ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第15話・Aパート

 ベリィの憂鬱!?パートナーとしてできること!

 

 

 

 キュアブレイズの正体が千歳であることが分かり、彼女が正式にホープライトプリキュアの一員として迎えられてから数日が経ったある日のこと。

 要たちは千歳から、この週末に家に来ないかと招待されたのだ。

 目的は、千歳とアップルからまだ知り得ていないダークネスの情報について教えてもらうため。

 それを踏まえた上で、今後4人でどのように活動していくかを改めて話し合うため。

 そして単純に友達として遊びに行くためだ。

 先週までは千歳のことを、不愛想で覚えもないことに突っかかってくる嫌なやつだと思っていたはずなのに、友達になれた今はその時の不穏な空気もどこへやら、すっかり打ち解けることができた。

 そんなこんなで要もまた、新しく出来た友達の家に行くのを楽しみに思いながら迎えたこの週末。

 千歳の家にお邪魔した要は、さっそく目の前の事実に驚愕とする。

 

「ホッ、ホントにアップルさんなん?」

 

「ええ、そうよ。

 ふふっ、でもそんなに驚かなくても、ベリィたちの人間の姿だって普段のイメージから離れているでしょうに。」

 

 たしかに彼女の言う通り、大きさ20cm程度の犬のぬいぐるみから、アメリカンスタイルの金髪長身の青年を連想しろだなんてよっぽどフリーダムな発想を持たなければ難しい話だが、要の驚くところは別にあった。

 その1つが人の姿に変わったアップルの容姿だ。

 目測175cm以上はありそうな高身長は、同学年だけでなく成人女性の平均身長を軽く凌駕する千歳さえも上回っており、玄関に置いてあった彼女のものと思しきハイヒールを履こうものなら180cmを超えるであろう。

 さらに白いワイシャツの上に重ねる赤いスーツの上からも体のラインが十分に見て取れ、赤色のスカートから伸びる足はスラリと長い曲線を描いている。

 それだけに留まらず顔立ちも整っており、着用している赤いフレームのメガネは彼女の知的な雰囲気を一層引き立たせるファッションとなっている。

 要約すると、千歳に負けず劣らずモデル顔負けの美しいOLにしか見えなかったのだ。

 千歳と並ぶその姿は芸能人親子と聞かされても全く違和感がないだろう。

 そしてもう1つの理由が、彼女が人間の姿でいること自体にあった。

 

「えっとでも、人間の姿でいる時は疲れるんじゃないの?」

 

 要は思った疑問をそのまま口にする。

 ベリィたちからは、妖精が人間の姿を維持するには体力が必要と聞かされたのだ。

 ベリィたちも、かつて千歳を探し回っていたころは朝から夕方まで街中を人の姿で探し回っていたので、一日人間の姿を維持することは可能なようだが、それでも普段の日常の中で積極的に人の姿でいることはなかった。

 

「ああ、確かに人間の姿でいるには体力がいるけど、私こう見えても体力には自信あるし、慣れれば意外と何とかなるものよ?」

 

「そんなもんなんですか・・・?」

 

 そんな疑問を『慣れ』の一言で片づけられてしまい、要は肩をすくめる。

 それを聞いたベリィとチェリーがどこか呆れたような様子を見せたことから、『普通』は慣れでどうにかなる問題ではないようだ。

 

「仕事が休みの日くらいは妖精でいればって、いつも言ってるんだけどね。」

 

「この姿でいた方が家事とか色々捗るのよ。」

 

 呆れたような心配しているような千歳の言葉にアップルは涼しくそう答える。

 と、ここで要は『仕事』と言う言葉に疑問を抱いた。

 

「あの、『仕事』ってことは、アップルさんはこの世界では人間の姿で働いているんですか?」

 

 すると雛子がさっそくその疑惑ワードについて質問をしてきた。

 

「ええそうよ、私はこの世界の人間として、職に手をつけているわ。

 ちなみにこの姿の時の名前は姫野 リン子。

 戸籍上はこの子の母親ってことになっているの。」

 

『戸籍』と言う言葉が出てくるあたり、アップル改めリン子はベリィたちと違い、この世界では『人間』として生活しているようだ。

 リン子が千歳の母としての立場を取っているのは、自分の正体をカモフラージュするためでもあるだろうし、千歳の年齢を考えればこの世界では保護者がいた方が都合が良いからなのだろうが、それ以上に千歳に対して厳しくも優しいリン子と、リン子に対してどこか素直になれない千歳のやり取りは、傍からはみても反抗期の娘に手を焼く母親にしか見えないほどの自然体だった。

 

「だからいつも怪しまれないように『お母さん』って呼びなさいと言ってるのに、この子ったら頑なにそう呼んでくれないのよ?」

 

 するとリン子が悪戯っぽく微笑みながら千歳を見た。

 千歳は仏頂面でそっぽを向いて返事をする。

 

「あくまで戸籍上の話でしょ。

 それに知らない相手ならまだしも、この子たちは私たちの正体を知っているのだから別にいいじゃない。」

 

「そんなに照れなくても。

 実質私が『お母さん』みたいなものなのに。」

 

「そっ、それは今は関係ないでしょ!!」

 

 リン子の言葉に千歳は顔を赤くして反論する。

 そんな千歳の様子を見て面白いと思った要は、興味半分からかい半分でニタニタ笑いながらリン子に問う。

 

