ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第11話・Bパート

 それぞれが胸に1つの決意を秘めてから1日が経ち、2日目のテストも無事終えることが出来た。

 妖精たちもキュアブレイズとの再会で起きた出来事のショックから立ち上がり、再び彼女を探すために街へと出かけることとなった。

 それからダークネスの襲撃もなければキュアブレイズが見つかることもない、普段と変わらぬ日常が経過して1週間が経過した。

 今日は試験結果の発表日だ。玄関にある全校掲示板に、各学年ごとの順位が張り出される。

 雛子たちは昼食を終えてからその場を訪れると、既に多くの生徒が集まって自分の順位を確かめていた。

 

「さすが雛子、今回もベスト10位をキープね。」

 

 雛子が見つけるよりも先に、隣に立つ愛子が順位を教えてくれた。

 雛子も自分の目で張り出された2年生の順位表を見ると、10位には確かに自分の名前が書いてある。

 よし、と雛子は心の中でガッツポーズを思い描く。

 学力を競うことに真剣になっているわけではないが、勉強が得意と言う自負はあるし、何より好きだ。

 好きこそものの上手になれ。得意なことを伸ばすための努力は惜しまないし、こうして目に見える結果として残るのであれば、より上の成績を取ってみたいと思うのだ。

 その甲斐あってか、この学校に入ってから今のところ学年10位かそれよりも少し下の間をキープできている。

 未だに9位以上まで上り詰めたことはないが、担任の教師にも一目置かれているので、十分に誇れる結果と言えるだろう。

 とは言っても、まだ自分よりも上の成績を持つものが同じ学年に9人もいる。

 2年生全体の生徒数が約160人なので、相対的に見れば少ないのかもしれないが、雛子にとって、9人という数字は決して少なくはないものだ。

 まだまだ現状に満足せず、もっと上を目指してみたい。

 そしていつかは9位以内、いやそれよりももっと上の順を取ってみたいものだ。

 

「ありがとう、愛子。そうゆう愛子はどうだった?」

 

「あはは、私はいつも通り、真ん中よりもちょい下だよ。」

 

「そんな苦笑いしなくても、別に恥ずべき成績じゃないでしょ?」

 

「えへへ、ありがとね。」

 

 彼女よりも順位が上の自分が言っては嫌味に聞こえるかもしれない言葉だが、愛子は素直に称賛と受け取ってくれた。

 そしてそれは雛子の本心である。

 真ん中よりも下、つまり学年の平均点を下回っていると言えば聞こえは悪いかもしれないが、この夢ノ宮中学校における平均点である。

 一般的な公立中学校と比べると学力の水準が高いので、必然的に平均値のハードルも高い位置にあるのだ。

 つまり逆説的な考え方をすれば、愛子は十分勉強のできる子と言うことになる。

 

「そうそう、別に恥ずべき成績じゃないよな。」

 

「その通り、そもそも他人と比べるのが間違い。前の自分よりも良くなっていればいいのさ。」

 

 すると自身の順位を確認し終えた真と要が、立て続けに言い訳を並べてきた。

 

「あなたたちはもう少し頑張りなさい。」

 

 愛子のときとは打って変わって、雛子は呆れながら2人を叱る。

 この2人はいつも通り、仲良く並んで学年下位。

 最下位でこそないものの、一般的な水準で見てもとても楽観視できるレベルではない。

 つまり勉強のできない子だ。

 

「別にウチらのせいじゃないもん。この学校の勉強が難しいのがいけないんだよ。」

 

「そ~だそ~だ。私らは好きでこんな難しい勉強をしたいわけじゃないんだぞ~。」

 

 反省の欠片も全くなければ力もまるで籠っていない抗議に雛子はやれやれと肩をすくめ、愛子は

 呆れ交じりに苦笑する。

 必死で勉強を頑張った末の結果であれば仕方がないと言うものだが、2人とも勉強する気が欠片も感じられない。

 特に要は、親が目を光らせている間は少しは勉強をするがすぐに遊びに逃げるし忘れる。

 以前の勉強会の成果も結局ほとんど見せぬままに終わったはずだ。

 そもそも、要も真も決して勉強が出来ないわけではないのだ、

 要なんかは日頃から頭を使うのが苦手と言っているが、部活動ではその頭をフルに使って、コート上の監督と言われるポイントガードとしての役割をしっかりと果たしている。

 その上味方は勿論、戦った相手の得手不得手も全て記憶しているのだ。

 その的確かつ瞬時の判断力と洞察力を発揮している姿を見ると、とてもじゃないが頭を使うのが苦手とは思えない。

 部活動で発揮される頭の回転の良さと記憶力を少しでも勉強に回すだけでも、今よりも遥かに良い成績を取ることが出来るだろうに、勉強はできないと言う苦手意識と本人のやる気のなさのせいで損をしているだけなのだ。

 

「わああ・・・ひなこちゃんすごいなあ。」

 

 すると要たちと同じく自身の順位を確認し終えた蛍が、人混みの中から小さな体をひょっこりと出してこちらに来た。可愛い。

 

「ありがとう。蛍ちゃんはどうだった?」

 

「わたしなんてぜんぜん。あんなにがんばったのに、平均点しかとれなかったよ。

 順位もちょうどまんなかだった。」

 

「え?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「ふえ?どうしたの?」

 

 だが蛍の思わぬ発言に真と要、そして愛子が一斉に硬直する。

 雛子も僅かに驚き、みんなで蛍の順位を確認した。

 すると彼女の言った通り、ちょうど真ん中の順位に一之瀬 蛍の名前があった。

 何度も言うように、この夢ノ宮中学校は進学校に近いレベルの勉強が行われており、平均点のハードルも一般的な中学校よりも高い。

 つまりこの学校での平均点を取れると言うことは、他校で言えば上の下、所謂優等生のレベルに相当するのだ。

 

「蛍ちゃん、ひょっとして前の学校では成績優秀だったりする?」

 

 愛子が蛍にそう問いかける。

 

「え?えと、まえの学校ではここみたいに順位がはられることがなかったからわかんないかな。

 でも、優秀ってことはないとおもうよ?

