ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第22話・Aパート

届かない想い!蛍の希望とリリスの絶望!

 

 

 

 モノクロの世界。

 ダークシャインを連れて帰還したリリスが玉座の間を訪れると、アモンが興味深そうな目でダークシャインを見ていた。

 

「無事キュアシャインを絶望させ、ディスペアー・カードを完成させたようだな。

 よくやったリリス。」

 

「はっ。」

 

 アモンから労いの言葉を受け取るが、リリスには何の感慨も沸いてこない。

 

「そこにいるキュアシャインの力、この地からも十分に感じられたよ。」

 

 ダンタリアが、少し畏怖を込めた様子でそう語る。

 感じ取れたダークシャインの力に怖れを覚えたのだろう。

 無理もない。なぜならこの力は、リリスの想像さえも遥かに超えていたからだ。

 素の戦闘力だけでもソルダークは勿論、行動隊長さえも凌駕しており、プリキュアの技をことごとく無力化し、浄化技すら叫び声1つでかき消す能力も備わっているのだ。

 もしかしたら、アモンたち司令官クラスさえも上回っているかもしれない。

 フェアリーキングダムで見たアンドラスの巨獣形態でさえ、この子ほどの力も能力も見られなかったのだ。

 

「これが、あなたの言っていたネオ・ソルダークですか?」

 

 一方でサブナックは、純粋にダークシャインの力に興味を示しているようだ。

 

「いや、違うな。」

 

「なに?」

 

 アモンの答えはサブナックにとって予想外のものだったようで、彼は眉を潜める。

 だがダークシャインを隣で見ていたリリスには、その言葉の意味が朧気ながらも理解できた。

 彼女は命令されずとも自らの意思でプリキュアたちと戦っていたのだ。

 まるで自分を守るように・・・。

 

「以前にも話したが、ネオ・ソルダークはソルダークにディスペアー・カードを与えて強化させた形態のことだ。

 そして私の目的はあくまでも、キュアシャインの絶望を利用してディスペアー・カードを完成させることだった。

 これは、想定外の事態だよ。」

 

「想定外、だったのですか?」

 

 ダンタリアが不思議そうに問いかけ、サブナックも眉を潜めたままだ。

 2人ともダークシャインを作りだすことが、アモンの目的だと思っていたようだ。

 

「そのキュアシャイン・・・そうだな、仮に『ダークシャイン』とでも呼んでおこうか?

 それはキュアシャインの絶望の闇を取り込んだディスペアー・カードが、そのまま形を成したものだ。

 そうだね?リリス。」

 

「おっしゃる通りです。」

 

『ダークシャイン』。アモンの仮称は、奇しくもリリスの脳裏を過ったものと同じ名前だった。

 名の冠する意味は『闇の光』。

 何とも矛盾に満ちたその名前だが、どこか的を得ているとも思えた。

 光より生まれた闇が、本来守るべき世界を闇に染めようとしているとは、何とも皮肉な結果だろう。

 最もその結果をもたらしたのは、他の誰でもない自分自身だが。

 

「つまりダークシャインはキュアシャイン、蛍と言う少女の絶望の闇そのものが、ディスペアー・カードを媒介として具現化した存在だ。

 私はそんな機能をディスペアー・カードに備えた覚えはない。

 だが現実に、カードに吸収した絶望の闇が明確な意思を持ち、その身を媒介として実体化したのだ。

 これは思わぬ副産物だよ。嬉しい誤算とも言える。

 そしてそんな事態を引き起こすほどに、キュアシャインの絶望は計り知れないものだったと言うことだろう。」

 

 アモンの言葉を聞いたリリスは、これまで蛍と共に過ごした日々を思い出す。

 出会った当初、蛍からソルダークを造り出したときならまだしも、今の蛍は自分と一緒にいるとき、常に笑顔を浮かべていた。

 いや、自分だけじゃない。千歳を始めとする友達と一緒にいるときの蛍はいつも笑っていた。

 そしてそれが、蛍にとっての日常であったはずだ。

 一寸の闇も刺す間のないほどに、蛍の世界は眩しいほどに光に満ちていた。

 

「まさかあの子が、ここまでの絶望を秘めていただなんてね・・・。」

 

 そんな蛍がこれほど強大な力を持つダークシャインを生み出し、さらにはかの地を闇で覆わんとするほどの絶望を秘めていたなんて、リリスが一番驚いていることだ。

 

「それは違うよ。リリス。」

 

「え?」

 

 だがアモンの言葉に、リリスは驚いて顔を上げる。

 

「キュアシャインがこれほどの絶望の闇を秘めていたわけではない。

 彼女の持つ希望の光が、全て絶望の闇に変わったのだよ。」

 

「希望の光が、絶望の闇に?」

 

 その言葉に疑問符を打ったのはダンタリアだ。

 彼だけでなくサブナックも、そしてリリスも、その意味を測りかねずにいる。

 

「希望の光と絶望の闇は、常に表裏一体なものだ。

 希望の光が強まれば強まるほど、その希望を失ったときの絶望が大きくなる。

 そしてキュアシャインはかつて、フェアリーキングダムと言う世界に満ちた絶望の闇を、たった1人で祓うほどの希望の光を発現したことがある。

 だがそれは裏を返せば、彼女はたった1人で世界を覆うほどの強大な絶望の闇を生み出すこともできると言うことになるのだ。」

 

 言われてみればダークシャインの力は、蛍が絶望の闇を消したときの力に酷似している。

 ダークシャインには、蛍の浄化の特性を反転させた能力が備わっていると見ていいだろう。

 底の知れない強大な力も、相反する力を打ち消す特性も、全て蛍の希望の光が絶望の闇へと変わったと考えれば納得がいく話だ。

 

「だからアモン様は、リリスにあのような命令を?」

 

 ダンタリアがアモンに問いかける。あのような命令、と言うのは、キュアシャインの正体を暴き絶望させることを指しているのだろう。

 

「その通りだ。だが希望の光の大きさは、そのまま個人の意志の強さに直結する。

 それほどまでに大きな希望であれば、その意思を壊し、奪うことは容易くはない。

 だからこそ君が適任だったのだ。リリス。

 キュアシャインと親交を深め、彼女から信頼を得ている君がね。」

 

 アモンの言葉にリリスは俯く。

 そう、自分は蛍の持つ強大な希望を容易く奪うことができた。

 その希望を与えたのは、蛍の希望の光を大きく育てたのはきっと・・・。

 そしてそれを奪い、プリキュアを容易く退けるほどの絶望の闇を生み出したのも・・・。

 そう思った時、胸に鋭い痛みが走った。

 自分は蛍の気持ちを、ことごとく弄び踏み躙って行ったのだから・・・。

 

