新たなる仲間!真紅の戦士、キュアブレイズ!
フェアリーキングダムを舞台にしたプリキュアとダークネスと大決戦は、キュアシャインによって闇の牢獄が破壊され、この世界を支配下に置いていたダークネスの司令官アンドラスが、キュアブレイズによって討たれたことで終結した。
フェアリーキングダム全土を覆い尽くしていた絶望の闇は急速に力を失い、絶望の闇に囚われていた人たちは次々と希望の光を取り戻していった。
そんな世界に光が戻る光景を前にしても、リリスはずっと呆然自失としていた。
キュアシャインが闇の牢獄を破壊したときも、アンドラスが敗れたときも、何1つとして彼女に響かなかった。
たった一つの、他の人からすれば何とでもない程度の出来事が、ずっとリリスを縛り続けていた。
リリス、聞こえるかね?
するとリリスの脳内にアモンの声が聞こえた。
リリスは微かに残る意識でそれを汲み取る。
・・・はい、アモン様・・・。
だがその声はまだ擦れていた。
そちらの状況はわかっている。アンドラスが敗れたそうじゃないか。
もう、その世界に留まる理由もないだろう。
アンドラスを回収し、速やかに帰還しなさい。
・・・了解・・・しました・・・。
そんなリリスを訝しむ様子も見せず淡々と指令を下した後、アモンとの通信が途絶えた。
ほとんど条件反射で応答していたリリスだったが、彼から受けた指示はちゃんと記憶しており、浮ついた思考でおぼつかない足取りのまま、アンドラスが落ちていった地域へと向かうのだった。
…
要は目の前で起きた出来事に対してどう反応して良いのかわからなかった。
キュアブレイズの正体がこの世界のお姫様だと言うことは聞いていたから、彼女が城へ戻り、見るからに王様と女王様と言うべき姿をした2人のことをお父様、お母様と呼んだことには何の違和感も抱かなかった。
だが彼女の口から『チトセ』と言う名前が出た途端、波1つない静かな海に突然のビッグウェーブが到来したかの如く、要の脳内に強い衝撃が走った。
チトセと言う名前を持つ少女を知っているがなぜあいつの名前が突然出て来たのかわからないしいつそれがあいつ本人だと確定したわけでもない同名なだけかもしれないがそんな偶然が果たしてあり得るのだろうか・・・と、例によって考え事がまるで纏まらない内に、キュアブレイズは王様と女王様を無事救出することができたようだ。
だがここでまた1つの事件が発生した。
キュアブレイズが突然、自分とキュアプリズムの『本当の名前』を言い当てて来たのだ。
それはキュアブレイズことチトセが、自分の知るあの『チトセ』と同一人物であることを確定づけた。
その瞬間、要の脳内は今まで見せたことのないような速度でこれまでの情報を引き出し答えを導き出した。
なぜあの時、『あいつ』が自分たちの間に割って入って来たのか。
なぜ何かとつけて刺々しい言葉を投げて来たのか。
なぜ自分のことを体育バカと呼んだのか。
そしてその背丈と雰囲気、何より鋭い眼が記憶にある少女の目と重なり・・・
「なっ・・・なんですと~!!?」
「あなたがキュアブレイズだったのお!!?」
今、目の前でその答え合わせが行われた。
キュアブレイズが変身を解除すると、目の前に夢ノ宮中学校2年3組、孤高のクイーンこと『姫野 千歳』が姿を見せたのだ。
「ふふっ、そうよ。今までずっと隠して来てごめんなさい。
でも、なかなか言い出しづらくて。」
悪戯っぽく微笑む千歳の姿に、要は今度は別の意味で混乱してしまう。
孤高のクイーンと呼ばれていた千歳は、誰に対しても態度が冷たく、常に無口で無表情と評判だった。
親身に接してくれていたクラスメートの未来に対してもその態度を崩したことはなく、はっきり言って、嫌なやつだという印象が拭えなかった。
その千歳が今、口元に手を当てて微笑んでいるのだ。
自分の知る千歳の姿とはあまりにも印象が違い、要は再びフリーズしてしまう。
「そうか、君たちが力になってくれたのか。」
「娘を、チトセを。そしてこの世界を救っていただき、感謝の言葉もありません。」
そんな要たちに、この国の国王と女王が礼を述べる。
冷静に考えてみれば、どこにでもいるごく普通の女子中学生である自分たちに対して、一国の主が頭を下げてお礼を言う、恐らくこの先2度と訪れることがないであろう体験のはずだ。
