ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第12話・Aパート

 友達のために!旅立て!フェアリーキングダムへ!

 

 

 

 アップルの質問を聞いて、蛍は軽はずみにフェアリーキングダムを救いに行こうと考えていた自分の浅はかさを恥じる。

 彼女の言う通り、自分はフェアリーキングダムへの行き方を知らないのだ。

 にも関わらず、どうやったら行けるのか?と言う至極単純な疑問を抱かずについさっきまで向かう気満々だったのだから、笑い話にもならない。

 心なしか、自分たちを見るキュアブレイズの目が呆れているように見えた。

 

「あのねキュアスパーク。

 志は結構だけど、それがわからないのじゃ意味がないでしょ。」

 

 キュアプリズムが呆れた口調でキュアスパークだけを注意する。

 やっぱりと言うか、キュアプリズムはこちらには注意を向けようとしなかったが、その言葉は十分に蛍の胸にも突き刺さった。

 

「そうゆうキュアプリズムはどうなのさ?」

 

「勿論知らないけど、聞くアテはあるし、大体の予想はついているわ。

 私が呆れてるのは、そこまで考えもせずに漠然と行けるかもと思っていたことによ。」

 

 そして再びキュアプリズムの言葉が胸に刺さる。

 聞くアテと言うのは言わずもがな妖精たちとキュアブレイズのことだろう。

 言われてみれば、今まで彼女たちにどうやってこちらの世界に来たのかを聞いたことがなかった。

 逆に言えば、彼女たちが何らかの方法でこの世界に来たのだから、彼女たちと一緒ならフェアリーキングダムに行くことも可能だろうと漠然とどこかで思っていたので、疑問にも持たなかったのだ、と無理やり思って自分を納得させないと、恥ずかしさのあまり突っ伏してしまいそうだ。

 キュアブレイズを、大切な友達である妖精たちを助けたいと思う余りと言えば聞こえはいいかもしれないが、気持ちばかりが先行して手段を考えていなかったなんて愚行もいいところである。

 

「アップルさん。質問を返すようですみませんが、あなたたちはどのようにしてこちらの世界へいらしたのですか?」

 

 注意を終えたキュアプリズムは、改まってアップルに質問を返す。

 敬語なのはぬいぐるみ然とした容姿ながら、彼女からは大人のオーラが感じ取れるからだろう。

 

「私たち妖精が、魔法のような力を使えることはご存じよね?

 その中の1つ、転送術を使ってこちらの世界に来たのよ。所謂ワープってやつね。」

 

「「え・・・?」」

 

 だが突如放たれたワープと言う言葉に蛍とキュアスパークは言葉を失う。

 

「ふふっ、驚かせてごめんなさい。さすがに私1人の力で出来たのではないわ。

 妖精1人の力だとせいぜい隣の街まで飛べる程度のものよ。

 チェリーとベリィとレモン、それから主にキュアブレイズのプリキュアとしての力があったおかげで、遥か遠くのこの世界まで飛ぶことが出来たのよ。」

 

 つまりプリキュアの力を借りて、世界を跨いでワープしてきたと言うことだ。

 相も変わらず自分のことながら信じられない力だが、考えてみれば正反対の性質である絶望の闇を持つダークネスの行動隊長たちも忽然と姿を消していたか。

 となれば性質こそ違えど同じように超常的な力を持つ希望の光さえあれば、小さな妖精たちに別の世界へと瞬間移動できるSF染みた力が使えると言うのもそう、驚くべきことじゃないのかもしれない。

 ・・・と、ここで蛍は今更ながら段々と現実離れしていく自分の環境に驚きを感じなくなっていることに逆に驚いた。

 この街に引っ越してから非現実的な出来事が続き過ぎたせいとは言え、慣れとは恐ろしいものである。

 

「的外れなことを聞くかもしれませんが、この世界へ来れたのは、この世界がフェアリーキングダムと似ているからですか?」

 

「え?」

 

 キュアプリズムの意図しない質問に、蛍は困惑する。

 

「どうしてそう思ったのかしら?」

 

 だがアップルは特に困惑する様子もなく、まるで答え合わせを促すような言葉を返す。

 

「前にレモンちゃんから聞きました。

 妖精が人間の姿に変身するとき、自分が人間だったらどんな姿になるのかを想像して変身してるって。

 と言うことは、妖精の魔法は想像力によって引き出されるものと思います。

 この世界へワープできたのは、あなたたちが想像する世界のイメージ、つまりフェアリーキングダムと、この世界のイメージが重なったからではないでしょうか?」

 

「ご名答、さすがキュアプリズムね。」

 

 キュアプリズムの答えを聞いたアップルは即座に合格判定を下した。

 その答えは蛍が聞いても納得できるものであり、それは故郷であるフェアリーキングダムであれば妖精たちはより明確にイメージできるので、ここから向かうことができると言うことも示している。

 とは言え、ここまで正確に堪えを言い当てられるところを見ると、キュアプリズムの言う通り、彼女は妖精たちがこちらの世界に来た手段を元々知っていた、あるいは推測出来ていたようだ。

 その上で彼女はフェアリーキングダムを救いたいと決断していたのだから、何も考えていなかった自分たちに苦言する(正確には要にだけだが)のも頷ける話である。

 さすが学年10位の頭脳の持ち主と、ここで蛍はアップルの言葉が引っかかった。

 アップルは先ほど、さすがキュアプリズム、と褒めていたが、さすがとはどうゆうことだろう?

 以前人間の姿で自己紹介をしているので、キュアプリズムの正体が雛子であることを知っているが、彼女が夢ノ宮中学校の在学生で、学年ベスト10に入るほどの成績優秀者であることまで知っていたのだろうか?

