新たなる始まり!リリンと千歳、仲直りへの第一歩!
リリスの正体がリリンだと知った蛍が、絶望のあまり闇の牢獄に囚われ、強大な力を持つ戦士ダークシャインを生み出してしまった日の戦いは、蛍とリリンの2人が絶望の果てに伝説を超えたプリキュア、キュアシャイン・サハクィエル、キュアシャイン・レリエルへと変身を遂げ、己が絶望の化身を討ち果たしたことで終息した。
そしてダークネスを離反したリリンは紆余曲折を経て、夏休みの間だけ蛍の家に引き取られることになった。
だがここで蛍たちの事情を知らない陽子と健治が、蛍たちとは別の、極めて現実的な観点で今後のことを話し合っていた。
そして夫である健治からリリンを引き取ることの覚悟について問われた陽子は、一拍置いた後、健治を見据えてしっかりと応える。
「勿論よ。その覚悟もなしに引き受けたりしないわ。」
健治の問う覚悟とは、即ちリリンの生活費をどう稼いでいくか。
それに伴い、今後の我が家の生活スタイルがどう変わっていくかを理解できているのかと言うものだろう。
一之瀬家の生活スタイルは、子ども1人を育てることを前提に14年もの歳月の中で少しずつ確立されていったものだが、リリンを引き取る以上、その前提は崩れてしまう。
リリン1人分の生活費が増えることが、家計にどれだけの影響があるかはまだわからないが、両親揃って今以上に仕事に打ちこまなければならない可能性だって十分だ。
それは娘である蛍と一緒に過ごす時間をさらに削らなければならず、加えて蛍に家事を任せる時間も今よりも増えてしまう。
家族で団らんする時間が段々と取れなくなていくことが、本当に蛍のためとなるのだろうか?
それは蛍から話を聞いた時から、陽子がずっと考えていたことだ。
「・・・でもね。」
だが陽子が真剣な表情から一転、蛍の部屋に視線を向けながら慈しむように微笑む。
「せっかくあの子が、『我儘』を言ってくれたのよ?」
幼少の頃の蛍は、人見知りの激しい性格と甘えん坊な性格が相まって、良く我儘を言っては泣き出す、とても手のかかる子どもだった。
それが小学校に上がるくらいから途端に、我儘を言わなくなってしまった。
代わりに家事を手伝うようになり、親のことを気にかける言葉が多くなった。
最初の頃は陽子が家事を教え、勉強を見てあげたこともあったが、やがて勉強も家事も1人でこなせるようになってしまった。
今となってはもう、我儘で駄々っ子だった面影はない。
生活費さえ渡せば、1人で暮らすことだってできるだろう。
それほどまでに蛍は、幼くして1人で自立してしまった。
「なんでも1人で出来るようになって、私はもう、親として蛍にしてあげられることなんて、ないんじゃないかって思ってた。」
だけど、どれだけしっかり者になったとは言え蛍はまだ13歳。
来月でようやく14歳を迎える子どもだ。
元々の性格を考えれば、とても甘えたがりな子のはずだ。
本当はもっと甘えていたいのに、無理に我慢していないか?
親を気にかけるあまり、蛍自身のやりたいことを抑えていないか?
親に遠慮して、子どもが自分のやりたいことを我慢しているだなんて、そんなことは望んでいない。
不思議なことに、一切手がかからない子どもと言うのは、返って親の不安となっていたのだ。
「そんなあの子が今日、我儘を言ってくれたのよ?
あの子が我儘を言うなんて、いつ以来のことだと思う?」
「・・・さあ、いつだろうな?」
その言葉を聞いた健治は、苦笑しながらも同じような視線を蛍の部屋に向ける。
蛍には失礼かもしれないが、その我儘がとても嬉しかった。
我儘、と言えば聞こえは悪いかもしれないが、蛍は1人で出来ることは1人でこなしてしまう子だ。
そんな子が、我儘を言ったと言うことは、1人ではどうしようもないことに直面したと言うことだ。
そしてそれは正に、蛍にはどうしようもないことだった。
子ども1人を育てるための生活費、教育費、お金の問題はどれだけ蛍がしっかり者でも、働いてお金を稼ぐことができない蛍の手には余る問題だ。
こればかりは、親であり大人である自分たちにしか解決できないことだった。
その事で今、蛍から頼りにされている。
「それなら、叶えてあげたいって思うのが、親心だと思わない?」
子どもの我儘を叶えてあげたい、なんて親バカな考え方にも程があると我ながら思う。
それでも蛍の我儘を叶えてあげることが、幼くして娘を自立に追い込んでしまった陽子たちに出来る、残された親心なのだ。
「ああっ、そうだな。」
その言葉に健治も、静かに同意してくれたのだった。
…
カーテンから差し込む陽光の眩しさに、リリンは目を覚ます。
ゆっくりと布団から起き上がり、うんっ、と背伸びしてから欠伸を1つ噛む。
「ふわあ・・・。」
陽の光の眩しさに目を覚ますなんて、初めての経験だ。
そもそもこれまで『睡眠』と言うものを取ったこともないはずだから当たり前のことだが、ぼんやりとした頭はまだ夢現な状態だった。
寝ぼけ眼と光の眩しさで視界が不鮮明な状態のまま、リリンは辺りを見回す。
その内に段々と昨日のことを思い出して来た。そして・・・
「リリンちゃん。」
自分の名前を呼ぶ声がした。
声のする方に目を向けると、ベッドの上に座り、こちらを優しく見据える蛍の姿があった。
「ほたる・・・。」
彼女の姿を見た瞬間、これまでぼんやりとしていた意識が覚醒し、視界が鮮明になる。
