プリキュアとラスト・レクイエムが戦っている最中、チェリーたちは戦いに巻き込まれないよう場所を移していた。
だが世界の全てが闇の牢獄に覆われた今、安全な場所なんてどこにもないだろう。
だからせめて、みんなの足を引っ張らないように戦場から少しでも遠い場所へ、でもみんなの戦う姿を確認できるところまでは離れよう。
要の言う万が一の時が起きた場合、すぐに転送術で救助するために。
そして、ラスト・レクイエムの様子を見るために。
「「キャアアアアアアアアッ!!!」」
ラスト・レクイエムが蛍の、リリスの声で叫びをあげる。
その声を聞くたびに、チェリーの心は強く締め付けられる感覚に囚われた。
(蛍・・・。)
あれはダークシャインが姿を変えたもの、そしてダークシャインは、蛍の絶望そのものが形を成した存在だ。
そのためか、あの子のことは他人事のように思えなかった。
あの子の叫びを、嘆きを聞くたびに蛍が泣いているような気がして・・・。
何よりも今、蛍があの子の中に囚われているのだ。
だからラスト・レクイエムの様子を確認したかった。
それが危険なことであるとわかっていても、チェリーはあの子から目を反らしたくなかった。
やがてチェリーたちはひと際開けた場所へと辿りついた。
その場所は、ダークシャインの攻撃によって廃墟と化した噴水公園だった。
チェリーは静かにその場を見渡す。
蛍がリリンと共に、幸せの一時を過ごしてきた場所。
2人の思い出が沢山詰まっている場所。
でもその場所の破壊を命じたのがリリスで、実行したのはダークシャイン、蛍の絶望だった。
幸せな思い出が沢山詰まったこの場所は、絶望した2人にとっては苦しい記憶の象徴でしかなかったのだろうか?
だからリリスは全てを壊そうとして、ダークシャインも、蛍もそれを実行したのか。
そう思うととても切なくて、そして悲しかった。
2人の幸せの記憶が、今の2人を苦しめているのだから・・・。
「チェリー、大丈夫?」
そんなチェリーにアップルが優しく声をかけてくれた。
「・・・はい。」
「この戦いが終われば、ここだって戻ってくる。
蛍ちゃんと、リリンと一緒に。」
「だからチェリーは、その時に備えて笑ってなきゃダメだよ~。」
「2人とも・・・ありがとう。」
ベリィとレモンも自分のことを気にかけてくれた。
チェリーは目に浮かんだ涙を拭いながら、天高くそびえるラスト・レクエイムを見据える。
ほんの一瞬の間に、この街の景色も、世界も全て変わってしまった。
道行く最中にも大勢の人々が、絶望の闇に覆われ、嘆いていた。
このまま放っておけば、この世界もソルダークに溢れることになるだろう。
かつての故郷のように・・・。
だけどまだ、闇の牢獄が展開されてから時間が浅いはず。
ラスト・レクイエムを打ち破り、闇の牢獄を解放することが出来れば、大勢の人たちにとっては、『一時の悪夢』で終わってくれる。
チェリーにはもう、2人の帰還を信じて待つことしか出来ないのだから、全てが終わった後は2人を笑顔で迎えてあげよう。
この場所がまたかつてのように、蛍とリリンに幸せな時間を与える場所に戻ることを信じて。
…
背後から口を塞ぐ手の感触がある。左手を強く掴まれた感触がある。
目が見えない以上、蛍は今自分がどこにいるのかはわからないが、『ほたる』を名乗るもう1人の自分の気配を背後に感じたまま、蛍は暗闇の中を彷徨い続けていた。
どこへ連れて行かれるのかと言う不安はあるが、どのみち今の自分に抗う術はない。
何よりも、先ほどまで生きている実感すら沸いてこない暗闇を1人で彷徨い続けていたので、こんな状況でも自分以外の誰かの気配と感触があれば、不思議と恐怖が和らいでいくのだった。
だが、やがて身体に触れる手のひらの感触がなくなり、ほたるの気配も感じなくなる。
再び無音の闇に1人放り込まれた蛍は、心細さで身を震わすが、すぐに頭の中に声が聞こえてきた。
バカな子、騙されているとも知らないで。
「これって・・・。」
「そう、リリンちゃんの心の声だよ。」
どこからともなく聞こえて来たほたるの声が、その疑問に答える。
そして頭の中に、いくつものリリンの声だけが響き渡る。
あんなデタラメなおまじないを信じるなんて、なんて単純な子。
あたしはトモダチなんかじゃないのに、信じちゃって。
ふふっ、とても利用しやすいわ。これならすぐにキュアシャインの正体に辿りつける。
出会ったばかりの、まだ自分の正体がキュアシャインだと知らなかった時の声だろうか。
プリキュアの正体を探るために自分に近づいたこと。
単純で扱いやすいから、トモダチのフリをしていたこと。
頭の中に聞こえてくる声は、かつてリリンが自分にかけた言葉の通りであることを立証させてしまった。
「いや・・・。」
蛍は堪えきれず涙を流しながら、頭を抱える。
だけど頭の中に響く声は途絶えることなく広がり続ける。
闇の牢獄に囚われた時、自分の声を遮ることができなかったことと同じ。
そして絶望の闇の中に響く言葉は、全て本心からの言葉だ。
リリンは本当に自分のことを、扱いやすい道具程度にしか思っていなかった。
「これでわかったでしょ?リリンちゃんがわたしのことをどう思っていたのか?」
続くほたるの言葉が冷たく突き刺さる。
リリンの本心を聞いた蛍は、ショックのあまり反射的に耳を塞ごうとする。
(ダメっ!)