 

「でも、これから向かうフェアリーキングダムは、世界中に絶望の闇が満ちているわ。

 希望の光が絶望の闇を浄化するように、絶望の闇は希望の光を打ち消す性質がある。

 この世界に来た時と違って、キュアブレイズ1人の力では足りないかもしれない。」

 

 蛍が抱いた疑問について考えがまとまるよりも先に、あちらへ向かうための話が進んでいく。

 

「ウチらの力が必要ってことやな。」

 

 キュアスパークの答えを聞いたアップルは満足げな笑みを浮かべる。

 

「フェアリーキングダムを救いたいと言う思いは私たちも一緒です。

 私たちの力が必要であれば存分に使ってください。」

 

 キュアプリズムも一歩前に出て力強い言葉を告げる。

 蛍も2人の間で首を縦に振り、肯定の意を示した。

 

「ありがとう、皆さん。

 ほら、キュアブレイズもお礼を言いなさい。」

 

 アップルにお礼を言うよう促されたキュアブレイズは、不貞腐れたような顔を浮かべてそっぽを向く。

 アップルはそんな彼女を慈しむように微笑む。

 そんな2人の姿はまるで親子のようであり、蛍は思わず頬を緩めた。

 こうしてみるとキュアブレイズも、自分たちの何ら変わらない普通の女の子なのかもしれない。

 ソルダークを容易く浄化できるほどの力を持ち、たった1人でダークネスと戦い続けてきたキュアブレイズと、自分を一緒にするなんて生意気かもしれないが。

 

「うっし!みんなで力を合わせて、必ずフェアリーキングダムを取り戻そうな!」

 

 するとキュアスパークが高らかに宣言しながら片手を前に差し出した。

 

「ええっ!キュアブレイズのためにも、レモンちゃんたちのためにも!」

 

 その意図を汲み取ったキュアプリズムがキュアスパークの手の上に自身の手を添える。

 

「だっだいじょうぶ!4にんそろえば、大いなる奇跡がおきるんだから!」

 

 蛍も自分を奮い立たせながら、キュアプリズムの上に手を置いた。

 

「あなたたち・・・。」

 

 キュアブレイズは手を置くことはしなかったが、その視線はしっかりと蛍の手に向けられていた。

 それは協力してくれる意思表明のように思えた。

 4人のプリキュアの思いが一つになり、1つの目的のために結集することが、

 

「さて、そろそろいいかしらね?キュアシャイン。」

 

「なに?チェリー・・・ちゃん?」

 

 できたところを見計らい、声をかけてきたチェリーの表情を見て蛍は戦慄する。

 口元は微笑んでいるのに目が笑っていないし声も低い。

 これまでの経験から蛍はチェリーがものすごく怒っていることを悟った。

 

「無茶な戦い方をするなって、何度言ったらわかるのかしら?」

 

 そして怒られる理由もしっかり予想通りだった。

 だが今回の場合はキュアブレイズと接触するために行ったことなので大目に見て欲し

 

「言っておきますけど、こうしてキュアブレイズとお話しできたからと言って許すつもりはありませんからね。」

 

 かったがその思考は先に読まれてしまうし、もとい許すつもりもなかったようだ。

 言葉づかいが敬語になっているところが逆に怖い。

 蛍は怯えながら、キュアプリズムなら味方になってくれるだろうと期待し助けを求めるような視線を送る。

 

「ごめんねキュアシャイン、でも今回ばかりはさすがに心臓に悪かったわ。

 私、とても心配したし、それにほんのちょっぴりだけ怒っているのよ?

 だからチェリーちゃん、存分に叱ってあげてちょうだい。」

 

「ええっ!?」

 

 だがそんな一途な望みも絶たれてしまった。

 それも彼女がほんのちょっぴりだけとは言え怒っていると言うあたり、よっぽど心配をかけてしまっていたようだ。

 そのことはとても申し訳なく思うが、結果としてキュアプリズムまでがチェリーの味方につくことになったので、もう蛍はみんなに心配をかけた贖罪の意も込めて現実を受け入れるしかなかった。

 

「わかったわ。

 さあキュアシャイン、キュアプリズムからもお許しが出たことだし、家に帰ったら覚悟しなさい。」

 

「うぅ・・・、あっあんまりこわくおこらないでね・・・。」

 

「いいえ、今日と言う今日は反省してもらいますからね。」

 

 これから待ち受けるであろうチェリーからのキツいお叱りは、闇に覆われた世界を救いに行くことさえ覚悟できた蛍でさえ、聞くのが拒まれるほどであった。

 

「ホント、なんであなたみたいな子がプリキュアなのかしら・・・?」

 

 そして1人の妖精からの説教に怯えるプリキュアの姿を見てキュアブレイズはそんな疑問を口にするのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 フェアリーキングダムへ向かう日は今週末の土曜日。

 そしてどんな状況にせよ、この世界の時間で日曜日の夕方までには戻ること。

 それがアップルから出された条件だった。

 この世界にもダークネスの魔の手が忍び寄っている以上、4人のプリキュアが長期間この世界を離れることは望ましくなく、何より各々の家族に心配をかけるわけにはいかないのだ。

 だが休日の2日間だけなら、友達の家に泊まりに行ったということにすることができるので、不在となっても心配をかけることはないだろう。

 無論、絶望の闇に覆い尽くされた世界をたったの2日で救えると思うほど楽観視してはいないが、アップルが言うには、この世界とフェアリーキングダムとの行き来はそう難しくはないそうだ。

 半年前と違い、妖精たちはこの世界についても明確なイメージを持つことができるようになったので、こちらほ帰ることも容易くなったからだ。

 だがフェアリーキングダムへの移動手段こそ明確になったものの、救うための手段自体はまだわからない。

 そのため、今週末は情報収集と偵察程度に留めておき、今後も何度か行き来を繰り返しながら、世界を救う方法を模索することになったのだ。

 それから数日が経ち、フェアリーキングダム出発を明日に控えた日の放課後、蛍はお遣いのために帰ろうとしたとき、下駄箱の前に千歳の姿を見つけた。

 

「あっ・・・。」

 

 決して親しくはなく、むしろ彼女の方は自分を嫌っている風だったが、一応顔を見知った間柄であるため声をかけようとする。

 だが緊張で上手く声が出せないでいるところに千歳と目が合った。

 鋭い眼差しで見据えられ、蛍は少しだけ怯むもその視線を真っ直ぐに受け止めた。

 だがこの場所に留まり、こちらが来ると同時に視線を合わせてきたということは、彼女は自分を待っていたのだろうか?

