ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第17話・Aパート

クラス団結!夢ノ宮中学校大運動会!

 

 

 

 天気予報によれば今日は一日晴天。

 その通りに見渡す限り雲一つのない青空の下で、雛子たちのクラスは運動会の予行練習のためにグラウンドに整列していた。

 今行われているのは50m走の予行練習だ。

 横6列で並びながら、空砲を合図にクラウチングスタートの練習を行っている。

 ちなみに運動会の予行練習中は、各クラスの担任が授業を受け持つことになっているので、長谷川先生が空砲を手に合図を送っていた

 雛子と愛子は同じ列に並び、自分たちの番を待ち続けているのだが、額には既に汗が浮かんでいる。

 まだ春の余韻を残す季節とはいえ、空からは容赦なく陽の光が降り注いでおり、インドア派の雛子にとっては立っているだけで嫌になる天気である。

 

「さすがにちょっと暑いわね~。」

 

 隣に並ぶ愛子が小声でぼやく。

 普段の体育の時間ならまだ身体を動かしている分、気が紛れるが、今はどの競技の練習でも立って並んでいるだけの時間の方が多い。

 一点に留まるだけで他に何もしないので、身に浴びる太陽の光と言うのを普段以上に意識してしまうものだ。

 

「本当、どうせなら本番みたいに応援席のキャンプで待機だといいのに。」

 

 愛子に答えるように雛子がぼやく。

 当日は競技に参加するときと開幕閉幕の挨拶以外のときは、三角テントの下で応援することになっているので、四六時中太陽光の真っただ中に晒されることはない。

 そのこともあってか、運動会の時期は本番よりも練習の方がキツイと言う生徒も多いのだ。

 

「あっ見て雛子、蛍ちゃんたちの番だよ。」

 

 雛子と愛子は、何列か前にいる蛍の列に目を配る。

 身長の高い雛子にはそのままスタート位置の様子が見え、愛子は列の隙間から顔を覗かせる。

 蛍の列には要と真も並んでおり、要は右手の拳を左手のひらで叩き、真は格闘家の構えのように両手を腰の位置まで引いていた。

 なんでそんなに気合を入れているのか、と雛子と愛子は揃ってため息を吐く。

 と言うのも夢ノ宮中学校の予行練習は、一切の実演を行わないことになっているのだ。

 曰く、予行練習の内に勝敗が分かっては何も面白くないからとのこと。

 余談だがこの言葉に、我らが2年1組を代表するスポーツバカども、要、真、そして健太郎の3人は首を大きく縦に振って頷き、雛子は今みたいにため息を吐いた記憶があるが、要するにこの50m走の練習も、空砲の合図と同時に3歩走るだけで終わりなのだ。

 確かにこの世には練習は本番のように、本番は練習のようにと言う言葉があるので、どれだけ些細な練習であろうと本番と同じ気持ちで取り組むことは大事かもしれないが、あんな如何にも『誰が相手だろうと関係ない!まとめてかかってきやがれ!』と言わんばかりの気合の入れ方をする必要までは流石にあるとは思えず、ついでに言えば50m走で見せる気合の入れ方でもない。

 

「要も真も相変わらずなんだから。」

 

「あははっ、そうだね。」

 

 雛子の言葉に愛子も同意する。

 毎年この時期の要と真は、遠足前の小学生だってあそこまではしゃがないだろうと思うほどにテンションが高くなる。

 何よりも体を動かすことが好きな2人だから気持ちが昂るのは分かるが、特にスポーツが生命源と言っても過言ではないスポーツバカの要は、日頃の暑苦しいノリがさらに5割ほど増しているので、隣にいるだけで気力を吸い取られる思いである。

 

「位置について。」

 

 と、そんなことを考えている内に、要たちの列の予行練習が始まった。

 雛子は要から視線を反らし、蛍の方へと目を向ける。

 例年通りテンションの上がっている悪友はさておき、運動は苦手と語る蛍の方は心配だ。

 自己評価が極端に低い彼女のことだから、運動は苦手だと言いながらもなんだかんだで人並みにはこなせるだろうと思っていたが、こればかりは彼女の評価通りだった。

 日頃からある種の労働といえる家事を毎日こなしているので、体力が極端に劣っていると言うことはないと思うのだが、あの緊張しやすくアガリ症な性格のためか力が空回りしやすく、130cmと言う小柄な体格から来るハンデも合わさって体育の授業もまともにこなせたことがない。

 学校内では可愛い笑顔でどんな授業も楽しんでいた蛍でも、体育の授業だけはどこか億劫な雰囲気をみせているくらいだ。

 そんな彼女からすれば、休日を返上して一日中体育の授業を行うと言っても過言ではない運動会は紛れもなく地獄なのだろう。

 

「蛍ちゃん大丈夫かな?」

 

 愛子も不安そうに尋ねてくる。

 案の定蛍は、緊張で身体をガチガチに固めていた。

 クラウチングスタートなのに全然腰を落とせておらず、あれでは『よーい』の姿勢とほとんど変わっていない。

 かと言って無理やり腰を落としたら間違いなく倒れるだろう。それほどに体のバランス取りが悪いことが一見にしてわかる姿勢である。

 

「よーい。」

 

 よーいの合図がかかるが、案の定腰をほとんど浮かせていない。

 

 

 パアーン!!

 

 

「ひゃあああっ!!」

 

 そして直後、空砲の発砲音が鳴り響くと同時に蛍は驚きのあまりその場でしりもちをついてしまった。可愛い。

 ついでにその姿が前に立つ生徒の影に隠れてしまったことに内心舌打ちをする。

 

「蛍、大丈夫?」

 

 隣に並んでいた要が蛍に手を差し伸べる。おい、ちょっとそこを代われ。

 

「いたた・・・ありがとかなめちゃん。」

 

「あはは、びっくりするよな、空砲の音。」

 

「うん、あのおと、びっくりするからキライだよ・・・。」

 

 空砲の音に腰を抜かす蛍をバカにすることもなく、要は蛍の手を引いて立ち上がらせる。

 

「それじゃあ、一之瀬たちの列はもう一回やり直すぞ。

 一之瀬、今度は大丈夫か?」

 

「はっはい!」

 

 蛍の叫びに驚いて全員がスタートを上手く切れなかったのでもう1回やり直すことに。

 

「では、位置について、よーい。」

 

 

 パアーン!!