だけど蛍は、寸でのところで踏み止まった。
自分にとって都合の良いリリンの一面しか見ないで、他のリリンは嘘偽りだと切り捨ててしまうのは、ほたるが個人の都合でリリンを束縛しようとしているのと何ら変わらない。
蛍が知りたいのは、ありのままのリリンの心だ。
この言葉が信じられないからって、目を背けるわけにはいかない。
「リリンちゃんはわたしのこと、トモダチだなんておもってなかった。
でもわたしは、リリンちゃんのことが好きだって気持ちを捨てきれなかった。
だからわたしは、リリンちゃんと1つになったの。
そうすれば、永遠にリリンちゃんと一緒にいられるのだから。」
ほたるから語られた言葉は、リリンの言葉なんかよりも遥かに恐ろしい、自分の本心だった。
ずっとリリンと一緒にいたい。ずっと側にいたい。
それが叶わないくらいなら、こんな世界なんていらない。
壊れてしまえばいい。
そして、リリンのことを閉じ込めてでも、自分の側に置いておきたい。
確かに蛍はそれを望んだ。
心のどこかで、そんな独占欲を抱いていただろう。
そしてリリンの言葉にこれまでの幸せを壊された絶望が、その歪んだ想いを形にしてしまった。
それがダークシャイン、『ほたる』の存在だ。
だから彼女は、自分の望みを実現させようとしている。
絶望によって歪められた望みを。
だけど、今の蛍にはそれ以外の思いがある。
リリンと一緒に幸せになりたい。リリンも一緒に幸せになってほしい。
リリンを傷つけてまで、自分の幸せを叶えたくはない。
みんなを傷つけてでも幸せになりたいと言う思い。
みんなと幸せになりたいと言う思い。
今の蛍には、相反する2つの思いがある。
例え正反対であっても、どちらも自分の本心、本当の気持ちなのだ。
それならばきっと・・・。
「まだ・・・わからないもん。」
蛍は体に纏わりつく絶望の闇を振り切るように、気丈にほたるに反論する。
今聞こえて来たリリンの言葉は、紛れもなく彼女の本心だ。
だけど彼女にだって、それとは反対の本心だってあるかもしれない。
「そう・・・それならもういいわ。
どうせわたしはずっと、ここにいるしかないのだから。」
ほたるはどこか諦めた様子でそう呟き、気配を消していった。
1人残された蛍は、頭の中に響くリリンの言葉に耳を傾ける。
鬱陶しいわね。いつまでプリキュアについての情報を隠すつもりよ?
あたしのことが大切?何をバカなことを言っているの?
