ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第19話・Bパート

 勉強会から数日が経過し、無事期末考査を終えることが出来た千歳たちは、真と愛子、未来と優花も交えた8人で学食堂を訪れた。

 中間考査の時と同様、午後で学校が終わるので、今日の学食堂はいつもよりも生徒の数が少ない。

 各々席についてお弁当を広げ始めるが・・・。

 

「えと・・・。」

 

「・・・。」

 

「あっあの・・・みんな、だいじょうぶ・・・?」

 

「気にしなくていいわよ。蛍ちゃん。」

 

 愛子が困惑し、雛子が無言でジト目し、蛍が不安げにあたふたする様子を優花がフォローしている。

 期末考査終了を祝ってみんなでお昼を食べよう!と言う蛍の企画に乗っ取ったのだが、場の空気はそんな祝杯ムードとは程遠かった。

 なぜなら・・・。

 

「む~り~。」

 

「おわった・・・。」

 

「頭使い過ぎてオーバーヒート・・・。」

 

 要、真、そして未来の3人がまるで世界の終わりを見たかのような絶望的なオーラを纏ってテーブルに突っ伏しているからだ。

 言葉の通り、要と真は試験の手応えがまるでなかったから、未来は頭の使い過ぎて疲れたからと理由に違いがあるものの、このメンツの中でムードメーカーとしての役割を担う3人がこぞって機能不全に陥っているものだから、明るい場なんて作れるはずもない。

 

「みっみんな、おつかれさま!

 試験がおわったから、あとはなつやすみをまつだけだよ!」

 

 そんな中でも蛍は健気に3人を励まそうとする。

 

「夏休み!」

 

「そうだった!」

 

「青春のアバンチュールが私らを呼んでるぜ!」

 

「この単純バカ。」

 

 そして蛍の励ましに露骨に復活する3人に対して、雛子が冷ややかな目でツッコミを入れる。

 

「あっでも、その前に来週試験の結果発表があったわね。」

 

「「・・・。」」

 

 さらに続く優花の言葉に、要と真は急転直下、露骨にテンションを落としてしまった。

 ちなみに試験の結果なんてまるで気にしていない未来だけは、いつもの調子を取り戻していた。

 

「はわわっ!かなめちゃん!まことちゃん!」

 

「そんじゃ!いただきまーす!」

 

 そして1人復帰した未来のマイペース過ぎる合図とともに、何とも言えない微妙な空気で昼食が開始された。

 

「ふっふたりとも、げんきだして。

 きょう、デザートにシュークリームつくってきたから、みんなでたべよ?」

 

「マジで!シュークリーム!?」

 

「蛍ちゃんの手作り!?ゴチになります!」

 

「え?えと・・・。」

 

 蛍が持参したシュークリームにつられて瞬く間に元気を取り戻した2人に蛍は困惑する。

 全く現金な子たちであると千歳は思うが、蛍がシュークリームを作ってきたと聞いた時目の色を変えたのは2人だけでなく、愛子と雛子も楽しみだと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 優花に至っては我先にとお弁当を食べ始めているくらいである。

 

「まあ、何にしてもようやく試験が終わったって感じよね。」

 

 ようやく楽しく昼食ができるムードを取り戻した中、愛子がどこか肩の荷が下りた様子でそんなことを言ってきた。

 

「ええ、いつも思うけど、この開放感は言葉にならないわ。」

 

 そんな愛子の言葉に雛子が同意する。

 

「あら?勉強好きの雛子もそんな風に思うことあるのね。」

 

 それを意外に思ったのは愛子だけではないようで、真と要も目を丸くして雛子の方を見ていた。

 雛子はややはにかみながら愛子に言葉を返す。

 

「さすがに毎日試験対策続きじゃ肩も凝るわよ。

 それに読書の時間が削られるのは嫌だし。」

 

「それもそっか。」

 

 そんな2人の会話を聞きながら、蛍も箸を止めて天を仰ぐ。

 

「そっか、今日からまた・・・。」

 

「蛍ちゃんも嬉しそうね。

 試験が終わって遊びたいこととかあるの?」

 

「え?」

 

 そう優花に質問された蛍は、少し逡巡した後ほんのりと頬を赤く染める。

 

「リリンか。」

 

「リリンちゃんだな。」

 

「噂のリリンちゃんね。」

 

 そして要、真、愛子にあっさりと心境を見透かされてしまい、蛍は顔を真っ赤にして俯いた。

 

「今日はリリンちゃんと会う約束をしてるの?」

 

「うっ、うん、おひるたべおわったら、いつものばしょにいくんだ。」

 

 蛍の言う、いつもの場所とは噴水公園のことだろう。

 

「そう言えば、最近あまりリリンとは会ってなかったみたいね。」

 

「うん、なんだかいそがしかったみたいで。

 今回はわたしがテストあるから、また日があいちゃったけど、そのぶん今日はいっぱいおしゃべりするやくそくなんだ!」

 

 嬉しそうに蛍は語るが、千歳の胸中にかつてリリンに抱いた懸念が蘇っていく。

 

(リリンが姿を見せなくなったのは、確か先月の頭から半ばまで。

 ・・・その期間は確か、リリスも姿を見せなかったはず。)

 

 そしてリリンと蛍が再会したのが確か運動会の前日。

 その翌日にリリスが姿を見せた。

 だがそれ以降リリスは今日まで襲撃にくることはなかったが、蛍はリリンと何度か会っている。

 そして今日に至るまで蛍の身に何かあったわけではない。

 自分の懸念が本当であった場合、あいつが変身前の蛍を何度も逃すようなことがあるだろうか?

