ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第21話・Aパート

 幸せの終わり!闇の戦士、ダークシャイン誕生!

 

 

 

 学食堂で昼食を終えた千歳たちは、その後も残って談笑していた。

 

「終わった~!明日から楽しい夏休みの始まり始まり~!」

 

「要、声が大きいわよ。」

 

 はしゃぐ要を雛子が注意する。

 勉強嫌いの要は学校から解放されたことを大いに喜ぶが、一方で千歳の心境は複雑だった。

 この世界の学問について学ぶことが大好きな自分からすれば、学校を休まなければならないのは少々物寂しいものだし、そもそもまだこの世界の娯楽に精通していないものだから、1か月も休みを貰ったところでどう時間を過ごせばいいのか分からないのだ。

 

「真と愛子、未来と優花と遊ぶ約束しとるし、あっ、健太郎と野球やる予定もあったな。

 それからかな子とも・・・。」

 

 一方で要は、友達と遊ぶだけでもポンポンと予定が飛んでくる。

 この街に住んでいる期間が自分よりも長いことを差し引いても、彼女の交友関係の幅の広さは1つの美点であると思う。

 

「何でもいいけど、私たちと過ごす予定もちゃんと空けておきなさいよ。」

 

 そんな要に雛子が釘を入れるが、要は蛍の方を見てニヤリと笑う。

 

「わかってるって。

 みんなで海と、泊まり会やろ?」

 

「うん、ありがとう。」

 

 蛍はそれに静かに微笑む。

 だが登校時よりは多少良くはなったものの、未だにいつもの元気な様子は見られなかった。

 

「あっ、でもわたし、お盆は実家にかえらなきゃいけないから。」

 

 すると聞き覚えのない言葉を蛍が口にする。

 

「お盆?」

 

「この国に伝わる風習で、ご先祖様の霊を祀る祭事のことを言うの。」

 

 千歳が首を傾げると、雛子が簡単に説明してくれた。

 8月の中ごろに行われるこの祭事では、家元のお墓を参拝するために帰省する人が多いそうだ。

 雛子はこの街の出身だが、蛍と要は違う。

 蛍は元々住んでいた田舎に、要は関西へと帰るようだ。

 

「ひさしぶりにおばーちゃんに会えるの、たのしみなんだ。」

 

「蛍ちゃんのところのおばあちゃんって、どんな人?」

 

「とってもやさしくて、料理が上手なおばーちゃんなの。

 おかーさんは、おばーちゃんから料理をおそわったんだって。」

 

 雛子が問いかけると、蛍は嬉しそうに祖母のことを語り始める。

 少しだけ明るさの戻った様子に千歳は少しだけ胸を撫でおろす。

 

「あっそれとね、この髪留め、小さいころ、おばーちゃんからもらったプレゼントなの。」

 

「あら、そうだったの。」

 

 蛍の髪留めをよく見てみると、確かに僅かに色褪せており、年季が入っているのがわかる。

 だが傷らしい傷はついておらず、蛍はこれ以外の髪留めを付けてきたこともない。

 蛍が祖母からのプレゼントを大切にしているのは見れば明らかであり、それは蛍が祖母のことを母親と同じくらいに慕っている何よりの証拠でもある。

 

「ふふっ、そっか。機会があればお会いしてみたいな。」

 

 そんな蛍の話を、雛子はどこか嬉しそうに聞いていた。

 そういえば雛子との会話では、彼女の祖母についての話題がちょくちょく上がっていた。

 もしかしたら雛子はおばあちゃんっ子なのかもしれない。

 祖母を大切に思う気持ちを誰よりも理解しているのだろう。

 

「ウチもおじいとおばあからお駄賃貰えるの楽しみやな~。」

 

「こらっ、祖父母に集るんじゃないの。」

 

 一方で要は蛍とは全く別の次元で祖父母に会うのを楽しみにしており、雛子が鋭くツッコミを入れる。

 そんな相変わらずの対応の違いが面白いものだから、千歳はつい吹きだしてしまう。

 

「そうゆう雛子のとこは、ふー姉が帰ってくるんやないの?」

 

「ふーねー?」

 

 すると要から聞いたことのない人物の名前が挙がった。

 自分だけでなく蛍も首を傾げていると、要がニヤリと笑いながら説明する。

 

「雛子のお姉ちゃんのこと。」

 

「えっ!?おねーちゃん!?」

 

 要からの思わぬカミングアウトのようで蛍がびっくりして身を乗り出して来た。

 

「ひなこちゃん、おねーちゃんいたの!?」

 

「あらっ、そう言えばまだ言ってなかったわね。」

 

「藤田 風子って言って、ウチはふー姉って呼んでるの。

 今は都会の大学に通っているから、実家を離れて1人暮らししてるってわけ」

 

 なぜか雛子ではなく要が、雛子の姉について説明する。

 

「だからなんで要が話すのよ。

 まあ今年の夏は色々忙しいから、顔だけ見せてすぐに帰るって言ってたけどね。」

 

「そっか・・・さみしいね。」

 

 姉との再会がすぐに終わってしまうことを蛍は寂しく思ったようだが、当の雛子本人はどこか呆れた様子でため息を吐く。

 

「そうでもないのよ・・・。

 姉さんすっごい気まぐれで、思いついたら連絡もなくいきなり家に帰ってくるような人なの。

 蛍ちゃんがここに引っ越して来てからも、実は何回か家に来たことがあって。」

 

「え・・・そだったんだ。」

 

「ああ、相変わらずやなあの人・・・。」

 

