ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第16話・Aパート

オシャレにチェンジ!コーディネートは雛子にお任せ!

 

 

 

 昼休み。蛍たちは教室に千歳を招き、真と愛子を交えた6人で机を囲んでいた。

 蛍が要から受けた提案を千歳たちに話すと、3人とも快く承諾してくれた。

 

「ドリームプラザか。そう言えば私はまだ行ったことがなかったわ。」

 

「え?そうだったの?」

 

「ええ、行くほどの余裕もなかったからね。」

 

「あっ・・・そっか。」

 

 千歳の言葉に蛍は自分の浅はかな疑問を恥じる。

 彼女のこれまでの状況を鑑みれば、ショッピングモールに足を運んで娯楽に興じられるほどの余裕なんてなかったはずだ。

 それでも名前だけ知っているのは、アップルから話を聞いていたのかもしれない。

 

「じゃっ、千歳にとっては初ドリームプラザになるわけだな。」

 

「お洋服以外にもいっぱい楽しいお店があるよ。

 良かったら本屋やCDショップも案内しましょうか?」

 

「ええ、お願いするわ。真、愛子。」

 

 楽し気に談笑する千歳を見ながら、蛍は千歳の心にゆとりが生まれていることを改めて喜ぶ。

 同時に蛍も、みんなと一緒に洋服を買いに出かけるのが楽しみだった。

 なぜならこの街へ引っ越す前、蛍が元々住んでいたところは、山と田んぼに囲まれた有体に言えば田舎だったのだ。

 町内にある洋服店は人口の半数を占めるシニア向けのものが多数で、蛍のような若い世代がお洒落を求めるものなら、親に頼んで車を出してもらい片道一時間以上をかけて隣の市まで向かわなければならなかった。

 それだけに、子どもだけでも徒歩とバスを利用すれば20分足らずで、しかもそれ以上のショッピングモールへと行けるようになったのだから、さながら夢のような環境である。

 

「どんなおようふく買おうかなあ。

 ドリームプラザって、かわいいおようふくがたっくさん売ってあるからまよっちゃうよね!」

 

「店舗の数も多いものね。洋服だけでも5店舗くらい見かけるし。」

 

 夢ノ宮市最大のショッピングモールであるドリームプラザは、類似するお店を一か所にまとめたエリアごとに分割されている。

 そして衣食住の内、衣の店舗をまとめたエリアには安さを売りとした大型チェーン店から、性別、年齢ごとの専門店、果ては和服店までズラリの並んでおり、男女問わず子供から大人まで幅広いニーズに応えている。

 それだけに量と質を兼ね備えており、蛍は一之瀬家の日課である週末の外出で何度かドリームプラザに立ち寄り品定めをしてきたが、未だに買いたい洋服を選び抜くことが出来ないでいるのだ。

 

「それならさ、蛍ちゃんの着るお洋服、雛子から見繕ってもらったらどう?」

 

「え?」

 

 すると愛子からそんな提案が上がって来た。

 蛍だけでなく雛子も目を丸くして愛子を見る。

 

「雛子って可愛い人形を集めるのが好きなだけあって、服のコーディネートも結構上手いのよ?

 前に私の洋服を見繕ってくれたこともあったし。」

 

 確かに雛子の家には着せ替え人形が置いてあったし、その着せ替え用の洋服もバリエーションに富んでいた。

 人と人形の違いがあるとはいえ、コーディネートと言う点ではそこまで大きな違いはないのだろう。

 

「ねっ?雛子だって蛍ちゃんのお洋服選んでみたいと思わない?」

 

「こら、蛍は着せ替え人形じゃないのよ?」

 

「あっごめんごめん、そんなつもりで言ったのではないのだけど。」

 

 千歳に窘められ謝る愛子に蛍は首を横に振って応える。

 千歳の気遣いは嬉しいが、相手の言葉尻をいちいち捉えて糾弾するほど蛍も神経質ではない。

 それに彼女の提案通り、雛子からアドバイスがもらえると言うのは、蛍にとっても願ったり叶ったりだ。

 なぜなら雛子は蛍の友人の中で一番少女的な趣味が強いからだ。

 要の動きやすさを重視したスポーティーなラフスタイル、千歳の男子寄りのクールなファッションセンスも、2人の個性と魅力を引き立たせる素晴らしいセンスだと思うが、蛍の望む可愛いものであれば、雛子が一番近いセンスの持ち主であると思われる。

 

「メーワクじゃなければ、わたしからもおねがいしていいかな?