 

(・・・まだ、結論を急ぐ必要はないかもしれないわね。)

 

 僅かではあるが、こちらの考えすぎである可能性もまだ捨てきれない。

 それに蛍は今日、リリンと会えることを楽しみにしている。

 リリンと過ごす時間は、間違いなく蛍にとって代えがたい幸せのひと時なのだ。

 であれば、そんな時間に水を差すようなことはしたくない。

 疑念が全て晴れたわけではないが、蛍が幸せな一時を過ごせるのであれば、温かく見守ってあげようと千歳は思うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 モノクロの世界。

 ダンタリアはかの地へ向かおうとするリリスの様子を観察していた。

 リリスは姿をリリンへと変えた後、黒霧に飲まれて姿を消す。

 だが姿を消す直前、ダンタリアは彼女が微笑むところを見てしまった。

 まるでかの地に赴くのを楽しみにしているかのように。

 

「あいつは出たようだな。」

 

 すると闇の中からサブナックが姿を見せた。

 

「ああ、とっておきの笑顔と一緒にね。

 よっぽど、あの子に会えるのが嬉しいと見えるよ。」

 

「・・・そうか。」

 

 そう言いながら、サブナックは僅かに顔を顰める。

 それが行動隊長としてのリリスを侮蔑するものなのか、それとも別の何かであるかは、ダンタリアにはわからない。

 ただ1つわかっていることは、サブナックがこれから何をなそうとしているかだけだ。

 

「君も行くのかい?」

 

「これしか方法はあるまい。」

 

 その言葉を残し、サブナックはリリスに続いて黒霧へと消えていった。

 ダンタリアはその残滓を見送りながら1人思う。

 使命を全うすること以外に価値観を見出すことができない行動隊長でありながら、リリスは1人の少女に惹かれている。

 なぜそんなことが『あり得た』のだろうか?

 そんな疑問についてしばらく考えると、1つだけ思い当たることがあった。

 

(・・・まさか、だがそんなことがあり得るとしたら、あの子はどうなるのだ?)

 

 1人考察を続けるダンタリアは、やがてアモンの研究室へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 噴水広場へと着いたリリンは、少し辺りを見渡してみる。

 今日が『テスト』とやらの最終日で、蛍はお昼を食べ終えたらここへ来ると言っていた。

 だからいつもよりも少し早い時間、正午を少し過ぎたあたりにこの世界に来たのだ。

 広間の大時計を見てみると、ちょうど13時を回り始めたところ。

 時を詠む能力は日に日に正確さを増していることに、リリンは少しだけ得意げになる。

 

(また・・・蛍に会える。)

 

 心の引っ掛かりが取れたわけではない。

 あの子と会うたびに胸が軋むのは変わらない。

 それでも、

 

「あっ、リリンちゃ~ん!」

 

「ほたる!」

 

 この子の笑顔を見たいと思う自分がいる。

 この子の側にいたいと思う自分がいる。

 

「ひさしぶり!リリンちゃん!」

 

「ほたる、あいたかった。」

 

「うん!わたしも!」

 

 いつものようにベンチに座り、いつものようにお喋りをする。

 テストの手応えがどうだったか、友達はどんな反応を見せたか、これから先何をして遊ぶか。

 昨日までの思い出、今日の出来事、明日への願望。

 多くのことが蛍の口から語られ、リリンはそれに相づちを打ち続ける。

 そんないつも通りの時間が、リリンの胸に染みこんでいく。

 

(やっぱり・・・この子といる時間は、特別だわ・・・。)

 

 フェアリーキングダムでの一見以降、忘れられていた安らぎが再び戻ってきている。

 もしかしたら彼女が・・・。

 そんな疑問ももはやどうでもよくなってきたほどに。

 それでもリリンはまだ、自分の中に刻み込まれた存在意義を否定することができないでいた。

 

(でもあたしは・・・行動隊長だ・・・。)

 

 ダークネスの行動隊長リリス。

 この世界を闇へと堕とすことが使命であり、それが絶対だ。

 それを忘れたつもりはないし、行動隊長としての自分を捨てたつもりもない。

 いずれはこの世界も、この子も、闇に堕とすつもりでいる。

 それが分かっていながらも、リリスは目の前にいる少女を、蛍と一緒にいる時間を求めてしまう。

 蛍と一緒にいると、これまで得ることの出来なかった何かが、手に入るような気がしたから。

 その時リリンの脳裏に、1つの考えがよぎる。

 

(・・・そうだ。

 せめてこの子がいる間だけでも、『リリン』として過ごすことができないかしら・・・。)

 

 ダークネスに時の概念は存在しない。

 悠久の時を経ても朽ち果てることはない。

 だが人間の寿命は長くてもせいぜい100年程度。

 それは限りない時間の中では、塵ほどの価値もないものだ。

 だからダークネスの使命を捨てることにはならない。

 ただ100年近い間だけ『リリン』でいるだけだ。

 

(だから、いいのよね?

 この子がいる間は、この子と一緒にいることを選んでも・・・。)

 

 自分の抱いた疑問から目を背け、耳を塞げば『答え』なんて何も見えてこない。

 知ろうとさえしなければ、この時間を失うことはない。

 それにプリキュアの正体が人間の少女であれば、やつらの時間にも限りがあるはずだ。

 今いるキュアシャインがどれほどの脅威だとしても、100年も経てば存在しなくなる。

 だからもう・・・。

 

「リリンちゃん?どうしたの?ボーッとしちゃって。」

 

「え?ごっごめんね。ちょっと考え事してて。」

 

 今の任務を放棄してしまっても、問題なんてないはずだ。

 

「ねえほたる。今から一緒にクレープたべにいかない?」

 

「うん!いいよ!」

 

 今の間、任務を放棄することになれば、もうキュアシャインへの憎しみを晴らすことは出来なくなるだろう。

 それでもこの子と一緒にいられるのなら・・・。

 そして、この子と離れるときが来たら・・・。

 

(そのときに、ダークネスの行動隊長リリスに戻ればいいんだわ・・・。)

 

 そのときにはもう、自分を縛るものは何もかもなくなっているはずだ。

 キュアシャインへの憎しみも。

 キュアシャインへの怒りも。

 そして、蛍への・・・。

 そう思い当たったとき、リリスの胸に柄も言えぬ空虚が生まれるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 ダンタリアは2度、3度ノックをした後、アモンが研究室として活用している王族の寝室を尋ねた。

 

「何か用かね?ダンタリア。」

 

