ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第13話・Bパート

 大広間にある希望の鐘。

 年に一度の建国記念日を祝し、その日のみ王族によって鳴らされるそれは、この世界の人々にとって一年の平和と繁栄を持たらすものとされており、それ自体が希望の象徴と言えるものだった。

 その鐘の音が、絶望に飲まれた人たちに希望を思い出させてくれると信じて、キュアブレイズはここまで来たのだ。

 アンドラスがこの場に現れ妨害しにきたのも、その鐘が希望の鍵となると確信があったからだと、そう思っていた。

 だが今しがた、目の前でアンドラスによってその鐘が鳴らされたが、その音は大広間に響くだけで虚空へと消えていき、道行く人々には一切の変化が見られなかった。

 愕然としたキュアブレイズは、ようやく立ち上がりかけた膝を折り再びその場に崩れ落ちてしまう。

 自分の信じていたことは間違っていたのかと、不安が胸に付きまとって離れなかった。

 

「哀れだなキュアブレイズ。

 この世界に戻りさえしなければ、このような現実を目の当たりにせず、かの地にて平穏を享受できたと言うのに。」

 

 アンドラスの言葉と同時に、ソルダークたちは一斉に行動を止め、リリスさえもキュアシャインを解放した。

 

「キュアブレイズ!」

 

「キュアブレイズ!大丈夫!?」

 

 だがこちらに向かおうとするキュアスパークとキュアプリズムの道を、ソルダークが阻んだ。

 リリスも解放こそすれど、キュアシャインから視線を外さない。

 3人のプリキュアは、キュアブレイズとアンドラスの言葉にただ耳を傾けることしか出来なかった。

 

「ましてこのようなお伽噺に縋るとは。お前がそこまでお目出度いやつだったとはな。」

 

 鼻で笑うようなアンドラスの声が、弱り切ったキュアブレイズの心を蝕んでいく。

 この世界を救うために戻って来たはずなのに、現実は、この世界を救う術などないと残酷な答えを突き付けて来た。

 こんなものを見るために来たのではない。これならいっそ来なければ良かったと、キュアブレイズの心の奥底が訴えてくる。

 だがその心情を否定するように、キュアブレイズは首を振るう。

 これは絶望の闇に飲まれる兆候だと知っているからだ。

 

(ダメ!心を強く持たなきゃ!)

 

 このまま負の思考に飲み込まれたら、希望の光さえ霞みプリキュアの力も失いかねない。

 それに今の状況はどう考えたっておかしい。

 自分たちを倒す機会はいくらでもあったはずなのに、アンドラスは敢えて自分がこの場所に来ることを見逃し、リリスとソルダークに対してキュアシャインたちへの攻撃命令さえも解除している。

 プリキュアたちも含め、みんなが今自分の方を注目している状態だ。

 となればアンドラスの狙いも想像がつく。やつはみんなが見ている目の前で自分を絶望させることが目的なのだ。

 この状況もやつの言葉も、全てが絶望へ誘うための演出だ。

 その策に踊らされてはいけない。

 だが頭では理解出来ても、心はそれと逆へ作用していく。

 現実として、希望の鐘を鳴らすだけでは人々が希望を取り戻すことはなかったのだ。

 自分は間違っていた。来なければよかった。この世界を救う方法なんて最初からなかった。

 そんな思いが次々と現れては消え、そして再生されていった。

 

「あるいは、そこにいる誰かの影響でも受けたか?」

 

「っ!?」

 

 そして続くアンドラスの言葉に、キュアブレイズは思わずキュアシャインの方を振り向いてしまった。

 キュアシャインが不安を帯びた表情でこちらを見る。

 

 

 そうだ。あの子の言葉にさえ耳を傾けなければ・・・。

 

 

 そんなあまりにも身勝手な言葉さえも、キュアブレイズの脳裏をかすめた。

 確かに自分はあの子の言葉を、絵空事と馬鹿にし耳を傾けようとさえしなかった。

 だけどあの子の、奇跡を信じることの出来る思いの強さを知った今は、その強さを信じてみたいと思ったはずだ。

 それがこの状況になって、あの子の言葉さえ信じなければだなんて、虫が良すぎる。

 そう、頭では分かっている。

 だがそれならばなぜ、信じた方法でこの世界を救うことができなかったのだ?

 この世界を救いたいと願う気持ちが足りていなかったのか?

 いや、自分は誰よりもこの世界を守りたいと、救いたいと思っていたはずだ。

 それならば、最初からこの方法では世界を救えなかったということか?

 どれだけ強くこの世界を救いたいと願っても、それは決して叶わぬ夢だったと言うのか?

 深い哀しみがキュアブレイズの中に溢れ、そして心はまた逆に作用する。

 彼女の言葉さえ鵜呑みにしなければ・・・。

 他にもっと、効果的な方法があったのではなかったのか?

 何かのせい、誰かのせいにしなければ、この世界を救うことができなかったという絶望に、飲み込まれてしまいそうだった。

 

「ククク、図星のようだな。

 絶望の闇に飲まれた人間は五感を失う。

 鐘を鳴らしたところでその音が耳に届くはずもない。

 絶望の闇の特性を知るお前なら、その程度のこと深く考えるまでもなくわかることだろうに、愚かな仲間に踊らされて、つまらぬお伽噺を信じてしまうとは。」

 

 まるで今の自分の心境を知っているかのような言葉が、心に深く刺さっていく。

 ズブズブと、音を立ててゆっくりと少しずつ、心の内へと沈んでいく。

 

「キュアブレイズ!やつの言葉に耳を傾けてはダメ!」

 

 だがキュアプリズムの声が聞こえ、キュアブレイズは残る理性を必死にかき集め、心に沈みゆく淀んだ言葉を振り払う。

 これは罠だ。心臓を抉るような言葉も、キュアシャインを咎めるような言葉も、全て絶望へと誘うためだ。

 作戦が失敗の終わったのは事実だが、このままアンドラスの言葉に耳を傾けては、全てがやつの思い通りに運んでしまう。

 

「キュアブレイズよ、お前に一つ問う。」

 

 聞いてはダメだ!