 

 

 今度は空砲の音に驚くことなく、全員がほぼ同時にスタートを切り、

 

「あいたっ!」

 

 蛍だけが勢い余って前のめりに倒れ込んだ。可愛い。

 

「蛍、大丈夫?」

 

 すると3歩走った要が身を翻して蛍に再び手を差し伸べる。羨ましい。

 

「いたた・・・ありがとかなめちゃん。」

 

「焦らない焦らない。これは練習なんやし、もっと気楽にしてこ?」

 

「うっうん・・・。」

 

「一之瀬、もう1回やり直すか?」

 

「はっはい!」

 

 先生の言葉に蛍は頷く。

 とは言えこれ以上次の生徒たちを待たせるわけにも行かず、蛍と同じ列に並んでいた生徒はグラウンドの中央に並んで待機し、蛍は次の列の人たちと並び、外線で行うことになった。

 

「それでは、位置について、よーい。」

 

 そして迎えたTAKE3

 

 

 パアーン!!

 

 

 空砲の音とともに蛍が地を蹴り走り出した。

 2度の失敗を乗り越えついに走ることに成功した蛍の姿に、クラスメートから思わず「おおっ!」と感嘆の声が漏れる。

 が・・・

 

「あれ?蛍ちゃん!3歩走ったらおしまいだよ!おしまい!!」

 

 だがグラウンドの中央で待機していた真が、蛍の様子がおかしいことに気付いて注意する。

 一緒にスタートを切った他の生徒たちが全員3歩で止まったのに、蛍はそのままわき目も振らず走り出したのだ。

 しかも走らなければならないと言う思考で頭がいっぱいのせいか、真の言葉が耳に届いていないようだ。

 すると真の隣に並んでいた要が、蛍の元へと全速力で駆け出した。

 学年1位の駿足を武器にあっという間に蛍の正面へと回り込み、そのまま彼女を抱き止める。何て役得な。

 

「わぷっ。」

 

 蛍からすれば、突然目の前に要が現れそのままぶつかったようなものだろう。

 驚いて声をあげるも、要が衝撃を全て受け止めたので特に痛がるような様子はなかった。

 

「蛍、練習なんだからホントに走らんくてもいいんだよ?」

 

「あ・・・。」

 

 そして要の言葉に予行練習であることを思い出した蛍は、顔を真っ赤にする。

 その後、要と手を繋ぎながらグラウンドの中央に向かう蛍の姿を見て、雛子は羨ましいところを全て要に独り占めにされたことを密かに悔しがるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 昼休み。

 いつもの食堂を訪れた要たちは、千歳と未来、優花の含めた6人で昼食を取っていた。

 

「なるほど、それで今日はこんなに元気がないのね。」

 

 出会いがしらさっそく蛍の様子がおかしいことに気付いた千歳に、要は今日の体育で起きた出来事を全て話す。

 ちなみに蛍が今顔を俯かせているのは、落ち込み半分と千歳に話を聞かされた恥ずかしさ半分でだ。

 

「や~、蛍ちゃんにも苦手なものがあったとはね~。」

 

 未来が意外そうにぼやく。

 要も普段の体育の様子を知らなければそう思っただろう。

 それだけ蛍は一通りのことを器用にこなせる子なのだ。

 

「去年の運動会とか大丈夫だったの?」

 

「わたし、きょねんはかぜでおやすみしてたから・・・。」

 

 興味本位で聞いてきた優花の質問に、蛍が元気のない声で答える。

 と言うことは今回の運動会が、蛍にとって初めて中学校で行われる運動会と言うことになる。

 

「ほら蛍、いつまでも落ち込んでいないで元気出しなさい。」

 

「ちとせちゃん・・・。」

 

「足を引っ張るかもしれないって思う気持ちはわかるけど、落ち込んだって何も変わらないわ。

 自分のベストを尽くして頑張る。それしかないのだから、もっと前向きに行きましょ?」

 

「・・・うん、そうだね。」

 

 千歳が厳しくも優しい声色で諭し、蛍はゆっくりと顔をあげる。

 すると千歳は自分のお弁当から卵焼きを取り蛍の口元へと運んだ。

 

「はい、あーん。」

 

「あっ、あーん。」

 

 やや恥ずかしがりながらも蛍は千歳に卵焼きをあーんしてもらい、無事元気を取り戻したようだ。

 

「そういえば、千歳もこの学校では初めての運動会だよね?」

 

「ええ、そうね。」

 

 蛍が元気を取り戻したところで、要は千歳に話を振るう。

 千歳がこの学校に転校してきたのは昨年度の末だし、何より彼女はフェアリーキングダム出身だ。

 あちらの世界の学校については何も知らないが、彼女にとっては、運動会そのものが初めての可能性だってある。だから要は1つ気になることがあったのだ。

 

「どう?この学校の運動会は?」

 

 要にとっての運動会とは何も当日だけに当てはまらない。

 準備期間の中でクラス全員が勝利のために自然と一致団結していく。

 そんなムードも大好きで、それは他のどのクラスだって変わらないはずだ。

 最近千歳が、何かとこちらに近い思考を持つのだなと薄々感じてきたので、千歳ならこの空気を分かち合えると思ったのだが・・・

 

「ええと・・・。」

 

 千歳はどこか渋い表情を浮かべてなぜか未来と優花の様子を伺った。

 その予想外の仕草に要が首を傾げていると、未来がため息1つ吐いた後に理由を話す。

 

「うちのクラス、千歳をめぐってちょっとゴタゴタがあってね。」

 