鮮やかに彩られた世界が目に映り、大好きな声が耳を通じてはっきりと聞こえてくる。
昨日までの出来事は、決して幻ではなかったのだ。
「ほたる!!」
リリンは思わず蛍に飛びつき、その勢いのまま2人でベッドに倒れ込む。
蛍から伝わる体温を感じながら、リリンは夢の世界から温かな世界へ帰還したことを改めて喜んだ。
「リリンちゃん、あさごはん、たべにいこ?」
そんなリリンに、蛍は優しく微笑みながら今日の始まりを告げる。
「うん!!」
愛する人と共に過ごせる、リリンの幸せに満ちた時間が始まるのだった。
蛍に連れられリビングへ行くと、蛍の両親である健治と陽子が朝食を食べていた。
「リリンちゃん、おはよう。」
「おっ、おはよ。」
「昨夜はよく眠れたかしら?」
「うっ、うん。」
陽子とぎこちなく挨拶を交わしながら、リリンは蛍に案内された席に着く。
蛍はそのままキッチンへと向かい、炊飯器からご飯をよそう。
しばらくして、蛍がトレイに乗せた食卓を持ってきてくれた。
ご飯と味噌汁、焼き魚に卵焼き、それから小鉢に入った山菜の胡麻和え。
蛍の作った朝食はとても香しく、色も見た目も綺麗なものだった。
「いいにおい・・・。」
「蛍ったら、リリンちゃんに美味しいものを食べさせてあげたいって、とても張り切っちゃってね。
ここまでのものは、普段の食卓でもあまり出てこないわよ。」
「もっ、もう、おかーさん・・・。」
陽子がからかうようにそう言い、蛍が顔を赤くして俯く。
だけど蛍が自分のためにここまでの朝食を支度してくれた、と言うだけで胸がいっぱいだった。
ぐうぅぅぅぅ
するとリリンのお腹のあたりから、何とも間の抜けた音が鳴り響いた。
「わわっ、リリンちゃん、ごめんね待たせちゃって。」
「ふふっ、よっぽどお腹が空いてるみたいね。たんと召し上がれ。」
リリンは今の音の意味がわからず惚けているが、蛍と陽子はすぐに朝食を食べるように促す。
後から知ったことだが、先ほどの音は空腹を知らせるサインのようなものらしい。
つまりリリンは今、食事を欲しているのだ。
食べるとは、生物が生きていく上で必要なエネルギーを摂取するための基本的な行動であると、知識だけならばあるが、ダークネスにいた頃は『生きていなかった』のだから、当然食事する機会なんてなかった。
だけどこの身体にはもう、絶望の闇が存在しない。
身体の時を止めることができなくなった今、生きていく上で必要なエネルギーは、こちらの知らない内に消費されている。
そして消費した分のエネルギーを補給しておかないと、生命を維持することができなくなる。
そのために食事を始めとする、生きていく上で必要な営みを覚えて実践していかなければならない。それは一見すると不憫な身体になったと言えるだろう。
もしもダークネスにいたときの自分が知れば、きっとそう思ったはずだ。
だけど今は違う。
「美味しい・・・。」
こんなにも美味しくて、幸福を感じることができるのが食事と言うのなら、生きていくための対価として喜んで払っていきたい。
そう思えるほど、今日の朝食はリリンにとって大切な、そして食事の楽しみを知るきっかけとなるのだった。
…
朝食を終えた蛍とリリンは、玄関に立つ両親を見送る。
「蛍、リリンちゃん、行ってきます。」
「いってらっしゃい、おかーさん。」
「いっ、いってらっしゃい。」
蛍の隣では、リリンがぎこちない様子で同じ挨拶を返した。
行動隊長リリスとして活動していた時は、自分は勿論、要たちと会話するときも流暢に喋っていたのに、リリンとして生きるようになってからは少しぎこちない様子を見せている。
そんなリリンが少し気になったが、健治に名前を呼ばれた蛍は彼の方を振り返る。
「蛍、今日はリリンちゃんの買い物をするって言ってたよね?」
「うん、歯ブラシとか、おようふくとか、ここで暮らすのにひつようなもの、はやめにそろえないと、リリンちゃん不憫だろうし。」
「週末はお父さんが車を出してやるから、今日買うものは最低限、必要なものだけでいいぞ。」
「うん、ありがとう、おとーさん。」
「お母さん、今日もなるべく早めに帰ってくるから、それまでリリンちゃんのこと、よろしくね。」
「はーい。」
笑顔で家を出る両親を、蛍も笑顔で見送る。
リリンを家に引き取りたい、なんて無茶なお願いをしたはずなのに、2人は快くリリンのことを受け入れてくれた。
そんな両親の優しさに内心、改めて感謝しながら部屋へと戻ろうとしたとき、家の電話が鳴りだした。
慌てて電話の元まで駆け寄り、映し出された電話番号を見てみると、雛子の携帯電話からの着信だった。
「はい、もしもし。」
「もしもし蛍ちゃん。雛子だけど。」
「ひなこちゃん!おはよう!」
昨日の一件があったから、彼女たちとこれまで通り友達で過ごせるか少し不安を抱いていただけに、雛子からの電話、それも普段と変わらない彼女の声色に嬉しくなった蛍は、つい声のトーンを上げて返事してしまう。
「ふふっ、朝から元気そうでよかった。
その様子だと、うまく行ったみたいね?」
「え・・・?うん!」
一瞬、彼女が問うた言葉の意味に疑問を抱いたが、それがリリンを家に引き取ることを指していると分かった途端、蛍は上機嫌に反応する。
「それでね、今日はこれから、リリンちゃんのお買い物にいこうかとおもってたんだ。」
「やっぱり。それなら、私たちも手伝うわ。
要と千歳ちゃんも誘って、みんなでドリームプラザの方まで行ってみない?