「リリス、本当によくやってくれた。

 君が3か月にも渡って演じ続けてきた『トモダチ』は、最高の結果をもたらしてくれたよ。」

 

 アモンが賛辞を重ねるが、その度にリリスの心に重りがのしかかる。

 リリスはその、3カ月の中で得て来たものを全て、捨て去ってここにいるのだ。

 その結果得ることができたのが、蛍の絶望から生まれた戦士、ダークシャイン。

 このダークシャインの力を以ってすれば、世界を絶望の闇に沈めるなんて容易いことだ。

 自分は行動隊長として、最高の成果を上げたと言っても過言ではない。

 それにも関わらず、リリスの心は晴れないままだった。

 濁り切った思いが胸中を渦巻き、柄も言えぬ不快感と虚脱感に苛まれている。

 無関心や無感動だったらまだどれほど良かったことか。

 

「先の戦いで疲れただろう。君は少し休むといい。

 ダークシャインもまだ形を成して間がない。

 存在を安定させるには少し時間が必要のようだ。」

 

「・・・了解しました。」

 

 これ以上この場に留まると余計に気を害してしまいそうだ。

 リリスはこの場から逃れるように、急いで離れようとする。

 

「ああ、リリス。

 最後に1つだけ言い忘れたことがあった。」

 

 そんなリリスを、アモンは急く様子で呼び止めた。

 

「なんですか?」

 

「希望と絶望の因果を、今一度良く考えてみなさい。」

 

「え・・・?」

 

 だが急いた様子で呼び止めた割には、その言葉は以前自分にかけたものと同じだった。

 そればかりではない。先ほどアモン自身がその答えを述べたはずだ。

 希望と絶望は表裏一体。どちらかが強まればもう片方も強まると。

 それが希望と絶望の因果を意味することではなかったのか?

 

「それは、どういう意味ですか?」

 

「言葉通りの意味だよ。

 希望と絶望の因果を、改めて考え直してみると良い。

 君自身を『守る』ためにね。」

 

「『守る』?」

 

 守るため?余計に意味がわからなくなってきた。

 なぜ希望と絶望の因果を知ることが自分を守ることに繋がるのだ?

 そもそも、守るとはどういうことだ?

 

「それから、そのダークシャインはソルダークではない。

 扱いにはくれぐれも気を付けるのだよ。」

 

 さらに言葉を重ねるアモンだが、それがリリスに更なる混乱を招く。

 確かにダークシャインはソルダークではない。

 ディスペアー・カードの創造者であるアモンでさえ、誕生を予期していなかったイレギュラーな存在だ。

 だがその言い方では、まるでダークシャインが自分に危害を加える可能性があると言っているようなものだ。

 でも彼女は今、こちらの命にちゃんと従っている。

 それに先ほどの戦いでは、まるで自分を守るためにプリキュアと交戦していたのだ。

 ダークシャインが、『ほたる』が、自分に危害を加えようとするなんて考えられない。

 

「・・・了解しました。」

 

 だがわざわざアモンから忠告してきたのだから、全くの無意味と言うわけでもないだろう。

 リリスは忠告を頭の片隅に受け止め、この場を後にするのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 重苦しい空気の中、要たちは千歳の部屋で沈黙を続けていた。

 2重、3重にショックな出来事が続き、今もただ、絶望の闇を放ち続ける蛍を見守ることしかできない状況にみんな疲弊してしまっている。

 もしも次のリリスたちの襲撃を許してしまった場合、果たして無事に助かることができるのだろうか?

 きっと、無理だと思う。

 そう思うほどにダークシャインの力は、こちらの力を遥かに凌駕している。

 そんな不安に駆られる中、結局待つことも動くこともできず、ここに着いてからずっとこんな空気が続いていた。

 夢ノ宮市が絶望の闇に覆われている今、周囲の時間は停止しているので、実際にはこの時間は1秒にも満たないはずだが、それでもどれくらいの時間が経っただろうかと、ふと思ってしまうほどだった。

 すると、この部屋に来てからずっと座り込んでいた雛子が、そんな沈黙を破るように立ち上がった。

 

「雛子、もう大丈夫なん?」

 

「ええ、いつまでも疲れているわけにはいかないし、これからどうするかを考えないと。」

 

 先ほどよりは幾分か顔色が良くなり、呼吸も整っている様子だ。

 だが雛子は要や千歳と違い、まだキュアプリズムの姿を維持している。

 きっとまだ、その姿でやるべきことがあると考えているのだろう。

 

「でも・・・今のウチらにできることって何なんやろうな?」

 

 要は心中の不安を吐露する。

 ダークシャインと戦ったところで敵う術はない。

 それならば戦わずにして蛍を助ける方法はないかと考えたが、かつて千歳がフェアリーキングダムの人を救ったときのように、絶望した人と直接話すことで闇の牢獄から解放する手段は、恐らく危険だ。

 要が蛍に触れたとき、彼女の絶望を少しだけ感じ取ったが、あの時一瞬で心臓が凍え、一切の温もりを奪われていくような、そんな冷たい感覚に囚われた。

 そして蛍の怨嗟の声が、雪崩のように押し寄せ頭の中を一瞬にして埋め尽くしていった。

 蛍を守ることができず、傷つけてしまったことを悔やんでいる今の自分が、大切な友達で、守ってあげたいと思っていた蛍からそんな怨嗟の声を聞き続けたら、きっと心が壊れてしまうだろう。

 ダークシャインの力に及ばない自分には、彼女を倒すことができない。

 蛍を救えなかったことを悔やむ自分には、彼女を助けることも出来ない。

 何もできない歯がゆさが、要の心を強く縛り始めていた。

 

「・・・出来ることならあるわ。リリスを倒す。」

 

 すると千歳が、怒りを灯した鋭い眼でこちらを見据えながら、静かに答えた。

 

「千歳?」

 

 千歳の様子に、リン子が心配そうに声をかける。

 

「あいつと、あいつと一緒にいる黒いシャインを倒せば、蛍の絶望の闇を少しでも抑えることができるかもしれない。」

 

 あくまでも落ち着いた様子で千歳は話すが、言葉の端々からリリスへの憎しみを隠し切れないのが見て取れた。

 

「だから、リリスを倒しましょう。

 元々、もっと早くにあいつを倒していれば、こんなことには・・・。」

 

「待って、千歳ちゃん。」

 

 そんな千歳の言葉を雛子が遮る。

 

「何?雛子?」

 

 千歳が鋭く雛子を睨み付けるが、雛子もその視線に怯むことなく、語気を強くして千歳に問いかけた。

 

「リリスを倒せば全てが解決する。

 本気でそう思ってるの?」

 

「じゃあ、あなたはリリスを倒すべきじゃないとでも言うの?」

 

 千歳の問いに、雛子は一拍置いて静かに答える。

 

「・・・ええ、その通りよ。

 今日のリリス、どこか様子がおかしかった。

 蛍ちゃんの言葉を聞いて、とても動揺していた。

 心のない人が、そんな態度を取ると思う?