 と思いきや、雛子の言葉に蛍は呆気に取られてしまう。

 兄弟姉妹は得てして似るものではないと言うのは知っているが、それでも大人びて知性的な雛子の姉、と言うイメージからは想像できないほどの自由人な姉であるようだ。

 この中では割と自由な要ですら苦笑しているのだから、よほどの人なのだろう。

 

「千歳ちゃんは、故郷に帰る予定とかはないの?」

 

「えっ?私?」

 

 すると雛子が話題を変えようと思ったのか、そんな質問を千歳に飛ばして来た。

 だがフェアリーキングダムにも祖先の霊を祀る祭事はあるが、その季節は夏ではない。

 この時期に故郷へ帰る、と言う感性は千歳にはピンと来ないものだ。

 

「ほら、お盆ってことを考えなくても、夏休みは1か月もあるのだし、どこか時間を作ってフェアリーキングダムに戻ることも出来るのじゃないかなって。」

 

 疑問に思っていた千歳に対して雛子が言葉を足してフォローする。

 

「ああ、そうね。それも少し考えたけど、今回は止めにしておくわ。」

 

「どうして?ウチらの力が必要やからとか、そんな遠慮だったらいらんよ?」

 

 そんな要の気遣い千歳は苦笑する。

 確かにこの世界からフェアリーキングダムへ向かうには、プリキュア全員分の力が必要になってくる。

 だけど今更この子たちにそんな遠慮なんていらないのは、千歳にもわかっているのだ。

 それでも気を遣ってくれたことに内心、お礼を言いながら千歳は事情を話す。

 

「そうゆうわけじゃないから、安心して。

 ほら私、この世界で暮らしていくことを意識し始めたのって、フェアリーキングダムの一件が終わってからなの。

 だからもし、今の時期に故郷に帰ってしまったら、故郷を恋しく思う気持ちが強くなってしまう気がして。

 だからここでの生活に慣れるまでは、故郷に戻るべきじゃないって考えているだけよ。」

 

 この世界言うところの『ホームシック』に当たる心理状態だ。

 フェアリーキングダムが救われるまでは正直、生きた心地がしなかったものだから、千歳がこの世界生きていることを意識し始めたのはつい最近のことである。

 そして前回、アップルの出張騒動で実感したが、自分はまだここでの暮らしに慣れてきたとは言い難い。

 加えて少なくとも、ダークネスを退けるまではこの世界に滞在するつもりなので、それなりの長期間ここで生活していくことになる。

 今のタイミングで故郷に帰ってしまうと、故郷を懐かしむ気持ちがこの世界での生活に影響を及ぼす可能性があるのだ。

 

「千歳は真面目だね~。」

 

 そんな千歳に要が、どこか感心したような呆れたような声をかける。

 千歳もその言葉に苦笑する。

 自分でも自覚があるくらい、不器用な選択だと思っている。

 父と母に会いたい気持ちは山々なのだから素直に帰ればいいとアップルにも言われたくらいだ。

 だけど本音を言えばそれだけではない。

 みんなにはまだ話していないことだが、ここで暮らすようになってから千歳には1つ、考えていることがあるのだ。

 その考えがまとまったとき、そのことをまず父と母に話さなければならないだろう。

 故郷に帰るのはきっと、その時でも遅くはないはずだ。

 

「それじゃ、千歳ちゃんもお盆休みはこっちに残るんだ。」

 

「ええ、そうするつもりよ。」

 

「それなら、この街の図書館とか案内しよっか?

 この国の歴史や世界史の本とか、千歳ちゃんが好きそうなものを紹介するわ。」

 

「それは、是非目を通してみたいわ。」

 

 雛子からの思わぬ申し出に、千歳に早速夏休みに楽しみが1つ生まれるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 みんなで夏休みの予定について話している中、蛍はふと、リリンのことを考えていた。

 最後に会ったとき、リリンと次に会う約束をすることができなかった。

 かつてと同じ、リリンとは2度と会えないのではないかと言う不安が蘇ってきたのだ。

 

「蛍ちゃん、どうかしたの?」

 

 そんな蛍の様子を見て、雛子が心配そうな声をかけてきた。

 

「んんっ、なんでもないよ。」

 

 何でもない、と言いながらも、蛍の胸中に広がる不安は収まらない。

 

「なつやすみは、リリンちゃんにあえるかなっておもっただけ・・・。」

 

 だから蛍は、無意識の内に不安を口にしてしまった。

 そんな蛍の言葉に、千歳が眉を潜めて口を開く。

 

「ねえ、蛍。」

 

「なに?ちとせちゃん。」

 

 どこか神妙な面立ちで千歳が声をかけてくる。

 

「・・・もし、もしもだけど、リリンが・・・。」

 

「わたし、かえるね。」

 

 だが蛍は、千歳が言い切るのを待たずに、冷たい声で遮った。

 そのまま席を立ち、帰り支度を始める蛍に、3人とも驚いた様子を見せる。

 

「え・・・?蛍。」

 

「ごめんね、夕飯のおかいものしなきゃいけないの、わすれてたの。

 だからみんな、またね。」

 

 その言葉を残し、蛍は3人から立ち去るようにいそいそと学食堂を後にするのだった。

 

 

 

 

 商店街へ向かいながら、蛍は千歳が自分にかけようとした言葉を思い出す。

 

「・・・もう、ちとせちゃんったら、なにを言いだすのさ・・・。」

 

 違う。千歳はまだ何も言ってない。

 何も言っていないはずなのに、蛍にはあの時の言葉の続きが分かってしまったのだ。

 

「そんなわけなんか・・・ないのに・・・。」

 

 千歳だけじゃない。要も雛子もきっと気づいている。

 みんな、自分と同じでリリンのことを・・・。

 

「そんなわけない。そんなわけない。そんなわけない。」

 

 違う。自分の考えだってきっと間違っている。

 ううん、間違っているに決まっている。

 それなのにどうして、こんなに苦しいの?