 どのような問いかけであれ、それは絶望へと誘う撒き餌なのだ。

 

「なぜこの世界にはお前以外のプリキュアが誕生しなかったか、考えたことはあるか?」

 

「え・・・?」

 

 だが決して聞くまいと思った言葉は、耳を傾けざるを得ない悪魔の囁きだった。

 

「何を・・・言って・・・?」

 

「考えたことがないのであれば教えてやろう。

 お前は、この世界の人々にとって希望でありすぎたのだよ。」

 

 問われている言葉の意味もその答えの意味もわからなかった。

 だがその言葉はまるで、自分のせいだと非難されているようだった。

 

「私が希望でありすぎたって・・・どうゆう意味よ・・・?」

 

「キュアブレイズ!!」

 

 耳を傾けるなと意を込めたキュアプリズムの叫びが聞こえるが、キュアブレイズはアンドラスの言葉から耳を離すことができなかった。

 知りたくもないはずの答えを求めて、悪魔の囁きに引き寄せられていく。

 

「お前はこの世界の希望を背負い、人々の前に立ち、我らから光を取り戻さんと戦い続けた。

 そうだろう?この世界の姫君よ。

 だがもし、お前がプリキュアとして覚醒しなければ、この世界の人々はどうしたと思う?

 誰もが己が希望を守らんとし、個々で立ち上がったとは思わんか?」

 

「っ!?」

 

 そこまでの言葉を聞き、キュアブレイズはアンドラスの言わんとすることを悟った。

 

「だが不運にも、お前が最初のプリキュアとなってしまった。

 現国王の娘にして次期女王、いずれこの世界の未来を導くもの。

 この世界の希望の全てを背負うのに何よりも相応しいお前が、希望の現身たるプリキュアとなった。

 そしてお前は一人で我が率いる軍勢と戦い続け、2人もの行動隊長を打ち破った。

 ならば誰もがこう思うだろう。

 自分がこの世界の希望を背負って戦う必要はない。

 全てをお前に任せられる。全ての希望をお前に委ねようと。

 ククク、誠に哀れよな。

 お前はいつかこの世界に残りのプリキュアが誕生することを信じて戦ってきたのだろうが、お前が戦えば戦うほど、プリキュアの可能性を持つ人々の芽を摘むんでいったのだから。

 フェアリーキングダムの姫君としてのお前の立場が、最初のプリキュアとして覚醒したお前の存在が、この世界の人々の希望を取り戻すどころか、自ら立ち上がる希望を奪っていったのだよ。」

 

「私が・・・みんなの・・・。」

 

 かすれた声で呟くキュアブレイズの表情が見る見るうちに強張っていく。

 叫びたくても声が出なかった。

 否定しようとすればするほど、それは都合の悪い現実から目を反らしているようにしか思えなかった。

 もしこれが事実だとするならば、

 

「私は・・・いままで何のために・・・?」

 

 戦ってきたというのだろう。

 ダークネスを倒し、この世界を覆いし闇を祓い、人々の不安の元凶を取り除き、また人と妖精が手を取り過ごす平和を取り戻すために戦ってきたのに。

 そんな自分が人々から希望を奪っていたのだとすれば、この惨状は・・・。

 

「だが、そんなお前も最後には我らに勝つことができなかった。

 お前によって希望を奪われ、自らの意思で立ち上がることのできないものたちは、無抵抗のまま闇に飲まれていくことになったのだよ。」

 

「私の・・・せい・・・?」

 

 その瞬間、プツリと、自分の中で何かが切れた。

 糸の切れた操り人形のように、キュアブレイズは力なくその場に項垂れる。

 あまりのショックに涙すら出てこなかった。

 いや、自分には涙を流す資格さえないのだろう。

 なぜならこの世界が希望を失い、絶望の闇に飲まれてしまったのは、

 

「そうだ、全てお前のせいなのだよ。キュアブレイズ。」

 

 他ならぬ自分自身なのだから。

 悲しみ、嘆き、喪失感、罪悪感。

 様々な感情が織り交ざり、絶望へと昇華していく。

 それはキュアブレイズから希望の光を奪い、絶望の闇へと変えていった。

 

「ほら、聞こえてこないか?この地に渦巻く絶望の声が。

 お前の敗北を嘆くこの世界の人々の声が。」

 

 光も音も失っているはずのこの世界に、自分たち以外の声が聞こえるはずがない。

 だがこの世界から希望を奪った元凶は自分だというキュアブレイズの強い思い込みと罪悪感が、聞こえるはずもない声さえも作り出していった。

 

 

 あなたのことを信じていたのに、この世界を守ることができなかった。

 あんたは俺たちを裏切った。

 世界がこんなにも暗いのも、私たちがこんなにも苦しい思いをしているのも、全てお前のせいだ。

 キュアブレイズ。

 キュアブレイズ。

 キュアブレイズ。

 

 

「あっ・・・ああっ・・・。」

 

 キュアブレイズは壊れた機械のように何度もうめき声を繰り返すことしかできなかった。

 

「キュアブレイズ!」

 

「キュアブレイズしっかりして!」

 

 キュアスパークとキュアプリズムの呼びかけにも答えることができない。

 やがてキュアブレイズの身に宿る光が少しずつ失われていく。

 その光景にアンドラスが勝利を確信し微笑む。

 だがその時、

 

「デタラメなこと、いわないでよ・・・。」

 

 小さく、だがはっきりと聞こえる声とともに、キュアシャインが立ち上がった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 リリスとの戦いで傷ついた体はもうボロボロで、キュアスパークとキュアプリズムはソルダークの大群を相手し、これまで圧倒的な力で自分の窮地を救ってくれたキュアブレイズは、アンドラスに手も足も出ずに敗北した。

 その現状に蛍は震えて言葉を失っていた。

 湧き上る恐怖心から、この世界をすぐに離れたいとさえ思い始めた。

 そしてキュアブレイズの目の前でアンドラスが鐘の音を鳴らした時、蛍は自分の思いが間違っていたのではないかと言う不安に押し潰されそうになった。

 だがキュアブレイズを陥れようとするアンドラスの言葉を聞き、蛍は怯える身体を奮い立たせながら、真っ直ぐアンドラスを見据えた。

 そして彼の言葉を聞いていくうちに、沸々と怒りが込み上げてきた。

 

「なんだと?」

 