 もしかしたらリリスは、本当は蛍ちゃんのこと・・・。」

 

 雛子の言葉に、千歳が顔を顰めて激昂する。

 

「っ!?この期に及んでまだあいつをかばうつもりなの!?

 今回のでわかったでしょ!あいつは蛍のことを騙して、利用して、その上絶望させたのよ!

 そんなことができるなんて、あいつは最初から、蛍のことを友達とも何とも思ってないからに決まってるじゃない!」

 

 そう叫ぶ千歳の様子には、どこか焦りも感じられた。

 彼女の決心が揺らいでいる。要はそんな風に見て取れたのだ。

 そして言葉を遮られた雛子は、動じることなく千歳に叫び返す。

 

「これ以上、目を背けないで!

 今リリスを倒してしまったら、本当に取り返しのつかないことになる!!

 それくらい、千歳ちゃんにだってわかるでしょ!!」

 

「っ!?」

 

 最後に黙り込んでしまったのは、千歳の方だった。

 要はそんな千歳の様子を見て目を伏せる。

 そう、千歳だって頭ではわかっているのだ。

 リリスは決して『心を持たないもの』ではないと。

 要もこれまで半信半疑だったが、今回の件でそれを確信した。

 あの時蛍とリリスの交わした会話を思い返す。

 蛍はリリンのことを疑いたくない、リリンは蛍に疑われるわけがないと互いに思っており、それがすれ違った結果が、今の事態を引き起こした。

 それはとても悲しいことだが、裏を返せば蛍もリリンも互いに想い合っていたことにならないだろうか?

 

「じゃあ・・・私はどうすればいいのよ・・・?

 蛍のことを助けたいのに、リリスを倒すことが出来ないなんて・・・。」

 

 一方で千歳は、失意の様子でそんな弱音を口にした。

 リリスを倒して憎しみを晴らしたい。

 そんな千歳の思いは、要にだって痛いほどわかる。

 蛍を傷つける元凶となったリリスのことが憎いのは要も一緒だ。

 きっと雛子も、内心ではリリスのことを恨んでいる。

 でもリリスと黒いキュアシャインを倒すことで、蛍に纏わる絶望の闇を弱まる確証はない。

 これまではソルダークを浄化し行動隊長が撤退すれば、闇の牢獄が解放され絶望した人を救出することができたが、今は蛍の力で闇の牢獄が維持されている。

 そう、フェアリーキングダムの時と同じ現象が、蛍に局地的に発生しているのだ。

 それだけ蛍の闇は深く、強固なものとなっている。

 だけどもしもリリスに心があれば、そこに希望がある。

 

「・・・まだ、私たちにはできることがあるわ。」

 

 雛子がそう切り出し、自分たちに残された希望を話し始めた。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 モノクロの世界。

 古城の広間でリリスはダークシャインとともに休息をとっていた。

 リリスはダークシャインの姿を眺めながら、玉座の間での会話を思い返す。

 この子の誕生は、ディスペアー・カードを創り出したアモンですら予期していなかったものだ。

 だがそれ以外のことは全て、アモンの思惑通りだった。

 自分が蛍と接触しトモダチを演じていたことも、キュアシャインの正体に迫っていたことも、全て見抜かれていたからこそ、彼は自分にこの使命を与えたのだ。

 結局、こちらの思いなんて全てアモンには筒抜けだったのだ。

 そしてアモンは彼の目的のために、そんな自分を体よく利用し、目論見通りにディスペアー・カードを完成させた。

 それは、行動隊長としてはとても名誉なことだろう。

 でも蛍への思いを利用されたことを知ったリリスには、ただ不快なものでしかなかった。

 同時に虚しさに囚われた。

 結局自分は、蛍と一緒にいることなんて出来なかったと思い知らされたから。

 

「ほたる。」

 

 リリスがダークシャインに呼びかけると、彼女はそれに反応してこちらに目を向けた。

 この子は蛍の闇の化身、言ってしまえばもう1人の蛍だ。

 行動隊長としての任務を果たして蛍を絶望させた結果、もう1人の蛍とも言えるこの子が手元に残ってくれたのは、せめてもの幸いなのだろうか?

 

「こっちにきて。」

 

 ダークシャインは特に訝しむ様子も見せず、こちらへ距離を詰め寄ってきた。

 素直に言うことを聞くところまで、蛍に似てるのかもしれない。

 そんなことを想いながら、リリスは空虚な思いを埋めるように、何も言わずに彼女を抱きしめる。

 かつて蛍が何度も自分にそうしたように、ダークシャインを手放さまいと強く抱きしめる。

 

「・・・冷たい・・・。」

 

 自分には五感がない。だから冷たい、と言う感覚なんてあるはずないのに、リリスはふとそう思ってしまった。

 どれほど強く抱きしめても、どれだけダークシャインを近くに感じても、あの時のような安らぎを得ることはできなかった。

 もう、あの安らぎを感じることは2度と出来ないのだ。

 もう1人の蛍がこんなに近くにいるのに、蛍とは2度と会えない気がした。

 そう思った時、最後に見た蛍の虚ろな目が、リリスの脳内に映し出される。

 

「・・・ちがう。あの子がわるいのよ・・・。

 あの子が、あたしを信じてくれなかったから・・・。」

 

 まるでダークシャインに語り掛けるように、リリスは思うことを口にする。

 でも本当にそうなのだろうか?蛍は本当に自分のことを信じていなかったのか?

 自分は行動隊長だ。蛍に近づいたのは利用できると思ったからだけだ。

 最初からあの子のことをトモダチだなんて思っていなかった。

 最初からあの子のことは利用価値のある道具としか思っていなかった。

 蛍はその真実に近づいただけ。裏切るも何も、全ては本当の事だ。

 それなのにリリスは、あの時の蛍の言葉に酷く動揺した。

 蛍なら自分のことを盲信してくれると思っていたのに、当てが外れたから?

 あの子が簡単に利用できる道具だと思っていたのに、疑い始めたのが気に入らなかったから?

