんに、ゆかたの準備してもらおう!

 あとリリンちゃんの分も準備してもらわないと!」

 

 久しぶりにテンションを振り切った蛍を要が宥めていると、ふと蛍が首を傾げながらこちらを見る。

 

「みんなも、お祭りにはゆかたって着ていくの?」

 

「「え?」」

 

 蛍の突然の質問に雛子も要も首を傾げるが、恐らく蛍の中では友達と一緒に祭に行く=みんな浴衣を着ていくと言う漫画やアニメによくあるイメージが定着しているのだろう。

 だが実際にはみんながみんな、浴衣を着ていくわけでもない。

 普段着と異なり浴衣は着付けが難しく、何より値段が張るのでオシャレや風情に拘りのない人は着て行かない人も多いのだ。

 

「いやあウチは着てかないな。あれめんどくさいし窮屈やし。」

 

 案の定、オシャレとは無縁な悪友は首を横に振るい、蛍が少しだけシュンとなったのが見えた。可愛い。

 

「私は毎年着ているわ。

 お祭りくらいじゃないと着る機会がないものね。」

 

 そう言うと、蛍は一転、少し嬉しそうに顔をあげた。可愛い。

 

「千歳のとこはどうするの?」

 

「私がいらないって言っても、どうせリン子が勝手に準備するわよ。」

 

 そう言いながら、千歳はやれやれと肩をすくめる。

 確かにリン子の性格を鑑みれば、異世界とは言え姫である千歳には、祭りに相応しい格好をさせてくるだろう。

 

「じゃあ要も浴衣着て行かないとね。」

 

「え?なんで?」

 

「みんなが浴衣着ていくんだもの。

 1人だけ普段着だと返って目立つわよ?」

 

「いや、別にウチは・・・。」

 

 そう言いかけながら、要は蛍の方をチラリと見た。

 先ほど蛍が要に見せた表情から察するに、彼女はみんなで華やかな浴衣を着て、祭りを見て回りたいと言う願望を実現したいのだろう。

 それは要にも十分に伝わっていたようで、そして要に限らずここにいる全員が蛍に対してはやたらと弱いので。

 

「は~仕方ない。オカンに聞いて出してもらうわ。」

 

 仕方なく、と言った様子で要の方から折れるのだった。

 

「え?ほんとうにいいの!?」

 

「浴衣もっとらんわけじゃないし、祭りの間くらいなら着たげるよ。」

 

「ありがとう!かなめちゃん!!」

 

 その時の蛍の喜びようと来たらまあ、満面の笑顔の後ろに輝かしい光が放たれているかのようだった。可愛い。

 そんな笑顔を間近で受けた要は、気恥ずかしそうに眉を動かしながら少し身を引く。

 そして照れ隠しに飴玉を口の中に放り込もうとしたその時。

 

「あっ。」

 

 動揺で手元が狂ってしまったのか、放り投げた飴は口元を掠めてアスファルトの上に落ちてしまった。

 

「あっ、ごめんねかなめちゃん。」

 

 ようやく元のテンションに戻った蛍が申し訳なさそうに謝罪するが、要は特に気にした様子もなく飴玉を拾い上げる。

 

「大丈夫、大丈夫。このくらい。」

 

 そして服の裾で軽くはらった後、再び口の中に放り込んだのだ。

 

「あっ!」

 

 落としたものを拾い食いする。

 これには責任を感じていた蛍も流石に絶句する。

 

「かなめ、落としたもの食べちゃダメだって、ほたるが言ってたよ。」

 

 そして蛍の教育がちゃんと行き届いているリリンから、至極当然な常識を問われる。

 

「ふふん、リリンはまだ知らんだろうけど、この世界には3秒ルールって言うありがたいルールがあるんやで?」

 

「3秒ルール?」

 

「そう、例え落とした食べ物でも3秒以内だったらバイ菌が移らないから食べても大丈夫!」

 

「え?そうなの?」

 

「わわっ!かなめちゃん!!」

 

