ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第18話・Bパート

 蛍を家にあげた後、千歳は彼女に促されてシャワーを浴びることにした。

 蛍に背を向いてもらい、急いで服を脱いで風呂場に入った千歳はすぐさまシャワーを出す。

 シャワーの音が耳元で響いている中でも、向かいの洗面所からは物音が聞こえてくる。

 戸で遮られているとはいえ、すぐ側に蛍がいると思うと落ち着かない。

 やがて洗濯機の動作音が聞こえてきたので、蛍が洗濯機を動かしてくれたようだ。

 となれば、当然蛍に預けた自分の衣類を、彼女が今洗濯機に入れたわけで・・・そこには勿論制服だけでなく下着まであったわけで・・・。思い返した瞬間、顔から火が出るほど恥ずかしくなる。

 ただでさえ蛍にだけは見せたくなかったカッコ悪いところを見られてしまった後なので、このまま風呂場に閉じこもりたい気分である。

 だがその全てが自業自得だと言う自覚はあるので、これ以上蛍の厚意を無下にすることは出来ない。

 彼女が来てくれなければ、今日一日を無事に乗り切ることすら危うかったのだから。

 蛍の厚意も自分の羞恥も全て甘んじて受け入れることにした千歳は、とりあえず盛大に洗剤を被った髪をいつも以上に入念に洗い落としていく。

 やがて洗面所のドアを開け閉めする音が聞こえ、蛍が出て行ったのが分かっても尚、時間をかける。

 両親とアップルから綺麗な青髪だと褒められたこれは、千歳にとって密かに自慢の髪なのだ。

 そして気が済むまで髪を洗った千歳は戸を開け、ここに来る前に準備しておいた服に着替える。

 髪をドライヤーで乾かしながら辺りを見ると、洗濯機がいつもの調子で音を立てながら動いており、洗剤をひっくり返した床は綺麗に掃除されていた。

 蛍が掃除までしてくれたのだと内心感謝しながら、千歳はその場を後にしてリビングへ通じるドアを開ける。

 すると、目の前にはキッチンの前に立つ蛍の姿があった。

 

「あっ、ちとせちゃん、おふろあがったんだね。」

 

 リビングを見渡すと自分が撒き散らしたゴミは影も形もなくなっており、フローリングは綺麗に掃除されていた。

 

「蛍、私がシャワー浴びている間に全部終わらせちゃったの?」

 

 いくらゆっくり時間をかけていたとはいえ、あの間に彼女は風呂場とリビングの掃除をあっという間に終わらせてしまったのだ。

 直接見てなくとも時間でわかる彼女の家事スキルに千歳は驚愕する。

 

「えへへ、でも、ゆかは掃除機かけただけだし、せんたくものは洗濯機のスイッチをいれるだけだから、なにもむずかしいことはしてないよ?」

 

「うっ・・・。」

 

 彼女が来るまで全く同じことを思っていながら何1つとして上手く出来なかった身としては耳に痛い言葉である。

 肩を落とす千歳に首を傾げながら、蛍は冷蔵庫の中を確認する。

 

「やっぱり、リン子さんごはん作り置きしてくれてるね。」

 

「えっ、ええ、ガスコンロを私に使わせたくないから、電子レンジで解凍できるものを作っておくって。」

 

 確かサラダと肉じゃが、それから焼き魚なんかも作ってくれたはずだ。

 ご飯も多めに炊いてくれたし、古いものはタッパーに入れて冷凍庫に保管してある。

 ちなみに蛍が来なかった場合、家事が上手く行かないことに意固地になって1人で料理に挑戦していた可能性は大いにある。

 そしてリン子の言いつけを守らずにガスコンロを使っていたことも恥ずかしながら否定できない。

 一歩間違えればリン子の帰ってくるこの家を丸焼けにしていたかもしれないと思うとさすがに背筋がゾッとする。

 千歳は今までで一番、蛍が来てくれたことを感謝すると同時に、こればかりはさすがに秘密にしておこう・・・と思ったが、その言葉を聞いた蛍がクスリと微笑んでいたので、とっくに自分の考えなんてバレていたようだ。

 千歳は少しだけバツの悪そうに顔を俯かせる。

 

「でもちとせちゃん、ごはんがあるのにお味噌汁がないとさみしくない?」

 

「え?それはまあ、あればいいけど。」

 

 蛍の突然の質問に千歳は困惑しながらも答える。

 一汁三菜。

 ご飯と味噌汁そして3品の副菜と言うのがこの国の伝統的な食卓だと言うのはリン子から教えてもらった。

 とは言え現代では他国の食文化も多分に取り込んでいると聞き、千歳も朝食にトースターと目玉焼きを食べることが多い。

 必ずしもその伝統に乗っ取っているわけではなく、そもそも異世界出身の千歳には、自分が口にしている食事がどの国の発祥であるかなんてまだ多くを知らないのだ。

 だがそんな千歳でも、朝昼夕問わずご飯を食べるときは必ずと言っていいほど味噌汁がセットでついてきた。

 それが食卓として当たり前だったのだから、味噌汁がないとどこか侘しく思うのも仕方ないと言うものだ。

 

「でも私はガスコンロは使えないから、今作ってもらっても冷めちゃうわよ?」

 

 だが今回ばかりは諦めるしかない。

 蛍がここでコンロを使って味噌汁を作ってくれるのであれば嬉しいが、夕飯の時間まではまだ少し遠い。

 さすがに冷めてしまうだろうし、コンロを使えないから温めることもできない。

 かと言って蛍に夕食の時間までいてもらうわけにもいかない。

 彼女だって両親のために夕食の支度をする時間が必要のはずだからだ。

 

「だいじょうぶ!わたしにまかせて!」

 

 だが蛍はそう言いながら冷蔵庫から油揚げと葱を取り出し、包丁を手に料理に取りかかった。

 少し遠目で見ても分かるほどに包丁さばきが様になっており、瞬く間に油揚げを均等な大きさに切り揃え、葱を細かな輪に切っていく。

 そして広げたラップの上に味噌を置き、さらにその上に先ほど切った油揚げと葱、乾燥ワカメを添えて球状に包み込んだ。

 

「はい、インスタントお味噌汁のできあがり。

 これなら電子ポットでお湯をわかして溶かせばいいだけだから、コンロをつかうひつようはないよ。」

 