 ひなこちゃん。」

 

 蛍は少しねだるように目線を上げて雛子にお願いする。

 だが雛子は目を丸くして口元を緩めたまま、要するに愛子から提案を聞いた時の表情のまま固まっていた。

 否、表情だけでなく手に持つ箸もエビフライを持ったまま硬直しており、こちらの声どころか愛子の話さえ耳に入っていたのかどうかも疑わしいような状態である。

 

「・・・ひなこちゃん?」

 

 一体どうしたのだろうかと蛍が心配そうに雛子の顔を見上げたその時、

 

「はうっ!!?」

 

「ひなこちゃん!?」

 

 突然雛子が謎の奇声を発して仰け反った。

 漫画なら絶対に鼻血を出しているであろうリアクションに蛍のみならず千歳たちも驚き、ただ要だけが何かを察したかのように呆れ切った顔でじっとりと見ていた。

 

「ひっひなこちゃん!だいじょうぶ!?」

 

「ごっ、ごめんなさい・・・ちょっと想像が膨らみすぎて・・・。」

 

 何を想像していたのかは聞かない方がいいと思った。

 

「うん分かったわ了解したわ任せて蛍ちゃん私が蛍ちゃんに一番似合う洋服を見繕ってあげるわね!!」

 

「へ?えっ、えと・・・おねがいします・・・。」

 

 そして稀に見せるハイテンションで早口で捲し立てながら了承してくれた。

 雛子のテンションに困惑する蛍の様子に、要と真と愛子はなぜか同情した視線を送るのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 放課後、今日は部活が休みなので、要は久しぶりに真とサッカーをする予定だ。

 5人で下校する途中で千歳とも合流し校門を通り過ぎると、雛子が家とは別の方向へと体を向ける。

 

「それじゃあ、私はここで。」

 

「雛子、どこか寄り道するの?」

 

 愛子が聞くと、雛子はメガネの縁を手に取りくいっと上げ下しドヤ顔でこちらを見据える。

 

「これからドリームプラザまで洋服の下見に行ってくるわ!」

 

「えっ!?」

 

 これに驚いたのは当然、雛子から洋服を見繕ってもらう立場の蛍であり、それ以外の人は要も含めて「そこまでやるのかよ・・・」と言わんばかりの呆れた表情を浮かべる。

 

「ひっ、ひなこちゃん、なにもそこまでしてもらわなくても・・・。」

 

「何を言ってるの蛍ちゃん!

 せっかく蛍ちゃんの洋服を任されたのに妥協なんて出来ないわ!

 今日の内に蛍ちゃんのサイズに合う服を調べ尽くして週末までにその組み合わせのパターンを全て洗い出すのよ!」

 

「え・・・えと・・・。」

 

 遠慮がちに雛子に話しかけていた蛍だが、雛子の異様なテンションに圧倒されてしまう。

 趣味に没頭したら周りが見えなくなるタイプである雛子にとって、一番のお気に入りである蛍のコーディネートを任されたものだから心血を注ぎたくなる気持ちも分かるが、もう少し自重しろと言いたい。

 今の発言、雛子は蛍のスリーサイズをしっかりと把握していると宣言しているようなものだし、それに気づいた蛍が若干引き始めているぞ。

 

「それじゃあ蛍ちゃん!週末楽しみにしていてね!バイバーイ!」

 

 当の本人が一番楽しみなテンションで蛍に別れの挨拶をする。

 

「うっ、うん、バイバーイ。」

 

 そして雛子に終始圧倒されたまま、蛍も挨拶を返すのだった。

 雛子が嵐のように過ぎ去ってからもしばらく無言の間が続いていたが、やがて蛍が微笑む。

 

「・・・ふふっ、ひなこちゃんたのしそうだったね。」

 

 雛子に振り回されるであろうことは本人が一番良く分かっているのだろうが、それでも雛子のことだから間違っても蛍が気を悪くするようなことはしないはず。

 そんな絶対的な信頼があるからこそ、蛍は雛子の思うがままに任せるつもりなのだろう。

 それに蛍の表情からも、週末が楽しみであることが伝わって来る。

 彼女にとって友達と一緒に過ごす時間は大切なものなのだろうから、ここは温かく見守るのが一番だろうと要は思うのだった。

 

 

 

 

 校門前で千歳と別れ、途中の道で愛子とも別れた要は、真と蛍の3人で談笑しながら歩いていく。

 やがていつもの交差点まで辿りついて足を止めた。

 

「じゃっ、ウチらもここで。」

 

「うん、・・・。」

 

 別れ際、蛍は商店街の方へと目を向ける。

 

「いつものようにリリンに会いに行くの?」

 

「え?うっうん、そうだね。ちょっと噴水広場までいってくるね。」

 

「それじゃ、また明日な蛍。」

 

「蛍ちゃん、またな~。」

 

「うん、バイバーイ」

 

 蛍は急ぎ足で商店街へと向かって行くが、そんな彼女の様子に要は違和感を覚える。

 リリンに会いに行く前の蛍は、いつもなら「まさに幸せの頂点!」とでも言うべき顔を見せていたはずだが、別れ際の蛍の表情はどこか憂いを帯びていた。

 

「リリンって子によっぽど惚れこんでるみたいだな。蛍ちゃんって。」

 

「ん・・・そうだね。」

 

 隣に立つ真がニヤけながらそう言うが、要はそれに生返事で答える。

 今になって思い出したが、ここ1週間くらい蛍からリリンの話題を聞いていない気がするのだ。

 

「・・・要?なにボヤっとしてんの?