頭に響く言葉は真実。だけど今の言葉だけが全てじゃない。
リリンの言葉を、全部受け止めて見せる。
身体に纏わりつく絶望の闇が徐々に強大になっていく中、蛍はリリンの言葉を受け入れていくのだった。
…
どれだけ心の中で謝罪しても、どれだけ心から懺悔しても、頭に聞こえる声が途絶えることはなかった。
延々と繰り返される、自分の絶望の声と、蛍の絶望の声。
それを聞き続けている内に心が疲弊してしまったリリスは、やがて謝ることも止めてしまった。
そして気が付けば、蛍と一緒に過ごした記憶を振り返っていた。
(なんで・・・今気づいちゃったんだろ・・・。)
だがその時の記憶を思い出せば思い出すほど、リリスの心はより深い絶望の闇へと堕ちていく。
(あたし・・・あのとき『幸せ』だったんだ・・・。)
今更気づいたところで、もう戻ることの出来ない過去。
自分の手で壊してしまった世界。
例え自分が行動を起こさなかったとしても、アモンが蛍の力を利用しようと目論んでいた以上、いずれはこうなっていただろう。
今の事態は、決して避けられることのできない出来事。
有体に言えば、逃れられない運命だったのだ。
自分の望みは、どう足掻いても叶うことなんてなかった。
だからあたしは、蛍のことを裏切った。
叶わないと思い知らされたから、他の誰でもない自分の手でいっそのこと壊してやる。
その結果リリスは、取り返しのつかないことをしてしまった。
蛍のことを傷つけ、絶望させ、蛍の絶望に2人の思い出の場所を壊させた。
蛍は最後まで自分のことを信じて受け入れようとしてくれたのに・・・。
結局リリスは、自分のことが一番信じられなくて、最悪の結果を生み出してしまった。
もう、望むことさえ許されてない。
希望を抱くことも、懺悔することも、償うことさえも許されず、ただ絶望のままに闇に堕ちていくしかないのだ。
(・・・仕方ないよね・・・だってこれがあたしへの・・・。)
『罰』なのだから。
この世界の人々を絶望させた罰。
フェアリーキングダムを闇へと堕し入れた罰。
そして、蛍を利用し裏切った罰。
これが自分の行いに対する罰だとすれば、もう受け入れる以外の選択肢なんて、ない。
すると背後から、身体に抱きつく人の感触があった。
「そうだよ、リリンちゃん。」
これまでのように頭に響く声ではなく、耳元で囁く声。
背後から触れる感触も、耳に届く声も、とても冷たかった。
だけどその声は、自分が良く知る声だった。
「ほたる・・・。」
誰かなんて、見なくてもわかる。
『ほたる』、ダークシャインが今、背後から抱きしめているのだ。
「リリンちゃんはわたしをきずつけた。
わたしはリリンちゃんをゆるさない。
それでもわたしは、リリンちゃんといっしょにいたかったから。
だから、こうするしかなかったの。」
身体を抱きしめるダークシャインの力が強くなる。
「ずっと、ここにいよ。リリンちゃん。ずっとふたりで・・・。」
ダークシャインがずっと一緒にいることを望んでいる。
ずっと側にいてくれると言ってくれている。
ダークシャインもまた、蛍の一面。彼女だって蛍なのだ。
だからこれは、自分が何よりも望んだ言葉のはず。
それなのに・・・。
(やっぱり・・・冷たい・・・。)
ダークシャインからは、何の温かさを感じなかった。
蛍の時に感じられた安らぎを得ることが出来なかった。
ずっと一緒にいてくれることに変わりはないのに、どうしてダークシャインからは冷たさしか感じないのか?