 椅子に腰かけ、モニターから目を離さぬままアモンが話しかけてくる。

 

「アモン様。

 あなたは今、リリスの身に何が起きているのかご存知ですか?」

 

「ほう・・・。」

 

「あの子は今、人間の少女に絆され、行動隊長としての使命を放棄しています。

 だがなぜリリスにそのような変化が訪れたのか、我らを『造りになった』あなたなら、何か知っているのではないですか?」

 

「・・・クックック。」

 

 自分の質問を聞き終えたアモンは、フード越しでも分かるほどの笑みを漏らしている。

 

「何が可笑しいのです?」

 

「いや、すまんな。

 思っていたよりも『遅く』その質問をしてきたものでな。」

 

「なっ・・・。」

 

 だがアモンから予期せぬ言葉を返されてしまう。

 ただ時期が『遅かった』だけで、アモンはこちらがその質問をしてくることを想定していたのだ。

 

「リリスの身に変化が訪れていたことは、君たちも前からわかっていただろう。

 それとも、君自身が事の状況を受け入れられなかったから遅くなったのかな?」

 

 まるで心を見透かされたかのような言葉を続けられ、ダンタリアは黙り込む。

 そう、全てアモンの言う通りだ。

 リリスの変化には前々から気が付いていた。

 ただその変化があまりにも『信じられない』ことだったから、別の可能性を探ろうと観察を続けていたのだ。

 

「ダンタリア、これを見たまえ。」

 

 するとアモンは目の前の大型モニターにある画面を映し出す。

 そこには、リリスとサブナック、そして自分のものと思われるシルエットが映し出されていた。

 

「これは・・・僕たちですか?」

 

「その通りだ。君たちのデータは常に私の元で監視されている。

『創造主』である私が『作品』である君たちの監視をするのに、理由なんているまいな?」

 

「ええ、おっしゃる通りです。」

 

 だが監視されていたことはダンタリアにとっても想定内だ。

 それについて特に思うことはない。

 そんなダンタリアの淡々とした返答に、アモンはどこか満足そうに頷く。

 

「クククッ、君たちはそれでよいのだよ、ダンタリア。」

 

「どうゆう意味ですか?」

 

「モニターに映し出されている君たちのシルエットを見比べてみたまえ。」

 

 言われるままにダンタリアは、自分たちのシルエットを見比べる。

 自分のものと、サブナックのものには幾つかの線が水平に引かれていた。

 その一方でリリスの線は、不規則な曲線を描いている。

 波打つかのように描かれているそれは、かの地で見かけた心電図に似ているようだった。

 

「これは、まさか・・・。」

 

「そう、君たちの『感情』の波形だよ。」

 

「っ!?」

 

 そしてアモンの口から予想通りの、そして的中して欲しくなかった答えが語られた。

 

「今ごろ、かの地の少女と会っている頃だろう。

 この時間帯は良く、あの子はこの波形を見せている。」

 

「やはりリリスには・・・でもなぜリリスに感情が?」

 

 これまでの傾向から予期していたとはいえ、実際にその答えを見せつけられると動揺は隠せないものだった。

 

「我らに感情なんてないはずだ。

 アモン様、あなたがそのようにお造りになられたはずでしょう?」

 

「その通りさ、時も、心も、そして『命』さえも君たちには与えていない。」

 

「それならばなぜ、あの子だけが!」

 

 声を荒げて問いかけるダンタリアを、アモンは薄く笑いながら問いを返す。

 

「君ならわかるはずだよ。

 リリスが感情を得てしまった理由をね。」

 

「なんですって・・・?」

 

「君たちに与えたのは、私の命令を遂行するための力と知恵だけ。

 だが皮肉にも、それがあの子に感情をもたらしてしまった。」

 

「・・・まさか。」

 

 少し考え込んだダンタリアは1つの答えに辿りつく。

 その時、サブナックのシルエットに先ほどとは違う色の波形が現れた。

 

「アモン様、この波形は?」

 

「絶望の闇の波形さ。どうやらサブナックが力を使ったようだね。」

 

 その言葉を聞いてダンタリアは黙り込んでしまう。

 リリスに現実を突きつけるために、サブナックがついに行動を起こしたのだ。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 サブローは遠目からリリンの様子を観察していた。

 目に映る彼女の表情は、普段モノクロの世界では見せないものばかり。

 行動隊長の中でも最も演じることを得意とするのが彼女だが、サブローにはその表情が演技とは思えなかった。

 そしていつまで眺めていても、リリンは行動を起こそうとはしなかった。

 

(そこまで絆されたか、リリス・・・。)

 

 この辺りが限界のようだ。

 このままではあの子は、行動隊長として使い物にならなくなる。

 

「リリス、悪く思うなよ。」

 

 あの子の躊躇いを断ち切らなければならない。

 サブローはリリンと話し込んでいる『蛍』に目を向ける。

 

「ターンオーバー、希望から絶望へ。」

 

 そしてサブナックへと姿を変え、闇の牢獄を展開する。

 直後、変化はすぐに見て取れた。

 

「え・・・?」

 

「ほたる・・・なんで・・・?」

 

 リリンと一緒にいる蛍が姿を消さなかったのだ。

 闇の牢獄は、心に闇を抱えるもの以外は空間の外へと弾き飛ばされる。

 この場に残るものは闇を抱えしものと、我らダークネス、そして・・・。

 

「リリンちゃん!?だいじょうぶ?ぐあいわるくない?」

 

「え・・・ええっ、あたしならだいじょうぶよ・・・。」

 

 闇を祓う光の使者、プリキュアだけだ。

 そして蛍は牢獄の中に残りながらも、絶望の闇を発していない。

 そのことを悟ったリリンの表情が見る見る内に青ざめていった。

 だが蛍はそんなリリンの動揺を、不調と感じ取ったようだ。

 不安げな表情でリリンの具合を気遣っている。

 一方でリリンは視線を泳がせ、目の前の現実を直視しようとはしなかった。

 

「この期に及んでもまだ、目を背けるつもりか?リリス。」

 

