伝説を超えた戦士!キュアシャイン・サハクィエル!キュアシャイン・レリエル!
絶望の果て、常闇の世界で心を通わすことができた蛍とリリンは、2人の希望の光を1つにし、一心ニ体のプリキュアへと変身した。
蛍が変身するは、白き片翼の天使・キュアシャイン・サハクィエル。
リリンが変身するは、黒き片翼の天使・キュアシャイン・レリエル。
2人のキュアシャインは互いに手を繋ぎ、彼女たちの絶望の化身、ラスト・レクイエムを正面から見据える。
そんな2人の姿を、千歳は少し複雑な表情で見守っていた。
出来ることなら千歳も蛍と並んで戦いたかったが、希望の光が残っていない自分では足手まといになるのは分かり切っている。
今は蛍と、リリンの力に全てを託すしかできない。
そのことが、少しだけ悔しかった。
「いくよ、リリンちゃん!」
「ええっ、ほたる!」
蛍とリリンは互いの翼を羽ばたかせ、ラスト・レクイエム目掛けて飛翔する。
「「キャアアアアアアアアアアアッ!!!」」
ラスト・レクイエムが2人と同じ声で泣き叫び、世界を包む闇が一層強くなっていく。
だけど蛍もリリンも怯まず、放たれる絶望の闇に正面から向かい打つ。
「「はあああっ!!」」
2人とも、全身から希望の光を一気に解き放つ。
次の瞬間、放たれた希望の光が絶望の闇が全て打ち消し、ラスト・レクイエムへと降り注いだ。
「ウソっ!?」
目の前の出来事に要が驚愕し、目を丸くする。
千歳も驚きを隠せずにいた。
ラスト・レクイエムの纏う絶望の闇を前に、千歳たちの攻撃は1つも通らなかったのに、2人はそれを真っ向から打ち破ったのだ。
だがラスト・レクイエムの攻撃はそれだけでは止まらない。
翼から放たれた無数の黒い槍が蛍とリリンに飛んでいく。
だが蛍とリリンは手を繋いだまま、それぞれの片翼だけを羽ばたかせて優雅に空中を飛び回り、全ての攻撃を回避していく。
「「キャアアアアアアアアッ!!」」
続けてラスト・レクイエムは、地から無数の尾を伸ばし2人元へと差し向けた。
尾は蛍とリリンを包囲し、退路を封じ込めて襲い来る。
「「光よ、集まれ!シャインロッド!」」
だが蛍とリリンは同じ形状のシャインロッドをそれぞれ手に取り、円を描くように腕を振るう。
次の瞬間、シャインロッドより放たれた希望の光が刃のように薙ぎ払われ、取り囲む尾を全て両断した。
間髪入れずにラスト・レクイエムが再び黒い槍を放つが、蛍とリリンがシャインロッドを振るうと同時に、球状の光弾がラスト・レクイエムの元へと放たれた。
光弾は飛び交う黒い槍を全て撃ち落としても尚余り、ラスト・レクイエムの本体へと直撃する。
「「キャアアアアアアアアッ!!」」
ラスト・レクイエムが先ほどまでとは異なり、苦しむように叫びをあげる。
「効いている。あの子に攻撃が通じてるんだわ。」
その状況を雛子が冷静に分析する。
新たな姿へと変身した蛍からは、これまで以上に強い力が感じられるが、それ以上に千歳が驚いたのは、リリンからも同じ力が感じられたことだ。
蛍とリリンの希望の光が、2人の想いが1つとなって強大な力を生み出した。
その光景に千歳は身に覚えがあった。
そう、かつて自分がフェアリーキングダムでアンドラスと戦った時、自分の身にも同じことが起きたではないか。
城下街の人々から希望をもらい、みんなの希望が1つとなってアンドラスを破る力を開眼した。
あの時と同じ現象が、今の2人に起きているのだ。