 不愉快そうな声をあげるアンドラスを、蛍は正面から見据える。

 視界に広がる巨体にも、獲物を狙う猛禽類の眼光にも負けないように、強い意思を込めて言葉を綴る。

 

「このせかいのひとたちのこと・・・なにもしらないくせに、デタラメなこと、いわないでよ!」

 

「・・・そうか、貴様か。キュアブレイズにお伽噺を吹き込んだのは。

 だが、これが現実だ。

 貴様がどれだけ夢を見ようとも、鐘の音を鳴らした程度で人々は解放されないのだよ。」

 

 何かを納得したようにアンドラスは腕を組み、自分の思いを否定する。

 だが蛍はもう、その程度の言葉では挫けない。

 全てわかったからだ。アンドラスの目的も、そしてなぜ鐘の音を鳴らしても、人々が希望を取り戻さなかったのかも。

 

「・・・あなたは、どんなおもいをこめてその鐘をならしたの?」

 

「何?」

 

「このせかいのひとたちをたすけたいって、そんな気持ちをすこしでもこめたの?

 何のおもいももっていないあなたが、ただ鐘をならしたって、なにも起きないよ!」

 

 力なく項垂れていたキュアブレイズが、蛍の言葉に僅かに顔をあげる。

 そして蛍はキュアブレイズに目を合わせ、彼女に語りかけるように言葉を綴った。

 

「思いを込める?

 ふん、バカなことを、そんなことで絶望の闇に飲まれた人に鐘の音が届くわけが」

 

「とどくよ、ぜったいにとどく。」

 

 キュアシャインは力強い声でアンドラスの言葉を遮る。

 

 

「だってキュアブレイズは、だれよりもこのせかいのことが好きで、このせかいのひとたちを、たいせつに思ってるんだよ?」

 

 キュアブレイズははっきりと目を開き、蛍から視線を外さなかった。

 するとアンドラスは目でリリスに合図を送る。

 合図を受けたリリスは、その爪で蛍の体を引っ掻いた。

 掻かれた衝撃で蛍は地面に倒れるが、再びゆっくりと立ち上がる。

 

「ふっ、言ったはずだ。

 そいつは人々から希望を取り戻そうとして、逆に希望を・・・」

 

「うばってなんかない。キュアブレイズはそんなことしてないよ!」

 

 アンドラスの言葉を蛍は再び遮った。

 直後リリスの尾を腹部に受け、背を叩きつけられるが、それでもまだ立ち上がる。

 

「忌々しい!キュアシャイン!」

 

 リリスが爪を立てて、蛍の胸部を狙って突こうとするが、蛍はリリスの腕を受け止めた。

 

「なにっ?」

 

 だがリリスには目もくれず、キュアブレイズへ言葉を伝える。

 

「それに、このせかいのひとたちは、キュアブレイズのことを恨んでなんかない!」

 

「え・・・?」

 

 絶望の闇に囚われかけていたキュアブレイズから、ようやく声が漏れた。

 蛍はキュアブレイズを安心させようと、リリスから顔をそむけてキュアブレイズに微笑む。

 それが彼女の反感を買うことはわかっていたが、構ってはいられなかった。

 

「この世界に来たばかりの貴様に何がわかる?」

 

 苛立たしげな色を含みながらアンドラスが問いかけてくる。

 

「わかるもん、それくらいのこと、わたしにだってわかるもん!

 だって、キュアブレイズが、このせかいのおひめさまなんだよ!

 そのキュアブレイズが、たいせつにおもっているひとたちが、キュアブレイズのことを恨むなんてかんがえられないもん!」

 

 キュアブレイズは良い人だから、そんなキュアブレイズを慕うこの世界の人たちだって良い人だ。

 そんな考えは子供染みていると、アンドラスはバカにしているのだろう。

 彼は反論せず、小さくため息を一つ吐くだけだった

 だがアンドラスがどう思おうと関係ない。蛍はそれを信じて疑わなかった。

 理由なんて知らない。細かな理屈なんて説明できない。

 それでもわかるのだ。

 この世界を守るために一人戦い続け、自分の窮地を何度も救ってくれた優しい戦士、キュアブレイズのことを慕う気持ちは自分にだってわかる。

 彼女を信じる気持ちを抱けば、彼女を非難する気持ちなんて湧いてこなかった。

 

「ふん、ならばなぜこの世界の人々は、絶望に囚われたと言うのだ?」

 

 アンドラスがこちらを試すように再び質問を投げかける。

 だが蛍はその質問に即答した。

 

「みんな・・・キュアブレイズのことが好きだからだよ。」

 

「何?」

 

 想定外の答えだったのか、アンドラスは驚愕する。

 キュアブレイズの表情にも、驚きを隠せずにいた。

 

「キュアブレイズのことが好きで、ちからになりたいっておもったけど、なれなくて、それがくやしくて、みんな、やみにのまれちゃったんだよ・・・。」

 

 この世界の人たちは、キュアブレイズを除いてプリキュアに覚醒することができなかった。

 その理由は蛍にはわからないが、それはアンドラスが言うように、この世界の人たちがキュアブレイズに全てを押し付けたからとは思えなかった。

 むしろその逆で、どれだけ力になりたいと願っても、一緒に戦いと願っても叶わなかったことを、悔やんだに違いない。

 かつて、キュアスパークとキュアプリズムと共に戦うのに、力不足であった自分がそう悔やんだことがあるように、大切に思う人と隣に立って守ることができないどころか、守ってもらうことしかできないのは、とても悔しくて惨めになるのだ。

 彼らはそんな感情に囚われてしまったのだろう。

 でも、そんな風にキュアブレイズたちは互いを想い合っている。

 だからキュアブレイズの思いは必ず、彼らのもとに届くのだ。

 希望の鐘の音とともに。

 だってキュアブレイズは、

 

「ねえ、キュアブレイズ。

 あなたは、この世界が闇に囚われても、半年もチェリーちゃんたちと離れ離れになっても、ずっと、プリキュアに変身できていたんだよね?」

 

 今日までずっと

 

「その希望、みんなにつたえよう?希望の鐘の音にのせて・・・。」

 

 希望を失わずにきたのだから。

 

「キュアシャイン・・・。」

 

 そして彼女の希望の源が今、こんなにも近くにいるのだから。

 するとキュアブレイズから失われつつあった光が、再び輝きを取り戻していった。

 

