ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第2話・Aパート

 勇気を胸に!蛍、波乱の転校初日!

 

 

 

「ガァァァアアアア!!!」

 

 怪物の雄叫びが空から聞こえる

 蛍は一瞬だけ怪物の方を振り向き、着地点から離れようとするが、怪物が着地すると同時に、衝撃が起こり蛍に襲い掛かった。

 

「いたっ。」

 

 その場で尻もちをつく蛍。

 早く立ち上がろうとするも、足が震えて思う通りに動かなかった。

 

「やれ。」

 

 そして身動きが取れない蛍にめがけて、怪物が容赦なく拳を突き出した。

 

「きゃあああ!!」

 

 蛍は逃れられることが出来ず、怪物の拳を受けてはるか後方に吹き飛ばされる。

 その小さな体は、石垣に深くめり込んでいった。

 

「っ・・・いたた・・・、え?いたい?」

 

 痛い、とはどういうことなのだろうか?

 アスファルトさえ抉る怪物の腕力で思いっ切り殴り飛ばされた挙句、体が石垣にめり込んだのだ。普通に考えれば痛いで済むはずがない。

 だが蛍の体は一切の傷がついておらず、他にも異常があるようには思えなかった。

 あの一撃を受けても、蛍の体は無傷だったのだ。

 

「わたしのからだ・・・どうしちゃったの?」

 

 自分自身に起きた変化に困惑する蛍だが、怪物は尚も蛍のことを追い詰めて行く。

 石垣にめり込み、逃げ道を失った蛍めがけて、再び拳を繰り出した。

 逃げられない蛍は、反射的に両手を差し出すと。

 

「うけとめた!?」

 

 何と蛍の華奢な腕は、アスファルトを抉るほどの腕力を誇る怪物の拳を正面から受け止めたのだ。

 怪物の腕力=アスファルトを抉るほど、という図式が蛍の頭の中に定着していたのだが、それだけ蛍にとっては衝撃的かつショッキングな光景だった。

 普通に考えればどんな腕力自慢だろうと、人間に受け止められるはずがない。

 常識外れの力を身につけてしまい、蛍は自分自身が怖くなってきたが、逆にこれはチャンスだと思った。

 蛍は受け止めた怪物の拳を、力任せに押し出した。

 すると思った通り、怪物がバランスを崩しその場に転倒する。

 怪物に隙を作ることに成功したのだ。

 

「いっいまのうちに!」

 

 石垣から脱出した蛍は、すぐさまその場を走り去ろうとしたが、

 

「キュアシャイン!なんで逃げようとするの!!?」

 

 自分を連れて来た喋るぬいぐるみが、困惑と怒りを滲ませた声で話しかけてきた。

 だが蛍だってこれ以上、こんな恐ろしいところにいたくないのだ。

 

「だっだって、あんなおっきいかいぶつと、たたかえるわけないじゃない!!」

 

「大丈夫!プリキュアの力があれば、ソルダークと戦えるんだから!

 お願い!キュアブレイズと一緒に戦って!キュアシャイン!」

 

 だがぬいぐるみは尚も蛍に戦うように呼びかける。

 蛍は今一度、怪物の方に目を向けると、怪物の赤色の双眸が蛍を睨み付けてきた。

 

「そんなのむりだよおおお!」

 

 蛍は特撮やアニメに出てくるような、ヒーローでもなければ魔法使いでもない。

 現実の範疇で考えたとしても、訓練を積んだ自衛隊ですらない。

 ただの普通の女の子だ。

 いくら怪物と戦えるだけの力が身に付いたとはいえ、あんな恐ろしいものを相手に立ち向かえる勇気も度胸も持ち合わせているわけがない。

 泣き叫ぶ蛍に対して、怪物が再び拳を振り下ろしたその時、

 

「情けないわね。見ていられないわ。」

 

 真紅の魔法使いが、蛍と怪物の間に割って入ってきた。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 キュアブレイズはソルダークの拳を片手で受け止めた後、もう片方の手で思い切りソルダークを殴りつけた。

 ソルダークの巨体が大きく揺らぎ、無防備になったところを、キュアブレイズは逃さず追撃を浴びせていく。

 

「どうしたソルダーク。なぜいきなり押され始める?」

 

