ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第11話・Aパート

仲間になれない!?プリキュアの苦悩と1つの決意!

 

 

 

サブナックとソルダークの挟撃に、かつてない窮地に立たされた蛍たちは、絶体絶命のところでキュアブレイズによって助けられた。

だがキュアブレイズは蛍たちのみならず、妖精たちに対しても冷徹な言葉をぶつけ、この場を飛び去って行った。

これまで必死にキュアブレイズの居場所を探し続けてきたチェリーたちは、胸にも深い傷を負ってしまう。

特にレモンの受けたショックは大きく、蛍たちは変身を解いた後も、レモンが落ち着くまで今いる場所を離れるわけにはいかなかった。

 

「蛍ちゃん、あなたも大丈夫?」

 

しばらくしてレモンが落ち着きを取り戻すと、雛子が蛍の身を案ずる言葉をかけてきた。

 

「ありがとう。わたしは、もうだいじょうぶだよ。」

 

その言葉に嘘はないが、蛍自身も先ほどまではとても大丈夫と言える状態ではなかった。

元々ソルダークとの戦いで自分の無力さを改めて痛感し、泣きたい思いを堪えて戦っていたところに彼女の言葉が胸に突き刺さったのだ。

後になって、チェリーたちの方がよっぽどショックな出来事に苛まれたので、相対的に冷静になることができたが、もしもレモンが泣きださなかったら、あるいは要と雛子の言葉がなければ、堪えきれずに泣いていたかもしれない。

とは言え、楽観視できるわけではない。自分に対しての言葉は少なくとも事実なのだ。

プリキュアとして戦い始めてから1か月近くが経とうとしているのに、自分だけがまだ希望の光の扱い方を知らないでいる。

キュアブレイズの言うように、もしも自分が力の使い方について熟知していれば、先の窮地も彼女の手を借りずに切り抜けることができただろう。

だがそのことについて反省するよりも、今は妖精たちにすら冷徹な態度を取るほどに、変わってしまったキュアブレイズのことが気がかりだった。

 

(いったいどうしちゃったんだろ・・・。

あのときチェリーちゃんにわたしと一緒にいていいって言ったのはキュアブレイズなのに・・・。)

 

1か月前、チェリーが自分のパートナーになると宣言した時、キュアブレイズはチェリーの言葉を尊重し、彼女の背中を押ししてくれた。

それなのに今は、自分たちと一緒にいるなら仲間とは思わないと言う。

それに蛍は見たのだ。レモンを一瞥した時のキュアブレイズが一瞬、憂いを帯びた表情をしたところを。

今日のキュアブレイズの言動は、何もかもが腑に落ちない。

そう思った時、

 

「ごめんなさいね、キュアブレイズが冷たいことを言ってしまって。」

 

「え?」

 

突然女性の声が聞こえた。

それもキュアブレイズの名前が言葉に出てきており、蛍たちは慌てて声のする方へと振り向いた。

するとそこには、赤色のぬいぐるみが宙を浮いていた。

大きさ20cmほどの、猫の形をしたぬいぐるみだ。

チェリーたちと長らく共に過ごした蛍は、そのぬいぐるみが妖精であることにすぐに気が付いた。

同時に1人の名前が思い浮かんだ。未だに姿を見たことのない4人目の妖精の名前を。

 

「久しぶり、みんな。」

 

「あっ・・・アップルさん!」

 

チェリーが大声で名前を呼ぶ。

蛍の思った通り、目の前にいるのはキュアブレイズのパートナーである妖精、アップルだった。

 

「アップルさん、無事だったんだね。」

 

「うわ~ん!アップルさん、会いたかったよ~!」

 

彼女の姿を見たベリィは安堵し、レモンは泣きながら彼女に飛び付いた。

 

「チェリー、ベリィ、レモン。心配してくれてありがとう。私はこの通り大丈夫よ。

それと初めまして、ホープライトプリキュアの皆さん。

私の名前はアップル。

あなた達の言葉を借りれば、あの子のパートナーってことになるかしら?」

 

アップルがこちらに向き直り、改めて挨拶をする。

蛍も反射的に背筋を正し、正面を向いて挨拶する。

 

「はっはじめまして!キュアシャインの、いちのせ ほたるっていいます!」

 

初対面の相手故、緊張で声が上ずってしまったが、何とか挨拶することができた。

 

「キュアスパーク、森久保 要です。」

 

「キュアプリズムの藤田 雛子と言います。」

 

自分に続き、要と雛子もそれぞれ挨拶をする。

だがしっかりとした挨拶をする雛子とは対照的に、要は不機嫌な表情でぶっきらぼうに言った。

 

「蛍、要、雛子ね。3人とも、今までこの子たちの面倒を見てくれてありがとう。」

 

そんな三者三様の挨拶に対しても特に眉を潜めることなくアップルは返事する。

蛍はそんなアップルを見て思った。

彼女の声から女性であることはわかるが、その口調はとても落ち着いており、大人の女性と言う印象を受けた。

人間年齢で言えば、自分よりも年上であるチェリーとベリィもアップルには敬称を使っており、彼女もベリィを含めて『この子たち』と呼んでいた。

どうやらアップルは、妖精たちの中では一番年上のようだ。

 

「どういたしまして。

それよりも、あんたんとこのキュアブレイズが、ベリィたちに酷いこと言ったのはどうゆうことなん?」

 