「ひょっとして千歳って、リン子さんに育てられたん?」

 

「要!わざわざ聞かなくてもいいでしょ!?」

 

「ええそうよ。赤ん坊のころのこの子にミルクをあげたのも、幼いときから勉強を教えてあげたのもこの私。

 一緒に過ごした時間だけなら女王様よりも長いのだから。」

 

 千歳の反応を見て図星であることを悟り、リン子の答えが花丸となる。

 アニメやゲームから得た知識ではあるが、身分の高い人が召使いに子供を育てさせると言うのはよく聞く話だ。

 

「それでも私の母はお母様ただ1人よ。」

 

 最もらしい理由をつけて反論する千歳だが、頬を赤くして膨れっ面で反論しているところを見るとただの照れ隠しにしか見えなかった。

 そんな千歳の反応を楽しむようにリン子がそう微笑む。

 

「ふふっ、照れ隠ししちゃって。」

 

「・・・あれ?これって・・・。」

 

 すると蛍が何かを見つけたようだ。

 彼女と同じの方へ視線を向けると、リビングに飾られているインテリアの中に、ハートマークの中心に赤いカーネーションが添えられたネックレスが置かれていた。

 

「ちとせちゃん、あれ、おかーさんの日に・・・。」

 

「ほっ、蛍!」

 

 突然大声で名前を呼ばれて言葉を遮られた蛍はびっくりして目を瞑ってしまう。

 

「ええ、蛍の言う通りよ。あれは千歳が母の日に・・・。」

 

「リン子も!いい加減にしないと怒るわよ!!」

 

「もう怒ってるじゃない?」

 

 要も雛子も妖精たちも、千歳がリン子に対して抱いている思いを察するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 頬を膨らませて拗ねてしまった千歳の機嫌が直るのを待ってから、雛子たちはリビングに置いてあるソファに腰掛けた。

 ソファにかけながら雛子は周囲を見渡す。

 リビングは隅々まで掃除の行き届いており、雛子たち4人が寛いでも全く窮屈さを感じさせないほどの広さだ。

 妖精たちが人間の姿になったとしても、まだスペースに余裕があるだろう。

 リビングの向かい側には大きめのテーブルと2つの椅子があり、その奥にはキッチンがある。

 キッチンから見て左奥の方にはドアがあり、その先には恐らく寝室や洗面所があるのだろう。

 寝室の数は恐らく2つ。2LDKのファミリー向けマンションだろう。

 リン子の正体を考えると1つでも事足りるだろうが、彼女のことだから戸籍上、親子の関係である2人が暮らしていても周りから怪しまれないように気を配るはずだ。

 さらに玄関のドアはオートロック式であり、暗証番号で開錠するタイプだ。

 カメラ付きのインターフォンまで完備されているのだからセキュリティ面の設備も充実している。

 雛子にはマンションの家賃の相場なんて分からないが、それでも高価な物件としか思えなかった。

 

「随分広くて綺麗なマンションよね。」

 

 直接家賃を聞くのはさすがに憚れるので、雛子はやんわりと言内に含ませて千歳に伺う。

 

「こんな立派なマンションでなくても、私は夜露を凌げるのならボロ屋で十分って言ったんだけどね。」

 

 するとこちらの意図を汲み取ってくれた千歳が少し呆れ交じりにそう話す。

 

「何を言ってるのよ?あなたは曲がりにもお姫様なのよ?

 いくらここが故郷でなかったとしても、あなたに貧乏暮らしなんてさせたら私が国王様たちに合わせる顔がないわ。」

 

 千歳の言葉を聞いたリン子が真顔でそう答えながら、テーブルの上に紅茶を並べる。

 

「そのせいで毎日夜遅くまで仕事してるじゃない。」

 

「それが私の務めよ。

 それに毎日夜遅くまで仕事だなんて、お城にいたときからずっとそうだったでしょ?」

 

 千歳の心配そうな言葉にもリン子は涼しい顔、と言うよりは彼女は彼女で千歳のことが心配なのだろう。

 今更の事だが、フェアリーキングダムから来た千歳が普通に学校に通っていると言うことは、リン子が生活費だけでなく教育費もちゃんと払っていると言うことになる。

 リン子が生活水準を大きく落とさないように、身を粉にして働いているのも、きっとこの世界でも、千歳に普通の生活を送ってほしいと思っての事だろう。

 千歳も言葉の割にはリン子に対してそこまで非難の色を見せていない。

 彼女もリン子の気持ちを理解しているからこそ、その思いを受け入れているのだ。

 互いに互いを思い合うその姿は、まさしくパートナーであると雛子は思えた。

 

「それじゃあ、そろそろここへ来た本題に入りましょうか?」

 

 一通りの雑談を終えたところで雛子が全員に声をかける。

 友達同士の雑談と言うものは不思議と長引くもの。

 ここらで無理やりにでも流れを断たないとこのまま一日中喋り倒してしまうだろう。

 それも悪くはないが、ここへ来た本来の目的を忘れたつもりはない。

 が、雛子の言葉を聞くや否や要が持参したスーパーの紙袋をがさり、ポテチとポッキーを取り出しテーブルの上に置き始めた。

 その姿を見た雛子は2か月前の出来事を思い出し額に手を当てる。

 