 

「1つ聞いてもいいかしら?」

 

 その疑問に答えるかのように、千歳が声をかけてきた。

 まだ緊張で声が出せずにいる蛍は、頷いて返事をする。

 

「もしも、あなたの目の前で困っている人がいたら、あなたは手を差し伸べる?」

 

 なぜ彼女がそんな質問を問いかけてくるのはわからないが、偶然にもそれは今の自分が置かれた状況を表していた。

 故郷を救いたいと願うキュアブレイズを助けたい。

 蛍はそんな思いを改めて整理するためにも、その問いを真摯に受け止める。

 

「たす・・・けます。」

 

 声を強張らせながらも、精いっぱいの勇気を出して答える。

 

「どうして?」

 

「たすけたいって、おもうから・・・。

 みすてたら・・・きっと、後悔するから・・・です。」

 

 困っている人を助けたい。

 そう思う気持ちは自然と湧きあがってくるものなので蛍にも説明できない。

 だが自分が今やりたいと思うことをやらないでいると、後々に絶対に後悔するのだ。

 ほんの小さな勇気を出すことすらできなかったために、ずっと友達が作れず一人ぼっちだったことを蛍は今でも後悔している。

 だから小さな勇気を出せるようになった今、その時自分がやりたいと思ったことは実践したい。

 これは要からの受け売りだが、やらないで後悔するくらいなら、失敗してから後悔した方がいい。

 

「それじゃあ、もしも手を差し伸べた人が、助けてもらうことを拒んだとしたら、あなたはどうするの?」

 

「え?」

 

 だが続けて出された言葉に蛍は目を丸くする。

 つい数日前まで、蛍たちはキュアブレイズに一度拒絶されているのだ。

 彼女が質問を重ねるごとに、ますます今の状況と酷似していく。

 それが偶然であるかどうか判断に迷いながらも、蛍はその質問にも正直に答える。

 

「たす・・・けます。」

 

「どうして?」

 

「ほんとうにこまってるひとって・・・じぶんからはあんまり、たすけてって、いえないとおもうんです・・・。

 それが・・・やさしいひとであればなおさら、だれにもメーワクかけたくなくて・・・ひとりでかかえちゃうんじゃないかって・・・おもうんです・・・。

 だから・・・たとえ拒まれたとしても・・・そのひとがほんとうにこまっているのなら・・・わたしは、たすけてあげたいです・・・。」

 

 かつての雛子がそうであったように、他ならぬ自分がそうであったように。

 誰かに助けて欲しいと心の中で思っていても、それを言葉にして伝えるのは難しいのだ。

 だから蛍は、そんな人にも手を差し伸べることが出来る人間になりたい。

 かつて要が、孤立していた雛子に手を差し伸べたように。

 かつて雛子が、この街に越してきたばかりの自分を優しく見守ってくれたように。

 それが蛍の意思であり、その思いをとっくに実現している友達が2人も側にいるのだ。

 だから蛍は彼女たちのようにありたい、2人と一緒に並んで歩いていきたいから。

 

「そう・・・お人好しなのね。」

 

 その言葉だけを残し、千歳は帰っていった。

 彼女が問いかけてきたことを不思議に思う蛍だったが、ここで1つの可能性に気づく。

 

(・・・もしかして。)

 

 だが蛍は、その答えを敢えて内に秘め、買い物に出かけるために学校を後にするのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍が買い物のために商店街を訪れると、目の前にリリンが姿を見せた。

 

「ほたる。」

 

「リリンちゃん!」

 

 満面の笑みを浮かべながら、蛍はリリンの元へ駆け寄り、そのまま2人で噴水広場まで向かう。

 2人の間で自然と行われるようになった噴水広場でのお喋りは、蛍にとって何よりも大切な日常となっていった。

 

「それでね、きょう体育のときに、かなめちゃんがものすごくながいシュートをきめてね、」

 

 今日学校であったこと、最近面白かったテレビ番組の内容、新しく食べたスイーツの感想。

 いつものように取り止めのない会話を続けていく内に、蛍はあることに気が付いた。

 

(そう言えば、さいきん、リリンちゃんと会うことがおおくなったきがする・・・。)

 

 4月の半ばに再会した時は、初めて会ったときから2週間ほど経った後だった。

 それから2週から1週間に一度彼女と会っていたが、ゴールデンウィークを過ぎてからは数日置きに会っているのだ。

 そして蛍はいつだってリリンに会いたいから、ほぼ毎日この噴水広場を訪れているので、リリンと会えるかは、彼女の都合に左右されることがほとんどだ。

 

(リリンちゃんも・・・わたしにあいたいって、おもってくれてるのかな・・・?)

 

 そう考えるのは自惚れかもしれないが、そうであれば嬉しい。

 会う頻度が増えたことで、これまでよりも会話に間が空くようになったが、そんな無言の間も、隣に彼女の存在を感じることが出来るのであれば、それは蛍にとってかけがえのない幸せな時間だった。

 

(あっ・・・。)

 

 そのことを改めて自覚した途端、蛍の心臓はこれまで以上に高鳴る。

 

「ほたる?どうかしたの?」

 

「えっ?なっなんでもないよ。」

 

 声が上擦ってしまい、頬が自分でも赤くなっているのがわかるほどに熱くなっている。

 だがリリンはこちらの反応を特に不審に思わず、そう、と一言返すだけだった。

 

「えと・・・わっわたし、そろそろかいものにいくね。」

 

「わかった。ねえほたる、明日もおはなしできる?」

 

 するとリリンの方から次に会う約束の話が上がり、蛍は思わず息を飲む。

 彼女から次の予定を持ち掛けてくることも、これまでになかったことだ。

 やっぱり彼女も、自分と2人で過ごす時間を幸せと思ってくれているのだろうか。

 そう思えば思うほど蛍の心臓は高鳴るが、答え聞く勇気は、まだなかった。

 

「えっと、ごめんなさい。

 土曜日と日曜日は、りょうほうとも予定があって・・・。」

 

「そっか・・・。」

 

 蛍だって本音を言えば、リリンと過ごせる時間が欲しいが、今週の休日はキュアブレイズを助けるためにフェアリーキングダムへ向かわなければならない。

 日曜日までとはいえ、その日のいつ頃に帰ってくるかはわからないので、迂闊な口約束は出来ないのだ。

 少しだけ声に元気のないリリンの様子を見るに、彼女は落ち込んでいるようだ。

 だが失礼と思いながらも、会えないことを申し訳なく思うよりも、会えないと寂しく思ってくれたことへの喜びの方が大きかった。

 

「あっでも、来週の月曜日だったら、じかんあるはずだよ?