 わたしよりも勉強のできるひと、クラスにもたくさんいたはずだよ。

 わたしはいちども表彰されたことなかったもん。」

 

 それはそうだろうと雛子は思う。

 この学校でも試験の成績で教師から表彰されるのは、学年でも3本の指入る成績を収めた人からだ。

 他の学校もそこまでの差異はないと思われる。少なくとも5本の指に入る必要があると思われる。

 そのレベルをして成績優秀と評するのであれば、周りから勉強ができると評価され教師からも一目置かれている雛子ですら凡人の域である。

 

「だから蛍は物差しの置き方が極端なんやて・・・。」

 

「なんで底辺か頂点しか目盛を置けないかなあ・・・。」

 

 要と真が呆れ交じりでそう呟くも蛍は不思議そうに首を傾げるだけだった。可愛い。

 

「蛍ちゃんってひょっとして、私たちの中で一番スペック高いんじゃないかしら?」

 

 愛子の言葉に蛍を除く全員が同意する。

 家事全般を主婦のレベルでこなし、お菓子作りはプロの腕前。その上で学力も人並み以上。

 運動だけは本人の言うように不得手だが、この分だと彼女は運動以外のことはそつなくこなせるのではないだろうかと思えて来た。

 

「おっ、さっすが千歳!今回もナンバーワンの座を譲らないわね!」

 

 すると隣から未来の声が聞こえて来た。

 振り向くと未来と千歳、それからもう1人の少女が並んで掲示板を眺めている。

 手にはお弁当箱を持っており、恐らく学食からここまで来たばかりなのだろう。

 

「・・・。」

 

 だが当の千歳本人は学年1位と言う輝かしい成績を飾ったにも関わらず、一切喜ぶ素振りを見せないどころか、掲示板に書かれた自分の名前を一瞥しただけですぐに視線を反らした。

 

「孤高のクイーンだか何だか知らないけど、感じ悪。」

 

 そんな千歳の仕草に要が毒を吐く。

 その言葉を聞いた千歳は要の方を向き、その鋭い眼で彼女を睨み付ける。

 だがその程度で動じるような要ではない。要も負けじと睨み返す。

 今にも喧嘩に発展しそうな一触即発の空気が両者の間に漂い始め、この場にいる全員がその光景固唾を呑んで見守り、蛍はオロオロし始めた。可愛い。

 

「こら、要。」

 

 とは言え全校生徒の集まるこの場でさすがに喧嘩をさせるわけにもいかず、雛子は要を注意する。

 

「ウチ、陰口叩くの嫌いなん。言いたいことがあるならはっきり言うわ。」

 

「だからと言って本人を前に堂々を悪口を言っていい理由にはならないわ。」

 

 だが要は退こうとしない。

 そもそも彼女がこのような辛辣な言葉を冗談ではなく言うことが珍しかった。

 基本的に来るもの拒まずなスタンスでいる要は、どんな捻くれた性格の持ち主だろうと受け入れる度量の持ち主だ。

 その要がここまで悪辣な態度を取る当たり、先週の一件がどうも響いているらしい。

 最もそれは雛子にも思うところがある。

 わざわざあんな離れの席を取りに来た上に仏頂面で黙々と食事を始めたことから、自分たちの会話の邪魔するのが目的であったことは明白だ。

 だが当然、これまで一言も話したことのない千歳に会話の邪魔をされなければならない理由が分からなかった。

 訳もなく一方的に邪魔をされた上に、蛍を侮蔑する言葉をぶつけたのだから雛子も内心、主に後者が原因で怒り心頭していたものである。

 

「別にあなたみたいな体育バカに何を思われようと気にしないけど。」

 

 すると千歳も負けじと要に辛辣な言葉をぶつけてきた。

 要もムッとなって千歳を再度睨み付ける。

 だがここで雛子は1つの疑問を抱いた。なぜ千歳は要のことを体育バカと呼んだのだろうか?

 確かに要はクラスで一番運動能力抜群だが、それが他のクラスにまで評判が及んでいたのか。それとも未来が話したのか。

 いや、未来と千歳の様子を見る限りではとてもじゃないがそんな世間話を交わせるような間柄には見えない。

 だとすれば彼女は個人で要のことを調べたと言うことになるが、何のために?

 

「あっあの、ケッケンカはダメだからね。かなめちゃん。」

 

 するとオドオドしながら蛍が要を静止する。可愛い。

 要もさすがに蛍に言われては食ってかかれないのか、目つきを僅かに緩めた。

 

「相変わらず腰の引ける子ね。見ていて腹が立つわ。」

 

「え・・・?」

 

 だが彼女の辛辣な言葉がついに蛍にまで向き始めた。

 これはさすがに聞捨て置けず、雛子は眉を潜めて千歳へ踏みよる。

 

「ちょっと、蛍ちゃんにまで当たらなくてもいいでしょ。」

 

「わわっ、ひっひなこちゃん!」

 

 喧嘩になるのを静止するつもりだった雛子自身が千歳に食ってかかったため、このまま言い争いが続くのかと思いきや、千歳はそのまま蛍から目を背けて、教室へと帰っていった。

 

「ったく、何やねんあいつ。」

 

 要が声を荒げてやり場を失った怒りを吐き捨てる。

 

「やっでもさ、要たちって千歳と交流あったっけ?」

 

「はい?」

 

 だが未来からの思わぬ言葉に、要はつい間の抜けた返事をしてしまった。

 

「だってさ、私らなんて何度声をかけても千歳に無視されっぱなしで、さっきみたいに喧嘩にすらなったことがないんだよ?」

 

「さらりと私を混ぜないでくれる?未来が好き勝手にやってるだけじゃない。」

 

 先ほどから未来の隣にいた少女が笑顔のまま反論する。

 名前は確か、相羽 優花(あいば ゆうか)だったか。

 未来のクラスメートであり親友でもある少女で、雛子も何度か話をしたことはある。

 だが、要と同じ部活動に所属している縁から、それなりに親交のある未来と違い、優花は雛子にとって友達の友達の友達と言う、近しいようで遠い人なので、そこまで親しいわけではない。

 ただ優花の性格はよく知っており、常に喋り通しで冗談を良く言う未来の親友と言うだけあり、彼女もまた悪ノリが良くて人をからかうことが好きだ。

 当然、同じ趣味を持つ要とも良く意気投合し、未来も交えた3人でコント紛いのことをやっているのを見たことがある。

 多少歯に衣を着せぬところもあるが、明るくてノリがよくそして人懐っこい子だ。

 そんな彼女でさえ千歳に対しては半ばお手上げのようだ。

 だが未来は無視されながらも千歳に対して友好的な態度を続けているみたいだ。

 

「冷たいこと言うな~優花は。優花だって、本音を言えば放っておけないくせに。」

 

「あそこまでガードが固かったらさすがにお手上げよ。もう何を言っても聞かないって感じじゃない。」

 