 どうしてリリンのことを疑うの?

 リリンがいてくれたから、自分は幸せになれたのに。

 リリンの優しさがあったから・・・。

 

「そうだよ。みんな、まちがってるよ。」

 

 千歳も要も雛子も間違っている。

 自分だって、間違って・・・

 

「・・・あれ?」

 

 自分だって間違っている?でも何を間違っているの?

 みんなと同じだから間違っているの?

 だとしたら、やっぱりリリンは・・・。

 

「ちがう・・・。」

 

 違う。でも正しいとしたら、リリンは誰なの?

 リリンはどこに住んでいるの?家族は?学校は?友達は?

 リリンがどこの誰なのか、答えられるの?

 

「ちがう・・・。」

 

 自分は正しいの?間違っているの?

 間違っているとしたらどっち?正しいとしたら誰が?

 

「ちがう、ちがう、ちがうちがうちがう。」

 

 ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう

 

 何度も何度も何度も何度も、蛍は頭の中で同じ言葉を繰り返していく。

 自分の思いも、千歳の言葉も、全てを否定するために。

 

「・・・はやく、買い物終わらせて帰ろ・・・。」

 

 ふと、脳裏に噴水広場の光景が広がった。

 蛍は縋るような思いで広場へと足を運ぶが、結局リリンとの再会は叶わないのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 重たい足取りと空気の中、雛子は要と千歳と一緒に下校していた。

 

「蛍の様子を見て思ったのだけど。」

 

 千歳がこちらを見据えて声をかける。

 

「もしかして、気づいたのじゃないの?

 リリンの正体に。」

 

「・・・やっぱり、そう思う?」

 

「っ・・・。」

 

 その言葉に頷く要とは対照的に、雛子は息を飲むしかできなかった。

 何よりも恐れていた事態が、ついに来てしまったのだ。

 

「元々蛍は聡明な子よ。

 これまでリリンの正体に気が付かない方が不思議だったくらいに。」

 

 千歳の言う通りだ。

 物事の真理を直観的に見抜くことができるほど蛍の感性はとても鋭く、的を得ることができるものだ。

 かつてフェアリーキングダムを救ったとき、蛍はその感性で世界を救うために必要なことを間違うことなく掲示したことがある。

 そんな彼女ならば、リリンの言動がどこかちぐはぐで不可解であることに気がつくはずだ。

 少なくとも千歳から行動隊長に関する情報が持たされた時点で、リリンの素性を怪しむことができたはずだ。

 それなのに蛍は、つい最近までリリンを疑うことはなかった。

 リリンを疑うなんて選択肢が、蛍には最初から用意されていなかったのだ。

 

「それだけ、リリンのことが大切やったってことなんやろな・・・。」

 

 要が辛そうな表情でそうぼやく。

 要自身も、蛍の友達だと言うだけでリリンの事を無条件に信頼していた。

 リリンを心から慕っている蛍はその比ではないだろう。

 それだけに今の蛍の心境は、想像することもできない。

 リリンがリリスであること。

 蛍のことを憎み嫌い、何度も襲い掛かって来たと言う事実を、急に突き付けられたところで受け入れられるわけがないのだ。

 

「・・・ねえ雛子、このあたりが限界だと思わない?」

 

「え・・・?」

 

 すると千歳が真剣な表情で問いかけてきた。

 その言葉の意味するところを、雛子は理解しながらも言葉を返そうとはしなかった。

 

「・・・蛍とリリンが再会する前に、リリスを・・・倒すのよ。」

 

「っ・・・。」

 

 だが千歳はそんな逃げ道を与えてくれなかった。

 正面から突き付けられた言葉に、雛子はただ俯くしかできない。

 

「まだ蛍は、リリンと次に会う約束をできていない。

 蛍に知られる前にリリスを倒すことができれば、リリンはもう2度と、蛍の前には現れないわ。

 蛍とリリンを再会させないまま、全て『無かった』ことにする。

 それが・・・蛍にとって、一番良い選択肢だと思わない?」

 

 苦しげな表情で千歳がそう提案する。

 今のうちにリリスを倒すことができれば、蛍はリリンの正体を知らないままに、リリンと一生別れることになる。

 だがそんなことが蛍にとって良い選択なわけがない。

 真実を知ってしまうこととどちらが残酷かなんて知らないが、リリンと一生会えなくなることは蛍を深く悲しませることになるなんて分かり切っていることだ。

 千歳だって、そのことを知っているはずだ。

 だから彼女は今、とても辛い顔をしているのだ。

 それでも千歳は蛍を守るために、リリスを倒す覚悟を決めている。

 例え蛍を悲しませる結果は変わらないとしても、蛍のことを守るために、苦しい思いを抱えて戦おうとしているのだ。

 

「でも・・・。」

 

 それに対して自分はどうだろうか?

 何が正しくて、何が間違っているかなんてわからない。

 まして蛍のために何が一番良い選択肢かなんてわかるわけがない。

 それでも蛍のことを悲しませたくないから、リリスを・・・リリンを蛍の前から消してしまうことには、同意することができなかった。

 

「雛子、もうこれしか方法がないのよ。」

 

「でも、私は・・・。」

 

「・・・わかったよ千歳。」

 

「要!」

 

 そんな中、沈黙を続けてきた要が千歳の意見に同意した。

 

「どのみち、リリスと戦うことは避けられないやろ?