 さっさと市民体育館へいこっさ。」

 

「え?あっ、ああ、うん。」

 

 どこか引っ掛かりを覚えながらも、要は真につられて市民体育館へと向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 噴水広場に着いた蛍は、いつもリリンと一緒に座っているベンチの前に視線を向ける。

 そして不安げな表情で街行く人々を見渡していく。

 

(・・・やっぱり、今日もきていない。)

 

 最後にリリンと会ってから、既に1週間ほどが経過していた。

 これほど長い期間、彼女と顔を合わせないのは2か月前以来だ。

 2週に1度くらいの頻度が、次第に1週に一度、今では3日に1度くらいの間隔で彼女と会っていたのと言うのに、また昔のように戻ってしまったのか、最悪の場合、もう2度と・・・。

 そんな不安が蛍の胸に広がり始めていた。

 

「リリンちゃん・・・どうしちゃったんだろ・・・?」

 

 最後に会った日、確かにリリンの様子が少しおかしかった。

 彼女は何でもないと言うし、話している最中はいつものリリンだったが、どこか悩みを抱えているような、具合が悪そうな、一言では表現できないような不穏な空気を彼女から感じていたはずだ。

 それなのに彼女に何もしてあげられなかったことを、蛍は今になって悔やみ始める。

 こんな時彼女の連絡先はおろか、住んでいる場所さえも知らないのが心苦しい。

 もし何か悩みを抱えているのなら力になりたいし、体調を崩しているのなら、お見舞いに行ってあげたい。

 

「リリンちゃん・・・。」

 

 彼女から教えてもらった勇気のおまじないをし、蛍はリリンのことを強く想う。

 強く想えば、またいつものように彼女に会えるのではないかと信じて。

 だがいつまで待とうともリリンの姿は見かけられず、蛍は気を落としながら家に帰るのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 その日の夜。

 パジャマ姿の雛子はお気に入りの人形を胸に抱き、ベットの上を転がりまわっていた。

 

「ふふふっ・・・うふふふふっ・・・。」

 

 思わず笑い声が零れる。

 今日の成果は上々だ。ドリームプラザ内にある洋服店を全てしらみつぶして回り、蛍のサイズに合う洋服を全て記憶してきた。

 ちなみに誰に対しての言い訳でもないが、蛍のスリーサイズを把握しているのは断じて彼女の知らぬうちに直に測ったからではない。

 興味のあることについてはとことんまで知り尽くしたくなる雛子の性分が観察眼と洞察力を徹底的に磨き上げた結果、あいてのスリーサイズを一見しただけで当ててしまう特技を心得ただけだ。

 目を付けてきた洋服の組み合わせを頭の中に次から次へと当てはめていく。

 その度に雛子の脳内にいる蛍の姿が七変化の如く変わっていく。

 そしてそのいずれも可愛い。可愛いのだ。

 想像上の姿だけでこれほどの可愛さなのから、現実の世界で再現できれば一体どれだけの可愛らしさになるのか、それこそ想像できないと言うもの。

 頭に浮かぶ組み合わせを忘れずにメモしたいところだったがそれどころではない。

 メモを取る暇もなくアイディアが次から次へと浮かんでくるのだが、その全てが雛子の脳内に強烈な閃光と共に焼き付いてくる。気分はさながらレーザーに焼かれる記録媒体だ。

 これだけ脳内に焼き付いてくれるのであれば、万に一つも忘れることはないだろう。

 

「はあ・・・どれが一番似合うかしら・・・?」

 

 本当なら今日見てきた洋服を全て蛍に買い与えてあげたいところだが、さすがに持ち帰れないほどの手荷物になるだろうし、彼女の私室を見たことはないが、一般的な家庭なら部屋に置くスペースもないだろう。

 何よりも一番可愛いコーディネートをすると宣言した以上、一番に絞る必要がある。

 だが蛍の可愛さを全て肯定する雛子にとって、一番を決めると言うのは非常に難しいことだ。

 どの組み合わせもとても甲乙付け難い。だがそれに悩む時間さえ雛子にとっては楽しいひと時だ。

 それに少し打算的な話になるが、蛍に似合う一番可愛い洋服をプレゼントできれば、ご褒美に自分の我儘の1つ、ようするに蛍のことをまたギューッと抱きしめたいと言う頼みを聞いてくれるかもいしれない。

 彼女なら恥ずかしがりながらも了承してくれるだろう。

 そして新品の服の肌触りと一緒に蛍の抱き心地を堪能でき・・・

 

「はうっ!!?」

 

 想像が限界を超えて再びはうっしてしまう雛子。

 だがすぐに立ち直り、再び頭の中で服選びを再生する。

 

「はあ~、早く週末にならないかな~。」

 

 雛子は今まで一度もしたことがないであろう緩み切った表情でベッドの上を転がり続けるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 ニヤケ顔でベッドの上を転がりまわる雛子の姿を、レモンは机の上からじっとりと眺めていた。

 いつもなら自分の寝床は雛子の枕元なのだが、この様子の雛子の枕元で寝ては間違いなくのしかかられるか、ベッドから弾き飛ばされるだろう。

 蛍から作ってもらった妖精サイズのベッドを壊されたくもないし、レモンは仕方なく机の上に避難していた。

 

