第19話・プロローグ
音も光も時さえも失い、永遠の暗闇と静寂が支配するモノクロの世界。
その中でリリスは、蛍たちの住むかの地へ向かうための準備をしていた。
(今日は確か、季節の変わり目。
時間は・・・そろそろ学校が終わるころかしら?)
時の概念を持つかの地で、日付と時間を正確に数えられるようになったのは我ながら良い進歩だ。
以前なら行き当たりばったりでかの地に赴くこともあったが、今では必要な時を見定めた上で出向くことができる。
何より蛍に会う時間を正確に測れるようになれたし、一緒に過ごす時間を有効に使うことが出来るようになった。
噴水公園で一緒にお喋りをする時間。
屋台を一緒に見回る時間。
つい最近では夕食の買い物とやらに同伴させてもらった。
こちらと違い蛍の時は有限だ。
その限られた時間1つ1つを無駄なく使うことが出来るのは、この習慣を身に付けたことの一番の収穫と言える。
(来週から試験があるって言ってたし、今日は少し早めに行きましょう。)
来週からは期末試験が始まり、その期間中は会うことができないから、今日はその分も沢山お喋りをしようと蛍と約束している。
だから今日はいつもより時間に余裕を持たせないといけない。
以前、蛍の前から姿を眩ませたときの間、彼女に相当な不安を与えてしまったことがある。
ここまで来て妙な疑いを持たれ、蛍から得た信頼を失うようなことはあってはならないから、しばらくはなるべく彼女の要望に応えよう。
そんなことを考えながらリリスは、それとは『異なる感情』から目を背けるように、リリンへと変えてかの地へと降りるのだった。
モノクロの世界から一転、華やかに彩られ様々な音で賑わうかの地へとリリンは降り立つ。
半年前、初めてここを訪れた時はなにも思わず、意識してみると眩しくて耳障りな世界でしかなかったが、蛍との出会いがリリンの見る景色を変えた。
蛍と過ごすこの空間、音、時の全てが自分に安らぎをもたらしてくれたからだ。
だけどその安らぎに暗雲が立ち込めてきていることをリリンは知っている。
もしもあの子が、自分の心を掻き乱すあいつだとすれば・・・。
それでもリリンはまた、ここに来てしまう。
行動隊長としての任務を忘れたつもりはない。
主たるアモンから受けた指令を忘れたつもりもない。
蛍に近づく本来の目的だって忘れていない。
自分はあくまでもトモダチの仮面を被っているだけなのも自覚している。
「あっ、リリンちゃ~ん!」
それでもリリンは、この瞬間を手放すことができないでいた。
名前を呼ぶ、あの子の声が聞きたいから。あの子の笑顔を見ていたいから。
「ほたる。」
蛍を前に零れた笑みは、もはやリリン自身が意識できていないほどに自然なものとなっていた。