やがてリリスは、その答えがわかってしまった。
ダークシャインの、蛍の本心が・・・。
(・・・この子は、あたしのことがキライなんだ・・・。)
ダークシャインは、蛍は自分のことを憎んでいる。
あれだけ酷いことをしてきたのだから、嫌われて恨まれるのは当たり前だ。
だからこの子は自分に罰を与えるために、復讐するために、この闇の世界に閉じ込めたのだ。
それなのにダークシャインは、忌み嫌う自分の側にいると言う。
それはきっと、この子の中で朽ち果てた想いの残滓が、まだあるからだろう。
そう、ダークシャインはかつての蛍の想いをなぞっているのだ。
だが、どちらにしても全て自分が招いた結果だ。
これが受け入れるべき報いと言うのなら・・・。
「・・・うん・・・。」
全て、受け入れて楽になろう。
もう、蛍と一緒に過ごした、あの光ある世界に戻ることが出来ないのだから・・・。
…
千歳は複数の火球をラスト・レクイエムに放ちながら、同時に炎のヴェールを振るう。
だが火球はラスト・レクイエムの元まで届くことなく消し飛び、炎のヴェールは降り注ぐ槍に貫かれた。
ラスト・レクイエムが身に纏う絶望の闇は、ダークシャインの時よりも遥かに強大だ。
千歳の放つ攻撃は、ラスト・レクイエムの身体に届くことさえなく消し飛んでいった。
それでも千歳は攻撃を止めない。
攻撃が効かずとも、ラスト・レクイエムの注意を引きつけることができる。
現にラスト・レクイエムはこちらを視界に捉え、攻撃を集中させてきた。
すると今度は、ラスト・レクイエムを挟んで反対方向にいる要が、雷撃を放って攻撃を仕掛ける。
要の雷撃も自分の炎を同様に、ラスト・レクイエムに触れることなく消し飛ぶが、攻撃を仕掛けられたラスト・レクイエムは、今度は要をターゲットに絞り込んだ。
そして視界から逃れた千歳は、再び注意を引くために攻撃を仕掛ける。
こうして千歳たちは、交互に攻撃を仕掛けることで、ラスト・レクイエムの注意を分散して時間を稼いでいた。
だから自分が攻撃を仕掛けなければ、その分の負担が要と雛子にかかってしまう。
1人にかかる負担を少しでも軽くしなければ、ラスト・レクイエムからの集中攻撃を受けた時点で終わりだ。
そして1人が倒れたらその分、負荷の分散が出来なくなり、そのまま引きずられるように倒されるだろう。
勝つことが叶わない戦いを少しでも長引かせるためには、これ以外に打つ手はないのだ。
「はあっ・・・はあっ・・・。」
だが攻撃を続けていく内に、千歳の息があがってくる。
ダークシャインから連戦が続き、先ほど浄化技も使ってしまった。
その上で注意を引きつけるために絶え間なく攻撃を続けてきたので、体力の限界が来てしまったようだ。
「まだ・・・倒れるわけには・・・。」
ラスト・レクイエムから再び黒い槍が放たれ、嵐の如く降り注ぐ。
一拍、動きが遅れてしまったが、雛子の盾が目の前に現れる。
盾が砕け散る直前に動くことが出来た千歳は、そのまま攻撃を掻い潜りながら反撃に移る。
雛子の方が何倍も辛いはずなのに、いつもと変わらず一歩引いた視点から守ってくれている。
体力の限界を当に超えている彼女は今、蛍を助けたい一心で気力だけを振り絞って立ち上がっている。
雛子が頑張っている以上、自分が弱音を吐くことなんて許されない。
今までずっと衝突してきたけど、自分の思いと彼女の思いがようやく1つに通じているのだ。
だから千歳は、雛子の思いを叶えてあげたいと思っている。
彼女の盾で守ってもらいながら、千歳は再び反撃に転じる。
そして雛子を挟み、反対の方向では要が雷撃を放ちながら攻撃を仕掛けていた。
一か所に固まっては注意を反らすことが出来ないが、距離が空き過ぎると孤立してしまう。
咄嗟にカバーし合える距離を適度に保ちつつ、三角形を描くフォーメーションを形成して攻撃を続ける。
千歳と要が攻撃をしかけて互いに注意を引きつけ、対応できない攻撃を雛子がカバーする。
雛子に攻撃が及びそうになれば、千歳と要がカバーする。
3人でコンビネーションを決めながら、千歳たちはギリギリのところでラスト・レクイエムと渡り合っていく。
「「キャアアアアアアアアア!!!」」
だが突然、ラスト・レクイエムが叫びを上げると同時に大地が大きく揺れ出した。
「なっ、なに?」
困惑する要が辺りを見回し、周囲を警戒する。
次の瞬間、雛子の背後の大地から巨大な尾が出現した。
「えっ!?」
「雛子!!」