 それならば、こちらも最後の手段を使うしかない。

 サブナックは2人の元へと跳躍するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「リリンちゃん!しっかりして!」

 

 突然の悪寒に見舞われ周囲が色を失った瞬間、蛍は闇の牢獄が展開されたことを悟るが、同時に目の前の出来事に驚愕する。

 リリンの姿が闇の牢獄の中でも見えるのだ。

 闇の牢獄の中に取り残されるのは、プリキュアとダークネスを除けば、心に強い迷いを抱く人だけだ。

 彼女が残されたと言うことは、絶望の闇に囚われる予兆が現れているのではないかと思った蛍は、必死にリリンに呼びかける。

 

「だいじょうぶよ・・・それよりも、なんでほたるが・・・。」

 

 大丈夫と言うが、どこか顔色が悪く声も震えている。

 どうにかしてリリンをここから助けなければと思うが、直後巨大な着地音が近くから鳴り響いた。

 

「え・・・?」

 

 目を向けた方向からは粉塵が巻き起こり、その中から行動隊長の1人、サブナックが姿を見せる。

 

「なんで・・・。」

 

 リリンが目を見開いて呟くが、サブナックは右手に黒い球体を浮遊させる。

 

「ダークネスが行動隊長、サブナックの名に置いて命ずる。

 ソルダークよ、世界を闇で食い尽くせ!」

 

 そして目の前でソルダークを生み出し、こちらを睨み付けてきた。

 

(もしかして・・・わたしたちをねらってるの?)

 

 これまでダークネスが、闇の牢獄に取り残された人たちを直接襲うようなことはなかったはずだ。

 それなのになぜ、と疑問を抱くが、蛍は隣にいるリリンをみて1つの可能性を思いつく。

 もしかしたら今までは機会を必要としなかっただけかもしれない。

 取り残された人たちは、絶望の闇に飲まれ意識を奪われるので、ダークネスが直接手を下す必要なんてないのだ。

 だけど今回は違う。

 自分も、そしてリリンもまだはっきりと意識がある。

 もしサブナックが自分たちを絶望の闇へと誘うために実力行使に出てきたのだとしたら?

 そんな最悪の事態が蛍の脳裏を過る。

 

「はああっ!」

 

 その時、蒼い雷がソルダークの巨体を吹き飛ばし、続く紅い炎がサブナックに目掛けて放たれた。

 キュアスパーク、キュアブレイズ、そしてキュアプリズムの3人が駆け付けて来てくれたのだ。

 その後ろにはチェリーたちの姿もある。

 恐らく日課となっているパトロールの最中にキュアスパークたちと合流したのだろう。

 

「えっ?どうして?」

 

 こちらに気付いたキュアスパークが驚くも慌てて言葉を濁す。

 もしこの場で自分の名前を呼んでしまったら、プリキュアが自分の事を知っているのだとサブナックに悟られてしまう。

 そしてそれは、自分の正体がこの場にいない『キュアシャイン』であると伝えてしまうようなものだ。

 蛍はその気遣いに内心感謝しながら、みんながサブナックを足止めしてくれている今がチャンスだと思った。

 

「リリンちゃん!いまのうちに逃げよ!」

 

「ほたる?」

 

 リリンの手を引き、この場を後にする。

 本来ならばすぐにでも変身したいところだが、今はできる限り離れた場所に彼女を避難させることを優先しよう。

 もしもリリンに正体がバレてしまったら、彼女もこの戦いに巻き込まれる危険性がある。

 それだけは絶対にあってはならない。

 何が何でもリリンのことを守るのだ。

 闇の牢獄に取り残されたリリンが、いつまで正気を保っていられるかは分からない。

 だからこそ急いで彼女を避難させなければならない。

 蛍はわき目も振らず、無我夢中で全速力で走るのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 サブナックと交戦しながら、千歳は蛍とリリンの様子を横目で見る。

 蛍が変身していないのは、闇の牢獄が展開されたときにリリンが隣にいたからだろう。

 リリンの目の前で変身することはできない。

 そして彼女から離れる間もなく、サブナックが現れてしまったのだ。

 問題は、なぜリリンがこの空間に取り残されているかだ。

 闇の牢獄に囚われるものはみんな心の中に不安や悩みを抱えている人のはずだ。

 そしてその心の闇が、絶望の闇となって周囲の空気を侵食していく。

 だが彼女からはそれが一切感じられなかったのだ。

 そればかりか意識さえもはっきりとしているように見える。

 この、一切の色と音を失ったモノクロの空間の中で、普段と変わらない様子を見せているのだ。

 さらに言えばサブナックの行動も妙だ。

 先ほどから蛍とリリンの方を何度か一瞥している。

 

(まさか・・・サブナックのやつ。)

 

 ここで千歳は思い描く最悪のシナリオを想定する。

 もしもリリンの正体が、自分の思い通りだとしたら?

 もしもあいつが既にキュアシャインの正体を掴んでいるとしたら?

 そしてやつらが今、キュアシャインを倒すために結託しているのだとしたら・・・?

 それならば一刻も早く、蛍をリリンから引き離さなければならない。

 だがその時、蛍がリリンの手を取ってこの場を走り出したのだ。

 

「っ!?待って!!」

 

 危うく名前を呼びかけてしまうところだったが、その一瞬の隙をつかれてサブナックの攻撃が飛んでくる。

 間一髪のところでガードすることはできたが、サブナックに苦戦している間にも蛍たちとの距離が離れていく。

 

「そこをどきなさい!」

 

 キュアブレイズは渾身のパンチを繰り出し、サブナックを後退させる。

 

「はあっ!」

 

 キュアスパークの方も、雷を纏ったパンチでソルダークを殴り飛ばしていた。

 このまま一気に畳みかけて、すぐに蛍の元まで向かわないと。

 だがその時、

 

「ソルダーク!」

 

 サブナックの呼び声とともに、ソルダークから黒い霧が放たれる。

 直後、その黒い霧はソルダークの形を取り、その場に実体化したのだ。

 

「分身した!?」

 