 いや、そのどちらでもない。

 

「・・・あたしは、ただあの子に・・・。」

 

 その答えは、もうわかっているはずだ。

 蛍の正体を知ったときに、蛍に正体を疑われたときに、そして蛍を失ったときに、イヤでも思い知らされた。

 だけどもう、全てが終わった後だ。

 今更蛍のことを、本当はどう思っていたかなんて、もう意味のないことだ。

 そう思うと、ダークシャインから伝わる冷たさが、どこか心地よくさえ思えてきた。

 

「・・・いこっ、ほたる。」

 

 ダークシャインの力は見たところ安定している。

 これならもう一度戦うことができるだろう。

 リリスはダークシャインと共にかの地へ向かう準備をする。

 蛍と一緒に過ごした思い出を、時間を、そして場所を、何もかも全て消し去るために。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「蛍とリリンを、もう一度合わせるですって・・・?」

 

「ええ、そしてリリンちゃんの本当の気持ちを、蛍ちゃんに伝えるの。

 それがきっと、蛍ちゃんを救い出せる唯一の・・・。」

 

「いやよ!そんなこと絶対に認めないわ!!」

 

 雛子の話を聞き終えた千歳は、声を荒げて彼女の言葉を否定する。

 いくら蛍を助けるためだとしても、その提案だけは受け入れるわけにはいかなかった。

 

「千歳ちゃん・・・。」

 

 雛子が少し哀れむような目で千歳を見る。

 分かっている。自分にだって本当は分かっている。

 蛍が絶望した時はあまりのショックで、リリスのことがどうしても憎くて、そんなこと考えもしなかったけど、落ち着いてあの時の状況を振り返ってみればわかることだ。

 リリスは蛍のことを心配していた。

 そして、蛍に裏切られたと思いショックを受けていた。

 だから自暴自棄になって、蛍の前で正体を晒した。

 そう、リリスに心がないなんてことはない。

 リリスには、蛍を想う心がちゃんとあるのだ。

 それでも、受け入れるわけにはいかなかった。

 雛子の提案は、リリスが今でも蛍のことを大切に想っていることが前提の話だ。

 でも蛍に裏切られたと思っているリリスが、今でも蛍を想っている保証なんてない。

 もしも心から蛍のことを恨んでいるようなことになれば逆効果だ。あまりにも危険過ぎる。

 でも本当の理由は、そんな理屈めいたものではなかった。

 

「蛍をあいつに託さなきゃならないなんて、そんなこと絶対に許さない!」

 

 千歳はまだリリスのことを許せていない。リリスのことが憎い。

 かつて故郷を奪い、そして今、大切な友達を絶望させたリリスのことが、心の底から憎い。

 そんな相手に蛍を預けなければならないのが、我慢できなかった。

 

「蛍のことは私が何とかしてみせる!

 私が、蛍のことを助けて見せるわ!

 私が・・・絶対に・・・。」

 

 声を荒げながら自分を奮い立たせるも、その声は徐々に擦れていく。

 蛍のことを助けたい気持ちは誰にだって負けないのに、気持ちだけが先走った結果が今の状況だ。

 仮に自分の思う通り、蛍に内緒でリリスを倒すことに成功したとしても、リリンを失った蛍の悲しみは、今に匹敵する絶望を生み出していたかもしれない。

 だからこそ今は、本当の意味で蛍の幸せを取り戻す方法を探さなければならないのだ。

 そのための最善策が恐らく、雛子の提案する方法だけだ。

 でも、どうしても譲りたくない。あいつにだけはこの役目を譲りたくない・・・。

 

「千歳。」

 

 その時、要が千歳の名前を呼び、そして優しく抱きしめてくれた。

 要から感じられる温もりが、千歳の心をついに決壊させた。

 

「どうして・・・どうして私じゃダメなの・・・?

 あの子は、蛍は私が辛かった時、私のことを救ってくれたのに・・・。

 どうして私じゃあの子の力になれないの・・・?

 なんであいつじゃなきゃ、ダメなのよ・・・?

 なんで、よりにもよって、あんなやつに・・・。

 うっ・・・うわあああああん!!」

 

 決意も、覚悟も、全て崩れ去った千歳は、要の胸で赤子のように泣き出した。

 蛍の守護騎士になるって決めたのに、彼女を守ることができず、一番辛い時に力になることもできず、何より一番憎い相手に、自分が望む役目を譲らなければならないなんて、それが悲しくて、情けなくて、悔しかった。

 そう、リリスのことを認めたくなかった本当の理由は、リリスなんかに蛍を助けると言う役目を奪われたくなかっただけだった。

 自分は蛍の窮地を救う、カッコいい守護騎士でありたかったから。

 そんな子供染みた自己満足と、どうしようもない我儘でしかなかった。

 

「・・・辛い、よね。

 蛍のことを助けたいのに、どうしたらいいのかわからなくて。

 あんな、蛍を傷つけたやつに、全部任せなきゃいけないなんて・・・辛いよね。」

 

 要が声を震わせながらも、優しく慰めてくれた。

 きっと、要も同じ思いを抱いていたのだろう。

 泣き続ける自分の背中を、要があやす様にさすってくれた。

 泣き続ける自分の頭を、リン子が慰める様に撫でてくれた。

 

「イヤだ・・・あんなやつに任せるなんて、そんなの納得できない・・・。

 私が、蛍のことを助けるの・・・。私が・・・蛍を・・・。」

 

 自分の心境を全て吐露し、ひとしきり泣き終えた後、雛子がこちらを見据えてきた。

 

「千歳ちゃん。今のあなたの本当の気持ちはなに?

 あなたは今、なにをしたいって思っているの?」

 

 雛子の言葉を千歳は考える。

 自分が今したいことはなんだろう。

 リリスに復讐したい。

 恨みを晴らしたい。

 ダークシャインを倒したい。

 ダークネスそのものを滅ぼしたい。

 その全てが、自分がしたいことだ。

 だけど自分が今、一番望んでいることは?

 それは、考えるまでもなかった。

 

「蛍を・・・助けたい。」

 

 それが何よりも大切な千歳の願いだった。

 

「だったら・・・だったら。」

 

 そんな千歳の言葉を聞いた雛子が、泣くのを堪えきれずに、涙を流しながらこちらを見る。

 声を震わせ、擦れた言葉で、そして・・・。

 

「がまん、して・・・。」

 

 千歳にとって最も残酷な言葉を、口にするのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 かの地に降り立ったリリスは、ダークシャインと共に商店街を歩き回っていた。

 道行く景色は色を失い、時折絶望の闇に覆われた人たちを見かける。

 そんな普段とは異質な景色の中でも、リリスはこれまで蛍と過ごした日々を思い出していた。

 蛍と一緒に、母の日のプレゼントを探した店。

 蛍と一緒に、クレープを食べた場所。

 脳裏に蘇る蛍との思い出の数々を、モノクロの景色に捨てていく度に、リリスの心は冷たく凍り付いていくようだった。

 まるで何も感じなかった頃の自分に、少しずつ戻っていくようだ。

 やがてリリスは歩みを止め、噴水公園の前で立ち止まった。

 

「ほたる、こっちへおいで。」

 