「まっだからこそね、びっくりしたのよ。要とは言い争うんだなあって。」

 

「・・・。」

 

 だが要は複雑な表情を浮かべたまま黙り込んでしまった。

 千歳と言い争いができたことを羨ましがられたわけだから無理もない。

 それにしても徹底的に無視を通されているのにまだ千歳に話しかけることを諦めない当たり、未来も大概、お人好しであるようだ。

 類は友を呼ぶと言うが、こんなところまで要とよく似ている。

 

「全く、なんであんな風に人と壁を作っちゃうのかねえ。」

 

 そんな千歳のことをまるで憐れむように、未来は彼女の背に問いかけるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 夢ノ宮中学校から徒歩で約10分ほど離れたところにある住宅街は、アパートやマンション等の共同住宅が一帯に立ち並んでいる。

 そこにある、比較的新築のマンションの302号室に千歳は住んでいた。

 鞄から鍵を取り出してドアを開けて中に入ると、見慣れた赤いハイヒールが既に置かれている。

 そして家に上がりリビングを訪れると、キッチンに1人の女性が立っていた。

 

「あら、お帰りなさい千歳。」

 

「リン子、珍しく早いのね。」

 

 姫野 リン子。立場上は一応、自分の母親に当たる人だ。

 170cm後半と言う自分よりも高い身長に、ウェーブの入った茶髪。

 赤い縁のメガネと赤色のOLスーツを着こなしている。

 女手1つで2人分の生活費と自分の教育費を稼いでいる彼女は、平日はいつも夜遅くまで仕事に出ており、休日だって出勤することが多い。

 そんな、普段は仕事中である時間帯にリン子がいるものだから、千歳は少しばかり驚いている。

 

「娘と2人暮らしなのはわかるけど、いくらなんでも仕事し過ぎだって怒られちゃった。」

 

 リン子は悪びれる様子もなく理由を話す。要するに上司から強制的に帰社命令が下されたようだ。

 

「そう・・・。」

 

 だが自分のために働き詰めの生活を送っているリン子をねぎらうこともなく、千歳は乱暴に鞄を投げ捨てソファの上に寝っ転がった。

 

「あら?今日はいつになく不機嫌ね。試験の結果でも悪かったかしら?」

 

 リン子に茶化すように言われ、千歳はさらに不機嫌になる。

 言われるまでもなく、ここしばらくは不機嫌な出来事が続いていた。

 本来ならば喜ぶべきことであり、自分にとっても望んでいたことだったはずなのに、『あの3人』を見てからと言うもの、自分の内に芽生えた感情を振り払うことが出来なかった。

 それは自分のことでありながら目を背けたいほどの醜い感情であり、抱いてはいけないものだと分かっていてもどうすることも出来ず、その感情に駆られるまま3人に八つ当たりをしてしまった。

 それに対して自責の念を持ちながらも今更取り繕うことも出来ず、今日もまた憂さを晴らすように彼女たちに当たっている。

 段々と醜くなっていく自分が嫌いになりながらも、千歳は自分を抑える術を知らなかった。

 

「うるさいわね。お腹空いてるんだからさっさとご飯にしてよ。」

 

 そして今度はリン子にまで当たってしまう。

 そんな自分がますます嫌になり、千歳は仏頂面のままソファに置かれた枕に顔を埋める。

 

「はいはい、じゃあご飯までに宿題を終わらせておきなさいよ。」

 

 だが千歳の心境を知っているリン子は、怒ることもなく普段通りに接してくれた。

 そんな彼女の優しさに甘えるように、千歳はぶっきらぼうな態度を取り続ける。

 このままではダメだと思いながらも、自分の中に芽生えた感情が本来取るべき正しい行動を否定する。

 それが罪悪感と板挟みになり、千歳は自分の心に整理を付けることが出来ないでいた。

 本当ならあの3人に謝りたい、距離を縮めたいと思っているのに。

 

(私は・・・どうしたいんだろ・・・。)

 

 自分のことなのに自分がわからない。

 そんな曖昧な感覚から目を背けるように、リン子に言われた通り宿題を早く終わらせなければと思うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 リリンは蛍と会うべく、噴水公園を訪れた。

 平日の夕刻を過ぎた時間帯は、丁度学校を終えた蛍が食材を買うために商店街を訪れていることが多いのだ。

 

「あっ、リリンちゃん!」

 

「ほたる。」

 

 リリンの狙い通り、蛍が姿を見せる。

 だが今日のリリンはいつもとは別の用件で彼女に会いたかったのだ。

 

「テストの結果、どうだった?」

 

「えっとね、ちょうどまんなかだったよ。

 あっ、ひなこちゃんはね、学年で10位をとれたんだよ!スゴイよね!」

 

 今日が試験の結果発表日であることは以前から聞いており、自然と話をするためにも記憶しておいた。

 今回だけじゃない。蛍に対して自然と会話を弾ませることが出来るように、彼女の日常におけるスケジュールは全て記憶してあるし。

 だから自分と蛍の会話は、有り触れた日常の中に溶け込めるほど自然な光景となっていった。

 蛍から信頼を得て付け込むと言う作戦は、この上なく成功を収めていると言ってもいい。

 だがそれは同時に、リリンに1つの変化をもたらした。

 

(やっぱり・・・ほたるの隣にいるとなんだか落ち着く・・・。)

 

 自分を掻き乱すキュアシャインへの憎しみ、制御することができない怒り、それらに翻弄され自分を見失っていくことへの困惑。

 それら全てが苛立ちとなってリリンの身を焦がしていた。

 だけど以前、蛍に身を案じてもらった時、身体を焼く炎が鎮火され、自分を掻き乱すざわつきが収まったのだ。

 それ以降、彼女と会い、こうして日常に溶け込む度にリリンは安らぎを得られるようになった。

 その理由も当然わからないが、それはキュアシャインから与えられたものとは違い、分からなくても苛立ちに変わらなかった。

 それにこの際、わからなくてもいい。

 わからなくてもいいから、その安らぎに身を委ねたいと思えた。

 この一時だけリリンは、自分自身を取り戻すことができるような気がするのだから。

 

(まさかこの子にこんな使い道があったなんてね。)

 

 だがあくまでも蛍は自分にとって道具だ。

 その道具に新たな活用方法が見つかっただけのこと。

 ならばそれを有効に活用させてもらおう。

 キュアシャインの正体を暴き彼女を自分の手で堕とす、その悲願を達成するために。

 

「ほたる。」

 