「え?なんで?」

 

 理由がわからず困惑する要に優花が言葉を綴る。

 

「どの個人種目に出るかで、千歳の取り合いが発生しちゃったの。」

 

「「ああ・・・。」」

 

 そして語られた理由に要と雛子は揃って頷く。

 生徒1人が運動会に参加できる種目の数は、複数の全体種目と、クラスの代表者が出場する個人種目が1つとなっている。

 そして個人種目を決める場合、クラスからその競技をこなすのに最も必要な能力に長けている人が推薦されることが多い。

 例えば要の場合、足の速さを買われて女子400mリレーに推薦された。

 ちなみに去年も同様である・・・と言うか最も優れたものが推薦されると言う都合上、大体の生徒が毎年同じ個人種目に出場しており、毎年順位を競い合うライバルが自然と生まれることも多いほどだ。

 積もるところ、個人種目の参加者を決める場合、誰が一番適正かをクラスで話し合って決めることになるのだが、千歳は文武両道のハイスペックオールラウンダー。

 あらゆる能力に突出しており、全ての競技で切り札と成り得る能力を持っているのが災いして、クラスメートから引っ張りだこの状態になってしまったようだ。

 

「千歳って体育の授業でも、長距離走も短距離走もサッカーもバレーも何でも、現役部員をコテンパンに打ち負かしちゃうくらいだしね。

 ちなみにバスケの時間、私はボロ負けしました!」

 

 同じバスケ部員として少々聞きずてならない言葉があったように思えたが、今は気にしないことにする。

 その後も千歳を巡ってクラス内で派閥が生まれ、団結するどころか空中分解してしまい、見かねた未来が何と全員を説得してようやく出場する種目が決まったようだ。

 まさか千歳の能力がこんな形で裏目に出てしまうとは、思いもよらない話である。

 

「そんなことがあったんか・・・。」

 

 要は千歳に同情する。

 最終的に丸く収まったとはいえ、初めての運動会で自分の力を巡ってクラスがバラバラになってしまったのだから複雑な心境だろう。

 そのことを思い出したのか千歳は苦笑いを浮かべていた。

 一方で、そうまでして取り合いになった千歳が最終的にどの種目に落ち着いたのかは気になるところである。

 

「それで、結局何に決まったん?」

 

「ちっちっち、そう簡単には教えられないわよ。

 要もわかるでしょ?

 わざわざ敵に情報と言う名の塩を送る必要があると思う?」

 

 未来は指を振りながら要の申し出を断る。

 だが彼女の言う通り、運動会前の情報アドバンテージはとても大きいものだ。

 相手がどの個人種目に出場するかを前もって知っておけば、対抗戦力たる生徒を推薦することだってできる。

 逆に偽りの情報(フェイクニュース)を流し込めば、相手側の油断を誘ったり、上手く行けば選出メンバーの扇動さえも可能だ。

 現に今の時期は、他クラスからスパイが差し向けられたり、逆に自分たちから差し向けたり、クラスの違う友達からこっそりと情報を引き出したり、嘘八百な情報を流したりと、熱い情報戦が学校の各地で行われている。

 それはこの場においても変わらない。

 今目の前にいる真鍋 未来は、部活仲間であり、友人であるが、運動会のときには敵になる。

 そう、昨日の友は今日の敵・・・

 

「別にいいじゃない、教えてしまっても。」

 

「「ちょっ!」」

 

 が、当の情報源たる千歳はそんな高度な情報戦と言う名のスパイごっこにノッてくれるつもりはさらさら無かった。

 要と未来は揃ってガックリと肩を降ろす。

 

「それに、私たちには分かっているんだから、教えなければフェアじゃないじゃない。」

 

 だが直後、何やら含みのある言葉を放ちながら、千歳は要に挑戦的な視線を送ってくる。

 その意図が分からず、要は首を傾げるが。

 

「私が出場するのは、女子400mリレーよ。」

 

 その言葉で千歳の視線の意味も、なぜ未来が3組の生徒たち全員を説得できたのかも全て理解した。

 要は自分が2年生の中で、いや、学校内で一番足が速いと言う自信がある。

 現に去年の運動会における400mリレーでは、他のチームを圧倒する高得点を叩き出したのだ。

 そして部活仲間である未来は自分の足の速さをいつも間近で見ており、去年の傾向から今年の女子400mリレーでも要が推薦されることを確信したのだろう。

 だから対抗馬として千歳を推薦した。

 そしてその予想はバッチリと的中していたのである。

 

「なるほど、ウチに対する挑戦状ってわけか。」

 

 要は答えを教えるように、挑発的な言葉と視線を千歳に送る。

 

「挑戦状?違うわ。これは必勝宣言よ。」

 

「ほう、随分な自信やないか。

 あんたかて、ウチの速さを知らないわけやないやろうに。」

 

「ええ、だからこそわかるわ。

 要、あなたは決して勝てない相手ではないってことをね。」

 

 要と千歳は不敵な笑みを浮かべながら挑発に挑発を返して一歩も引かない。

 その様子を雛子と優花は呆れた眼差しで、未来は面白そうと言わんばかりの表情で見て、蛍だけは場の空気についていけないのか、ポカーンとした表情を浮かべていた。

 

「蛍ちゃんはどの競技に出るの?」

 

 そんな空気に付き合い切れないと言わんばかりに、優花が蛍に話を振って来た。

 

「えっとね、わたしはひなこちゃんといっしょに二人三脚にでるんだ。」

 

「え?雛子と一緒?大丈夫?」

 

 蛍の答えを意外に思った優花がそんな疑問を口走る。

 

「ああ、むしろ雛子だからこそ任せられるんだよ。」

 

 そんな2人の会話をちゃんと聞いていた要が、千歳との睨めっこから帰って来て答える。

 

「雛子だから?」

 

「そっ、だって2人を二人三脚に推薦したのはウチやもん。」

 