 3秒ルールとは、食べ物を粗末にしない殊勝な人・・・ではなく落としたものでも平然と口に入れられる卑しい人が自分を正当化するために使う免罪符であり、科学的に立証されていないどころかむしろ真逆の答えが出ている所謂『俺ルール』の代表格である。

 当然、これを使う側も一種のジョークとして使っているのだが、この世界に来て間もないリリンにはまだ嘘か本当かを区別することが出来ず、みんなの言うことは全て真実だと受け止めてしまうきらいがある。

 現に今も、要の言うことを真に受けてしまったようで、先ほどまで要に対して申し訳なさそうにしいていた蛍が大慌てで止めに入った。可愛い。

 

「リリン、前にも言ったけど、要の言うことを真に受けてはダメよ。」

 

「はははっ、まあ飴玉くらいなら大丈夫・・・ってリリン!アイス!」

 

「え?」

 

 すると話すのに夢中であったこと、美味しさの余りゆっくりと味わって食べていたこと、何より夏の炎天下でアイスを食べていたことが祟って、

 

「あっ!」

 

 リリンの持つアイスが溶けてアスファルトの上に落ちてしまったのだ。

 

「ごめんねリリンちゃん!

 外だとアイスはとけやすいっておしえてなか・・・。」

 

 だが蛍が謝りかけたその時、なんとリリンは地面に落ちたアイスを手で拾い上げる。

 

「え・・・?」

 

 リリンの突然の行動に絶句する蛍だが、リリンは構わず拾い上げたアイスを口元まで運び

 

「だいじょうぶだよ。まだ3秒たってないから、食べられ・・・」

 

「リリンちゃんだめえええ!!」

 

 そして口に入れようとした瞬間、千歳が素早くリリンの手を掴み、口元から遠ざけた。

 

「リリン!こっち来なさい!」

 

「え?ちとせ?」

 

 そしてそのままリリンの手を強引に引き、近くにある給水場まで引っ張っていく。

 

「まっ、まってちとせ!まだ3秒たってない!」

 

「だから要の言うことを真に受けちゃダメって言ったでしょ!!」

 

「いたっ、いたいよちとせ!3秒ルール!3秒ルール!」

 

 3秒ルールを連呼しながら講義するリリンと、聞く耳持たずに無理やり引き連れていく千歳の様子を見送りながら、要は非常に申し訳なさそうな表情で蛍の方を見る。

 

「いや、ホントすみませんでした!」

 

 そしてそのまま両手を合わせ、顔を勢いよく下げながら蛍に謝罪する。

 

「も~!こんかいは、わたしがかなめちゃんのアメおとしちゃったのが原因だけど、リリンちゃんはまだウソかホントかわかんないんだから、きをつけてね!」

 

「はい、すみません。」

 

 リリンが絡むことだからか珍しく蛍が声を大きくして怒るが、怒ってる姿も可愛い。

 

「それにしても、リリンちゃんって本当に食べるの好きなんだね。」

 

 ここで雛子は兼ねてより思っていたことを蛍に聞いてみる。

 今日ここへ来たのは元々クレープを食べることが目的だったみたいだし、以前海に遊びに行った時も焼きそばやかき氷をとても美味しそうに食べており、蛍にメニューを全て作って欲しいとまで頼んだほどだ。

 これらの情報から推察するに、リリンはかなり食欲旺盛のようだ。

 

「えっと、こっちにきてはじめてごはんたべて、おいしいって思えたことがとてもうれしかったんだって。」

 

「そっか・・・。」

 

 その蛍の言葉に、雛子も要もリリンの方を見る。

 千歳がリリンの手についたアイスを水場で綺麗に洗い落とし、リリンがそれに対して拗ねているところだった。

 そんなごく普通な日常の風景に、雛子も要も微笑む。

 リリンがリリスとしてダークネスにいたころ、どのような日々を送っていたかはわからない。

 だが少なくとも彼女は、食事を美味しいと思える感性を抱いていなかったようだ。

 もしかしたら、自分たちが当たり前のように過ごしていることを、何も知らずに過ごしていたのかもしれない。

 それを思えば、こうしてリリンが日常を満喫できていることは、彼女にとって本当に奇跡なのかもしれない。

 

「でもそれじゃあ、放っておいたらリリン太っちゃうかもしれんな。」

 

 少ししんみりとした空気を感じ取ったのか、要が明るい口調で茶化してきた。

 

「だいじょうぶ!

