暗く深い闇の中、蛍は膝を抱え、顔を俯かせていた。
自分の声、絶望の声以外が何も聞こえず、何も見えないこの暗闇は、初めてここへ閉じ込められたときと変わらなかった。
だが、自分はあの時と違う。
声が、絶望に嘆く声が木霊し、何度も何度も頭の中に響き渡っていくが、蛍はその声に耳を傾けていた。
そして・・・。
どうしてわたしをだましたの?
どうしてわたしに酷いことするの?
「なんでみんなおしえてくれなかったの?
なんでみんなリリンちゃんをきずつけようとするの?」
キライだ。キライだ。
「みんな・・・大キライだ。」
頭の中に響く声を、ずっと復唱していた。
自分が得た幸せは、リリンからもらった勇気のおかげで手に入ったものだ。
一歩踏み出す勇気のおかげで友達ができて、大嫌いな頃の自分から変わることが出来たと思っていたのに、それは全て偽りだった。
リリンの正体はリリスで、あのおまじないは自分を貶めるために思いついた全くのデタラメだった。
そしてリリンは、ずっと自分を騙して利用していた。
リリンからもらった勇気も、リリンと過ごした思い出も、全て嘘偽りのものでしかなかったのだから、自分の幸せは全部、嘘だったのだ。
そんな偽りの幸せも、リリスによって壊された。
もう蛍には、何も残されていない。
勇気のおまじないも、幸せな世界も、友達も、何もない。
全てを失った蛍は、この闇から脱出しようと言う気力さえ起きなかった。
「なんでリリンちゃんはわたしにウソをついたの?
なんでみんな、わたしから幸せをうばおうとするの?
なんで?どうして?なんでわたしにヒドいことするの?」
これが真実の世界なのだと、それを受け入れて、自分の声に耳を傾ける。
それくらいしかもう、自分に残されたものはないのだから・・・。
蛍ちゃん!
そんな時、自分の声でない。別の人の声が聞こえてきた。
「・・・だれ・・・?」
蛍ちゃん!蛍ちゃん!!
不思議と、どこか懐かしいと思えてくる声だ。
ぼんやりとした記憶を辿りながら、蛍は声のする方へと目を向ける。
するとそこから、僅かな光が差し込んで見えた。
辺りを照らすには心もとないほど細い光だが、その光はどこか温かく、揺り篭の中にいるような優しさに包まれていた。
「ひなこ・・・ちゃん・・・?」
黒く塗りつぶされた記憶の中から、蛍は雛子の名前を呼ぶ。
同時にぼんやりとしていた記憶が急に鮮明になり、雛子の声と強く認識されていった。
蛍ちゃん?良かった!声が届いたのね!!
こちらの声も届いていたのか、雛子が少し安堵を含んだ声で返してくる。
姿も何も見えないけど、雛子の声だけは確かに聞こえてきた。
でも、
「いまさらわたしなんかにかまわないで!!もう放っとおいてよ!!」
蛍は雛子の声を拒絶する。
雛子は、要と千歳がリリンを傷つけようとしたとき、リリンを助けようとしなかった。
雛子ならどんな時だって、自分の味方をしてくれると信じていたのに。
蛍ちゃん・・・ごめんなさい。あなたの気持ちも考えないで。
結局あなたのことを、傷つけてしまって・・・。
「そんな言葉!ききたくない!!」
あの時蛍は、雛子に『失望』した。
大切な友達である雛子のことを、『嫌いになってしまった』。
何よりも、友達を嫌いになってしまった自分が、一番嫌いだった。
嫌いなことだらけの世界が壊れて、何もない暗い世界だけが残って、ずっと、この暗闇の中にいても良いと思っていた。
だから謝罪の言葉なんていらない。励ましの言葉なんていらない。
そんな言葉を聞いたら、元の世界が恋しくなってしまうから・・・。
「わたしはもう、なにもいらないの!!ともだちも!幸せも!なにも!!
もう、元の世界にもどりたくなんかない!!」
もう、戻りたくない。
戻ったところで自分の幸せはない。
友達のことが嫌いになってしまったから、もうみんなとこれまでのような仲ではいられない。
何より・・・。
「リリンちゃんはもう、いない。
リリンちゃんのいない世界なんかに!わたしはもどりたくない!!」
リリンがいない世界に、自分の幸せはない。
だからもう、自分の幸せは二度と帰ってこない。
だってリリンはリリスだから。
自分のことをずっと騙して、利用して、そしてずっと、恨んでいたのだから。
千歳は言っていた。ダークネスに心はないと。
だからリリスは自分のことなんて何とも思っていないはずだ。
だからもう、全て元には戻らない。
みんなへの友情も、リリンへの想いも、自分の幸せも。
・・・本当に、そう思ってるの?
蛍ちゃん、本当にリリンちゃんはもういないって、本気で思ってるの?
「だって・・・。」
リリンはリリスだ。心のない行動隊長だ。
そしてキュアシャインを、自分のことをずっと恨んでいた。
それが現実で、それが事実だ。
だけどその事実には、大きな矛盾を孕んでいることに蛍は気づいていた。
気付いていながら、目を背けている。
だから雛子の言っていることがわからない・・・いや、『わかりたくなかった』。
だってそんな都合の良いことは、あり得ないのだから。
蛍ちゃん。わかっているはずだよ。
リリスは蛍ちゃんのことを恨んでいた。
でも恨むこと、憎むことって、心のない人に出来ることだと思う?
そんなこちらの思いを逃さないように、雛子が答える。
心がないのに、人を恨むことが出来るのか?心がないのに人を憎むことが出来るのか?
それが恨みや憎しみといった感情だったとしても、心を持っている証拠にはならないか?