確かにこの世界は異世界ではあるが、同じ世界でだって外国には今まで行ったことがないので、要からすれば誤差の範疇である。
そんな国王たちからの謝礼ですら、今の要には頭の片隅にしか残らなかったものだから、よっぽど目の前の衝撃が大きかったようだ。
ついでに言えば、魔法少女のように変身し、特撮ヒーローの如く悪の手先と戦い世界を守る『普通の女子中学生』なんかがいてたまるかと、自分の思考に対して自らツッコミを入れてしまいそうになり、要は大慌てでそんな無粋なツッコミを頭から払う。
だが払い落とした後の要に残ったのは、結局目の前に対する困惑だけだった。
「アップル、それからチェリーもご苦労だったな。」
「いいえ、私たちは職務を果たしたまでです。」
「わっ私は、ほとんど何もしておりませんでしたし・・・。」
そんな要を余所に、アップルとチェリーが親し気に国王と会話する。
「お父様、お母様、お話したことはたくさんありますが、今は一先ず、彼女たちを休ませてもよろしいでしょうか?」
そして千歳はキュアプリズムが抱える蛍に目を配りそう告げた。
「是非、そうしてくれたまえ。状況が状況だけに何もおもてなしは出来ないが、せめて戦いの疲れが取れるまでこの城でゆっくりとしていくといい。」
「いっいいえそんな、おもてなしだなんて。」
国王の言葉に慌てるキュアプリズムは勿論、要もつい先ほど絶望の闇から解放されたばかりの人たちに対して、厚かましくおもてなしを強請るような常識知らずではない。
ダークネスがいなくなった今、自分たちがこの世界の人たちのために出来ることなどなく、むしろ復興の邪魔にしかならないだろうから、早急に元の世界に帰った方が良いくらいだ。
「それじゃあ、私の部屋へ案内するわ。」
だがせめて、蛍が目を覚ますまでは帰るわけにもいかないので、要たちは千歳の厚意に素直に甘えることにするのだった。
変身を解除した要と雛子は、千歳に案内されて彼女の私室を訪れる。
部屋に入ると要たちはまず、雛子の私室よりもさらに広い部屋の面積に圧倒された。
「いやあ・・・想像通りっちゃ通りだけどやっぱ広いな。」
「ホント、私の部屋より広いわ・・・。」
この世界で一番偉い王族たちが住むお城、しかもお姫様の寝室を訪れているのだ。
そのお姫様が多少顔の見知った相手とは言え、初めて足を踏み入れる高貴な部屋に少しばかり緊張してしまう。
「そんなに難くならなくてもいいわよ。リラックスしてちょうだい。」
千歳が苦笑交じりに話すので、要は気を紛らわそうと部屋を観察する。
まず目に留まったのは、赤いカーテンがかけられたベッドだ。
内側を見ることができないが、かけられたカーテンの大きさからして、自分たち4人が寝転がってもまだ有り余るであろうスペースを持つことは想像に難くない。
来客用と思われるテーブルと椅子が4つ、テーブルクロスも椅子のクッションも見るからに高価そうな素材だ。ベッドの側には複数の引き出しを持つ机があり、その上にはランタンが置いてある。
部屋の作りだけなら、テレビの中でしか見たことがないヨーロッパにある城の一室にとても近かったが、ベッドの向かいある本棚に飾られた本の表紙には見たこともない文字が書かれており、それだけがここが異世界であることを物語っていた。
「これだけ広いと掃除も一苦労よ。
特にこの子は自分のことはいつも他人任せなんだし。」
「それがあなたたちの仕事でしょ?」
アップルが苦笑し、千歳がやや動揺した様子でそれに答える。
そんな2人のやり取りに、要はある疑問を抱いた。
「もしかしてアップルさんってメイドか何かなん?」
「正解よ。
私の仕事はこの城のメイド長兼料理長、そして千歳のお世話役よ。」
メイド長にして料理長と言うバイリンガルな職務に多少驚くも、要にとっては概ね予想通りの答えだ。
この世界は人と妖精が共存していると聞くし、自分たちの世界の創作物では、妖精が人に仕えて世話役を担うと言うのはよくある設定だからだ。
「ついでに言えば、チェリーはここの見習いメイドで、私の下で実施研修を受けていたのよ。」
「「えええっ!!?」」
が、直後予想だにしない不意打ちを受けてしまい、要と雛子は声を揃えて叫ぶ。
「えへへ、まだ仕事も覚えたてだし、お城の中も覚えきれていないのだけどね。」
「それでも城の妖精メイドは、この世界では妖精の女の子に一番人気の高く、同時に倍率の高い職業でもあるんだ。