 優花が疑問に思うのも当然だろう。

 なにせ蛍と雛子の身長は30cm近くも差があるのだ。

 互いの歩幅が合わないのは火を見るよりも明らかであり、それは二人三脚をする上で致命的な欠点となりかねない。

 だが本番になれば蛍は間違いなく緊張するだろうから、例え体格が近しい人と組んだとしても足並みが合わなくなる可能性が高い。

 最悪の場合、転倒を繰り返してまともに歩を進められないこともあり得るのだ。

 だがここで、蛍バカ代表である雛子が蛍と組むのであれば、蛍の緊張による変化も瞬時に察して彼女のペースに合わせるように素早く軌道を修正してくれるであろう。

 ・・・ともすれば、リリスとはまた別の意味で一種の畏怖を抱く話だが、それはそれとして雛子は蛍のためとあらばあらゆる労力を辞さないし、蛍もなんだかんだで雛子には大きな信頼を抱いている。

 2人の歩調が上手くかみ合えば、運動が苦手という蛍の短所をカバーすることできる。そしてそのための適任者に雛子以上に相応しい人はいない。

 これには蛍と雛子を含めたクラス全員が、良いアイディアだと納得してくれた。

 我ながらナイスな采配であると要も自画自賛したものである。

 本音を言えば、完走することができれば蛍も達成感を得ることができるだろうと言う打算もある。

 そうなれば、少しでも運動会の楽しみを分かち合えると思ったからだ。

 

「なるほど、そうゆうことね。」

 

 どことなく感心した様子で未来が頷き、要は得意げに腕を組む。

 

「私が一緒に走るからには大丈夫よ。蛍ちゃん、安心してね。」

 

「うん、ありがと、ひなこちゃん。」

 

 これまでにも雛子の内に秘めた情熱に振り回されてきた蛍だが、相も変わらず雛子には信頼を寄せている。

 人を疑うことを知らないお人好し、というよりは一度信じた相手のことはとことんまで信じ抜くタイプなのだろう。

 愚直なまでに純真と言えるが、そんなところが蛍の良いところだと思うし、だからこそ彼女の周りには自然と彼女を助けたいと思う人たちが集まってくるのだろう。

 かく言う要自身もその1人である。

 

「協力すると言うのは力と力を合わせることじゃない。

 心と心を合わせることだ。ね。」

 

 すると雛子と蛍のやり取りを見ていた千歳がそんなことを言ってきた。

 その言葉に要は昨日の朝に見ていた番組のことを思い出す。

 

「あっ、それって昨日のオルレンジャーでオルレッドが敵怪人に言ったセリフやん。」

 

「ええそうよ、これまでの分と合わせて週末に全部見てみたのよ。

 とても面白かったわ。

 そうだ、ありがとう雛子。わざわざ全部貸してくれて。」

 

「どういたしまして、楽しんでもらえて何よりだわ。」

 

 そう言えば先週雛子からこれまで録画しておいた分を全部借りたとか言っていたか。

 千歳と同じ趣味を共有できることを要は嬉しく思う。

 お互いに異なる話題に触れ合うのもまだ見ぬ世界が広がるので良いものだが、互いに語り合える共通の話題があるのは嬉しいことである。

 

「へ~千歳もオルレンジャー見ることにしたんだ。」

 

「未来と優花は?」

 

「私は普段見ないけど、要の家に遊びに行ったときにたまに見せてもらってるわ。」

 

「私はピュアキュアが見たいからその流れで軽く見てるね。」

 

 未来と優花がそれぞれ答える。要から言わせれば、2人ともよほどマニアックな会話でない限りはついていけるレベルである。

 

「さっきのセリフもそうだけど、昨日のレッドは終始カッコよかったよな~。」

 

 要はそう感慨深そうに語る。

 オルレンジャーのリーダーであるオルレッドは、正義感が強く曲がったことが大嫌い、仲間との友情と絆を信じて果敢に悪に立ち向かうステレオタイプのヒーローだ。

 だがそんなオーソドックスなヒーロー像が要は大好きだ。

 正義の味方には愛と勇気とド根性は欠かせないのである。

 そんな要の言葉に、千歳は予想通りと言わんばかりに口元に手を置いてクスリと笑う。

 

「やっぱり、要はレッドがお気に入りなのね。ちなみに私は・・・」

 

「ブラックやろ?」

 

 そんな千歳に仕返しするかのように要は彼女の言葉に割って入る。

 

「え?どうしてわかったのよ?」

 

「やっぱり。」

 

 オルブラックは冷静沈着でクールな一匹狼な青年だ。

 普段はみんなと離れて単独行動を取っており、秘密基地にもよほどのことがない限り顔を出さない。

 馴れ合いを好まない上に口数も極端に少なく、一見すると冷たい印象を与えるキャラだが、本心は情に熱く、そして美味しいところだけをかっさらっていく役回りが非常に多い。

 これまたステレオタイプな二枚目キャラなのである。

 そして千歳の『そっちの好み』を十分に理解している要にとっては予想通りも予想通り過ぎる答えである。

 

「だってカッコいいじゃない。

 普段は群れることを嫌い1人でいるけど本当は仲間のことを大切に思っていてピンチの時は颯爽と駆けつけ窮地を救ってくれる。口数は少ないけどそれゆえに一言の重みがとても大きいまさに私の憧れのキャラよ!」

 

 その割にはその憧れとやらを軽く早口で捲し立てているわけだが、千歳のブラックに対する情熱と、ハマり出したら凝り出す性分であることだけは理解した。

 

「え・・・?」

 

 するとその言葉を聞いた蛍は、なぜか不安げな表情で千歳に視線を向ける。

 

「ちとせちゃん・・・ひょっとしてわたしたちといっしょにいるの、ホントはイヤだったりするの・・・?」

 

「え・・・。」

 

 そんな蛍の思わぬ言葉に、千歳の顔が見る見る内に青ざめていく。

 

「ちっちがうわ!