「リリス!」

 

 キュアブレイズの変化を見たアンドラスが怒声でリリスの名を叫び、リリスは爪を薙ぎ衝撃波を生み出す。

 衝撃波を受けて吹き飛ばされた蛍は、背後の煉瓦の壁に叩きつけられた。

 

「キュアシャイン!」

 

 蛍は力なくその場に崩れ落ちる。

 もう戦える力は残されていない。

 アンドラスどころか、リリスにすら勝つことができない。

 勝てる見込みが欠片もない戦い、このまま自分が負けたらどうなるのかと、ふとそんな思いが脳裏をよぎったとき、

 

「あなた・・・泣いているの?」

 

 蛍の頬を、一筋の涙が流れた。

 涙はあっという間に決壊し、内々に秘めていた不安が一気に溢れ出す。

 

「だって・・・こわいもん・・・。もしわたしたちがまけたら・・・。

 わたしたちのせかいが・・・おとーさんが、おかーさんが、ともだちが、みんな・・・。

 そうおもうと・・・こわくて、こわくて・・・。」

 

 この世界にきてからずっと抱き続けてきた不安だ。

 光を失い音を失い、色さえも失ったこの世界は、自分たちの世界の未来の姿ではないかと思うと怖くてたまらなかった。

 そして勝ち目のないこと戦いの中で、その不安は一気に膨れ上がった。

 必死でその思いを隠し続けて戦ってきたが、敗北を目前とした中で、その思いがとうとう溢れてしまった。

 それでも、

 

「それでも・・・たすけるって、きめたんだ・・・。

 このせかいのひとたちを、チェリーちゃんを、ベリィさんを、レモンちゃんを、アップルさんを、キュアブレイズを!

 わたしは、たすけるって、きめたんだ!」

 

 恐怖を克服することなんて、臆病な自分にはできない。

 それならばせめて、そんな恐怖に負けないだけの勇気を振り絞って、一歩踏み出そう。

 蛍は両手を胸の前で強く握り目を瞑り、自分の中にあるありったけの勇気の欠片をかき集める。

 

「え・・・?」

 

 だから蛍には、この時のリリスの表情を知ることができなかった。

 

「がんばれ!わたし!!」

 

 力強く自分を鼓舞すると同時に、蛍の全身から膨大な希望の光が巻き起こる。

 

「・・・ほたる・・・?」

 

 リリスの呟きは、巨大な光の本流を前にかき消されていった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

(どうしてあなたが、そのおまじないを知っているの・・・?)

 

 両手を胸の前で握る、一歩踏み出すための勇気のおまじない。

 あれは蛍にしか教えたことがないはずだ。

 それなのになぜ、キュアシャインがそのおまじないを知っているのだ?

 それに、先ほど口にしたあの言葉は・・・。

 だが直後、強大な発行音がリリスの意識を現実に戻した。

 リリスは慌ててキュアシャインから大きく距離を開け、建物の屋根へと飛び退く。

 キュアシャインの解放した希望の光は留まることを知らず、なおも湧き上る膨大な力が嵐を作り出す。

 そしてキュアシャインの周囲にいたソルダークは、光の嵐に飲み込まれて次々と浄化されていき、

 大広間一体に位置するソルダークたちは、大気に満ちていく希望の光に当てられ肉体が綻び始めた。

 

「なんだ!何が起きている!!?」

 

 アンドラスの巨体がたじろぎ、キュアシャインから放たれる力の本流に巻き込まれないよう空へと飛びあがる。

 絶望の闇で強化されたソルダークが、キュアシャインが解放した力の余波を浴びただけで浄化されたのだ。

 浄化されたソルダークの数は、全体で見れば大したものではなく、例えこの場にいる全て浄化技できたとしても、まだ世界中の至るところにソルダークはいる。

 力を使い果たしたキュアシャインは後々戦闘不能になるだろうから、これで戦況が変わることはないだろう。

 それでも、ただ希望の光を解き放っただけでこれほどの威力があるのは異常だ。

 そしてその力はリリスにも襲いくるが、力を削ぎ落としていることに気が付きながらも、リリスは翼も足も動かすことができずにいた。

 

(どうして・・・なんであなたがそれを知ってるの?)

 

 まるで現実を逃避するかのように、リリスは自問自答を繰り返す。

 

「せめて・・・おひさまのひかりがあれば・・・。

 ひかりよ、あつまれ!シャインロッド!!」

 

 するとキュアシャインは自身の武器であるシャインロッドを具現化させた。

 だがその杖の向き先は自分でもアンドラスでもなければ、街に蠢くどのソルダークにでもない。

 シャインロッドを両手に持つキュアシャインは、自らの真上にそれを掲げた。

 そしてシャインロッドに、かつてないほどの力が集約されていく。

 

「プリキュア!シャイニング・エクスプロージョン!!」

 

 キュアシャインは、巨大な光線をはるか上空へと打ち込んだ。

 

「はああああああああっ!!!」

 

 雄叫びとともに解放した全ての力をシャインロッドに注ぎ込み、巨大な光線は途切れることなく上空を照らし続ける。

 それはまるで、キュアシャイン自体が天まで届く光の塔と化しているかのようだった。

 やがて光が収まると、キュアシャインはシャインロッドを手放し、力なく地面に倒れこんだ。

 

「いけない!」

 

 そんな彼女の様子を見て何か悟ったのか、キュアプリズムが前へと躍り出る。

 キュアシャインから解放された光の影響を受け、肉体が綻びるソルダークは身体を動かすことができなかったのか、彼女を止めようとはしなかった。

 キュアプリズムは、倒れるキュアシャインの体を抱え、リリスとアンドラスから背を向ける。

 キュアシャインの小柄な体が、キュアプリズムの背に隠された直後、何かが弾ける音とともにキュアプリズムの背中越しに光が拡散した。

 だが光が拡散した後、リリスの目には映ってしまった。

 背を向けるキュアプリズムの肩越しから見える、ピンク色の髪の毛を。

 そして、身に覚えのある形をした髪留めを。

 

「っ!!?」

 

 それを見た瞬間、リリスの頭の中は真っ白になっていった。

 まるでこの時の記憶をリセットするかのように。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 キュアブレイズはただ呆然と、今の状況を見ていることしか出来なかった。