「それじゃ、改めまして、第二回プリキュア作戦会議の開催をここに発表します!!」

 

 そんな雛子を余所に要は高らかに開催宣言をしながらティーカップを高く掲げる。

 

「かんぱーい!」

 

 そしてあの時要の部屋で行われたのと同じように、プリキュア作戦会議の開始宣言代わりに乾杯をするのだった。

 雛子は大きくため息をつき、千歳も苦笑する。

 

「かんぱーい!」

 

 そんな雛子の疲れた心を癒すかのように、蛍が笑顔で要に倣って乾杯をするのだった。可愛い。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 第二回プリキュア作戦会議の開幕宣言から少しの間、蛍たちはテーブルに広げられたポテチやらポッキーやらを食べながらリン子の入れた紅茶を堪能していた。

 が、千歳が真面目な話をしようとする空気を感じ取り、蛍も要もすぐさま真剣な表情に戻り千歳の言葉に耳を傾ける。

 ちなみに雛子はいつものように呆れながらもちゃっかりとお菓子を口にしていた。

 

「まず、何から話したら良いかしら?」

 

 紅茶を飲み一息つきながら、千歳は蛍たちの顔を伺う。

 すると雛子が僅かに身を乗り出し、千歳に質問をした。

 

「アンドラスって言ったかしら?

 あのときフェアリーキングダムで戦った黒いフードの男。

 彼について詳しく教えてくれないかしら?」

 

 その質問はここに来た誰もが一番に疑問に思ったことだろう。

 何せ蛍たちはこれまで行動隊長としか接触したことがなく、司令官に当たる人物がいるだなんて思わなかったからだ。

 

「あの時話した通り、やつはフェアリーキングダムに侵攻してきたダークネスの司令官よ。

 行動隊長のハルファスとマルファスがそれらしきことを仄めかしていたから、ほぼ間違いないと見ていいわ。」

 

「行動隊長が?」

 

 千歳の言葉に要が疑問符を打つ。

 

「ええ、ハルファスとマルファスはこう言っていたわ。

 我らはただ主が命を真っ当するだけ。

 そしてやつらを倒した後に、アンドラスが姿を見せてこう言ったわ。

 ハルファスとマルファスを打ち破るとは、貴様の力を少しは認めてやろうって。

 この言葉、行動隊長の上に立つよう言い方に思えない?

 それにこの前の戦い、ソルダークは勿論リリスもやつの指示に従っていなかった?」

 

「そういわれてみれば・・・。」

 

 蛍はあの時の戦いを思い出す。

 確かリリスと大広間で戦っていた時、アンドラスが一度希望の鐘を鳴らしたのを合図に、あのリリスが自分への攻撃を止めたのだ。

 そしてアンドラスの呼びかけとともに攻撃を再開した。

 千歳の言う通り、アンドラスの指示に従って行動していたように見える。

 

「ってことは、この世界にいる行動隊長たちも、アンドラスの指示に従ってたんかな?」

 

 そんな要の疑問は、ともすれば願望とも捉えることができるものだ。

 もしそうであるならば、アンドラスが倒された今、リリスたちは司令官を失ったことになる。

 指令を下せるものがいなくなったのであれば、彼女たちがこの世界から脱出してくれるかもしれないのだ。

 

「それは・・・まだ何とも言えないわね。」

 

「ですよねー。」

 

 だが現実はそう甘くないようだ。

 要は大袈裟に肩を落としてため息をつく。

 

「アンドラスがフェアリーキングダム侵攻部隊の司令官として、行動隊長のハルファスとマルファスを率いていたのは間違いないわ。

 でもこの世界の行動隊長にも、アンドラスと同じ立場にいるやつがいる可能性が高いわ。

 フェアリーキングダムではサブナックとダンタリアは姿を見せなかったし、それについこの前、リリスが再びこの世界に現れたじゃない?

 つまりリリスたちを従えている別の司令官の命令で、リリスはフェアリーキングダムとこの世界を行き来していたと思わない?」

 

 千歳の言うことは的を得てはいるが、蛍はそれとは別の疑問を抱く。

 

「いやあ、でもあのリリスのことだからなあ・・・。」

 

「あの子は個人的な恨みで蛍ちゃんをつけ狙っているから、あまりアテには出来ないと思う・・・。」

 

 蛍の疑問に答えるように、要と雛子が呆れ交じりで呟いた。

 2人の言う通り、リリスはダークネスの目的さえも蚊帳の外に置き、自分への恨みから行動している。

 アンドラスの命令には従っていたが、それも恐らくは自分を追うことが命令に組み込まれていたからとしか思えない。

 リリスの執念を考えれば、仮に司令官を失ったとしても迷いもなくこちらを狙いに来るだろう。

 ともすれば自惚れとも取れる考えかもしれないが、そうとしか思えないほど、リリスのストーカー行為は悍ましいものなのだ。

 

「個人的な恨み・・・か。」

 

 すると千歳は雛子のその発言に眉を潜めた。

 そしてしばらく逡巡してから自分たちを見据える。

 

「私にはどうしてもそこが腑に落ちないのよね。

 リリスは本当に蛍のことを恨んでいるのかしら?」

 

「え・・・?」

 