一通りの挨拶を終えると、要が怒りで口元を震わせながら、キュアブレイズの言動についてアップルに問い詰めてきた。

 

「要、気持ちは分かるけど、アップルさんに当たっても仕方ないでしょ?」

 

「別に・・・ウチはそんなつもりじゃ・・・。」

 

だが雛子に注意され、要は一転、語気を弱くして呟く。

彼女の性格を考えれば、キュアブレイズの責任をアップルに負わせるようなことは言わないだろう。だが決して当たるつもりはなくても、キュアブレイズがベリィたちのことを傷つけたのが許せなくて、つい怒気を孕んだ口調になってしまったようだ。

 

「構わないわ。あの子についてはパートナーである私にも責任があるのだから。

ふふっそれにしても、あの子たちのために、そこまで怒ってくれるなんて。

ベリィはステキなパートナーに巡り合えたようね。」

 

そんな要の態度にもアップルは気を悪くすることなく、逆にパートナーを思って怒る要の姿勢に感謝する言葉を言うものだから、要の方がバツの悪そうに押し黙ってしまった。

そんなアップルの様子を見て蛍は確信した。

この妖精は間違いなく『大人』であると。

その雰囲気は、蛍の両親とさえ近しいものが感じられる。

 

「ねえ、アップルさん。キュアブレイズはどうしてしまったの?

どうして・・・急にあんなことを・・・。

この半年の間で、あの子に一体何があったのか、話してくれませんか?」

 

するとチェリーがキュアブレイズの変わり様について質問をしてきた。

妖精たちのなかで彼女だけが、1か月前に一度キュアブレイズと会っているものだから、今回の態度により難色を示しているようだ。

アップルは少しだけ困ったような表情を見せ、しばし逡巡してからチェリーの質問に答える。

 

「別に、何かあったわけではないわ。」

 

「え・・・?」

 

だがアップルの答えは、チェリーの疑問を解決させるどころか余計に混乱させてしまった。

 

「本当に何もないのよ。

いえ、故郷を闇に閉じ込められたのだから何もないと言うわけでもないけど、それでも今回の件の理由ではないの。

あの子はこの世界に来てから、あなたたちを探すためにずっと力を尽くしてきたわ。

そして今でも、あなた達のことは大切に思ってくれている。

それだけは信じてあげて。」

 

キュアブレイズをかばうようなアップルの言葉に、雛子が間髪入れずに疑問を刺す。

 

「お言葉ですが、それでは余計に説明がつきません。

そこまで大切に思っているはずのレモンちゃんたちを、どうして今になって突き放すのですか?」

 

彼女の疑問は最もである。

アップルの言葉が本当なら、キュアブレイズがチェリーたちに放った言葉は嘘と言うことになる。

蛍としてもあの言葉嘘だと言われた方が納得できるが、そうなると今度は、なぜそこまで大切に思っている妖精たちのことを傷つけるような嘘をつくのかがわからなかった。

 

「・・・言ってしまえば、気持ちのありようかしら。」

 

「気持ちの?」

 

アップルの答えに、今度は要が眉をひそめて反応する。

そしてアップルは自分と要、雛子の3人をそれぞれ見ながら、少し俯いて言葉を続けた。

 

「あの子にはまだ、あなたたちのことを受け入れるだけの気持ちの整理ができていないのよ。」

 

「私たちを受け入れる?」

 

蛍たちは、アップルの言葉の真意を掴めずに首を傾げる。

言葉を濁らせ要領の得ない答えばかりが続いたことを、アップル自身が申し訳なく思ったのか直後頭を下げて謝罪してきた。

 

「ごめんなさい。これ以上はあの子自身の問題になってくるから、私からあまり詳しいことは言えないの。

ただ、あなたたちのことを受け入れることができないでいるから、あなたたたちと一緒にいるチェリーたちにもつい冷たく当たってしまったのよ。」

 

「そんなん、ただの八つ当たりやんか。」

 

そんな要が身も蓋もない言葉に、アップルもつい苦笑する。

確かに、チェリーに自分と一緒にいていいと言ったのはキュアブレイズであり、その本人が一緒にいるからと冷たく当たると言うのは、八つ当たり以外の何物でもないだろう。

だが逆を言えば、この一か月の間で、キュアブレイズの心が変わってしまうほどの何かがあったと言うことだ。

そしてその原因が、自分たちを受け入れることができないと言うことにある。

 

「あなたの言う通りよ。

キュアブレイズが冷たく当り散らしてしまっていることについては私からお詫びするわ。

でも、勝手なお願いかもしれないけど、あの子のことを待ってあげて。

あの子が、あなたたちのことを受け入れる心の準備ができるまで・・・。」

 

まるで我が子をかばうように懇願するアップルに蛍は少しだけ悩んだ。

少なくとも今日のキュアブレイズの言動の内、八つ当たりで彼女のことを大切に思う妖精たちを傷つけてしまったことだけは看過できたものではない。

だが蛍も夢ノ宮市への引っ越しが決まったとき、不安に駆られて大好きな父に対して、本心でもない酷い言葉を言ってしまった記憶がある。

今の彼女もきっと、同じような状況なのだろう。

大切な人に心にもない言葉をぶつけてしまうほど、自分を追いつめてしまっているのだ。

その事を思うと、蛍は一概にキュアブレイズが悪いとは思えなかった。

何よりも、そんなキュアブレイズのことを大切に思う、アップルの熱意が心に伝わってきたのだ。

 