あそこなら、大概のものは揃えることができるし、リリンちゃん、多分今までドリームプラザに行ったことないでしょ?」
「ほんとう!?みんなきてくれるの!?」
「今日は要も部活はないし、私から声をかけてみるわ。
千歳ちゃんもきっと賛成してくれるだろうから、後で学校前のバス停で待ち合わせましょ?」
「うん!ありがとう!」
やっぱり、と言われたことから、雛子には自分がリリンをこの家に住ませて欲しいと頼むことを見透かされていたのだろう。
相変わらず何でもお見通しな雛子には、本当に隠し事をすることができない。
それほどまでにこちらのことを理解してくれていることが少し恥ずかしく、それでもリリンのためにみんなが手伝ってくれることが嬉しかった。
そして何よりも、またこうしてみんなでお出かけする幸せな日常を取り戻すことができた。
それを雛子との会話で改めて実感することができた蛍は、気が付けば涙を流していた。
「それじゃあ、蛍ちゃん、また後でね。」
「うん!またあとで!」
電話越しからクスクスと微笑む雛子の声を聞いた後、蛍は受話器を置く。
「ひなこから電話?」
電話を終えると、リリンが不思議そうに声をかけてきた。
「うん、リリンちゃんのお買い物をするって、はなしをしたら、みんなてつだってくれるって。」
まだ上機嫌な声のまま蛍は答える。
だがその言葉を聞いたリリンは、少しだけ表情を曇らせた。
「みんな・・・ってことは、ちとせもいるの?」
「え?そうだけど・・・?」
リリンは先ほどまでの笑顔を曇らせたまま、沈黙してしまうのだった。
…
モノクロの世界
アモンは苛立った様子で玉座に拳を叩きつける。
「おのれ・・・リリスめ・・・。」
フードに隠されて見えないが、アモンは顔を顰めていた。
行動隊長であるリリスが絶望の闇から解放されたばかりか、キュアシャインの力を得てプリキュアとして覚醒した。
闇の世界の解放に続き、キュアシャインがまたしても前例にない事態を引き起こしたのだ。
しかも伝説にすら語られていない5人目のプリキュアを誕生させたと言うことは、長きに渡る光と闇の戦いの中で拮抗してきたパワーバランスを覆しかねないほどの事態を引き起こしたことになる。
「申し訳ありません、アモン様。我々が静観を決め込んだばかりに。」
ダンタリアが膝をつき深々と頭を下げて謝罪し、サブナックも彼に倣い同じ姿勢を取る。
アモンはフード越しで彼らのことを睨み付ける。
彼らはラスト・レクエイムと挟撃しプリキュアを倒せという命令に背いて傍観を決め込んだ。
もしも命令を聞いていれば、少なくともキュアシャインとリリスを除く3人のプリキュアを倒すことができたかもしれない。
それならばまだ力の拮抗は崩れなかっただろう。
そうだ、此度の失態は全て彼らの責任・・・そう思い当たった直後、アモンは怒りに震える拳を抑える。
そして怒りで口元を震わせながらも、アモンは静かに告げる。
「いいや、君たちのせいじゃないさ・・・。
君たちは私の命令に従っただけ。
そうだろ?サブナック、ダンタリア。」
サブナックもダンタリアも、その言葉に対して肯定も反論もしなかった。
だが彼らはリリスと違い、行動隊長としての使命には従順だ。
もしもあの時の命令を強行すれば、彼らは無理にでも背こうとは思わなかっただろう。
彼らの命令違反さえも聞き入れ、最後に肯定したのは他ならぬ自分自身だ。
そう、彼らは行動隊長として、司令官の最終的な決定に従ったまで。
問うべき責などどこにもない。
「私は・・・どこで間違えたのだ?」
アモンは頭を抱えながら、此度のことを一から振り返る。
リリスの動向は常に監視していた。
やつがキュアシャインに個人的な恨みを抱き、ある時を境にその感情が揺れ動き始めたことは目に見えた。
それと同時に彼女が任務に関係なく、かの地に出向き始めたことも知っている。
だからリリスが何らかの方法でキュアシャインの正体を突き止め、惹かれていったと言う答えに辿りつくまでは時間はかからなかった。
ここまでは自分でなくとも、サブナックとダンタリアも気づいていたことだろう。
だからリリスを利用すれば、キュアシャインの潜在的な力を絶望に反転させ、こちらの戦力として利用できるのではないかと思い当たったのだ。
その計画はダークシャインの誕生を始め、想定外の事象も多発したが、計画に想定外は付き物だ。
だから常に最善と最悪の状況、この2つを最大限に考慮していた。