 予想だにしない千歳の言葉に蛍は勿論、要と雛子も顔を合わせて驚く。

 

「それ、どうゆう意味?」

 

「やつら、行動隊長には恐らく心がないのよ。」

 

「えっ!?」

 

 そして続いた言葉があまりにも衝撃的過ぎたので、蛍はしばらくその意味を測りかねていた。

 

「私がハルファスとマルファスと戦ったときのことだけど、私が劣勢になったときも、逆に優勢にたったときも、やつらは無表情で声にも抑揚がなかったのよ。

 私に倒される最後の瞬間さえ、やつらからは一切の感情を感じられなかったわ。」

 

 だが千歳の説明に蛍は訝しみながらも、思い当たるところもいくつかあった。

 サブナックとダンタリアの2人は、この世界の侵攻については粛々と行っているように見える。

 それに人を躊躇いもなくソルダークの素材にしてしまうのも、そもそも心がないのであれば情なんて抱くはずもない。

 

「でも、リリスの蛍ちゃんに対するあの態度、とてもじゃないけど感情がないようには見えないわ。」

 

 だが同時に雛子が問いかけたように、リリスを見る限りではその定義に当てはめるのも難しい。

 サブナックとダンタリアも、片や好戦的、片や挑発的な言動こそ見せている。

 いずれも心がないものが取る態度とは思えなかった。

 だが千歳は想定内の質問なのか表情を変えずに答えた。

 

「それがもし、演技だったとしたら?」

 

「演技?」

 

 千歳の言葉に今度は要が眉を潜める。

 

「ええ、リリスの蛍に対しての言動が全て、蛍を動揺させるための演技と言うのは考えられない?

 それだけではないわ。

 サブナックとダンタリアがあなたたちに見せた言動も、全てあなたたちを挑発して戦況を優位に立つためのものだとしたら?」

 

「リリスたちのことばが、ぜんぶ演技・・・?」

 

「千歳ちゃんはどうしてそう思うの?

 その、ハルファスとマルファスって行動隊長と戦った時に、なにかそう思うことがあったの?」

 

 困惑する蛍の隣で雛子が質問を続ける。

 千歳の言葉が信じられないと言うよりは、確信を得たいようだ。

 確かに千歳が何の根拠もなく行動隊長の言動が全て演技だと言うとは思えない。

 何か考えてのことなのだろうか、雛子の言葉に千歳は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

「ええ、行動隊長にはね、人間の姿に化ける能力があるのよ。」

 

「人間の姿に!?」

 

 千歳の言葉が更なる衝撃を呼び、要は身を乗り出し雛子も驚愕の表情を浮かべた。

 蛍自身も驚きに言葉を失い、どう反応をしたらいいのか分からなくなった。

 

「ハルファスとマルファスも、この世界にいる行動隊長たちと同様、半身半魔の姿をしているのだけれど、あの2人は普段人間に扮して城下街に身を潜めていたのよ。

 私はそれを一度だけ見たことがある。でも最初は気づかなかったわ。

 外見は勿論だけど、闇の波動も全て隠すだけでなく、人として自然な立ち振る舞いも身に付けていたわ。

 偶然闇の牢獄を展開するところを押さえることが出来たけど、それがなければあの2人は完全に街の人々の中に溶け込んでいたのよ。」

 

 千歳の言葉に雛子が何かを思いついたように頷く。

 

「心がないってことは、どんな人格でも躊躇わずに演じることが出来るってことね。」

 

 心がない。それは遠慮や羞恥といった行動を躊躇わせる感情さえも持たないと言うことだろう。

 

「ええ、その通りよ。」

 

 雛子の答えに千歳が頷く。

 

「それって、サブナックたちもいつの間にか夢ノ宮市に紛れ込んでいる可能性があるってことだよね?」

 

 そして千歳の言葉の意を得た要がそう質問をした。

 その言葉に蛍は肌寒さを感じる。

 この世界にいる3人の行動隊長も、普通の人と何ら変わりのないように日常に溶け込んでいるのかもしれない。そう思うと怖かった。

 もしも正体がバレたら、いつどこで襲われるのかわからない。

 今更ながら、蛍は初めてチェリーが自分にしてくれた忠告の重さを思い知る。

 

「その通りよ。だから見知らぬ人の姿を見かけたときは警戒して。

 素性を知らない相手には特にね。」

 

 千歳の警告を蛍は飲み込むが、どう警戒して良いのかも分からなかった。

 要や雛子のように昔からこの街に住んでいたわけではない蛍には、まだ見知らぬ他人の方がよっぽど多い。素性を知らないも何もあったものではないのだ。

 

「まあ、夢ノ宮市と言っても広いしな。

 この街にずっと住んでるウチらだってそこまで顔広い訳やないし。」

 

「商店街の人たちはある程度顔見知りだけど、モールとか港町の方面まで行くとさすがに知らない人の方が多いものね。

 でもせめて商店街だけでも警戒しておきましょう。」

 

「せやな、怪しい人を見かけたらすぐに知らせるね。」

 

 こちらの不安を悟ってくれたのか、要と雛子が交互に自分の顔を伺いながら励ましてくれた。

 蛍はホッとしながら、2人の優しさに内心感謝する。

 

「ありがとう、要、雛子。私から話したいことはこんなところかしら。」

 

「ありがとう、ちとせちゃん。

 おかげでわからなかったことが、たくさんわかったよ。」

 

 蛍のお礼に千歳は少し気恥ずかしそうに微笑む。

 だが同時に、蛍にはまだ納得できないことがあった。

 リリスに心がないと言うのは本当なのだろうか?