 私が憧れているのはその姿勢と言うか、窮地に颯爽と駆けつけてくれるところって言うか・・・

 とにかく!私がみんなと一緒にいる時間を嫌だなんて思ったことはないから!

 渡しは蛍たちと一緒にいる時間が大好きだから!」

 

 目を潤ませる蛍を前に、さすがの千歳も動揺を隠せず、継ぎ接ぎながらも質問に答える。

 

「そっ、そっか、よかった・・・。」

 

 すると蛍はホッとした様子で安堵の笑みを浮かべた。

 先ほどの破壊力満点の潤んだ表情と言い、隣にいる悪友なんかは思わず・・・

 

「キュン♪」

 

「早いよ!!」

 

 自分が頭に思い描くよりも先に反応した雛子に対して要は思わずツッコミを入れる。

 

「あはは・・・蛍ちゃんはあの中で例えるならオルピンクだね。」

 

「え?」

 

 そして一連のやり取りを見た優花がそんなことを言ってきた。

 オルピンクはメンバー内では最年少の女の子で、自分に自信のない消極的な性格だ。

 能力も一番弱く、敵との戦いでピンチに陥ったりする回数もダントツに多い、所謂囚われ系ヒロインポジションである。

 そんなヒーローらしからぬ立ち位置に批判的な意見も見受けられるが、一方でどんな逆境でも決して諦めない芯の強さも持ち合わせており、健気に頑張る姿には多くのファンも存在している。

 余談だが、他のメンバーからはやたらと大事にされており、特にフェミニスト気質な紳士のブルーと、世話焼きのお姉さんポジションであるイエローはそれが顕著である。

 余談だがこの5人に加えて、オルレンジャーのレギュラーキャラには司令官もいるのだが、こいつが相当な曲者であり、普段はのんべえでだらしがなく、イエローとピンク、特にお気に入りのピンクに対して度々セクハラ発言をかましてくる、時間帯を考えると割ととんでもないキャラクターである。

 だがメインとなるターゲット層が層だけにストレートな発言こそ飛んでこないものの、比喩表現を多用するのが災いしてやたらと語彙力の高いキャラとなってしまい、その遠回しかつ絶妙な言葉選びから繰り出させるお子様お断りなセクハラ発言の数々は、大きな友達相手から多大な指示を得るに至ってしまった、ある意味今作最大の大人の問題児キャラである。

 

「確かに、蛍ちゃんはピンクって感じだね。」

 

 優花の言葉に雛子も同意する。

 ちなみにこれには蛍がピンクのプリキュアであるからという意味は含まれていない。

 

「わっ、わたしは、あんなに可愛くないよ・・・。」

 

「な~に言ってるの。蛍ちゃんも十分可愛いじゃない。」

 

「そうよ、蛍ちゃんも負けないくらい可愛いわよ。」

 

 優花と雛子に褒めの嵐を受けた蛍はさっそく顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 そう言えば優花は小動物好きで、雛子とは別の方面で可愛いものが好きだったか。

 この2人、これまではあまり接点がなかったから会話したことがあるのもほんの数回だが、こうしてみるとかなり厄介な組み合わせかもしれない。主に蛍絡みで。

 

「迂闊だったわ・・・。

 確かにブラックに憧れると言うことはそうゆうことになるわよね・・・。」

 

 すると先ほどまで頭を抱えていた千歳がようやく我に返ってきた。

 

「いや、そこまで真剣に思い詰めんでもええで?」

 

 だが思い詰めていた内容が内容なだけに今度は要が頭を抱える。

 創作物上のキャラクターに対する好意や憧れといった感情は、現実とフィクションの境界線がしっかりとできていれば、現実味のない遠い世界を見ているような漠然としたものでしかならないのに。

 その感情が実際に人格に影響を及ぼしてしまうのが常ならば、悪役が好きな人たちはもれなく犯罪者予備軍である。

 ・・・ここまで考えて要は、今まさに『現実』に変身して悪の手先と戦い、真隣に異世界から来た友達がいる自分はとっくに空想と現実の区別がつかなくなってしまったのでは?と少し末恐ろしくなったのは内緒である。

 

「はっ!私はブラックではなくブルーに憧れるべきかしら!?」

 

「蛍のために好きなキャラ変えるの!?」

 

 先ほどの話題はしっかり聞いていたのか、蛍をピンクと例えるなら、ピンクに対して過保護なブルーこそが理想とするキャラではと考えたのだろうが、つい先ほど、溢れ出る憧れを語り尽くされたのにあっさりと捨てられるブラックが不憫でならない。

 一体どれだけ蛍バカなのだこいつは!?

 

「それなら私は司令官のおじさんがいいかな?」

 

 そんな千歳のボケに優花がさらにボケを重ねる。

 

「そのチョイスは女の子としてどうかと思うよ?」

 

 だが優花の言葉に未来がごもっとも過ぎるツッコミを入れる。

 ピンクがお気に入りと言う共通点から名乗り出たのだろうが、優花にはあの司令官ほどの語彙力は期待できない。

 遠回りなど一切せず豪快にド真ん中ストレートをぶち抜いてくるだろう。クレームの嵐どころか、放送中止ものである。

 

「じゃあ私はイエローに・・・」

 

「収拾つかんからお願い黙って!」

 

 雛子のボケを先読みした要が無理やり割って入って言葉を遮る。

 

「はあ、千歳、あんた悪の手先よりもまずあの2人からお姫様を守るべきじゃない?」

 

 そんな優花と雛子を見て一沫の不安を感じたのか、未来がため息を吐いて呆れながら千歳に問いかけた。

 

「何を言っているの?2人が蛍に酷いことをするわけないじゃない。」

 

 だが千歳はキョトンとした様子で未来の不安は杞憂と語る。

 お姫様で通じてしまうのもどうかと思うが、確かに千歳の言うように、いくらあの2人が蛍にお熱と言ってもさすがに彼女の嫌がる真似をするとは・・・

 