その上で、ほぼ思い通りに事を運べていたはずだった。
リリスは命令を完遂させ、ディスペアー・カードを完成させた。
ダークシャインの誕生自体は、こちらにプラスに働いていた。
そしてキュアシャインが万が一絶望から立ち上がったとしても、リリスに心変わりが生じたとしても、行動隊長が希望を得た瞬間、絶望に転じて自滅することは推測できていた。
その推測通りリリスは絶望の闇に沈み、キュアシャインの絶望と共鳴しラスト・レクイエムと言う究極の力さえ手に入れることができていたのだ。
全てが順調・・・だったはずだ。
だが最後に全てが覆された。
キュアシャインは幾度となく希望を失おうとも立ち上がり、終にはリリスの希望さえも蘇らせてしまった。
そして究極の力と思われたラスト・レクエイムの力は、2人のキュアシャインの力へと反転してしまった。
最後には、キュアシャインの更なる覚醒を促すと言う最悪の事態だけが残ってしまったのだ。
「キュアシャイン・・・これ以上やつを放っておくわけにはいかない。」
そこまで考え、アモンは思い当たった。
キュアシャインの力、利用すれば最強の駒になるかもしれない。
その考え方自体が、間違いだったのだ。
やつの力は危険だ。
これ以上放っておけば、ダークネスにとって最悪の危機となる。
やつは今までに何度も『あり得ない』ことを引き起こして来た。
やつらの言葉を借りるならば、それは正に伝説に語られる通りの『奇跡』だ。
もしもこのまま『あり得ない』を現実に変えられたら・・・永久を在り続ける我らダークネスにさえ『終り』をもたらす危険性がある。
「サブナック!ダンタリア!」
「「はっ!」」
名を呼ばれ顔を上げる2人の間に、アモンはディスペアー・カードを投げつける。
「かの地の侵攻は一先ず保留だ。
まずはその力を使い、プリキュアたちを倒せ。」
「ディスペアー・カード。ネオ・ソルダークの力を使うのですね。」
サブナックがカードを手に取り、興味深そうに尋ねて来る。
「その通りだ。ソルダークを創りだし、ディスペアー・カードをソルダークに与えろ。
ネオ・ソルダークの力ならば、あの2人のキュアシャインにも多少は相手できるだろう。」
「多少は、ですか?」
ダンタリアの素振りから『戦うことはできても、敵いはしないと言うことか?』と問うてるように見えたが、アモンは少し肩をすくめて返答する。
「・・・元々、キュアシャインの絶望の闇で完成させたカードだ。
やつらとは相性が悪いかもしれん。」
今のディスペアー・カードは、消滅したダークシャインの力の残滓を核とし、世界に蔓延していた有象無象の絶望を注ぎ込んだもの。
見方を変えれば本来想定していた手段で再生させたものだが、ダークシャインの力、つまりキュアシャインの絶望の残滓が核となっている以上、このカードはいわば諸刃の剣だ。
キュアシャインの力を打ち合った場合、希望と絶望のどちらか大きい方の力が勝る。
そして欠片程度の絶望しか残されていないこのカードと、幸せな世界を取り戻したキュアシャインの希望とでは、どちらの力が勝っているかは明白だ。
つまりネオ・ソルダークがどれほどの力を持ったとしても、2人のキュアシャインを相手にするのは困難を極めるのだ。
かと言ってソルダーク程度の力ではもはや物の数にもならない。
仮に世界中の人々から無数のソルダークを創り出したとしても、2人のキュアシャインの前では埃にも等しい。
今のままでは圧倒的に戦力が足りないのだ。
こうなれば是非もなしだ。
アモンは玉座から立ち上がり、王の寝室へと歩み行く。
「私はしばらくの間ここを離れる。」
「アモン様、どちらへ向かわれるのですか?」
去り際、2人にそう声をかけると、ダンタリアが目的地について質問をしてきた。
アモンは歩みを止め、フード越しに2人の顔を見据える。
「一度本国へ戻り、救援を要請する。」
「本国に救援を?しかしやつらに敵うほどのものが・・・。」
そこまで言いかけ、サブナックは表情を顰めた。
「まさか、『あの2人』に救援を?」
ダンタリアは自分の意図を読みながらも、困惑した様子で尋ねて来る。
「ああ、『あの2人』の力なら、あるいは。」
「ですが、あの者たちが我々の要請を素直に受け入れるでしょうか?」
ダンタリアの疑問は最もだ。
『あの2人』なら、キュアシャインの力に対抗できる可能性は十分だ。
だがそれだけの力を持つが故に、あの者たちは非常に我が強い。
こちらの要請など、耳を傾けてすらくれないかもしれない。