 ものの数分で作り上げてしまった蛍特性・インスタント味噌汁を見て、千歳は驚き目を丸くする。

 千歳にとってインスタント食品の利便性と言うのは十分に身に染みているものだ。

 リン子が料理を作り置きする間もないほどに忙しい時期には、電子ポットでお湯をわかすだけで簡単に作れるインスタント食品によくお世話になることがある。

 故郷ではまだ保存食の技術がそこまで発展していないのもあって、安価で調理行程が単純でかつ美味しく、ものによっては年単位で長持ちするインスタント食品の存在には、最初は目と舌を疑ったほどである。

 だがそんなインスタント食品を、料理する暇がないからあるいは作ることができないから『買っておく』と言うイメージしかなかった千歳には、『作る』すると言う発想が沸いてこなかったのだ。

 単純な料理の腕だけでなく、料理を創作出来る蛍のスキルに千歳は改めて驚愕する。

 普段気の弱い蛍が、料理に関しては自身気な姿を見せるのも頷ける話だ。

 自己評価の低い彼女が自分に自信を持てると言うことは、裏を返せばそれだけ秀でた能力なのである。

 

「・・・なにからなにまでありがとね、蛍。」

 

「えへへ、どういたしまして。」

 

 はにかみながら笑う蛍の笑顔には、照れくささと嬉しさが入り混じっているように見えた。

 友達の役に立ちたい、困っている人を助けてあげたいと誰よりも思う蛍にとって、彼女の得意分野が自分の助けになったことが嬉しかったのだろう。

 最初から素直に蛍の助力を得ていれば、もっと早くにこの笑顔を見ることが出来たかもしれない。

 そう思った千歳は、これまでつまらない意地を張り続けてきたことが急にバカバカしく思えてきたのだった

 

 

 

 

 

 それからしばらくして洗濯が終わり、蛍と協力して服を干し終えた頃には陽が傾き始めていた。

 

「それじゃあ、わたしはこれでかえるね。」

 

「こんな時間までごめんね。」

 

「ううん、ぜんぜんへいきだよ。

 これからゆうごはんの支度にかかれば、おかーさんがかえってくるころにはまにあうから。」

 

「そう。」

 

 おとーさんはいつもかえりがおそいんだけどね。

 と最後に付け足した蛍を見ながら、千歳は今日の出来事を振り返る。

 そして1つのことを決意する。

 

「・・・明日。」

 

 蛍が不思議そうにこちらに振り向く。

 

「明日、チェリーに手伝ってもらえないか、聞いてもらってもいいかしら?」

 

 蛍の前はカッコ良くありたいから、家事の1つも満足に出来ないなんてカッコ悪いところを見せたくない。

 そんなつまらない意地を張ってしまったせいで、結局彼女に一番カッコ悪いところを見せてしまったのだ。

 だから千歳は思い知った。

 出来ないことを出来ないと素直に言って助けを頼むことよりも、出来もしないことを無理やりやろうとして空回りしてしまうことの方がよっぽどカッコ悪いと。

 だから明日は、素直に助けてもらおう。

 それでも蛍に頼まなかったのは、今日一日助けてもらったからと言う遠慮と、2日も続けて彼女のお世話になるのは、いくらなんでもカッコが付かなすぎると思ったからだ。

 こればかりはどうしても譲ることが出来ない。

 

「うん、わかった。チェリーちゃんにそうつたえておくね。」

 

「ありがとう、蛍。また明日学校でね。」

 

「うん!またあした!」

 

 笑顔の蛍を見送った後、千歳は静かにソファに座る。

 たった一日で家事の大変さを身に染みた千歳には驚くことばかりだったが、何よりも驚いたのは、初めて目の当たりにする蛍の能力の高さだった。

 文武を測る学校では、蛍の評価は失礼ながら平凡なものだ。

 運動も勉強もより秀でたものが蛍の周りにはいるから、相対的に彼女の能力は埋もれてしまう。

 一方で千歳は、学校ではトップの評価を得ていると言う自負がある。

 相応の努力を積んできたし、相応の評価をもらっているからだ。

 だから千歳は無意識の内に、蛍のことを下に見てしまっていたのかもしれない。

 常に彼女の前に立っているのだと思い込んでいたのかもしれない。

 だが学校では評価され難い、家庭で発揮されるスキルは、蛍の能力は千歳は勿論、校内でも右に出るものはいないだろうと思えるほど優れたものだった。

 13年の歳月の中で確かに培ってきた蛍のスキルに、千歳は助けられたのだ。

 

「すごいな・・・蛍は。」

 

 無意識とは言え彼女を下に見てしまっていたことを千歳は恥じる。

 それでも千歳は、蛍の前ではカッコよくありたい。

 彼女にとってカッコいいと思われる守護騎士でありたいのだ。

 それが自分の信条だし、自分にとってのお姫様である蛍の前ではカッコよくありたいと思って何が悪い。

 だからもう、無様な醜態を晒すのは止めだ。

 

「明日から、また頑張ろう。」

 

 明日はチェリーから家事のいろはを一から教えてもらおうと、千歳はそう決意するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 リン子が出張に出てから2日目の朝。

 千歳は朝食の準備をしながら、昨日蛍に作ってもらったインスタント味噌汁を冷蔵庫から取り出す。

 電子ポットでお湯をわかし、お椀に入れて解凍する。

 昨日の残り物の煮物とご飯を添えて1人椅子に座る。

 

「いただきます。」

 

 まずは味噌汁を一口。味噌特有の上品な塩気が口の中を満たしていく。

 そこにご飯を一口。まだ塩気の残る口の中に白米特有のシンプルな味わいが広がっていく。

 

「・・・美味しい。」

 

 いつも思うがこの組み合わせは抜群だ。

 やはりご飯に味噌汁は付き物である。

 リン子が出張に出た日から、3日の間は味噌汁は諦めるしかないと思っていただけに、作ってくれた蛍には感謝しきれない。

 程なくして朝食を終えて洗い物を済ませた千歳は、昨日雛子に教えてもらったリボンの結び方をなぞっていく。

 

「これでよしっと。」

 