そして心があるのなら・・・。
だからリリンちゃんの中にはきっと、蛍ちゃんを想う心だってあるはずだよ。
雛子がそう、言葉を綴る。
そんなはずはない。といっそ切り捨てることができれば、どれだけ良かっただろう。
でも雛子の都合の良い言葉が、蛍の記憶を鮮明に蘇らせていった。
そして記憶の中のリリンは、笑い、怒り、そして失望して・・・それはとても、心のない演技には映らなかった。
ねえ、蛍ちゃん。ここから出て、リリンちゃんに会ってみよ?
会って、リリンちゃんの本当の想いを確かめて・・・
「いや!!!」
だが蛍は、これまで以上に強く拒絶の言葉を叫び返す。
その言葉は蛍を照らす光を掻き乱し、これまで聞こえていた雛子の声が途切れていく。
「そんなのぜったいにイヤだ!!リリンちゃんになんか会いたくない!!
だって・・・だって・・・。」
本当はこんな暗い世界なんかにずっといたくない。
元の世界に戻って、みんなと、リリンと、これまでのような幸せな時間を取り戻したい。
それでも・・・
「こわいもん・・・。」
リリンの思いを、確かめるのが怖かった。
もしも本当に自分のことなんて何とも思っていなかったら?
友達のフリをして、自分を利用していただけと言う事実が残ってしまえば・・・そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。
雛子の言葉通り、もし本当にリリンが・・・、それなら自分の幸せは確かに帰ってくる。
だが今よりもさらに深く、傷ついてしまう恐怖のせいで、蛍は一歩前に踏み出すことができないでいた。
怖いのは、わかるよ。リリンちゃんの心は、私たちにはわからない。
本当はどう思っているかなんて、想像もできない。
でも、蛍ちゃん。
リリンちゃんが蛍ちゃんに見せてきた言葉は、笑顔は、本当に全部嘘だったと思う?
蛍はその言葉を聞いて沈黙する。
『リリス』ではなく、『リリン』が自分に見せた顔は、多くが偽りの顔だったのだろう。
でもリリンはかつて、自分が側にいたおかげで、元気が戻ったと言ってくれた。
あの言葉は、果たして嘘だったのだろうか?
そしてそれ以降、リリンが見せた笑顔はとても自然で、心がないものとは思えなかった。
リリンちゃんの思い、少しでもいいから信じてあげて、一歩前に踏み出してみよう?
雛子の言葉が、優しく蛍の胸に染み渡る。
「リリンちゃん・・・。」
リリンの名前を口にすると、これまでリリンと過ごした時間が頭の中を駆け回り始めた。
「リリンちゃん・・・。」
あの時だって、自分が絶望の闇に覆われたとき、リリンは心配してくれた。
そして彼女のことを信じられなくなったとき、リリンは傷ついていた。
「リリンちゃん・・・リリンちゃん・・・リリンちゃん!」
あの時互いを傷つけあったことで、初めて相手の想いが分かってしまうなんて。
どうしてこんな形でしか想いを通じることができなかったのだろう・・・?
とても悲しいことだったが、それでもその想いが、蛍の希望へと少しずつ変わっていく。
あなたに足りないものは、ほんのちょっとの勇気。一歩踏み出すための、小さな勇気。
そして蛍は、初めて会ったときのリリンの言葉を思い出し、勇気のおまじないをした。
リリンはデタラメだったと言う。それはきっと真実だ。
でもあのおまじないのおかげで自分が持てた小さな勇気は、確かに存在していたはずだ。
そして今、自分の胸の中に、リリンと会うためのほんのちょっとの勇気が生まれてきた。
「がんばれ!わたし!!」
デタラメでもいい。偽りでもいい。
でも今はここから出たい。
ここから出て、リリンの本当の想いを聞きたい。
次の瞬間、蛍の周囲が光に照らされ、視界が白に満ちていった。
…
がんばれ、わたし。
久しぶりにその言葉を聞いた次の瞬間、雛子の両手に伝わる闇の力が急速に衰えていった。
ベッドに横たわる蛍へと目を向けると、蛍を覆う絶望の闇が徐々に薄れていく。
そして・・・
「・・・ひなこ・・・ちゃん?」
虚ろだった蛍の瞳に光が戻り、名前を呼んでくれた。
やがて蛍はベッドから起き上がり、ぼんやりとこちらを見つめる。
「ひなこちゃん・・・。」
「蛍ちゃん!!」
蛍が目を覚ました。
そのことがわかった雛子は、たまらず蛍を抱きしめた。
時が止まっている今、蛍が意識を取り戻すまでの時間は言葉通り一瞬にも満たない出来事なのだろう。
それでも雛子にとってはとても、とても長く感じられる時間だった。
「良かった・・・本当に良かった・・・。」
蛍の意識が戻ったとはいえ、身体を纏う絶望の闇はまだ残っており、色も失われたままだ。
今はまだ、彼女から声が聞こえてこないが、再び聞こえるようになるのも時間の問題だろう。
悠長に事を構えているわけにはいかないが、それでも今は、蛍が戻って来たことが嬉しかった。
「ひなこちゃん・・・ごめんなさい。わたし、みんなにヒドイことをおもって・・・。」
蛍の抱えていた思いは、絶望の闇を通じて全てこちらにも伝わってきた。
彼女の言う酷いこと、と言うのは自分たちを嫌いになってしまったことを言っているのだろう。
だから彼女は、ここに戻ってくることを怖がっていた。
一度でも嫌いだと思ってしまった相手と、友達でいられるかが不安だったから。
でもそう思わせてしまったのは自分たちだ。だから彼女が気に病む必要なんてない。
「ううん、私たちこそごめんなさい。
蛍ちゃんにずっと、秘密にしてて。」
雛子は謝罪と共に、蛍の身を包むように抱きしめる。
かつて彼女が自分に母の温もりを求めた、あの時と同じように。
「・・・ひなこちゃん、ありがと・・・。」
やがて蛍はか細い声で自分にお礼を言った。
それが仲直りの印だと分かった途端、雛子の胸にようやく安堵が訪れた。
「わたし・・・リリンちゃんにあいたい。リリンちゃんにあって、たしかめたいんだ。