 それにもしリリスが本当に蛍のことを傷つけるつもりなら、ウチだって容赦しない。

 だからウチは千歳の話に乗るよ。

 蛍よりも先にリリスを、リリンを見つけて・・・戦う。」

 

「ありがと、要・・・。」

 

 要の言葉に千歳はどこかホッとした表情を浮かべた。

 要の言葉を注視してみれば、全面的に千歳に同意しているわけではない。

 あくまでも千歳の想定通り、リリスが蛍を傷つけるのであれば賛同すると言っているだけだ。

 それには千歳も気づいているだろう。

 それでも以前、千歳が1人でリリンのことを疑っていた時、自分たちは彼女の意見に賛同しなかった。

 だから要が協力する意思を見せてくれたことが嬉しかったのかもしれない。

 それに、要の言葉だって本気だ。

 もしも最悪の状況が待ち受けていた場合、リリスを倒すことを躊躇わないのだ。

 要も千歳と同じだ。

 例え蛍を傷つける結果になったとしても、蛍を守るためにリリスと戦う覚悟を決めている。

 

「私は・・・。」

 

「無理しなくていいよ、雛子。」

 

「・・・誰よりも蛍を大切に思っているあなたには辛い決断だものね。ごめんなさい。」

 

 要と千歳が優しく声をかけてくれるが、その言葉はいっそう、雛子のことを追い詰めた。

 誰よりもなんてことはない。

 この場にいる全員が蛍のことを同じくらいに大切に思っている。

 ただ自分は、2人のように覚悟することができないないだけだ。

 このままリリスを放っておけば、蛍の身に危険が迫ることを知っている。

 2人の決断は正しいと分かっているはずなのに、蛍のことを傷つけたくないからと我儘で駄々をこねているだけだ。

 でも2人の判断は正しいから止めようとも思わない。

 蛍を傷つけてしまう苦しみも、罪悪感も、全てを2人に押し付けてしまっている。

 そう、自分はただの卑怯者だ。

 自分の代わりに2人が苦しい思いを抱えることを、蛍が傷つくところを見ることしか出来ない、どうしようもない卑怯者なだけだ。

 

「それじゃあ、今日から噴水広場の見張りをしていきましょう。」

 

「了解。リリンの狙いが蛍なら、必ずまたあの場所に姿を見せるだろうしね。」

 

「・・・待って。」

 

 だからせめて、雛子も1つだけ覚悟を決めた。

 

「・・・私も、ついてくわ。・・・戦うことはできないかもしれないけど、ついてく。」

 

 せめて、2人の覚悟を最後まで見届けようと。

 それが2人につらい決断を押し付けた卑怯者の自分にできる、精いっぱいの償いだから。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 モノクロの世界。

 アモンより招集を受けたリリスが玉座の間へ訪れると、既にサブナックとダンタリアの姿があった。

 そして玉座にはアモンが腰掛けている。

 

「来たか、リリス。」

 

「はっ。」

 

 行動隊長が3人揃い、アモンの前で片膝をつく。

 

「君たちに集まってもらったのは他でもない。

 光の使者プリキュアを倒すための切り札が、直に完成するのだよ。」

 

「なんですって・・・?」

 

 リリスは驚きながら顔を上げる。

 サブナックとダンタリアも、その言葉に驚愕を隠せずにいた。

 これまでアモンはずっと研究室に籠りっきりでかの地への侵略は自分たちに一任してきたが、全てはその切り札とやらを創るためだったのだろうか?

 

「アモン様、その切り札とは?」

 

「その前に1つ聞きたいことがある、リリス。」

 

「なんでしょうか?」

 

「キュアシャインの正体を突き止めることはできたかね?」

 

「っ!?」

 

 アモンの問いに、リリスは苦い表情を浮かべて言葉を失うが、やがて擦れた声で答える。

 

「・・・はい。やつの正体なら既に突き止めてあります・・・。」

 

「そうか、ご苦労だったな。ではもう1つの任務の方は?」

 

 アモンの言うもう1つの任務とは当然、キュアシャインを絶望させることを指している。

 

「そちらは・・・まだです。」

 

 正体を突き止めてから早2週間と2日が経過しているが、まだリリスは任務を達成できていなかった。

 キュアシャインを絶望させる。

 その任務の意味を今一度噛みしめたリリスは、殊更苦しい表情を浮かべる。

 そんな様子を、アモンはフード越しでも伝わるほど興味深そうに眺めていた。

 アモンのことだから自分が正体を突き止めたこと、そして続く任務を達成できていないことくらい、わかっているだろう。

 分かっていながら敢えて問いかけているのだ。

 自分の様子を観察するために。アモン自身の観察欲を満たすために。

 そのことをリリスは不快に思いながら、アモンから視線を反らす。

 

「クククッ、それなら逆に好都合だ。

 もし絶望させていたら、これの完成がまた遅れるところだったからな。」

 

 リリスはアモンの言葉に首を傾げる。

 アモンがキュアシャインの潜在能力を危険視しているからこそ、正体を暴き絶望させ、戦力を奪うと言う任務が下されたのだと思っていただけに、自分が任務を達成できていない状況を好都合と言う意図がわからなかった。

 サブナックとダンタリアも、その言葉を訝しむ様子を見せている。

 

「それは一体、どういう意味でしょうか?」

 

「リリス、君にこのカードを授けよう。」

 

 だがアモンはこちらの疑問など無視して、1人話を進めていく。

 フードの袖から一枚の黒いカードを取り出し、こちらに投げつけて来た。

 

「これは・・・?」

 

「『ディスペアー・カード』。この戦いを終わらせるための切り札だよ。」

 

 アモンの言葉を聞きながら、リリスはそのディスペアー・カードを手に取り観察する。

 かの地の紙札とは異なり、金属で作られたのかと思うほどに硬く、厚みもあるので強く握ってもしなることはない。

 だが不思議なことに重さは感じられず、まるで空気を手に取っているかのようだ。

 

「そのカードをソルダークに与えれば、ソルダークを超えた最強の兵士、『ネオ・ソルダーク』を生み出すことができるのだ。」

 

「ネオ・ソルダーク・・・。ソルダークを超えた兵士。」

 

 アモンから聞かされた名前をリリスは反復する。

 ソルダークに代わる次世代の兵士を創り出すことが、アモンの目的なのだろうか?