「はい、わかりました。」

 

だから蛍は、アップルの言葉を聞き入れることにした。

雛子は穏やかな笑みをこちらに向けて肯定してくれた。

要は仏頂面のままそっぽを向いてしまったが、思うままに言葉を伝える彼女が何も意を唱えないと言うことは、良いと言うことだろう。

蛍は自分の答えをくみ取ってくれた2人に内心感謝する。

 

「ありがとう。それからチェリー、ベリィ、レモン。

あなたたち、今まで私たちのことを探してくれてたみたいだけど、

これからはもう、しなくてもいいわ。」

 

「え?」

 

「見ての通り、私は無事よ。

私とキュアブレイズはこの世界でちゃんと住む場所を見つけて、この世界の『人間』として生活しているわ。

だからもう、何も心配することはないの。」

 

「アップルさん・・・。」

 

「あの子の心の整理がついたら。その時は私たちから、あなたたちを招待するわ。

だからあなたたちも身を粉にするのはやめて、『この世界』で平穏な生活を満喫しなさい。」

 

アップルの言葉に蛍は心を痛める。

チェリーたちの故郷はダークネスによって闇の世界に閉じ込められてしまった。

だから彼女たちはもう、故郷で日常を満喫することが出来ない。

当たり前のように過ごしていた日常が突如目の前から消えてしまうと言うのは、どんな気持ちなのだろう。

今の蛍には想像もつかないことだった。

だがチェリーたちは、これまでキュアブレイズとアップルとの再会できることを思い描いて、一日たりとも欠かすことなく街中を探して回ってきたのだ。

それがこんな形で再会が叶い、アップルから止めるよう言われたのだから、妖精たちはみんな複雑な表情を浮かべて押し黙ってしまった。

 

「それじゃ、私はこれで失礼するわ。」

 

するとアップルが別れの言葉を言ってきた。

だがここでアップルとまで別れたら、またいつ会うことができるかわからない。

蛍はどうしても、今のうちに確認しておきたいことがあったのだ。

 

「あっあの、ひとつだけきいてもいいですか?」

 

「なにかしら?」

 

「・・・キュアブレイズって、だれが変身してるんですか?」

 

「蛍?」

 

自分の突然の質問にチェリーは驚く。

チェリーからキュアブレイズの正体は、フェアリーキングダムの人々にとって大切な人だと聞かされたことはあったが、それ以上のことは今でも聞いていない。

だがキュアブレイズの正体について具体的なことを知ることができれば、彼女が今置かれている状況を理解することができるかもしれない。

そう、蛍は理解したいのだ。キュアブレイズが本心を騙してしまうほどに抱えている思いを。

自分の気持ちに整理がつかなくなることの辛さを、蛍も知っているから。

彼女のことを理解して、その辛さを少しでも支えてあげたい。

それが2度も自分の窮地を救ってくれた、彼女に出来るせめての恩返しだから。

 

「・・・そうね。名前までは教えられないけど、あなたたちにもそれを知る権利があるわ。」

 

彼女の正体を知らない蛍たちが緊張の面立ちで答えを待つ中、アップルは一呼吸をおいて答えてくれた。

 

「あの子は、キュアブレイズは、フェアリーキングダム現国王の娘。

つまりフェアリーキングダムのお姫様(プリンセス)よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

アップルと別れた後、蛍たちは外出した本来の目的を忘れたまま、雛子の家へと戻った。

部屋に戻って机の上に広げられたノートやら筆記用具やらを見てようやく勉強の合間に食べるおやつを買いに行っていたと思い出したが、キュアブレイズに纏わる出来事の衝撃が抜け切れておらず、さすがに再度外出するほどの気力はなかった。

だがそれを理由に勉強を疎かにするわけにもいかず、蛍たちは半ば無心で勉強会に打ち込んだ。

そして迎えた試験当日。蛍は学校へ向かう途中、校門の前で要と雛子の姿を見つける。

 

「かなめちゃん、ひなこちゃん、おはよー。」

 

「蛍、おはよう。」

 

「おはよう蛍ちゃん。」

 

いつも通りの挨拶を返してくれた2人の様子から、一昨日の出来事を引きずってはいないようだ。

 

「いよいよテスト当日だね!」

 

「ははっ・・・せやな。」

 

だがこちらの現実はまだに受け入れられていないのか、要が乾いた返事をした。

 

「要、勉強会で学習したこと、ちゃんと覚えてるでしょうね?」

 

「昨日まではちゃんと覚えてた。でも今日朝起きたら全部忘れた・・・。」

 

「あはは・・・。」

 

要の言葉に蛍は苦笑し、雛子は呆れ気味にため息をつく。

 

「う~っす要~。相変わらず今のシーズンは景気の悪い顔をしてますな~。」

 

すると要に対して親しげにかつ意地悪めいた笑みを浮かべた少女が、要の背中に体当たりをしてきた。

茶髪のショートヘアーで快活な印象を与える彼女の姿を蛍は見た覚えがある。

確か要と同じ女子バスケ部に所属している子だ。

 

「そういう未来はどうなの?」

 

「ふっ、私は無駄な努力はしない主義なのさ。」

 

未来と呼ばれたその少女は、顎に手を当てさもカッコよさげな口調で言うが、呆れて肩を落とす要の仕草を見るからに、その言葉は

勉強してもしなくても悪い点数を取るのに代わりはないから勉強してきませんでした。

と言う意味のようだ。

 

「おりょ?君は・・・確か蛍ちゃんであってたっけ?」

 

「え?はっはい・・・。」

 

するとこちらに気づいた未来が、自分の姿を確認するやズバリと名前を言い当ててきた。

名乗った覚えがないので蛍が困惑すると、

 

「あははごめんごめん、初対面だったっけ?