リリンちゃんの・・・本当の気持ちを。」
だけどまだこれで終わったわけではない。
ふとリリスのいる方へ気配を探ると、まだ黒いキュアシャインの反応も残っていた。
蛍のことを完全に絶望の闇から救い出せたわけではない。
自分の役目は、蛍とリリンの架け橋となる役目はまだ残っているのだ。
「わかったわ。いこっ、リリンちゃんのところへ。」
雛子は蛍の手を取り、彼女を立ち上がらせる。
絶望の闇の影響からか、蛍の足取りはどことなくたどたどしかったが、歩く分には問題なさそうだ。
そのまま蛍の手を引きながら、雛子たちは千歳の部屋を後にするのだった。
…
雛子に連れられ部屋を出た蛍は、ここでようやく今自分が千歳のマンションにいることを知る。
それから遠くの方から自分と同じ闇の力を感じられた。
またリリスが自分の絶望を使ってソルダークを生み出したのかと思ったが、感じられる力はソルダークとは異質のものだった。
自分が闇の牢獄に閉じ込められている間に何があったのか気になるところだが、今はリリスに会いに行くことが先だった。
リリスの、リリンの本当の気持ちを確かめるために。
そう思いながらリビングを訪れると、ソファにはサクラとレミンの姿があった。
「蛍!!」
こちらの姿に気付くと、サクラが目に涙を浮かべながら駆け寄る。
「チェリーちゃん、心配かけてごめんなさい。」
思わず、本当の名前で呼びかけてしまったが、サクラはそんなことは気にも留めずに優しく抱きしめてくれた。
「良かった・・・蛍ごめんね。
私パートナーなのに、何もしてあげられなくて・・・。」
「ううん・・・ありがとう。」
心配をかけたことを謝罪したばかりなのに、自分のことをそこまで心配してくれたサクラの優しさが嬉しかった。
それに、何もしてあげられなかった、なんてことはない。
自分がリリンの正体に気付き落ち込んだとき、サクラはずっと励ましてくれた。
まるで本当の姉のように、優しくしてくれた。
「蛍・・・。」
するとサクラの背後から、涙を拭うレミンが姿を見せた。
彼女にも心配をかけてしまったことを申し訳なく思ったその時、
「わあああん!」!蛍!ごめんさい!!」
突然レミンがレモンの姿に戻り、こちらに泣きついてきたのだ。
「レモン、蛍のこと見捨てようとして・・・ごめんなさい!!」
『見捨てる』の言葉の意味が分からずに雛子の方を見てみると、雛子が口元に手を当てながら苦笑していた。
そんな雛子の様子とレモンの様子を見比べて、蛍は少しだけ察する。
雛子は自分を絶望の闇から救ってくれたけど、きっと彼女の身に危険が伴うような手段を講じたのだろう。
レモンは雛子のことを思ってそれを止めようとした。
それが自分を見捨てると言う行為に紐づいたのだ。
「ううん、レモンちゃんもありがとう。」
だから蛍は素直にお礼を言う。
自分のことも雛子のことも、レモンはずっと心配してくれていたのだから。
「蛍。リリスに会いに行くの?」
するとサクラが、不安げな表情でそう尋ねてきた。
「うん。」
蛍はそれに迷いなく答える。
「リリスの、リリンのことを信じてるのね。」
続くサクラの問いに、蛍は少し深呼吸をしながらリリンとの思い出を遡る。
そして、自分の胸の内にある、本当の気持ちに問いかける。
「・・・うん、だってわたしは、リリンちゃんのことが・・・。」
だけど蛍は、その先の言葉を敢えてとどめた。
この言葉を最初に伝えたいのは、他ならないリリン本人だから。
…
サブナックがかの地に降り立ってみると、確かに闇の牢獄が維持されていた。
アモンの話通りならば、それを実現させているのはキュアシャインに変身していた少女、蛍の絶望だ。
最初は耳を疑ったが、こうして当たりを見回してみると改めて戦慄する。
たった1人の少女の絶望が、この街一帯を絶望の闇で食い尽くすとは。
かつてキュアシャインの力に恐怖を覚えた自分だからこそ、その凄まじさが理解できた。
「まさか、本当にこんなことになっていようとはね。」
サブナックの隣でダンタリアが興味深そうに呟く。
「貴様まで付いてくることはないだろ。」
「別に君に付いてきたわけじゃないさ。僕は僕の目的のためにここにいる。
あのディスペアー・カードの化身、ダークシャインの力とやらをこの目で見るためにね。」
ダンタリアの視線は、遠方にいるリリスとダークシャインへと向けられる。
サブナックもつられて目を向けてみると、キュアスパークとキュアブレイズが徹底的に追い込まれていた。
サブナックが強者と認めたキュアスパークでさえ、ダークシャインに一方的に打ち負けている。
「とはいえ、まさかここまでの力の差があるとは思えなかったよ。」
余裕めいた言葉とは裏腹に、ダンタリアの表情は険しかった。だが無理もない。
あの力はプリキュアは勿論、行動隊長のレベルをも遥かに凌駕している。
例え行動隊長3人が力を結集しても、ダークシャインの足元にも及ばないだろう。
そして力を存分に振るわれた噴水公園は見る影もなく無残に破壊され、その中央にはリリスが愁いを帯びた様子で立ち止まっていた。
「そんなことよりも、お姫様の様子が気になるかい?」
少し嫌味の交じった言葉でダンタリアが自分をあざ笑う。
だがダークシャインの力に興味があるなんて最もな建前を言っておきながら、やつも自分と同じであることはわかっていた。
リリスは未だに、この世界への未練を断ち切れていない様子だ。
それはまだ、あの子には『感情』が残っていると言うことになる。
蛍さえ絶望させてしまえば全てが元の鞘に収まると思っていただけに、彼女を失っても尚、リリスが心を持ち続けていたことは想定外だった。
だからサブナックは、リリスの様子を見るためにこの場へ降りたのだ。
そして考えた。なぜリリスは噴水公園を戦場に選んだのだろうか?