 リリスが疑問に思うのも無理はない。

 先ほどまでキュアブレイズを相手に引けを取らなかったソルダークが、突然力を大きく落とし始めたのだ。

 キュアブレイズもそれに違和感を覚えたが、ここで追撃の手を緩めるつもりはない。

 好機とばかりに徹底的にソルダークを追い詰めていく。

 蹴りで宙に浮かせ、拳の嵐を叩き込み、最後に頭部を踏みつけ跳躍し、ソルダークの真上から勢いよく踵落としを繰り出した。

 一連の攻撃を受けたソルダークは、地面に叩き付け、その場から身動きが取れないほどのダメージを負う。

 

「これで終わりよ!」

 

 キュアブレイズは拳に炎を宿し、地に埋もれるソルダークを目掛けて降下し、炎を纏った拳を突き付けた。

 キュアブレイズの拳を受けたソルダークは、全身を真っ赤な炎に焼かれ、直後巨大な火柱がソルダークの巨体を包み込んだ。

 

「ガァァァァァァァァァ!!!」

 

 ソルダークは断末魔と共に、跡形もなく消滅していった。

 

「キュアブレイズ、それに新しいプリキュアか。」

 

 リリスはその言葉だけを残し、姿を消したのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「すごい・・・」

 

 あっという間に怪物を退治してしまった魔法使いを前に、蛍は感嘆の声しか出なかった。

 すると、空を覆う闇が晴れ、戦いの中で壊れた道路や壁、建物が全て元通りに戻っていた。

 蛍は驚き、本当に全て夢だったのかと疑ったが、自分の姿はまだ元に戻らず、目の前にいる妖精と魔法使いの姿も消えていなかった。

 一連の出来事は夢幻なんかではなく、現実に起きたことなのだと、改めて突き付けられる。

 すると魔法使いがこちらへと歩み寄ってきた。

 一応助けてもらったのだから、一言お礼を言おうと思ったが、魔法使いは険しい表情で蛍を睨み付けてきた。

 

「あなた、何をしてるの?」

 

「え・・・?」

 

「ソルダークを相手に背を向けて逃げ出そうとするなんて、それでもプリキュアなの?

 ダークネスと戦い、世界を守ることが、プリキュアの使命ではないの?」

 

「えと・・・その・・・。」

 

 プリキュア、ダークネス。

 蛍にとってはこの場で初めて聞いた言葉ばかりであり、魔法使いの言うことが理解できなかった。

 だが反論しようとも、鋭い眼差しで睨み付ける魔法使いを前に怖気づき、上手く言葉を返すことが出来なかった。

 

「あの、キュアブレイズ、きっとこの子は、今日初めてプリキュアに変身したんだと思う。」

 

 そんな蛍に対して、喋るぬいぐるみが助け舟を出してきた。

 その言葉を聞いたキュアブレイズは、僅かに驚きの表情を見せる。

 

「・・・チェリー。」

 

「なに?キュアブレイズ。」

 

「明日には迎えに行くわ。今日は一日、その子の側にいなさい。」

 

「え?」

 

「プリキュアのこと。ダークネスのこと。

 この世界でこれから起こるであろうこと。それをその子に伝えなさい。

 キュアシャインと言ったかしら?

 あなたもプリキュアに変身した以上、無関係ではいられないわ。」

 

「そっそんな・・・。」

 

 そんなのは勝手な言葉だと、蛍は思った。

 少なくとも蛍は、このプリキュアと言うのになりたくてなったわけではないのに。

 

「あなたが戦わなければ、この世界がどうなるか。チェリーからちゃんと聞くことね。」

 

 この世界がどうなるか。

 そんな不穏な言葉を残し、キュアブレイズと呼ばれた魔法使いは、この場を立ち去ろうとしたが、チェリーと呼ばれた喋るぬいぐるみが彼女を呼び止める。

 

「まっ、待って、キュアブレイズ。他のみんなは?」

 

「・・・アップルは一緒にいるわ。後の2人は、まだ見つかっていない。」

 

 チェリーの質問に簡素に答え、キュアブレイズは今度こそこの場から離れるのだった。

 

「キュアブレイズ・・・。」

 

 立ち去るキュアブレイズを、チェリーは悲しげな表情で見送る。

 本当のことを言えば、蛍は今すぐこの非常識な事態から解放されたかった。

 だが、他のみんな、後の2人はまだ見つかっていない、と言う言葉を聞き、悲しい顔を浮かべるチェリーを1人で放っておけるほど、蛍も薄情にはなれなかった。

 

「・・・あの・・・チェリーちゃん・・・だっけ?」

 

 突然蛍に話しかけられたチェリーは、驚いてこちらを振り向く。

 