 だからそのとき、またきょうみたいに、ここでおはなししよ!」

 

「・・・うん、わかった。」

 

 だから蛍は、精いっぱい明るい声をかけて彼女と次に会う約束をする。

 するとリリンは僅かに微笑んでくれた。

 その後はリリンと別れ、蛍は1人商店街にあるスーパーへと向かう。

 

(・・・やっぱり、リリンちゃんはちがう・・・。

 好きって気持ちも、感じられる幸せも、リリンちゃんだけ・・・『特別』なんだ・・・。)

 

 蛍は彼女へ抱いている気持ちの変化を、少しずつ自覚し始めるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 翌朝、朝食を終えた蛍は緊張をほぐすために、私室で二度三度、深呼吸を繰り返していた。

 

「ふう~、よし。」

 

「蛍、大丈夫?」

 

「うん、だいじょうぶ。さっ、いこっ、チェリーちゃん。」

 

 以前雛子の家でパジャマパーティをした時に使った、少し大きめのバッグの中にチェリーを入れ、空気口を開けるために僅かにチャックの閉まりを緩める。

 中に入っているのはチェリーだけ。親には泊まり会に行くと伝えてあるので、親の目をごまかすために持参するだけであり、バッグそのものはフェアリーキングダムには持って行かないのだ。

 

「それじゃあ、おかーさん、おとーさん。いってきます。」

 

「いってらっしゃい、蛍。」

 

「お泊まり会、楽しんでくるんだぞ。」

 

 何も知らない両親は、これから自分が遥か遠くの世界へ行くなんて夢にも思っていないだろう。

 そのいつもと変わらない優しい声が、蛍の胸に温かく染みこんでいく。

 自分は嘘をついている。両親は、自分がこれから友達と一緒に楽しい1日を過ごすのだと信じている。

 それならばこちらに出来ることは、その両親の安堵を本当にすることだ。

 絶望の闇に覆い尽くされたフェアリーキングダムには、どんな危険が待ち構えているかはわからない。

 それでも何があろうとも、必ず明日までに両親の元へ帰ってくるのだ。

 

「うん!たのしんでくるね!」

 

 だから蛍もまた、これまでと変わらない返事をして家を出るのだった。

 

 

 

 

 商店街の噴水広場で要と雛子と合流した蛍は、そのままアップルに指定された、夢ノ宮港湾へと向かった。

 港湾までは、商店街からバスで約10分。

 余談だが雛子の話によれば、湾港からさらにバスで5分ほどかかる先には夢ノ宮港町があり、季節ごとの旬な海の幸が新鮮のまま味わえる他、海水浴場もあるそうだ。

 指定された場所は、船の停留所から離れた倉庫の並ぶ広場だ。

 蛍たちはその場所まで辿りつき、人気のない倉庫と倉庫の合間に身を潜める。

 念のため左右を確認するが人の姿は見えず気配もない。

 3人は互いに顔を合わせるのを合図に、一斉に変身する。

 

「「「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」」」

 

「世界を照らす、希望の光!キュアシャイン!」

 

「世界を駆ける、蒼き雷光!キュアスパーク!」

 

「世界を包む、水晶の輝き!キュアプリズム!」

 

「みんな、来てくれたわね。」

 

 すると蛍たちが変身を終えたタイミングを見計らい、キュアブレイズとアップルが姿を見せた。

 

「それじゃあ、さっそくで悪いけどこのままフェアリーキングダムへと向かうわ。

 チェリー、ベリィ、レモン、力を貸して。」

 

 アップルたち4人の妖精は四角形の頂点を結ぶような位置につく。

 蛍たちはその間に、持ってきたバッグを近くに置かれていたドラム缶の裏へと隠した。

 人通りが一切ないであろうこの倉庫裏の道は当然掃除など行き届いておらず、蜘蛛の巣がうっすらと見えるようなところにお気に入りのバッグを置いていくのは勇気がいるが、見つかって持っていかれるか処分されるよりはマシだ。

 そしてアップルたちによって形作られた四角の陣の中に、蛍たちは足を踏み入れる。

 

「みんな、力を借りるわよ。

 チェリー、ベリィ、レモン、フェアリーキングダムをイメージして。」

 

 アップルの合図とともに、四角の陣から光が迸り蛍の身体を包み込んでいく。

 そして力が吸われていくような感覚が走る。

 蛍はまだ力の使い方を知らないはずなのに、力の吸われていく感覚があるのは妙な気分だったが、この姿に変身する際にも希望の光が使われているはずであり、自分の身体能力が超人的に強化されるのも希望の光の作用によるものだ。

 つまり蛍は無意識化で希望の光を常に身に纏っているのである。

 

「ふわっ。」

 

 すると足元から迸る光が天へと登り始めた。

 眩しさのあまり蛍は目を瞑る。

 目を瞑りながらも感じられる、温かな光に身を包まれながら、やがて蛍の身に奇妙な浮遊感が訪れるのだった。

 

 

 

 

「キュアシャイン、キュアシャイン。」

 

 キュアプリズムの呼び声が聞こえ、蛍は目を開けた。

 足元を見ると視界いっぱいに原っぱが拡がっているが、蛍はすぐにその光景が異質であることに気づく。

 原っぱに生えている草には、一切の色が見られないのだ。

 

「え・・・?」

 