要が慌てて駆けつけようとするが、その隙を逃さずラスト・レクイエムが黒の槍を放つ。
「危ない!!」
千歳が炎の盾を出現させて攻撃を削ぎ、要は危機一髪のところで回避する。
一方雛子も、寸でのところで尾の攻撃を回避するが、大地から隆起する尾の数は一本ではなかった。
ラスト・レクイエムを囲むように多数の尾が地面から飛び出してくる。
突然の強襲に千歳たちの足並みは乱れてしまい、ラスト・レクイエムはその隙を逃さなかった。
大地から迫る尾の攻撃と、上空から降り注ぐ槍の攻撃が容赦なく襲い来る。
「きゃあああっ!!」
バリアによる抵抗も虚しく、雛子は尾が地面を叩く衝撃に巻き込まれる。
「くっ!ああっ!!」
上空から降り注ぐ槍をかわし切ることが出来ず、槍を掠めた要がその衝撃で飛ばされる。
「雛子!!要!!」
そして2人に気を取られた千歳も、槍が着弾した衝撃に飲まれて飛ばされた。
捌ききれないほどの物量で圧倒された3人は、一撃で倒れ伏してしまった。
「みんな・・・大丈夫・・・?」
千歳は身体を引きずり起こそうとするが、力が入らずにその場に伏してしまう。
元々体力の限界だったところで、ラスト・レクイエムの攻撃を掠めてしまった。
掠めただけでも内包する希望の光の大半を削がれてしまい、変身状態を保つのがやっとだった。
「まだ・・・やれる・・・。」
「倒れるわけには・・・いかないの・・・。」
要と雛子がそう強がってみせるが、2人とも立ち上がる気配がなかった。
やがてラスト・レクイエムの赤い双眸がこちらを捉える。
倒れるいちどの元にアップルたちが飛んで駆けつけようとするが、ラスト・レクイエムの攻撃がそれを許さない。
もしも彼女たちからの救援も、間に合わなかったら・・・。
「・・・ほたる・・・。」
傷つけてしまってごめんなさい。
助けてあげられなくてごめんなさい。
千歳の脳裏に幾つもの謝罪の言葉が思い浮かぶも、それを伝えることができない。
千歳にはそれが一番辛く、そして悔しかった。
…
蛍は身体を丸くしながらリリスの言葉を聞き続けていた。
鬱陶しい子ね。なんであたしがここまで付き合わなきゃならないのよ。
キュアシャイン、あなただけは絶対に許さない。
さっさとプリキュアの情報を教えなさいよ。役に立たないわね。
あなただけはあたしが必ずこの手で堕としてやる。
聞こえてくる声は自分への嘲笑と罵倒、キュアシャインへの怒りと憎しみ。
その繰り返しだった。
言葉の端々から、その時の情景も思い浮かぶ。
今の言葉はきっと、彼女と再会して間もなかった頃、一緒に母の日のプレゼントを買いに言った時のことだ。
あの時蛍は、リリンのアドバイスを受けて素敵な一日になったと思っていたのに、リリンの心境は自分への呆れと憎しみでいっぱいだったのだ。
そして、あの後リリスが現れたと言うことは、あの時ミカを闇の牢獄に閉じこめたのは・・・。
聞こえてくるリリンの心の声は、蛍の心を少しずつ蝕み始める。
だけど蛍は、心が凍てついていく感覚に苛まれながらも耐え続けていた。
(まだ・・・きっとリリンちゃんの心はそれだけじゃない・・・。
だって、リリンちゃんは・・・わたしのことを心配してくれてたはずだから・・・。)
リリンはずっと自分を騙して、心の中では嘲笑い、そしてキュアシャインを恨み続けてきた。
その事実は変わらない。
でもリリンの本心はきっと、それだけじゃないし、そう言い切れる根拠だってある。
絶望の闇に飲まれそうになった時、彼女は自分の身を案じてくれた。
ほたるに取り込まれる前だって、足元を崩した自分に駆け寄ってくれた。
そう・・・。リリンだってきっと・・・。
(その声を聞くまで・・・わたしは・・・。)
いつまでも抗い続けてみせる。
自分の心の弱さに、自分の絶望に。
本当の思いを全て知るまで、この闇に飲まれるわけにはいかない。
泣きたくなる思いを堪えて、叫びたくなる衝動を抑えて、壊れゆく心を必死に繋ぎ止め、リリンの言葉に耳を傾け続ける。
その時・・・。
楽しいってなに?幸せってなに?
その声は、これまでとは違う声色だった。
どうしてあたしといると嬉しいの?どうしてそんな風に笑えるの?
あたしにはわからない・・・わからないのがなんでこんなに苦しいの?
(リリンちゃん・・・。)
楽しいの意味が、幸せの意味がわからなくて苦しむリリンの声。
どうしてあなたがキュアシャインなの?
なんであなたと戦わなくちゃいけないのよ?