 教えてもらった通りに結んだので今回は大丈夫だ。

 だが髪を結ぶリボンだけはまだ位置が良く掴めていない。

 

「・・・これは、また雛子に頼むしかないわね。」

 

 1人で無理なことは無理してやらない。昨日の1件でそれを学んだ千歳は、髪を結ぶリボンを鞄に入れて学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 昼休み。お弁当を食べ終えた要たちは教室で千歳を交えて談笑していた。

 

「今日は妙なとこなかったな、千歳。」

 

 ニヤリと含み笑いを浮かべながら要がからかい気味に千歳に言うが、言われた側はなぜかどこか得意げな表情を浮かべた。

 

「まあね、さすがに同じ間違いを二度はしないわよ。」

 

 彼女が得意げに語る通り今日はリボンの結び目がバッチリだった。

 たった一度教えただけでしっかりと身に付けてくるあたり、彼女の飲みこみの早さが伺える。

 髪だけは昨日のように雛子に結って欲しいと頼んでいたが、こればかりは普段から自分の姿を鏡で見ていなければ中々わからないものだろう。

 リン子に任せっきりだったのであれば、一朝一夕で自覚できるものではない。

 逆に言えば、リン子に任せておけば身だしなみについて気にかけることはないと言う信頼の表れともいえる。

 ちなみに余談だが、そのせいで千歳は今朝ロングヘアーの髪形で登校してきたわけだが、これが普段とはまた違った印象で大人びて見えたので、道行く生徒たちの視線をいつも以上に釘付けにしていた。ついでに蛍も見惚れていた。

 

「さすが。もう一人暮らしはバッチリって感じ?」

 

 雛子が千歳にそう話題を振ると、今度は一転、彼女は静かに首を横に振った。

 

「まだバッチリってほどではないわ。

 何も出来なかった昨日よりはマシだけど。

 それから蛍、インスタント味噌汁作ってくれてありがとう。

 とても美味しかったわ。」

 

「えへへ、どういたしまして。」

 

「え?何それ?インスタント味噌汁作ったって。」

 

 真が目を丸くして千歳に問いかけ、千歳が蛍から作ってもらったと言うインスタント味噌汁について話す。

 みんな蛍の家事スキルの高さに感心する中、蛍は恥ずかしさから顔を赤くして俯いた。

 

「でも千歳ちゃん、1人の食事って寂しくなかった?」

 

 そんな中、愛子が少し心配そうな表情で千歳にそんな質問をしてきた。

 

「・・・正直、少し寂しかったわ。

 確かに普段から一緒に夕飯を食べていたわけではないけど、それでも家に帰ってくれば、一緒にいるんだって思えたから。

 それさえないって思うと、ちょっとね・・・。」

 

「そっか・・・そうよね。

 帰りが遅いとその日は顔を見ることもないけど、それでも家にはいるもの。

 でも出張してて、家にすらいないって思うと、寂しいわよね・・・。」

 

 そんな千歳の正直な答えに雛子が微笑みながら同意する。

 そう言えば雛子の両親は会社を経営しており、家に帰らないことも多かったか。

 普段は祖母の菊子がいるが、菊子は老人会の人たちと一緒に旅行をすることもあり、両親不在の日が重なると雛子は家に1人でいることもあるのだ。

 そんなとき、寂しさに耐え兼ねた雛子が寝るまで要を長電話に付き合わせたこともあるのは内緒の話だ。

 だがそんな雛子だからこそ、誰よりも千歳の心境を察することができたのだろう。

 

「今の言葉、リン子さんが聞いたらどんな顔するかな~?」

 

 少し寂し気なムードになってきたので、要は悪戯っぽく笑いながら千歳の顔を見る。

 

「要、もし話したらどうなるかわかってるでしょうね?」

 

 千歳が先ほどまでのしょんぼりとした顔はどこへやら、目つきを鋭くしてこちらを睨んでくる。

 

「にひひ、さあどうなるのか興味あるなあ。」

 

 こちらも気圧されまいと殊更わざとらしく笑う。

 だが千歳はこちらを睨み付けながらも、笑みを隠せずにいた。

 明るい雰囲気を取り戻した要たちは、その後も冗談を言い合いながら賑やかに昼食を終えるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 学校から帰った千歳は、少し晴れ晴れとした気分で玄関を通る。

 昨日違い、リボンの結び方はバッチリだったらしく、その他も特に注意されたところはない。

 強いて言うならば昨日とはまた違った意味での視線を浴びていたが、昨日のような訝し気な視線ではなかったので、特にミスなく学校生活を終えることが出来たのだ。

 

「よし、この調子で今日の家事も頑張るわよ。」

 

 と、意気込んでみたはいいものの、正直なところ今日の一日は特にやらなければならないことはない。

 洗濯は昨日終えたばかりだし、昨日蛍が隅々まで掃除をしてくれたので埃も目立っていない。

 この様子だと、今日来る予定のチェリーたちの手を煩わせることもなさそうだ。

 

 

 ピンポーン

 

 

 すると千歳が帰宅してそれほど間を置かずに呼び鈴が鳴らされた。

 

「はい。」

 

「もしもし、サクラです。」

 

「わ~い千歳~、遊びに来たよ~。」

 

「こら、サクラが会話してる最中に割り込むな。」

 

 インターフォン越しから3人の妖精による賑やかな会話を聞き、千歳は微笑みながら玄関のドアを開ける。

 

「いらっしゃい、みんな。」

 

「お邪魔します。」

 

「お邪魔します。」

 

「えへへ~姫様のお家だ~。」

 

 礼儀正しく挨拶をするベルとサクラとは対照的に、家に入るなり自分の呼び方を戻したレミンははしゃぎ回る。

 公私をしっかり分けているところを褒めるべきなのか、リビングを走り回るなと叱るべきなのか判断に悩むところである。

 

「こらレミン、家の中を走り回らないの。」

 

「すいません、サクラの話を聞くなり付いていくの一点張りで。」

 

「別に気にしてないわよ。

 あと、こっちの世界ではお姫様じゃないんだから、普通に接してくれてもいいのよ?」

 

「そうゆうわけにはいきませんよ。

 むしろ人の目を気にしなくて良い場所だからこそ、しっかりと姫様の従者としての務めを果たさせて頂きます。」

 