それに合格するのだから、チェリーは大したものだよ。」
「もうやめてよベリィ、私のスキルなんて蛍と比べてもまだまだなんだから。」
遠回しに蛍が、この世界ならば城に仕えるメイド並みの家事スキルを持つと言っているようなものだが、家事にしても何にしても要たちの世界には機械と言う便利な道具がある。
勿論、蛍のスキルが優れていることに変わりはないが、言葉の通り住む世界が違うのだから一概に比較できないだろう。
「ほら、いつまでもお喋りしてないで、蛍ちゃんを休ませましょう。」
そんな妖精たちをアップルが窘め、千歳はベッドのカーテンを開けた。
赤いカーテンの開けた先には、赤一色で染められたシーツや枕があり、千歳は赤い色を好む傾向があるようだ。
雛子は蛍が起きないようにゆっくりとベッドに寝かせ、チェリーが飛びながら頭の方まで回り枕を置く。
闇の牢獄を撃ち破るために力の全てを使い果たした蛍はずっと眠ったままだが、雛子が言うには呼吸は安定しているし脈拍も正常とのことなので、寝床を確保出来た今、これで一安心だ。
「お疲れ様、蛍。」
チェリーが蛍を労い、頭を優しく撫でる。
千歳もベッドに座り、蛍の頬に優しく手を添えた。
「この子がいてくれて良かった・・・。
この子がいなかったら私は今頃、絶望の闇に囚われてしまっていただろうから・・・。」
かつて蛍の弱さを糾弾し、邪険していた頃には見せたことのない、深い慈愛に満ちた表情で千歳はそう呟く。
「ありがとう、蛍。」
そして千歳は蛍の頬に両手を添え、まるで眠れるお姫様にキスをするかのように、蛍の額に自身の額を優しく当てるのだった。
…
モノクロの世界に帰還した後も、リリスの動揺は収まらなかった。
どうしてキュアシャインが蛍にしか教えたことのないおまじないを知っていたのか?
どうしてキュアシャインが蛍と同じ言葉を口にしたのか?
その答えは1つしかないが、それが脳裏を過る度にリリスは思考を遮断する。
そして再び同じ自問を繰り返していた。
「まさかやつらがフェアリーキングダムを取り戻すとはな。
ホープライトプリキュア、ますます面白くなってきた。」
そんなリリスを余所に、サブナックはいつものように闘志を燃やす。
「それよりもリリス、キュアシャインがたった1人で闇の牢獄を破ったと言うのは本当かい?」
一方でダンタリアが珍しく、自分に疑問の言葉を問いてきた。
「・・・ええ、そうよ。
正確にはヒビを入れた程度だけど、あいつが作ったヒビから光が零れて、あの世界の闇を消し去っていったわ。」
リリスは一旦自問自答を打ち止め、ダンタリアの質問に答える。
「信じがたい話だね。
ヒビ程度とは言え、たった1人の希望の光が世界の絶望に勝ったって言うのかい?そんなことはあり得ないだろう。」
だが答えを聞いてもダンタリアは納得しなかった。
彼が言うまでもなく、1人の希望が世界の絶望を撃ち破るなんてことは普通ならば考えられないことだ。
希望の光にせよ、絶望の闇にせよ、個体あたりの力の総量は必ずしも等しいわけではないので、個々で力に差は出てくるだろう。
それでも一時とは言え、キュアシャイン個人の持つ力が、世界中の人々からかき集めた力の総量を上回った。これは明らかな異常事態である。
だがそれでも答えを最初から聞き入るつもりのないダンタリアの態度に眉を潜める。
「じゃあ、あなたはあたしがウソをついているとでも言いたいの?」
「その方がよっぽど、信憑性があるね。」
「何ですって・・・。」
ついには虚言扱いされてしまい、リリスが今にも爪をダンタリアへと向けようとしたその時、
「ダンタリア。」
アモンの低い声が両者の間に割って入った。
リリスは爪を引っ込め、ダンタリアはアモンに少し頭を下げる。
「では1つ聞くが、君は闇へと飲まれた世界が再び光を取り戻したと言う事象を聞いたことはあるかね?」
だが続くアモンの問いに、ダンタリアは珍しく顔をしかめた。
「・・・いえ、聞いたことはございません。」
ダンタリアは呟くように答える。
それはリリスもサブナックも同様だ。
一度闇に堕ちた世界は二度と光を浴びることはない。
自分たちはそう学んできたのだから。
「その通り。
過去の戦いにおいても全ての光を失い闇へと落ちた世界が、再び光を取り戻すなんてことは『あり得なかった』。
だが今の現実はどうだ?