「え?うん、そうだけど。」

 

 声をかけたはいいが、何から話せばいいのかわからない。

 むしろ、こちらが話を聞きたいところではあるが、どちらにしても、喋るぬいぐるみと道端で話すわけにもいかず、

 

「・・・とりあえず、わたしのおうちに・・・くる?」

 

 一旦、家に招待することにした。

 両親が恐らく帰ってきているだろうが、チェリーにぬいぐるみのフリをしてもらえれば、上手く誤魔化すことは出来るだろう。

 生きているチェリーにモノの振りをしろと言うのは、少し心が痛むが。

 

「・・・じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します。」

 

 チェリーが承諾してくれたことに、少しだけ安堵する蛍。

 だが声をかけておきながら、蛍はまだ帰るわけにはいかなかった。

 

「・・・ところで、ひとつきいてもいい?」

 

「なに?」

 

「・・・このかっこう、もとにもどれる・・・よね?」

 

「・・・え?」

 

 無意識の内にこの姿に変身した蛍には、変身した時の記憶がないからだ。

 当然、変身を解除する方法を知らず、そもそも元の姿に戻れるかも分からない。

 だがチェリーはその言葉に、困惑と呆れの入り混じった表情を見せ、とりあえず力を抜けばいいんじゃない?というテキトー極まりないアドバイスをしてきた。

 蛍はそれを受けたが、力の抜き方も上手くわからず、結局人目につかないところに身を潜め、5分ほど時間をかけてようやく変身を解除したのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍はチェリーを連れて、無事に家に帰宅した。

 時計を見ると、時刻は15時20分を過ぎていた。

 大地を抉り街を壊す巨大な怪物を相手に変身して戦うと言うのは、特撮ヒーローのようにフィクションの世界かつ、視聴者の立場だからこそ楽しめるものだと、改めて実感する蛍。

 当事者の立場には、出来ることなら金輪際一切立ちたくないと思った。

 

「ただいま。」

 

「お帰り蛍。」

 

「蛍、遅かったじゃない。」

 

 家に入ると、既に帰宅していた父と母が、蛍を出迎える。

 

「ごめんね、おとーさん、おかーさん。」

 

「あら?見たことないぬいぐるみを持ってるわね。」

 

「えっ?・・・えと・・・。」

 

 早速カバンに入れているチェリーについて指摘された。

 

「ははん、さてはオモチャ屋さんかどこかに寄り道してたな。」

 

 だが蛍が言い訳を考える前に、父がそう言ってきたので、蛍もその話題に合わせて誤魔化すことにした。

 

「そっそうなの。ぐうぜんとおりかかったオモチャ屋さんでみかけて、カワイかったから、ついかってきちゃった・・・。」

 

 上手く自然と誤魔化せただろうか。

 昔から親に嘘をつくのが苦手だと言われてきた蛍は少し不安になる。

 

「その分のお金、来月のお小遣いからちゃんと引きますからね。」

 

 だが何とか誤魔化せたようだ。

 お小遣いを引かれたことに少しショックを受けるが、この場を無事切り抜けることが出来たのだから良しとしよう。

 

「だっだいじょうぶ。あとでちゃんとおかね、かえすからね。」

 

「よろしい。それじゃあ、今日はお母さんが夕飯を作るから、蛍はお部屋で、明日の準備をしてらっしゃい。」

 

「はーい。」

 

 父と母との会話を終えた蛍は、そのまま私室へと戻っていった。

 

 

 蛍の部屋は、両親から良く質素だと言われている。

 普段から部屋の片付けを心掛けているため、必要以上のものが出ていることがないのだが、そもそも私物が少ないのだ。

 勉強机の上にはノートと参考書と筆記用具。

 小物入れの中には裁縫道具と、携帯ゲーム機およびゲームソフトが数本。

 唯一レパートリーに飛んでいるのは本棚であり、蛍の趣味である料理とお菓子作りに関する本が多く並んでいる。

 そんな悪く言えば地味な部屋だが、蛍がピンクを始めとする暖色系の色を好んでいるため、カーテンの色やベッドのシーツは、ピンク色で統一されており、見た目だけなら華やかな部屋でもある。

 

「・・・もう、だいじょうぶかな?

 ごめんね。ぬいぐるみのマネさせちゃって。」

 

「気にしてないわ。この世界に妖精はいないのでしょ?