「それにここがどこであろうと、どこにいようと、あなたは俺たちにとっての姫様に変わりはありませんから。」

 

「レミンはサクラが口うるさく言わなければ、普通にするつもりなんだけどね~。」

 

「レミン!!」

 

 故郷から遠く離れたこの地でも3人は自分を姫と慕ってくれている。

 千歳はそのことに内心感謝をしながら、今日ここへ3人を呼んだ目的を話す。

 

「それじゃあ、さっそくで悪いけどサクラ。

 今日は私に家事のいろはを教えてくれないかしら?」

 

「わかりました。

 まだ見習いの身ではありますが、何なりとお申し付けください。」

 

 堂々と胸を張ってそう宣言するサクラの姿に頼もしさを覚える。

 

「それじゃあ、まずは掃除機の使い方とリビングの掃除の仕方を教えてくれないかしら?」

 

「お任せください!」

 

 掃除機と洗濯機、その他家事に必要な道具の使い方を今日の内にマスターするのだ。

 張り切るサクラに微笑みながら、千歳も気を引き締めて教えを乞うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 学校を終えた蛍が噴水広場を訪れると、いつもの場所にリリンの姿があった。

 

「リリンちゃん!」

 

「ほたる。」

 

 またリリンと会える頻度が増えた。

 そのことを蛍は心から喜びながら、リリンとのお喋りに夢中になる。

 彼女の側にいる時だけに感じられる幸せが、蛍の心を満たしてく。

 

「それでね、いまちとせちゃん、おかーさんがかえってくるまで、ひとりでせいかつしてるんだ。」

 

「そっか、たいへんだね。」

 

「うん、でもね、今日はおともだちがたくさんくるよていで・・・。」

 

 話ながら蛍はリリンの様子の変化を感じ取る。

 彼女の表情に幾らかの笑顔が戻り始めているのだ。

 

「・・・ふふっ。」

 

 蛍はそれをまるで自分の事のように喜ぶ。

 

「ほたる?」

 

「リリンちゃんに、げんきがもどってよかった。」

 

「え・・・?」

 

 困惑するリリンを余所に蛍は言葉を続ける。

 

「ここのところリリンちゃん、ずっとげんきなさそうだったもん。

 でもきょうは、いつもみたいにわらっているから。」

 

 以前見せたような不安な表情や仕草を、ここ最近は見せたことがない。

 彼女が何を悩み、どのような不安を抱いていたのかはわからないが、きっとそれが解決できたのだろうと、蛍は微笑む。

 

「・・・ほたるが。」

 

「え?」

 

「ほたるが・・・そばにいてくれるから・・・。」

 

 するとリリンが歯切れの悪い口調でそんなことを言ってきた。

 彼女からこのような好意的な言葉を聞くのは、実は初めてのことだったので、蛍は顔を赤くする。

 

「そっ、そっか・・・。」

 

 お互いに俯き口を瞑る。

 しばし無言の間が続いた後、リリンは少し慌てた様子で立ち上がった。

 

「それじゃ、あたし今日はこのへんで。」

 

「うっうん・・・。」

 

 気まずい、とは少し違う微妙な雰囲気に耐え兼ねたところだったので、蛍も立ち上がる。

 

「・・・つぎは、いつここで会おっか?」

 

「えっとね・・・こんどは・・・。」

 

 それでも次に会う約束をちゃんと交わすのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍とリリンが談笑している中、グリモアは遠目からリリンの様子を観察していた。

 一挙手一投足逃すまいと注意深く観察するつもりだったが、すぐにその必要性がないことを悟る。

 

(・・・なんだ、その表情は?)

 

 リリンの見せた表情が、明らかにおかしかったからだ。

 蛍と会話しながら見せるどこか楽し気な笑顔、別れ際の悲し気な仕草、再会を約束した時の安堵を覚えたかのような雰囲気。

『かつての』あの子なら大した演技力だと褒めていたところだが、『今の』あの子ならば話は別だ。

 あの表情は、仕草は、決して演技などではない。

 それが一目でわかるほど、リリンの表情には『感情』が映し出されているのだ。

 

(君は、それが何を意味しているのか理解しているのか?)

 

 否、きっと理解できていないのだろう。

 あの子にとっても恐らく、無意識の内に訪れた『変化』なのだろうから。

 だからこそ厄介なことに、リリンにはその自覚がない。

 そして自覚のない変化とは、望むと望まざるとに関わらず、そのものの存在を全く別のものへと作り変えてしまう。

 

「・・・そろそろ、本格的に対策を打つべきかもしれないね。」

 

 やがて蛍を見送ったリリンは、どこか浮かれた表情を見せながら物陰へと姿を眩ます。

 そんな彼女の姿を見送ったグリモアは、物陰に姿を隠し、ダンタリアへと変身する。

 

「ターンオーバー、希望から絶望へ。」

 

 これ以上リリンを、行動隊長でない何かへと変えるわけにはいかない。

 ダンタリアは、リリンが自身の存在意義を失う前に、決着をつけなければならないと思うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 掃除機を始めとした家事に必要な機械の使い方を、サクラから一通り教えてもらった千歳は、レミンが見よう見まねで入れてみた紅茶を飲んで一息ついていた。

 

「しかし、サクラも機械を使い方が様になっていたな。」

 

 ベルが感心した様子でそう言い、サクラは少し得意げに鼻を鳴らす。

 

「レミンはテレビのリモコンくらいしか使ったことないからね~。」

 

「ベルとレミンと違って、私は家で蛍と2人きりになることが多いからね。

 あの子の家事を手伝うことも多いから、機械の使い方は一通り覚えたのよ。」

 

 要の家は母が専業主婦なので家に常におり、雛子は普段祖母と一緒にいると聞いている。

 だからベルとレミンは家にいる間は、要と雛子の私室から出る機会があまりないようだ。

 一方、サクラの場合、蛍の両親が共働きなのもあって、ほとんどの場合、蛍と2人きりで家にいる。

 サクラが見習いメイドなこともあって、一緒に家事をする機会も多いそうだ。

 そしてサクラの機械の習熟度は、リン子と比べても遜色のないほど・・・いや、単に自分が低すぎるだけかもしれないが、とにかく家事をする上で必要な練度には十分であった。

 

「でも、本当に助かったわ。ありがとうサクラ。」

 

「いえ、礼には及びません。

 姫様のお役に立てたのであれば、従者として光栄であります!」

 

 お礼を言っているのはこちらなのに、サクラの方が畏まってしまうのだから千歳は苦笑する。

 ふと時計を見ると、既に夕刻を過ぎており、そろそろ夕食の支度に取りかからなければならない時間になっていた。

 

「それじゃあサクラ、最後に夕食の支度、手伝ってくれないかしら?」

 

「お任せください!」

 

「それから、3人に1つだけ頼みたいことがあるのだけど、いいかしら?」

 

「何でしょうか?」

 

 自分の申し出にベルとレミンもこちらに視線を向ける。

 千歳は一拍置いて、今の自分の胸中を素直に打ち明ける。

 

「良かったら今日、一緒に夕飯を食べてくれないかしら・・・?