確かにフェアリーキングダムは光を取り戻している。
これまで『あり得なかった』ことが実現したのだ。
ならばその原因もまた、これまで『あり得なかった』ことだとは思わないか?」
アモンの言葉にダンタリアは反論しないが、顔はしかめたままだ。
屁理屈のように聞こえたのだろう。
だが目の前でその光景を目の当たりにしたリリスには、実に説得力がある言葉だった。
それにダンタリアも、アモンの言葉を否定しないだろう。
前例のないことをあり得ないことだと目を背け続けては、現実に強大な力を解放したキュアシャインへの対抗策を講じるのを怠ることになる。
ダンタリアほどの慎重派なやつが、たった1人で世界の力を覆してしまうほどの脅威から目をそむくとは思えない。
それでもやはり、当の力を目の当たりにしなければ納得ができないのだろう。
もしも自分が又聞きした立場であれば、同じ感想を抱いていたはずだ。
「だが、たった1人で世界を変えるほどの希望の光か・・・。
やつの力、逆に利用できるかもしれんな。」
「え?」
だがアモンの予期せぬ言葉にリリスだけでなく、サブナックとダンタリアも困惑の表情を浮かべた。
アモンはそんな行動隊長に構うことなく言葉を続ける。
「リリス、プリキュアの正体を暴くと言う任は、どうなっている?」
「・・・まだ、進展はございません。」
リリスは心のつっかえを表に出さないように、努めて冷静に返答する。
「そうか、ならばちょうどいい。」
「と、言いますと?」
「君のその任に、新たな指令を追加する。
キュアシャインの正体を優先的に暴くのだ。」
「え・・・?」
「そしてやつの正体を暴き次第、キュアシャインを絶望させろ。」
「っ!!?」
続く指令にリリスは言葉を失った。
口元が震え、声が絞り出せないほどに動揺する。
キュアシャインを絶望させると言うことは、つまり・・・。
「・・・なっ、なぜ、やつを優先的に・・・?」
だがリリスは再びそこで思考を中断した。
代わりに擦れた声を絞り出し、アモンの真意を探る。
「その時が来ればわかるさ。今はその任務に専念するのだ。」
「・・・了解しました。」
だがアモンの真意を窺い知ることができなかった。
それでも行動隊長にとって司令官の命令は絶対だ。
自分の、行動隊長としての存在意義のためにもその命は必ず果たさなければならない。
だが指令を受けたリリスは終始、虚ろな表情を浮かべたまま広間を離れるのだった。
…
蛍が目を覚ますと、見知らぬ景色が目の前に拡がっていた。
古き時代のお城の一室を彷彿させる部屋模様、身を柔らかく包む赤いシーツのベッド、そして
「蛍、目が覚めたのね。」
自分を覗きこむ千歳の顔が映り、蛍の意識は一気に覚醒する。
「あっあれ?なんでちと・・・ひめのさんが?」
思わず名前で呼ぼうとしてしまい、慌てて名字に訂正する。
同時に気を失う前までの出来事を徐々に思い出して来た。
キュアブレイズたちと共にフェアリーキングダムに来て、世界を救うために城下街の大広間の鐘を鳴らしに行こうとしたところ、ダークネスと遭遇して戦いになり・・・とここまで思い出した途端、気を失う直前の光景がフラッシュバックした。
「そうだ、リリスは!?たたかいはどうなったの!?
フェアリーキングダムのひとたちは!?」
蛍は思わずベッドから飛び上がる。
戦いの中で気を失っていたはずなのに気が付けばベッドの上だったのだ。
何が起きてこうなったのか状況もわからぬまま、悠長と寝ていることなんて出来ない。
「落ち着いて蛍、戦いは無事に終わったわ。」
だがそんな蛍の両肩に千歳が手を乗せ優しく制した。
「え・・・?そうなの?
あっ、そだ、なんでひめのさんがここに?ここはどこ?」
「だから落ち着いて、1つずつちゃんと説明するから。」
思考がまとまり切らず慌てる蛍だったが、千歳に優しく諭されて少しずつ落ち着きを取り戻す。
だが今度は別の違和感を覚え始めた。
千歳がなぜここにいるのか、そもそもここはフェアリーキングダムなのか元の世界なのかもわからないが、それ以上になぜ彼女がここまで自分に優しい声をかけてくれるのかがわからなかった。
彼女のこれまでの態度から、自分に対して良い印象を抱いていなかったと思っていたからだ。
「蛍、聞いて驚くなよ?