 キュアスパークが驚き、2体のソルダークを一度に相手にしなければいけないのかと思い身構えるが、分身したソルダークは後方へ振り返る。

 そして、千歳がまさかと思った矢先、ソルダークの分身は蛍たちの元へと跳躍したのだ。

 

「なっ!」

 

 キュアブレイズが慌てて駆けつけようとするが、サブナックが行く手を塞ぐ。

 キュアスパークもソルダークによって道を塞がれてしまい、蛍との距離は開く一方だった。

 

「キュアプリズム!早くあのソルダークのところに!」

 

「分かってるわ!」

 

 だがキュアプリズムが飛び行こうとしたところを、ソルダークが黒い霧を周囲の空間へと放った。

 そして対峙していたキュアスパークの視界を封じ込め、その隙にキュアプリズムへと拳を繰り出す。

 

「きゃあっ!」

 

 ガードが間に合わなかったキュアプリズムはそのまま地面へと落下する。

 キュアスパークとキュアプリズムはソルダークに足止めされ、自分もサブナックの相手に手いっぱいだった。

 

「どきなさいと言ってるでしょ!サブナック!!」

 

 サブナックはこちらの言葉には一切反応しないが、この一連の動きで千歳は確信した。

 ダークネスに蛍の正体がバレてしまったこと。

 そしてリリンの正体が間違いなく、やつだと言うことを。

 だからリリンと蛍が一緒にいるタイミングを見計らって、サブナックが闇の牢獄を展開させソルダークを蛍の元へと送り込んだのだ。

 リリンと一緒にいる以上、蛍は変身することができないのだから。

 

「邪魔をするなあああ!!」

 

 千歳は自分の甘さに歯噛みし、今の状況を悔やむ。

 こちらの一方的な思い込みである可能性が否めなかったから。

 蛍の幸せを壊したくなかったから。

 そんな甘い考えがこの事態を招いてしまった。

 せめて蛍に無事でいて欲しい。そう願いながら千歳は目の前のサブナックと対峙するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍に手を引かれながら、リリンは噴水公園を離れていく。

 誰もいなくなった屋台を通過し、路地を曲がって突き進む。

 だがリリンは、目の前の蛍以外は目に映らないほど困惑していた。

 

(どうして・・・ほたるがここに・・・?)

 

 いや、以前自分は蛍からソルダークを造り出したことがある。

 それほど心の弱いこの子なら、闇の牢獄に取り残されても不思議ではない。

 だけど・・・

 

(どうして・・・ここで普通にいられるの・・・?)

 

 そう、問題は蛍が闇の牢獄の中ではっきりとした意識を保っていること、そして絶望の闇を発していないことだ。

 こうして手を引かれ、彼女に触れていても絶望の声が聞こえてこない。

 それなのに蛍は、闇の牢獄に取り残されているのだ。

 

「はあ・・・はあ・・・リリンちゃん、だいじょうぶ・・・?」

 

 走るのに限界が来たのか、蛍が足を止めて呼吸を整える。

 こんな状況でも、蛍は自分のことを気にかけてくれている。

 だがそれがリリンの心に、刃物のように深く突き刺さる。

 

「うん、だいじょうぶ・・・。」

 

 そう言いかけたその時、リリンは背後から異様な気配を感じる。

 そして振り向いてみると、ソルダークがこちらを追ってきたのだ。

 

「えっ!?」

 

 蛍が驚き、こちらの手を握りながら後退する。

 リリンは噴水公園の気配を探るが、サブナックと3人のプリキュア、そしてソルダークの力が感知された。

 それも目の前にいるソルダークと同じ気配がする。

 恐らくはソルダークが能力で分身を作ったのだろう。

 問題は、なぜサブナックがこちらに分身を送り込んできたのかだ。

 それを考えている内に、目の前にいるソルダークが拳を振り上げてきた。

 

「リリンちゃん!」

 

 蛍は無理やりリリンの手を強く引き、走り出した。

 直後ソルダークの拳が振り降ろされ、大地に強く叩きつけられた。

 その衝撃がでリリンは蛍と手を繋いだまま躓いてしまう。

 

「きゃあっ!」

 

 

 ソルダークの攻撃はこちらを直接狙ったものではないが、人間である蛍相手には攻撃の余波だけでも十分な威力だった。

 蛍が叫び声を上げながら倒れる。

 

「ほたる!」

 

 繋いだままの手を引き、蛍を立たせるが、彼女は膝を擦りむいていた。

 

「ほたる、だいじょうぶ!?」

 

「へいき・・・、それよりも、はやくここからにげないと・・・。」

 

 明らかに痛みを堪えている様子だったが、それよりも蛍は安全を確保することを優先する。

 だがリリンはその態度にいっそう困惑する。

 ソルダークのような巨人はこの世界では存在し得ないものなのに、蛍はそれをまるで『知っているかのような』反応を見せたのだ。

 目の前の出来事に困惑しながら、リリンは蛍と路地裏まで着き、そこに身を潜める。

 

「・・・リリンちゃん。

 すぐにもどってくるから、しばらくのあいだここにかくれててね?」

 

「え・・・?」

 

 どこか決意に満ちたその言葉は、蛍のものとは思えないほど力強い言葉だった。

 

「まってほたる。」

 

「たすけてくれるひとをよんでくるから、おねがいだからここでまってて。」

 

 いつもとは違う、凛とした雰囲気で蛍はそう言う。

 だがなぜこの場に自分を1人取り残すのか?

 なぜ1人で出て行こうとするのか?

 

(・・・ほんとうに・・・あなたなの・・・?)

 

 蛍が闇の牢獄に取り残された理由。

 サブナックに目を付けられた理由。

 ソルダークを見ても怯えなかった理由。

 今自分1人を残してどこかへ行こうとしている理由。

 人見知りが強くて、臆病で、ソルダークを生み出すほどの闇を抱えていたこの弱い少女が、本当に・・・?