 ダークシャインにそう呼びかけると、彼女は自分の隣に立ち並ぶ。

 この子の力は自分を遥かに凌いでいる。それでもこの子は命令に従順だ。

 その意味は、この強大な力を自分の意のままにできるに等しい。

 この子の力を使って、今日こそプリキュアを倒す。

 

「あとは、ここで待っているだけでいい。」

 

 自分の力もダークシャインの力も敢えて隠していない。

 やつらが力を探知すれば、間違いなくここへ飛んでくるだろう。

 敵わぬとわかっていても、この地を脅かす敵が現れたら見過ごすことができないのがプリキュアだ。

 だからここにいる限り、やつらは必ずここへ現れる。

 そして、ここが戦場になるのだ。

 

「全部、メチャクチャにして、全部無くしてしまいましょう。」

 

 蛍を失った今、もうリリンが存在する必要はない。

 最も長い時間、蛍と一緒に過ごしたこの場所を壊すことで、蛍との思い出を全て捨て去る。

 そのときは、リリンと言う存在も一緒に消えてなくなる。

 そしてこの地で全てを失ったとき、自分は行動隊長リリスへと戻ることができるのだ。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 要は一瞬だけ、地球の重力が何倍にも増したかのような錯覚を覚えた。

 

「今の感じ、もしかして?」

 

 リン子が驚きながら周囲の気配を探る様子を見せる。

 するとベルが先に正体を見つけたようだ。

 

「黒いキュアシャインだ。

 今噴水公園の方に、蛍ちゃんと同じ反応を感じたよ。」

 

「噴水公園ですって?」

 

 その場所を聞いて千歳が驚く。

 噴水公園は、蛍とリリスが約束の場所として良く指定していたところだ。

 

「リリスの反応もある。

 でも動く気配がないわ。」

 

 サクラがリリスの行動を不思議に思う。

 こちらから向かってくるのを待っているつもりなのだろうか?

 確かにダークネスがこの世界に現れた以上、要たちには見過ごすことはできない。

 あるいは、蛍を絶望させたリリスにこちらが復讐しに来ると思っているのかもしれない。

 だがこちらを誘っているのだとしたら、リリスは噴水公園を戦いの場に選んだと言うことになる。

 偶然か、それとも・・・。

 

「どうする、要?」

 

 ベルが不安そうな表情でこちらを伺う。

 戦ったところで、黒いキュアシャインとの力の差は歴然だ。

 そうでなくともあの子の力は、希望の光を跡形もなく消し去ってしまう。

 勝算は、ゼロだ。

 絶対に勝つことの出来ない戦いに身を投じないか、ベルは心配してくれているのだ。

 だけど要は、そんなベルに『心配はない』と意を含んだ笑顔を見せる。

 

「千歳、行ける?」

 

 そして千歳の方を向いて声をかけた。

 

「・・・ええ、大丈夫よ。」

 

 千歳は泣き腫らした目元を拭いながら、頼もしい言葉を返してくれた。

 リリスがわざわざ噴水公園で待ち構えているのなら、お望み通りに向かってやる。

 それに蛍を覆う絶望の闇は未だに途絶える様子がないのだから、リリスがこの場所を探知するのは容易いだろう。

 このまま放っておけば、こちらから来ないことに痺れを切らしたリリスがここに来る可能性がある。

 それだけは防がなければならない。

 これから雛子が、蛍の心を助けるためにこの場に残るのだから。

 

「俺もついていくよ。」

 

「ベル?」

 

 すると隣にいるベルが神妙な表情を浮かべていた。

 

「正直、ついて行っても何も力にはなれない。

 それでも俺は、君を側で見守っていたいんだ・・・。」

 

「ベル・・・。」

 

 もしかしたら自分が今、相当『無理をしている』ことを見抜かれているのかもしれない。

 蛍を守ることが出来なかった後悔は、今も胸に渦巻いている。

 絶対に敵わないとわかる黒いキュアシャインの力に、恐れを抱いている。

 それでも今は、こんなところで弱音を吐くわけにはいかなかった。

 蛍を助けるための方法がようやく見つかった今、自分には絶望している暇なんてないのだから。

 だから、ベルが側にいてくれることが嬉しかった。

 ベルが側にいてくれることは、この上ない支えになってくれるから。

 

「何言ってんの?側にいてくれるだけで心強いよ。

 ありがと、ベル。」

 

 要は心の底からお礼を言う

 何だか気恥ずかしくなるセリフだが、ベルの気遣いが純粋に嬉しかった。

 

「私もついていくわ。」

 

 するとベルに続き、リン子も名乗り出てきた。

 

「リン子?」

 

「今のあなたを放っておくことはできないし、無茶しないように見張っておかなきゃ。」

 

 何とも茶目っ気溢れる、リン子らしい心遣いである。

 

「・・・うん、ありがと。」

 

 そんなリン子に普段は反発ばかりしている千歳だが、今回ばかりは素直にお礼を述べた。

 千歳も相当、疲弊しているのだろう。だからリン子が支えになってくれることが嬉しいのだ。

 

「それじゃあ雛子、蛍のことをお願い。」

 

「うん。」

 

 部屋を出る前に、雛子に蛍のことを託す。

 蛍を絶望から救うために雛子が提示した作戦には、雛子自身の力が不可欠だ。

 雛子の身にも危険が及ぶ可能性は非常に高いが、彼女にしかできないことだ。

 少し不安気な様子を見せてしまったが、雛子は気丈に振る舞っていた。

 この悪友が無理して強気に振る舞うときは、不思議と頼りになる。

 少しばかり安堵した要は、千歳と共に部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

「「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」」

 

 噴水公園へ向かいながら、要と千歳はプリキュアへと変身する。

 妖精の姿に戻ったパートナーたちを肩に乗せ、商店街めがけて高く飛び上がった。

 

「要。」

 

 すると千歳が、どこか照れくさそうな様子を見せながらこちらから視線を反らし

 

「ありがと・・・。」

 

 ほんのりと頬を赤く染めながら、か細くお礼を言うのだった。

 先ほど彼女に胸を貸してあげたことを思い出し、要は微笑む。

 蛍を守ることができず、助けることも出来なかったことを、彼女はずっと心の中で泣いていたのだろう。

 でも泣きたい思いを堪えてまで、憎い仇であるリリスへの復讐心を滾らせていたのに、それさえ叶えることが許されなかった。

 何ひとつとして千歳の思いを叶えてあげることのできず、辛い選択肢を押し付けてしまっている現状でも、千歳は自分たちに協力してくれる。

 他の誰でもない、蛍を助けるために。

 要にはそれが嬉しく、そして心強かった。

 

「こっちこそ、ありがとう。ウチに付き合ってくれて。」

 

「私は、蛍を助けるために最善を尽くしたい。それだけよ。」

 

 これから向かう戦場には、一切の勝機のない戦いが待ち受けている。

 千歳をそれに巻き込んでしまったことを、要はどこか申し訳なく思っていたが、当の本人は何とでもないと言わんばかりに、そう言い切った。

 そう、自分たちはまた、フェアリーキングダムの時と同じように、勝ち目のない戦いへと身を投じている。

 だけど、あの時と同じように『希望』はある。

 雛子が蛍をリリスの元へと連れてくることができれば、きっとまた『奇跡』が起きる。

 こちらに出来るのは、その時間稼ぎだ。

 

「見えてきた。千歳、気合入れていくよ。」

 

「ええ。」

 

 やがて噴水公園が見え、リリスと、そして黒いキュアシャインの姿が確認された。

 

「あなたたちだけ?