蛍と過ごした場所さえも破壊尽して、未練を断ち切るためだと言うのか?
もしもそうであるならば、その考え自体リリスが心を捨てきれていない証拠になるが、達成できたことであの子が心を捨てられるのであれば、それも良いかもしれない。
そう思ったその時、
「おい、サブナック。」
ダンタリアが何かに気付き、指を差した。
サブナックが目を向けると、突然ダークシャインが頭を抱えて苦しみ出していた。
「なんだ?」
不審そうにサブナックが様子を伺っていると、リリスの方にも異変が訪れる。
リリスがある一か所を注視して目を見開いていたのだ。
そしてリリスと同じ方へ目を向けると、そこにはキュアプリズムと・・・
「なにっ?」
彼女に抱えられている、蛍の姿があった。
「まさか、闇の牢獄から脱出したのか?」
ダンタリアがそう言いながら空を見上げるが、空は黒い闇に覆われたままだ。
そして蛍を注意深く見て見ると、まだ絶望の闇が祓いきれておらず、色も失われたままだった。
闇の牢獄から脱出できたわけではないのに、蛍の目は確かにリリンの姿を捉えている。
まさか闇の牢獄から、意識だけを外界へ解放したと言うのか?
「どうする?サブナック?」
珍しくダンタリアが自分の判断を伺ってくるが、サブナック自身どうすれば良いのか戸惑っていた。
このまま放っておけば、ようやく未練を断ち切ろうとしていたリリスに再び大きな影響を与えてしまうのは明白だ。
蛍をこのまま野放しにしておくわけにはいかない。
そんなことはわかっている。
だが・・・
「サブナック?」
行動を起こそうとしないサブナックをダンタリアは不審に思う。
「少し・・・様子を見ておきたい。」
「なにっ?」
だがサブナックは、敢えて行動を起こそうとはしなかった。
1人の少女と触れ合い心を学んだリリスがどのような結末を迎えるのか、それをこの目で確かめてみたかったから。
…
雛子に抱えられたまま、蛍は噴水公園『だった』場所へと辿りついた。
思い出の場所は、懐かしの面影を欠片も残すことなく、無残に破壊され尽くしていた。
その光景を目の当たりにしたとき、自分の身体に纏わりつく闇が、一瞬だけ大きくなった。
身体から熱を奪い、五感を奪い、蛍は身体が冷たくなっていくのを感じた。
視界が霞み、耳がぼやけ、意識を失いそうになる。
「蛍ちゃん。」
その時、雛子が名前を呼んでくれた。
彼女のおかげで蛍は寸でのところで意識を保つ。
だがこうしている間にも、自分の絶望の闇の影響は少しずつ強まっていく。
早くしないと、あの子に会う前にまた暗い闇へと落ちて行ってしまう。
そう思った時、
「リリンちゃん・・・。」
ずっと待ち焦がれていた人の姿、『リリス』の姿を蛍は見つけた。
彼女の姿を見たとき、様々な思いが蛍の中を駆け回る。
信じていたのに裏切られて、騙されたとわかって絶望して、彼女のことを恨んだこともあったけど、その一方で、ずっと彼女に秘めていた想いが失われることはなかった。
そして、リリスの姿を見た蛍の中で、最も強く抱いた感情が、『安堵』だった。
これならきっと、大丈夫。
後はほんの少しの勇気があれば、彼女に想いを伝えることができる。
(がんばれ、わたし。)
蛍は勇気のおまじないと一緒に、リリスの元へと一歩踏み出す。
自分の本当の気持ちを伝えるために、そしてリリスの本当の気持ちを知るために・・・。
…
蛍が目の前に現れたとき、リリスは目の錯覚だと思った。
それなのに蛍の瞳は、確かにこちらを見ていた。
「リリンちゃん・・・。」
そして蛍の口から、確かに自分のもう1つの名前が呼ばれた。
「ほたる・・・どうして・・・?」
蛍の身に纏う絶望の闇は依然として晴れておらず、色も失われたままだ。
彼女が絶望を完全に克服できたわけではないことは、見れば明らかだった。
それなのになぜ彼女の意識がここにある?なぜ今、自分の目の前にいる?
「よかった・・・また、あえて・・・。」
そう言いながら蛍は、支えていたキュアプリズムの手を離れて1人でこちらに歩み寄る。
「わたし・・・リリンちゃんに、つたえたいことがあるの・・・だから・・・。」
彼女が平気でないのは見れば分かる。
足取りはおぼつかず、声もか細く、そして今にも倒れてしまいそうだ。
それなのにわざわざここまで来たのは、自分に伝えたいことがあるから・・・?
「こないで!!」
だがリリスは、蛍を強く拒絶する。
「今更何しに来たのよ!あたしの正体はわかったでしょ!?
あたしは、リリンはあなたのトモダチなんかじゃない!!
あなたなんてあたしにとって、何でもない!!
それなのにどうして!!どうして・・・。」
どうして、あたしのところに戻って来たの?
リリスの喉元まで出てきた言葉が、か細く消えていく。
このままでは、全ての意味がなくなってしまう。
蛍を絶望させたことも、蛍との思い出を捨て去ったことも、この場所を、噴水公園を壊してしまったことも・・・。
自分の世界の全てを壊して、ようやく行動隊長に戻れると思っていたのに。
「あなたの言葉なんて聞きたくない!!