 そして顔をあげ、目の前に広がる景色を見て言葉を失う。

 空は太陽どころか雲一つ見えず、一面を黒く塗りつぶされている。

 少し視線を下げた先には、ミニチュアのように街が小さく映っており、石垣で作られた街道に煉瓦の家が立ち並ぶその様相は、蛍たちの世界で言うところの、ヨーロッパの古い街並みを彷彿させた。

 だが歴史の教科書で見たことがあるような風景は、街に並び立つ家も街道も、全てが色を失っていた。

 唯一目に映る色は、辺り一面を染め上げる黒のみ。

 そして道中には人や妖精の姿も確認できるが、壁にもたれかかり、路上で膝を抱え、歩いていても焦点の定まらぬ目を泳がせながら街を徘徊しているだけだった。

 何よりも恐ろしいのは、どれだけ耳を澄ましても自分たちの息づかい以外の音が聞こえないのだ。

 これがダークネスによって侵略された世界の成れの果てだと、目を背けたくなるような惨状が、蛍にこの世界がフェアリーキングダムであることを強く認識させる。

 同時に蛍は身を震わせる。

 今まさに世界を絶望の闇で満たさんと、リリスを始めとするダークネスの行動隊長たちが、こちらの世界に攻め込んできているのだ。

 つまり目の前に広がる光景は、故郷の未来の姿になるかもしれない。

 そう思うと怖くて仕方なかった。

 

「ようこそ、私たちの世界、フェアリーキングダムへ。」

 

 アップルが淡々とした声で告げる。

 

「ここが、フェアリーキングダム・・・。」

 

「ダークネスが侵攻を終えた世界・・・。」

 

 キュアスパークとキュアプリズムも、目の前に広がる光景にショックを隠せないでいる。

 

「そうよ、これがダークネスとの戦いに敗れ、音も光も、一切の希望を失い、絶望の闇に飲み込まれた世界よ。」

 

 キュアブレイズが声を僅かに震わせながらそう告げる。

 蛍は試しに闇の力を探知してみた。

 すると反応は蛍の周辺からのみならず、地平線の果てはおろか、空を覆い尽くす黒からも感じ取れた。

 この世界の全てが絶望の闇に覆われていると言うことを改めて思い知らされる。

 

「最初に言っておくけど、この世界にいる間は変身を解除してはダメよ。

 絶望の闇が世界中に満ちていると言うことは、世界そのものが闇の牢獄に囚われているのよ。

 この意味、プリキュアとして覚醒したあなたたちならわかるわよね?」

 

 するとキュアブレイズが自分たちを試すように忠告と問いかけを投げてきた。

 

「闇の牢獄は、囚われた人の五感を全て奪う。

 でもウチらはその中で五感を失わずに行動できているってことは、プリキュアに変身している間は、闇の牢獄の影響を受けないってことやろ?」

 

「それに絶望の闇が満ちているこの世界では、闇の牢獄の強度も最大限に高められている。

 プリキュアに変身して希望の光を強く持っておかないと、例え私たちであっても絶望の声が聞こえてしまうかもしれないってことね。」

 

 キュアブレイズの問いかけに対して、キュアスパークとキュアプリズムがそれぞれの答えを繋げて回答する。

 

「ご名答、だから変身を解除してはダメよ?」

 

 2人の回答をアップルが繋ぐが、蛍はそれを聞いて強い不安に苛まれた。

 キュアスパークとキュアプリズムと異なり、自分は一度闇の牢獄に囚われたことがあるほど、心が弱い人間だ。

 しかも未だに希望の光をものに出来ていない。

 この絶望の闇に満ちた世界で、心身ともに弱い自分が希望の光を失わずにいられるだろうか?

 かつて闇の牢獄に囚われ五感を全て失い、頭の中に絶望の声が響き続けたときの恐怖を思い出し、蛍は防衛本能を働かせるかのように、自分の身を強く抱きしめる。

 ここに来てからまだほんの僅かなのに、既に蛍の心と体に恐怖が染みこんでくる。

 

「怖気づいたかしら?」

 

 そんな蛍に、キュアブレイズが声をかけてきた。

 蛍は慌てて勇気のおまじないをする。

 キュアブレイズを助けるためにこの世界に来たと言うのに怯えてばかりでは彼女に申し訳が立たない。

 すると隣に立つキュアプリズムが、自分の肩に優しく手を添えてくれた。

 彼女の持つ温かな光が、蛍から恐怖の感情を祓ってくれる。

 そうだ、今の自分にはこんなにも頼りになって優しい友達が、仲間がいるのだ。

 リリンから教えてもらったおまじないもある。

 1人で怖がることなんてない、怖ければみんなを頼ればいいのだ。

 

「だい・・・じょうぶ、です。」

 

 蛍はたどたどしい言葉ながらもキュアブレイズにそう伝える。

 

「そう、言っておくけど、下手な絶望に引っ張られて、希望を失うことは許さないからね。」

 

 キュアブレイズはいつもと変わらず厳しい言葉をかけるが、それは、『決して絶望に負けてはダメ、希望を信じて』というエールのようにも聞こえた。

 

「うん、ありがとう。」

 

 だから蛍はそれを励ますための言葉と受け取り、キュアブレイズに礼を言う。

 キュアブレイズは一度だけこちらに目を合わしてくれたが、無表情でそっぽを向いた。

 それが図星からくる照れ隠しなのか、的外れなので呆れたのかはわからないが、少なくとも今は、キュアブレイズを助けるためにも、自分の弱さに負けるわけにはいかないと思うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 モノクロの世界。

 かの地へ向かおうとしたリリスは、直前で蛍の言葉を思い出し足を止める。

 

「そっか、今日と明日、あの子はいないんだったわ。」

 

 ここ最近、かの地に足を運ぶ頻度を増やしていたので、噴水広場に向かえばほぼ必ず蛍に会うことができた。

 かつて彼女は毎日噴水広場で待っていると言っていたが、まさか本当に実践していたとは。

 あの子は自分に会いたい一心で、毎日噴水広場に足げに通い続けていたのだ。

 そう思った時、リリスは蛍と言う少女が少しだけ分からなくなってきた。

 

「あの子にとってあたしは・・・大切な、トモダチ。」

 