 それもプリキュアとの戦いを終わらせることができるほどの、強大な力を持つ兵士を。

 だがここでリリスは疑問を抱く。

 ディスペアー・カードから感じられないのは重量だけではない。一切の闇の力を感じないのだ。

 ソルダークにプリキュアを倒せるほどの力を与えるのがこのディスペアー・カードの役割だと言うが、どうしてもそのようには見えなかった。

 

「だが、そのカードにはまだ何の力も込められていない。謂わば空っぽの器だ。

 そのカードを完成させるには、多くの人々から絶望の闇を集め、注ぐ必要がある。」

 

 そんなこちらの疑問に答えるかのように、アモンがディスペアー・カードについて語る。

 だが絶望の闇を集めるだけならば、この世界に無尽蔵に蔓延する絶望の闇を注げば済むだけの話だ。

 アモンがわざわざ『多くの人々』と言うからには、人から直接、絶望の闇を抽出しなければ意味がないのだろう。

 最も、絶望の闇については使い手であるリリスたちも全容を把握していないが、リリスは特に興味を抱いたことはない。

 戦うための力として自在に操れるのであれば十分だからだ。

 解明は目の前にいるアモンがやればいい。

 

「つまり、かの地から絶望の闇を集め、このカードを完成させろと言うわけですか?」

 

 だからリリスは何の疑問を抱くこともなく、アモンが自分に下そうとしている指令を先に口にする。

 

「その通りだよ。」

 

「ですが、より多くのと言うからには、相当数の人間が必要となるのでしょう?

 この切り札とやらは、すぐには使えないと言うことですか?」

 

 ここでリリスは、アモンの説明から疑問に思ったことを口にする。

 科学者であるアモンが『多くの』なんて不確定な言葉を使うと言うことは、どれほどの人から絶望の闇を集めればいいのか、その数は検討が付いていないのだろう。

 つまりこの切り札とやらは、いつ完成を迎えるかは想定することも出来ない。

 そんな不確定要素を多く含むこれが切り札たりえるとは思えなかった。

 

「そこで君に与えた任務と結びつくのさ。」

 

 だがアモンの答えにリリスは目を見開き、その意味を悟る。

 

「キュアシャイン。そのカードに込めるのはやつの絶望だけでいい。」

 

 予想通りの答えを聞き、リリスは2つの意味で衝撃を受けた。

 1つはキュアシャインを・・・蛍を絶望させなければならないことを今一度突き付けられから。

 そしてもう1つは・・・。

 

「それは、そのカードを完成させるのに必要な力を、キュアシャインの絶望1つで賄えると言うことですか?」

 

 ダンタリアが疑問を口にしたように、キュアシャインの絶望がアモンの言う不特定多数の『多くの人々』に匹敵すると言われたからだ。

 

「その通りさ。

 あの子の絶望ならば、ディスペアー・カードを完成させるのに十分な力を秘めているだろう。

 そしてリリス、今の君ならばキュアシャインを絶望させることは容易いだろう?」

 

「っ・・・。」

 

 どこまでもこちらの内側を見透かしているようなアモンの言葉に、リリスは再び唇を噛みしめる。

 アモンは全て見通しているのだ。

 自分がキュアシャインから、蛍から信頼を得ていることを。

 その信頼さえ裏切ってしまえば、容易く絶望に堕とすことができることを。

 

「・・・ええ、あの子を絶望させることくらい、造作もありません。」

 

「クククッ、期待しているよリリス。

 君にはいくつもの指令を下していたが、それもこれで終わりだ。

 君に最後の一仕事を頼むよ。

 キュアシャインを絶望させ、ディスペアー・カードを完成させるのだ。」

 

「・・・はっ。」

 

 アモンから下された最後の指令をリリスは受け入れる。

 だがリリスは、かつて蛍からソルダークを生み出したときのことを思い出す。

 あのソルダークはキュアブレイズを相手に互角以上に戦って見せた。

 途中で急激なパワーダウンがなければ、間違いなくこれまでのソルダークの中で最も強い力を秘めていただろう。

 それを加味しても、アモンがプリキュアとの戦いを終わらせる『切り札』と称するほどの力があったとは思えなかった。

 

「・・・本当に、それほどの力が秘められているの・・・?」

 

 リリスは静かに疑問を口にするが、その声はアモンに届いていたようだ。

 

「リリス、希望と絶望の因果について考えてみなさい。」

 

 だがここでアモンの口から思いもよらない言葉が飛んでくる。

 彼がこれまで、自分たちに特定の事象について思考してみろと言う指示が来たことはなかった。

 行動隊長として必要な知識は全て、製造される過程で脳内に情報を与えられているはずだからだ。

 

「なぜですか?」

 

「そこに答えがあるからだよ。

 私が君にこの指令を託した答えがね。」

 

「答え・・・?」

 

 だが結局、その言葉の意味もわからぬまま、リリスはかの地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 学校を終えてからの週末。