 リリンちゃんの栄養管理は、わたしがちゃんとやってるから!」

 

 すると蛍が珍しく、本当に珍しく、得意げな笑顔で胸に手を当てながら堂々と宣言した。可愛い。

 

「・・・ほお~。」

 

 そんな蛍の様子を、要が目を細めてニヤリと笑みを浮かべながら、わざとらしさ全開の半信半疑な反応を示す。

 

「え?え?」

 

 そんな反応は予想だにしなかったのか、蛍は途端に慌てた様子で要とこちらの顔を交互に伺う。可愛い。

 

「わっ、わたし!毎日ごはんつくってるって、言ったよね!?

 栄養のバランスだってちゃんとかんがえてつくってるんだから!!」

 

 そしてまだ何も言ってないのに1人で弁解し始めた。可愛い。

 

「いや~ウチのイメージだと蛍は毎日お菓子作って毎日食べてるイメージあったからね~。」

 

「まいにちたべてるけど、まいにち作ってないよ!」

 

「あっ、食べてはいるんだ。」

 

「でっ、でもそれだってちゃんとカロリーけいさんしてるんだから!」

 

 蛍はまるでダイエットに失敗した時の言い訳のような言葉を言い出したものだから、要が新しいからかいの的を得たかのような嫌味な笑みを浮かべる。

 

「ふ~ん、ま~蛍のお菓子美味しいもんね~。

 食べ過ぎたくなる気持ちもわかるわかる。」

 

「も~!ぜんぜん信じてないでしょ!!」

 

 褒め言葉も織り交ぜながらもからかいモードに入った要に対して、蛍が久しぶりに両手をブンブン振り回しながら抗議する。可愛い。

 そんなこんなの内に、千歳とリリンが戻ってきたが、リリンの手には新しいアイス握られていた。

 

「あれ?リリンちゃん、そのアイスは?」

 

「アイス洗い流しちゃったらすっかりへそを曲げちゃってね。

 つい甘やかしちゃった。」

 

 そうは言いながらも悪びれた様子を見せずに苦笑する。

 

「リリン、今度は溶けない内に食べちゃいなさいよ。」

 

「うん。」

 

 リリンは頷きながらも幸せそうにアイスを舐める。可愛い。

 

「ごめんね、ちとせちゃん。

 リリンちゃんには、ともだちでもお金はかんたんに借りちゃダメだって、あとでちゃんといっておくね。」

 

 そう言いながら蛍は鞄から財布を取り出す。

 

「別にいいわよ。これくらい。」

 

「ううん、おかねはだいじだもん。

 リリンちゃんがこの世界でふつうに生活していくためにも、おかねのたいせつさはちゃんと教えなきゃ。」

 

 若干13歳にして家事全般を担う蛍だからこそ、日常生活におけるお金の大切は身に染みているのだろう。

 例えそれが親しい友達同士のものであろうと、蛍は貸しをしっかりと返すつもりなのだ。

 

「わかったわ。ありがとう蛍。」

 

 そして日頃母親代わりであるリン子が粉骨砕身で生活費を稼いでいることを誰よりも知る千歳にも、蛍とはまた違った視点でお金の大切さを理解している。

 だから蛍の思いを理解できるのだろう。

 千歳は蛍から小銭を受け取り、財布へとしまい込む。

 

「ふわっ・・・ちとせちゃん?」

 

 そして蛍の頭を優しく撫でたのだ。

 

「蛍はきっと、良いお姉ちゃんになれるよ。」

 

「もう・・・ちとせちゃん。わたし、おないどしなんだから・・・。」

 