「雛子・・・。」

 

 雛子の蛍に対する思い入れの強さは、日常的に彼女から蛍が可愛い可愛いと耳にタコが出来るほど聞かされているレモンには身に染みている。

 そんな蛍から洋服の見繕いをお願いされたのだから嬉しいし楽しみな気持ちはわかるが、何もここまで異様なテンションを見せなくてもとも思う。何度ベッドの上を転がり回れば気が済むのだろうか。

 家に帰ってからずっとこの調子で、ご飯の時もお風呂の時もずっと蛍にはどんな洋服が似合うだろうかとばかり話していた。

 要するに、自分のことが眼中に入っていないようなのでレモンはちょっとだけ寂しかったのだ。

 自分よりも蛍の方が大事なのかと、少しパートナーとしての信頼関係を疑ってしまう。

 今回ばかりは少し蛍へ嫉妬を抱いてしまったレモンだが、何よりも問題なのは・・・

 

(ちょっと気持ち悪いよ・・・。)

 

 それでも雛子が終始幸せそうな姿を見せるものだから、なかなかそんな本音が言えないレモンであった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 週末。

 今日はみんなで夏服を買いに夢ノ宮ドリームプラザまで行く予定だが、蛍は朝食を食べ終えた後、まず千歳の家にお邪魔した。

 待ち合わせの時間までの間、千歳と以前、約束した希望の光の使い方を教えてもらうことになったのだ。

 蛍はカーペットの上に正座し、千歳と向かい合う形になっている。

 

「ゆっくりと息を吸って少しずつ吐いて。

 まずは身体の力を抜いてリラックスするのよ。」

 

 向かいに座る千歳からの指示通り、長く間を置いた深呼吸を繰り返す。

 

「希望の光は思いの力、あなたが強く念じた思いがそのまま力へと変わるの。

 だからまず、あなたの本当の思いを知るためにも、心を落ち着かせて自分自身と向き合うのよ。」

 

 以前教えてもらったことを、千歳は今一度復唱する。

 身体と心と言うのは得てして不可分であるもの。

 心的ストレスから体調を崩すと言う話はテレビでも良く聞くし、身体の具合が良くない時は気が滅入りやすくなることは蛍にも経験がある。

 病は気から、健全な身体には健全な精神が宿ると言う言葉があるように、心と身体のバランスは肉体的な面でも精神的な面でもとても重要なことだ。

 そしてそれは思いを源とするプリキュアの力、希望の光の使い方にも大きく関わってくる。

 つまり身体が強張ったままだと集中力を欠いてしまい、余計な雑念を挟みやすくなってしまう。

 だからまず深呼吸を繰り返すことで心身ともにリラックスさせる所謂『瞑想』が大事だと言うのが千歳の教えであり、蛍は今日までそれを『宿題』として毎日こなしてきたのだ。

 だが気持ちをリラックスさせて雑念を祓うと言うのはやってみると意外と難しいものだった。

 つい今日のご飯は何を作ろうか、あのお菓子の隠し味には何を使われていたのだろうか、リリンは今頃どうしているのだろうと思考が挟んでは集中力を乱してしまい、その度にチェリーに注意された。

 それでも今日までの5日間で、チェリーから何とかギリギリの合格点をもらうことができ、今日はその成果を千歳に見てもらうのだ。

 

「こころをおちつかせて・・・自分のきもちとむきあう・・・。」

 

「そう、特にあなたは感情の振れ幅が大きいから、こうゆう精神統一はなおさら重要よ。」

 

 さらに千歳が言うには、蛍が未だに力を上手く扱えないでいる理由は、常に不安や恐怖と言ったネガティブな感情が強く出ているからとのことだ。

 確かにソルダークや行動隊長のような、巨大な怪物や悪魔と戦うことに今でも恐怖しているし、みんなの足枷にならないかという不安も抱いている。

 それでも要たちからは重要な戦力だと認めてもらっているが、それは裏を返せば、常に危険と隣り合わせの状況に自分を追い込み、チェリーが言うところの無茶な戦い方をしなければ戦力としてカウントされないと言うことだ。

 そしてダークネスとの戦いが熾烈を極めている中、そのような無茶な戦い方をいつまでも続けるわけにはいかない。

 みんなには心配をかけるし、次の戦いも無事でいられる保証なんてないのだ。

 だが自分の強さに自信が持てず、思考が後ろ向きになりがちと言う根本的な問題点は、元来の性格に大きく由来している。

 千歳から指摘されただけですぐに改善できるようなものなら、13年間友達が1人もいない人生なんて送っていなかっただろうし、そもそも臆病で自虐的になりやすい性格だと言うことは自覚しており、恥ずかしながらこれまで克服しようと思っても出来なかったのだ。

 今は友達に恵まれているので、昔よりは多少マシになったとは思うが、それでも初対面の人を前では相変わらず目を見て話すことはできないし、どれだけ自分のことを高く評価されても、なかなか自分の能力を誇ることが出来ないでいる。