自分がキュアシャインの正体だと知り、苦悩するリリスの声。
そして・・・
ほたる・・・あたし、本当は・・・。
続く言葉に、蛍は涙を流した。
ようやく辿りつくことが出来た。
リリンの内に隠されていたもう1つの想いに・・・。
「リリンちゃん!!」
もう、迷う必要も悩む必要もなくなった。
蛍はただひたすら、リリンの名前を叫び続ける。
「リリンちゃん!!リリンちゃん!!リリンちゃん!!」
これまでよりも強く思いを込めて、必ずリリンに届けると信じて。
「リリンちゃん!!!」
何も見えない暗闇の中、自分の声も聞こえない中、リリンにだけは届くようにと、蛍はひたすら彼女の名前を叫び続けた。
…
リリンちゃん!!
声が、聞こえたような気がした。
自分の絶望の声でも、蛍の絶望の声でもなく、ダークシャインの声でもない。
リリンちゃん!!
リリンちゃん!!
その声が、どんどんはっきりと聞こえてくる。
その声が、名前を呼ぶ声であることがわかってくる。
リリンちゃん!!
これは都合の良い幻聴なのかと一瞬疑ったが、その声は幻ではなかった。
「ほたる?ほたるなの?」
リリンちゃん!!
その声は、紛れもなく蛍のものだった。
もしかして、自分を助けるためにここまで来てくれたのか?
あれほど酷い仕打ちをして絶望させたのに、それでも蛍は自分のことを想っていてくれたのだ。
「ほたる!!」
蛍の呼びかけに応えるように、リリスも彼女の名前を叫ぶ。
今更あの子が受け入れてくれると思っているの?
あれだけあの子のことを傷つけたのに、あたしに一緒にいる資格があると思うの?
この世界を受け入れることがあたしの罰じゃなかったの?
「うっ・・・。」
だが次の瞬間、自分の頭に響く声が一層大きくなった。
ダメだよリリンちゃん。ここにいてくれなきゃ。
あなたはこの世界から出てはいけない。
2度と光を浴びることなんて許されないの。
身体を抱くダークシャインの力が強くなる。
頭に響く声も、ダークシャインの言葉も正しい。
自分にはもう蛍の隣にいる資格はない。
この世界を受け入れることが自分への罰なのだ。
多くの人々を絶望させ、蛍を裏切り、この世界さえも闇に誘おうとしたのだから、光のある世界に戻ることなんて許されるはずがない。
それでも・・・
「自分勝手なのはわかってる!!
どうしようもない我儘だってことくらいわかってる!!」
それでもあたしは・・・
「それでも、あたしは・・・あたしは!!」
あの子の側にいたい。
「ほたる!!ほたる!!」
暗闇に向かって、リリスは蛍の名前を叫び続けた。
自分の想いを乗せた言葉が、この暗闇の中でもあの子に届くと信じて。
「ほたるううううううううううう!!!」
そして闇に向かって叫びながら片手を伸ばした次の瞬間、リリンは誰かに手を取ってもらえた感覚が走った。
とても温かくて、優しい手に・・・。
この手のひらの感触は、温もりは、リリンが良く知るものだった。
ずっと求めていたものだった。
次の瞬間、リリスの視界が眩い光に照らされていった。
光が収まった時、リリスの目の前に1人の少女がいた。
自分よりも背が低く、ピンクの髪をした幼い少女。
この暗闇の中でも、自分を探そうと決して光を失わなかった少女。
「リリンちゃん!」
「ほたる!」
幾度となく切り捨てようと思っても、最後まで捨てることの出来なかった少女。
蛍と再会することができたリリスは、彼女と強く抱き合う。
「ほたる・・・ごめんなさい・・・。
あたし・・・あなたにヒドイことをして・・・。」
最初の出てきたのは、謝罪の言葉だった。
決して手放すことの出来ない大切な人だとわかっていたのに、彼女の想いから、自分の想いからずっと目を背けてきた。
彼女の想いを利用して裏切り、心に深い傷を負わせてしまった。
何よりも、彼女の想いをずっと受け取ることができなかった。
数えきれないほどの懺悔の念を込めて、リリスは蛍に謝り続ける。
そんなリリスに蛍は、優しく微笑んでくれた。
「・・・ふしぎだね。」
そしてどこか嬉しそうに話しかける。
「じぶんの声も、じぶんの姿もみえないのに、リリンちゃんの声だけは聞こえる。
リリンちゃんの姿だけは、はっきりとみえるよ。」