なんとキュアブレイズの正体は千歳だったのだ!!」
すると本人の口よりも先に要が、やたらと芝居がかった口調で正体を明かして来た。
「えっ!?・・・あっ。」
だが蛍は一瞬だけ驚くも、フェアリーキングダムに行く前に、千歳と会話した時のことを思い出す。
「そっか・・・。」
すると自分でも驚くくらいに、冷静にその現実を受け止めることができた。
「あれ?思ったより反応薄いな?」
一方で要は想定していた反応を得られなかったのか、肩透かしを受けているようだ。
「ここにくるまえにね、ちょっとおはなししたことがあって、そのときに、もしかしたらっておもったの。」
「ああ、あの時の。」
その言葉に千歳はどこか納得した様子を見せた。
今にして思えば、確かに千歳とキュアブレイズには共通点が多かった。
背丈と近寄りがたい雰囲気、そして意志が強く鋭い眼差し。
それでも今まで気が付かなかったのは、プリキュアに変身すると服装は勿論、髪形や髪の色はては瞳の色までも変わってしまうので、外見からは判別ができなかいからである。
「な~んだ、気づいてたんだ。つまんないの。」
「要。」
特に残念がる様子もなく軽く言う要と、半ばお約束のようにツッコミを入れる雛子。
そんな2人のいつも通りのやり取りに蛍は安堵の笑みを浮かべる。
この様子なら、戦いが終わったと言うのは本当のことのようだ。
何よりキュアブレイズである千歳がここまで穏やかな姿を見せていると言うことは、フェアリーキングダムの人々を無事助けることも出来たのだろう。
と、ここで自分の失態を思い出した蛍は、申し訳なさそうな顔を千歳に向ける。
「えと・・・ごめんなさいひめのさん。
わたし、途中で気をうしなっちゃって・・・なにもちからになれなくて。」
蛍は自分の力を解放した時のことを思い出し謝罪する。
あの時は確か、ガムシャラに太陽の光を取り戻そうと願い、浄化技を空へと目掛けて頭上に放ったはずだ。
あれではアンドラスやリリスは勿論、ソルダークの1体も浄化できていなかっただろう。
力になりたいと、助けになりたいと思いながらも結局、大事なところで自分の意思を優先してしまい足を引っ張ってしまったのだ。
と、当時の記憶がない蛍はそう考えていた。
「えっ?
・・・ふふっそっか、あなたは気を失っていたから、自分がしたことの凄さがわかっていないんだ。」
「え?」
すると千歳は穏やかな笑みを浮かべ、何やら意味深なことを言ってきた。
「あなたはあの後、浄化技で闇の牢獄を撃ち破ってくれたのよ?
そのおかげでこの世界は光を取り戻すことができたのよ。
それだけじゃない、みんなあなたの言う通りだった。
あなたが私に言ってくれたことが、全て現実となってこの世界を救うことができたの。
だからありがとう、蛍。この世界を救ってくれて。」
思わぬ千歳からの感謝の言葉に蛍は困惑する。
だが彼女の言葉に嘘は感じられないので、自分の放った浄化技が闇の牢獄を撃ち抜いたのは事実なのだろう。
それでも蛍には、自分が世界を救ったと言う実感は沸いてこなかった。
「わたしじゃないよ。このせかいを救ったのは、ひめのさんだよ。」
「え?」
「わたしがほんとうに、やみのろうごくをこわしたのだとしても、きっとそれだけじゃ、みんなが希望をとりもどすこともなかったとおもうの。
でも、それを成し遂げたのは、ひめのさんなんでしょ?」
希望の光は絶望の闇を祓う力なのだから、プリキュアの浄化技は闇の牢獄だって打ち破ることができるだろう。
でもそれだけでは人の抱えている不安や悩みは消え去らない。
希望の光だけでは、人を絶望から救い出すことは出来ないのだ。
それを成すには、言葉で思いを伝えるしかない。
そして千歳は、半年もの間絶望の闇に囚われていた人たちを、彼女自身の言葉だけで救い出したのだ。
それは彼女がみんなに好かれ、慕われ、そしてこの世界の人々を心から大切に思っているからこそ現実となったこと。