あなたのことをトモダチって言ったのも、あなたに教えたおまじないも全部嘘よ!!
最初からなかったのよ!!いい加減にわかってよ!!
じゃないと・・・あたし・・・。」
全てを捨て去りたかったのに。
蛍とこの世界の思い出を全部捨てる覚悟だったのに。
どうしてわざわざ戻って来たのだ?
そしてどうして今・・・こんなにも切ないのだ?
切ないなんて思う必要もない。
だって自分はもう、彼女を見捨てたはずだ。
あの子はもう、トモダチでもない、何でもないと言うのに、どうして・・・?
「なかったことになんて・・・できないよ・・・。」
「え・・・?」
蛍は小さな声で、だけどはっきりと聞こえる声で、涙を流しながら微笑む。
「リリンちゃんにとってはデタラメでも・・・わたしにとってはホンモノだったの・・・。
リリンちゃんからおしえてもらったおまじないのおかげで・・・リリンちゃんが側にいてくれたおかげで・・・わたしは幸せをみつけることが、できた・・・。
わたしが幸せなのは・・・全部リリンちゃんのおかげ・・・。
だからもう・・・いまさらなかったことになんて・・・できないよ・・・。」
「っ・・・。」
蛍の告白に、耳を塞ぎたくなった。
だけどなぜか塞ぐことができず、彼女の言葉に耳を傾けていた。
そして無意識の内に、リリスは涙を流していた。
その意味すら知ることも出来ず、ただ止めどなく溢れる涙を拭うことしか出来なかった。
「ねえ・・・リリンちゃん・・・。」
「やめて!!」
それでもリリスは、蛍を拒絶する。
「その名前で・・・あたしを呼ばないで・・・。」
これ以上その名前で呼ばれると、思い出してしまいそうだから。
蛍と一緒に、この世界で過ごしていたころの自分を・・・。
「それなら・・・リリス、でもいいよ・・・。」
「え・・・?」
だけど蛍は、その言葉を受け入れた。そして自分の本当の名前で呼んできた。
「リリンちゃんでも・・・リリスでもいいよ・・・。
わたしがことばをつたえたいのは・・・あなただから・・・。」
リリンでも、リリスでもいい。
リリスとして恨んでいたことも、リリスとして利用していたことも、リリン言う友達の仮面を被っていたことも、蛍は全てを受け入れている。
全てを受け入れても尚、蛍は自分のことを・・・。
「なんで・・・どうしてよ!!あなたはキュアシャインでしょ!
あたしが、あたしがずっと恨み続けてきたキュアシャインで!!
あたしの敵で・・・プリキュアで・・・ほたるで・・・。」
蛍の想いと、自分の想い。
その狭間に揺れながらリリスは、涙を止めもせず蛍を見据える。
「あなたは・・・あたしの・・・。」
「リリス・・・。」
その時、足もとをふらつかせた蛍が、俯けに倒れ込もうとした。
「っ!ほたる!!」
気が付けばリリスは、蛍の元へと飛び出し彼女の身体を支えていた。
蛍の足にはもう力が入っていない。
顔を覗き込むと、薄っすらと虚空を見つめていた。
もう、彼女の意識は限界に近いのだ。
「ほたる!しっかりして!!」
リリスは今、自分の言っている言葉の意味が理解できているのだろうか?
そんな余計な思考さえ入る余地もなく、リリスは蛍の身を案じていた。
「・・・がん・・・ばれ・・・わた・・・し・・・。」
蛍の口から、彼女がいつも己を奮い立たせる時に言う言葉が聞こえる。
そして蛍はリリスに身を委ねながら、虚ろな瞳でこちらを見据える。
「わたし・・・リリスのことが・・・好き・・・。」
蛍の言葉に、リリスは静かに息を飲んだ。
「リリスのことが・・・大好き・・・。
ずっと・・・いっしょにいたい・・・。
ずっとずっと・・・そばにいたい・・・。」
蛍の口から語られる、自分への想い。
ずっと利用して、酷く傷つけてきたのに、尚も消えることのなかった想い。
その言葉を聞いた時、リリスは改めて、自分の想いを知った。
彼女のことは、キュアシャインのことはずっと憎かったはずだ。
そんなキュアシャインを倒すための道具として、彼女に近づいたはずだ。
最初は、扱いやすい道具程度にしか思っていなかった。
それなのに気が付けば、蛍と一緒に過ごす時間が心地よかった。
同じ楽しいを共有できないのが寂しかった。
彼女の正体がキュアシャインだと知った時は、ショックだった。
出来ることなら間違っていてほしいと思った。
どうして自分がそこまで彼女のことを想っていたのか、ずっと不思議だった。
いや、知っているはずなのに、それから目を背けていたのだ。
いずれは彼女と一緒にいられなくなると、心のどこかでわかっていたから。
でも、
「ほたる・・・。」
もう、自分を偽るのは止めよう。
蛍の本心を聞いたことで、リリスはようやく、自分の気持ちに素直になろうと思った。
「あたしもね・・・。」
嘘偽りのない、純な気持ちを、彼女に届けたい。
「あたしも、本当は、あなたのことが」
そんな都合のいいこと、許されると思ってるの?
「え・・・?」
だけどその時、リリスの頭の中に声が聞こえた。
今まで蛍のことを騙し続けてきたのに、今更友達になれると思っているの?