 このままでいることを良しとするつもりはないが、生まれついての性分と言うのはなかなか変えられないと言うのも、蛍はこれまでの人生で重々に思い知っているのだ。

 

「でも大丈夫、あなたは自分の弱さを自覚しながら、それを乗り越えようとする前向きな姿勢も持ち合わせている。

 そんな強い思いは、必ずあなたの力になるわ。」

 

「うん・・・すー・・・はぁー。」

 

 千歳に励ましてもらいながら、蛍は深呼吸を繰り返す。

 悩みのない人間なんていない。

 でも抱えている悩みを乗り越えることが出来る強い気持ちがあれば、希望の光は必ず応えてくれると、千歳はそう言ってくれた。

 現に蛍は今まで3回ほどでしかないが、希望の光を解放したことがある。

 希望の光を扱うことができない、なんてことはないのだ。

 少なくとも目下の足枷になっている自分の弱い心を乗り越えることが出来れば、あの時と同じとまではいかずとも、少しだけでも扱うことが出来るようになるはず。

 

「大丈夫、今は私がついているから、何も不安に思わず安心していいのよ。」

 

「うん・・・。」

 

 蛍はこれまで以上に緊張するが、千歳が側にいてくれると言う安心感のおかげか、いくらか気持ちを落ち着かせることが出来た。

 そして少し瞬きをして再び目を瞑り、深呼吸を繰り返す。

 今一度自分の気持ちをクリアすることで、心の奥底に眠っている、希望の光を紡ぐための純な思いを呼び起こすために。

 だが・・・。

 

「・・・蛍、脈拍が少し上がっているわ。

 もう少しリラックスしていいのよ?」

 

「うっうん・・・。」

 

 急に落ち着かなくなってきた。

 千歳のおかげで緊張がほぐれたはず、いや、だからこそこの思考が蛍の頭を遮ってしまい集中力を乱していく。

 

「顔も少し強張っているし、ほんのりと赤いわ。

 緊張するのはわかるけど、心を落ち着かせて。」

 

「うっ、うん・・・。」

 

 千歳に優しく諭される度に、むしろ頬が熱くなっていく。

 心臓が高鳴り余計に落ち着かなくなる。なぜなら・・・

 

(ちとせちゃん、ちかいよ・・・。)

 

 千歳との距離が非常に近いのだ。

 実はお互いに正座して向かい合うだけでなく、千歳はずっと蛍の右手首に指を添え脈を測っており、もう片方の手のひらで蛍の手を優しく包んでくいた。

 それは蛍がリラックスできている状態であるかを確かめるためであり、もしも蛍が希望の光を解放してしまったとき、すぐに中和して力の気配を隠すためでもある。

 プリキュアに変身しない状態で希望の光を解放しても何の現象も発生しないが、気配だけは探知されてしまうらしい。

 ダークネスがこの街のどこかに潜伏している可能性がある以上、不用意な力の解放は彼らに居場所を教えてしまう危険性があるのだ。

 だがフェアリーキングダムにいたときに雛子に力を中和してもらったときのように、力への干渉を行うには、物理的な意味で相手と接触する必要がある。

 オマケに目を瞑っているせいか、視覚以外の五感が妙に研ぎ澄まされてしまっている。

 右手を包み込む柔らか感触と温かい体温が、肌と肌を通して伝わってくる。

 鼓膜に微かに届く千歳の吐息も聞こえてくるものだから、蛍は恥ずかしさでいっぱいだった。

 女の子同士なんだから何を大袈裟な、と思うかもしれないが相手はあの千歳である。

 自分のピンチの時に颯爽と駆け付け、窮地を格好良く救ってくれる千歳は、蛍にとって白馬の王子さまであり、同時に背が高くてスタイルも良く、子どもっぽい自分とは何もかも正反対な容姿を持つ憧れのお姫様でもある。

 そんな女性的な美しさと男性的な格好良さを併せ持つ千歳に何度見とれてきたことか。

 今の状況を例えるなら憧れのアイドルを至近距離で生で直視しているようなものだ。

 そんな状態で心身共にリラックスなんて出来るはずもないのだ。

 

「ちょっとごめんね。」

 

「ひゃうっ!」

 

 すると千歳が少し前に屈み、蛍の肩に手を添えた。

 思わず目を開くと、視界いっぱいに千歳の凛々しい横顔が映り込み、彼女の長いサイドテールが鼻をかすめシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 視覚と嗅覚まで魅了されてしまった蛍はあっという間に顔が真っ赤になる。

 

「肩も少し強張っている。

 ちょっと一旦楽になりましょう。正座も崩していいわ。」

 

「はっ・・・はい・・・。」

 

「そんなに落ち込まなくてもいいわよ。

 いきなり言われて出来るほど簡単なものではないし、これから少しずつ力を制御できるように頑張りましょう。」

 

「うぅ・・・ごめんなさい・・・。」

 

 まさかあなたに見とれてしまっていたから集中できませんでした、なんて言えるわけがない蛍は1人俯きながら千歳に謝罪する。

 

「はい蛍、紅茶でも飲んで落ち着きなさいな。」

 

「あっリン子さん、ありがとうございます。」

 

 リン子が運んでくれた紅茶を手に取り、それを飲みながら一息つく。

 だがふとリン子に目を向けると、彼女は口元に手を当てて微笑んでいた。

 もしかして自分が集中できていない理由に気づいたのだろうか?