 自分だけでなくキュアスパークも、リリスもアンドラスも、目の前に起きた出来事に圧倒されていた。

 キュアシャインを抱えたキュアプリズムは、彼女の正体を隠そうとし建物の影へと身を潜める。

 だがそんな彼女をダークネスたちは追おうともせず、自分もキュアスパークも無言のままその場を動けずにいた。

 誰一人として口を開くことなく、無音の間がしばらく訪れる。

 

「クク・・・ハハハ。バカなやつだ。

 あれほどの力、直撃を受ければ我とて無事では済まなかっただろうに。

 意味もなく虚空へと向けて撃つとは・・・。」

 

 やがてアンドラスが擦れた声でキュアシャインをあざ笑うが、小バカにしているかのようなその言葉は、ともすれば敗北していたとも取れるものだった。

 そして浄化技が放たれた空を見上げる。

 だがその時、アンドラスの表情が一瞬で強張った。

 

「な・・・バッ、バカな!!」

 

 狼狽え出す姿を見て、キュアブレイズは一体何を見たのかと疑問を抱くが、直後足元にうっすらと自分の影のようなものが見えた。

 手をかざしてみると、足もとに映る影が同じように手をかざす。

 まさかと思い、アンドラスと同じように天を仰いでみる。

 

「うそ・・・?」

 

 キュアブレイズの見上げた視線の先に拡がるのは、闇に覆われた空。

 だがその一部が、まるでガラスのようにひび割れていた。

 そしてひび割れた空の隙間から、僅かな光が差し込まれる。

 

「闇の牢獄にひびだと!!?」

 

 アンドラスは空に拡がる光景を否定しようと叫ぶ。

 だが彼の叫びに相反し、空のひびは少しずつ大きくなり、差し込む光も徐々に強まっていく。

 その光景にキュアブレイズは、自分が遮ったキュアシャインの言葉を思い出す。

 

 

 おひさまのひかりでもあれば・・・ほんのすこしだけでも、あかるい場所があれば、このせかいのひとたちだって、きっとげんきに・・・。

 

 

 闇の牢獄は世界に満ちる絶望の闇によって強度を極限まで高められていたはずだ。

 だがキュアシャインが放った浄化技は、その闇の牢獄を撃ち抜いたのだ。

 いくらひびを入れる程度とは言え、たった1人の希望の光が、世界中の人々から生み出された絶望の闇に打ち勝った。

 誰もがあり得ないと否定することを、彼女は最後まで信じて、そして実現させてみせたのだ。

 

「グッ・・・・ガアアア・・・。」

 

「ガアアアアア・・・・。」

 

 すると大広間にいるソルダークたちが突然、苦悶の声をあげ始めた。

 声とともに絶望の闇が徐々に弱まっていき、巨体を震わせる。

 キュアブレイズは確信する。

 闇の牢獄の影響力が弱まり、媒体となった人の心に変化が起こっているのだ。

 

「キュアブレイズ!!

 キュアシャインが与えてくれたチャンスや!!

 目いっぱい気持ちを込めて!希望の鐘を鳴らしてやれ!!」

 

 キュアスパークが大声で叫びながら背中を押す。

 キュアブレイズもすぐさま立ち上がり、希望の光を見据えた。

 

「させるか!!」

 

 これまでになく動揺しながらアンドラスが巨体を羽ばたかせる。

 だがすぐ横から蒼い雷光がアンドラスの胴体に直撃した。

 

「邪魔はさせんよ!!」

 

「貴様っ!」

 

 キュアスパークがアンドラスの相手を引き受け、時間を稼いでくれている。

 キュアブレイズはありったけの願いを拳に込めて、希望の鐘へと目掛けて飛び立つ。

 

「みんな!お願い!!」

 

 もう、この世界を取り戻すことができないと諦めていた。

 自分のせいで人々の希望が奪われたと聞かされたときは、何もかもがおしまいだと思った。

 だけど、最後まで自分のことを信じてくれたキュアシャインが、持てる力を全て使い果たしてこのチャンスを作ってくれた。

 彼女の思いに応えたい。何より、この世界を救いたい。

 

「希望の光を、取り戻して!!」

 

 キュアブレイズは、自分の思いを乗せた拳を鐘に突き付けた。

 

 

 ゴォーン

 

 

 再び大広間中に鐘の音が鳴り響く。

 鐘を鳴らしてもなお、キュアブレイズは祈りながら両手を握る。

 すると、先ほどまで、路に倒れ、壁にもたれ、アテもなく街を徘徊していただけの街の人たちが、空から差し込む太陽の光を見ようと僅かに顔を上げ始めた。

 だが絶望の闇はまだ街の人々に纏わりついたままだ。

 鐘の音だけでは絶望の闇から救い出すことは出来ない、と思った時、キュアブレイズはここに来るまでの会話を思い出す。

 

(そう、これはあくまでもきっかけだったわ。

 みんなを絶望から救い出すには・・・。)

 

 キュアシャインたちが元の世界でそうしたように、彼らと話すしかない。

 

「みんなっ!」

 

 だが大広間の中央から、街中にいる人々全員に声をかけようとしたとき、キュアブレイズの脳裏に再びキュアシャインの言葉が蘇る。

 

 

 えっと、いちどにみんなたすけなくても、だいじょうぶだとおもうんだ。

 

 

 そうだ。彼らを一時に助けようとする必要はない。

 1人1人、真摯に向かい合って話していこう。

 キュアブレイズはアーチから降り、街の人を捕まえて話を聞こうとする。

 

「ソルダーク!!」

 

 するとアンドラスがキュアスパークと戦いながら、ソルダークに呼びかける。

 だが街にいるソルダークは全て、苦悶の声をあげながらもがいていた。

 

「くっ!リリス!!」

 

 続いてリリスに声をかけるが、彼女は屋根の上で金縛りにあっているかのように動かない。

 

「ええい!役立たずどもが!!」

 

「よそ見すんなよ!!」

 

 そしてアンドラス自身はキュアスパークに足止めされている。

 もはや最初の頃の余裕を失っているアンドラスを見て、妨害がないことを確信したキュアブレイズは、街を徘徊する1人の青年を捕まえた。

 

「お願い!目を覚ましてください!」

 