「リリンちゃん?」
蛍が戸惑う様子を見せるが、リリスはそれどころではなかった。
突然頭の中に、『自分の声』が聞こえてきたのだから。
「いや・・・どうして?なんであたしの声が聞こえるの・・・?」
自分の身に何が起きているのか分からず、リリスは頭を抱え出す。
手を離したことで、蛍はその場で座り込んでしまうが、リリスは蛍を案ずる余裕すらなかった。
「まさか・・・リリンちゃん!!」
蛍が何かに気付いた様子を見せたその時、
「キャアアアアアアアアアアア!!!!」
突然、耳をつんざくほどの叫び声が聞こえてきた。
声のする方に目を向けると、宙に浮いていたダークシャインが頭を抱えながら叫んでいた。
「わたし・・・?」
ダークシャインの姿を初めて見たであろう蛍は、困惑した様子で空を見上げる。
だが次の瞬間、ダークシャインがリリスの背後に降り立ち、後ろからしがみ付いてきた。
「っ!?ほたる!?」
「リリンちゃん。」
そしてダークシャインが、初めて喋り出した。
蛍と同じだが、少しくぐもった声だった。
「わたしね・・・リリンちゃんがリリスだってしったとき、すごくつらかったんだよ?
とてもつらくて、くるしくて、もうこのせかいのぜんぶ、こわれちゃえっておもったの。」
ダークシャインの口から語られる、蛍の絶望。
それだけではない。
ダークシャインの身体から伝わる凍てつくような寒気が、リリスの全身を回っていく。
まるで凍り付いたかのように、リリスはその場から動くことができないでいた。
そのまま、ダークシャインの言葉に耳を傾けるしかなかった。
「だけどリリンちゃんのいうことをきいていれば、ずっといっしょにいられるっておもったの。
だから、みんなともたたかったのに・・・。」
自分が命じたわけでもないのに、彼女が戦ってきたのは、全て彼女がそう望んだから?
自分と一緒にいる道を選ぶために、友達を捨てようと思ったから?
「それなのにリリンちゃんは、わたしを置いてそっちにいくんだ。」
「え・・・?」
そして続く言葉に、息を飲んだ。
突然ダークシャインの声色が変わり、身体を抱く力が強くなっていく。
「こんなにわたしのことをきずつけて、それでもわたしはリリンちゃんのためにがんばったのに、わたしを置いて、みんなと幸せになるつもりなんだ・・・。」
彼女が何を言っているのかわからなかった。
ダークシャインは蛍の絶望が形を成したもの、蛍と同一の存在のはずだ。
それなのに彼女を置いていくとはどういう意味だ?
置いていくはず何てない。
リリスはたった今、蛍と一緒にいる道を選ぼうとしていたのに。
そのダークシャインはソルダークではない。
扱いにはくれぐれも気を付けるのだよ。
その時、リリスはアモンの忠告を思い出す。アモンは気づいていたのだ。
ダークシャインは決して、自分の命令で動いているわけではないと。
明確な自我を持ち、目的を持って行動していたことを。
そして、自分の制御を離れる危険性があったことを。
否、最初から彼女を制御なんてできていない。
ただ彼女は、自分と一緒にいるために、プリキュアと戦う道を選んでいただけだ。
それが叶わぬとわかれば、どんな強行策にも打って出る。
何よりダークシャインは自分よりも遥かに強い。
彼女に強行策を取られた時、自分には止める術なんてない。
「いや・・・やめて、ほたる・・・。」
リリスは懇願するも、ダークシャインは手を緩めてはくれなかった。
ダークシャインは、蛍なのに、蛍の幸せを否定しようとしている。
自己矛盾としか思えない行動の中で、彼女からの束縛が強くなっていく。
「そんなこと、ぜったいに・・・」
そして
「ゆるさないから。」
ダークシャインの口元が歪んだ次の瞬間。
ほら?蛍だって怒っている。蛍はあたしのことを許してなんかいない。
最初から叶わない夢だったのよ。だからあの子のことを捨てたんでしょ?
たくさん傷つけて、たくさん辛い思いをさせて、今更元に戻れると思うの?
あたしは、蛍に嫌われた。だからもう、一緒になんていられない。
頭に響く自分の声が、一斉に木霊した。
「いやああああああああああああ!!!!」
次の瞬間、リリスの身体から、絶望の闇が解き放たれるのだった。
…
自分の身に何が起きているのか、蛍には理解が追いついていなかった。
突然、リリスの身体を通じて、彼女の声が聞こえてきた。
もしかして、と思った次の瞬間、黒いキュアシャインが彼女に抱きついた。
そして今・・・
「リリンちゃん!!」
目の前でリリスが、絶望の闇を放っていた。
彼女の元へ駆け寄るために、蛍が立ち上がろうとしたその時。
あたしが蛍のことを何度傷つけてきたと思ってるの?
蛍だってあたしのことを恨んでいるに決まっている。
今更仲直りできると思ってるの?先に見捨てたのはあたしの方なのに?