 まあいいわ。今日こそ決着をつけてあげる。」

 

 雛子の姿が見当たらないことを不審に思いながらも、リリスは黒いキュアシャインと並びこちらを見据える。

 

「ほたるの、ダークシャインの力で闇に堕ちるといいわ。」

 

 黒いキュアシャインのことをダークシャインと呼んだリリスは、闇の力を手に宿す。

 だが勝ち目のない戦いが始まろうとしている中でも、要と千歳の希望の光は、不思議と途絶える様子を見せないのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 商店街の方角から光と闇の激突を感じる。

 レミンがふと蛍の方へと目を向けてみると、蛍を覆う絶望の闇がどことなく揺らめいているように見えた。

 間違いない。黒いキュアシャインと千歳たちとの戦いが始まったのだ。

 それと時を同じくして、雛子が蛍の元へと近づいた。

 

「始めるのね。」

 

「ええっ。蛍ちゃんを助けるために。」

 

 サクラと雛子が一言だけ会話を交わした後、サクラは少し距離を置いた。

 雛子がこれから始めようとしていることは、レミンにも分かっている。

 でも分かっているからこそ、レミンはこれ以上黙り続けることができなかった。

 

「雛子、大丈夫?本当に大丈夫なの・・・?」

 

「私なら平気よ。これくらい、何てこと・・・。」

 

 そしてあくまでも平静を装う雛子に、レミンの我慢は限界に達した。

 

「嘘・・・つかないでよ!」

 

「レミンちゃん?」

 

 突然叫び出した自分を雛子は不思議に思うが、レミンの言葉は止まらない。

 

「あれだけの絶望の闇を受けて、大丈夫なわけないじゃない!

 それなのにまた、蛍の闇に触れるんでしょ!!」

 

 雛子が提案した作戦は、蛍にリリスの本心を伝えること。

 雛子たちはこれまでのリリスの言動から、彼女も本心では蛍のことを想っていると確信を持っている。

 だが蛍を絶望させたことで自暴自棄になっている今のリリスに、話が通じるとは思わない。

 だから雛子は、蛍の『意識』だけでも絶望の闇から救い出し、直接こちらから会いに行くと言うのだ。

 絶望の闇を纏う状態でも、リリスと話せるように。

 そして蛍の言葉ならきっと、リリスに届くと信じて。

 絶望の闇は触れた相手の心の声が直接聞こえてくる。

 雛子はその性質を逆手に取り、こちらから蛍の心に声を届けようと言うのだ。

 闇に閉じこもった蛍に呼びかけ、せめて意識だけでも救い出すために。

 だけどそのために雛子はまた危険を犯そうとしている。

 それが我慢できなかった。

 

「レミン、前に言ったよね?

 人のために力を使ってばっかりだと、その内疲れて倒れちゃうって・・・。

 蛍のために、雛子が精いっぱい頑張ってるのはわかるよ?

 でも・・・でも!これ以上無理をしたら・・・雛子が・・・雛子まで・・・。」

 

 雛子が蛍のことをどれだけ大切に思っているかは分かっている。

 自分が何度も嫉妬してきたくらいだからだ。

 そこまで大切に思っている蛍の、暗い闇の声をずっと聞き続けてきたのだ。

 雛子の心は今、とても傷ついているはずだ。

 それだけじゃない。

 雛子がプリキュアの姿を維持しているのは、希望の光で絶望の闇を中和し、自分への影響を少しでも抑え込むためだ。

 でも希望の光を使えば体力を消耗する。

 まして黒いキュアシャインを生み出すほどの強大な絶望の闇に触れ続けていれば、体力なんてあっという間に底を尽きるに決まっている。

 そう、今の雛子はもう心身共に、とっくに限界のはずだ。

 そんな状態でもう一度、蛍の絶望に触れて大丈夫なのだろうか?

 今の疲れ切った心で、また蛍の声を聞いたら・・・。

 今の疲れ切った体で、また希望の光を消耗したら・・・。

 

「レモン・・・やだよ・・・。雛子まで倒れちゃうなんて・・・やだよお・・・。

 だからもう・・・やめてよ・・・。雛子が傷つくのなんて、見たくないよお・・・。」

 

 雛子までが倒れてしまう。その危険性の方が遥かに高かった。

 もう、自分の名前を取り繕う暇さえなくなったレミンは、嗚咽を漏らしながら雛子に懇願する。

 これまではプリキュアがいる限り、雛子たちがいる限り、どんな絶望的な状況だって必ず覆せると思っていた。

 故郷であるフェアリーキングダムが救われたことで、レミンの中でその安心感は一層高まった。

 だけどそんな思いは、あまりにも容易く破壊されてしまった。

 そして今、要と千歳は、再び勝ち目のない戦いに身を投じている。

 もしもまた負けてしまったら、大好きな要も、大好きな千歳も、もう戻って来れないかもしれない。

 そんな不安の中で、雛子までが危険に身を投じようとしている。

 意識だけを絶望の闇から救い上げるなんて、これまで試したことすらないから、失敗する可能性の方が遥かに大きい。

 そして失敗は、雛子が倒れることを意味している。

 自分がどれだけ酷いこと言っているかなんてわかっている。

 雛子に蛍を見捨てることなんてできないこともわかっている。

 だけど、蛍が倒れ、要と千歳が敗北し、雛子が疲弊している今の状況で、レミンはこれ以上、誰かが傷つくのを見ていることなんてできなかった。

 

「レモンちゃん。」

 

 そんな自分を、雛子は微笑みかけながら優しく抱きしめてくれた。

 

「ありがとう、心配してくれて。

 レモンちゃんの気持ち、とても嬉しいわ。

 でも、私なら大丈夫だから。」

 

 雛子に励まされながら、レミンは自分の身を包む温かな光を感じ取る。

 

「雛子・・・?」

 