「それに、」

 

「ん?」

 

「2人の言っていることは何も間違ってないからね!」

 

 千歳の言葉に要と未来の頭の中に一気にブリザードが吹雪く。

 

(・・・あ、ダメだこいつら。)

(・・・あ、ダメだこいつら。)

 

 

 そしていつもの様にキリッとした最高にカッコ良い顔で最高にカッコ悪いことをのたまう千歳に、要と未来の考えていることが見事シンクロするのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 放課後の教室、要と雛子は、買い物があるからと早くに帰る蛍を見送る。

 

「それじゃあ、かなめちゃん、ひなこちゃん。またあしたね。」

 

「また明日。」

 

「蛍ちゃん、バイバーイ。」

 

 だが別れの挨拶をする蛍の笑顔にはいつもの明るさはなく、足取りもどこか重たそうだった。

 よっぽど運動会が憂鬱なのかと要は少し心配になる。

 

「蛍ちゃん、やっぱり元気がないみたいね。」

 

「かな子。」

 

 そんなことを考えていると、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、そこには2年1組の学級委員にして生徒会役員も務めている女子、東條 かな子(とうじょう かなこ)が立っていた。

 少し生真面目で堅物なところがあるが、誰もが笑いながら楽しい学校生活を過ごせるような学級を作ると言う理念を持ち、学校行事があれば率先してクラスを牽引して盛り上げてくれる。

 高いリーダーシップと行動力を併せ持つ、我らが2年1組のリーダーである。

 

「まあ、普段の授業でも体育だけは本当に苦手そうだものね彼女。」

 

「そうだね。

 でも蛍にも運動会を楽しんでもらいたいし、ウチも何とかしてあげたいとは思ってるんだけど。」

 

 運動が苦手な蛍に運動の楽しさを教える、なんてハードルの高いことは要求しないが、クラスが一丸となって学校の行事に取り組むことの楽しさだけは、何としても彼女に教えてあげたい。

 彼女がずっと独りぼっちで、友達と過ごせる学校生活に憧れていたと言うのであれば猶更である。

 確かに学校行事だけに限れば、この先も修学旅行や文化祭もあるだろう。

 だが運動会には運動会にしかない楽しみと、乗り越えたときの達成感がある。

 自分本位な考え方かもしれないが、何よりもそれが好きな要だからこそ、その気持ちを蛍に教え、一緒に分かち合いたいのだ。

 

「ねえ2人とも、ちょっといいかしら?」

 

 するとかな子がメガネをクイっと上げながら聞いてきた。

 彼女がメガネを上げる仕草をしたときは、良いアイディアがある合図である。

 

「何?改まって。」

 

「2人に蛍ちゃんに頼んで欲しいことがあるのよ。」

 

「それなら、かな子から直接蛍ちゃんに伝えればいいじゃない。」

 

「私よりも、友達であるあなたたちが頼んだ方が蛍ちゃんも気が楽だと思うの。

 あの子、結構人見知りするタイプでしょ?」

 

「ふふっ、まあ確かにね。」

 

 いくら蛍が傍から見てもわかりやすい性格をしているとはいえ、先ほどの蛍の様子を見抜いた発言と言い、相変わらずクラスメートのことは誰よりも見ているなと要は感心する。

 クラスメート1人1人をよく見て個性を尊重し、困っているのであればこうしてさり気なく手を差し伸べられるのが東條かな子と言う少女だ。

 彼女のこうした陰ながらの努力もあってか、自分たちのいるこの2年1組は他のクラスと比べても明るく、和気藹々としたクラスであると思っている。

 そんなクラスの雰囲気を作り出せるかな子の事を、要は内心尊敬しているのだ。

 

「なるほどね、それで、頼み事って?」

 

「実はね、運動会当日に蛍ちゃんにお願いしたいことがあるのだけど・・・。」

 

 その頼みごとを聞いた2人は、これなら蛍も一緒に運動会を楽しむことができるだろうと思うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 モノクロの世界。

 リリスは壁を背にして膝を抱えていた。

 キュアシャインの正体を暴く。

 それが自分に課せられた指令であり、現状最も最優先とすべきことはわかっているはずなのに、リリスは行動を起こす気になれずにいた。

 

「いつまでそうしているつもりだ?」

 

 そんなリリスにサブナックがいつもと変わらぬ口調で問いかけてくる。

 

「あなたには関係ないでしょう?」

 

 リリスはそれを冷たくあしらう。今は誰とも会話したくないのだ。

 

「行動隊長でありながら主の命を無視するつもりか?」

 

「っ・・。」

 

 だが直後のサブナックの言葉にリリスは歯噛みする。

 そんなつもりは毛頭ない。

 ただ主の命令に従い動く、それ以外に行動隊長に価値はない。

 自ら任務を放棄するのは、自分自身の価値を捨てるも同然だ。

 

「そんなこと言ってないでしょう・・・。」

 

 だがリリスの言葉はか細く途切れる。

 もしも行動隊長としての価値をなくしたら、自分はどうなるのだろうか・・・?

 存在そのものがなくなるのか、それとも全く別の・・・。

 そんな意味のない疑問が頭をよぎり始めたので、リリスは思考を断つべく立ち上がる。

 

「・・・2週間ぶりかしらね。かの地に行くのも。」

 

 それだけを言い残してリリスはその場から姿を消した。

 だがほんの、何気ない一言のつもりだったが、サブナックはリリスの言葉に眉を潜めるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 夕食の買い物に商店街を訪れた蛍は、落ち込んだ表情で噴水広場へと足を運んだ。

 運動が好きでない自分にとって、運動会はできれば参加したくないのも事実だが、今年は要たちが一緒にいてくれる。

 運動会に向けて懸命に取り組む要たちの姿を応援するのは楽しいので、今年の運動会に参加することは、実際のところそれほど嫌でもないのだ。

 それなのに、いまはとても気分が重たい。

 僅かな楽しみを霞めてしまうほど、蛍の心には陰りがあった。

 