だが・・・。
「受け入れてもらわなければ困るのだ。
これにはダークネスの存亡がかかっているのだからな。」
我ながら何と滑稽な言葉だと思う。
その存亡の危機を作りだしてしまったのは、他ならぬ自分自身だと言うのに。
それでも、この要請は無理やりにでも通さなければならない。
キュアシャインは既に自分の手に余るほどの力を得ている。
これ以上、何かあってからでは遅いのだ。
使える手は全て打っておきたい。
考えられ得る最善の手段を講じておかなければ、最悪ダークネスは滅ぼされてしまう。
「お前たちも無理はするなよ。
ネオ・ソルダークが敵わぬと見れば即座に撤退しろ。深追いはするな。」
アモンは2人に念を押す。
ハルファスとマルファスが敗れ、リリスが脱退した今、現時点での行動隊長はサブナックとダンタリアの2人だけだ。
この状況で2人を失えば、此度の戦いは勿論のこと、この先の侵攻にも支障が出る。
そうでなくとも行動隊長の量産体制は未だに整っていない。
代替の効かない戦力をむざむざ捨て駒にするのは余りにも愚策だ。
「「はっ。」」
2人は疑問を抱く素振りを見せず、即座に命を受け入れた。
これならば命令違反の問題はないだろうが、アモンは念のためにもうひと押ししておく。
「それから、これだけは言っておく。」
2人をフード越しに見ながら、アモンは忠告する。
「お前たちは、余計な『希望』を持つなよ。」
「えっ?」
ダンタリアが困惑した様子で、サブナックは声こそ出さないが怪訝な表情でこちらを見る。
「リリスにとってのキュアシャインが、貴様らにも都合よく現れると思うな。
希望を得たところで、絶望に飲まれるだけだ。」
その言葉にダンタリアは僅かに顔を顰め、サブナックは静かに目を閉じる。
此度のリリスは、はっきりと言えば運が良かっただけだ。
彼女の想い人がキュアシャインでなければ、絶望に飲まれて自我を失っていただろう。
キュアシャインだったから、絶望の中でも希望を救えたのだ。
だがそんな都合の良い奇跡が何度も起きるはずがない。
リリスに真似てサブナックとダンタリアが希望を得たとしても、自滅するだけだ。
「「はっ。」」
2人はその忠告を受け入れたが、彼らにもまた、自我を持つものだ。
何をきっかけに希望に惹かれるかはわからないが、この様子なら当面は問題ないだろう。
そのような事態に直面する前に、此度の戦いを終わらせる必要がある。
アモンは静かに身を翻して、王の寝室へと向かうのだった。
…
先ほどまでの明るい様相から一転、リリンは沈んだ表情で膝を抱えていた。
「リリンちゃん、げんきだして。」
蛍が優しく声をかけてくれたが、リリンの表情は晴れない。
「ちとせに、ちゃんと謝らなくちゃいけないのに。
そんな大切なことをわすれるなんて・・・。」
まだ自分は何の罪滅ぼしもしていない。
それが終わるまで幸せを感じる資格はないと決意したのに、昨日までの罪悪感など忘れ、都合の良いことだけを思い出して今朝の幸せを満喫してしまうだなんて、何て愚かなのだろう。
特に千歳には、故郷を闇に堕としてしまったことを懺悔しなければならないのに、そんな大切な事さえ今の今まで忘れてしまっていた。
「リリン、そうやってあまり自分を責めないで。」
チェリーがリリンの頭を優しく撫でながら慰めてくれるが、忘れてはならない。
彼女もまた、ダークネスが生み出した被害者の1人だと。
千歳だけでなく妖精たちにも謝る責任が自分にはある。
「あっ、あの、チェリー。」
だからこの場でまず、彼女に謝罪しよう。
「なに?どうかしたの?」
不思議そうに首を傾げるチェリーの瞳をリリンは真っ直ぐに見据える。
「えと・・・その・・・。」
だがいざ、謝ろうと試みた瞬間、急に言葉が浮かんでこなくなった。
(あっ、あれ?こんなとき、まずなんて言えばいいんだろ・・・?)
蛍の時は『ごめんなさい』と言う言葉が口から出たが、あの時は謝ること以外何も考える余裕がなく、自然と言葉を口にしただけだった。
だけど今はきちんと誠意を込めて謝ろうと考えた途端、誠意を込めた謝罪と言うのはどういうものなのか?と言う疑問が頭を駆け回ってしまう。
(ごめんなさい、ごめんなさいって言わないと・・・でっ、でも、言ったらどうするの?
言ったらそれでおしまい?そんなことないよね。
そんな一言で全てが許されるわけないし、じゃっ、じゃあ他に何を言わなきゃ・・・何を?
あと、謝る以外に行動で示すって言うのもあるよね?