 怪しまれないようにぬいぐるみの振りをしなきゃいけないのは、わかってるから。」

 

 話を聞きながら、蛍は改めて目の前にいるチェリーを観察する。

 外見はピンク色のウサギのぬいぐるみのよう。

 大きさは20cm程度。姿形こそ可愛らしいぬいぐるみだが、

 それに反して言葉遣いや態度は落ち着いているように見えた。

 

「あの・・・このせかいってことは、チェリーちゃんはホントに、こことはちがうせかいからきたの?」

 

「ええ、私と、あの時一緒にいたキュアブレイズは、こことは違う別の世界から来たのよ。」

 

 改めて突き付けられる現実に蛍は言葉を失う。

 こことは別の世界とは、まるでSF映画に飛び込んでしまったかのような気分だ。

 

「それじゃあ、あのときたたかった、かいぶつたちも?」

 

「あれは、わからないわ。」

 

「わからない?」

 

「順を追って説明するわ。

 私たちの世界のこと、プリキュアのこと、ダークネスのこと、そして今この世界で、何が起ころうとしているのかをね。」

 

「・・・。」

 

 その話を聞くのは恐ろしいが、ここまで来て聞かないわけにはいかなかった。

 蛍は意を決して、これから話すチェリーの言葉に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「フェアリーキングダム。それが私たちのいた世界よ。

 この世界のように、機械や化学が発達しているわけではないけど、自然豊かで人間と妖精が手を取り共存している、とてもステキな世界だったわ。」

 

 妖精と人間が共存しているファンタジーな世界。

 それを聞き、蛍は幼少期に読んでいた童話の世界を思い描いた。

 

「そのフェアリーキングダムにはね、プリキュア伝説と呼ばれる伝説が、古くから語り継がれてるの。」

 

「プリキュア伝説?」

 

 あの時自分が変身した姿は、伝説上の存在なのだろうか?

 蛍がそう考えていると、チェリーは一つ間を置いてから伝説について語り始めた。

 

「黒き闇、空を覆わんと拡がりし時、4つの光、闇を照らすべく大地に降りる。

 其の名はプリキュア。汝は世界の希望なり。これがプリキュア伝説の序章よ。」

 

「・・・ふしぎなでんせつ。

 ひかりなのに、まるでひとみたいな言い方だね。」

 

「そうあなたの言う通り、ここに出てくる光、プリキュアと言うのはね、伝説の戦士、光の使者とも呼ばれ、絶望の闇と戦う光の戦士のことを指しているの。

 そして、この伝説で語られている絶望の闇こそがダークネス。

 あの時あなたに襲い掛かってきた、悪魔と黒い巨人のことよ」

 

 あの恐ろしい悪魔たちを思い出し、蛍は思わず身震いする。

 

「ダークネスはある日突然、私たちの世界へ侵略してきたわ。

 やつらがどこから来て、何を望んいるかはわからない。

 唯一わかることは、ダークネスの目的が、世界を闇で覆い尽くすということだけよ。」

 

「・・・せかいをやみで覆いつくすって、どうゆうことなの?」

 

「光も音も一切なくなり、そこにいる人々は全員、生きる気力を失う。

 何も見えない、何も聞こえない、人はただ、そこにいるだけの『モノ』になる。

 そんな世界にすることよ。

 その目的のために、やつらは闇の牢獄を生み出して人を閉じ込め、黒の巨人、ソルダークを創り出すの。」

 

 ソルダークとはあの怪物のことだろう。

 だが1つ初めて聞く単語があった。

 

「やみのろうごく?」

 

 首を傾げる蛍に対して、チェリーはやや躊躇うような素振りを見せてから、続きを話した。

 

「人を絶望させる為にダークネスが生み出す、目に見えない空間のことよ。

 そこに閉じ込められた人は、一切の五感を失うの。でも五感を失い、自分の姿も声もわからないはずなのに、ずっと頭の中に声が響き続けるの。

 絶望へ誘う、自分の声だけが。」

 

「っ!?」

 

 その瞬間、蛍の脳裏にあの時の記憶が蘇った。

 自分の声で、自分の内だけに秘めていた言葉がずっと繰り返されていくあの記憶。

 蛍は頭を押さえ、その場にうつ伏す。

 

「蛍!大丈夫!?」

 

「おもいだした・・・あのとき、わたし・・・。」

 