 青年の肩を掴み、対話を試みようとしたその時、

 

 

 どうして俺には戦う力がないんだ。

 自分の身すら守れない、姫様の負担になるくらいならいっそ・・・

 

 

 男の人の声が聞こえた。

 自分の弱さを嘆き、戦うことの出来ない苦悩の声。

 

 

 姫様は1人で戦い続けているのに、なんで俺たちは助けてあげることができないんだ。

 

 

 それが彼の絶望の声だった。

 だが彼の絶望は、キュアブレイズにとっての希望となる。

 

(キュアシャインの・・・言う通りだったわ・・・。)

 

 この世界の人々は、自分を恨んでなんかいなかった。

 むしろ共に戦うことの出来ないことを、ずっと悔やみ続けてくれた。

 キュアシャインへの感謝と、僅かでもそんな人たちを疑ってしまったことへの罪悪感、そして彼らなら、救い出すことができるかもしれないという希望が、キュアブレイズの胸の中を満たしていく。

 キュアブレイズは青年を救いたいと言う思いを込めて、彼の肩を強くつかんで話しかける。

 

「そんな風に思わないでください!!」

 

 

 ・・・姫様?

 

 

 すると青年の声が聞こえた。

 先ほどとは違う、自分の言葉に反応する声が。

 

「あなたたちはずっと、私の助けになってくれてました!

 私の支えになってくれてました!!」

 

 

 でも俺は、最後まで姫様1人に戦わせて・・・。

 

 

「私が最後まで、今までずっと1人で戦い続けることができたのも、あなたたちという希望がいてくれたおかげです!!」

 

 フェアリーキングダムを失ってからも、なぜプリキュアに変身出来たのか。

 なぜ希望の光を失わずにいられたのか。

 彼を救うための詭弁なんかではない、ずっと思い続けて来た本心を彼に打ち明ける。

 

「私にとっての希望は・・・あなた方フェアリーキングダムに住む人々なのですから・・・。」

 

 

 俺たちが・・・姫様の希望?

 

 

「はい・・・。

 プリキュアの力は希望の力、希望を失わない限り、力を失うことはありません・・・。

 あなた方がずっと、私の希望として支えてくださったのです・・・。

 だから、力になれなかったなんてことはありません。

 あなた方がいたから、私は戦うことができたのです・・・。」

 

 キュアブレイズはすすり泣きながらも言葉を続ける。

 

「ですからお願いです・・・自分を責めないでください。

 あなたたちは私の希望、あなたたちが支えてくださる限り、私はどんなときでも戦うことができるのですから・・・。」

 

 自分自身も気づいていなかったこと。

 キュアシャインの言葉を聞いて気づかされたこと。

 自分はこの世界の人々を助けたいと思いながらも、ずっと人々に助けてもらっていたのだ。

 彼らが自分の希望として、プリキュアの力を与え続けてくれた。

 だからこの世界を失い、彼女たちの世界へと逃げ延びてからも、キュアブレイズとして戦い続けることができた。

 フェアリーキングダムに住む人々全てが、希望として支え続けてくれたのだから。

 

 

 でも世界は・・・絶望の闇にのまれて。

 

 

「大丈夫です。ほら、見てください。」

 

 青年は促されるままに空を見上げる。

 そこには一筋の光が差し込まれていた。キュアシャインがもたらしてくれた陽の光だ。

 

 

 太陽の光・・・。

 この世界に光が戻ったのか・・・?

 

 

 青年の周囲を取り巻く闇が急速勢いを弱めていく。

 

「はい!伝説の通りプリキュアが4人揃いました!

 もうすぐ大いなる奇跡と共に、この世界に光が戻ります!!」

 

 そしてキュアブレイズは、彼を勇気づけさせるために、力強くそう宣言した。

 

 

 ・・・そっか、俺たち、ずっと姫様の力になることができてたんだな・・・。

 

 

「はい!」

 

 そして彼を纏う闇が完全に消え去り、モノクロだった青年に色が戻り、その瞳に生気が戻っていった。

 

「ありがとうございます、姫様。」

 

「礼を言うのは、わたしの方です・・・。

 希望を取り戻してくださり、ありがとうございます。」

 

 ついに絶望から救うことができた。

 

「ガッ・・・ガアアアアア!!!」

 

 すると広間にいるソルダークの1体が絶叫とともに消滅した。

 そして空から差し込む光が一層に強まる。

 青年の絶望の闇が消え、牢獄の影響がさらに弱まったのだ。

 その事が嬉しくて感極まる思いだったが、すぐに気持ちを切り替えて、他の人へと視線を向ける。

 そしてすぐ近くに路上で座り込んでいた少女に声をかける。

 

 

 暗い・・・何も見えないよ・・・。

 お母さんはどこ・・・?

 お姫様、助けて・・・。

 

 

「大丈夫?しっかりして。」

 

 

 お姫様・・・その声、お姫様なの?

 

 

「ええ、私よ。ずっと暗くて、怖い思いをさせてしまってごめんなさい。

 でも、もう大丈夫よ。

 暗いのが無くなって、またお日様が戻って来たから。」

 

 

 本当に?本当にお日様が、戻って来たの?

 

 

「ええ、本当よ。ほら。」

 

 キュアブレイズは少女の小さい手を掴み、陽の当るところへと差し出した。

 

 

 温かい・・・お日様の光だ!!

 

 

 少女を渦巻く闇が瞬く間に姿を消していく。

 やがて少女にも色が戻ってきた。

 

「お姫様!お姫様!!」

 

 少女は感極まって、キュアブレイズに抱きつく。

 

「よしよし、偉かったね。怖いのずっと我慢して。」

 

 泣きじゃくる少女をあやしながらも、キュアブレイズも泣きたい気持ちを堪えた。

 

「よし、俺もお手伝いしますよ!姫様!」

 

「え?」

 

 すると先ほど助けた青年が胸を叩いて立ち上がり、まだ絶望の闇に飲まれる人に話しかける。

 

「みんな!いつまでも絶望の闇なんかに負けるな!

 4人のプリキュアがこの地に来て、陽の光を取り戻してくれたんだ!

 だから目を覚ますんだ!」

 

 大声で周りに呼びかけながらも、1人1人の肩を揺さぶっていく。

 

「あっ!お母さん!」

 

 すると少女が母親の姿を見つけ、キュアブレイズの胸からおり母親の元へと駆け付けた。

 

「お母さん!しっかりして!