 確かに自分は、これまでの彼女の言動に今でも少なからず恐怖している。

 それが恐怖させるための演技だと可能性もゼロではないだろう。

 だが蛍は覚えている。

 リリスが自分と2人きりとなったとき、彼女は狂気的な笑い声を上げていた。

 確かに怖かったが、あそこまでの悦びさえも演ずる必要性があるのだろうか?

 何よりも、これまで彼女の言葉を真正面から受けてきた蛍には、あれが全て演技だなんて到底思えなかったのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 行動隊長に指令を出す指揮官がいること。

 行動隊長には心がないこと。

 そして人の姿に変身できる能力を持ち、知らずに日常に潜んでいる可能性があること。

 千歳からもたらせた情報は、これまでダークネスについてわからないことだらけだった雛子たちにとってとても衝撃的な内容だった。

 特に司令官がいたことは一番驚いた。

 初めてアンドラスを相対し千歳の言葉を聞いたときは、一瞬理解が追いつかなかったほどである。

 

「しかし、行動隊長たちに司令官がいたとはね。」

 

 こちらの心中を察したわけではないだろうが、要がちょうど良いタイミングで同じ疑問を口にしてくれた。

 だが改まって考えてみれば、確かにリリスを除く行動隊長たちには主体的な言動を感じられなかった。

 もしも司令官に与えられた命令のままに動いているだけなのであれば、サブナックとダンタリアがこれまで粛々と行動を起こしていたことにも頷ける。

 だが今何よりも雛子が疑問に持つのは、ダークネスにおける司令官の立場だ。

 

「その司令官って言うのが、ダークネスのトップに立つものなのかしら?」

 

「・・・ごめんなさい。それはわからないわ。

 ダークネスの全容は私も把握しきれていないの。

 フェアリーキングダムとこの世界を侵攻している、行動隊長とそれを束ねる司令官って言うのも、もしかしたら氷山の一角である可能性だって十分にあり得るわ。」

 

 だが雛子の質問に、千歳は少し申し訳なさそうに答えた。

 半年もの間ダークネスと戦い続けてきた千歳でさえ、ダークネスの全容に触れることが出来なかったのだ。

 リリスたちを率いる司令官がいる可能性も浮上し、依然ダークネスの勢力については未知数な部分が多い。

 それでも彼女からもたらされた情報は、雛子たちにとって決して無意味ではない。

 わからないことだらけだった2か月前と比べれば大きな前進である。

 

「ってことは、当面ウチらのやるべきことは変わらんってことだね。」

 

「ええ、行動隊長たちを迎え撃って、絶望に飲まれた人たちを助ける。」

 

「そうね、私たちが成すべきことは変わらないけど、これからは私も一緒に戦う。

 私が一緒に戦う以上、この世界をフェアリーキングダムのようにはさせないわ。絶対に。」

 

「ありがとう千歳、頼りにしてるよ。」

 

「あなたが一緒に戦ってくれるほど心強いものはないわ。」

 

「ちとせちゃん、いっしょにがんばろうね!」

 

 それぞれが千歳を歓迎し、共に戦えることを喜ぶ。

 

「ええ、私が得意とするのは要、あなたと同じ接近戦よ。

 これからは、私があなたの隣で戦うわ。」

 

 そして嬉しそうに微笑む千歳が、雛子の期待通りの言葉を言ってくれた。

 火球を飛ばす遠距離攻撃から渦巻く火の盾の展開など、千歳ことキュアブレイズの能力は多岐にわたるが、以前の戦いで彼女をサポートしてわかったことがある。

 彼女はその中でも、近距離での戦いを最も得意としているのだ。

 

「そう・・・これで。」

 

 これで要の負担を減らすことが出来る。

 雛子はその言葉を心に飲み込みは要へと目を向ける。

 これまでの戦い、戦闘力に長けた要ことキュアスパークへの負担がとても大きかった。

 適材適所、チームワークと言えば聞こえはいいかもしれないが、結果として要1人に前線を任せてしまっていたことに変わりはなく、その弱点を突かれてサブナックに戦力を分断され、窮地に追い込まれたこともあった。

 だが彼女と同等かそれ以上の戦闘力を持ち、行動隊長を2人も撃破した戦歴を持つ千歳が隣で戦ってくれるのであれば、これまでのように要1人が前線を張ることもなくなる。

 それに以前の戦いで要は、雷を飛ばしての遠距離攻撃を行ってみせたのだ。

 恐らく千歳の火球を参考にして新たな技を生み出したのだろう。

 能力を縦横無尽に使いこなすプリキュアの先輩たる千歳の存在は、要にも新たな刺激を与えて彼女の成長を促進させる。

 それも含めて千歳の加入は戦力の大きなプラスとなるのだ。

 

「まっ、ウチの隣に並んで戦うつもりなら、せいぜい置いてかれんように気を付けな。」

 

「あなたこそ、私の足を引っ張らないように気を付けてよね?」

 