それが、元々計り知れない潜在能力を秘めていた蛍の力を全て解放し、自在に制御することが出来るようになったのだ。
それならば今の状況にも、納得がいく。
なぜなら蛍は、まだ力を制御できていない頃から、たった1人で世界を覆う闇を打ち払ったことがあるのだから。
「「ウウッ・・・・キャアアアアアア!!!」」
蛍とリリンの攻撃を受けたラスト・レクイエムの力が、急激な衰えを見せ始める。
やがて空を覆う絶望の闇も少しずつ削がれていくのだった。
…
片翼の翼を羽ばたかせ、リリンと一緒に空を飛び回りながら、蛍はラスト・レクイエムを追い詰めていく。
あれが自分の絶望から生まれた子、『ほたる』の変異した姿であることは一目見たときから感じ取れた。
その力がこの世界の全てを覆い尽くしていると感じ取った時は戦慄したが、同時に蛍は、今の自分たちなら絶対に負けないと言う自信を持つ。
常闇の世界で互いの負の憎悪をぶつけ、それでも希望を通わせて、大嫌いも大好きも全て受け入れて、新たな希望を見つけることが出来たからだ。
あの子はこちらの絶望を力の源としているけど、今はその絶望を乗り越えてきたのだから。
「「キャアアアアアアアッ!!」」
ラスト・レクイエムが蛍と、リリンと同じ声で泣き、巨大な闇の光線を放つ。
蛍とリリンは互いの手を離し、散開しながらそれを回避する。
ラスト・レクイエムは光線を連射するが、蛍もリリンは軽やかに空中を飛び回り、放たれた光線を全て避けていく。
そしてラスト・レクイエムの懐まで潜りこみ、それぞれシャインロッドを構えた。
「プリキュア!スカイライト・エクスプロージョン!」
「プリキュア!ナイトライト・エクスプロージョン!」
そしてそれぞれのロッドから巨大な光線を放つ。
自分とリリンが放った光線をその身に浴びたラスト・レクイエムは、翼を折り、頭を垂れた。
その光景を見て、蛍は戦いの終わりを悟る。
「ほたる、やるよ。」
「うん!」
次の一撃で、全てを終わらせる。
蛍とリリンは再び手を取り、ラスト・レクイエムの頭上へと飛んでいく。
そしてそれぞれのロッドを交差させると、2つのシャインロッドが1つの武器へと融合した。
「「光よ、集まれ!シャインロッド・エクステンション!」」
蛍の身の丈ほどもの長さを誇るロッドを、蛍とリリンは2人で手に持ち、ラスト・レクイエムへと向ける。
ロッドの先端から放たれた光がラスト・レクイエムを囲い込むように陣を描き、そこから放たれた光がラスト・レクイエムを拘束する。
「せいなる光よ。」
「闇夜を照らし」
「「暗き想いを光に導け!」」
「「プリキュア!!ホーリーナイト・サンクチュアリ!!」」
蛍とリリンは互いの力を1つに集約し、ラスト・レクイエムさえも包み込むほどの巨大な光線を解き放った。
「「キャアアアアアアアアアアアツ!!!」」
次の瞬間、光に包まれたラスト・レクエイムの身体が、光の粒子となって崩壊するのだった。
…
リリンは、ラスト・レクイエムの身体が光の粒子となり消滅していく様子を見守っていた。
ラスト・レクイエムの力はもう回復する様子を見せず、世界を覆う絶望の闇も急速に衰えていく。
だけどあの子の、ダークシャインの気配がまだ微かに感じられた。
「どう・・・して・・・?」
すると滅びゆくラスト・レクイエムの内部から、ダークシャインが姿を現した。
だけどもう力はほとんど感じられず、肉体も綻び始めている。
「なんで・・・わかってくれないの・・・?