「なに?」

 

 だからこれは彼女を利用するための詭弁だ。

 彼女の恩人、リリンとして自然に振る舞うための言葉に過ぎないのだ。

 

「今日のほたる、ちょっと元気がないけど、なにかあったの?」

 

「え・・・?」

 

「良ければ聞かせて、だってあたしたち。」

 

 それなのにその言葉は、自分でも気が付かないくらい自然と口から零れた。

 

「トモダチでしょ?」

 

「っ・・・。」

 

 蛍の笑顔は飽きるほど見てきた。だから分かったのだ。今日の彼女の笑顔には陰りがあると。

 そして人間が笑顔を曇らせるのは、何か悩みを抱えている兆しだ。

 だが自分の発したトモダチと言う言葉に、蛍は驚いて目を見開く。

 思えばお互いに友達であると言ったことはなかったか。

 それでも自分たちはこうして時間さえ合えばこの場所に集まり、2人並んでベンチに座りお喋りする姿は、通りすがる人たちから何ら疑問を抱かないほど、有り触れた日常の光景に埋もれている。

 何より蛍は言ってくれた。自分のことを『大切な人』だって。

 であれば、蛍は自分のことを『友達』として受け入れてくれるはずだ。

 

「うっうん!もちろんだよ!」

 

 すると蛍の顔を覆っていた雲が消え、声を弾ませながら肯定する。

 またしても蛍は自分の思い通りに動いてくれた。

 だが彼女の姿がまた、リリンに安らぎを与えていった。

 

「えっとね、おなじ学校の子がね・・・。」

 

 だから友達として振る舞い、蛍の悩みを聞くのだ。

 この子の側にいれば自分は安らぐことができる。

 ダークネスが行動隊長リリスとしてあり続けるため、この子のことを手放すわけにはいかなくなった。

 リリンはもう、その居心地の良さを忘れることが出来なくなっていった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 地上へ降りたグリモアは、物陰からリリンと蛍の会話を覗き見していた。

 やがて蛍はベンチから立ち、リリンに手を振って商店街の方へと向かった。

 どうやら別れたらしく、そのタイミングを見計らってグリモアはリリンへと歩み寄る。

 

「お喋りは終わったかい?」

 

「グリモア、一体何のようかしら?」

 

 お互いに視線を合わせないように、他人のフリをしながら会話する。

 リリンは先ほどまでとは打って変わって、不機嫌な声色で答えた。

 周囲の人間たちに会話が聞こえないよう声を低くしているのだが、それを差し引いても機嫌が悪さは隠しきれていない。

 一応、以前伝えた人間の名前で呼んでもらっているようだが、これは好意の印何かではない。

 プリキュアの正体が分からない以上は、変身前の彼女たちがどこにいるかも分からない。

 今この場でプリキュアが目の前を通り過ぎている可能性もあるのだから、迂闊に怪人態のときの名前で呼ぶわけにはいかないのを承知なのだろう。

 あの脳筋バカ(サブナック)と違って、リリンはその辺りの気転が効く子だ。

 

「別に、随分と仲良くそうにお喋りをしているんだねって思ってさ。

 ひょっとして楽しんでいるのかい?」

 

「っ、楽しむ?バカなこと言わないで。そんな感情、あたしが持っているわけないでしょ。」

 

 如何にも行動隊長らしい答えだが、ひと時の間があったことをグリモアは見逃さなかった。

 やはりリリンは、彼女に対して何か思うところがあるようだ。

 それを確かめるように、グリモアはリリンに話を振った。

 

「蛍と言ったかな、さっきの子。」

 

「え・・・?」

 

 自分が先ほどいた少女の名前を知っていたことに、リリンは目を見開きこちらを振り向く。

 その目からは驚き、疑惑、そしてどこか、妬みが混じっているように見えた。

 そんなリリンの様子をグリモアは興味深そうに観察する。

 驚きと疑惑はまだ理解できたが、妬みまで読み取れるとは思わなかった。

 自分以外の人物が蛍の名を知ることがそんなに気に入らないと見える。

 となればこの言葉を投げれば、彼女はどんな反応を見せるか。

 

「前に君たちの会話を偶然聞いてしまってさ。あの子、なかなか興味深い絶望を持っているね。」

 

「っ!?あの子になにをする気!!?」

 

 だがリリンが声を荒げて反応してきたので、周囲の人々の視線が一気にこちらに注目される。

 幸いにも名前を呼ばれた本人の姿は既に商店街の方へと消えていたが、声を荒げて周囲から注目を受けるなど、行動隊長あるまじき失態である。

 さすがのグリモアも想定外すぎる彼女の言動に驚きを隠せずにいた。

 

「・・・あの子になにかを期待してもムダよ。希望も絶望も不安定すぎるもの。

 一時は強い力を持つソルダークを創り出せるけど、あっという間に使い物にならなくなるわ。」

 

 さすがに注目を受けたことでバツが悪くなったのか、周りに聞こえないよう小声でいつもより早口でリリンは答える。

 

「随分と詳しいじゃないか?」

 

「当然でしょ。あたしがこの世界で初めて創ったソルダークは、あの子の絶望から創り出したものなのよ。」

 

 そう言えば蛍を情報収集の対象として選別したのも、ソルダークを創る素材を生み出す際に見つけた素材だったからと言っていたか。

 一度敗北したソルダークと同じ絶望を使ったところで、また倒されることは目に見えていると伝えたいのだろうが、それだけの理由で声を荒げたりはしないだろう。

 先ほどの態度は、蛍のことを『想って』怒ったようにしか見えなかった。

 

「・・・まっそうゆうことにしておいてやるよ。」

 

 だがこれ以上言及したところで何も出て来そうにはなく、周囲からの視線は依然と外されていないままなので、グリモアは自ら話題を切り上げる。

 傍から見れば年端もいかない少女が成年男子を相手に睨み付けている構図なので、このままでは自分に良からぬ評判が付きまとってしまいそうだ。

 この世界の人間たちからの対外的な評価なんて気にする必要はないが、人間の姿での活動に支障が出る可能性もゼロではない。

 リリンほどではないにせよ、自分もこの姿でよく活動する身だ。これ以上の注目を受けるのは得策ではない。

 グリモアは右手を上に伸ばしてスナップし、その姿をダンタリアへと変える。

 それと同時にリリンは姿を眩ました。

 

「ターンオーバー、希望から絶望へ。」

 

 そして突如現れた怪人の姿が周囲の人間たちに記憶される前に、闇の牢獄を展開して追い払うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍の全身に悪寒が走ったのは、スーパーで買い物をしている最中だった。