「・・・うん、蛍は闇の牢獄に囚われていたわ。

 闇の牢獄に囚われた人間は、無理やり心の内をさらけ出されて、絶望へと誘われるの。

 それが絶望の闇と呼ばれる力に変わる。

 やつらはその力を使って、ソルダークを創り出すのよ。

 そしてソルダークが、絶望の闇をまき散らし、その闇が、牢獄の強度をさらに強くする。

 闇の牢獄の強度が強まれば強まるほど、よりたくさんの人たちが囚われていくのよ。

 いずれは、世界中の人々を全て閉じ込めた牢獄になる。

 でもね、私たちの世界にダークネスが現れて、ソルダークが絶望の闇を撒き散らしていった時、フェアリーキングダムのある人が、プリキュアへと変身したの。」

 

「その人が、キュアブレイズなの?」

 

「ええ。悪いけど、あの人の正体はまだ言えないわ。

 でも私たちにフェアリーキングダムの人にとって、とても大切な人とだけ言っておくわ。

 キュアブレイズは1人でずっと、フェアリーキングダムを守るためにダークネスと戦い続けたわ。

 伝説の通りであれば、プリキュアは全部で4人いるはず。

 ダークネスの侵略で、世界がどんどん闇に覆われていく中でも、ずっと残りのプリキュアたちの誕生を願って、戦っていたの。

 でも、結局私たちの世界に、キュアブレイズ以外のプリキュアは誕生しなかったわ。

 キュアブレイズは、最後の最後まで戦い続けたけど・・・私たちの世界は・・・。」

 

 チェリーはその先を言うことが出来なかった。

 だが言わなくても、何があったのかはわかってしまった。

 フェアリーキングダムは、ダークネスの侵略を受けて、世界中に人々が皆、闇の牢獄に囚われてしまったのだ。

 皆、五感を失い生きる気力を失い、そこにいるだけの『モノ』となってしまった。

 この世界に逃げ延びて来た、キュアブレイズと、チェリーたち数人の妖精を除いて。

 

「だから私たちは、この世界へ逃げてきたの。

 一緒に逃げ延びて来た仲間たちとは、離れ離れになっちゃったけどね。」

 

「・・・。」

 

「そして、とうとうこの世界にもダークネスがやってきたわ。

 この世界も、絶望の闇で覆い尽くすために。

 でもようやく、2人目のプリキュアも見つけることが出来たの。

 それがあなたよ、蛍、いいえキュアシャイン!

 だからお願い!キュアブレイズと一緒にダークネスと戦って!

 あなた達プリキュアだけが、ダークネスと戦うことが出来る唯一の戦士なの!」

 

 チェリーの話を聞き終えた蛍は、チェリーの話を疑うつもりは無かった。

 彼女の言う通り、伝説の戦士プリキュアだけが、伝説に出てくる黒き闇、ダークネスと戦うことのできる唯一の光なのだろう。

 それに、ここへ呼んだ時点でチェリーから戦って欲しいと頼まれることは予想できていた。

 だけど、

 

「・・・ごめんなさい。

 わたし、ダークネスとたたかうことなんてできない・・・。」

 

 蛍は、チェリーの頼みを聞くつもりはなかった。

 

「え・・・?」

 

 蛍の返答に、チェリーは言葉を失う。

 

「わたし、運動なんて大の苦手だし、それに、いくらちからがあっても、あんなおっかないかいぶつとたたかう勇気なんてないよ・・・。」

 

 先ほどのように、どれだけ強い力を持ったとしても、臆病な自分では敵を前にして背を向けて逃げることしか出来ない。

 そんな自覚があるから、蛍は戦いを頼まれても断るつもりだった。

 

「でも今、キュアブレイズを助けられるのはあなたしかいないのよ!

 キュアブレイズは・・・ずっと1人で戦っているのよ・・・・。

 だからお願い、キュアブレイズを助けてあげて!」

 

 チェリーはキュアブレイズのことを心から心配しているのだろう。

 故郷を失っても尚、ダークネスと戦うキュアブレイズの心境は計り知れない。

 それを思えば心が痛むし、何て残酷なことをチェリーに言っているのだろうとも思うが、

 蛍は自分の意見を変えるつもりは無かった。

 

「それに、わたしみたいな、なんの取り柄のないひとだってプリキュアになれたんだよ?