君ときどき雛子と一緒に部活の見学来てたから、要から名前聞いたんだ。」

 

確かに最近は雛子と一緒に部活の見学をすることが増えたが、要の部活仲間に顔と名前を覚えられるほど通っていたことを自覚した蛍は、恥ずかしさで顔を赤くする。

だが彼女とは初対面であったことを思い出し、要の友人なのだから失礼があってはならないと、未来に対して改めて自己紹介をする。

 

「はっはじめまして、いちのせ ほたるっていいます。」

 

「真鍋 未来。よろしくね。

いや~こうして近くで見るとちっちゃっくって可愛いな~。」

 

「ふえっ!?えと・・・。」

 

だが緊張で固まる蛍を余所に、未来は前かがみで目線を合わせてくる。

可愛いと褒められてしまった蛍は顔を赤くして慌て出した。

未来がそんな蛍の仕草をニヤつきながら眺めているところを、要が静止しようとしたその時、

 

「ん?」

 

何やら後ろが騒々しく、要が声のする方へ振り向いた。

蛍もつられて振り向くと、そこには1人の女子生徒の姿があった。

170cmに迫る高身長に、青色の長髪をサイドテールに束ねている。

一瞬高校生くらいかと思ったが、着ている制服はこの学校のものなので中学生であることは間違いなく、であれば上級生かと思い首元を見ると、結ぶリボンは黄色で蛍と同年代であることを示していた。

釣り上った鋭い目つきと引き締めた口元が冷たい印象を与えるが、顔立ちは整っており、佇まいもどことなく優雅だ。

ただ玄関へ向かって歩いているだけの姿が不思議と品があり、高身長とスレンダーながらも女性的な曲線はしっかりと見て取れるモデル然とした彼女の体型も相まって非常に画になっている。

そんな、自分とは真逆の意味で年齢不相応の容姿を持つ少女の姿は、端的に言ってしまえば、ちょっと怖いけどカッコよくってキレイな人だ。

それゆえか、彼女の周囲にいる女子生徒たちはうっとりとした目で見とれながら黄色い声を上げ、男子生徒たちはアイドルを見ているかのように彼女に視線を釘付けになっている。

 

「おっはよ~千歳。」

 

すると未来が親しげにその少女の名前を呼んで挨拶した。

だが千歳と呼ばれた少女は未来を一瞥しただけですぐに視線を反らし玄関へと向かっていった。

 

「あちゃ~相変わらずか~。」

 

「未来、今の子って確か3組の。」

 

「そっ、私と同じクラスの姫野 千歳(ひめの ちとせ)

ちなみに席は私の真後ろ。」

 

彼女を初めて見た蛍に、雛子が説明を付け足してくれる。

 

「去年の末あたりに転校してきた子でね。

転校して間もない期末試験でいきなり学年1位を取ってしまったのよ。

それも噂によれば、全ての科目で1位を取ったんですって。」

 

雛子の説明に未来が続く。

 

「それだけじゃないよ。

運動神経抜群でどんなスポーツもそつなくこなすし、男子さえも圧倒する。

何よりあのモデル顔負けの整った顔に完璧なスタイル。

才色兼備って言葉を余すことなく体現したかのような子でさ。

でもぜんっぜん誰とも仲良くしなくてね。

さっきみたいに挨拶してもそっぽ向かれるし、話しかけても何も返事してくれないの。

そんなクールなとこが逆にウケちゃってね。

今や生徒から『孤高のクイーン』なんて呼ばれているこの学園の女王様よ。」

 

「ふわあ・・・」

 

全てを聞き終えた蛍は感嘆とした声を出す。

漫画で良くある転校生キャラのテンプレートをまとめたような人が本当にいるのかと、にわかには信じられない気持ちではあったが、千歳に見とれる生徒たちの反応を見るに、少なくともクイーンの称号をもらえるほどの人気があることは確かなようだ。

同時に千歳の姿を見た蛍は、もう1つの驚きを隠せないでいた。

 

(おなじ学校の生徒だったんだ・・・。)

 

彼女は確か、母の日のプレゼントを買いにアクセサリーショップへ訪れたとき、ネックレスを譲ってくれようとした人のはずだ。

まさか同級生とは思わなかった蛍は、存外世間は狭いんだなと思いながら教室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前の試験が終わり、要たちは昼食を食べに食堂を訪れた。

中間試験は国数英理社の5科目が対象で、2日に渡って実施される。

今日は国数英の3科目。明日は理社の2科目だ。ちなみに午後の授業はないので、午前の試験さえ終わればもう下校だ。

とは言っても明日まだ2科目が残っているので、帰ってのんびり遊ぶと言うわけにもいかない。

試験で悪い点を取ってしまったら、また母親から大目玉を喰らってしまうのである。

 