リリンちゃんはわたしを裏切った・・・また裏切るにきまっているのに・・・。」
ダークシャインがか細い声で嘆き、身を震わせている。
「わたしはリリンちゃんとはいっしょにいられない・・・。
いっしょにいることなんてできない・・・。
どうせ最後には別れるんだ・・・裏切られるんだ・・・。」
ダークシャインが絶望を口にする度に、蛍の表情が引きつる。
あの子がまだ存在を保っていると言うことは、蛍の心は完全に救い切れていないからだろう。
蛍はまだ、不安を抱えているのだ。
自分が与えてしまった絶望への不安を・・・。
だから自分に出来ることは・・・。
「大丈夫。」
蛍の心を救ってあげることだ。
リリンはダークシャインに歩み寄り、優しく彼女を抱きしめる。
「もう二度と、あなたを傷つけたりなんかしない。
あたしはもう、あなたの心を裏切るようなことはしないから。
だから・・・安心して、ほたる。」
裏切られて絶望しても尚、蛍は側にいてくれた。
どんなに想いを歪められても、暗闇の中でも光の中でも、蛍は一緒にいられることを選んでくれた。
もう二度と、蛍のことを傷つけないためにも、蛍の想いを裏切らないためにも、彼女の想いに応えたい。
何よりもそれが自分の望み、希望でもあるから。
「・・・ほん・・・とうに・・・?」
リリンの言葉を聞いたダークシャインの身体が、強い光に包まれていく。
「うん、約束する。」
「ぜったい・・・だからね・・・。」
最期にリリンの身体を力なく抱きしめながら、ダークシャインも光の粒子となって消滅した。
そしてその残滓は蛍の元へと届き、蛍の身と一体化する。
蛍はそれを受け入れるように、自分の身を抱きしめる。
「ほたる、大丈夫?」
「うん、ありがとう、リリンちゃん。」
蛍が笑顔でお礼を言う。
そこには一切の絶望を祓い、曇りのない蛍の笑顔があった。
リリンの大切な記憶にある、安らぎを与えてくれたあの笑顔を、リリンは取り戻してあげることができたのだ。
「・・・よかった。」
蛍が本当の意味で絶望から帰還したことを、リリンは心の中で喜ぶ。
そして最後にダークシャインが消滅し、残ったディスペアー・カードを手に取ろうとする。
だが次の瞬間、ディスペアー・カードが何かの引力に引かれたかのように、突然地上へと落ちていった。
「えっ?」
驚いて地上に目をやると、そこにはサブナックとダンタリアの姿があった。
「サブナック!ダンタリア!」
サブナックはディスペアー・カードを手に渡った後、それを天高く掲げる。
「急げサブナック、この牢獄ももう持たないぞ。」
「分かっている。」
そしてディスペアー・カードに牢獄内の絶望の闇が集まっていった。
「させない!」
サブナックの狙いが分かったリリンは、慌てて彼の元へ駆けつける。
ラスト・レクイエムが消滅した今、この世界を閉じ込めている闇の牢獄が崩壊するのも時間の問題だ。
だが彼はそれまでの間に、世界中の人々から絶望の闇を集めようとしているのだ。
元々ディスペアー・カードの完成条件は、不特定多数の人々から絶望の闇を集めると言うもの。
サブナックは残された時間を使い、ある意味正規の手段でカードを完成させようとしているのだ。
闇の牢獄が展開されてからまだ間もないので、フェアリーキングダムの時のように全ての人が牢獄に囚われているようなことはないだろう。
それでも絶望の声を聞き牢獄に囚われてしまった人の数は決して少なくはない。
ダークシャインのようなイレギュラーな戦士が誕生することはもうないだろうが、アモンが切り札と称していたネオ・ソルダークの誕生は許してしまう。
「遅い。」
だがサブナックはカードをリリに向けて掲げ、闇の波動を放って牽制した。
リリンは攻撃をガードしその場にとどまるが、気づくのが遅れたせいで、あと一歩のところでディスペアー・カードの完成を許してしまった。
「これは貴様の形見代わりにもらっていくぞ。」
そう言いながらサブナックは、どこか複雑な表情でこちらを見る。
「・・・次に戦うときは、敵か。リリス。」
「えっ?」
「ならば容赦はしない。」
ただその一言だけを残し、ディスペアー・カードと共に姿を消す。
「・・・なぜだ。なぜ君だけが・・・。」
一方でダンタリアは、忌々し気にこちらを睨み付けながら姿を消していった。
「サブナック・・・ダンタリア。」