 

「蛍、どうしたの?」

 

「ひゃい!?なっなんでもないよ!!」

 

 不意に千歳から声をかけられ、蛍は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 千歳は不思議そうな表情を浮かべながらも、それ以上は言及してこなかった。

 そのことにホッと胸を撫で下ろすが、リン子は殊更クスクスと笑いだす。

 悟られたことを確信した蛍は猶更顔を赤くした。

 

「それじゃあ、少し休憩したら時間いっぱいまで頑張ってみましょうか?」

 

「うっうん、よろしくおねがいします・・・。」

 

 結局千歳のことを意識してしまったせいで、心を落ち着かせることは出来なかった。

 情けなくため息をつく自分に千歳は優しく励ましてくれるが、これから先も彼女を意識するあまり集中力を欠いてしまうようでは、その厚意を無駄にしてしまう。

 千歳に言われた通り・・・とは少し意が異なるが少しずつ慣れていくしかない。

 それだけにもし千歳に知られてしまったら、これから先彼女にどんな顔をすればいいのか分からなくなってしまうので、蛍は心中で絶対に千歳には今日のことを言わないでほしいとリン子に懇願するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 約束の時間が近づいてきたので、千歳はリン子と蛍と一緒に、待ち合わせの場所として指定した夢ノ宮中学校前のバス停へと向かった。

 

「おっ来た来たって、蛍も一緒やったんか?」

 

「うっ、うん。」

 

「みんな、お待たせ。」

 

「私たちも来たばかりだから大丈夫よ。」

 

 バス停には要と雛子、真と愛子の姿があった。

 

「千歳、その人は?」

 

 リン子と初対面の真が首を傾げて聞いてくる。

 

「初めまして、千歳の母で姫野 リン子です。

 いつも千歳がお世話になっているわ。」

 

「ふわあ、美人なお母さんだね千歳ちゃん!」

 

「えっええ・・・。」

 

 真と愛子が交互に会釈し、リン子に挨拶を交わす。

 予想できていた光景とは言え、リン子が自分の母親として挨拶する姿はどうもこそばゆい。

 相手がプリキュアの事情を知らない真と愛子なので猶更である。

 

「これで全員揃ったんじゃないの?」

 

 リン子と挨拶を終えた真が点呼を取るように全員を見渡す。

 

「あっ、ちょっと待って。」

 

「どうしたの要?」

 

 要の言葉に愛子が疑問符を打つが、まだ自分たちにとっての大切な友人たちが来ていないのだ。

 

「あっいたいた、ごめんね遅くなって。」

 

「待たせたな、レミンがたこ焼き屋の前でまた動かなくなって・・・。」

 

「うぇ~ん雛子~。ドリームプラザでたこ焼き買って~。」

 

 すると待ち人である3人がようやく姿を見せた。

 真と愛子は再び目を丸くする。

 彼女たちからすれば、初対面の人が親し気に話しかけてきているのだから、困惑するのも無理はない。

 

「えっと・・・雛子、こちらの方たちは?」

 

「初めまして、千歳の親戚でベル・ヒメノ・ティターニアと言います。

 こっちは妹のサクラとレミン。」

 

「外国に住んでいる私の遠縁でね、わけあってしばらくの間この街に滞在することになったのよ。」

 

「私たちとは、前に千歳ちゃんの家にお邪魔した時に一緒になって。

 その縁で私たちとも親しくしてもらってるの。」

 

 立場上、長男であるベルが率先して自己紹介を始め、千歳と雛子がそれぞれ助け舟を出す。

 プリキュアの事情を知らない真と愛子が一緒にいると聞いた時、最初はベルとサクラは一緒に来ることを拒んだが、蛍と要が仲間外れにしたくないとせがみ、レミンが一緒にお出かけしたいと駄々をこねるので、千歳と雛子はどのような形で自然と接するかを前もって話し合っておいたのだ。

 わざわざベルたちが3人揃って少し時間を遅らせて合流したのも、事情を知らない真と愛子の前に、蛍たちが一緒に来ては不審がられると思ったからである。

 

「へ~、外国人の親戚なんて、何かカッコいいじゃん。」

 

「正確にはハーフだけどな。」

 

 妖精の中でも特に適応力の高いベルが、さっそく決められた設定を活かして自己紹介する。

 サクラは勿論、レミンもマイペースに見えてしっかり者だし、これなら3人の正体がバレる心配もないだろう。

 

「初めまして、宮内 愛子と言います。」

 

「私は柳原 真、以後お見知りおきを。」

 

「改めて、サクラです。よろしくお願いします。」

 

「むにゃ~レミンだよ~。」

 

「こらレミン!」

 

 特に不審がられる様子もなく、真と愛子は3人と親し気に挨拶を交わす。

 人間としての振る舞いが上手くいっても真と愛子からすれば赤の他人な上に歳も離れているので仲良くできるか不安だったが、妖精たちもさることながら、真と愛子も親しみやすい子たちなので、初対面の印象は悪くなさそうな様子だ。