 蛍は土日とも商店街を訪れ、噴水公園も屋台のある広場も見回ってみたが、リリンの姿を見つけることはできなかった。

 結局、心に抱えた不安が晴れないまま、蛍は夏休みを迎えることになった。

 去年とは違う、一緒に遊ぶ約束をした友達のいる夏休みなのに、リリンに会えないと思うだけで蛍の心に影が生まれる。

 それ今回は、訳も分からないうちにリリンが行方を眩ましてしまったのだ。

 これまで以上に、もう会えないのでは?と言う不安が生まれてしまい、蛍はこの数日、心ここにあらずと言える生活を送っていた。

 

「・・・おはよう。」

 

「おはよう蛍。

 最近寝ぼすけさんね。学校が終わって気が抜けちゃったの?」

 

「・・・ううん、そうゆうわけじゃないけど、ちょっと長めに寝てたかっただけ。」

 

「そう・・・。」

 

 そんな蛍の様子を、両親が心配しないわけがない。

 だけど母にも父にも、どう説明したらよいのかわからなかった。

 この胸に渦巻く不安は、リリンと会えないことだけじゃない。

 答えのない・・・『知りたくない』と思う漠然とした靄がかかっているのだ。

 説明の出来ない、言葉通り言いようのない不安が蛍の心を覆い尽くしている。

 自分でも、今の自分の事がわからないのに、両親に話すことなんてできるわけがないのだ。

 

「もう朝ごはん出来ちゃってるから、食べたら流しに出しておいてね?」

 

 そう言いながら母は仕事に行く支度をする。

 蛍は夏休みでも、両親はお盆まで仕事だ。

 

「ううん、わたしが洗っておくよ。」

 

「蛍、起きてたのか。」

 

 すると母と同じく仕事へ行く支度を終えた父が、階段から下りてきた。

 

「おとーさん、おはよ。」

 

 朝食の前に両親を見送ろうと蛍は玄関に立つ。

 すると両親が優しく微笑みながら話しかけてきた。

 

「蛍、今日はお母さん少し早く帰ってくる予定だから、夕飯はお母さんが作るわね。」

 

「え?」

 

「せっかくの夏休みだし、最近あまり元気がなさそうだから、蛍はのんびり休んでいなよ。」

 

「毎日お母さんのために、お家の仕事頑張ってるものね。」

 

「おとーさん、おかーさん・・・。」

 

 毎日仕事を頑張ってるだなんて、2人の方がよっぽどそうなのに、この数日元気のない自分の事を両親は気遣ってくれている。

 そんな両親の気遣いを嬉しく思う一方で、何も話せないことを申し訳なく思う。

 少しでも両親の助けになりたいからと、今まで家事も勉強も頑張ってきたのに、結局自分は2人に心配をかけてばかりだ。

 

「ありがとう。いってらっしゃい。」

 

「いってきます、蛍。」

 

「それじゃ、いってきます。」

 

 せめて両親を笑顔で送ろうと無理をしてみたが、作り笑いであることは見抜かれているだろう。

 

「蛍、本当に大丈夫?」

 

 すると両親を見送りドアを閉めたタイミングで、チェリーが姿を見せた。

 

「チェリーちゃん・・・。」

 

 大丈夫、なんて強がりはチェリーの前では通用しない。

 思えばこの数日、夜寝るときはチェリーに沿ってもらっていたし、ずっと彼女にも甘えっぱなしだった。

 それでもこの鬱屈とした気持ちが晴れることはなかった。

 

「ねえ、チェリーちゃん。朝ごはんたべおわったら、噴水公園まで散歩にいかない?」

 

 もう一度、リリンと会うしかない。

 みんなにこれ以上の迷惑をかけないためにも、そしてこの気持ちを片付けるためにも、それ以外の道が思いつかなかった。

 

「・・・うん、わかったわ。」

 

 そんな蛍の言葉を、チェリーは少し寂しそうな顔で承諾してくれたのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 夏休み初日。

 千歳たちはリリンを探すために商店街を訪れていた。

 要と雛子の他にもベルとレミンが、そして今回は珍しくリン子も一緒だ。

 

「平日なのでてっきり仕事かと思いましたよ。」

 

「この前休日に働いた分休めって言われちゃった。」

 

 要の言葉にリン子は微笑みながら答え、千歳は深くため息を吐く。

 つまり上司に言われなければ今日も仕事に行くつもりだったのだ。

 2人分の生活費と自分の学費を稼ぐためとはいえ、上からストップが入るなんて働き過ぎである。

 

「だから今日くらいは家で休んでなさいって言ったのに。」

 

「蛍のことを考えれば、家でのんびりなんてしていられないわよ。」

 

「・・・わざわざ、ありがとうございます。」

 

 仕事のない僅かな時間の中で協力してくれるリン子に、雛子が神妙な面立ちでお礼をする。

 その隣でレミンは悲しそうな表情を浮かべていた。

 千歳と雛子が違う意見で衝突していることを、そして蛍の知らぬ間に彼女からリリンを奪うことを、レミンは悲しく思っているのだ。

 雛子とレミンの様子を見て、千歳は表情を曇らせる。

 自分がこれからすることは、2人の思いを踏みにじることになるのは分かっている。

 それだけじゃない。

 蛍に全てを隠す以上、蛍はこれから起きる出来事を知らぬまま、リリンとの別れを経験させることになる。

 そう、誰も救われず、みんなを悲しませるだけの結果に終わってしまうのだ。

 そんなことは分かっている。分かっているのだ。

 それでも・・・

 

(それでも・・・私がやるしかないのよ。)

 