 そのうち、わたしなんかよりずっとたよりになって、つよいプリキュアがきてくれるって。」

 

「・・・」

 

 言葉を失うチェリーの体は震えていた。

 

 

「・・・わたし、いまはじぶんのことだけで手いっぱいだから、だから・・・ごめんなさい・・・。」

 

 しばらくの沈黙の後、チェリーが重い口を開ける。

 

「・・・そう、ごめんね。無理なお願いしちゃって・・・。」

 

 チェリーは唇を震わせながらそう伝えた。

 その口調からは怒り、悲しみ、失意、失望を感じとれる。

 それでも蛍を責めるようなことは言わなかった。

 そんな彼女の優しさに、蛍も苦しい表情を浮かべる。

 

「・・・あの、キュアブレイズがむかえにくるのは明日なんだよね?

 よかったら今日、ここにとまってく?」

 

「ううん、いいわ。まだ見つけられていない仲間たちを探さなきゃいけないし・・・。」

 

 せめてものお詫びとして提案するが、断られてしまった。

 とはいえ、この状況では、承諾されても重苦しい空気が続くだけだろう。

 蛍はほんの少しだけ、断られたことに安堵する。

 

「そっ、そっか・・・。」

 

 だが蛍はふと、あることに疑問を抱いた。

 

「・・・ねえ、ひとつだけきいてもいいかな・・・?」

 

「なに?」

 

「チェリーちゃんたちは、いつこっちのせかいにきたの?」

 

「・・・いつだったかしら。

 暦なんてもう数えてないから、忘れちゃった。

 でも、この世界にも、季節はあるのね。」

 

「え?」

 

「私が来て少ししてからかしら?雪が降り始めたのは。

 この世界では暖房の設備が充実していたから、何とか冬も乗り越せたけど。」

 

 蛍はその言葉に息を飲んだ。

 去年、雪が降り始めたのは12月の頭だ。

 それより少し前と言うことは、11月頃。

 今が4月だから、半年近くもこの世界を放浪していたということになる。

 

「キュアブレイズとあえたのって、今日がはじめて・・・?」

 

「ええ、やっと見つけることが出来た。

 後は、はぐれてしまった2人の仲間を見つけるだけ。

 もう1人は、キュアブレイズと一緒にいるみたいだからね。」

 

「・・・。」

 

「・・・それじゃあ、私もう行くね。

 お話、聞いてくれてありがとう。

 それから、戦うつもりがなかったとしても、

 自分がプリキュアだってこと、誰にも話しちゃだめよ。

 当然、家族にもね。

 あなたのまわりの人たちを、危険に巻き込まない為に。」

 

「うん・・・わかった。ありがとう・・・。」

 

 こんな状況でも、チェリーは自分と周囲の身を案じてくれた。

 

「・・・じゃあね。蛍。」

 

 その言葉を残し、チェリーは窓から飛び去って行った。

 チェリーの姿が見えなくなるまで、蛍はその後ろ姿を見送る。

 

「これで・・・よかったんだよね。」

 

 戦う意思もなければ勇気もない。

 そんな蛍が戦いに出たところで、キュアブレイズの足枷になるだけだ。

 ちょうど今日みたいに。

 チェリーには申し訳ないけど、自分みたいな人間でもプリキュアになれたのだ。

 新しいプリキュアが見つかるのも、そんなに時間はかからないだろう。

 蛍がでしゃばらなければならない理由など、どこにもない。

 

「いまは・・・あしたからの学校をがんばらなきゃ。」

 

 今日、リリンから教えてもらった勇気のおまじない。

 それを胸に、明日から変わる。

 今日の出来事を振り切るかのように、そう強く願い、蛍はカーテンを閉めるのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 日が暮れ、闇夜が世界を包み始めた空に、リリスは姿を現した。

 この街にプリキュアがいるのであれば、しばらくはここを拠点とし、プリキュアの討伐も兼ねた方がいいだろう。

 キュアブレイズはまだしも、あのキュアシャインという戦士は容易く堕とせそうだ。

 同時にリリスは、今日の戦いを振り返る。

 ソルダークが突然力を落としたあの現象は、結局何だったのだろうか。

 

「所詮は脆い心から生み出したもの。力も不安定だったということかしら。」

 

 蛍といったか。今にも壊れてしまいそうな脆い存在。

 あんなものを素材としたから、不安定なソルダークが出来上がってしまった。

 少し目をかけたが、あまりアテにすべきではなかったのかもしれない。

 だがリリスは全くと言っていいほど失望はしていなかった。

 もとい自分にとってはどうでもいいことなのだ。

 弱くて脆い人間。

 そんな弱い人間から創りだされるソルダーク。

 この世界。

 そして蛍という少女。

 何もかもが全て。

 ただ与えられた命に従うだけ。リリスとは、行動隊長とはそういうものだ。

 とはいえ、今回のようなトラブルはなるべく避けたい。

 単純に作戦遂行の上での効率が悪くなるからだ。

 