 リリンの脳裏に、これまで幾度となく考え、そして否定してきた最悪の事態がよぎる。

 ずっと目を反らし続けてきた答えが、逃れようもない現実として目の前に迫ってくる。

 そしてリリンは・・・。

 

「ほたる・・・。」

 

 気が付けば、ここを立ち去る蛍の後を静かに追っていた。

 彼女に気付かれないように、気配も物音も消して。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

「・・・っ!!?」

 

 そして目の前に突き付けられた『現実』は、リリンから全ての安らぎを奪っていった。

 蛍がキュアシャインへと変身する姿をこの目に捉えたリリンは、その場に膝から崩れ落ちる。

 

「はあああっ!!」

 

 そして希望の光を纏ったキュアシャインの打撃がソルダークに炸裂し、たったの一撃でソルダークを葬り去った。

 そんな光景を前にしてもリリンは、呆然と座り込むのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 キュアシャインへ変身した蛍は全身に希望の光を纏い、たったの一撃でソルダークの分身を撃破する。

 これまでよりも大きな力を解放でき、それを自由意志で制御できているのだが、蛍の心境はそれを喜ぶどころではなかった。

 リリンが牢獄に囚われたと言うことは、心に悩みを抱えている証拠だ。

 それなのに今、彼女を1人で取り残してしまっている。

 出来ることならあのまま側について、悩みがあるなら支えてあげたかったが、サブナックが直接リリンを狙ってきているのであれば、悠長になんてしていられない。

 ソルダークの浄化を優先すべく、蛍は噴水広場へと飛んでいく。

 そしてサブナックとキュアブレイズが交戦しているところを見つけ、その場に降り立った。

 

「んっ?」

 

「キュアシャイン!」

 

 2人がこちらに気付いて振り向く。

 だが蛍には2人の声は届いていなかった。

 震える手を握り、唇を強く噛みしめる。

 心に渦巻く感情、『怒り』を、蛍は抑えきることができなかった。

 

「ゆるさない・・・。」

 

「何?」

 

「リリンちゃんを危険な目にあわせたあなたを、わたしはぜったいにゆるさない!!」

 

 サブナックがこちはにソルダークを送り込んだのは、闇の牢獄に囚われたリリンを力づくで絶望させるために違いない。

 闇の牢獄に囚われるほどの不安を抱えているリリンを、あんな危険な目に合わせてまで絶望させようとしたのだ。

 それが許せなかった。

 次の瞬間、蛍の全身から希望の光が解放される。

 内から湧き上がる怒りが決壊し、その全てが力へと変わり蛍の周囲を渦巻いていく。

 

「はああああっ!!」

 

 そして蛍は、解放したありったけの希望の光を拳に纏い、サブナックへと繰り出した。

 サブナックはそれをガントレットでガードするが、次の瞬間ガントレットが砕け散り、光の粒子となって消滅した。

 

「何っ!!?」

 

 サブナックが目を見開いて驚くが、蛍はその隙を逃さない。

 続けざま拳を振るうが、サブナックも反射的にもう片方のガントレットでガードする。

 だが蛍の拳は再びガントレットを打ち抜き粉々に砕いた。

 

「くっ!ソルダーク!!」

 

 ソルダークの名を叫びながらサブナックは後退する。

 直後ソルダークがサブナックの盾になるように目の前へと降り立った。

 ソルダークを盾にしながら反撃の機会を伺うつもりなのだろうが、そうはさせない。

 蛍はありったけの力を目の前に集中させる。

 

「ひかりよ、あつまれ!シャインロッド!!」

 

 シャインロッドを召喚し手に取り、全ての力を先端に集中させる。

 

「プリキュア!シャイニング・エクスプロージョン!!」

 

 そして全ての力を解放し、巨大な光線を解き放った。

 解き放たれた光線は瞬く間にソルダークを包み込み、一撃で葬り去った。

 ソルダークを盾にしていたサブナックは、宙へと飛び上がり回避しようとするが、蛍はそれを逃さない。

 

「はあああああああっ!!!」

 

 蛍は光線を放ちながらシャインロッドの方向を変え、サブナックの後を追従する。

 巨大な光線がまるで持ち上げられるかのように向きを変え始め、跳躍するサブナックの足元から迫り来る。

 そして焦りの表情を浮かべたサブナックの足元を掠め始めた次の瞬間、

 

「っ・・・。」

 

 全ての力を使い果たした蛍は、その場に膝をついて脱力する。

 次の瞬間、サブナックへと迫っていた巨大な光線は一瞬で消え去り、シャインロッドも光の粒子となって散っていった。

 

「間一髪だったか・・・。」

 

 サブナックは擦れた声で呟き、この場から姿を消すのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 モノクロの世界。

 帰還したサブナックの元に、ダンタリアが姿を見せた。

 

「その傷、随分と手酷くやられたようだね。」

 

 両手のガントレットを失い、手足に深い傷跡を残してしまった。

 しばらく経てば傷もガントレットも再生するだろうが、これほどの深手を負うとは思いもよらなかった。

 

「あれが2度に渡ってリリスを打ち破り、フェアリーキングダムを解放したキュアシャインの力か・・・。」

 

 初めて力を解放したキュアシャインと相対したが、こちらの想像を遥かに超えていた。

 打撃1つでガントレットを砕かれ、浄化技を足に掠めただけなのに、膝元まで焼けただれている。

 かつて自分の身に傷一つ負わせることができなかったはずなのに、今では逆に一切の勝算が見えなかった。

 もしもまた、あの力に真っ向からぶつかることがあれば、・・・ダンタリアとリリスの力を合わせてもあれには到底及ばないだろう。

 そう思った時、

 

「正直、震えたよ。」

 

 サブナックの手が止めようもなく震え出した。

 左手で抑えようとしても収まらない震えが、サブナックの全身を支配していく。

 

「なんだって?」

 

 そんなサブナックの様子にダンタリアが眉を潜める。

 だがサブナックは冷静に自分に起きた現象を分析する。

 敵対する力を前に震え、再び合間見ることに『畏れ』を抱いている。

 

「なるほど・・・これが『恐怖』か。」

 