 だからリリスは蛍から盲目的な信頼を得ることができ、それを隠れ蓑にして蛍を利用することができた。

 だが蛍から安らぎを得ることが出来てから、それ以外の目的がリリスの中に芽生えてきた。

 

「それじゃあ、あたしにとってのあの子は・・・なに?」

 

 そしてそんなことさえ思うようになったのだ。

 あの子は自分にとってただの道具。

 それ以上でも以下でもなく、それにあの子がこちらのことをどう思うかは任務遂行の上で重要だが、自分があの子のことをどう思おうかなんて意味はないはずだ。

 それなのにリリスは蛍に、道具とは違う意味を持たせようとしている。

 その理由はリリス自身にも分からなかったが、確かなことは今のリリスは、蛍に会えないとわかったことで、得も言われぬ空虚な感覚にとらわれているということだ。

 蛍に会う以外に満たすことの出来ない、不可思議な空白がリリスの中に生まれる。

 

「ほたる・・・。」

 

 来週を迎えるまで会うことの叶わないあの子の名を口にする。

 自分は彼女に会いたいと願っているのだろうか?なぜ?

 

 

 聞こえるかね、リリス。

 今すぐ、玉座の間まで来たまえ。

 

 

 すると突如、頭の中にアモンの声が聞こえた。

 闇の力を使った交信術だ。

 相手の闇の力さえ探知出来れば、頭の中で思い描いた言葉を、距離を問わず相手の脳に直接伝えることが出来る。

 リリスは頭を切り替え、額に手を当てアモンへの返事を思い描いた。

 額に手を当てるという仕草自体は、特に意味があるわけではないが、リリスにとっては相手の頭に声を直接伝えると言うのを最もイメージしやすいのだ。

 

 

 はい、アモン様。すぐに向かいます。

 

 

 滅多に研究室から出てこず、かの地の侵攻も行動隊長に一任しているアモンが、交信術を用いてまでこちらを呼び出すなんて珍しいことだ。

 それも『今すぐ』と言葉を添える当たり、よほど不測の事態が起きたのだろう。

 恐らくはサブナックとダンタリアにも同じ指示が伝わっているはず。

 リリスは身を翻し、即座に玉座の間へと向かうのだった。

 

 

 

 

 リリスが玉座の間を訪れると、既にサブナックとダンタリアの姿があり、玉座にはアモンが腰掛けていた。

 

「来たか、リリス。」

 

「アモン様、一体何があったのですか?」

 

 リリスの言葉にサブナックとダンタリアも何かを尋ねるように見る。

 この様子だと、2人にもまだ事は知らされてはいないようだ。

 

「かの地にいる4人のプリキュアが、フェアリーキングダムへと向かったようだ。」

 

「えっ?」

 

 アモンの言葉にリリスは驚く。

 やつらはなぜ今になって、世界の全域を闇に飲みこまれたフェアリーキングダムへ出向いたのだ?

 

(まさか、フェアリーキングダムを解放するつもり?)

 

 そんなことは不可能だと、断言することが出来る。

 今やあの世界に住まう全ての人々が絶望の闇を生み出しており、闇の牢獄の強度は最大限まで高められている。

 それはダークネスにとって幾つもの有利な状況を作り出すのだ。

 あの世界では、やつらはソルダーク1体まともに相手することも出来ないだろう。

 そもそも世界中の全ての人間が絶望の闇を生み出していると言うことは、その数だけソルダークがいると言うことになる。

 単純な数に圧倒的な差がついているのだ。

 いくらやつらが伝説の戦士プリキュアであろうと、たったの4人の希望の光が、世界中の絶望の闇に対抗できるはずがないのだ。

 

「バカな奴らだな。自ら不利な局面に足を突っ込むとは。」

 

「フェアリーキングダムの解放が目的なのだろう。

 そんなこと出来るはずもないと言うのに。」

 

 サブナックとダンタリアも、リリスと同じことを考え4人のプリキュアを嘲笑する。

 リリスも『3人』のプリキュアに対しては同じように嘲笑したいところだ。

 だが『1人』は違う。

 

「キュアシャイン・・・。」

 

 やつらには万に一つの勝ち目もない。

 フェアリーキングダムを覆う闇に敗れ希望を失い、やつらも世界に満ちる絶望の一部へと堕ちていくだろう。

 だがこのままではキュアシャインまでもが自分の知らぬところで堕とされてしまう。

 それだけは絶対に許さない。

 サブナックとダンタリア、そしてアモンにも奪われたくないのに、やつにとって何の因果もない遥か遠くの世界なんかにキュアシャインを奪われてたまるものか。

 

「アモン様!

 是非あたしを、フェアリーキングダムへと向かわせてください!」

 

「リリス?」

 

 リリスの突然の申し出をサブナック訝しみ、ダンタリアはその細い目でリリスを興味深そうに覗きこむ。

 だがリリスは2人に構わず、アモンに懇願する。

 

「あたしにはやつらを倒す任務を任されているはずです!

 闇へと堕ちたあの世界でなら、あたしは力を存分に発揮できます!!

 ですからお願いです!アモン様!

 キュアシャインの、プリキュア討滅のために!

 あたしをフェアリーキングダムへと向かわせてください!」

 

 リリスは、咄嗟に出てしまったキュアシャインと言う言葉をプリキュアへと訂正してアモンに呼びかける。

 

「いいだろう。

 アンドラスへは私が話をつけておく。まずはやつの元へ向かうと良い。」

 

 だがアモンはその言葉の変移について特に問い詰めることなく、リリスの申し出を言葉1つで了承した。

 これでフェアリーキングダムまでキュアシャインを追うことができる。

 そう思った矢先、久しく抱かなかったキュアシャインへの憎しみが再び込み上げてきた。

 やがてそれは怒りへと変わって身を焦がしていく。

 怒り、屈辱、憎悪、そしてキュアシャインをこの手で堕とせることへの悦び。

 様々な『感情』が、リリスの内側から湧き上がり渦を巻いて黒い衝動へと変わっていく。

 それは瞬く間に、蛍から得られた安らぎを塗り潰していった。

 

(キュアシャイン・・・絶対に逃がさないわ。

 あなたは・・・あたしだけのものなのだから!)