 要と千歳は言い合いながらも、不敵な笑みを浮かべている。

 漫画でよくある、互いの実力を認め合うライバル同士のいがみ合いのようなものを見せられた雛子は、やれやれと肩を落として2人を一瞥する。

 これからは要だけでなく、千歳もサポートしなければならない。

 自分への負担だけならばこれまでよりも大きくなるだろうが何も問題はない。

 要も千歳も等しく大切な友人だ。

 心の底から守りたいと強く思っている。

 その気持ちは必ず、自分の力に応えてくれる。

 それに先ほどのやり取りを見てはっきりとわかったが、千歳は一見知的でクールな印象を与えるが、その実要と同じタイプのようだ。

 戦い方も酷似しており、要と同じ感覚でサポートできるのは雛子にとっても有難い話である。

 要を2人サポートすると考えると少々胃が重たいが。

 

「よ~し、わたしも、かなめちゃんとちとせちゃんにおいていかれないように、がんばるね!」

 

 すると蛍が両手をグっと握りしめて力強く宣言した。可愛い。

 

「蛍、あなたはもうこれ以上無茶な戦いをする必要はないわ。」

 

 だがそんな蛍の決意を千歳がやんわりと拒否した。

 

「え?でも・・・。」

 

「これからは私が前に出るのだから、あなたが囮役なんて危険な真似しなくていいのよ。

 それにもしもあなたの身に危険が迫ったら、私が必ず守ってあげる。

 だからもうあなたはもう無茶しないで、もう少し自分のことを大切にして。」

 

 千歳が柔らかく諭すも、蛍は落ち込み黙り込んでしまった。

 だがこればかりは雛子も千歳の言葉に同意する。

 確かに蛍が囮役を担ってくれたことで勝機を得たこともあるし、彼女の潜在的な力に窮地を救われたことも多かったが、それを差し置いても蛍の戦いは傍から見ていられないほど無茶で無謀なものだった。

 自分だって何度も肝を冷やしたし、無茶をする度チェリーから厳しい説教を受けてきた。

 だがこれからは千歳が要とともに前線に出てくれるのだ。

 蛍がそんな無理をしてまで囮役を担う必要はなくなる。

 それは雛子としてもとても嬉しいことである。

 それに蛍を守ると言うのは、恐らくそれだけが理由ではない。

 

「それに、蛍を守ると言うのは何も、私の意思ってだけじゃない。

 恐らくこれから先、あなたはダークネスから優先的に狙われるようになるわ。」

 

「え・・・?」

 

 続く千歳の言葉に蛍は驚いて顔をあげるが、雛子も要もその言葉には驚かなかった。

 

「あなたはフェアリーキングダムの戦いで、たった1人で世界の闇に打ち勝ったのよ?

 あの場にはリリスがいたから、他の行動隊長たちにもきっとその情報は伝わっている。

 だからダークネスは絶対にあなたの力を危険視するわ。

 でも同時に、あなたは私たちプリキュアにとっての切り札でもあるのよ。

 あなたは絶望の闇に覆われた世界に、再び陽の光をもたらしてくれたのだから。」

 

「わたしが・・・きりふだ・・・?」

 

 千歳の言われたことに実感が沸かないのか、蛍は惚けた顔で千歳の言葉を復唱した。可愛い。

 

「ええ、だから私があなたのことを守るの。

 だから蛍、あなたは自分のことを大切にしてちょうだい。

 あなたの力が、ダークネスの闇を打ち破る最後の希望となるのかもしれないのだから。」

 

 千歳が蛍にそう優しく告げる。

 千歳の言うことは自分も、そして恐らく要も思っていたことだ。

 だから彼女が言うようにダークネスから蛍を守ることは自分たちにも望むところだ。

 それで蛍がもう無茶な戦いをしないのであれば、雛子の心配の種が1つ消えることになる。

 だが千歳の言葉を聞きながらも、蛍は黙り込んだままだった。

 そしてずっと蛍のことを見守って来た雛子には、彼女が千歳の言葉をどう受け止めたのか何となくわかり、心の中で苦笑するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 その後もこれからの活動について話し合いながらも、最後は半ば雑談交じりなとなりながら第二回プリキュア作戦会議は無事に終了した。

 要はポテチの袋を片付けながら時計に目をやると、時刻は正午に差し掛かるところだった。

 

「そろそろお昼の支度をしなくちゃね。せっかくだから、あなたたちも食べていきなさい。」

 

 リン子の言葉に、お昼前にはお暇する予定だった要は目を丸くする。

 

「え?いいの?」

 

「勿論、せっかく千歳がこの世界で初めて友達を呼んだのですもの。

 これくらいのおもてなしはしないと。」

 

「あっじゃあわたし、おてつだいします!」

 

 すると蛍が元気よく挙手をし、リン子にそう申し出た。

 

「そんな悪いわよ。蛍はお客様なんだから、」

 

「ううん、てつだわせてください。

 わたし、料理長のリン子さんの料理、となりでみてみたいんです!」

 

 料理が趣味な蛍のことだ。

 フェアリーキングダムの王城で料理長を務めているリン子の腕前が気になるのだろう。

 リン子もそのことを承知してくれたのか、クスクスと笑って静かに頷いた。

 

「そこまで言うなら、わかったわ。」

 

「わーい!ありがとうございます!」

 