 サブナックがその意味を悟った瞬間、リリスの身に起きたことも実感した。

 キュアシャインの影響でリリスが『感情』を学べたことを、サブナックは身を以って証明してしまったのだ。

 そんなサブナックの様子をダンタリアが訝しむ。

 

「サブナック!!」

 

 その時、かの地から帰還したリリスが、声を荒げてサブナックに詰め寄って来た。

 

「なんだ?」

 

 彼女が怒る理由は大体察しがついているが、サブナックは敢えて口にせず、リリスから直接聞きだそうとする。

 

「どうして・・・どうしてほたるを危険な目に合わせたのよ!?」

 

「なに・・・?」

 

 だが、てっきりリリスの元にもソルダークを送り込んだことに怒っているのかと思ったが、返って来た答えは、その予想を裏切るものだった。

 サブナックは眉を潜めながら嘆息する。

 

「・・・開口一番、出てきた言葉がそれか・・・リリス。」

 

 サブナックはどこか憐れむような声でそう呟く。

 

「え・・・?」

 

 そして自分に指摘されて初めて、リリスはその言葉がおかしいことに気付き狼狽え出したのだ。

 全てにおいてタチが悪いのは、リリス自身が『無意識』だと言うことだ。

 そう、リリスには自覚がない。

 限りなく『人』に近い感情を抱き始めていることを。

 

「あたしは・・・。」

 

 狼狽するリリスを見て、サブナックは事の限界を悟る。

 

「リリス、キュアシャインの正体を暴くと言う任務はどうなった?」

 

「っ!!?」

 

 リリスの顔が一瞬で青ざめ、足もとがおぼつかなくなる。

 その様子を見てサブナックは、リリスが既に答えに辿りついたことを悟る。

 だからこそ、これで全てを終わりにするのだ。

 答えに辿りついておきながらずっと目を背け、一人の少女と共に過ごし、人に近い感情を得てきたリリスのひと時を。

 

「なんで・・・なんであなたがそんなことを聞くのよ!!?」

 

「キュアシャインの正体を知ることは出来たのか?」

 

 逃れることの出来ない現実を持って、サブナックはリリスを追い詰めていく。

 

「・・・あたしは・・・。」

 

「リリス。」

 

 もう逃げ道など残さない。

 サブナックはリリスが白状するまで彼女を追い詰めていく。

 

「・・・っ、ええわかったわよ!

 あなたのせいで何もかも全てわかったわよ!!

 キュアシャインの正体も!あの子の正体も!全部・・・。」

 

 リリスの怒鳴り声はやがてか細くなり、最後には大きく肩を落とした。

 そんな彼女の姿を見下ろしながら、サブナックは最後の一言を押す。

 

「ならば、次の任務はわかっているな?」

 

「っ・・・。」

 

 キュアシャインの正体を暴くことだけが、与えられた任務ではない。

 キュアシャインの正体を暴き、そして。

 

「あなたなんかに言われるまでもないわよ!

 いいわよ!やればいいんでしょ!!?」

 

 自暴自棄になって叫びながら、リリスはその場を後にしていった。

 そんなリリスの後ろ姿をサブナックは見送る。

 

「これで良かったのかね?」

 

 事の成り行きを見ていたダンタリアが、珍しく神妙な面立ちで質問してきた。

 

「・・・これ以外にあるか。

 あいつが行動隊長であり続けるには、これしか方法がなかったのだ。」

 

 あの蛍という少女は所詮人間、100年も経たぬ内に存在は終る。

 悠久の時を在り続けるダークネスからすれば、あまりにもちっぽけな存在だ。

 だからせめてあの少女が存在する僅か100年の時の中だけでもと、リリスはそんな考えを持っていたのだろう。

 だがその考えは甘すぎる。

 あの蛍と言う少女は、今日までの僅かな時の中でリリスに劇的な変化を与えたのだ。

 もしもこの先、あの少女が終わりを遂げるまでリリスと共に過ごすようなことがあれば・・・。

 リリスがどのように変わってしまうかは想像もできない。

 だが少なくとも行動隊長として使い物にならなくなるのは明白だ。

 そしてリリスは、永遠を在り続けるものだ。

 限りあるもの同士が、互いに終わりを迎える時まで共に過ごすのとはわけが違う。

 リリスは必ず取り残される。

 そして取り残されたリリスが行動隊長としての価値さえ無くしてしまえば、あの子はこの先、無限に続く時の中を無為に過ごさなければならないのだ

 それを思えば、蛍がプリキュアであることはせめてもの幸運だったとしか言いようがない。

 敵として認識できる対象であれば、リリスにはまだ未練を断つ理由を持つことができるだろう。

 そしてプリキュアと戦うことができれば、リリスは行動隊長としての価値を維持できる。

 あの子をこの世界に、ダークネスのモノクロの世界に繋ぎ止めるには、蛍を敵として認識させるしかなかったのだ。

 

「結局俺たちには、行動隊長としての以外に価値などないのだ。

 リリスが儚い願いを抱いたところで、所詮それは叶わぬ運命。

 叶わぬ夢を抱かせるくらいならいっそ・・・」

 

 サブナックは一呼吸を置く。

 

「砕いてやるのが、『慈悲』ってものだろう。」

 

 サブナックの言葉にダンタリアは少し呆気に取られる。

 

「らしくない言葉だね。」

 

「・・・俺もそう思う。」

 

「らしくないついでにもう一言。」

 

 含みのある言葉を重ねた後、ダンタリアは静かに呟く。

 

「『損』な役回りをさせてしまったね。」

 

 そのダンタリアの言葉に、今度はサブナックが眉を潜める。

 

「らしくない言葉だな。」

 

「本当、僕自身もそう思うよ。」

 

 どうやら自分も、ダンタリアも、リリスも、今回の出来事で疲れているようだ。

 サブナックたちはそれ以上は言葉を交わさず、各々闇へと姿を眩ますのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 戦いが終わった後、千歳たちは家に帰る蛍とチェリーをみんなで見送っていた。

 

「それじゃあ、また明日ね。」

 

「うん・・・またあした・・・。」

 