 これなら蛍たちがいつものように接していても問題ないだろう。

 心の不安が取れた千歳は、初めて訪れる夢ノ宮ドリームプラザへと改めて思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 バスに乗り、10分ほどして千歳たちは夢ノ宮ドリームプラザへと到着した。

 

「いつ来てもここは広いわね~。」

 

 到着一番、サクラが感嘆とした声をあげる。千歳も彼女につられて周囲を見渡す。

 中央の開けた広間から上の階層の店まで見ることが出来、視界には色とりどりの店が立ち並んでいる。

 そして多くの人々が来客していながら狭さを感じさせない程度にはスペースに余裕があり、それだけでもこの空間の広さを十分に物語っている。

 

「本当に、こんな沢山のお店が並んでいるだなんて・・・。」

 

 千歳は初めて訪れるショッピングモールに圧倒されながら、視界いっぱいに広がる店の数々に視線が釘付けとなる。全てのお店を見回るだけでもどれくらいかかることだろう?

 

「はははっ、千歳はリアクションがオーバーだなあ。」

 

 真の言葉に千歳は我に返る。

 

「え?ああ、ごめんなさい。

 地元だと中々こうゆうところには来れなくて・・・。」

 

 地元もとい故郷では、中々来れないどころかまず存在しない。

 モール中を見て回って探検したいと気持ちが逸るが、今日ここへ来たのはみんなで夏服を探すためなので、千歳は一旦冷静を取り戻す。

 とは言っても千歳は新しい服を買うつもりは無い。

 今着ている服で間に合っているしリン子に負担をかけたくないからだ。

 それでも友達の服を探して選ぶだけでも十分に楽しそうだし、真と愛子から本やCDショップも案内してもらえる予定だ。

 

「ねえねえ、ひなこちゃん。」

 

 すると蛍が目を輝かせながら雛子に呼びかける。今日を楽しみにしていたと言う気持ちが表情からありありと伝わってきており、逸る気持ちを抑えていたのは自分だけではないようだ。

 

「はやく、おようふく屋さんに・・・。」

 

「さあ蛍ちゃん!早く洋服店に行くわよ!!」

 

「へ?」

 

 が、それ以上に雛子が異様なテンションで食いつき、蛍さえ言葉を失ってしまう。

 

「ふふふっ、この日のために頭の中で何度もシミュレートして来たわ。

 ドリームプラザ中の洋服店を無駄なく回るためにお店の順番から服の組み合わせまでもれなく最適化して今日中に全パターンを試着できる算段はついているから何も心配しなくていいわよ!!」

 

「え・・・えと・・・。」

 

 そして雛子の熱の籠った力説に誰もが圧倒され、ただ1人『見慣れている』のであろう要だけが白々しい目でため息をついていた。

 

「あの、ひなこちゃん、わざわざありがと。

 だけどそこまでしてもらわなくても・・・。」

 

「何を言ってるの蛍ちゃん!

 蛍ちゃんに一番似合う服を探すと言う使命に一切の妥協は許されないわ!」

 

 元を辿ればただの『お願い』だったはずがいつの間にか『使命』にまで昇華されている。

 蛍は歯切れの悪い口調でやんわりと断ろうとするが、そんな腰の低い態度でかけた水は瞬く間に蒸発していった。

 そして次の瞬間、

 

「へ・・・?」

 

 雛子がおもむろに蛍を所謂お姫様抱っこで持ち上げたのだ。

 

「ひっ、ひなこちゃん!」

 

「さあ!この先は一分一秒も無駄に出来ないわ!!

 さっそく最初のお店に向かいましょう!!」

 

 雛子は幸せ満開と言える笑顔で全速力で洋服店へとダッシュする。

 そして全力で走るものだから当然、周囲からの注目が集まる。

 

「まっ、まってひなこちゃん!はずかしいよお~!!」

 

 公衆の面前でお姫様抱っこされているところを注目された蛍は顔を真っ赤にして抗議するが、当然雛子の耳には届いていなかった。

 それよりも、要と違って雛子は運動は得手でも不得手でもなかったはず。

 それがあそこまでの速度で走ることが出来るのに驚いたが、もしあれが蛍を思うが故に成せる技だとしたら・・・。

 

「・・・凄いわね、雛子って。」

 

 蛍の守護騎士を志す身としては感服すると言わざるを得ない。

 

「なんでちょっと感心してるのさ・・・。」

 

 こちらの言葉を拾った要が、2重に疲れたような表情を浮かべていた。

 失礼な、と思いながらも普段の要と雛子とはまるで逆の立場になっていることに思わず苦笑する。

 それにあれだけの速度で走っていながら道行く人々の邪魔に全くなっていない当たり、雛子も完全に周りが見えなくなっているわけではないようだ。

 その割には耳元で叫ぶ蛍の声には全く気が付いていないわけだが・・・。

 そんな雛子の様子に要は再度頭を抱え、愛子と真は目が点になり、サクラとレミンは深々とため息を吐き、ベルは呆れ交じりに苦笑する。

 