 

「っ!?やみのろうごく!?」

 

 まだ商品の入っていない買い物かごをその場に置き、蛍は両手を胸に置く。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

 そしてシャインパクトを具現させ、キュアシャインへと変身した。

 

「世界を照らす、希望の光!キュアシャイン!」

 

 変身を終えた蛍がそのままスーパーを出ると、こちらの力を感じ取ったのか、チェリーたち3人の妖精がこちらに駆けつけて来た。

 

「キュアシャイン!」

 

「チェリーちゃん。」

 

「あっちから闇の波動を感じるわ。

 でも学校の方からキュアスパークとキュアプリズムの波動も感じたし、2人が来るまで待ちましょう。」

 

「わかった。」

 

 蛍は逸る気持ちを抑えて2人の到着を待つ。

 今日の戦いで蛍は一週間前から胸に秘めた、ある『決意』を実行するのだ。

 それはまたチェリーたちを心配させてしまうだろうし、無事に成し遂げられてもチェリーに怒られてしまうだろう。

 それでも蛍は譲るつもりは無かった。

 

「キュアシャイン!」

 

「キュアスパーク、キュアプリズム。」

 

 そして程なくして2人が合流し、3人は妖精たちと共に絶望の闇がする方へと向かっていった。

 

 

 

 

 蛍たちが絶望の闇がする方へ駆け寄ると、そこにはダンタリアの姿があった。

 右掌には黒い球体が浮いており、既に誰かを絶望させた後のようだ。

 

「来たね、プリキュア達。

 ダークネスが行動隊長、ダンタリアの名に置いて命ずる。

 ソルダークよ、世界に闇を撒き散らせ。」

 

 黒い球体が巨人の形を成し、産声とともにソルダークが誕生する。

 

 キュアスパークとキュアプリズムは以前の戦いを思い出してか、いつも以上に緊張した面立ちでソルダークと睨みあう。

 だが蛍はそんな2人よりも一歩先に立ち、2人の前に躍り出た。

 

「キュアシャイン?」

 

 キュアスパークが怪訝そうに声をかけると、蛍は2人に自分の決断を話した。

 

「ふたりともお願いがあるの。あのソルダークは、わたしひとりでたたかわせて!」

 

「なっ!?」

 

「キュアシャイン!あなた、何を言っているの!?」

 

 蛍の言葉にキュアスパークは驚き、普段自分に優しく声をかけてくれるキュアプリズムでさえ、厳しい口調で問いただす。

 そんな2人に萎縮しそうになる気持ちを振り払おうと、キュアシャインはさらに一歩前に出る。

 

「おねがい!わたしひとりでたたかいたいの!!」

 

「そんなのダメに決まっているでしょう!

 この前の戦いを忘れたの!?いくらなんでも危険過ぎるわ!」

 

「ガアアアアアアアアアッ!!」

 

 だが注意を重ねるキュアプリズムを無視するかのように、ソルダークが雄叫びをあげてこちらへ向かってきた。

 もう2人に理由を話している暇もなかった。

 蛍はソルダークを迎え撃つべく、地を強く踏み高く跳躍した。

 

「キュアシャイン!」

 

 尚も蛍を止めようとするキュアプリズムを、キュアスパークが制する。

 蛍は心の中でお礼と謝罪を言い、ソルダークへと1人で立ち向かっていった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 キュアブレイズは遠目からキュアシャインたちの戦いを眺めていた。

 だがすぐに今回の戦いがおかしなことに気が付く。

 

「あの子・・・何で1人で?」

 

 キュアシャインがたった1人でソルダークを相手に立ち向かっている。

 あのソルダークの力が大したことがないのであればまだわかるが、これまでの戦いを見る限り、ダンタリアと言う行動隊長が創るソルダークは強力な個体ばかりだった。

 恐らくは前もって、強力なソルダークを生み出す人をリサーチしているのだろう。

 未だに希望の光の使い方すらわからないキュアシャインでは勝てる見込みがない。

 そのくらいのこと、キュアスパークとキュアプリズムでもわかるはずなのに、2人は一向にキュアシャインを助けようとせず、ダンタリアと交戦していた。

 だがダンタリアは積極的に戦う姿勢を見せず、迫るキュアスパークの攻撃を回避することに専念していた。

 このままキュアシャインが1人でソルダークと戦うのであれば、戦いを長引かせるだけで、いずれキュアシャインはソルダークに敗れると睨んでいるに違いない。

 キュアシャイン1人を確実に打ち倒す策に出ているのだろう。

 

「どうして助けないの・・・?あなたたちは仲間じゃ、友達じゃないの?」

 

 キュアブレイズは遠くにいる2人に届かない質問を口にする。

 あの2人がキュアシャインのことを見捨てているはずがない、心配でないはずがない。

 いつもキュアシャインのことを妹のように可愛がっていたはずだ。

 多少過保護に映るほど、キュアシャインのことを大切に思っているはずだ。

 それを証明するかのように、キュアプリズムはキュアシャインが攻撃を受ける度に振り向き、悲痛な表情を浮かべている。

 一見ダンタリアとの戦いに専念しているように見えるキュアスパークの表情にも焦りがみえる。

 それなのに2人は敢えてキュアシャインを1人で戦わせているのだ。

 だが何のために?

 

「どうして・・・?」

 

 かつて自分が言った『足手まとい』と言う言葉を気にしているのだろうか?

 だとすればこの状況を招いてしまったのは自分なのだろうか?