「あんな小細工はもうおしまい。少し時間をかけて、より良い素材を探しましょう。」

 

 闇夜から地に降りたリリスは、その姿をリリンへと変えた。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 翌朝、蛍は自室の鏡の前に立っていた。

 新しい制服に袖を通し、黄色のリボンを結ぶ。

 鏡の前でおかしなところはないかをチェック。

 襟は乱れていない、リボンの結び目もバッチリ。

 スカートを翻し、折れていないことを確認。

 最後に前髪の両脇に、愛用のヘアピンを留める。

 よし。

 気合を入れた蛍は、ふと窓の外に目をやった。

 昨日の出来事が思い返される。

 思い返すと胸が痛むが、今は目の前のことに集中だ。

 今日から自分は変わって見せる。

 新しい学校で、ちゃんと人と話せるようになって、そして友達を作るんだ。

 蛍は胸の前で両手を強く握りしめる。

 

「がんばれ、わたし。」

 

 リリンから教わったおまじないの後、学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 晴天に恵まれた登校路を、森久保 要(もりくぼ かなめ)は足取り軽くスキップしていた。

 身長は160cmをやや上回るくらい。

 髪はオレンジ色のセミショートで、活発な印象を与える少女だ。

 夢ノ宮中学校の制服に身を包んだ要は、胸に結ばれた黄色のリボンに目をやる。

 去年の一年間は、先輩が身に着けていたこのリボンにほのかな憧れを抱いていたものだ。

 だが今日から新学年、つまり進級。とうとう自分にも念願の後輩が出来るのだ。

 誰しも一度は憧れを抱くだろう、先輩と呼ばれることに!

 それが楽しみで仕方なかった。

 それともう1つ、要には楽しみがあった。

 春休みに入る前から、密かに噂されていたこと。

 と、新学期開始に胸を躍らせながらスキップしていると、目の前に見知った後ろ姿を発見した。

 

「ひっなこ~!」

 

 スキップの勢いのまま、手にした鞄で盛大に背中をどついたのだ。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「きゃっ!」

 

 藤田 雛子(ふじた ひなこ)は、後ろを振り返り、要を鋭く睨み付けた。

 

「こらっ要!危ないでしょ!」

 

 身長は160cm程、要よりやや低いくらい。

 紫がかったストレートな長髪に丸い縁のメガネをかけた、

 知的な雰囲気を漂わせる少女だ。

 新学期早々、背中を鞄でどつくなどという愚行をやらかしたこの要とは、小学5年生からの付き合いである。

 

「はいはい、そう睨まない睨まない。」

 

 まるで悪ぶれた素振りを見せない要に、雛子はわざとらしくため息をついた。

 

「なっそれよりもさ、いよいよ今日やろ?噂の転校生が来るの。」

 

 両親が関西出身である要は、時折喋りに方言が混じる。

 

「またその話?言葉通り噂だし、来るとしても私たちのクラスにとは限らないじゃない。」

 

「い~やくるね!ウチの直感がそう告げている!」

 

 そんな根も葉も根拠もない直感よりも、針金を使ったダウジングの方がまだ信頼出来そうだ。

 

「いったいどんな子がくるんだろな~。

 男子だったら運動得意かな?スポーツで勝負したいな~。」

 

 早くも来ること前提で話を進めていく要。

 

「もし女子だったら・・・雛子はどんな子が来ると思う?」

 

「・・・なんで私に聞くのかしら?」

 

 一見すると何とでもない会話だが、

 要のあからさまに含みを持たせた言い方に雛子は目を吊り上げる。

 要もそれ以上は追及しないが、ヘラヘラと笑っていた。

 雛子にはわかっている。からかわれているだけなのだ。

 ならばムキになった方が相手の思うツボだ。

 これ以上相手のペースには飲まれまいと早歩きを始める雛子だが、要は歩調を合わせて隣を歩く。

 2人はそのまま、夢ノ宮中学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 市立夢ノ宮中学校。

 創立60年を超える由緒ある中学校だ。

 子供の夢を叶える為の学び舎であることを教訓とするこの学校は、授業のレベルが一般的な中学校の平均よりも高めになっており、中間及び期末試験の他、学力を図るための小試験も定期的に行われている。