その言葉に、リリスは改めて周囲を見渡してみる。
蛍の言う通り、周囲は未だに暗闇に満ちていた。
そして視界には、自分の両手は映っていなかった。
先ほど発した謝罪の言葉も、自分には聞こえていない。
それなのに、蛍の姿だけははっきりと見えた。
まるで彼女の周りにだけ光が灯っているかのように、暗闇の中、蛍の姿だけは見ることが出来た。
そして蛍の声ははっきりと聞こえた。
先ほどまで頭の中に聞こえていた自分の声も、蛍の絶望の声も、ダークシャインの声もなくなり、ただ目の前にいる蛍の声だけが耳に届いていた。
「うん・・・あたしも、ほたるの姿だけ見える。
ほたるの声だけは聞こえる。」
その言葉に蛍は嬉しそうに微笑みながら、改めてこちらを見据える。
「ねえ、リリンちゃん。わたし、リリンちゃんのことが好き。」
そして、かつて聞いたことがある言葉を、再び目の前で復唱した。
「リリンちゃんのことが、大好き。
ずっといっしょにいたい。ずっとずっと、そばにいたい。」
その言葉は再び、リリスの胸に浸透していく。
彼女から温もりを得たリリスの心は、急に熱くなっていくのを感じた。
だからリリスも、あのとき言葉に出来なかった言葉を、今度こそ彼女にちゃんと伝えたいと思った。
「だからきかせて、あなたのきもちを。」
蛍も自分の想いを聞きたいと、同じことを望んでいた。
彼女の望みに応えるためにも、今度こそ言葉にしよう。
そう思うリリスだったが、
「あたし・・・あたしもね・・・。」
いざ言葉にしようと思った瞬間、急に声が出なくなった。
先ほどまで温かくなった心が、今度は急に冷えていく。
本当にこの想いを伝えていいのだろうか?
自分にその資格があるのだろうか?
もし蛍が自分を恨む気持ちを捨てきれていなかったら?
もしも蛍に想いが届かなかったら?
そんなことはあり得ないとわかっていても、拒絶されたらどうしようと、急に怖くなってしまった。
まだ、心のどこかで迷っている。自分自身の罪を、受け止めきれていないから。
蛍の想いを受け取ることに、躊躇いを感じているから。
だけどそんなリリスを見ながら蛍は、目の前で勇気のおまじないをした。
「ほたる・・・?」
そしておまじないを終えた後、蛍は優しくリリスの胸に触れるのだった。
初めて蛍と出会い、勇気のおまじないを教えた時、リリスがそうしたように・・・。
「あなたからもらったちいさな勇気。
一歩ふみだすための、ちいさな勇気。
いま、あなたにかえすね。」
そう言って蛍は、リリスを応援するように再び勇気のおまじないをする。
偽りのおまじないだったはずのそれは、蛍に確かな勇気を与えてきた。
そして蛍から返してもらった小さな勇気は・・・
「あたし・・・。」
リリスにも、小さな勇気を授けるのだった。
「あたしも!ほたるのことが好き!」
堪えきれず涙を流しながら、リリスは素直な想いを打ち明ける。
「ほたるのことが大好き!
ずっと一緒にいたい!
ずっとずっと!側にいたい!!」
小さな勇気を得たリリスは、一歩踏み出して想いを伝える。
蛍と同じ想いを、蛍と同じ願いを。
「リリンちゃん!」
笑顔を見せながらも、涙を堪えきることの出来なかった蛍が、泣きながらリリスに抱きついた。
ずっと互いに傷つけあってきたのが苦しかった。
ずっと互いに暗闇の中にいたのが怖かった。
蛍の絶望、リリスの絶望、蛍の悲しみ、リリスの憎しみ。
そして互いを想いあう心。
様々な想いが交錯しながらも、2人は互いの想いを全て受け入れ、ようやく通じ合えることができた。
それが嬉しくて、リリスと蛍は2人で喜びながら泣き続けた。
そして次の瞬間、リリスの胸から強烈な光が解き放たれるのだった。
…
モノクロの世界。
研究室でかの地の力を探知していたアモンは、困惑した様子を見せていた。
「なんだ?この光は?」
先ほどまで、かの地で感じられる希望の光は、キュアスパーク、キュアプリズム、キュアブレイズの3つだった。
それらの力はいずれも風前の灯火となっている。
だがそれらとは別に、ひと際強大な希望の光が、突然かの地から解き放たれた。
これほど大きな力はキュアシャインのものかと思ったが、その波動は、これまで感じたことのない、新たな力だった。