「リリンちゃん・・・。」

 

 彼女に会えなくなってから、はや2週間が経過していた。

 ここ最近彼女と会う頻度が増えて来たかと思ったら、急に2か月前まで時間を戻されたかのようだ。

 声だけでも聴きたいと思っても、リリンは携帯電話を持たない。

 住んでいる場所も知らないから直接会いに行くこともできない。

 

「・・・そういえば、わたし・・・。」

 

 リリンのことについて、知らないことばかりだ。

 以前千歳に問われたことを今になって実感する。

 それでも、これまで不安も不満も持つことはなかった。

 この噴水広場に来れば会うことが出来たから、ここでリリンとお喋りをするだけでも、自分にとってはかけがえのない時間だったから。

 

「リリンちゃん・・・。」

 

 再び彼女の名前を呼ぶ。もう一度会いたいと言う願いを込めて。

 その時、

 

「あれ・・・?」

 

 いつも2人でお喋りをするときに使っていたベンチの隣に、身に覚えのある少女の姿があった。

 

「ほたる。」

 

「リリンちゃん!」

 

 ずっと待ち焦がれていたリリンの姿がそこにはあったのだ。

 たまらず蛍はリリンに抱きつく。

 

「きゃっ。ほたる、どうしたの?」

 

「どうしたのじゃないよ!きゅうにいなくなっちゃって!

 わたし心配したんだから!もうあえないんじゃないかっておもったんだから!!」

 

 泣きじゃくる蛍にリリンは困惑しながらも、優しく頭の上に手を置く。

 

「・・・そっか。」

 

 ただその一言だけを呟き、リリンは蛍が落ち着くまでその場に佇むのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍の様子が落ち着くのを確認したリリンは、2週間ぶりに2人で並んでベンチに腰掛けた。

 

「ごっごめんね・・・はずかしいところみせちゃって・・・。」

 

 恥ずかしい、の感情を知らないリリンには彼女が何に謝っているかはわからないが、一先ず言葉を続ける。

 

「ううん、あたしのほうこそ、急に連絡もなしにいなくなっちゃったりしてごめんね。」

 

 自然と出た言葉で会話を綴りながらも、リリンも内心、落ち着いていられなかった。

 2週間ぶりの再会を喜んで泣いた蛍の姿に、彼女と2回目に会ったときのことを思い出したからだ。

 だが当時は、彼女の流した涙も、笑顔の意味もわからなかったはずなのに、今のリリンにはそれが朧気ながらも分かってしまった。

 そして再会に気持ちが昂っているのは、蛍だけではなかったのだ。

 

(あたしも・・・よろこんでるの?)

 

 自分の気持ちにも昂りが見える。

 キュアシャインと2人きりになれたときのそれと似て、でもそれとはまったく違う性質の昂り。

 

「リリンちゃん?」

 

 そんな様子を不思議に思ったのか、蛍が首を傾げてこちらを覗きこむ。

 

「え?ううん、なんでもない。

 それよりも、ひさしぶりに会えたのだから、またいつもみたいにおしゃべりしよ?」

 

「うん!」

 

 今は自分の気持ちを落ち着かせるためにも、いつも通りに振る舞おう。

 そう思いながらもリリンは、今の自分を満たす気持ちが何であるのかを、ずっと心の片隅で思うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 久しぶりにかわしたリリンとの会話は、まさに時間を忘れるかのようなひと時だった。

 気が付けば蛍は、予定していた時間よりも10分近くをオーバーしていた。

 

「あっ、もうこんなじかんだ。」

 

 名残惜しいけど、これ以上は帰りが遅くなってしまう。

 でも蛍はもう、リリンと会えなくなるのではないかと言う気持ちを抱きたくなかった。

 

「ねえリリンちゃん。」

 

「なに?ほたる。」

 

 だから蛍は、今回は少しだけ彼女に強引に聞き寄ることにした。

 

「リリンちゃんのおうちのでんわばんごう、おしえてくれる?」

 

「え・・・?」

 

 だがその言葉を聞いたリリンは、なぜか驚き言葉を失ってしまう。

 

「でんわばんごうがダメなら、せめてすんでいるおうちの住所とか・・・。」

 

「どうして?そんなものおしえなくても、あたしはいつだってここに・・・。」

 

「わたし・・・もうヤダよ。

 リリンちゃんが急にいなくなっちゃったりするの。」

 

 そう言いかけたリリンの言葉を蛍は遮った。

 ようやく再会できたのに、また忽然と姿を消してほしくない。

 もうリリンと会えないのではないか、なんて不安を抱きたくない。

 もうリリンの声が聞こえないのではないか、なんて思いたくない。

 

 

 もう、リリンちゃんとはなれたくない。

 

 

 ほんの少しだけ、自分の内を焦がすような黒い感情が湧き上がり、蛍は泣き縋るようにリリンに詰め寄る。

 

「・・・ほたる、明日はじかんある?」

 

「・・・え?」

 

「明日がダメなら、明後日は?今のうちに、次に会いたい日をおしえてよ。

 もう、だまってどこかにいったりしない。ほたるがきてほしいときに、またここにくるから。」

 

 リリンの突然の提案に蛍は驚くが、同時にとんだ失礼な我儘を言ってしまったのではないかと言う罪悪感に駆られ、急激に頭の中が冷え込んでいく。

 彼女の事情を何ひとつ聞いていないのに、勝手に行方を眩ませてしまったと、非難してしまったのだ。

 だがそれでも、リリンとまた会う約束が出来るのは嬉しかった。

 

「じゃっ、じゃあ、またあした!」

 

 様々な感情が渦巻くなかでも、蛍は今の正直な気持ちを抑えることが出来なかった。

 飛び付くように彼女の申し出に答える。

 

「わかった。またあしたここにくるね。」

 

「うん!それじゃ、またねリリンちゃん!」

 

「うん、またね。」

 

 そして蛍は、来た時とは打って変わって明るい笑顔で別れの挨拶を交わした。

 明日またリリンと会うことが出来る。

 それだけで軽くなった足取りで蛍はスーパーへと向かう。

 だけどその一方で、蛍の脳裏に僅かな疑問が生じてきた。

 

 

 どうして彼女は、頑なに自分の事を話そうとしないのだろう?