 これ以上、リリンを友達と慕う蛍の心を利用されるわけにはいかないから。

 リリスは行動隊長、かつて自分の故郷を侵略したハルファスとマルファスと同じ存在。

 やつは人の姿を真似た悪魔だ。

 幼き少女の姿を偽っていても、その本質は変わらないはずだ。

 蛍を騙すも利用するも、そして慕っていると知ってその手にかけることも、何も躊躇わずにできるはずだ。

 かつて故郷であるフェアリーキングダムは、人を真似たハルファスとマルファスに気を許すあまり侵略を容易に許してしまった。

 あのような過ちを、もう2度と繰り返すわけにはいかない。

 行動隊長の本質をこの目で見てきた自分だけでも、非情に徹して構えなければ、本当に守りたいものも守れないのだ。

 

(そう・・・あの子を守るために、私は・・・。)

 

 一瞬、自分が守りたいものは本当に、蛍のことだけなのか?と疑問が脳裏をよぎるが、千歳はすぐさま心を立て直す。

 今の自分に弱気なんていらない。

 必要なのは、非情に徹することのできる強さだけだ。

 

「2人とも、あそこ。」

 

 すると要が、噴水公園に佇む1人の少女の姿を見つけた。

 長い黒髪をなびかせながら、見慣れた場所に佇む、見慣れた少女の姿を。

 

「リリン・・・。」

 

 千歳は震える拳を無理やり抑えながら、リリンの姿を見据える。

 

「みんな、行くわよ。」

 

 毅然とした声で千歳は全員に声をかける。

 心のどこかでほんの少し、全て間違っていてほしいと願いながら。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 5日ぶりにかの地へと降り立ったリリンは、いつもの噴水公園で蛍を待っていた。

 以前蛍の言葉に取り乱してしまい、次に会う日を約束することができなかったが、蛍のことだからあれから毎日、自分がここに来ているのかを確かめに来ているだろう。

 そう、今まであの子がずっと、そうしてきたように。

 まだ時の感覚を上手く掴めず、蛍と会うのも不定期だった頃も、彼女は自分に会いたい一心でここを頻繁に訪れていた。

 だから蛍は今日もここに来るはずだ。

 そうリリスは『信じている』。

 こちらの正体に気付かず、疑わず、ただ一歩踏み出す勇気を与えてくれた恩人として、蛍は自分の事を慕っているから。

 

(・・・本当に、バカな子よね・・・。)

 

 自分がどんな目的を持って近づいたのかも知らずに。

 そして今日、何のためにここへ来たのかも知らずに。

 リリンはディスペアー・カードを忍ばせたポケットに手を当てながら、これまでのことを振り返る。

 ソルダークを造るために蛍に近づき、道具として利用するために再会し、信頼を得るためにトモダチの仮面を彼女の前で被り続けた。

 だがいつしか、あの子と一緒にいる時間から安らぎを得るようになっていった。

 今にして思えば、キュアシャインに乱された心を、あの子に安らいでもらっていただなんて、何と滑稽な話だろうか。

 それでもいつしか蛍は、自分にとって道具以外の価値を見出せる存在となっていった。

 そしてキュアシャインの正体を知ってしまったとき、蛍のことをどうすれば良いのかわからなくなっていった。

 キュアシャインへの憎しみを消すことも、蛍から得た安らぎを手放すことも出来ず、答えを見つけられないまま、ここまで来てしまった。

 だけどもう・・・

 

(もう、終わりにするのよ。

 今日で何もかも・・・全て・・・。)

 

 サブナックとダンタリア、そしてアモンにまで蛍の正体を知られた以上、もう後戻りなんてできない。

 仮に自分が躊躇ったところで、キュアシャインの力を危険視しているサブナックたちと、利用しようと目論むアモンが彼女を逃すはずがないのだ。

 それならばいっそ・・・自分の手であの子を・・・。

 

「ほたる・・・。」

 

 整理できない多くの感情が混濁する中で、リリンは蛍の名前を呟く。

 その時、

 

「リリン。」

 

 こちらの名前を呼ぶ少女の声が聞こえた。

 ハッと顔をあげたリリンは、待ちわびた少女の名前を呼ぶ。

 

「ほたる?」

 

 だが目の前に映ったのは蛍の姿ではなかった。

 

「残念、私よ。姫野 千歳。

 覚えているかしら?リリン。」

 

 恐らくはキュアブレイズに変身する青髪の少女、姫野 千歳だった。

 その隣には森久保 要と藤田 雛子の姿があり、さらにその後ろには1人の成年と千歳たちよりも幼い少女、そして長身の女性の姿もあった。

 

「・・・何のようかしら?」

 

 普段蛍には見せたことのない、冷たい言葉で千歳に質問する。

 千歳は以前、こちらの様子を監視していた。

 自分の正体に間違いなく気づいているだろう。

 そして恐らく、後ろについている要と雛子も。

 だけど同時に、あの2人がキュアスパークとキュアプリズムであることも間違いないはずだ。

 

「少し話があるの。ついてきてくれるかしら?」

 

 千歳の言葉には怒りの感情が隠しきれておらず、ほとんど脅迫に近い形の物言いだが、どうにも様子がおかしい。

 こちらの正体を暴き、こうしてわざわざ接触してきたと言うことは、間違いなく自分を倒すために来たはずだ。

 それなのに最も強い力を持つ蛍の姿がない。

 ここでリリンは1つの仮説を立ててみた。

 もしも蛍に自分の正体を明かしていたら、あの子は間違いなくショックを受けるだろう。

 自分が蛍を絶望させるために、同じ手段を取ろうとしているように。

 千歳たちはきっと、蛍のことを気遣って彼女には伏せているのだ。

 そして蛍に内密のまま、自分の事を倒しにここに来たのだとしたら?