 

『1人』の少女から得られた感情が、リリスの全てを支配していった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 上を見上げても、陽の光も星の光もなく、雲の一つさえ見当たらない。

 丘の下を見下ろし街に目を向けると、街灯らしきランプがあちこちに見受けられたが、一切光が灯されていない。

 そして後ろを振り返ると、そこには大きな風車小屋があった。

 それを見た雛子は、肩に乗っているレモンとの約束を思い出し心を痛める。

 目の前に見える景色はきっと、レモンが自分に見せたかったものだ。

 だがそれは残酷にも、ダークネスによってモノクロに塗り潰されてしまったのだ。

 

「そろそろ移動するわよ。

 この世界の時間は半年前から止まっているけど、こうしている間も、あなたたちの世界の時間は進み続けているわ。

 タイムリミットの明日の夕刻までには帰らなければならないのだから、僅かな時間も無駄にはできないわよ。」

 

 キュアブレイズの呼びかけに雛子を含めた全員が頷く。

 闇の牢獄の中では、時間が停止してしまうことは以前妖精たちから聞いており、時計などの時間を測る装置も機能を停止してしまうらしい。

 そのためこちらの世界に時計を持ち運ぶことも出来ず、元の世界の時間はアップルが魔法の力で身体の感覚で時間を計測するタイマー(本人曰く体内時計に近いとのこと)で測ってくれるとのことなので、彼女を介して知ることができるようだ。

 たまたまパートナーの妖精たちが、人間に変身する以外の能力を見せる機会がなかっただけなのか、本人が多芸なのかはわからないが、いずれにしてもアップルの力は多様性に富んでいた。

 さすが妖精たちのリーダー格である。

 

「キュアプリズム。」

 

 するとレモンが肩に乗ったままこちらの顔を覗きこんだ。

 しばしの間、言おうか躊躇う素振りを見せたが、やがて静かに告げる。

 

「また、ここに来ようね。」

 

 その言葉の意味は、言われずともわかっていた。

 レモンの見せたい景色は、こんな昼か夜かもわからない、暗闇と静寂に満ちたものではない。

 いつかフェアリーキングダムを闇から救い出したとき、ここから見えるのどかなで平和な、レモンの大好きな景色を見せたいのだ。

 そして自分も見てみたい。

 大好きな本の世界を彷彿させる、フェアリーキングダムの本来の景色を。

 

「うん、また必ずここに来ようね。」

 

 レモンに微笑みかけると、彼女は安堵したかのような笑顔を見せてくれた。

 

「それで、まずはどこに行ってみるん?」

 

「そうね、城下街の様子も気になるところだから、まずは・・・。」

 

 キュアスパークとアップルが今後の行動について談義しているとき、

 

「っ!?闇の波動が3体!こっちに向かってくるわ!」

 

 チェリーの警告と同時に、4人のプリキュアは一斉に身構えた。

 力の気配の方へと向くと、風車小屋の先にある森の中から3体のソルダークが同時に姿を現した。

 

「ガァァァアアアアアア!!」

 

 こちらの世界で現れる個体と同じ姿で、甲高い叫び声をあげてくる。

 だがソルダークからは、これまで感じたことのない異様な雰囲気が漂っていった。

 

「なに・・・?このソルダーク。」

 

 困惑する雛子を余所に、キュアスパークが拳に電撃を纏って突撃する。

 

「はああっ!!」

 

 力強い叫びとともにソルダークに拳を突き立て地へとめり込ませる。

 続いて飛び掛かるソルダークに裏拳をお見舞いし、後方へと吹き飛ばした。

 その斜線上にはもう1体のソルダークの姿もあり、キュアスパークに吹き飛ばされたソルダークが、後方に映るソルダークに直撃し、2体とも地面へと倒れ伏す。

 だがソルダークたちは平然と立ち上がり、再びこちらに襲い掛かって来た。

 

「攻撃が効いていない?」

 

 プリキュアの中で最も力に優れたキュアスパークの打撃を受けてもまるで堪えた様子がない。

 かつてキュアスパークの浄化技を防いだ個体もいたが、あの時は能力によって彼女の力を遮断させたに過ぎない。

 直撃を受けてなお、ダメージを受けたことのないソルダークは初めてだ。

 ここにいる3体が格別に強いのであれば話は別だが、雛子は自分の感じた違和感と、この世界の現状を照らし合わせて1つの結論を導き出す。

 もしこの世界に満ちる絶望の闇が、ソルダークに際限なく力を与えているとしたら?

 それがキュアスパークから受けたダメージを急速に回復しているとしたら?

 

「このっ、」

 

「待ってキュアスパーク!ソルダークの様子がおかしいわ!

 あなたの攻撃を受けてもまるで堪えていないのよ!」

 

 キュアスパーク再び臨戦態勢に入ったので、雛子はそれを静止する。

 雛子の憶測が正しければ、この世界のソルダーク相手には勝ち目がないと言うことになる。

 

 

「だったら、浄化技で!」

 

 だが目の前の脅威を放置できないと踏んだのか、キュアスパークがスパークバトンを呼び寄せようと、右手を横に差し出す。

 

「まって!じょうかわざをつかったって、たおせるソルダークは1体だけだよ!