 はしゃいで喜びながら、蛍はせっせと後片付けを進めていく。

 早く隣で料理を手伝いたいと思いが溢れる蛍に苦笑しながら、要はふとキッチンの方に目を向ける。

 ガスコンロの上には鍋とやかんが置かれており、炊飯器にトースターそして冷蔵庫など、キッチンに必要な設備はちゃんと揃っている。

 普通ならば特に気にとめるものではないが、ここが千歳とリン子の家となれば話は別だ。

 要は千歳の方へ向いて話しかける。

 

「しかしリン子さんも多芸やな。

 フェアリーキングダムには機械はないはずだよね?」

 

 あれだけのものがキッチンに揃っているのだから、リン子がこの世界の文明の機器を十二分に使いこなしていることは想像に難くない。

 するとそんな話し声が聞こえたのか、リン子の方から答えが聞こえてきた。

 

「この世界に来たときは機械なんて見たことも聞いたこともなかったから驚いたけど、さすがに半年も住めば使えるようになるわよ。」

 

 リン子の答えに千歳は苦笑しながら言葉を続ける。

 

「初めてこの部屋に住み始めたときは、暖房の入れ方もわからなかったものね。

 部屋のどこに暖炉があるのか探して、ないことに唖然としていたっけ?」

 

 要はその言葉を聞いて苦笑する。

 ベリィたちの話によれば彼女たちがこの世界に来たのは12月の頭頃。

 寒冷な地方ならとっくに雪が降り始めるであろう時期に、暖房を付けずに生活するなんて修行僧もいいところである。

 

「1週間くらい、毛布に包まったまま生活していたかしら?

 懐かしいって言うほど昔の話ではないのに、私たちもすっかりこの生活に馴染んでいるわね。」

 

 リン子が千歳にそう話す。

 感慨深そうに半年前を語る2人だが、千歳のこれまでの状況を考えれば、この世界に来た当初のことを思い出話のように話せること自体、彼女に心的余裕が生まれた証である。

 この世界に来たばかりのことを楽し気に語る千歳の姿を要はどこか嬉しく思いながら、ベリィが初めて自分の家に来たときのことを思い出した。

 

「そういえばベリィはウチに来たときは、あんまり驚かんかったね?」

 

「ん?まあ、知識だけは何とかして身に付けたからね。

 それに俺はリン子さんと違ってあまり機械の類を触ることもなかったからな。」

 

 言われてみればベリィが自分の部屋以外に出た記憶はない。

 が、それとは別に異世界から来た人たちが現代社会の文明にカルチャーショックを受ける、という昨今のアニメによくあるリアクションを求めていただけに、要は内心、ちょっとだけ面白くないと思う。

 

「チェリーちゃんがはじめてお家にきたときは、料理のおいしさにびっくりしてたよね?」

 

「あれは蛍の料理だからびっくりしたのよ?

 蛍の料理は私が今まで食べた中で一番美味しかったんだから。」

 

 一方でチェリーは蛍の料理をべた褒めし、不意打ちを受けた蛍は頬を赤くして俯いた。

 

「雛子の方は・・・。」

 

 と、雛子に声を掛けようとして要は思った。

 レモンに限らず妖精たちはみんなぬいぐるみのような姿をしている。

 つまり雛子にとっては『可愛いもの』にカテゴライズされているはずだ。

 となるとこの悪友の趣味を鑑みればレモンが初めて雛子の家に迎えられた日、『何か』あったのではないかとつい邪推してしまう。

 

「・・・何よ?」

 

 突如言葉を中断した自分を見て察したのか、雛子は仏頂面で声をかけてきた。

 

「レモン、雛子の家に初めて招かれた日、何かなかった?」

 

「何かとは何よ。」

 

 話題の矛先を敢えてレモンの方へと向けるが、雛子は構わず要を睨み付ける。

 

「ん~別になにも・・・あ~でも初めてお風呂に入るとき雛子が一緒にって・・・」

 

「レモンちゃん!!」

 

 するとレモンが何か思ったことを雛子が大声で遮る。

 だが言葉にせずとも言わんとしたことが分かった要は雛子をじっとりと見ながらでニヤつく。

 

「ほ~、お風呂ねえ。」

 

「違うわよ!レモンちゃんこの世界のお風呂に入るの初めてだったから!シャワーとかの使い方わからないだろうなって思っただけよ!!」

 

 何も聞いていないのに何が違うのだろうと言うのか。

 ついでに言えば、雛子が純粋に善意でこの世界の生活に慣れていなかったであろうレモンを助けよと思っただけだなんて、腐れ縁の自分には容易に想像できることだし、妖精とは言え女の子同士だ。

 そんな顔を赤くしてまでムキに反論するほどのことではない。

 つもるところ要の思惑通り、悪友の善意を知っていながら敢えてそれを話のタネに弄ることに成功したわけであり、要は次の予定通り、今度は蛍の方を見てニヤついた。

 

「雛子~、間違ってもまた蛍を家に呼んだときに同じようなこと言ったらダメだよ~?」

 

「ふえ?わたし?」

 

 困惑する蛍をよそに、雛子は口をパクパクさせた後鋭く要を睨み付け、

 

「す!る!わ!け!な!い!で!しょっ!!!」

 

 先ほど以上に大きな声で一音ずつ区切りながら反論をしてきた。

 そんな反応を楽しみながら要は一層ニヤつく。

 

「蛍ちゃん安心して!私絶対そんなことしないからね!!」

 

 すると今度は蛍の方を振り向き必死の声色で弁解してきた。

 

「へ?うっうん、べつに真に受けてないから・・・。」

 

 自分が言わんとしていたことはしっかりと伝わっていたようだが、本人は特に気にも留めていないのか、ポカンとした表情を浮かべる。

 雛子を信頼してのことなのだろうが、それなればここまで必死な表情で弁解するのは返って怪しまれるのではないだろうか?