「蛍ちゃん、要。試験の方はどうだった?」

 

「えっと・・・まあまあ・・・かな?」

 

「聞かんどいて。」

 

一応答案は全て埋めたが、半分くらいが空欄のまま出すのは憚れると、万が一当たっていればラッキー程度の神頼みで埋めたものなので、この時点で点数は5割を切っていると言っても過言ではない。

赤点さえ回避できればまだ良い方だが、そんな成績であの鬼婆(母親)が許してくれるかどうかはまた別問題。もしも赤点なぞ取るものなら間違いなく頭から角を2本生やすだろう。

例年によって試験期間は要にとって地獄である。

親は目を光らせて勉強しろと五月蠅いし、そもそも勉強が苦手なのにこんな進学校クラスの授業を強要された上に試験で良い点を取らなければならないなど理不尽もいいところである。

そして要にとってのオアシスと言える放課後の部活動は、試験の一週間前から休止になる。

日頃の勉強に対するストレスを発散させる場すら奪われるのだ。

毎度思うことだが、いつ自分の胃に穴が空かないか心配である。

 

「コホン、まあそれはそうと。」

 

これ以上この話題は自分の精神に多大な負担がかかるだろう。

これから昼食だと言うのに食事が喉を通らなくなるのは避けたいので、要はわざとらしく咳ばらいをしながら『この場所』へ2人を呼んだ本題へと移る。

 

「キュアブレイズ、なんでベリィたちにあんなこと言ったんだろうね。」

 

要は一昨日の出来事を思い出し、眉を吊り上げながら2人に聞く。

この街に来て以来、彼女と再会することを夢見てベリィたちは街中を探し回っていたと言うのに、あろうことかキュアブレイズは、やっとの思いで再会できた彼らを突き放したのだ。

ショックで言葉を失ったベリィの姿を思い出すだけでも怒りが込み上げてくる。

それほどに彼女の取った言動は、要に取って許しがたいものだった。

 

「私たちのことを受け入れる心の準備ができていないって、どうゆうことかしら?」

 

雛子が質問を返してくる。

その答えが、今の彼女の現状を作り出している要因であることは想像に難くなく、同時にそれがわかれば苦労しないと言うものだ。

 

「すくなくとも、キュアブレイズはまだ、わたしたちのことを仲間だとおもってくれてない・・・ってことだよね?」

 

蛍がそう小声で呟く。

確かに彼女の心境はわからないでも、現状は仲間と思われていないことは明白だろう。

とは言え彼女も同じプリキュアであり、共通の敵を持つ者同士のはず。

友達になれとまでは言わないまでも、一緒に戦えば互いの負担を減らせるはずなのに、なぜ共闘すら拒まれなければならないのだろうか。

特に自分と雛子は彼女と面識すらなかったのだ。

先日が初対面だと言うのにいきなり戦力外通告されるものだからたまったものではない。

 

「わたしが・・・よわいせいで・・・?」

 

すると蛍が、今にも泣きそうな声でそう答えた。

 

自分たちが彼女に認めてもらえるほどの強さがないから、仲間であることを拒まれていると、

蛍は思っているようだ。

だが本当にそうなのかと要は疑問を抱く。

 

「わたしたちが、よ。結局あの時、私もソルダークを相手に手も足も出なかったもの。」

 

雛子も言葉こそ蛍に同意しているが、どちらかと言えば弱気になっている蛍を励まそうとフォローしているように見え、本心の言葉には思えなかった。

確かにキュアブレイズは自分たちでは力不足だと言っていたが、それが原因ならアップルがわざわざ必要以上のことは言えないと前置いた上で、原因をはぐらかすような言い方はしないと思う。

こちらに原因があるのなら、それを直接言ってくれるだろうし、言われなければ改善のしようがないというものだ。

 

「・・・あっあのね、わたし、あれからずっとかんがえていたんだけどね。」

 

すると蛍が顔をあげて話しかけて来た。控えめだった声が徐々に大きくなっていく。

このように蛍が声量をあげていくときは、決まって何か重大なことを決心したときだと、これまでの経験から要は悟る。

 

「わたしは・・・。」

 

蛍が決意した何かを伝えようとしたその時、

 

「蛍ちゃん。」

 

雛子が片手を蛍の前に差し出し、静止の合図を出した。

そして視線を蛍の後方へと送る。

雛子につられてその先を見ると、そこにはお弁当を持った千歳の姿があった。

すると千歳はこちらに目を配るや否や、空いている蛍の隣の席に座ったのだ。

 

「え?」

 

突然千歳に隣に座られ、蛍は驚く。

だが千歳は『隣に失礼する』の一言もないまま、お弁当を広げて食べ始めた。

 

「・・・ウチらに何か用?」

 

要は不機嫌を表に出さないように千歳に話しかける。

 

「別に、空いている席に座ることの何がいけないのかしら?」

 

だが千歳はさらりと返事を返し、再び黙々と食事を続け始めた。

嘘をつけ、と内心で思う。

彼女の言う通り、学食堂の席は生徒たちが自由に使っていいものなので、空いている席に座るのにわざわざ許可なんていらないし、要も別段、断りもなく近くの席に座ることにいちいち目くじらを立てるほど堅物なタチではない。