 その・・・1人の食卓って、少し寂しいものがあるから・・・。」

 

 顔をほんのりと赤くしながらも、3人から視線を反らさずに千歳はお願いする。

 1人で夕食を取ることは別に珍しいことではない。

 リン子が帰りの遅いときはいつも1人だったからだ。

 それでもリン子が、この家に帰ってこないのだと思うと、ひとりぼっちの食事が急に心細くなったのだ。

 昨日一日はそんな寂しさを我慢して1人で食事を取ったのだから、今日くらいはちょっぴり、我儘を言いたい。

 そんな子供心で千歳は3人に心中で懇願する。

 3人は自分を一瞥した後、互いに顔を合わせて。

 

「はい、わかりました。」

 

「その程度、お安い御用ですよ。」

 

「わ~い、姫様とご飯~。」

 

 笑顔で快諾してくれた。

 

「みんな、ありがとう。」

 

 3人にお礼を言いながら、千歳は今日の食卓に思いを馳せる。

 

「それじゃあ、先に蛍に連絡しますね。姫様、お電話お借りします。」

 

 サクラがそう言ってソファから立ち上がったその時、

 

「っ!闇の波動だよ!」

 

 レミンの声とともに全身に悪寒が走る。

 急ぎ気配を探ると商店街の方面から絶望の闇が感じ取れた。

 

「ダークネス・・・。」

 

 リン子のいない間を寂しく思い、サクラたちの好意を嬉しく思っていたところに水を差された千歳は不機嫌そうに呟く。

 自分たちの心境などお構いなしに来ることは分かり切っているが今日ばかりは最悪のタイミングである。

 

「姫様!急ぎましょう!」

 

「ええっ!」

 

 妖精の姿に戻ったチェリーに先導され、千歳は家を離れる。

 そして商店街までの道を走りながら手にブレイズパクトを具現化させる。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

 全身に灼熱を纏った千歳の姿は一瞬にしてキュアブレイズへと変わる。

 

「世界に轟く、深紅の煌めき!キュアブレイズ!」

 

 そして妖精たちを肩に乗せ、商店街へと飛び立つのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 商店街から闇の波動を感じ取った蛍はキュアシャインへと変身し、キュアスパークとキュアプリズム、そして妖精たちを乗せたキュアブレイズと合流した。

 

「みんな、ダークネスの反応はこっちだよ。」

 

 闇の波動を感知した噴水広場を訪れると、そこにはダンタリアとソルダークの姿があった。

 

「待っていたよプリキュア。」

 

「待っていたとは随分な言い草やな。」

 

「そろそろ、君たちのことが目障りになってきたからね。

 今日こそ終わらせてあげるよ。ソルダーク!」

 

 ダンタリアの呼びかけとともにソルダークが跳躍し、こちらへ飛び掛かってくる。

 蛍たちは散開してその一撃を交わすも、蛍はダンタリアの言動に違和感を覚えた。

 彼はサブナックやリリスと異なり、行動隊長の中で最も戦いに消極的だった。

 それなのにこちらへの敵意をむき出しにし、まるでこちらと戦うことを待っていたかのような言葉を投げてきた。

 

「まずは君からだ。」

 

 そしてダンタリアは蛍を真っ先にターゲットに絞り込み、自ら挑みかかって来た。

 だが以前、ドリームプラザでも同じように奇襲を受けた蛍は、今回は後れを取らずにその一撃をかわして見せる。

 続いてキュアスパークが雷を纏って蛍をかばうように割って入り、キュアプリズムとキュアブレイズがソルダークを牽制する。

 

「キュアスパーク、ありがとう。」

 

「どういたしまして。

 それにしても、またあんたから攻撃を仕掛けてくるとはね。

 キュアシャインを優先的に狙おうとしてるの、もう隠すつもりないみたいやな。」

 

 キュアスパークの疑問に対してもダンタリアは涼しい顔だ。

 だが彼女の言う通り、これまでソルダークに戦いを一任し、ギリギリまで傍観する姿勢を見せていたダンタリアが、序盤から積極的に蛍を狙い交戦してきた。

 蛍を弱者と切り捨て見向きもしてこなかったサブナックも以前、蛍を優先的に攻撃してきた。

 その対応の変化に、蛍は以前キュアブレイズが予期したことを思い出し、身構える。

 ダークネスが、フェアリーキングダムを解放した自分の力を危険視し、最優先にターゲットとしてきている可能性が高まってきたのだ。

 もう、そんなに危険視されるほどの力を持っている自覚はない、なんて甘えた言葉は通らない。

 リリスを含め、行動隊長全員に狙われるようになった事実を自覚しなければ、自分の身を守ることさえできなくなってしまうのだ。

 

「ソルダーク!」

 

 ダンタリアはソルダークを呼び、挟撃を仕掛ける。

 だがソルダークへはキュアスパークとキュアブレイズが、ダンタリアへはキュアプリズムが応戦する。

 蛍もキュアプリズムの援護をするために彼女の後を追うが、

 

「ガアアアアアアアッ!!!」

 

 ソルダークが甲高い雄叫びとともに、正面を埋め尽くすほどの吹雪を生み出した。

 立ち向かっていったキュアスパークとキュアブレイズは回避が間に合わず吹雪に飲み込まれる。

 

「このくらい!」

 

 吹雪の中、負けじとキュアスパークは突き進もうとする。

 だが次の瞬間、キュアスパークの身体に触れた雪が瞬く間に凍結したのだ。

 