「レモンちゃんがそうやって、私のことを心配してくれる限り、私のことを想ってくれる限り、私の希望の光は絶対に潰えたりなんかしない。」

 

 そう力強く語る雛子の光が、ますます強さを増していく。

 こちらが懸念なんて吹き飛ばすほどの力強い光が、雛子を通じてレミンの身体を包んでいった。

 

「だから私は必ず、蛍ちゃんを助け出して見せるよ。」

 

 そして雛子の言葉が、雛子の光が、レミンの抱えていた不安を吹き飛ばしていった。

 だけど同時にレミンは、みんなの希望を信じられなくなっていたこと、そして何よりも蛍のことを見捨てようとしたことへの罪悪感を抱き始めた。

 

「雛子。レモンのことは私に任せて。」

 

 するとこれまで会話を聞いていただけのサクラが、自分の頭を優しく撫でてくれた。

 

「チェリー?」

 

「私たちはリビングで待っているから、蛍のこと、お願いね。」

 

「ええっ、任せて。」

 

 雛子の頼もしい言葉を聞いた後、レミンはサクラに連れられながら千歳の部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 サクラはレミンを落ち着かせるために、リビングへと訪れる。

 レミンをソファに座らせながら、窓から外を一望すると、色を失った街の景色が広がっていた。

 目の前に映るモノクロの世界が、自分たち以外の音が聞こえない静寂な世界が、今の蛍の心を表しているのではないかとさえ思い始めた。

 

「チェリー・・・。」

 

 するとレミンが、堪えきれない涙を流しながらこちらを呼んだ。

 

「ごめんなさい・・・レモン・・・蛍に、蛍に酷いことを・・・ごめんなさい・・・。」

 

「レモン・・・。」

 

 酷いこと、と言うのは、雛子の身を案ずるあまり、蛍を助けようとする雛子を止めてしまったことだろう。

 それは暗に、蛍を見捨てようとしたのだと、きっとレミンは自分を責めているのだ。

 だけどサクラは、そうは思わない。

 サクラはレミンを優しく抱きしめ、頭を撫でる。

 

「謝らなくていいわ。ずっと不安で、怖かったものね。

 レモンはよく、頑張ってるわ。偉いよ。」

 

 レミンが蛍のことを見捨てようと思ったわけではない。それくらいは分かっている。

 ただ今日は、あまりにもショックな出来事が立て続けに起きてしまった。

 自分ですら、いっそ夢であって欲しいと思っているくらいなのに、まだ幼いレミンにとっては、殊更ショックが大きかったはずだ。

 そんな中でもレミンはずっと、泣くことも嘆くことも我慢して、みんなに迷惑をかけないように振る舞ってくれた。

 それでもついに、抱え込んでいた不安が爆発してしまったのだ。

 相手が姉のように慕っている雛子の身に関わることであれば、猶更だ。

 だから、彼女を責めるつもりなんてない。

 むしろ、ずっと堪えていたことを褒めてあげたいくらいだ。

 

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」

 

 それでもレミンはすすり泣きながら、サクラの胸に顔を埋めてずっと謝り続けた。

 謝らなければきっと、レミン自身が納得できないから。

 だからサクラは何も言わず、レモンの気が落ち着くまで謝罪を聞き続ける。

 彼女のごめんなさいを聞き続けながらふと、千歳の部屋の方へと視線を向けた。

 

(蛍・・・。)

 

 出来ることなら自分の方こそ、蛍に謝りたいところだった。

 あの子がリリンのことで悩んでいたのはわかっていたはずなのに、リリンの正体がリリスではないかと言うことにも、蛍の態度から勘付いていたのに、そして何よりもパートナーなのに、何も出来ず、何もしてあげられなかった。

 何て声をかけていいのかわからなかったから。どう接していいのかわからなかったから。

 事の成り行きを見守ることしか出来なかったから。

 でも今は、そんな蛍のために力を尽くしてくれる人たちがいる。

 今でも蛍を助けるために、身を危険に晒してまで全力を尽くしてくれる人たちがいる。

 蛍を助けてあげられなかった言い訳なんてたくさん思いつくのに、蛍にしてあげられることが何も思いつかないなんて、自分への情けなさと不甲斐なさでいっぱいだ。

 それでも蛍を助けようとしてくれる3人の心が、サクラには純粋に嬉しかったのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 1つ深呼吸を置いた後、雛子は改めて蛍と向き合う。

 これから自分は、かつて千歳がフェアリーキングダムの人にそうしたように、絶望の闇に触れて彼女に直接話しかけようとしている。

 あの時千歳の声を聞いた人たちはそのまま闇の牢獄から解放されたが、今回ばかりはそう、上手く行くとは思えない。

 蛍を闇から救い出せるのは、彼女が想いを寄せるリリスだけ。そんな確信が雛子にはある。

 それならばリリスを説得して、ここまで連れてこようかとも考えたが、ベッドの上に横たわる蛍は、変わらず虚空を見つめながら絶望の闇を発しており、時間が経つにつれて漆黒さを増している。

 このまま時間が経てば経つほど、蛍の心はより深い闇へと沈んでいく。

 手遅れになる前に、自分がせめてもの足掛かりになるしかないのだ。

 

(レモンちゃん、心配してくれてありがとう。

 チェリーちゃん、あなたの分まで頑張るわ。)

 

 かつてレモンに注意された時も、愛子を助けるために相当な無茶をした。

 でも大切な友達を助けたいと、守りたいと思えば思うほど、希望の光と言うのは不思議と輝きを増していった。

 だからきっと、今回も大丈夫だ。

 例えどれだけ絶望に触れようとも、希望は潰えたりしない。

 もう、絶対に迷わない。自分の望みはただ1つ、蛍を助けること。

 蛍に許してもらいたいなんて思っていない。嫌われたままだっていい。

 自分ただは、あの子の笑顔をまた見たい。それだけなのだ。

 

「・・・よし。」

 

 両手に希望の光を込めた雛子は、蛍の手を優しく握る。

 

 

 キライキライキライ

 みんな大キライ!!