えっと・・・頭を下げて、それから・・・。)
言葉で謝罪するにしても行動で謝罪するにしても、何が正解なのかがわからないリリンは、1人頭の中でパニックに陥る。
ついには蛍への謝罪も本当は良くないものではなかったのだろうか?と言う疑問さえ駆け回り、チェリーを見据えたまま硬直してしまう。
「リリン。」
そんなリリンをなだめるように、チェリーは微笑みながら手を取る。
「その言葉はまずは姫様に、千歳に伝えて頂戴。」
「え・・・?」
言葉の意味がわからず、リリンは首を傾げるが、チェリーはそんな様子を気にすることなく続ける。
「誰よりもまず、その言葉を伝えなければならないのは、フェアリーキングダムの姫様である、千歳に対してだと思うの。
それに姫様にさえしっかりと伝えてくれれば、私からは何も言うことはないわ。」
そこまで言われて、リリンはチェリーの言葉の意図を読み取った。
千歳はフェアリーキングダムの姫。その世界の代表者だ。
だからまずは国民であるチェリーたちよりも、代表者たる千歳に謝る必要がある。
千歳への謝罪がチェリーたち全員への謝罪になる、と言う感性は、王国と言う歴史を築いてきたフェアリーキングダムの国民性と価値観によるものだから、まだリリンにはそこまでの思いに気づくことはできない。
だけど現状は、チェリーは千歳に先に謝罪することを望んでいる。
それならばまず、彼女の思いに応えるべきだ。
「うっ、うん。わかった。」
「うん、頑張ってね。リリン。」
結局、謝るべき相手であるはずのチェリーに励まされて背中を押されるだけで終わってしまった。
そんな自分の情けなさを恥じつつも、リリンは千歳にどう謝るべきかを集合時間ギリギリまでずっと考え込むのだった。
…
夢ノ宮中学校バス停前に雛子と要が立ち寄ると、既に千歳の姿があった。
「千歳ちゃん、おはよう。」
「おっす、千歳。」
「雛子、要。おはよう。ベルとレミンもおはよう。」
「おはようございます、姫様。」
「おはよ~姫様~。」
昨日の件から千歳のことが気になっていた雛子だったが、朗らかな笑顔で挨拶をする彼女の姿からは、もう思い詰めたような様子は見えなかった。
そんな彼女の様子にベルとレミンも安堵の表情を見せる。
「雛子、もう身体は大丈夫なの?」
「おかげさまで、もう全快よ。」
オマケにこちらの体調を心配してくれるものだから、少しだけ申し訳なく思ってしまう。
昨日家に帰った後、雛子は長時間絶望の闇に当たり続けた疲労で倒れるように眠り込んでしまった。
目が覚めたときはすっかり夜も更け、祖母が1人で終えた夕食の後片付けをしていた。
そして半日も寝てしまったのだから夜は中々寝付けず、今朝は少し寝不足気味だ。
・・・そんな寝不足も電話越しから聞こえる蛍の声で一発で目が覚めるものだから彼女の存在は本当に尊い。可愛い。
蛍から直接話を聞いたわけではないが、あの嬉しそうな声色とリリンの買い物をするって言葉から、無事にリリンを家に招くことができたのだろう。
ダークネスから離反したリリンがどこへ身を寄せるか、という問題はこれでクリアしたと言える。
となると、残る問題は自分たちがリリンのことを受け入れるかどうかだ。
だがこちらは既に、蛍がリリンのことを許して受け入れるのであれば受け入れるつもりでいる。
後は、故郷を闇に閉じこめられたことがある千歳と妖精たちがどう思うかだ。
特に千歳は故郷の件を差し置いても、今回の蛍の件についてまだ思うところがあるはずだ。
「千歳、ここに来たってことは、答えを見つけたってこと?」
それでも千歳がこの場に姿を見せてくれたと言うことは、要が千歳に問いかけたように彼女にはもう決心した思いがあるのだろう。
「・・・ええ、昨日1日考えて、答えを出して来たわ。」
「そっか・・・。」
リリンのことを受け入れるか、それとも拒絶するか。
千歳が見つけた答えは、その2択に収束するはずだ。
そして千歳が拒絶を選ぼうとも、その思いを止める権利はない。
それはリリンが千歳から故郷を一度奪ったと言う罪を、隠すことになるのだから。
「みんな~!おはよ~!!」
すると蛍がいつにも増してテンションの高い声で、こちらに手を振り駆け寄ってきた。可愛い。
隣に並んでいたリリンが、慌てて彼女の後についていき、そのさらに後ろからサクラが2人の様子を見守っている。
「蛍、おはよう。」
「朝から元気いっぱいやな。」
「えへへ!またみんなといっしょにお出かけできるのが、うれしくて!!」
天真爛漫な笑顔で蛍が素直な言葉を口にする。可愛い。
そんな彼女の笑顔を見て、雛子は目を潤ませる。
彼女が幸せを取り戻すことができて、本当に良かった。
「・・・。」
一方でリリンは、千歳の方を見るなり表情を沈ませた。
その視線に気づいた千歳は、久しぶりに見せる鋭い眼差しで彼女を睨み付ける。
そんな千歳の眼差しから逃れるように、リリンは視線を反らす。
だけど千歳を見て表情を変え視線を反らしたと言うことは、リリンも千歳に対して思うところがあるのだろう。
リリンと千歳が、それぞれどんな答えを出したのか。
答え次第ではせっかく取り戻せた蛍の幸せが再び失われてしまう可能性もある。
それでも蛍の幸せのために千歳の思いを踏みにじるようなことは、絶対にあってはならない。
これ以上、千歳に辛い思いをさせたくない。
でも蛍の幸せもこのままであって欲しい。
この2つの思いを、同時に叶える答え何てあるのだろうか?