モノクロの世界で、数えようのない時間を共に過ごした2人と言葉も交わさない内に、リリンはダークネスと袂を分かつのだった。
…
戦いが終わりダークネスが去った後、世界を覆う絶望の闇は一瞬で消えていった。
やがて闇の牢獄もなくなり太陽の光が差し込むと、戦いで荒れ果てた夢ノ宮市が、まるで一時の幻だったかのように、元の姿を取り戻していった。
そして蛍とリリンが変身を解き、後ろを振り返ると、そこには要、雛子、千歳、チェリー、ベリィ、レモン、アップル。
みんなの姿があった。
「蛍。」
要が優しい声で、蛍を招くように両手を広げる。
「お帰りなさい。」
その言葉に、蛍は堪えきれずに涙を流した。
「かなめちゃん・・・・みんな・・・。
うっ・・・うわあああああん!!」
泣きながら蛍は、要の胸に飛び込む。
そんな蛍を要は、強く抱きとめてくれた。
少し苦しいけど、要の温もりに身を委ねたかった。
ずっとずっと、暗い闇の中で不安だったから。
みんなのことを一度嫌いになってしまったから、もうみんなと一緒にいることなんてできないと思ったから。
もう、みんなと一緒にいる日常に、帰って来られないと思っていたから。
だから・・・。
「ごめんなさい・・・。
でも、でも、わたし今・・・すごくうれしい・・・。」
みんなへの謝罪の気持ちよりも、嬉しさの方が勝っていた。
「また、みんなとともだちでいていいんだよね?
みんなといっしょにいられるんだよね?」
あれだけ酷いことをして、酷いことを言ったのに、みんなは自分のことを許してくれたことが嬉しかった。
また友達として、受け入れてくれたことが嬉しかった。
そして、みんなのことを嫌いだと思った気持ちが、もう欠片も残っていないことが嬉しかった。
またみんなのことを好きでいられる。
蛍にとってはそれが何よりの救いだった。
「そんなん、当たり前やないか。」
当たり前。そんな要の言葉が胸に響く。
「蛍ちゃん、もう何も不安に思うことはないよ。
私たちはずっと、蛍ちゃんの友達だから。」
「ひなこちゃん・・・。」
雛子がそう言いながら、蛍の頭を優しく撫でる。
「蛍、私こそごめんなさい。
あなたが一番辛い時に、側にいてあげられなくて。」
千歳が悲しそうな顔でそう言うが、蛍は首を左右に振るう。
「そんなことないよ。
ちとせちゃんはいつだって、わたしのことを想ってくれてたんだよね。
だから、ありがとう。」
自分の騎士になると言ってくれた千歳は、何時だって自分を守ることを第一に考えてくれていた。
その厚意を踏みにじってしまったのは、他の誰でもない自分自身だ。
だから彼女が謝ることなんてない。
むしろ謝らなければならないのはこちらの方だ。
「蛍・・・。」
どこか憑き物が取れたような千歳に、蛍は笑顔を見せる。
今回の件で、みんなに沢山の迷惑をかけてしまった。
後でその事を目いっぱい謝罪しよう。後でその事で目いっぱいお詫びをしよう。
それでも今は、今だけは要の、雛子の、千歳の、みんなの優しさに甘えていたかった。
…
蛍がみんなとの再会を喜び合っていたことを、リリンも喜んでいた。
蛍の笑顔を取り戻すことが出来たから、あの暗闇から、蛍を救い出すことが出来たから。
だけどすぐにリリンの表情から笑みが消える。
そして再会を喜びあう蛍たちの光景を、リリンは直視することが出来なくなっていった。
なぜなら自分には、それを喜ぶ資格なんてないのだから・・・。
(もとはと言えば、あたしが自分の気持ちから目を背けていたから・・・。)
蛍が助かったことを喜ぶ、と言えば聞こえはいいかもしれないが、それはリリンが、蛍に友達を失うと言う悲しみを与えてしまったせいで生じたものだ。
そもそも蛍を絶望させなければ、こんな事態なんておこらず、蛍はもっと友達と過ごす時間を楽しむことができたはずだ。
自分は彼女から、その時間を奪った。
今日のことは時が止まった以上、一瞬にも満たない時間だろうが、これまでだってずっと彼女に負担をかけていたはずだ。
それがどれほどの時間を蛍から奪ったかわからない。
それにどちらにしても、止まった時の中で蛍を苦しめたこと、要たちを悲しませたことに変わりはない。
自分に、彼女たちと一緒に蛍の帰還を喜ぶ資格なんて、あるわけがないのだ。
(それに・・・これから、どうしよう・・・?)