再び頭の中に、リリスの声が聞こえてきた。
リリスには触れていないのに、リリスの声が頭の中を駆け巡っていく。
だけど目の前には、さらに信じられない光景が広がっていた。
リリスの身体が突然、黒いキュアシャインの身体の中に沈んでいくのだった。
「リリンちゃん!!」
まるで底なしの沼にはまったかのように、リリスは黒いキュアシャインの身体に飲みこまれていく。
「いや!いやだ!!助けてほたる!!」
リリスが泣き叫びながら、こちらに助けを求める。
黒いキュアシャインがリリスを取り込もうとしている。
何とかして助けなければいけないのに、蛍の身体は動かなかった。
「え・・・?」
自分の身体をよく見てみると、黒い霧のようなものが身体に巻き付いていた。
その霧を辿ると、黒いキュアシャインの身体へと繋がっている。
彼女の身体から放たれた霧が、自分の身体を縛り付けているのだ。
「ダメだよ、リリンちゃん。ずっと、一緒にいてよ。」
泣き叫ぶリリスとは対照的に、黒いキュアシャインはどこか恍惚とした声で語り掛けている。
リリスの身体はほとんど飲みこまれており、左手と顔だけが外に出されている状態だった。
蛍は必死に手を伸ばすが、当然リリスの元へなんて届かない。
黒いキュアシャインの放つ霧に縛られ、身動1つ取れなかった。
「蛍!!」
こちらの異変に気が付いた駆け付けた千歳が駆け寄って来る。
「ほた・・・。」
やがてリリスは蛍の名前を言い終えることもなく、黒いキュアシャインに飲み込まれていった。
だけど黒いキュアシャインはそれだけでは終わらず、蛍の身体を縛る霧を、彼女の元まで手繰り寄せていく。
「ちとせちゃん!!」
黒いキュアシャインに身体を引きずられながら、蛍は差し出された千歳の手へと、自分の手を伸ばす。
だけど2人の手が結ばれる直前、絶望の闇によって遮られてしまった。
次の瞬間、蛍もリリスの後を追うように、黒いキュアシャインへの飲みこまれていくのだった。
…
リリスが絶望の闇を発したとき、遠くで見守っていたサブナックは反射的に彼女を助けに向かおうとした。
「リリス!」
「よせ!サブナック!」
そんなサブナックを、ダンタリアが慌てた様子で静止する。
「くっ・・・。」
このまま駆けつけたところで間に合わない。
仮に間に合ったとして、ダークシャインと相対したらただでは済まないだろう。
どちらにしてもリリスを助け出せた可能性はゼロだ。
サブナックは歯噛みしながらも、現状を冷静に分析する。
突然ダークシャインが異質な様子を見せ始めている。
リリスを取り込み、さらに蛍のことも取り込もうとしているのだ。
だけどそんなことよりもまず、サブナックには疑問に思うことがあった。
「なぜだ!なぜリリスが絶望の闇を!?」
リリスの身体から放たれた絶望の闇は、これまでずっと彼女が身に宿していたものだ。
今まで難なく制御できていたはずだ。それがなぜ今になって暴走を起こしたのだ?
「君は、どうして僕たちが絶望の闇を扱えるのか、考えたことはあるのかい?」
「何?」
そんなサブナックにダンタリアが問いを返す。
「俺たちが絶望の闇を使いこなせる強者だからではないのか?」
そう思うからこそ、サブナックは現状が信じられなかったのだ。
幼い少女の姿をしていてもリリスはれっきとした行動隊長だ。
どれだけ人の子に絆されようとも、リリスが強者である事実に変わりはない。
現に蛍に影響されて感情を宿すようになっても、リリスの力に衰えはなかった。
今になって突然、絶望の闇のコントロールが効かなくなったなど考えられない。
「ふっ、そんな格好の良い理由だったら、どれだけ良かったことか。」
だがダンタリアは、暗に自分の答えが誤っていると含ませながら、どこか自嘲気味に笑った。
「どういう意味だ?」
「・・・僕たちにはね、『希望』がないんだよ。」
「何だと・・・?」
ダンタリアの口から語られた言葉の意味が、サブナックにはわからなかった。
困惑するサブナックの様子を一瞥してから、ダンタリアは言葉を続ける。
「僕たちは、『希望』を持たない。
『希望』を持たないから僕たちは『絶望』を知らない。
だから僕たちは絶望の闇の影響を受けないのさ。
ただ、それだけのことだよ。」
「そんな、バカな・・・。」
知らないだけ。ただそれだけの理由で自分は今まで絶望の闇を使えていたのか?
だがサブナックは、そんなはずがない、と否定することができなかった。
希望とは何か?絶望とは何か?そう問われても答えることが出来ないからだ。
答えられるとしてもせいぜいプリキュアの力、ダークネスの力くらいだ。
なぜなら行動隊長には心がないから。
心がない何も感じない、何も思うことが出来ない。
だから希望や絶望なんて具体性にかける言葉の意味なんて、わかるわけがないのだ。
だから希望を抱くことがない。絶望することもない。
絶望の意味さえ知らない自分に、絶望の闇の影響なんてわかりようもないのだ。
「・・・それなら、リリスは。」
「『希望』を、抱いてしまったんだろう。大方、あの少女と似たような希望をね。」
だから行動隊長の中で、蛍と心を通わせ、感情を得たリリスだけが、絶望の意味を知ってしまった。
心を得て希望を知った代償に、その身に宿す絶望の闇に食われてしまったのだ。
ここでサブナックは、アモンがリリスにかけた言葉を思い出す。
希望と絶望の因果を、改めて考え直してみると良い。
君自身を『守る』ためにね。
あの言葉は恐らく、今の状況を指していたのだ。
アモンはリリスが希望の意味を知ったとき、絶望することを知っていたのだ。
「リリス・・・。」
心を持たない行動隊長が、人に絆され心を持ったとき、同時に襲い来るのは絶望だった。
そしてこれまで御していた絶望の闇が暴走を起こし、闇の牢獄へと囚われる。
これが感情を学び、心を知り、希望を抱くことが出来たリリスの末路だとしたら・・・。
「哀れな最期だと、そう思わないかい?」
ダンタリアがこちらの心境を代弁するかのように語る。
蛍と過ごした時間も、この世界で見つけた居場所も、最後にはリリスの意思に関わらず、全てを失う運命だったのだ。