だから自分が凄いのではない。
本当に凄いのは、この世界の誰からも好かれている千歳なのだ。
「だからわたしは、なにもスゴイことなんてしていないよ。」
屈託なく笑う蛍に千歳は目を丸くする。
「・・・全く、あなたには敵わないな。」
千歳は穏やかながらも、やや呆れたそう呟いた。
「ひめのさん?」
敵わない、の意味が分からず蛍は千歳の表情を伺う。
「千歳。」
「え?」
「姫野さん、なんて他人行儀な呼び方しないで。
私のことも、要や雛子と同じように名前で呼んで欲しいな。」
すると千歳が名前で呼んでもらえるように頼んできた。
ほんの1,2度しか会話をしたことがない相手を名前で呼んで良いのかと、蛍は少しだけ不安になる。
「だって、もう私たち」
だけどそんな蛍の不安も、次の一言で全て吹き飛んだ。
「友達、でしょ?」
千歳から出た友達と言う言葉に、蛍の胸に温かな感情が宿る。
初めて彼女の力を目の当たりにしたから、蛍は彼女のように強くありたいと仄かな憧れを抱いていた。
一方で彼女の言葉を、理不尽と思って怒ったときもあった。
そして弱い自分では彼女の力になれないと言う不安、自分たちを妬んでいた真意を知ったときの困惑、自分の言葉を否定された時の怒り、その全てを乗り越えて、隣で戦うことができたときは本当に嬉しかった。
何よりも、1人で戦い続けてきた彼女を助けたいと思う気持ちが、自分がプリキュアとして戦うきっかけの1つだったのだ。
これまでキュアブレイズに、千歳に抱いていた思いの数々が、千歳と友達になれた喜びへと昇華されていく。
「うん!わかった!ちとせちゃん!!」
力の差、思いのすれ違い、世界の壁、多くの垣根を超え、新しい友達ができたことを、蛍は心から喜ぶのだった。
…
蛍から名前で呼んでもらえたことに、千歳は喜びと安堵を覚える。
自分がこれまで彼女にぶつけてきた言葉の数々を鑑みれば、断られてもおかしくなかったからだ。
それでも蛍は、これまで自分が言ってきたことを気にしていないのか、それ以上に嬉しかったのかは分からないが、その申し出を満面の笑顔で応じてくれた。
その無邪気な笑顔は、彼女が心の底から喜んでいる何よりの証だった。
「ありがとう、蛍。」
そんな蛍と友達になれたことで、千歳は1つの決意をする。
(私は、この先何があっても必ず、蛍のことを守って見せる。)
誰よりも弱くて、誰よりも強い。
弱さと強さを両極端に兼ね備えた彼女のことを、これからは守って行こうと。
それが自分の出来る、彼女への謝罪と恩返しだから。
そして弱きを助け強きを挫くのは、自分の生まれ持った性質なのだから。
「あれ・・・?あっ!
アッ、アップルさん!いま何時ですか!?」
すると蛍が突然素っ頓狂な叫びをあげて時間を尋ねてきた。
慌てようからして恐らく彼女の世界での時間だろう。
「ちょっと待ってね・・・日曜日の夕方4時ごろかしら。」
「たいへん!おうちかえってごはんのしたくしなきゃ!!」
「えっ?蛍?」
大慌てでベッドから下りる蛍を見て、千歳は目を丸くする。
「そんなに慌てなくても、身体は大丈夫なの?」
「うん、たっくさんお昼寝したからね!
それよりもはやくかえらないと、おかーさんとおとーさんがまってるの!」
両親思いの蛍の決心は固く、要と雛子も蛍の言葉に微笑んでいる。
どうやら2人も彼女の意思を尊重するつもりのようだ。
「ふふっ、わかったわ。」
千歳も蛍の思いを尊重し、慌てる彼女をなだめてから玉座の間へと向かうのだった。
「そうか、もう帰られるのか。」
「あなた方はこの世界の恩人、是非ともそのお礼をしたかったのですが。」
「自慢ではないが、ここはこの世界一番のお城だ。
せめてそなたたちをもてなそうと、来賓用の客間に豪華な幸をと思っていたが。」
両親の元へ蛍たちを連れていき事情を話すと、2人とも惜しむ言葉を述べた。
それは千歳も同じだったが、蛍が畏まった姿勢で深々と頭を下げる。
「ごっごめんなさい!