「なっ・・・。」

 

「キュアスパーク!」

 

 隣に並ぶキュアブレイズが声をかけるが、キュアブレイズの身体も凍り付いていく。

 

「このっ!」

 

 すぐさまキュアブレイズは全身に炎を纏い、身体に付着した雪を溶かそうとするが、吹雪の勢いはそれを凌駕していた。

 キュアスパークもキュアブレイズも両手足が凍り始め、身動きが取れなくなる。

 

「2人とも!」

 

 キュアプリズムが2人へ振り向くが、ダンタリアはその隙を逃さずキュアプリズムに闇の球体を投げつけた。

 

「あぶない!!」

 

 蛍が寸でのところでキュアプリズムに飛びつき、何とか攻撃を回避する。

 だがキュアスパークたちは吹雪の中にいたままだ。

 

「まずい、このままじゃ・・・。」

 

 吹雪で熱を奪われ、能力を封じ込められたキュアブレイズが、身動き取れぬまま苦し気に声をあげる。

 彼女を助けなければ、と蛍が思ったその時、

 

「キュアブレイズ!ちょっと歯あ食いしばれ!」

 

「えっ?」

 

 全身に雷を纏ったキュアスパークが、凍り付いた両足を無理やり電熱で溶かし始めたのだ。

 キュアブレイズの炎さえも封じ込めた冷気の中では、キュアスパークの電熱さえも奪いに来たが、僅かに足が動くようになった瞬間、溶けた雪が再び凍り付く前に駿足でその場を飛び去り、直進上にいるキュアブレイズ目掛けて体当たりして無理やり吹雪の外へと脱出したのだ。

 

「いたた・・・ちょっと強引すぎじゃない?」

 

「助けてやったんやから礼くらい言えや。」

 

 軽口を叩きあいながら、キュアブレイズの熱で雪を溶かす2人を見て蛍は安堵する。

 そして一旦キュアプリズムとともに2人と合流する。

 ダンタリアも無理に追い撃ちをかけず、ソルダークの元へ合流した。

 恐らく次のソルダークの攻撃と同時に仕掛けてくる算段なのだろうが、おかげで蛍たちも一度態勢を立て直すことができた。

 だが脅威が過ぎ去ったわけではない。

 キュアスパークとキュアブレイズの2人を同時に足止めできるあのソルダークは強敵だ。

 

「あの吹雪は厄介ね。

 前に戦ったソルダーク同様、私の盾でも防げそうにないわ。」

 

 キュアプリズムが状況を分析する。

 以前、突風を生み出すソルダークと戦ったときも、盾では側面から風が流れ込んでしまい、バリアでは身を守ることはできても反撃に転じられなかった。

 一定の空間全域に効力を及ぼすような攻撃では、キュアプリズムの盾を活用できない。

 さらに今回の敵が生み出すのは、キュアブレイズやキュアスパークの能力さえも奪う冷気だ。

 3人のプリキュアの持つ能力全てと相性が悪い敵を前に、無言の緊張が走るが、蛍はこの状況でも臆してはいなかった。

 今までなら怯えて泣いていたかもしれないが、今は不思議と自分の気持ちに自信を持てている。

 

「だいじょうぶ、わたしなら。」

 

「キュアシャイン?」

 

 キュアスパークが不思議そうにこちらを見るが、蛍は精神を集中する。

 怖いと言う気持ちはいつだってある。

 でもそれはあっても良いと千歳が言ってくれた。

 そして大切なのは、その気持ちに負けないこと。

 怖いと思う気持ちを乗り越えることだと教えてくれた。

 

「いまのわたしなら、だいじょうぶ。・・・はあっ!!」

 

 一拍置き、気合を入れた雄叫びとともに、蛍は片手に光を纏った。

 

「キュアシャイン、それ・・・。」

 

「自由に使えるようになったんだ。」

 

 キュアスパークは驚き、キュアプリズムが嬉しそうに微笑む。

 2人の様子に蛍もつられて笑みを零すが、ダンタリアはそんな蛍を忌々し気に見ていた。

 

「とうとう力を使えるようになってしまったか。ソルダーク!」

 

 ソルダークが呼びかけとともに再び吹雪を放つ。

 キュアブレイズたちは身構えるが、蛍はみんなよりも一歩前に立ち、右手をソルダークへと差し出す。

 

「キュアシャイン、何をする気?」

 

 キュアスパークが驚いてこちらを注視するが、蛍は構わず右手を振り降ろす。

 

「はあああっ!!」

 

 そして放たれた光の波動を、ソルダークに目掛けてぶつけるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 キュアシャインが力を自由意志で引き出せるようになれたことを、千歳は戦いの最中でありながらも喜ぶ。

 そして彼女がソルダークを迎撃すべく自分たちの一歩前に立つのも止めようとはしなかった。

 守るべき姫を戦線に立たせるなんて守護騎士あるまじき行為だと思いながらも、千歳は彼女の力をこの目で確かめたかったのだ。

 そしてキュアシャインが放った光の波動は、ソルダークの吹雪と正面から激突する。

 だが次の瞬間、光はソルダークの吹雪をかき消し、ソルダークの本体に直撃したのだ。

 

「なにっ!?」

 

 ダンタリアが驚愕の声をあげる、無論、驚いたのは彼だけじゃない。

 キュアスパークもキュアプリズムも、目の前の状況に釘付けになった。

 なぜならソルダークの吹雪は、光の波動が通った箇所だけが、まるで削り取られたかのように消し飛んでいたからだ。

 

「くっ、ソルダーク!」

 

 だがこれで終わるソルダークの攻撃ではない。

 ソルダークは両手に吹雪を纏わせると、鋭利な剣へと変形させた。

 物理的な攻撃手段へと転じたソルダークはそのままキュアシャインへと切りかかる。

 だがキュアシャインはそれに臆することなく、光を纏わせた拳を剣へと突きだした。

 普段ならここで、危ないと一言声をかけて呼び止めているところだが、自分もキュアスパークも、キュアプリズムでさえも止めようとはしなかった。

 みんな、わかっているのだ。次の瞬間、何が起こるかを。

 

「はああっ!」

 