 

 

 上手くはぐらかされたような、話題を変えられたような気がする。

 でもどうしてそんなことが気になるのだろう?

 リリンとさえ会うことが出来れば、他になにも望まなかったはずなのに・・・。

 だが今回、リリンと再会したことで蛍の心には少しだけ変化が訪れ始めた。

 

(リリンちゃんのこと・・・もっとしりたいんだ。わたし・・・。)

 

 どこに住んでいるのか、どんな生活をしているのか、どんな学校に通っているのか、どんな学校生活を送っているのか。

 友達はいるのか、部活は入っているのか、勉強は得意なのか、料理はできるのか、家族はどんな人たちなのか・・・。

 リリンのことをもっと知りたい。もっと知ることが出来れば、もっと彼女と距離を縮められるから・・・。

 そう思うのはきっと・・・おかしなことではないはずだ。

 だって自分は・・・彼女に・・・。

 

「・・・かいもの、いかなきゃ。」

 

 急に頬が熱くなって来た蛍は、目前に迫った自分の気持ちから目を反らすようにスーパーへと向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 数日が経過し、ついに迎えた運動会当日。

 雛子はさっそく、クラス内に沸き立つ熱意に当てられたのか冷ややかな視線を送っていた。

 

「ついにこの日が来たな!」

 

「1組の大和魂見せたるで!!」

 

「それ使うところ間違っているからね。」

 

 健太郎と要が声高らかに手を叩き、雛子が落ち着いてツッコミを入れる。

 だが1組の熱量は既に熱量がオーバーヒートするのではないかと言うくらい、クラス中が熱気立っていた。

 体育バカ代表たる健太郎と要がそれぞれ男女を牽引している影響か、2年1組はお祭り思考の生徒たちがやけに多い。

 そんな暑苦しい面々たちの脇をしっかりと締めつつ、かつ一層勢いづかせているのが、リーダーたるかな子である。

 

「はいみんな!去年に引き続きいつものやるわよ!!」

 

 かな子の呼びかけとともに、2年1組は円陣を組む。

 

「2年1組!ファイト!!」

 

 

 おおーっ!!!!!

 

 

 そして体育バカの要と健太郎が代表して声を上げ、多数のお祭りバカはその大声に負けないように声を張り、一部呆れてめんどくさがる生徒はため息と一緒に声を出し、最後に恥ずかしがり屋の可愛い声はあっという間に途切れていった。

 そんなまとまっているのかどうかもわからない円陣を終えた後、雛子たちは開幕式のためにグラウンドへと集合する。

 

「相変わらずよね、うちのクラス。」

 

「ホントにもう、暑苦しいんだから。」

 

 そうは言いながらも、愛子も雛子もこんなクラスの雰囲気が嫌いではなかった。

 気が滅入ってしまうような淀んだ空気のクラスよりも、いっそ悩んでいることがバカバカしく思えるような賑やかなクラスの方が気が楽なのである。

 ・・・そんな風に思ってしまうこと自体、自分も大概あのスポーツバカの影響を受けているのかもしれないが。

 そして全国のテンプレートと化した校長先生による長い開幕の挨拶がつつがなく終わると、3組の列から千歳と未来、優花がこちらに来た。

 

「うっす要、手加減しろよ~。」

 

「誰がするかっての。」

 

「ええ、手加減は必要ないわ。本気でかかってきなさい。」

 

「言われなくても。」

 

 400mリレーで対決することになっている要と千歳がさっそく火花を散らせる。

 

「千歳、いくら愛しの小さなお姫様(リトル・プリンセス)が相手だからって、手加減しちゃダメだからね~。」

 

 すると未来がからかい交じりで千歳にそう忠告してきた。

 が、当の本人はその言葉を聞いて困惑する。

 

「え?でも・・・。」

 

「いやする気だったんかい・・・。」

 

 流石に予想外の反応だったのか、未来の方が肩を落とした。

 とは言え仕方のないことだ。

 自分が千歳の立場でも同じことを思うだろう。

 

「そうだよ~ちとせちゃん!」

 

 すると蛍がやけに気合の入った様子で、で舌の足りていない言葉で千歳に強気に話しかけてきた。可愛い。

 

「わたしたちは、いま、てきどーしなんだから、いっしょにがんばろうね~。」

 

 と思いきや気合の入り方が一周して非常に幼い声でそんなことを言ってきた。可愛い。

 

「いやいや、一緒に頑張っちゃダメでしょ?」

 

 優花が最もなツッコミを入れる。

 恐らく蛍自身は『互いにベストを尽くして戦おう』と言うニュアンスを含んだ言葉のつもりなのだろう。

 だが言葉の選び方から声の覇気から何から何まで間違えたとしか思えないチョイスである。可愛い。

 

「・・・千歳、前言撤回。

 やっぱこの子相手なら手加減していいよ。」

 

「ええ、蛍ちゃん相手に本気を出すのは、何と言うか・・・大人げないわ。」

 

「こっ、こらっ。」

 

 そんな蛍の態度に未来も優花もすっかり棘を抜かれたようだ。

 ついでに言えば千歳も2人事を注意していながらも声にはなんの厳しさもない。

 そんな様子を蛍はポカーンとした表情で眺めていたのだった。可愛い。

 

「おーいお前ら~、敵さんと馴れ合ってないでちゃっちゃと応援席に戻ってこ~い。」

 

 すると3組の担任、吉川先生が千歳たちに呼びかけてきた。

 雛子たちは自分のチームの色を示す鉢巻を巻いて各々の応援席へと向かうのだった。

 


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