それ以外にも、この先の問題は山積みだ。
ダークネスから離反した事について悔いるつもりはないし、元より悔いなんて『感情』を抱くような時間を向こうの世界で過ごした記憶はない。
だけど現実的な問題として、リリンには帰る場所がない。
それならばいっそ、蛍を絶望させた報いを受けるために消えてしまおうかとさえ思ったが、そんな逃げ道も用意されていない。
自分がいなくなれば、蛍が悲しむ。
それは蛍と交わした約束を破ることになる。
もう蛍のことを悲しませたくないから、自分のためじゃなくて蛍のために、否が応でも生きなければならない。
そして生きなければならないのであれば、この世界で生きていく術を身に付けるしかない。
蛍たちにはみんな親がいて家族がいて、住んでいる家がある。
家族は血縁のある親族のことだから当然、得られないとして、生活の基盤となる家をどうすれば手に入れることが出来るかなんてわからないし、そもそも時の止まったダークネスの世界では、生きると言う概念すら軽薄であり、食事や睡眠の必要すらなかったのだ。
蛍に近づくために、この世界の常識や時間の概念については多少学んだものの、この世界で『生活』することまでは考えてなかったから、生きていく上での必要な知識までは身に付けていない。
生物がこの世界で生きていくために必要な要素が、リリンには全て欠落している。
これから先、どのようにこの世界で生活すればいいのか、リリンは早速路頭に迷う思いだった。
(ほたるに聞けば、きっと快く教えてくれると思う。・・・でも。)
裏切り傷つけても尚、蛍は自分への想いを捨てなかった。
そんな彼女なら、困っていることを伝えれば喜んで力になってくれるだろう。
だけどそうしてはいけないと、リリンの中の何かが警告している。
かつてのリリンなら、蛍の好意を利用することを躊躇わなかったのに、今はその考え方をしてはいけないと否定している。
何よりも今、蛍の隣にいることが辛いのだ。
蛍のことが嫌いになったわけじゃない。むしろその逆だ。
ずっと好きだったと言う自分の本当の気持ちと向き合ったはずなのに、なぜか蛍の隣にいるのが辛いのだ。
蛍の隣にいると、胸が張り裂けそうになるのだ。
(罪悪感・・・なのかな・・・?)