 雄叫びとともにキュアシャインが光を纏わせた拳を剣へと叩き込む。

 次の瞬間、氷の剣はキュアシャインの拳を境に、真っ二つに割れるのだった。

 その光景を見て千歳は自分の想像通りであることを確信する。

 

「やっぱり、思った通りだわ。」

 

「思った通りって、何が?」

 

 キュアスパークの問いかけに、キュアブレイズは微笑みながら答える。

 

「あの子の力の『特性』よ。

 あなたの力は『雷』、キュアプリズムの力は『守護』、私の力は『炎』。

 私たちプリキュアの持つ希望の光には、『個性』とも言える特性がある。

 そしてキュアシャインの持つ特性は、恐らく『浄化』よ。」

 

 自分の答えに、キュアプリズムは眉を潜める。

 

「でも私たちだって、浄化技を使うことが出来るよね?」

 

 キュアプリズムの言う通り、『浄化』は希望の光が持つ、絶望の闇を祓う基本的な力のことだ。

 それだけならば確かに、キュアシャインの個性とまではならないだろう。

 

「ええ、あなたの言う通りよ。

 浄化技さえ使えば、私たちの誰でもできることね。

 でももし、あの子の力がその浄化に『特化』しているとしたら?

 誰しもが持っている能力でもひと際ずば抜けたものとなれば、その人の『個性』ってことにならない?」

 

 例えばキュアスパークこと要のように、『走る』ことは誰でも出来ても、誰もが追いつけないほどの『速さ』を持てば、それはその人を特徴づける立派な『個性』となる。

 その意味を悟ったのか、2人とも驚きながらキュアシャインの方を向く。

 視線の先、キュアシャインはたった1人でソルダークと応戦していた。

 ソルダークの生み出す吹雪をかき消し、氷の剣を砕き、そして今、ソルダークが身に纏った氷の鎧さえも苦も無く打ち砕いた。

 見かねたダンタリアがキュアシャインに闇の球体を投げつけるが、キュアシャインはそれを片手で払い除け、一瞬で消滅させる。

 ソルダークと、ダンタリアが絶望の闇を用いて生み出した力を、キュアシャインはことごとく打ち消していったのだ。

 そして前回の戦いでも、キュアシャインはソルダークの放った暴風を、『力の干渉した空間のみ』をかき消した。

 そこで2人は何かに気が付いたように顔を見合わせて驚く。

 

「『浄化』の特性って・・・もしかして。」

 

「『絶望の闇』だったら、何でも消せるってことか?」

 

「その通りよ!

 あの子の力は、ダークネスの源、『絶望の闇』そのものを『消す』ことに長けているのよ!」

 

 興奮を抑えきれない様子で千歳が答える。

 ありとあらゆる超常現象、技、武器に関わらず、絶望の闇によって引き起こされた事象であれば、キュアシャインは全てを打ち消すことが出来る。

 どれほど強力な能力だろうと、どれほど強力な武器だろうと、どれほど強固な盾だろうと、キュアシャインの力の前では何も意味を成さないのだ。

 それだけでは終わらない。

 キュアシャインがソルダークの腹部に打撃を叩きこむと、ソルダークが苦悶の声をあげて地に膝をつく。

 これまで彼女が打撃でソルダークにダメージを与えたことはほとんどなかったはずなのに、希望の光を制御できるようになったことでキュアシャインの基礎能力も大幅に強化されたのだ。

 そして絶望の闇を打ち消す彼女の『浄化』の特性により、ソルダークの力を削ぎ落す相乗効果が生まれ、ただの打撃がソルダークへの致命の一撃となって襲い来る。

 さらに末恐ろしいことに、これでもまだキュアシャインは、力の『一部分』しか制御できていないはずだ。

 そう、自分の故郷を救った、世界中の人々の絶望に勝った、あの膨大な希望の光をまだその内に秘めているのだ。

 その、ほんの僅かな力の片鱗でしかないはずなのに、キュアシャインは既にソルダークが手も足も出ないほどの力を振るっている。

 余りにも桁外れの強さを前に、ダンタリアさえも戦慄していた。

 

「間違いないわ。

 キュアシャインは、ダークネスにとっての天敵と言える存在。

 あの子が、私たちホープライトプリキュアの切り札よ!」

 

 あれほど強力な力を持ったソルダークさえも、余りにも一方的に叩き伏せるキュアシャインを見て、キュアスパークとキュアプリズムも唖然とする。

 そしてキュアシャインが力を目の前に集中させ、シャインロッドを召喚し・・・

 

「あっ、あれ?」

 

 ようとした瞬間、キュアシャインの身に纏われていた光が一気に霧散し、気配1つ残さず消えていった。

 その状況に千歳たちは勿論、ダンタリアも呆気に取られる。

 

「えっ?えっ?あれ?なっなんで急にちからがきえちゃったの?

 あれ?え?どして?」

 

 一方でキュアシャインは突然力が消えたことであたふたし始めた。

 

「・・・まだ、力を使いこなすまでには至ってないようやな。」

 

「ふふっ、そうみたい。」

 

 慌てふためくキュアシャインを見て微笑みながら、キュアスパークとキュアプリズムは、ダンタリアに奇襲されないようにキュアシャインの元へと駆け寄る。

 

「まだまだ、先は長いみたいね。」

 

 クスクスと微笑みながら千歳はキュアシャインの側による。

 

「キュアブレイズ?」

 

「でも、お疲れ様。後は私が引き受けるわ。」

 

 視界の先ではキュアスパークとキュアプリズムがダンタリアを足止めしてくれている。

 千歳は優しく触れるようにキュアシャインの頭を撫でた後、ソルダークへと立ち向かった。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

 ソルダークは吹雪を生み出して反撃するが、千歳は炎のヴェールを薙いで雪を吹き飛ばす。

 キュアシャインとの戦いで力を削がれた今、先ほどまでの威力は発揮できない。

 今が叩くチャンスだ。

 千歳は火球をソルダークに投げ飛ばし、直撃させて怯ませている内にブレイズタクトを構える。

 

「プリキュア!ブレイズフレアー・コンチェルト!」

 

 千歳の浄化技を受けたソルダークは、炎に包まれながら消滅していった。

 

「キュアシャイン、君はつくづく邪魔のようだね。」

 