 そんな罪悪感さえ覚えてしまうほど、キュアブレイズは今の状況に焦りを覚える。

 このまま助けもなく、キュアシャイン1人で戦い続ける状況が続けば、彼女は・・・。

 そしてソルダークによる一方的な暴力が終わり、倒れ伏すキュアシャインにトドメを刺そうと拳を振り上げた。

 キュアプリズムは眼に涙を浮かべ、キュアスパークもついに救援へ向かおうとするが、ダンタリアが妨害する。

 もう、居ても立っても居られなくなった。

 キュアブレイズは手のひらに炎を宿し、全速力でキュアシャインの元へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍に目掛けてソルダークの巨大な拳が振り降ろされようとした直前、その間を炎の壁が遮った。

 その炎を見た瞬間、蛍は安堵する。

 直後、ソルダークの巨体を蹴り飛ばすキュアブレイズの姿が横切った。

 彼女はそのままこちらに駆け寄り、傷ついた自分の体を起こしてくれた。

 

「あなた、何を考えてるのよ!?弱いくせに1人でソルダークに立ち向かうなんて!!」

 

 いつもの冷静な態度ではなく、キュアブレイズは声を荒げて自分を叱った。

 だが叱られているに、蛍はそんなキュアブレイズの姿を見て微笑んだ。

 なぜなら叱ってくれたと言うことは、自分のことを心配してくれたと言う裏返しだからだ。

 目の前に映るキュアブレイズが、チェリーたちが慕う彼女の本当の姿なのだろう。

 

「・・・よかった・・・やっぱり、きてくれた・・・。」

 

「え・・・?」

 

 自分の突然の告白に、キュアブレイズは驚きの表情を浮かべる。

 

「わたし、どうしても、あなたとおはなしがしたかったの・・・。

 でもあなたのいる場所は、わたしたちにはわからないから、どうやったらあなたにあえるのかを、ずっとかんがえてて・・・。」

 

 そんな蛍の言葉を遮るようにソルダークが雄叫びをあげてこちらに向かってきたが、キュアスパークがそれを阻害してくれた。

 蛍は一呼吸を置いてから続きを話す。

 

「それでね・・・おもったんだ・・・。わたしがピンチになったら・・・きっとあなたは、たすけにきてくれるんじゃないかって・・・。」

 

「何を・・・言って?」

 

「だってあなた、ずっとわたしたちのたたかいを、みまもってくれてたんでしょ・・・?」

 

「っ!?」

 

 キュアブレイズが息を飲む。

 その彼女の仕草を、蛍は肯定として受け取る。

 以前の戦いでキュアブレイズが助けに来てくれた時、蛍はそれを偶然とは思わなかった。

 初めてリリスと交戦した時も、戦いが終わった後すぐに姿を見せていた。

 きっと彼女は、これまでずっと自分たちの戦いを遠くから見守ってくれていたのだ。

 自分たちの力だけでは敵わない敵が現れたとき、力を貸してくれるために。

 

「いつでもわたしたちのことをたすけられるように・・・ずっとみていてくれたんだよね・・・?

 ごめんなさい・・・そんなあなたのやさしさを利用して・・・。」

 

 蛍は素直に謝罪する。

 彼女の良心を利用しておびき寄せる真似をしたのは、謝って許してもらえるものではない。

 だが、そうしてでも蛍はキュアブレイズと会いたかったのだ。

 するとキュアブレイズが自分の体を降ろそうとした。

 蛍は彼女の左手を掴み、弱々しくその手を握る。

 

「キュアブレイズ・・・まだ・・・あなたとおはなししたいことがあるの・・・。

 それまではこの手・・・はなさないからね・・・。」

 

 また行方を眩まそうとしたのか、ソルダークとの戦いに参戦しようとしたのかはわからない。

 それでもまだ彼女の手を離すわけにはいかなかった。

 この戦いが終わった後に、彼女に伝えたいことがあるから。

 するとキュアブレイズは自分の手を優しく手放し、自分の背と膝の裏に手を回して体を抱き上げた。

 

「ふわ・・・。」

 

 所謂お姫様抱っこされた蛍は、思わず近くにきたキュアブレイズの横顔を見る。

 その鋭く射貫くような目つきは最初は怖かったが、こうして間近で見ると、まるで童話の王子様のようにカッコよく頼もしくも見えた。

 本物のお姫様相手に王子様、何て感想を抱いてしまうのも失礼な話だが、この状況では彼女は間違いなく窮地に駆けつけてくれる白馬の王子さまであり、そんな王子様のようにカッコイイキュアブレイズに、言葉通りお姫様抱っこされていることを自覚した蛍は思わず頬を赤く染める。

 そう言えば、要が初めてキュアスパークに変身したときも彼女にお姫様抱っこをされたことがあった。

 あの時は直接『お姫様』と呼ばれたので、今よりも恥ずかしかった記憶がある。

 と、そんなことを考えている内にキュアブレイズが自分を抱きかかえている状態で臨戦態勢へと入った。

 周囲に複数の火球を出現させてから、勢いよく地面を蹴って跳躍する。

 そしてキュアスパークと交戦中のソルダークに火球を飛ばす。

 さながら流星群のように降りかかる火球はソルダークに次々と直撃し、ソルダークは苦悶の雄叫びをあげる。

 

「まさか君をおびき寄せるための策だったとはね。存外甘いな、キュアブレイズ。」

 

 するとキュアブレイズの元へダンタリアが飛び立ってきた。

 猛禽類のように鋭い足の爪をキュアブレイズに目掛けて立てるが、キュアブレイズは前方に渦巻く炎の円盤を盾のように出現させた。

 ダンタリアは寸でのところで宙返りをして足を引っ込め、今度は闇のエネルギーを圧縮させた小さな球体を投げつける。

 だがキュアブレイズの前方に展開された炎の円盤が、中心の渦の中に球体を吸い込みそのまま爆発した。

 そして爆炎を目くらましとして、ダンタリアの元へ距離を詰め、背を向けて回し蹴りを繰り出す。

 その姿勢は抱きかかえている自分の身を守ってくれるかのようだった。

 

「ちっ。」

 

 キュアブレイズの蹴りをガードしたダンタリアは距離を置く。

 自分を抱きかかえて両腕が塞がっている状態にも関わらず、希望の光から成る炎を巧みに操り、隙のない体術で攻め立てる彼女は、まるでハンディを感じさせない。

 これが頼れる仲間がいず、たった1人で戦い続けて来たキュアブレイズの強さなのだと肌で感じた蛍は、同時にそれが少し虚しくも思えた。

 

「プリキュア!プリズミック・リフレクション!」

 

 そしてキュアブレイズがダンタリアと交戦している内に、ソルダークの方も決着がついたようだ。

 キュアプリズムが浄化技を放ち、ソルダークを水晶の中へと閉じ込める。

 

「ガアアアアアアアアッ!!」

 

 そしてソルダークは断末魔をあげ、水晶とともに砕け散った。

 

「ふっ、キュアブレイズも本格的に参戦すると言うわけか。」

 

 そしてソルダークの消滅を確認したダンタリアは、その場から姿を消すのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 ダークネスとの戦いを無事に終えた要はホッと胸を撫で下ろす。

 キュアシャインから1人でソルダークと戦うと言ったときはどうしたものかと思ったが、まさかキュアブレイズを呼ぶための作戦だったとは。

 これまでの戦いから、キュアシャインは考えなしに無鉄砲なことをする子ではないことはわかっていたので、彼女を止めずにその策に乗ったが、それでも随分と肝を冷やしたものだ。