知る限りの言葉の中で思いつくものがあるとすれば、それしかない。
まだ、蛍に負い目を感じているのだ。
だけど不可思議な事に、その感情は捨ててはいけないと自分の心が訴えている。
まだ、感情を自覚して間もないリリンには、自分自身の心を全て理解するのは難しく、それがなぜなのかまでは相変わらずわからないままだ。
それでもその思いに素直になるのであれば、この辛い気持ちをずっと抱えていなければならないと言うことになる。
(ほたる・・・。)
このままここに居座れば、この罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。
押し潰されて、自分の心をまた壊してしまっては本末転倒だ。
一旦、気持ちを整理するためにも、この場は立ち去った方がいいのかもしれない。
そう思い、リリンは蛍たちから視線を反らして立ち去ろうとしたその時、
「あっ、まってリリンちゃん。
どこにいくつもりなの?」
こちらに気付いた蛍が呼び止めてきた。
リリンは立ち去ろうとした足を止めて、蛍たちの方へ振り返る。
「リリンちゃん。
あなた、この世界に帰る家はあるの?」
雛子が早速、今抱えている問題について質問をしてきた。
そしれそれは、ダークネスから離反したことを彼女たちも認識したことを裏付けている。
「あるわけ、ないよな。
あれば住む場所くらい答えられただろうし」
要がリリンに代わってそう答える。
彼女の言う通りだ。
これまで素性を一切隠し続けてきたのは、一重にこの世界に生活の基盤を置いていなかったからだ。
それが千歳に疑われるきっかけともなった。
ここにいる誰もが今、リリンが置かれている現状を悟ったような様子を見せる中、ただ1人千歳だけが、複雑な表情を浮かべて黙り込んでいた。
千歳は一度、リリンに帰る場所を奪われたことがある。
そんな自分に千歳は今、何を思っているのだろうかと、リリンがそれを考える暇もなく、蛍が真剣な表情でこちらを見据える。
「ねえ、リリンちゃん。
ちょっとついてきてもらってもいいかな?」
「え?」
蛍の申し出を断ることも出来ず、リリンは彼女に案内されるままこの場を離れるのだった。
…
蛍とリリンを見送った後、要たちは並んで帰路を歩いていた。
道行く景色は元の景色を取り戻しており、人々も特におかしな様子もなく往来している。
世界中が闇の牢獄に閉じこめられ、多くの人々が囚われたはずだが、フェアリーキングダムの時と違い、閉じ込められていた時間が短かったおかげか、道行く人々から絶望の闇は一切感じられなかった。
それだけでなく、住み渡る青空からの果てからも闇の気配は感じられない。
きっとこの世界の人々にとっては、一時の悪い幻を見た程度のものでしかなかったのだろう。
それは何よりも幸いだった。
少しでもダークシャインの影響を引きずる人がいれば、きっと蛍は負い目を感じてしまう。
そう、蛍にとっても、世界中の人々にとっても、そして自分たちにとっても、今回の戦いは『一時の悪夢』でしかなかったのだ。
だけど悪い夢から覚めた後も、目を反らすことの出来ない現実が待ち受けている。
「蛍ちゃんたち、これからどうするんだろうね?」
雛子が心配そうに問いかける。
だが、どうする?と聞いてくるものの、雛子は既に、蛍が何を思ってリリンを誘ったのか察しているのだろう。
勿論、要も、そして恐らくは千歳も、蛍が取ろうとしている選択がわかっているつもりだ。
同時に、ここにいる誰もがその選択を拒否する権利なんて持ち合わせておらず、拒否するつもりもないのだろう。
元々要たちの望みは、蛍の幸せを守ることだったのに、彼女を思うあまり事を急いてしまったのが、今回の悪夢のきっかけとなってしまった。
だからもう、道を誤ってはいけない。
蛍の選んだ道が、彼女の幸せに繋がるものであるのなら、それを見届けてあげたい。
「どうもこうも、上手く行くことを祈るしかないやろ?」
だから要に今出来ることは、それが上手く行くかを見守ること。
そして・・・。
「それよりも、ウチらだってこれからどうするか、ちゃんと考えなあかんやろな。」
蛍の選択を受け入れた上で、『リリン』とどう接していくかだ。
要はそう思いながら視線を千歳に向けると、千歳は少しバツの悪そうに顔を下げた。
「なあ、千歳。あんたはこれからどうするん?」
そんな千歳に、要は心を鬼にして問いかける。
「どうって・・・。」