「蛍、リリンならきっと大丈夫よ。

 また会うのを約束したのでしょう?その日になればまた会えるわよ。」

 

「うん、そうだね・・・。」

 

 落ちこむ蛍をチェリーが励ましながら、2人は家へと帰っていく。

 戦いが終わった後、千歳たちは蛍を追ってリリンを避難させたところに訪れてみたが、彼女の姿はどこにも見当たらなかったのだ。

 あの時蛍たちを追ったソルダークの分身は、蛍が浄化したのだから、リリンの身に何かがあったわけではない。

 ただ恐ろしい出来事を目の間にしたからすぐにこの場を立ち去りたかっただけだと、雛子がそう励ますと、蛍は俯きながらも納得してくれた。

 それでも蛍が未だに元気がないのは、リリンの安否を直接確認できていないからだろう。

 だが、千歳は全く別の可能性を考えていた。

 

「それで、ウチらに話ってなに?」

 

 要がこちらを振り向き尋ねてくる。

 この場にいるのは今、要とベリィ、雛子とレモン、そして自分とアップル。

 蛍とチェリーにはまだ話すべきではないと思い先に帰したが、これ以上問題を先延ばしにもできないと思った千歳は、かねがね胸中に抱いていた疑問を要たちに話すことにしたのだ。

 その話を切り出すために、千歳は先ほどの戦いで得たことをまず話し出す。

 

「今回のダークネス、どこか妙な動きをしていたと思わない?」

 

「妙な動き?」

 

「・・・。」

 

 首を傾げるベルたちとは対照的に、要と雛子は、共に顔を顰めた。

 

「蛍ちゃんとリリンちゃんを直接狙ったことよね?」

 

「ええ、その通りよ。」

 

「やっぱり・・・2人にもそう見えたんやな。」

 

 自分たちの意見が一致する一方で、ベルとアップルは困惑する様子を見せる。

 

「蛍ちゃんはプリキュアだから、闇の牢獄下でも絶望の闇を発しない。

 だから力ずくで絶望させようと考えただけじゃないのか?」

 

「闇の牢獄に取り残される人で絶望の闇を発さないのは、やつらにとっても珍しいものでしょうし。」

 

 恐らくこの場にいる全員が同じことを考えただろう。

 だが千歳はそうではないと考えている。

 

「それでも、その目的の行きつく先は、結局ソルダークを造り出すかどうかでしょ?

 でもあのときは既にソルダークがいたわ。

 いくら珍しいからと言って、やつらがそんな回り道をすると思う?」

 

「でも、それならなんでわざわざソルダークを分身させてまで蛍たちを?」

 

 要が反論するが、千歳は逆に要の『たち』と言う言葉に眉を潜めた。

 

「たち、じゃないわ。要。

 あの時サブナックが狙いを定めたのは、恐らく蛍だけよ。」

 

「え・・・?」

 

「・・・。」

 

 驚く要に対して雛子は唇を噛みしめ、アップルは目を見開いて言葉を綴った。

 2人は自分の言葉の意味を悟ってくれたのだろう。

 

「それってまさか・・・。」

 

「ええ・・・、恐らく蛍の正体がやつらにバレたのよ。」

 

「なっ・・・!?」

 

 声を失う要に千歳は言葉を続ける。

 

「やつらが突然、キュアシャインを集中的に攻撃するようになったことからも、やつらはキュアシャインの希望の光を警戒しているのは間違いないわ。

 そして力では敵わないと判断したやつらは、キュアシャインの正体、蛍を変身する前に倒そうとした。

 そう考えると、今回の行動、全て説明がつくと思わない?」

 

「まっ、待って。

 確かにそれなら今回のことは説明付くけど、どうして蛍の正体がバレてまったん?

 ベリィたちが毎日街をパトロールしてくれてるけど、最近は全然怪しい人は見ないって言ってたよな?」

 

「ああ、それに蛍ちゃんはあれでかなりしっかりしているし、迂闊に人の前で変身なんてしないだろ?

 普段君たち以外の人と行動することもないから、プリキュアであることを話すような場面もないはずだが。」

 

 ベリィの疑問に要が頷く。

 確かにその通りだが、たった『1人』だけ例外がいるのだ。

 

「いるじゃない、たった1人だけ。

 蛍が良く会う『私たち以外の友達』が。」

 

 その言葉に、要の表情が青ざめていく。

 要だけじゃない。雛子もレモンもアップルも、みんな同じ人物を頭に思い描いたのか、目を見開いた。

 

「まさか・・・。」

 

 千歳は全員の表情を一瞥し、静かに口を開く。

 

「リリン。あの子が蛍の正体をサブナックたちに伝えたのよ。」

 

「待って!それってリリンがダークネスだってこと!?」

 

「ええ、その通りよ。」

 

「いくらなんでもあんな小さな子が・・・あっ・・・。」

 

 そこまで言って、要は声を失い唖然とした。

 思い当たってしまったのだ。

 たった1人だけ、リリンと背丈の近い敵に・・・。

 

「あなたの予想通りよ、要。」

 

 千歳は1つ呼吸を置き、改まってみんなの前で言葉を綴る。

 

「リリス。やつがリリンの正体よ。」

 

 日が傾きかけた夏の夕方を、底知れない静寂が支配していくのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 次回予告

 

「リリスの正体がリリンだって?」

 

「そうよ、あいつが自分の事を話さないのも、蛍に友達として近づいたのも、全てキュアシャインを倒すためよ。

 やつは心を持たない行動隊長。

 友達のフリをして蛍を騙すことだって、何も躊躇わないわ。」

 

「千歳ちゃんは本当にそう思ってるの?

 本当にリリンちゃんが騙しているだけだと思うの?」

 

「雛子。

 やつをこのまま放っておけば蛍が危険な目にあうわ。それでもいいの!?」

 

「そんなこと言ってないわ!

 ただ私は、リリンちゃんの全てが演技だなんて思えない!」

 

 次回!ホープライトプリキュア第20話!

 

 たのしいってなに?揺れ動くリリスの心!

 

 希望を胸に、がんばれ!わたし!

 


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