「・・・バカやろうが。」
やがて黒いキュアシャインに飲み込まれたリリスに、サブナックは顔を歪めて呟くのだった。
…
千歳の目の前で、蛍がダークシャインに飲みこまれていく。
千歳はただそれを、見ていることしか出来なかった。
あの時、絶望した蛍を助けたくても助けられなかった時と同じように。
また同じことを繰り返してしまったのかと千歳は悔しさで顔を歪めるが、悠長に後悔している暇すらなかった。
「ウフフ・・・これで、ずっといっしょだよ・・・リリンちゃん・・・。」
ダークシャインが自身の身体を、愛おしそうに抱きしめながらそう呟く。
「うふ・・・あはは・・・あははははははは!! 」
そして狂ったように笑いだした。
蛍の声で、蛍の姿で、狂気に満ちた言動を見せるダークシャインを見ていると胸が苦しくなるが、今は感傷に浸っている場合ではない。
リリスと蛍を吸収したはずなのに、ダークシャインの体積はまるで変化が見られなかった。
だが2人の力の反応がダークシャインの体内から感じられる。
2人とも無事なのは間違いないが、同時にダークシャインの体内に閉じこめられてしまったのも事実だ。
何とかして2人とも助け出さなければならない。
「あはははははは・・・うっ・・ううっ・・・。」
だが突然、ダークシャインは笑うのを止め、身体を抱えて苦しみ出した。
彼女の身に何が起きているのか分からず、千歳も要も、雛子も困惑する。
「あ・・・ああっ・・・キャアアアアアアアアア!!!」
ダークシャインが叫びをあげた次の瞬間、彼女の背中から巨大な翼が出現したのだ。
まるで生物の手のひらのような形をしているその翼は、ダークシャインの身の丈を遥かに上回る大きさへと巨大化していく。
それに合わせてダークシャインの身体が一気に膨張を始めた。
「千歳ちゃん!危ない!!」
ダークシャインの身体が膨張するとともに、彼女の周囲から膨大な絶望の闇が解き放たれる。
それに気が付いた雛子が千歳に飛びつき、そのまま距離を置くことに成功する。
だがその間も、ダークシャインの身体は急速に変化していった。
スカートの丈が地に着くほどに伸び、そのまま地中へと侵入し木の根のようにコンクリートを這い回る。
両肩を掴んで交差した腕はそのまま胴体と一体化し、代わりに背中から生える巨大な掌状の翼が腕の代わりを務めるかのように折れ曲がる。
そして前髪が顔を覆い隠す様に乱れ、髪の合間から赤い双眸が見え隠れする。
脚部が地と一体化し、高層ビルをも遥かに凌駕するほどに巨大化し、原型を留めぬまでに変化したダークシャインの姿は、まるでそびえ立つ『女神像』のようだった。
「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」
そのままダークシャインは天を仰ぐように叫びをあげる。
その叫び声には蛍の声、そしてリリスの声が入り混じっていた。
そして次の瞬間、彼女の叫びと共に絶望の闇が、この世界の空を、大地を一瞬で駆け巡っていった。
「えっ!?」
千歳は驚いて周囲を見渡す。
空は見渡す限り黒く染まり、地上にはいつの間にか、大勢の人たちが絶望の闇を放ち倒れていた。
そして地平線の果てはおろか、空を覆い尽くす黒から絶望の闇が感じられる。
「世界が・・・絶望の闇に・・・。」
隣にいる雛子が、ショックを隠し切れない様子で狼狽する。
ほんの一瞬、ダークシャインが叫び声をあげただけで、この街だけでなくこの世界が、絶望の闇に飲み込まれてしまった。
全ての光が、音が失われ、絶望した人々が戦いの影響を受けることなく、街を徘徊してまわる。
リリスを吸収し、その絶望さえ得たダークシャインの力は、ついに1人で世界を飲みこむまでに膨張したのだ。
かつて蛍が、1人で世界の闇を祓ったように・・・。
「2人とも、まだ希望は失ってないよな?」
そんな中、要だけは真っ直ぐな瞳でダークシャインを見ていた。
彼女につられてダークシャインを見ると、まだ体内に蛍とリリスの反応が感じられた。
「蛍がリリンを連れて戻るまでの辛抱や。」
そして蛍とリリスが戻ってくることを信じていた。
ダークシャインが巨大化し、世界を一瞬で闇に飲み込むほどの力を発揮した。
そんな相手に敵うはずがない。
だが元々、敵う見込みのなかった相手だ。
それならば今の自分たちに出来ることはせいぜい、蛍が無事に戻ってくることを、信じて待つくらいだ。
それしかないのであれば、ただひたすら、信じ続けるだけだ。
蛍は必ず、戻ってくると。
そしてそれを信じている限り、プリキュアの希望の光は、決して潰えることはない。
「2人とも、気張れよ。」
要の呼びかけに、千歳と雛子は決意を新たにダークシャインを見据える。
蛍は必ず戻ってくると、ただそれだけを信じて・・・。
…
何も見えない暗闇の世界。何も聞こえない静寂の世界。
自分が今どこにいるかもわからぬまま、蛍はひたすらリリンの名前を呼び続けた。
リリンちゃん!!リリンちゃん!!リリンちゃん!!
自分の声さえ聞こえない今、本当にその声が出ているのかもわからない。
リリンちゃん!!リリンちゃん!!
それでも蛍は叫び続ける。
リリンちゃん!!
その声がきっと、あの子の元へ届くと信じて。
…
何も見えない暗闇の世界。何も聞こえない静寂の世界。
リリスは虚ろな瞳で、何もない空間を彷徨い続けていた。
なんでわたしにウソをついたの?どうしてわたしにヒドイことするの?
あたしがどれだけあの子を傷つけてきたと思ってるの?今更友達になれると思ってるの?
頭の中に聞こえてくる。自分と蛍の声を聞きながら。
…
次回予告
リリンちゃん、あなたから教えてもらったおまじないは、わたしに確かな勇気をくれた。
それはほんのちっぽけな勇気でしかないけど、それでもわたしは、あなたがいたから幸せになれた。
だから、あなたがくれたちいさな勇気、一歩踏み出すための、ちいさな勇気。
いま、あなたにかえすね。
次回!ホープライトプリキュア第23話!
絶望の果て!2人のラスト・レクイエム!
ほたる・・・あたし、ほんとうは、あなたのことが・・・。