「正直ウチらには、あの子に対して特に思うことなんてないの。
直接何か被害を受けたわけやないし、今回の件はさすがに腹が立ったけど、蛍が許すならウチらもとやかく言わない。」
ごく自然と『ウチら』と雛子を勘定に入れているが、今回ばかりは彼女からの反論はなかった。
「でも千歳、あんたは違う。
あんたにはあの子を恨む明確な理由があるし、権利もある。」
その言葉に千歳は表情を曇らせ、それっきり黙り込んでしまった。
そんな彼女の様子に要も表情を曇らせるが、それでも視線を外さない。
今自分が彼女に言っている言葉が、どれだけ残酷なものかは分かっている。
かつて千歳が1人であの子と敵対する姿勢を見せたとき、要も雛子も彼女の考えに賛同しなかった。
その結果、彼女1人を孤立させてしまった。
そして今、あの時と同じ状況にまた陥っている
要と雛子は、もうリリンを恨んではいないが、千歳はそう簡単に割り切ることが出来ないはずだ。
わざわざ指摘しなくともわかっていたことだが、それでも要はこの場ではっきりとさせたかった。
千歳に、彼女自身の思いをうやむやにして欲しくないから。
「それじゃあ、私はここで。」
気が付けば、雛子の家に通じる分かれ道まで着いていた。
「うん、またな雛子、レモン。」
「雛子、今日はお疲れ様。レモンもまたね。」
「私だけじゃないよ。みんな、お疲れ様。また今度ね。」
「姫様、夏休み一緒にたこ焼き食べに行こっ。」
「うん・・・。」
それぞれ別れの挨拶を交わして、雛子とレモンは帰っていった。
別れ際、雛子は穏やかな視線を少しこちらに向けていった。
その意味を要は理解している。『後はお願い』、と。
それを十分に承知しているからこそ、要は改めて千歳と向き合うのだった。
…
要たちと別れた帰り道、雛子は途中までの会話を思い出していた。
蛍はあの子を、リリンを受け入れた。
ならば自ずと、蛍の取る選択は決まっていく。
だけど千歳にはリリンを恨む権利がある。
だから千歳にはリリンを拒絶する権利があるが、それは蛍の思いと相反する。
だが、蛍がどれだけリリンのことを大切に想っていてもと、彼女が千歳の故郷をメチャクチャにした罪は消えない。
フェアリーキングダムが元通りになった今でも、決して許されることではない。
もしもリリンへの憎しみから千歳が拒絶の答えを出したとしても、自分たちにはその思いを否定する権利はない。それが蛍であってもだ。
どのような答えになろうとも、千歳の思いは尊重されるべきだ。
だけどそれは、リリンを受け入れている自分たちと、受け入れることが出来ない千歳と言う構図を作ってしまう。
かつてと同じように、千歳を1人だけを孤立させてしまう。
そんなことは誰も望んではいない。
だけどそれを回避するために、千歳に本心を我慢して欲しいと言うのは間違っている。
蛍とリリンが戻ってきた今でも、自分たちの抱える問題は山積みだ。
(でも・・・大丈夫よね?要。)
それでもこの事をそんなに深刻に捉えていないのは、今の千歳には要が側にいてくれているからだ。
こんな時の要は、本当に頼りになる。
要には悪いが、今は全てを彼女に委ねよう。
そして千歳にも悪いことだが、今の自分にはもう、これ以上の彼女のことを気にかけていられる余力は残っていなかった。
もう、この帰路を歩くことさえ相当な負担になっているほど、今の雛子は疲れ切っていた。
「雛子、お家に着いたよ?」
そんなことをぼんやりと考えている内に、気が付けば家の前まで来ていた。
レモンが心配そうに雛子の顔を見る。
今日はレモンにたくさんの心配をかけてしまった。
彼女に辛い思いをさせてしまった。
だからもう、今日は素直に休もう。
これ以上無理をしては、またレモンに心配をかけてしまう。
「ただいま・・・。」
疲れ切った表情を隠すことなく、雛子は家に上がる。
「お帰りヒナちゃん、ちょうどお昼ご飯が出来たところだけど・・・。
ヒナちゃん、どうしたの?顔色が悪いわよ。」
「おばあちゃん。ちょっと疲れちゃって・・・。
お夕飯までには起きるから、少しお昼寝するね・・・。」
昼食の準備をして出迎えてくれた祖母には申し訳ないが、もう限界が近かった。
祖母は少しだけ怪訝そうな様子を見せたが、部屋に戻る雛子に何も言わなかった。
部屋に戻った雛子は、そのままベッドの上に倒れるように俯せた。
枕を両手で掴みながら、顔を横にして埋める。
まだこれで、全てが解決したわけではない。
蛍とリリンがこれからどうなるのか?