 お姫様が助けに来てくれたんだよ!お日様の光が戻って来たんだよ!!」

 

 そして母親を覚ませようと、必死に声をかけ続ける。

 その光景にキュアブレイズは再びキュアシャインの言葉を思い出す。

 

 

 ひとりのひとをたすければ、そのひとがまた、ほかのひとをたすけてくれる。

 そしたら、こんどはふたりのひとが、ふたりのひとをたすけて、つぎはふたりが4にんを、4にんが8にんを、そうなってくれればきっと、城下街にいるひとたちみんなを、たすけることが・・・

 

 

 1人を助ければ2人、2人を助ければ4人を助ける。

 人と妖精とが協力して生きていくこの世界では、互いに助け合うことをごく自然と行える。

 その事もキュアシャインは気づかせてくれた。

 いや、思い出させてくれたのだ。

 

(・・・ありがとう、キュアシャイン。

 みんな、あなたの言う通りだったわ。)

 

 やがて広場には多くの人の声が聞こえ始め、それに比例し地を照らす光は輝きを増していった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 チェリーたちの目の前で、大広間を照らす陽の光はより輝きを増していった。

 それに比例して広間にいる人々が闇から解放され、ソルダークが姿を消していく。

 

「キュアシャイン・・・キュアブレイズ、みんな・・・。」

 

 ありがとう、と言う言葉は嗚咽に紛れて出てこなかった。

 ずっと夢を見て来た日、フェアリーキングダムを闇から解放することがついに叶ったのだ。

 隣にいるレモンもすすり泣き、目を擦っている。

 

「泣いている場合じゃないぞ、チェリー、レモン。

 俺たちもみんなを手伝うんだ。」

 

 そんな2人をベリィが穏やかな声で注意する。

 

「こんなことでしか俺たちは、みんなの力になれないけど、だから今だけでも、キュアブレイズへの恩を少しでも返そう。」

 

 ずっとキュアブレイズの力になることができず、ダークネスと1人で戦わせてしまった罪悪感。

 それはチェリーたちだってずっと後悔していたことだ。

 例えキュアブレイズがそれを望んでいなかったとしても、彼女1人にこの世界の全てを委ねてしまっていたことに変わりはない。

 だからこそベリィの言う通り、この瞬間だけでも彼女の力になろう。

 

「そうね、私たちもみんなを助けましょう!」

 

「レモンも頑張るよ!」

 

「その意気よみんな。

 さあ、みんなでこの世界に光を取り戻しましょう!」

 

 アップルの声とともに、妖精たちは広間にいる人々を助け出す。

 

「姫様!本当に姫様だ!」

 

「キュアブレイズ!」

 

 すると目を覚ました人々がキュアブレイズの姿を見つけ、歓声をあげた。

 彼女を慕う気持ちと、申し訳ないと思う気持ちが複雑に入り乱れるも、光照らすこの地では、最後には救われた喜び、そして彼女の希望になれていたことの嬉しさが勝った。

 この世界に久しくなかった多くの感情が、大広間中に満ちていく。

 すると、チェリーはキュアブレイズの身体が輝きを増していくのに気が付いた。

 

「あれって・・・希望の光?」

 

 キュアブレイズの希望の光がかつてないほどの大きな輝きを放っていく。

 その輝きは、人々の歓声を浴びる度に強まっていった。

 

「・・・そっか、私たちの希望も・・・。」

 

「届いていたんだな・・・彼女に。」

 

「レモン、信じるよ。キュアブレイズのことも、レモンの希望も。」

 

「あの子・・・頑張って。」

 

 それぞれの思いを胸に、キュアブレイズはアンドラスの方へと振り向いた。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 自分の身体から希望の光が満ち溢れていくのを、キュアブレイズは実感した。

 同時に温かな思いが胸の中へと流れ込んでくる。

 そして頭の中に声が聞こえるのだ。

 

 

 キュアブレイズ!頑張って!

 私たちがついてるから、何も心配しなくていいよ!!

 もう1人でなんて戦わせない!あなたは1人なんかじゃない!!

 

 

 多くの人々の希望の声、そしてこの力は、その温かな感情から生まれてくるものだった。

 自分1人の力だけではない。この地にいるみんなから今、力を貰っている。

 

(そっか・・・希望の光は、私1人から生まれてくるものではない。

 みんなから、貰うことも出来るんだ・・・。)

 

 ずっと1人で戦ってきたと思っていた。

 だがそれがそもそも間違いだった。

 いつだってキュアブレイズは、みんなから希望をもらってきた。

 だからこれまでずっと、ダークネスと戦い続けることができたのだ。

 

「うわあああっ!」

 

 するとアンドラスと交戦していたキュアスパークが、弾き飛ばされてこちらに飛んできた。

 キュアブレイズは彼女を受け止め、一旦アンドラスと距離を置く。

 

「キュアスパーク、大丈夫?」

 

「いたた・・・ありがと・・・。

 あれ?キュアブレイズ、その力は?」

 

 キュアスパークは身体中生傷だらけで、希望の光もかなり消耗していた。

 だが彼女がずっとアンドラスを引きつけてくれなければ、この大広間にいる人々を絶望から解放することは出来なかったのだ。

 

「ありがとう、時間を稼いでくれて。

 後は私が引き受けるわ。」

 

 キュアブレイズは彼女を降ろし、バトンタッチを促すように一歩前へと出る。

 

「キュアブレイズ。」

 

「なに?」

 

「これが最後の見せ場や。気張れよ。」

 

 スポーツ少女である彼女らしい、素敵な声援だった。

 

「ええ、勿論。」

 

 キュアブレイズはアンドラスの元へと飛んでいく。

 先ほどの戦いでは手も足も出ず、かすり傷1つ付けられなかった敵だが、今のキュアブレイズは不思議と、負ける気がしなかった。

 みんなからもらった希望の光が、キュアブレイズに無尽蔵の力を与え続けてくれているからだ。

 

「アンドラス。」

 

「キュアブレイズ!」

 

 闇の牢獄が綻び、空を照らす光が強まってきた今、アンドラスには最初の頃に見られた余裕が一切感じられなかった。

 

「闇の牢獄が壊れた今、あなたの目論見は消し去ったわ!