 

 

 その瞬間、蛍の絶望の声が一気に頭の中に流れ込んできた。

 

「うっ・・・。」

 

 幸せを壊された悲しみと嘆き。そして全てへの憎悪。

 ありとあらゆる負の感情が渦巻き、雛子の脳内を掻き乱していく。

 

「蛍・・・ちゃん。」

 

 絶望の声が頭を掻き乱す中、雛子は自我を強く保つ。

 そして必死に蛍の名前を呼び続ける。

 

「蛍ちゃん、蛍ちゃん、蛍ちゃん!!」

 

 自分の手に纏う絶望の闇を通じて、蛍に声が届くことを信じて。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 ダークシャインの熾烈を極めた攻撃は、瞬く間にキュアスパークとキュアブレイズを追い詰めていく。

 その強烈な一撃が炸裂する度に、目の前に広がる景色が歪み、リリスの思い出の欠片を砕いていった。

 

「はあっ!」

 

 キュアスパークが片手から雷を放つも、ダークシャインは片手をひと薙ぎするだけでかき消す。

 そのまま手に闇を纏い、キュアスパークへと距離を詰めていくが、キュアブレイズが炎の盾を展開しながら割り込んでくる。

 だがキュアプリズムの盾さえ一撃で破壊したダークシャインだ。

 案の定、炎の盾は1秒も持たずに砕かれたが、その一瞬の隙を突いてキュアスパークが背後に回り込みキュアブレイズと挟み撃ちを仕掛ける。

 だがダークシャインは空中で身体を捻り、手刀でキュアスパークを、足でキュアブレイズを蹴り飛ばした。

 そして2人に向けて黒いロッドを構え、闇の光線を放つ。

 蛍の浄化技がそのまま反転した闇の光線は、ソルダークの巨体さえも飲みこむほどの大きさだ。

 

「千歳!当たるなよ!」

 

「わかってるわ!」

 

 キュアスパークとキュアブレイズは寸でのところで回避するも、直線状にある建物は全て破壊されていく。

 だがダークシャインは再び2人に狙いを定めた後、闇の光線を続けざまに放って見せた。

 浄化技を一度放てば力を使い果たしていた蛍とは違い、2度、3度と連続で光線を放っていく。

 やがてダークシャイン光線が、噴水公園の中心に向けて放たれた。

 そして蛍と一緒に過ごした景色が闇に飲み込まれた後、そこには何も残っていなかった。

 噴水も、中央にそびえ立つ大時計も、2人で過ごしたベンチも、何もかも。

 

「それでいいのよ、ほたる。」

 

 その光景を見ながらリリスは、無表情で淡々と呟く。

 

「あなたも、あたしも、思い出も、この場所も。」

 

 胸の奥が冷たく凍てついていくのを感じる度に、自分が自分でなくなっていく。

 

「なにもかも全部、壊れてしまえばいいわ。」

 

 否、きっと、戻っているのだ。

 心なき行動隊長だったあの頃に・・・。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 要はダークシャインの攻撃を必死で掻い潜りながら攻めの機会を伺うが、ダークシャインが闇の光線を放つ度に、夢ノ宮商店街の景色が壊されていく。

 これまでのように戦いが終わり、闇の牢獄が解除されれば全てが元通りになるのはわかっているが、幼き頃から育った町が廃墟と化していく様を見るのはとても心苦しかった。

 それでも今は、そんな感傷に浸ることは許されない。

 前と同じで、あの一撃を受けたらそれで終わりだ。

 だが攻撃している間、ダークシャインはその場から一歩も動く気配がなかった。

 あれほどの強大な攻撃だ。ダークシャインとは言え反動の制御で手一杯なのだろう。

 そこに付け入る隙があるはずだ。

 要は持ち前のスピードをフルに駆使して、ダークシャインの猛追を掻い潜りながら隙を伺う。

 幸いにも、千歳も自分に追従してくれている。

 隣に走る千歳にアイコンタクトを送ると、向こうもこちらの意図に気付いてくれたようだ。

 そして少しずつダークシャインと距離を詰めていく中で、要は千歳のスピードとダークシャインの攻撃のタイミングを計りながら、その時を見極める。

 

(今だ!)

 

 そしてダークシャインが闇の光線を撃つタイミングに合わせて、軌道を反らしながら彼女目掛けて直進する。

 真横擦れ擦れを闇の光線が走る中、要はついにダークシャインへ肉薄した。

 そして反対方向からは千歳が同じタイミングで飛来する。

 予想通り、攻撃中のダークシャインはその場から動く様子がない。

 こちらに気付いたダークシャインは即座に光線を撃つのを中断するが、それよりも早く要は彼女を間合いに捉えた。

 

「これで、どうだ!!」

 

 ありったけの雷を込めてダークシャインへと繰り出す。

 その反対側から千歳が炎を纏った拳を繰り出す。

 ダークシャインとはいえ、この挟撃はかわせない。

 だが要がダークシャインに触れた瞬間、手に纏う雷が一瞬で消し飛ぶのだった。

 

「なっ!」

 

 驚きながら反対側を見ると、千歳の纏う炎も同じように打ち消される。

 それでもこちらの攻撃はダークシャインを捉え、後退させることには成功するも、彼女はまるで応える様子を見せずに全身から衝撃波を放った。

 要と千歳は吹き飛ばされながらも態勢を整える。

 

「希望の光を打ち消すあの子の特性は、常に身に纏っている力にも付与されている、と思って良さそうね。」

 

 先ほどの現象を千歳は冷静に分析する。

 こちらの手応えは確かにあったから、意識的に発動していない能力では削げる力に限界はあるのだろう。

 それでもダークシャインはまるでダメージを受けている様子がない。

 こちらの渾身の攻撃を叩きこんだところで、無意識化で発動する彼女の特性に無力化されてしまう。

 要するに、自分たちの攻撃なんて最初から届きもしなかったのだ。

 

「ははっ、こりゃ敵わんわ。」

 

 要は自嘲気味に呟く。

 元より勝てる見込みのない戦いとは思っていたが、まさか一矢報いることすら敵わないとは。

 ここまで圧倒的な力の差があると、もう乾いた笑いしか出てこなかった。

 

「絶望した?」

 

 そんな要に千歳がどこかからかう様子で声をかける。

 

「まさか。」

 

 要は余裕の笑みを浮かべて千歳の質問に答える。

 今、この場において重要なのは、なぜリリスがこの噴水公園を戦いの場に選んだのか、だ。

 この場所はリリスと蛍が最も長い時間を過ごした場所だ。

 もしかしたらリリスは、この場所を壊すことで、この世界への未練を断ち切ろうとしているのかもしれない。

 だが未練を断ち切ると思うこと自体、なんて『人間的』な考え方だろうか。

 心を持たないようなものが、そんな価値観を抱くとは思わない。

 未練があると言うことは、リリスはこの場所に僅かながらでも価値を感じていると言うこと。

 それが分かった今、いくらでも粘り続けることが出来る。

 蛍が、リリスの前に戻ってくるその時まで・・・。

 

「っても、このまま続くとちょっとキツいかな?」

 

 だがそれはそれとして、要は自分でも素直だなと思う言葉を呟く。

 

「今は雛子と、蛍を信じて戦いましょう。」

 

 そして千歳の言葉を受けて、再び己を奮い立たせる。

 そして今一度、蛍を助けると言う決意を胸に秘めながら、千歳と共にダークシャインに挑むのだった。

 


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