 キュアブレイズが必ず助けに来てくれると信じていたからこそ出来たことはいえ、相も変わらず無茶をする子である。

 オマケに一度決めたことは曲げない妙に頑固なところもある彼女のことだ。

 仮に自分がキュアプリズムと一緒に止めに入ったとしても、1人で突っ走っていたことだろう。

 帰ったらまたチェリーから大目玉を食らうのだろうなと考えていると、キュアブレイズがキュアシャインを抱えたままこちらに降り立った。

 そしてキュアプリズムの方へキュアシャインを差し出す。

 

「ありがとう、キュアブレイズ。」

 

 キュアプリズムがお礼を言い、キュアシャインを受け取る。

 だがキュアシャインはキュアブレイズから手を離そうとしなかった。

 

「・・・大丈夫よ。どこにも行ったりはしないわ。」

 

 そんなキュアシャインに困惑しながら、キュアブレイズは険しい表情のまま、だがこれまで聞いたことのない穏やかな声で彼女を諭す。

 その言葉を聞いてキュアシャインも安心したのかその手を離し、キュアプリズムに抱きかかえられたままキュアブレイズに話しかける。

 

「キュアブレイズ・・・えとね・・・いままでなんどもたすけてくれてありがとう。

 わたし、ずっとあなたにお礼が言いたかったの・・・。」

 

「そう・・・。」

 

「ずっとひとりでたたかってきて、このせかいにきても、ひとりでダークネスとたたかって。

 それなのにわたしはこんなによわくて、あなたのちからになれなくて・・・ごめんなさい。」

 

 キュアシャインのお礼に生返事で返したキュアブレイズだが、続く言葉に陰りを見せた。

 

「でもわたし、ずっとかんがえてたの。あなたのちからになりたくて、あなたをたすけるには

 どうしたらいいかって・・・。

 そしたらね、おもいだしたんだ。プリキュアの伝説を。」

 

「え?」

 

「4つのひかりがつどいしとき、おおいなる奇跡がおとずれん。

 わたし、この伝説をしんじてみたいとおもう。」

 

 そしてキュアシャインは一呼吸おき、真っ直ぐキュアブレイズの顔を見た。

 

「だからキュアブレイズ、いっしょに、フェアリーキングダムをたすけにいこう。」

 

「なっ・・・。」

 

 突然のキュアシャインの呼びかけに、キュアブレイズは言葉を失う。

 だがキュアプリズムも妖精たちも、そして自分も、キュアシャインがフェアリーキングダムを救いに行こうと考えていたのを初めて聞いたにも関わらず、一切の驚きを見せなかった。

 強いて驚いたことがあるとすれば、彼女も自分と同じ決意を胸に秘めていたことだ。

 そしてキュアプリズムもきっと、自分たちと同じ思いなのだろう。

 

「あなた・・・突然何を言い出すの!?」

 

 この場にいる4人のプリキュアで、フェアリーキングダムを闇の世界から救い出す。

 その言葉の意味を理解したキュアブレイズが声を荒げて反論した。

 一方でキュアプリズムも自分も一切の反論をしない。

 キュアシャインは自分たちの顔を交互に伺ってきたので、目だけで合図すると、彼女は一瞬嬉しそうに微笑み、再びキュアブレイズの方を向く。

 

「わたしがあなたにできるおんがえしって、これくらいしかないから。

 あなたはわたしをたすけてくれて、今日もこのまえも、はじめてあったときも、このせかいを守るためにダークネスとたたかってくれた。

 だからわたしは、あなたのせかいをたすけるために、たたかいたいの。」

 

「ふざけないで!あなたみたいな弱い人に、私の世界の何を救えると言うの!?

 だいたい、あなたたちなんて私の仲間でもなんでもない!

 前に言ったでしょ!私はこれまで通り1人で戦うのよ!フェアリーキングダムだって、いずれは私1人で・・・。」

 

「キュアブレイズ!意地を張らないで!!」

 

 チェリーの叫び声がキュアブレイズの言葉を中断させる。

 チェリーは目に涙を浮かべながら、怒った表情を浮かべてキュアブレイズへと詰め寄る。

 

「チェリー?」

 

「フェアリーキングダムを救うことがあなたの望みじゃなかったの!?

 そんなあなたにみんなが協力してくれるって言ってるのに、どうしてムキになって手を払おうとするのよ!!?」

 

「私は・・・別に・・・。」

 

 徐々に言葉に詰まるキュアブレイズを見て、要は自分の憶測が当たっていることを確信した。

 この言葉を伝えるべきかどうかを悩んだが、すぐに止める。

 ここで彼女の機嫌を伺って遠慮するようではいつまで経っても変わらないのだ。

 思うままの自分の気持ちを全て彼女にぶつけるしかない。

 だから要は心を鬼にして、キュアブレイズの核心を突く言葉をぶつけた。

 

「そんなに妬ましいか?ウチらの世界に3人のプリキュアが誕生したことが。」

 

「え・・・?」

 

 最初に虚を突かれた表情を見せたのは蛍だった。

 力が足りていないせいで拒絶されてきたと思っていただけに、言葉の意味を理解するまで時間がかかったようだ。

 続いてチェリーとレモンも言葉を失い表情を硬くした。

 彼女たちにとっても、想定外な答えだったのだろう。

 一方でキュアプリズムとベリィは悲しそうな表情で目を伏せる。

 そして最後にキュアブレイズは、

 

「ちっ違うわ・・・。そんなわけないでしょ!バカなこと言わないで!!」

 

 今にも泣きそうな声で叫びながら反論した。

 要はその反応を図星と受け取る。

 

「違わない。

 フェアリーキングダムではあんたしかプリキュアになれんかったのに、この世界でウチら3人がプリキュアになれたのを妬んでんやろ?