 

「・・・ええ、いいわよ。」

 

 リリンは千歳の言葉に承諾する。

 蛍にはまだ正体を知らされていない。

 そして千歳たちは蛍を置いてここまで来た。

 もしこの状況を上手く利用することができれば・・・

 

(こいつらからほたるを、奪うことができるかもしれない・・・。)

 

 リリンは千歳たちに案内されるままに噴水公園を離れるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 噴水公園を訪れた蛍は、リリンの姿を探しながら初めて彼女と会ったときのことを思い出していた。

 まだこの街へ引っ越して来たばかりの頃、人見知りの強くて臆病な自分が不安に押し潰されそうになっていたとき、リリンは優しく声をかけてくれた。

 悩みは話すだけでも楽になるからと、抱えていた不安と悩みを全て聞いてくれた。

 そして、一歩踏み出す勇気のおまじないを、教えてくれた。

 リリンとの出会いがあったおかげで、自分はほんの少しの勇気と一緒に今の幸せを手に入れることができた。

 リリンがいたから今、幸せな日々の中を生きているのだ。

 

(リリンちゃん・・・どこなの・・・?)

 

 その幸せが今、蛍の手から零れ落ちようとしている。

 以前リリスと戦ったとき、どうして彼女がリリンと交わしたときの会話に答えるような言葉をぶつけてきたのか?

 どうしてリリンはこれまで一度たりとも、彼女自身のことを話そうとしなかったのか。

 そして脳裏に蘇るのは、千歳がかつて送った忠告。

 

 

 見知らぬ人の姿を見かけたときは警戒して。素性を知らない相手には特にね。

 

 

 素性を話そうとしないリリン。

 リリンに問いかけたはずの答えを代わりにぶつけてきたリリス。

 それらが蛍に1つの事実を突きつけてくる。

 

(ちがう・・・そんなはずない。)

 

 何度も何度も繰り返し自分に言い聞かせ続けてきた言葉だ。

 だがどれだけ言い聞かせても、脳裏を過る1つの答えを消し去ることはできなかった。

 それが蛍の心を蝕んでいき、幸せに満ちていたはずの世界を黒く塗りつぶしていく。

 

(リリンちゃん・・・。)

 

 もう、1人で抱え込みたくない。

 でも誰にも打ち明けられる相手がいなかった。

 要たちはリリンを疑っているし、事情を知らない両親には打ち明けられるはずもない。

 チェリーにだって、胸中に抱えた不安を語ることが出来なかった。

 自分を見るチェリーの視線で分かってしまったから。チェリーもきっと、気づいていたから。

 今の不安を振り払うには、もう一度リリンと会う以外なかった。

 リリンと会って、話をして、そして・・・否定してほしい。

 自分の悩みなんて、不安なんて、全て考えすぎだと。

 リリンは大切な友達で、恩人で、特別な人で、それ以上のなにものでもないのだと・・・。

 

(リリンちゃん・・・。)

 

 商店街を抜け、噴水公園を後にし、クレープ屋の前まで来てもリリンの姿は見当たらなかった。

 意気消沈した蛍はその場に佇み、沈んだ表情で視線を落とす。

 

「蛍、闇雲に探し回ったって見つからないし、一度噴水公園へ戻って待ってみてはどう?」

 

 すると鞄から首だけひょっこりと出していたチェリーが、蛍のことを案ずるように声をかけてきた。

 

「チェリーちゃん、うん、そうだね・・・。」

 

「リリンだってきっと、蛍に会いたいって思ってくれているはずよ。

 あの子が2度も蛍に黙って姿を見せなくなるなんてことはないわ。

 だから、元気を出しなさいって。」

 

「・・・ありがとう。」

 

 そんなチェリーの励ましを受けても、今の蛍の心が晴れることはなかった。

 それでも今は、落ち込んでいるわけにはいかない。

 もしまた会えたとき、自分に元気がなければ、リリンはきっと心配するだろう。

 自分とリリンは・・・友達なのだから。

 

「それじゃあ、公園までもどっろっか?」

 

 蛍が気を取り直して、噴水公園の方まで戻ろうと思ったその時

 

「・・・あれ?」

 

 急に、妙な胸騒ぎを覚えた。

 蛍はザワつく胸をおさえて辺りを見回す。

 

「蛍、どうしたの?」

 

「・・・なんだろ・・・これ?」

 

 周囲を見渡したところでリリンの姿が見つかるはずもない。

 それなのになぜか・・・

 

「リリンちゃん・・・?」

 

 リリンに、呼ばれているような気がした。

 胸に広がるザワつきはやがて蛍の感覚を研ぎ澄ましていく。

 

「蛍、大丈夫?」

 

 チェリーが不安げな様子で話しかけてくるが、蛍は気が付かなかった。

 意識は感覚を研ぎ澄ますザワつきにのみ集中され、やがて蛍は辺りを見回すのを止め、ある一点を凝視する。

 

「・・・あそこに、リリンちゃんが・・・?」

 

 あの方向は確か、川原のあるところだ。

 人気があまりないところなので、子どもたちがスポーツをするために時々集まることがあると、要から聞いたことがある。

 これが所謂直感だとしても、どうしてそんな人気のないところにリリンがいるのだろう?

 そしてなぜ、こんなにも胸騒ぎがするのだろう?

 

「蛍?」

 

 心配そうにこちらの顔を覗きこんでくるチェリーに、蛍は目線を合わせないまま答える。

 

「チェリーちゃん、川原のほうまでいってみよ。」

 

「え?」

 

「リリンちゃんが・・・いるかもしれない。」

 

「ちょっと、蛍!」

 

 チェリーの抗議も聞かないまま、蛍は川原へ向かって全力で走り出した。

 何だかよくないことが起こるかもしれない。

 そんな漠然とした不安を胸に抱えながら。

 


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