 そう反論するも、頭を撫でられる蛍も決して悪い気ではないようだ。

 次第に頬が綻び始め、千歳の手に身を委ねていく。

 

「ふふっ。」

 

「・・・えへへ。」

 

 そして恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、蛍は嬉しそうに微笑む。

 

「・・・差別やろ。」

 

 そんな様子を要が面白くなさそうな表情で見る。

 

「人徳の差よ。」

 

 そして雛子が情け容赦ないツッコミを入れ、要は千歳を相手に、人望に続き人徳まで負けるのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 永久の闇の世界。

 倉庫の前でアモンを向かえたのは、かつてフェアリーキングダムでキュアブレイズによって倒されたはずの行動隊長、ハルファスとマルファスだった。

 

「身体の具合はどうだい?」

 

 アモンが2人に尋ねる。

 キュアブレイズの浄化技を受けて絶望の闇を失った2人は、この永久の闇の世界で治療を受けていたのだ。

 

「何も問題ありません。絶望の闇もやがて元に戻るでしょう。」

 

 執事風の老齢な男性ハルファスがそう答えるが、その『やがて』と言う単語にアモンはフードに隠れた眉を顰める。

 

「やがてか・・・。それはあと『何百年』先になるのかな?」

 

「さあ?我らには刻の概念がありませんので、お答えしようがありません。」

 

 メイド風の妙齢な女性マルファスが、淡白な口調でそう答える。

 だが浄化技を受けて力の大半を消失したとなれば、少なくとも此度の戦いで回復が間に合うことはないだろう。

 つまり彼らはもう、戦力として数えることは出来ない。

 にも関わらず彼らは冷静・・・否、無感情だ。

 アンドラスの調整を受けた彼らは、行動隊長の模範とも言えるが、それ故に自己がない。

 ただあるがままの事実を受け入れ袖に流すだけの彼らの態度を、アモンはどこか苛立った眼で睨み付ける。

 

「まあいい。早く『彼女』の元まで案内してくれ。」

 

 アモンが苛立ちを抑え、ここへ来た本来の目的に移ろうとしたその時。

 

「その必要はない。下がれ、ハルファス、マルファス。」

 

 倉庫の中、暗闇から女性の声が聞こえてきた。

 ハルファスとマルファスが道を開けると、アモンと同じ黒のローブに身を包んだ女性が姿を見せた。

 外見は30代後半、背丈は女性としては高めの180cm超え。

 薄がかった紫の長髪に、蛇のような鋭い目付き。

 

「久しいな、『レヴィア』。」

 

 レヴィア。

 アモンと同じダークネスの司令官にして、このダークネスの『本国』たる『永久の闇の世界』の守人。

 そしてアモンがかつてモニター越しで通信をしていた女性、その人だ。

 

「アモン、貴様よくもおめおめと戻って来れたな。」

 

「『何百年ぶり』の再会だと言うのに、随分と冷たいじゃないか。」

 

「ふざけているのか?

 貴様が犯した失態の数々、忘れたとは言わせないぞ。」

 

 アモンの冗談も通じず、レヴィは怒気を孕んだ口調で非難する。

 

「忘れてなどはいないさ。

 その件で君に頼みたいことがあってここへ来たのだからな。」

 

「頼みだと?」

 

「単刀直入に言おう。君『たち』の力を貸してほしい。」

 

 ここでアモンはようやく本題へと入ったが、その言葉を聞いたレヴィアは、侮蔑の眼差しを向けながら一笑する。

 

「はっ、頼みだと?

 恥知らずめ。貴様がものを頼める立場だと思っているのか?」

 

「ああ、思っていないさ。

 だからこそ恥を承知でここまで来たのだ!!」

 

 レヴィアの言葉にアモンは突然、声を荒げて反論する。

 

「全てが私の失態であることは認める!

 非難も侮辱も後でいくらでも聞こう!

 だが今はそれどころではないのだ!