 フェアリーキングダムで誕生してくれたら、故郷を失うことはなかったって、そう思ってるんやろ?」

 

「違うわ!私は!!」

 

 まるで自分の本心を誤魔化すように声を荒げるキュアブレイズを見て要も心を痛める。

 今自分の言っていることが、どれだけ彼女の心を深く抉っているのかわかっているつもりだ。

 だからこそ要は、表情を和らげて言葉を続ける。

 

「わかるよ、その気持ち。」

 

「え・・・?」

 

「だって、ウチがあんたの立場だったら、絶対に同じこと思うもん。」

 

 故郷に伝わる伝説を信じて、いつか自分と共に戦ってくれる仲間が現れることを信じて、ずっと孤独な戦いに身を投じてきたのに、結局、仲間は現れずに故郷を失った。

 そして恐らくは偶然流れ着いたこの地で、3人のプリキュアが覚醒したのだ。

 それは自分たちに知らず内に、故郷を救うことの出来なかったキュアブレイズへの見せしめとなってしまったのだろう。

 もしも自分が同じ立場だったらと思うと、考えただけで虚しくなるし腹立たしくなる。

 そんな状況を妬まずに、好意的に受け入れられる自信なんてない。

 それが出来るのは怒る感情を一切知らない狂った聖人君子か、世を儚む必要すらなくなった世捨て人くらいだろう。

 まして彼女はベリィの話を聞く限りでは自分たちと同じくらいの歳なのだ。

 この世界に住んでいるならば中学生、自分で言うのもなんだが、まだ親の庇護からも離れられない子どもだ。

 そんな歳の少女が故郷を失い、見知らぬ土地で生き抜き、故郷と同じ状況に見舞われたこの世界で、自分が望んでいたことが現実になったのだ。

 自分たちのことが受け入れられないくらい、心に整理がつかないのも当然のことだ。

 そうではないかと思い、今キュアブレイズの反応を見て確信した要は、もうキュアブレイズへ抱いた怒りなどどこにもなくなっていた。

 代わりに芽生えたのは、彼女の助けになりたいと言う気持ちだ。

 そこに細かな理屈なんてない。彼女が困っているから助けたいと言うシンプルな思いだけだった。

 

「わかった風な口を利かないでよ!あなたなんかに何が・・・。」

 

「わかるよ、ウチにはわかる。だからあんたのこと、助けたいって思ったの。

 それに、あんたの気持ちがわかるのは、何もウチだけやない。」

 

 そう言いながら要は、ベリィの方へ視線を向ける。

 

「ベリィ・・・?」

 

「キュアブレイズ、君はキュアスパークたちのことが妬ましくて、それを妬んでしまった自分が嫌で、ずっと俺たちを避けていたんだな。」

 

「・・・。」

 

 さすがに自分よりも付き合いが長く、年齢的には年上に当たるベリィに諭されて、キュアブレイズは沈黙してしまった。

 

「不思議とね、そんなところが君らしいって思えたんだ。

 君が彼女たちに怒るのも妬むのも、全てはフェアリーキングダムを守れなかった自責の念から来るものなのだろうからね。

 それは裏を返せば、君がそれほどまでに故郷を愛していたってことだ。

 故郷を愛するがゆえに、守れなかったことが悔しくて、故郷を守るために望んだ力が、この世界に現れたことが許せなかった。

 必要以上にキュアシャインに当たってしまったのも、彼女がそんな力を扱えなかったからだろう?」

 

 ベリィの言葉に、キュアブレイズは徐々に沈んだ表情を浮かべていった。

 そんな彼女に、ベリィはまるで兄が自分にしてくれた時のような、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「でももう、そんな風に自分を責めるのも周囲を妬むのは止めよう。

 君の願いも苦しみも、全てを理解して受け止めてくれる人たちが、こんなにもいるんだから。」

 

 その言葉にキュアブレイズは顔をあげ、自分とキュアプリズム、キュアシャイン、そして妖精たちの顔を1人ずつ見ていく。

 それでも尚彼女は晴れない表情のまま、自分たちから目を反らした。

 

「でも・・・どうしてそんな私なんかのために・・・。」

 

 キュアブレイズが口にした疑問は、これまで辛く当たってしまったことへの懺悔のように聞こえた。

 そんな彼女にキュアプリズムが答える。

 

「あなただけを助けるためではないわ。」

 

 言いながらキュアプリズムはレモンへと視線を向ける。

 レモンはキュアブレイズの元へ歩み寄りながら、彼女に話しかけた。

 

「レモンね、キュアプリズムと約束したんだ。

 いつか風車小屋がある丘の上で、一緒に本を読んでお昼寝しようって。」

 

「レモン・・・。」

 

「ねえキュアブレイズ、その時はキュアブレイズも一緒にいこっ?

 レモンね、もう一度あの丘の上で、キュアブレイズと一緒に遊びたいんだ。」

 

 レモンの邪気のない言葉に、キュアブレイズは目を潤ませながら俯く。

 

「キュアブレイズ、故郷を大切に思っているのは、あなただけじゃないのよ?

 レモンちゃんも、チェリーちゃんも、ベリィさんも、きっとアップルさんも、

 みんなずっとあなたと同じ思いを抱えて来たんだから。」

 

 妖精たちにとってもフェアリーキングダムは大切な故郷だ。

 彼女たちも、故郷をダークネスから取り戻したいとずっと願ってきた。

 そんな妖精たちの思いに気が付くことが出来なかったのか、あるいは心を閉ざす余り、目を背けてしまっていたのかは分からないが、俯くキュアブレイズの表情からは、妖精たちへの懺悔の色が見て取れた。

 そして最後にチェリーがキュアブレイズの説得を試みる。

 

「ねえ、キュアブレイズ。

 もう誰もあなたのことを怒っていない、あなたの力になりたいって思っているわ。

 だから、もう意地を張るのを止めよ?

 みんなで、フェアリーキングダムを取り戻しに行こうよ?

 キュアシャインだって言ってたでしょ?

 4つの光が集えば、大いなる奇跡が起きるって。」

 

 その口調は意地っ張りな子どもを優しく諭すかのように穏やかで温かみに満ちていた。

 

「キュアブレイズ。」

 

「キュアブレイズ、お願い。」

 

 そしてベリィとレモンもチェリーに続く。

 この半年の間、ずっとキュアブレイズのことを案じて探し続けてきた3人は、これまでの思いを伝えるようにキュアブレイズに強く願いかける。

 

「・・・わかったわ。」

 

 そして3人の思いが通じたのか、キュアブレイズはゆっくりと顔をあげて了承するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 次回予告

 

「キュアブレイズ、チェリーちゃん、ベリィさん、レモンちゃん、そしてアップルさん。

 みんなの故郷を救うために、」

 

「行こう、フェアリーキングダムへ。」

 

「4つの光が集いし時、大いなる奇跡が訪れん。その伝説を信じて、私たちは戦う!」

 

 次回!ホープライトプリキュア第12話!

 

「友達のために!旅立て!フェアリーキングダムへ!」

 

 希望を胸に、がんばれ!わたし!

 


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