 ダンタリアはその言葉を残し、姿を闇へと眩ませるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 次の日。学校から帰って来た千歳が夕食の支度をしていると、ドアが開く音が聞こえた。

 

「ただいま。」

 

 3日ぶりに聞く声に千歳は玄関へと勢いよく振り向き、駆け足で向かう。

 

「リン子!・・・えと、おかえりなさい・・・。」

 

 つい声を上ずらせてしまい、千歳は恥ずかしそうに顔を俯ける。

 

「その・・・もうすぐ夕ご飯の支度ができるから、先に荷物を部屋に置いて来たら?」

 

「ふふっ、ええ、そうさせてもらうわ。」

 

 そんな自分の様子を見て微笑んだリン子は、そのまま家にあがって寝室へと向かう。

 しばらくして、リン子が部屋から戻ってくると、食卓の上には夕食が綺麗に並べられていた。

 

「あら?私が作ってない料理まで置いてあるわね。」

 

「昨日、チェリーと一緒に作った分の余りよ。」

 

「そっか、それじゃあ。」

 

「「いただきます。」」

 

 久しぶりにリン子と唱和する『いただきます』に、千歳はどこかホッとする。

 

「あら?美味しいじゃない。」

 

「何よ、その意外そうな声は。」

 

「ふふっ、だってあなた、料理なんてしたことないでしょ?」

 

「むっ・・・。」

 

 突然突き付けられる事実に千歳は顔を顰める。

 何せそのなにも経験がないことで、今回は多くの友達に迷惑をかけてしまったからだ。

 

「この3日間、大丈夫だった?」

 

「・・・全然。失敗続きで恥ずかしかったわ。」

 

 千歳はこの3日間のことを包み隠さずリン子に話した。

 リボンの結びが滅茶苦茶で雛子に直してもらったこと。

 掃除をするつもりが汚してしまい、たまたま様子を見に来てくれた蛍に全て片付けてもらったこと。

 寂しい思いをしていたところを要に励まされたこと。

 そしてチェリーから一通りの家事の手解きをしてもらったこと。

 話ながら千歳は改めて自分の不甲斐なさを思い知る。

 そして1つの決意を固めてリン子に申し出た。

 

「ねえ、リン子。1つお願いしてもいい?」

 

「どうしたの?改まって。」

 

「今度から私にも家事の手伝いをさせてくれないかしら?」

 

「え?」

 

 リン子が驚いて目を開く。

 

「別に大丈夫よ。

 それに、これも私の仕事の内なのだからそんなこと気にしなくてもいいわ。」

 

 案の定、彼女も従者としての務めだからと断りを入れてきた。

 そうでなくてもリン子の立場を鑑みれば、きっと失礼極まりない申し出だ。

 リン子にとっての家事は自分の従者、メイド長としての務め。

 つまり今の申し出は、主たる自分が従者から仕事を奪うも同義だからだ。

 それでも千歳は、首を静かに横に振る。

 

「ねえリン子。私はこの世界ではお姫様でも何でもないのよ?」

 

「え?」

 

 自分の言葉にリン子が意外そうに驚く。

 

「私は、この世界ではただの中学生。

 夢ノ宮中学校2年3組、姫野 千歳であなたの『娘』よ?

『娘』が『母親』の家事を手伝うことって、そんなにおかしいことかしら?」

 

 この世界に来てからも、自分はフェアリーキングダムの姫、次期王位継承者としての矜持を捨てたつもりはない。

 先ほどの言葉は勿論、ただの詭弁だ。

 そして詭弁であることくらい彼女も承知だろうが、同時に理性的なリン子のことだから、屁理屈でもいいから、それらしい理屈を並べれば納得してくれるはずだ。

 

「千歳・・・。」

 

 そんな千歳の言葉にリン子は、どこか納得したような、それでいて呆れたような表情を浮かべていた。

 

「それに、今回みたいにまたリン子が出張でいなくなったときのために、私にはこの世界での家事を覚えておく必要があると思うのよ。

 リン子、今回3日程度の出張ならって引き受けてしまったのでしょ?

 立ったらこの先も、3日くらいの出張ならって、また頼まれることがあるのじゃないの?」

 

 後の理由は、蛍にもうカッコ悪いところを見せたくないからと言うのもあるが、こればかりは心の中にとどめておく。

 最もリン子にはそんな見栄っ張りはお見通しだろうけど。

 

「・・・そこまで言うならわかったわ。

 私も『母親』として、『娘』であるあなたの将来を考えて、家事を教えることにするわ。」

 

 そして妙に芝居がかった口調で苦笑しながらもリン子は了承してくれた。

 その事を千歳は喜びながら、これまでリン子にどれほどお世話になってきたのかを、今になって自覚する。

 

「リン子。」

 

「なに?」

 

「・・・ありがとね。今まで私の面倒を見てくれて。」

 

 だから千歳は自分でも珍しいと思うほど、リン子に対して素直な感謝の気持ちを伝えた。

 自分とリン子は主と従者。親子という関係はあくまでこの世界での隠れ蓑。

 それでも赤子の頃から自分を育ててくれたのは、紛れもなくリン子だった。

 そしてそんなリン子に、実の母と同じくらい『親』であると慕っている。

 

「それから・・・これからもよろしくね。」

 

 同時にまだ自分には、彼女から離れて1人立ちするなんて、無理であることをイヤでも理解した。

 

「ええ、どういたしまして。」

 

 そんな千歳に対してリン子は、正直見飽きたと言ってもいいほど、まるで母親が娘を慈しむかのように微笑んだ。

 それでもその微笑みを3日ぶりに見ることの出来た千歳は、久しぶりのリン子との食卓を心から嬉しく思うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 次回予告

 

「えへへ、リリンちゃん、げんきになってよかった。」

 

「そう?」

 

「うん、わたしずっとしんぱいしてたんだから。」

 

「そっか・・・。」

 

「これからもまた、いつものようにあの場所であおうね!」

 

「うん・・・。」

 

(もしもあなたの正体を知ったとき・・・あたしは・・・。)

 

 次回!ホープライトプリキュア第19話!

 

 大ピンチ!?キュアシャインの正体がバレちゃった!!

 

 希望を胸に、がんばれ!わたし!

 


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