だがここは食堂の入り口から最も遠い壁際にある席だ。

そして今日は午前で学校が終わることもあり、食堂は普段ほど混み合っていない。

ここに来るまでに空いている席はいくらでもあり、わざわざこんな最果ての場所まで来る必要がないのだ。

にもかかわらずこんなところまで足を運び、かつ一緒にお喋りをするわけでもなく、黙々と食事を始めたと言うことは、自分たちの会話を邪魔をするのが目的なのではないかと邪推してしまう。

傍から見れば友達と楽しく食事をしながらお喋りをしている空気を知った上でぶち壊しに来ているようなものだ。

 

「私に気にせず、お友達同士でお喋りを続けていてもいいのよ?」

 

そしてあからさまに毒を含ませたその言葉に要は彼女が自分たちの邪魔をしに来たことを確信する。

いよいよ持って堪忍袋の緒に限界が来た要はその場で立ち上がろうとするが、

 

「はわわっ、ケッケンカはダメだよ。かなめちゃん!」

 

蛍の言葉に寸でのところで留まることができ、そのまま押し黙る。

だがお喋りを続けてもいいと言われても内容が内容だけに千歳がこの場にいては話すことも出来ない。

まさかそれを知って邪魔しに来たとも思えないが、それではなぜ彼女に邪魔をされなければならないのがわからなかった。

『孤高のクイーン』なんてご立派な通り名でよばれている彼女の顔と名前くらいは知っているが、クラスが違うこともあり会話を交わしたこともない間柄だ。

言ってしまえばこれが初対面だ。

だから彼女の気に障るようなことをした記憶なんてあるはずもない。

そんな彼女の態度が、先日のキュアブレイズと被るものだから、要は必要以上に彼女に敵意を向けてしまう。

要と千歳の間に険悪なムードが漂う中で会話が弾むはずもなく、各々が黙々と食事を取り続ける中、蛍だけはこの場の空気を何とかしようとあたふたしていた。

 

「あっあの、えと、いっしょの学校だった・・・んですね・・・?」

 

すると蛍の方から千歳に話しかけて来た。

背が高く目つきも鋭い千歳に気圧されてか、最後の方は萎んだ声で敬語になっていたが、要はそれよりも蛍のその発言に首を傾げる。

 

「蛍、こいつと会ったことあるの?」

 

「うっうん、おかーさんの日に、アクセサリーショップであったんだ。

あっあのときね、わたしにネックレスゆずってくれようとしたんだよ?」

 

まさかそんなところで対面していたのかと要は思わず驚く。

また蛍の言葉は、冷たそうに見えるけど本当は良い人だよとフォローしているかのようだった。

 

「あなたのもの欲しそうな目が鬱陶しかっただけよ。」

 

「う・・・。」

 

だがそんなフォローも虚しく跳ね除けられてしまい、蛍もとうとう押し黙ってしまった。

結局そのまま話を再開するわけにもいかず、やがて各々はお弁当を食べ終えてこの場で解散することになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

要が家に帰り自室に入ると、勉強机の上にベリィの姿があった。

 

「ああっおかえり、要。」

 

窓の外を見ていたベリィが自分の方を振り返る。

彼の表情はどこか浮かない様子だった。

一昨日まではこの時間は、キュアブレイズを探すために街を回っていた頃だが、突然それを止められたものだから、もの寂しさを感じているのかもしれない。

そんな彼の様子に要もまた、得も言われぬ寂しさを覚えた。

 

 

「・・・キュアブレイズのこと、考えてたん?」

 

要は少し躊躇いながらも、彼がここでたそがれていた理由を聞く。

ここで気を遣って見ぬふりをするのは簡単だが、それでは何も解決しない。

だからいつも通り思うがままのことを伝える。彼にも思うがままの気持ちを話してほしいから。

 

「んっ、まあね。

情けない話だが、気が付けばあの子のことを考えていて、思った以上に堪えてるみたいだ。

今でもあれは本当にキュアブレイズだったのかと、つい疑ってしまうよ。」

 

ベリィは特に言いよどむこともなく話してくれた。

彼が思うことを全てを話してくれたことに要は感謝するが、同時に居た堪れない気持ちになる。

ようやく再開出来た大切な人がまるで別人のように変わってしまったのだから、そのときのベリィの心境を推し量ることなんて出来ないのだ。

 

「でも、あの子は間違いなくキュアブレイズだ。そこから目を背けちゃダメなんだ。

背けたら、あの子の力になってあげることが出来ないから。」

 

だがベリィは、そんな受け入れ難い現実から目を反らさなかった。

彼の覚悟を目の当たりにした要は、自分の中で芽生えた1つの決意を形にしたいと思った。

 

「なあベリィ、1つ聞いてもいい?」

 

「なんだい?」

 

「キュアブレイズ。ううん、フェアリーキングダムのお姫様って、どんな子やったん?」

 

キュアブレイズと初めて会ったとき、要が彼女に抱いたのは怒りだけだった。

理不尽な言葉でベリィたちを傷つけたことが許せなかった。

だがそれでも彼女のことを受け入れようとするベリィの姿を見て、要はもっとキュアブレイズのことを、キュアブレイズに変身している少女のことを知りたいと思った。

わざわざ『フェアリーキングダムのお姫様』と言い直したのも、キュアブレイズとして戦う戦士のことではなく、お姫様としての彼女の素顔を知りたかったからだ。

 