(大丈夫・・・きっと上手く行くよね・・・?)
せめて全てが上手く行くような答えが出てくれるようにと、雛子は心の中で願うのだった。
…
要たちが夢ノ宮ドリームプラザに訪れると、いつにも増して人で賑わっていた。
夏休みに入ったことで家族連れの人や、自分たちのように友達と一緒に訪れた学生たちを大勢見かける。
そんな中、初めてこの場所を訪れたであろうリリンは辺りを見回して感嘆とした声をあげる。
「ふわあ・・・すごい広いところ・・・。」
「でしょ?
ここは夢ノ宮市で一番大きいショッピングモールなの。」
雛子がどこか誇らしげな様子でドリームプラザを紹介する。
「ショッピングモール?」
「色んなお店が一度に集まるところを、ショッピングモールって言うの。」
「そうなの?」
まるで教師と生徒のような雛子とリリンの会話に微笑みながらも、要はリリンの様子を見てふと思う。
リリンは『ショッピングモール』と言う単語自体、この場で初めて聞いたようだ。
(そう言えばリリンって、この世界についてどれくらいのこと知っとるんやろ?)
リリスとして活動していたころ、蛍とは特に違和感のない会話をしていたが、今思い返してみれば彼女の会話は当たり障りのないものが多かった。
全くの無知、と言うことはないだろうが、彼女の持つ知識は行動隊長の任務として培ったものだけしかないのかもしれない。
ただ任務をこなすために、自分の意思とは関係なく身に付けた知識ばかりだとしたら、何となくだがそれは虚しくに思えてしまう。
だけど今日からリリンは興味を抱いたもの、疑問に思ったものに対して知識を貪欲に吸収することができる。
要自身は自他ともに認める勉強嫌いではあるが、どうせ物事を学ぶならば自分の知りたいこと、興味のあることについて積極的に学べた方が楽しいはずだ。
「じゃあ、商店街とショッピングモールは何が違うの?」
「「え?」」
だがここで無知ゆえに純粋な知的好奇心で、リリンが普段気にも留めない雑学的な疑問を投げてきた。
言われてみれば、確かに商店街もショッピングモールも多くの店が一か所に集う場所だ。
だけど要はその違いが何かなんて考えたことはなく、そもそも疑問に思ったこともなく、強いて言うならば住宅街の近隣にあるのが商店街で、離れた場所にあるのがショッピングモール程度の違いでしか認識しておらず、それだって正解かどうか怪しい。
それは蛍も同様だったようで、なぜかこの場に質問を受けたわけでもない要と蛍の2人が同時に首を傾げることになった。
「商店街は、人が多く集まる場所にお店と立てたいって思う人が、自然と集まった場所のことを言うの。
対してショッピングモールは、始めから商業区とすることを目的に多くのお店が集まった場所のことを言うのよ。」
するとリリンの疑問に雛子が淀みなく答えた。
「えっと、目的意識を持つものと持たないもの・・・意識と無意識の違い?」
妙に小難しい言葉で聞き返してくるリリンに、雛子は微笑みながら答える。
「そんなところよ。
詳しく話すとそれだけじゃないけれど、商店街とショッピングモールの簡単な違いはこんなところよ。」
「ふうん・・・ありがと、ひなこ。」
「どういたしまして。」
「へ~、そやったんか~。」
雛子教師による講座が終わり、要はつい正直な言葉を口走る。
「なんであなたまで知らないのよ。」
「いや無茶言うな。学校でも習わんやろそんなこと。」
恐らくは普段のノリで雛子は呆れ気味に零したのだろうが、こればかりは横暴だと言いたい。
商店街とショッピングモールの違いなんて社会の授業ですら出たことのないのだから、興味を持って調べなければ身につかない知識だ。
そして自覚のあるスポーツバカの自分と、本の虫であるこの悪友の知識量を同列に見ないでほしい。
雛子が説明できたことには素直に感心するが、知らなかったことを糾弾される筋合いはないのだ。
「えと・・・わたしもしらなかった・・・。」
蛍も少し恥ずかし気な様子で素直な言葉を口にする。
だが恥じることなどない。
知っている方が可笑しいとまでは言わないが、知らないから可笑しいと言うことでもない。
そもそもこの中では誰よりも買い物と言うものに縁のある蛍でさえ知らないことなのだから、知っている雛子が凄いだけである。
「う・・・ベっ別に、知らないからって落ち込むことなんてないからね。蛍ちゃん。」
すると雛子が慌てた様子で蛍のフォローに入ってきた。
相変わらず正反対の対応だが、蛍が本気で落ち込んでいる以上、敢えてこの場では指摘しない。
その代わりジットリとした目で彼女を睨む。普段とは立場が逆である。
そんな空気の中、千歳はどこか思い悩むような表情でリリンを見ていた。
その視線に気づいたリリンは、少しバツの悪そうな様子を見せながらも千歳の方を見る。
互いに何かを言おうとして、でも口に出せない。
そんなもどかしい空気が生まれ始めていた。
「それじゃあ、さっそく買い物を始めるとして、せっかくこの人数で来たのだし二手に分かれましょうか?」
すると雛子が千歳とリリンをそれぞれ見ながらそんなことを提案してきた。
要は雛子の意図にいち早く気づき、蛍に目配せをする。
蛍は一瞬、戸惑う様子を見せたが、すぐにその意味に気付いてくれたようだ。
「じゃあウチらは2階を見てくるから、千歳はリリンと1階を見てくれない?」
「「えっ?」」
要からの突然の提案に、千歳とリリンは揃って疑問の声を上げる。
「千歳もここへ何回か来てるやろ~?