それだけではない。
その希望の光が感じられるのは、ラスト・レクイエムの内部からだ。
ラスト・レクイエムの中で、新たな希望の光が生まれようとしている。
「・・・まさか。」
アモンは慌てた様子で、ディスプレイにリリスの生体モニターを映し出す。
するとリリスから、先ほど感じられたものと同質の希望の光が探知されたのだ。
「バカな!こんなことが!!」
行動隊長であるリリスが希望を持つばかりか、希望の光まで解放した。
それだけではない。
感じられる希望の光は、『彼女たち』に近い力を放っている。
だけどそんなことはあり得ない。
4つの光、空を照らすべく大地に降りる。
伝説で伝えられた通り、プリキュアは4人までのはずだ。
『これまでの戦い』だって、4人を超えたプリキュアが誕生したことはない。
だけどあの者は、キュアシャインは、これまでにもあり得ないと思われたことを実現させて来た。
もしも彼女がまた、あり得ないことを引き起こしたとしたら・・・。
「こんな・・・はずが・・・。」
まるでこれから起こり得ることを予期したように、アモンはリリスのすぐ側で感じられる希望の光、キュアシャインの力に戦慄するのだった。
…
リリスから強烈な光を感じた蛍は、驚いた様子で彼女と抱き合うのを止める。
見るとリリス自身も何が起きているのか分からないと言った様子だった。
やがてリリスから解き放たれた光は、蛍の周囲にある暗闇を全て消し飛ばした。
まるで晴天の空のように、青々とした空間へと景色が変わる。
そして蛍は、自分の姿が見えていることに気付いた。
目だけじゃない。聴覚にも触覚にも感覚が戻ってくる。
絶望の闇からようやく、脱出することができたのだ。
同時に蛍は、リリスの身に起きた変化についても感じ取る。
「ほたる・・・これって・・・?」
リリスが不思議な様子で、だがどこか確信を持っているような様子で話しかけてくる。
きっと、彼女も感じ取ったはずだ。
頭の中に思い描かれたイメージを、『自分と同じ』イメージを。
「リリンちゃん。」
どこか『懐かしい』とすら思ってしまう自分に内心苦笑しながら、蛍は勇気のおまじないをしながら、リリスに微笑みかける。
「いくよ。」
蛍の呼びかけに、リリスは頷く。
次の瞬間、蛍の胸から放たれた光と、リリスの胸から放たれた光が交差し、それぞれが全く同じ形のシャインパクトを生み出した。
そして『リリス』から生まれたシャインパクトを『蛍』が、『蛍』から生まれたシャインパクトを『リリス』が手に取る。
「「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!!」」
それぞれのパクトを受け取った2人は、同時に変身の言霊を唱える。
すると晴天と見紛う青の空間に、一輪の太陽が映り込んだ。
青空を照らす太陽から放たれた光は蛍へと降り注ぐ。
次の瞬間、世界は反転し夜空を思わせる黒の空間へと変わった。
夜空を照らす星々の光がリリスへと振り注ぐ。
蛍の身を包む光がこれまでとは異なる純白のドレスへと、リリスの身を包む光がその対となる漆黒のドレスへと形を成す。
蛍の髪がこれまでと同じ光沢を帯びたピンクの髪へと変わり、リリスの髪が同じく光沢を帯びたエメラルドの髪へと変わる。
そして蛍の身に付けるヘアピンの片方がリリスへと渡り、蛍のヘアピンが白い羽に、リリスへ渡ったヘアピンが黒い羽へと形を変えた。
最後に蛍の右肩から天使を思わせる白い翼が、リリスの左肩から堕天使を思わせる黒い翼が現れる。
新たな姿へと変身した蛍とリリンは、互いに手を繋いだまま、円を描くように空を飛ぶ。
「「伝説を超えた!2つの光!!」」
そして地上に降り立つと同時に、蛍とリリスはそれぞれ名乗りをあげる。
「キュアシャイン・サハクィエル!」
「キュアシャイン・レリエル!」
・・・
次回予告
「リリンちゃんの勇気が、わたしの勇気!」
「ほたるの希望が、あたしの希望!」
「「そう、わたしたちは!2人で1人のプリキュア!!」」
次回!ホープライトプリキュア第24話!
伝説を超えた戦士!キュアシャイン・サハクィエル!キュアシャイン・レリエル!
希望を胸に、がんばれ!わたし!