 このまま負けを認め、大人しくこの世界から立ち去りなさい!」

 

 フクロウの目で睨み付けてくるアンドラスにもひるまず、毅然とした態度で通告をする。

 

「ふざけるな!私は負けてなどいない!

 負けることなど!あってはならないのだ!!」

 

 だが当然、そんな通告を受け入れるわけもなく、敵意剥き出しに躍り出た。

 だがキュアブレイズは振りかざされた爪をかわし、一瞬で懐に潜りこむ。

 

「なっ!?」

 

 これまでのキュアブレイズにない速度で急激に距離を詰められたアンドラスは対応できず、キュアブレイズは神速の肘鉄を腹部に叩き込んだ。

 

「があっ!!」

 

 アンドラスが呻き声を上げ、腹を抱えようとする。

 だがその暇も与えず、キュアブレイズは連続で拳を腹部に叩き込み、両手に炎を宿して敵に振れ、爆発を引き起こした。

 

「バカな・・・なんだその力は!?」

 

 爆風を受け後退するアンドラスは、急激なパワーアップを遂げたキュアブレイズに驚愕する。

 それだけでなく、闇の牢獄が綻び、大広間にいる人々が絶望から解放された今、この辺り一帯の絶望の闇が消え去り、希望の光が満ち溢れてきているのだ。

 それがアンドラスの絶望の闇を削ぎ落し、逆にキュアブレイズに力を与え続ける。

 その相乗効果で、力の差は一気に逆転したのだ。

 

「おのれええええ!!」

 

 だがアンドラスは尚も退こうとせず、狼の口から巨大な光線を放つ。

 だがキュアブレイズは自身の身の丈をも超える大型の炎の渦を生み出し、その光線を全て受け止めた。

 そのまま炎の渦をアンドラスに放ち、光線を押し返しながら狼の頭部に直撃させる。

 続いてアンドラスは飛翔し、その両翼から無数の羽をキュアブレイズにめがけて乱射した。

 キュアブレイズは飛び立ち、両足から炎を噴射し推力に変え、空中を自在に飛び回りながら羽の弾幕を掻い潜る。

 そしてアンドラスへと距離を詰め、炎をヴェールを生み出し、アンドラスへと薙いだ。

 炎のヴェールは鞭のようにしなり、飛び掛かる羽を全て焼き尽くしアンドラスの本体へと叩き付けられる。

 ヴェールを二度、三度と振るう度に爆発が起き、最後は炎を圧縮し、火球に変えて投げつけた。

 火球はアンドラスに着弾し、彼の身を覆い尽くすほどの大爆発を引き起こす。

 

「ぐあああああっ!!」

 

 アンドラスの叫びとともに、彼の身体が徐々に朽ち果てていく。

 翼がもがれ、狼の牙が抜け、よろめきながら後退していく。

 あと一息だ。そう思いキュアブレイズは力の全てを右手に集中させて突撃する。

 

「こんなことはあり得ない・・・あってはならない。

 一度闇に飲まれた世界が・・・再び光を取り戻すなど・・・。」

 

 アンドラスの呟きに耳を傾けず、キュアブレイズは彼に接近する。

 

「これで終わりよ!!」

 

「あってはならないのだあああ!!!」

 

 だがアンドラスの巨体が突如崩壊し、内側から人の姿に戻ったアンドラスが飛び出して来た。

 

「えっ!?」

 

 絶望の闇を纏い巨大化した肉体を破棄し、人の姿に戻っての奇襲。

 彼の戦術を理解した時には既に遅く、こちらに向かうアンドラスの突撃が回避できない距離にまで差し迫った。

 だが次の瞬間、自分とアンドラスの間に突如水晶の盾が割り込んできた。

 

「なにっ!!?」

 

 アンドラスの攻撃は水晶の盾によって防がれる。

 キュアブレイズは後方から盾と同じ力の気配を感じ取り、思わず振り向く。

 すると建物の影から、こちらの様子を伺うキュアプリズムの姿があった。

 変身が解除されたキュアシャインがアンドラスの目に触れぬよう、背中越しで目だけをこちらに向けている。

 いつでも盾でサポートができるようにこちらの様子を見守っていてくれたのだ。

 そんな彼女の優しさに思わず気持ちが緩み、キュアブレイズは涙ぐみそうになるがすぐに正面に振り向く。

 キュアプリズムの次の一手は、これまでの戦いを見て予測している。

 そしてその時は、すぐに訪れた。

 

「きっ貴様あああ!!」

 

 不意の一撃を防がれたアンドラスは激昂するが、直後2人を遮っていた水晶の盾が粉々に砕け散った。

 そしてキュアブレイズは間髪入れずアンドラスの肩を左手で掴み、右手を彼の胸に押し付ける。

 

「なっ・・・」

 

 次の一撃は決して外してはならない。

 キュアブレイズは彼を逃がさないよう拘束し、右手に集中させた希望の光を解放する。

 

「光よ、弾けろ!ブレイズタクト!」

 

 するとキュアブレイズの右手に、指揮棒の形をした武器が出現した。

 指揮棒の先端で四拍子を描き、周囲に4つの火球を生み出しながらタクトの先端に光を圧縮する。

 

「プリキュア!ブレイズフレアー・コンチェルト!!」

 

 そして4つの火球を至近距離で次々とアンドラスにぶつけ、最後に圧縮した光の力を一気に開放し、アンドラスの身体を業火で包み込む。

 

「がああああああああああああああああああ!!!!」

 

 燃え盛る炎とともにアンドラスは、ゆっくりと地へと落ちていく。

 同時に空を覆う闇に大きな亀裂が走り、巨大な破片と共に砕け散っていった。

 そして空を照らす陽の光が、城下街を明るく照らしていくのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 次回予告。

 

「キュアシャイン、キュアスパーク、キュアプリズム。

 いいえ、蛍!要!雛子!みんな、本当にありがとう!」

 

「え・・・?ええ~っ!!?」

 

「あっあなたが、キュアブレイズだったの!!?」

 

 次回!ホープライトプリキュア第14話!

 

「新たなる仲間!真紅の戦士!キュアブレイズ!!」

 

 希望を胸に、がんばれ、わたし!

 


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