せっかくやし、リリンを案内したれよ。」
「ちょっと、何を急に・・・。」
千歳に対して冗談を言いながら、要は彼女の肩を寄せ耳打ちする。
「あんたの思い、ドーンとぶつけてきな。」
「要・・・。」
それだけ言い終わり要はリリンの元へ寄ると、蛍が同じようにリリンに耳打ちしていた。
「でっ、でも、そんな急に・・・。」
「だいじょうぶ。ちとせちゃん、ぜったいにわかってくれるから。」
「ほたる・・・。」
向こうも向こうで、話は済んだようだ。
リリンは遠慮がちな様子を見せながらも、千歳の元まで駆け寄る。
「それじゃあ、しばらくしたらまたここで合流しましょ。」
「リリンちゃん、がんばってね。」
「千歳、後はよろしくな~。」
それぞれが挨拶を終え、要たちは千歳とリリンを2人きりにするのだった。
…
要たちの背中を見送った千歳は、彼女たちの気遣いに心の中で感謝しながらリリンの方を見据える。
今日、自分がここへ来たのは買い物を手伝うためじゃない。
リリンと話をするために来たのだ。
その上で、彼女とどう接していくのかを決めるために。
昨日、要と別れた後からずっと考えていた。
ずっと、自分の思いと向き合ってきた。
そして改めてわかったことがある。自分はまだリリンのことを憎んでいる。
かつて故郷を傷つけ奪い、そして蛍を騙してずっと利用し続けて来たことへの憎しみは、そう簡単には消えるものではない。
そのことを思い出すだけでも、心の内にある黒い感情が燃え上がるほどだ。
でも一方で、それとは正反対の思いもあったことに気付いてしまった。
リリンには心がある。
そして彼女は蛍を傷つけてしまったことを悲しんでいた。
つまり彼女には誰かを想う心が明確にあるのだ。
それが元々あったものなのか、蛍と接したことによって芽生えたものなのかは知らないが、この際それはどちらでもいい。
重要なのは、今のリリンであれば話が通じると言うことだ。
それなら一度、彼女と話をしてみたい。
話して、彼女が今何を思ってここにいるのかを聞きたい。
リリンを許すか許さないかを決めるのは、それからでも遅くはないはずだ。
それと同時に千歳は1つだけ心に決めたことがあった。
それは・・・。
「・・・。」
「えと・・・。」
リリンから先に話をしてくるのを待つ、と言うことだ。
本当に彼女に誰かを想う気持ちがあれば、フェアリーキングダムの人々に対して行った仕打ちに少しでも罪悪感があるのなら、あちらから話しかけてきてくれるはずだ。
もしもリリンが話かけてこなかったら、誰かに指摘されて初めてフェアリーキングダムへの罪悪感を自覚するようだったら、その時点で縁を切るつもりだ。
故郷の人々を傷つけ、絶望の闇に堕としておきながら何も思うことのないやつと、この先一緒にいる気はない。
例え蛍を傷つける結果になろうとも、こればかりは譲ることができない。
「・・・あの・・・。」
だけどその心配は、きっと無用だろう。
なぜなら今日リリンは、こちらを見ては沈んだ表情で視線を離すを、何度も繰り返していた。
自分に対して何か思うことがある証拠であり、現に今もか細い声で話しかけようとしている。
それが分かっていながら、決してこちらからは歩み寄らない。
リリンを睨み付けるように見ながらも、彼女から話しかけてくるのを待ち続ける。
そして・・・
「あのっ!ちとせ!!」
意を決したリリンが、ついに大声で名前を呼んできた。
道行く人が一瞬こちらを振り向くほどの声だったが、千歳は気にせずリリンに返事をする。
「・・・なに?」
とりあえず、1つの疑念は払拭できた。だけどまだこれからだ。
リリンがこれまでのことに対して何を思い、これからのことをどう考えているのか、それを聞きだした上で答えを出す。
次のリリンの言葉次第で、自分たちの関係が決まるのだ。
千歳は少しの緊張から固唾を飲んで心を落ち着かせる。
懺悔するか、開き直るか、それとも分からず問いただしてくるか・・・。
どんな答えを出し、それに対してどう答えるかは、昨日何パターンもシミュレートしてきた。
叶うのなら、自分が一番望んだ答えを出してほしい。
そう、心の中で願いながら、ついにリリンが言葉を続ける。
「あっ、あたしに!なにかしてほしいことってある!!?」
「・・・はい?」
だが飛んできた返事が早速考えてきたどのパターンにも当てはまらないどころか余りにも予想の斜め上を行きすぎていたせいで千歳は驚きと拍子抜けと困惑に飲まれて固まってしまうのだった。