「そうだな・・・、率直に言えばお転婆でやんちゃなお姫様だよ。」

 

「え・・・?」

 

だがベリィの思いもよらぬ感想を前に、要は初っ端から言葉を失う。

人と妖精が共存するファンタジーな世界でのお姫様と来れば、花一面に広がる野原の上に綺麗なドレスをなびかせて蝶と戯れる、童話に出てくるお姫様のイメージを勝手に抱いていただけに、真っ先に出てきた印象が『お転婆でやんちゃ』と来たものだから思わず破顔してしまう。

しかもベリィの口調から察するにそんなお姫様のことを良く知る風な言い草だ。

もしかしてベリィは元の世界では王族とも親しい、身分の高い妖精なのだろうか?

 

「あの子は昔からよく城下街に遊びにきていてね。

とは言ってもフェアリーキングダムは身分や貧富の差による差別がほとんどないような国だから、王族も貴族もよく城下街を訪れ、平民である俺たちにも平等に接してくださったんだ。

特に姫様は勝ち気で強気な上に、人一倍正義感が強くてね。

良く子ども同士の喧嘩を止めるために自分から首を突っ込んでいたものだ。

男子相手でもおかまいなくね。

でもいくら王族の方々が親しみやすい人柄とは言え、次期王妃となる大事なお姫様だろ?

そんな子が男子を相手に喧嘩するものだから、一緒にみていた大人たちはみんな肝を冷やしていたよ。

それで、男子が負かされて大泣きした時は、国王様が直々に謝りに来てくださったんだ。

でも謝られた親御さんは心臓が止まる思いだったとさ。」

 

「はあ・・・。」

 

ますますお姫様というイメージから離れて来る。

だがキュアブレイズのことを懐かしんで話すベリィの顔はとても穏やかだった。

要は、キュアブレイズがベリィに、ひいてはフェアリーキングダムの人々にとってどのような存在であったかが少しずつ分かって来た。

 

「でもいつか立派なお姫様になって、世界中の人々が幸せに暮らせる世界にしてみせる。

その夢を胸に誰よりも努力をしてきたんだ。そんな人柄が俺たちみんなの心を引き寄せていった。

そんなお転婆なお姫様も少しずつ成長して、今では君たちと変わらない年齢だったかな。

さすがに昔ほどやんちゃではなくなり、徐々に姫としての振る舞いを身に付けていったけど、根っこの部分は変わっていない。

真っ直ぐで優しくて、国中の人たちから愛され、誰よりもフェアリーキングダムを愛している、

太陽のように眩しい笑顔を持つ少女だった。」

 

それだけに今の変わり様は信じられないと含まれているようだったが、ベリィの語るお姫様の人物像の通りなら、彼女が自身の世界を巣食うダークネスと戦うためにプリキュアとなることを決心したであろうことは想像に難くない。

そんな彼女の今の状況を思ったとき、要は心の中の憑き物が落ちていった。

アップルの言葉が少しずつ分かって来たのだ。

もしも、キュアブレイズが自分たちを受け入れる心の準備が出来ていないと言うのが、自分の想像通りだったとすれば。

 

「そう、根っこの部分は変わっていないはずなんだ。」

 

そしてまるで自分にそう言い聞かせるように呟くベリィをみて、要が心に思い描いた決意が形になった。

 

「ベリィはさ。」

 

「ん?」

 

「キュアブレイズの笑顔を取り戻したいって、思ってる?」

 

そして自分の気持ちを確かめる意味も含めてベリィに問う。

 

「・・・当たり前さ。」

 

ベリィの答えを聞いた時、要には一切の迷いがなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雛子は机に向かって、明日の試験に備えて勉強していた。

だが雛子はどうしても集中できなかった。

ふと目を横に向けると、ベッドの上で児童向けの童話集を読んでいるレモンの姿が目に映る。

いつもならこの時間はキュアブレイズを探しに街に出ていた頃だ。

彼女たちにとって何物にも変えがたい時間は、キュアブレイズ本人に拒絶される形で奪われた。

今はもう一昨日のことを引きずっているようには見えないが、それでも気になってしまうのだ。

 

「雛子?」

 

すると自分の視線に気づいたレモンが、本を畳んでこちらを見た。

 

「・・・ごめんね。レモンのせいで勉強に集中できなくて。」

 

するとレモンが申し訳なさそうにそう呟いた。

その言葉を聞いた雛子は余計な気を遣わせてしまったことを謝ろうとしたが、レモンのことだからさらに思い詰めてしまうだろう。

マイペースのように見えて、彼女は他人への思いやりがとても強い。

初めてあったとき、自分を巻き込みたくないと、この部屋に居座ることを拒んだことを思い出す。

だけどあの時と違って、今の自分はレモンのパートナーだ。

レモンが落ちこんでいるのなら、支えてあげるのがパートナーの務め。

雛子は静かにノートを閉じてレモンの横に座った。

 

「その本、面白い?」

 

「うん、読んでいる内にね、何だか懐かしくなってきちゃった。」

 

「懐かしく?」

 