「そっそれじゃ、私たちも向かいましょうか?」

 

「そうだね・・・とりあえずあのお店は後回しにしよっか?」

 

「ああ、雛子のテンションに巻き込まれるのはごめんだからな。」

 

 千歳たちは雛子の相手を蛍1人に押し付けたまま、別の洋服店へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 雛子に抱えられ身動きが取れないまま、蛍は彼女が取り決めたであろう最初のお店に辿りついた。

 入ってすぐに雛子は降ろしてくれたが、同世代の友達にお姫様抱っこされているところを道行く大勢の人たちには勿論のこと、この店の店員にも見られてしまったのだから、はっきり言って穴があれば入りたい気持ちである。

 千歳の家での一件から始まり、今日は恥ずかしい思いをすることばかりが続いたせいで蛍の思考はショートしてしまっているが、そんな蛍を余所に雛子は店に入るや否や狙いを定めていたのであろう商品に手に取り始めていた。

 雛子の姿を見て本来の目的を思い出した蛍は、徐々に平静さを取り戻していく。

 同時に雛子の一連の動きが、歩幅から商品を手に取る動きの細部に至るまでまるで機械のように一切無駄がないことに気が付く。

 この時間を1分1秒も無駄には出来ないと言う彼女の思いは本物であることを改めて思い知り、何もそこまでしなくてもと申し訳なく思う気持ちが半分、そこまでしてくれたことへの感謝と照れくさい気持ちが半分、そして常軌を逸した情熱を向けられたことにほんのちょっぴりだけ背筋が凍えるが、

 

「蛍ちゃんお待たせ!

 最初はこれとこれの組み合わせよ!さっ、さっそく試着してみて!!」

 

 彼女が自分のためにここまでの念入りな下準備をしてくれたのは事実なのだ。

 彼女がこれだけの情熱を燃やして自分の望みを叶えてくれようとするのなら、こちらもその厚意にしっかりと応えよう。

 そう思うとこの時間も少しずつ楽しく思えてきた。

 友達と一緒にショッピングして回る、というのも蛍の憧れていたものなのだ。

 最も現実は、互いに見て回るのではなくこちらが一方的に見てもらっているわけだが・・・。

 

「うん、わかった!」

 

 恥ずかしさから立ち直り、蛍は雛子から差し出された服を手に取り試着室へと向かう。

 雛子が時間を無駄にしないように動いてくれているのだから、こちらも無為に時間を浪費させるわけにはいかない。

 試着室の中で雛子の選んでくれた服を見てみると、確かに可愛らしくかつ自分でも着れそうなサイズの洋服だ。

 改めて心中でお礼をしながら着替えを終えた蛍は、鏡の前で自分の姿をチェックする。

 少し肩の開けたショートワンピースに夏用のカーディガン、そして白いキャペリンを被った自分のはどことなくシックな雰囲気があり、普段よりもほんのちょっぴり大人びているように見える。

 自分のセンスではまず選ぶことのできないファッションに身を包んだ蛍は少し高揚する。

 早く雛子に見せてみたい。一体どんな反応をするのだろう?

 とそんな期待を胸に試着室のドアを開けると・・・

 

「ねーねーひなこちゃん!どう・・・え・・・?」

 

 試着室の前に立つ雛子がいつの間にか両手から溢れんばかりの洋服を持っているのを見て、先ほどまでの気持ちの昂りが一瞬にして凍り付く

 

「はうっ!!?蛍ちゃん!とても似合ってるよ!!私の想像通り、いえ!想像の遥か上を行ってるわ!!」

 

「え・・・えと・・・。」

 

 以前にも見たような反応と一緒に褒めてくれたのだが、蛍は雛子の両手から目を離せないでいた。

 いくらなんでもあれだけの洋服を全て試着するのは無理だろう、と思ったが、雛子は此処に来る前に全てのパターンを最適化してきたと言っていた。と言うことは、全て試着させるつもりなのだろう。

 

「あっ、最初はカーディガンと帽子を取って、こっちのネックレスとむぎわら帽子を着けてみて。

 それから、次はワンピースじゃなくて、このノースリーブシャツとホットパンツにカーディガンを組み合わせて見て・・・。」

 

 しかも今着ているものも、他の洋服と組み合わせるようだ。

 単純に1着ずつ着ていくだけでもかなりの時間がかかりそうなのに、全ての組み合わせとまでなると一体どれだけの時間がかかるのか、考えたくもない。

 

「ささっ!これから先まだ回りたいお店もあるんだし、どんどん試していこう!」

 

 そして忘れていたが、まだ『一軒目』だった。

 つい先ほど抱いた楽しい気持ちは早くも吹き飛び頭痛まで覚える蛍だったが、満面の笑みを浮かべる雛子を見ては水を指し辛く、雛子が手に取る洋服を着るのを楽しいと思えたのも嘘ではない。

 こうなれば自分も雛子がとことん満足するまで付き合うしかないと、蛍は覚悟を決めるのだった。

 


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