 このままでは取り返しのつかないことになるかもしれないのだぞ!」

 

 そう言いながら、アモンは何を都合の良いことをと自嘲する。

 その取り返しのつかない事態を引き起こしたのは他ならぬ自分だと言うのに、こちらの失態の償いを彼女たちに委ねようとしているのだから。

 だが現実的な問題として、事をこのまま放置しておくわけにはいかない。

 

「我らに刻はない。

 此度の光の戦士がどれだけ強かろうと所詮は限りある人。

 敵わぬと言うのなら、また次の機を見計らえば・・・。」

 

「君だってわかっているだろう。

『リリス』があちらについたことの意味が。」

 

 アモンはレヴィアの言葉を遮る。

 ダークネスの本国であるこの世界は、これまでのプリキュアには知られたことがない。

 なぜならこれまでの戦いは、こちらから他の世界へと侵略し、その世界で覚醒したプリキュアと戦うだけだったからだ。

 だが今回は状況がこれまでと明らかに異なる。

 行動隊長であったリリスが寝返ったからだ。

 それはやつらに、この世界の存在を知られてしまうことを意味する。

 そう、これまで侵略する側だった自分たちが、侵略を受ける側になるのだ。

 それに加えてキュアシャインが起こして来た数々の奇跡。

 あり得ないと思われていたことを実現させてしまうほどの希望の力。

 やつの存在がダークネスそのものを終わらせる可能性さえ否定できなくなった今、ダークネスの未曾有の危機であり、もはやアモンにはどうすることもできない事態にまで発展しているのだ。

 

「貴様の失態を我らに押し付けるか。随分なご身分だな。」

 

 事の顛末を熟知しているレヴィアから嫌味を言われるが、アモンは震える拳を抑えたまま彼女を見据える。

 

「・・・貴様、以前言っていたな。

 我らの存在を終わらせるものが現れると。」

 

「ああ。」

 

「あの小娘が、キュアシャインがそれを成すと?」

 

「その可能性を否定することは、今の私には出来ない。」

 

 アモンが迷うことなくそう言うと、レヴィアの怒気を孕んだ眼差しが呆れたものに変わり、やがてため息を1つ落とす。

 

「いいだろう。貴様がそこまで言うのなら、力を貸してやる。

 だが私は『盾』としてこの世界を守る使命がある。

 本当にダークネスの終わらせる者が現れたのであれば尚の事、私がここを動くわけにはいかないだろう。」

 

「では・・・。」

 

 アモンが言葉を言い終わるよりも先に、レヴィアがその答えを述べる。

 

「『剣』の方に命じておこう。

 何、所詮やつは暇な『破壊者』だ。

 此度のプリキュアに手応えがあると聞けば、揚々と駆けつけてくれるだろう。」

 

「すまない、恩に着る。」

 

 アモンが礼を述べながら深々と頭を下げる。

 気が付けば、2人の間に張りつめていた空気が無くなっていた。

 

「貴様はこれからどうするつもりだ?

 あいつが駆けつけるまでの間、プリキュアたちの相手をするのか?」

 

「いや、今しばらくはここに残るつもりだ。

『やつ』の容態も気になるところだし、後のことはサブナックとダンタリアに任せてある。」

 

「行動隊長が全滅、と言うことにならなければいいがな。」

 

「あの2人なら心配は無用だ。

 勝てぬ勝負を挑むことも、素直に敗北を受け入れることもしないさ。」

 

 そう言いながらアモンはハルファスとマルファスに侮蔑の視線を送り、レヴィアはつまらなさそうに嘆息する。

 

「ところで、『あの子』はどこにいる?」

 

 ここでアモンは、ふと思い出したようにレヴィアに問いかけるが、その質問にレヴィアは再び眉を顰める。

 

「『あの子』、だと?」

 

「ああ、失礼したよ。『あの方』は今どこにいる?」

 

「さあな。あの方は気まぐれだからな。

 今頃この世界のどこかを旅して回っているのではないか?」

 

 闇に覆われた世界のどこかにいる者を気にかけながら、アモンとレヴィアは永久の暗闇に覆われた空を見上げるのだった。

 


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