 また、図書館に並ぶ参考書の質、量は目を見張るものがあり、様々な分野に関する参考書が並んでいるのだ。

 自習という形式ではあるが、早い段階で専門的な勉強も可能である。

 だがあくまでも市立であるこの中学校は、私立とは違って受験制度はない。

 学校付近の街に住む子供たちであれば、小学校を卒業したらそのまま入学することになるのだ。

 つまるところ、勉強が苦手で大嫌いな子どもたちからすれば、レベルの高い勉強を、望んでもないのに強要されるわけだ。

 要もその1人であり、それだけが中学生活における唯一の不満点であった。

 去年の1年間を思い出すだけでも鳥肌ものである。

 という話を以前雛子にしたところ、

 

 普段から勉強サボってる方が悪い

 

 という温もりの欠片もない言葉を浴びせられたものだ。

 全く、グチに対して本音のツッコミを入れるとは、酷い悪友である。

 

 登校した2人は新しい教室、2年1組へと足を運んだ。

 席は左端、最後尾の一つ前で、要と雛子は隣同士だった。

 実は去年のクラスも場所こそ違えど隣同士だった。

 ついでにいうと一昨年の小学校の時も。腐れ縁もいいところである。

 

「よっ、森久保。また同じクラスみたいだな。」

 

「要ちゃんおはよう。また一緒だね。」

 

「おーう、健太郎、かな子。」

 

 早速見知った生徒たちが、要に声をかける。

 要は男女問わず友人が多く、雛子にもそれは要の数少ない長所だと言われたことがある。

 数少ないは余計だ。

 

「ヤッホー、要、雛子。」

 

「要、雛子。おひさしぶり。」

 

「おっ真に愛子。な~んや、自分らも腐れ縁か?」

 

「おはよ。真、愛子。」

 

 柳原 真(やなぎはら まこと)。

 身長は要と同じくらい。

 茶髪のショートカットで、ボーイッシュな印象を与える少女だ。要とはスポーツ仲間である。

 

 宮内 愛子(みやうち あいこ)。

 身長は150cm後半。

 カールがかった金髪の少女で、一見するとおっとりとしたお嬢様のような雰囲気を漂わせるが、実は大の漫画好きである。

 2人とも、小学校の頃からの付き合いである。

 

「2人とも聞いてよ。何人かの生徒がさ。

 先生と一緒に教務室へ行く子を見かけたんだって。」

 

 早速真が例の噂話について、新着情報を仕入れて来た。

 

「おっその子、噂の転校生に間違いないな!男の子?女の子?」

 

 真の話に食いつく要。

 愛子もそんな2人の間に割って入り、転校生について妄想し始める。

 

「楽しみよね。今度はどんな子が来るのかしら。

 イケメン?美少女?やっぱり転校生ってだけで、なんか期待しちゃうよね。

 漫画では大体、ハイスペックの持ち主で・・・。」

 

「こら、皆して勝手な期待を押し付けないの。」

 

 盛り上がる要たちを雛子が注意する。

 確かに、まだ見ぬ転校生に対して余計な希望を抱くのは、少しデリカシーに欠けていたかもしれない。

 要たちがそう反省していると、

 

「皆、席につけ。」

 

 担任の教師である長谷川 勇人(はせがわ ゆうと)が教室へと入ってきた。

 身長は170付近。年齢は20代後半。

 まだ若いが、生徒たちの進路相談に最も親身になってくれる教師と評判だ。

 ちなみにメガネをかけた中々のイケメンであり、女子生徒の間では密かにファンクラブが作られているほどだ。

 さらに余談だが、そのファンクラブの中でも、メガネをかけたインテリ風イケメン派と、メガネを外したナチュラル風イケメン派とで派閥が別れているとかいないとか。

 とにかく女子に大人気の先生である。

 

「さて、春休み前に少し噂されていたかと思うが、今日からこのクラスに転校生がくるぞ。」

 

「おー!ほら雛子。ウチの言う通りやろ?」

 

「要、騒がないの。」

 

 直感が的中し、はしゃぐ要を雛子が諫める。

 

「さっ、入っておいで。」

 

 長谷川先生の合図と共に、転校生が教室へと足を踏み入れた。

 どんな生徒が入ってくるのかと、要は身を乗り出したが、

 

「・・・はい?」

 

 緊張のあまり表情と体をガチガチに固めた、

 小学生とおぼしき少女を目にし、要は思わず固まってしまった。

 


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