でもわたし、かえっておかーさんとおとーさんのためにお夕ご飯をつくらなきゃいけないんです!!」
その一言に、父と母は優しく微笑む。
千歳もせめてものお礼にと、蛍たちの世界の基準で見ても豪勢な食事で持て成そうと思っていたが、一国の王の謝礼よりも両親への孝行を優先するところが蛍らしい。
隣を見ると要は少し残念そうに、雛子はいつものように慈しむ表情を蛍に見せていた。
「そうか、そう言われては無理に引き留めることも出来んな。」
「ええっ、そうね。」
「あっ、ありがとうございます!」
蛍は再び深々と頭を下げる。
そんな彼女たちを見て千歳は少しだけ物思いにふける。
ダークネスの脅威がこの世界から去った今でも、まだ世界から絶望の闇が完全に消え去ったわけではない。
この世界のどこかにまだ、絶望に囚われている人がいる。
何よりも半年もの間この世界は一切の時間が止まっていたのだ。
一日も早く復興させるためにも、姫の身である自分はここに残るのが王族の責務だろう。
だけど今は、別の思いも生じてきている。
「千歳、お前はどうするつもりだ?」
すると父が真っ直ぐにこちらの目を見据えてきた。
自分がこの悩みを抱くのを察していたのかもしれない。
父の言葉を受けた千歳は、自分の素直な思いに従うことにした。
「お父様、お母様。
私はしばらくの間、彼女たちの世界に滞在しようと思います。」
「えっ?」
蛍が驚き、要と雛子もこちらを見る。
千歳は彼女たちを一瞥してから言葉を続ける。
「ダークネスの脅威は彼女たちの世界にも及んでおります。
彼女たちは私たちの世界を救うために戦ってくれた。
だから私も、彼女たちの世界を救うために戦いたいです。
彼女たちへ恩を返すために、プリキュアの使命としてダークネスと戦うために、そして、」
千歳は一呼吸を置き、3人へ微笑む。
「友達として。」
新しく出来た友達を助けるために戦いたい。それが千歳の何よりの本心だった。
「そうか、チトセ。お前の思うがままに行くとよい。
この世界からダークネスの脅威が去った今、世界が復興するのもそう遠くはない。
悩むものがいれば誰かが自然と手を差し伸べてくれる。ここはそういう世界だから。」
「お父様・・・。」
「せっかくあなたに大切な友達ができたのですもの。
あなたの気が済むまで、そちらの世界へいてもいいのよ?」
「お母様・・・ありがとうございます!」
両親の温かな言葉に千歳は目を潤ませる。
「女王様、ご安心を。
私も千歳についていきますので、私生活については何の心配もございません。」
「ちょっとアップル!」
「ええ、アップルがついてくれるのなら、私も安心よ。
チトセのことをよろしくね。」
「お母様まで!」
2人のやり取りに今度は顔を赤くして抗議する。
「それじゃあ、まだいっしょにいることができるんだね・・・。」
千歳の言葉に蛍が目を少し潤ませたが、見る見るうちに表情を輝かせていき、
「やったあ!!」
千歳に向かって飛び付いてきた。
「きゃっ、ちょっと蛍?」
「だって!せっかくおともだちになれたのに、いきなりお別れだなんてさびしいもん!」
蛍は僅かに涙を流しながら、一緒にいられることを心から喜んでくれた。
千歳はそんな蛍をあやすように頭に手を置いて優しく撫でる。
だけど嬉しいのは彼女だけじゃない。自分だって嬉しかった。
心のどこかでずっと願い続けてきた、彼女たちと一緒に過ごすことが出来るようになったのだから。
「それじゃ、改めてよろしくな千歳。」
「よろしくね、千歳ちゃん。」
すると要と雛子が手を差し伸べてきた。
「ええ、これからよろしくね。蛍、要、雛子。」
これまで冷たく当たってしまった分、素直な自分で接していこう。
そう思った千歳は、笑顔で交互に握手をするのだった。
妖精たちの力を借りて、千歳たちは夢ノ宮湾港まで戻って来た。
アップルの言う通り、時刻はちょうど夕方に差し掛かってきたころ。
目に映る水平線は赤く揺れており、太陽は少しずつ傾いてきている。
ここに来たとき蛍たちが隠した荷物を拾った後、バスに乗って夢ノ宮商店街まで向かった。
そしてバスを降り、商店街を抜けた交差点でそれぞれの帰路へと着く時、蛍は千歳の方へ振り返り大きく手を振った。
「ちとせちゃん!またあした、学校でね!!」
満面の笑みを浮かべ明日を楽しみにする蛍の姿に、千歳にも明日学校で彼女たちと会えるの楽しみが生まれていく。
「ええ!また、明日学校で会いましょう!」
元の日常へと回帰したプリキュアたちは、それぞれのパートナーの妖精とともに家へと帰っていくのだった。
…
翌朝。