 すると雛子が再び要の方へと振り向き睨み付ける。

 

「大体、いくら蛍ちゃんが幼いからって、1人でお風呂に入れないほど子どもじゃないでしょ!!」

 

「わたしおないどしだよ!!?」

 

 だがここで蛍が全く予期していなかった方向で、雛子の裏切りが発生した。

 蛍を妹のように可愛がっている雛子は時としてごく自然に蛍を年下扱いする傾向にある。

 知ってて敢えて年下扱いしてからかっている自分よりもよっぽどタチが悪いやつだと思いながらも、より面白い展開になってきたと思った要は、それに便乗してターゲットを蛍に切り替える。

 

「おっ、蛍はちゃんと風呂場の蛇口とシャワーの切り替え方が分かるんかい?」

 

 すると今度は蛍が口をパクパクとさせ始めた。

 そして両手をブンブン振り回しながら要へ猛抗議を開始する。

 

「わっわたし!おうちのおしごとぜんぶひとりでやってるって言ったよね!?

 おふろの掃除もおふろの準備もぜんぶわたしがひとりでやってるんだから!!」

 

 実年齢以前に、毎日家事全般をこなしている蛍がそんなのことも知らないはずがないと言うことくらい要だって承知だ。

 承知の上でからかっているのだが、蛍の反応は相も変わらず全力である。

 その姿が面白いからついついからかいたくなってしまうのだ。

 

「お~エライエライ。」

 

 言葉こそ褒めているが、口調は完全にからかいモード。

 すると蛍はとうとう両手を手を振り回しながら要へと駆け寄ってきた。

 

「も~!!かなめちゃんはいっつもそうやってわたしのことバカにして!!」

 

 だが本人は懐に飛び込んで両手でポカポカと叩きたかったのだろうが、要は身体を側面に向けて片手をそっと伸ばして手のひらを蛍の頭に添えることで前進を止める。

 蛍が振るう両手は虚しく空ぶり続けていった。

 そんな要にあしらわれている蛍の姿を、雛子はいつもの様に恍惚とした表情で眺めていた。

 

「こらっ、2人とも、蛍を子ども扱いしてからかうのは止めなさい。」

 

 そんなやり取りを見かねた千歳が、蛍の隣に立って要と雛子を注意する。

 千歳が味方についてくれたのか、蛍は珍しく強気な表情で要と雛子を睨み付けていた。

 

「ごっごめんなさい蛍ちゃん、私はそんなつもりじゃ・・・。」

 

「ふん!」

 

 我に返った雛子が謝罪するも、すっかりへそを曲げてしまった蛍は珍しく雛子を相手に頬をぷっくりと膨らませてそっぽを向く。

 だがその程度で怯むような要ではない。

 

「いやあ、蛍が怒る姿が可愛くてついね~。」

 

「うれしくない!!」

 

 半分本音が混じった言葉で尚をも蛍をからかい続ける。

 

「あっ、それには同意。」

 

「どういしちゃうの!!?」

 

 どこまでも自重しない雛子の言葉に蛍はとうとう涙目になる。

 

「あなたたち!!」

 

 すると千歳が蛍の後ろに立ち、力強く彼女の両肩に手を置いた。

 怒った表情で要たちを睨み付けてきたので、説教でも始まるかと思いきや

 

「わざわざからかわなくたって、蛍は十分可愛いでしょうが!!!」

 

「・・・はい?」

 

「・・・そっち?」

 

 千歳から飛んできた余りにも想像の斜め上を駆け上がる言葉に場の空気が一瞬にして凍り付く。

 意味を捉えれば、蛍をからかうのは止めなさいと言っているようなものだが、言葉のチョイスから何まで間違っているとしか思えない。

 それも恐らくこの子、天然で言っているのだ。

 

「あ・・・あわわ・・・ちっ・・・ちとせ・・・ちゃん・・・。」

 

 そんな爆弾発言を直に受けた蛍はと言えば、湯気が出ている錯覚が見えるほどに顔を真っ赤にし、口元を震わせ千歳の方へと振り向いた。

 

「それ・・・さすがにちょっと・・・はずかしい・・・。」

 

 そしてそのまま千歳の胸に顔を埋めて抱きついて離れなくなってしまった。

 

「蛍?」

 

 一方で千歳本人はきょとんとした表情で蛍の頭に手を置いた。

 自分の飛ばした爆弾の破壊力がまるでわかっていないようだが、あの雛子さえも言葉を失っているのだから相当なものである。

 

(・・・まさか雛子以上の蛍バカが出てくるとはな。)

 

 雛子さえも上回る『究極の蛍バカ』が誕生するとは夢にも思っていなかった要であった。

 


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