リリンとどのように接すればいいのか?
そして千歳はどんな答えを出すのか?
思うところは山ほどあり、こんな風に休んでいる暇なんて本当はないのかもしれない。
でもそれよりも今は・・・
「蛍ちゃん・・・良かった・・・。」
蛍が無事だった。ただその安堵感に包まれていたかった。
悪夢のような今日の出来事が終わったことを改めて実感した雛子は、途端に強烈な睡魔に襲われた。
「雛子、蛍が無事で、良かったね。」
そんな雛子の頭を、レモンが優しく撫でてくれた。
普段とは立場が逆になっているが、たまにはそういうのも良いかもしれない。
「うん・・・。」
レモンの手のひらの感触に浸りながら、雛子は一瞬で深い眠りにつくのだった。
…
雛子から静かな寝息が聞こえてきたので、レモンは彼女の頭から手を離す。
彼女の安らかな寝顔を見ながら、レモンは微笑んだ。
(良かった・・・雛子に笑顔が戻って・・・。)
蛍が絶望して、絶望した蛍の怨嗟の声をずっと聞き続けて、それだけでも十分に辛かったはずなのに、雛子はあの時、復讐心に駆られた千歳のことも呼び止めた。
雛子だって本当は、リリンのことを恨み、リリンに復讐したいって思っていただろうに、雛子は、その道を選ばなかった。
それでは蛍を助けることができないから。
だからあの時、雛子は千歳に『我慢して』と言ったのだ。
千歳にとってどれほど辛い言葉であったかは、雛子が誰よりもわかっていたはずなのに。
雛子は優しいから、そんな言葉を千歳にかけたときも、相当辛かったはずなのに。
そして戦いが終わった後も、先ほどまで雛子は気力だけで立ち上がり続けていた。
もし倒れたら、家で待っている祖母の菊子が心配するだろうから。
彼女はこの部屋に戻るまで、ずっと気力を保ち続けていたのだ。
「もお・・・頑張り過ぎたら倒れちゃうよって、注意しといたはずなのに。」
蛍に気を遣って、千歳に気を遣って、戦いに関係のない祖母のことまで気にかけて・・・。
全く、蛍のことを叱れないくらい、雛子だって無茶しっぱなしだ。
だがそう思いながらも、レモンの表情は穏やかだった。
雛子を非難する気持ちがこれっぽっちも沸いてこなかった。
むしろ彼女のことが誇らしかった。
大切な人のためならどこまでも頑張ることが出来る彼女のことが。
自分のパートナーには勿体ないくらい、雛子は凄い人だ。
すると部屋のドアがノックされる音が聞こえてきた。
レモンは慌てて雛子の机の上に移動し、ぬいぐるみのフリをする。
「ヒナちゃん、入るわよ。」
ドアを開けて入ってきた菊子は、ベッドで眠る雛子の姿を見て微笑む。
「あらあら、お布団の上で寝るなんて、ヒナちゃんらしくないわね。」
およそ呆れているように思えない口調で、菊子は布団の側に畳まれていたタオルケットを雛子にかける。
「ふふっ、何があったかはわからないけど、よっぽど、疲れているみたいね。
夕飯までに起きてこられるかしら?」
そう言って菊子は、雛子の髪を少し撫でて、そのまま部屋を出て行った。
彼女が部屋を出ていくとき、なぜかレモンは菊子が自分と目を合わせたような気がするのだった。