リン子が朝食の支度をしていると、私室から千歳が制服に着替えた姿で起きてきた。
「リン子、おはよう。」
「え?ええ、おはよう。」
千歳が笑顔で『おはよう』と言うものだから、リン子は少し驚く。
『この世界』に来てから、あの子が自分におはようと挨拶したことはなかったからだ。
それに、あの太陽のような眩しい笑顔を見るのはいつ以来だろう。
故郷を失った憂いとダークネスへの憎しみが、これまで彼女の笑顔を曇らせていたが、全てが救われた今、彼女は本来の姿に取り戻したのだ。
リン子はそのことを心から喜んだ。最も、本人に自覚はないだろうけど。
「リン子?どうかしたの?」
「・・・ふふっ、いいえなんでもないわ。」
「そう?」
そんな自分の様子がどこかおかしいと思ったのか千歳は首を傾げて椅子に座る。
しばらくして千歳が朝食を取り終えたので、リン子はいつも通り彼女の髪とリボンを結ぶ。
そして玄関の前で靴を履く千歳に微笑みかける。
「千歳。」
「なに?」
「学校、楽しんでらっしゃい。」
「・・・うん!行ってきます!」
千歳の表情からは、学校が楽しみで仕方ないと言う思いが、ありありと伝わってくる。
故郷を取り戻し、新しい友達に恵まれるという最高の形で、千歳の日常が帰って来たのだ。
リン子はそのことを喜びながら、仕事へ行くための支度を整えるのだった。
…
いつものように要と並んで登校する日常の中、雛子はフェアリーキングダムでの激闘を振り返ってみた。
今にして思えば、強化され倒すことも出来ない無数のソルダークに囲まれ、行動隊長であるリリスもパワーアップし、キュアブレイズさえ歯が立たなかったダークネスの司令官とも対峙した。
あの戦いにおける自分たちの状況は、考えれば考えるほど絶望的なものであり、こうしてまた要と2人で学校へ行けることが奇跡である。
その奇跡を実現してくれた蛍と千歳に、雛子は内心感謝していると、ちょうどその体現者の1人である蛍の姿が目の前に映った。
「かなめちゃ~ん!ひなこちゃ~ん!」
大きく手を振りながらはしゃいでこちらに駆け寄ってくる蛍。可愛い。
「蛍、おはよう。」
「蛍ちゃんおはよう、今日はいつになく嬉しそうね。」
「えへへ、またこうしてみんなといっしょに学校にいけるのがうれしくて!」
はにかみながらも喜びを笑顔いっぱいで表現する蛍。可愛い。
可愛い、と思いながらも雛子は彼女がフェアリーキングダムで流した涙を思い出す。
フェアリーキングダムを一目見たときからずっと、蛍の表情には陰りがあった。
あの時打ち明けた不安をずっと、胸の内に秘めていたのだろう。
(私たち、無事に帰って来れたんだね・・・。)
要と一緒に登校し、蛍を可愛いと思うことができる。
当たり前と思っていた日常への回帰。
変わらない2人の友達の姿を見て、雛子は改めて日常へ帰って来られたことを喜ぶ。
それに今日からは、その日常がほんの少しだけ形を変えるはずだ。
「蛍!要!雛子!」
噂をすれば何とやら、校門へと辿りつく直前、もう1人の奇跡の体現者で、雛子たちの日常を変える人物が後ろから声をかけてきた。
「あっ!ちとせちゃん!おはよー!」
蛍は、学校から反対方向にも関わらず、千歳の元へと駆け寄る。
「おはよう、蛍。要と雛子もおはよう。」
そんな蛍の頭を、千歳は優しく撫でながら挨拶をした。
「おはよう、千歳ちゃん。」
「もってウチらはついでかい。」
要はさほど不快でもない声で千歳に毒づく。
「あら?それなら要へのおはようだけは、ついでにしておくわ。」
千歳も負けじと毒で返す。
だが以前のような険悪な雰囲気はなく、むしろ友人同士が憎まれ口を叩きあうようなやり取りだった。
現に2人とも笑っており、蛍も、2人の様子は気にも留めていない。
「ねーねーちとせちゃん!きょう、いっしょにごはんたべよ!!」
すると蛍が幼い口調で千歳を昼食に誘っていた。可愛い。
友達になれたとはいえ、千歳とは別のクラスだ。
せっかくこの場で会えたのだから、今の内に約束をした方がいいだろう。
「ええ、勿論いいわよ。」
「やったー!じゃあね、おひるやすみむかえにいくね!!」
「ええ、待っているわ。」
雛子はそんな2人のやり取りを見守る一方で、道行く生徒たちを伺っていた。
すると雛子の『予想通り』の反応が多くの生徒たちから見て取れた。
ふと要の様子を伺うと、彼女もどこか安堵したような、呆れたような表情を見せている。
千歳はこのことに気づいているのだろうか?そして自覚があるのだろうか?
雛子は今日から千歳の学校生活が、急激に変わるであろうことを予期するのだった。