 ソルダークはまだ2体もいるし、じょうかわざをつかってキュアスパークがつかれちゃうのはキケンだよ!」

 

 今度はキュアシャインから忠告がかかる。

 この場だけでも3体ものソルダークがいるのだ。

 それら全てがキュアスパークの攻撃を受け付けないほどの強さを持っている。

 それに仮にこの場にいる4人の内3人が浄化技を使いこの場を凌いだとしても、絶望の闇が満ちているこの世界ではどこにソルダークが潜んでいるかわからない。

 今ここで力を出し尽くしてしまうのはあまりにもリスクが高すぎるのだ。

 

「じゃあどうすれば!」

 

「いったんこの場を退くわよ。

 ソルダークの姿が見えなくなるところまで逃げなさい。」

 

 すると1人落ち着いた様子のキュアブレイズが撤退を呼びかける。

 雛子はその様子から、彼女はこの世界のソルダークの特性について知っているようにみえるが、今はそのことを考えるよりも当面の危機を回避する方が先だ。

 4人のプリキュアは各々のパートナーを抱え、全速力でこの場を離脱していった。

 

 

 

 

 雛子たちは風車小屋を離れて森の中に飛び込み、後方から迫るソルダークを振り切ることのみを考えて突き進んでいった。

 やがてソルダークの姿も叫び声も聞こえなくなったところでキュアブレイズが足を止め、先頭を切っていたキュアスパークも、後方にいる自分とキュアシャインも足を止めた。

 

「姿は見えなくなったわね。

 やつらも希望の光を探知することができるから、今のうちに力を隠して。」

 

 キュアブレイズの言葉通り雛子とキュアスパークは力を抑えて気配を消す。

 今までやったことはなかったが、希望の光は自身の思いの力。

 理屈よりも気持ちでコントロールするものなので、力の使い方さえわかっていれば抑えるのは造作もなかった。

 と、ここで雛子はあることを思い出してキュアシャインの方へと向く。

 

「あっあれ?えと、ちからをおさえるって、どうやって?」

 

 案の定、力の使い方をまだ知らないキュアシャインだけが上手く力を隠せないでいた。

 あたふたする姿も可愛いが、このままでは彼女の力を探知してまたソルダークたちが駆け付けてしまう。

 

「キュアシャイン、急いで。」

 

 キュアブレイズが急かすが、それが返ってキュアシャインを動揺させてしまい、彼女の力の気配は増減を繰り返していた。

 そこで雛子はキュアシャインの両肩に手を置き、彼女の力への干渉を試みる。

 

「ふえ?キュアプリズム?」

 

「落ち着いてキュアシャイン、ゆっくりと深呼吸して、あとは私で抑えてみるから。」

 

 言われるがままにキュアシャインは深呼吸をし、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 その間に雛子はキュアシャインの力に干渉し、自分の力で抑え込んでみる。

 今度は逆に自分の力が探知されないかと危惧したが、彼女に干渉した力は上手く中和され、お互いに力を抑え込むことに成功した。

 

「これでよしっと。」

 

「あっありがと、キュアプリズム。」

 

「どういたしまして。

 でもこのままでいる必要があるから、窮屈かもしれないけど我慢してね。」

 

 力の干渉が出来るのは、直接触れている間だけだ。

 つまりソルダークから隠れる間は、キュアシャインの身体に触れていなければならない。

 

「ううん、だいじょうぶ。

 わたしこそ、キュアプリズムにメーワクかけてごめんね・・・。」

 

「迷惑なんかじゃないわよ。だから気にしないで。」

 

 励ましの言葉をかけてみるも、キュアシャインは浮かない顔だった。

 迷惑どころか四六時中キュアシャインに触れることができるなんて自分にとってはご褒美以外の何物でもなく、さらに本音を言えば肩に手を置くのだけでなく、手を繋いだりギュッと抱きしめたりしたいくらいだが、さすがにそんな私欲を『今は』グッと堪える。

 

「全く、いつまで仲間に負担をかければ気が済むのよ。」

 

 そんなキュアシャインの様子に、キュアブレイズがいつものように厳しい声をかけてきた。

 

「キュアブレイズ、お願いだから説教は元の世界に戻ってからにして。」

 

 キュアシャインに対する厳しい物言いを逐一非難するつもりはないが、今は状況が状況だ。

 絶望の闇に満ちたこの世界では、プリキュアであっても希望を強く持たなければ絶望へと引きずりこまれてしまう。

 特に人一倍、感情の振れ幅が大きいキュアシャインは、些細な不安や悩みがきっかけになりかねない。

 キュアブレイズもそのことを悟ってくれたのか、それ以上の追及はしなかった。

 

「それよりもキュアブレイズ。

 この世界のソルダークは、大気に満ちた絶望の闇を取り込み力に変えることができるの?」

 

「ええ、でも百聞は一見に如かずって言葉が、あなたたちの世界にあるでしょ?

 あなたたちに伝えなかったのはそうゆうことよ。

 別に嫌がらせとかではないわ。

 特にそこにいるキュアスパークは、例え忠告したとしても自分の目で確かめるために突っ込んでいったでしょうし。」

 

「むっ。」

 

 キュアスパークはムッとしながらも反論しない。

 確かにこの悪友の性格を鑑みれば、先に忠告を受けたとしても実際に攻撃が通じない局面に会うまでは戦いに出ていただろう。

 知っていながら敢えて伝えなかったのも納得がいく。自分でもそうしていた。

 しかしこうも思考や行動を的確に見抜いてくる当たり、彼女の洞察力は相当のものだ。

 加えてこちらのことを良く見ていたのだろう。

 キュアシャインは彼女がずっと見守ってくれていたと言っていたが、今になって雛子もそう思えるようになっていた。

 

「グォオオオオオオオ!!」

 

 すると遠くからソルダークの叫び声が聞こえて来た。

 

「いっいまの!」

 

「キュアシャイン、静かに。」

 

 キュアブレイズに呼び止められ、キュアシャインは口元を両手で抑える。可愛い。

 叫び声は2つ、3つと続き、それらは全て別の方向から響き渡る。

 

「世界中の人たちが闇の牢獄に囚われているってことは、」

 

「この世界中にソルダークが蠢いているってことね。」

 

「その通りよ。

 きっとこうして気配を消したとしても、見つかるのは時間の問題。

 いずれは交戦は避けて通れないだろうけど、最低限の力だけを使ってあしらったらまた逃げるわよ。」

 

 攻撃をしても通じない。

 浄化したところで1体2体を消したところでまるで状況は変わらない。

 こちらに今できることは、逃げ出せるだけの隙を作りまた見つからないところに逃げるだけだ。

 これから始まるソルダークとのイタチごっこに一沫の不安を覚えながらも、雛子は決して絶望に飲まれまいと希望を強く持つのだった。

 


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