「フェアリーキングダムにもね、似たような童話があったんだ。

レモン、小さい頃から童話を読むの好きだったから。」

 

思えばレモンからフェアリーキングダムにいた頃の話を聞いたことはなかった。

雛子としては妖精の住む世界と言うものはとても興味深いせかいだったのだが、さすがに故郷を失った彼女の境遇を思えば、自分から聞くのが憚れていた。

だが今、レモンが自分からフェアリーキングダムの話を持ち出してくれた。

雛子はこれを機に、フェアリーキングダムのことを彼女に聞いてみようと思った。

レモンの思いを、そして自分の思いを改めて確認するためにも。

 

「そっか、フェアリーキングダムにもこんな童話があったのね。」

 

「うん、人間になりたいお人形、うそつきの子ども、お姫様と獣の人。

どれもこの世界の童話と似たようなお話だったよ。」

 

それからレモンは笑顔で自分の好きな童話について語り出した。

一昨日以来、どことなく元気のなかったレモンなだけに、彼女の笑みを見ることが出来たのは久しぶりのような気がした。

雛子は楽し気に故郷の話をする彼女の姿に安堵する。

 

「・・・よくね。キュアブレイズにも、お姫様にも童話を読んで貰ったんだ。」

 

だが不意にレモンは表情を曇らせ、キュアブレイズとも思い出を振り返り始めた。

驚く自分に対して、レモンは無理やりな笑顔を作って言葉を続ける。

 

「フェアリーキングダムにはね、風車小屋のある丘があるの。

そこの原っぱがレモンのお気に入りの場所でね、よくそこでお昼寝したんだ。

それでね、その丘にお姫様を初めて誘ったとき、実はお姫様も子供の頃よくここを遊び場にしていたって言うの。

もうびっくりしちゃったよ」

 

だが話していく内に、レモンの表情から寂し気な部分がなくなっていき、彼女は楽しそうにキュアブレイズとの思い出を語り続ける。

 

「それからよくお姫様と一緒に丘に行くようになったんだ。

一緒に遊んだり昼寝したり、それから、レモンの大好きな童話を読んでくれたの。

お姫様はみんなに優しいから、いつもは沢山の人と仲良くしてるけど、

あの時だけはレモンが、お姫様のことを独り占め出来たんだ。」

 

その言葉から、レモンが心の底からキュアブレイズのことを慕っているのが伝わってきた。

その一方で一昨日の出来事で傷ついたレモンの姿を思い出す。

だが雛子は、レモンが今、楽しそうに語るキュアブレイズの本当の姿を信じてみようと思えてきた。

 

「いつか・・・いつかね、あの丘の上の原っぱに、雛子を連れていきたいな。

とても綺麗な場所だから、きっと雛子も好きになれるよ。」

 

「レモンちゃん・・・。」

 

レモンは少し申し訳なさそうにそう語る。

いつかフェアリーキングダムへ自分を招待したい。

その言葉に秘められた意味を悟ったとき、雛子は1つの決意をする。

 

「うん、いつか連れて行ってね。約束よ?」

 

「・・・うん、約束する。」

 

少し顔を俯かせながらも、レモンは嬉しそうに微笑んだ。

雛子はそんな彼女に指を差し出し、その小さな指で指切りをする。

 

「ねえレモンちゃん、童話、私が読み聞かせてあげよっか?」

 

「え~、レモンもうそこまで子供じゃないよ~。」

 

そして指切りが終わった後、雛子の提案に対してレモンは少し不服そうに反論してきた。

ぬいぐるみのような姿ゆえについ忘れがちだが、人間年齢で言えばレモンは10歳前後だ。

確かに母親から童話を読み聞かせてもらう年齢ではないだろう。

だがようやく、いつものように間延びした口調に戻ってくれた彼女の姿に雛子は微笑む。

レモンも少しはにかみながらも、甘えるようにこちらに寄りかかって来た。

 

「でも、せっかくだからおねがいしてもい~い?」

 

「もちろん。」

 

そしてレモンに童話を読み聞かせながら、雛子は内に秘めた1つの決意をいつか形にすると心に誓うのだった。

大切なパートナーとの約束を果たすためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

アップルからキュアブレイズの正体を聞かされた時から、蛍は彼女について思うことがあった。

チェリーたちを見れば、彼女がお姫様として慕われていたことはわかるし、彼女も、たった1人で世界を覆わんとする絶望の闇に立ち向かっていったと言うことは、フェアリーキングダムと言う国が大好きだったのだろう。

 

「ねえチェリーちゃん。」

 

「なに?蛍。」

 

「キュアブレイズは、フェアリーキングダムにいたころから、ずっと1人でたたかいつづけて

きたんだよね?」

 

蛍は今一度、自分の気持ちを整理するためにチェリーに聞く。

 

「・・・ええ。」

 

1拍置いてチェリーが答える。

一緒に戦ってくれる、守ってくれる仲間もいないまま、それでも世界を守るために戦い続けて、でも最後にはダークネスに敗れ、故郷を守ることが出来なかった。

彼女は故郷を失ったとき、泣いたのだろうか?守り切れなかったことを悔やんだのだろうか?

そして彼女は今も、この世界でプリキュアとしてダークネスと戦っている。

だがそれが蛍にとって1つ気がかりなことだった。

プリキュアの力は希望の光、希望の光はその名の通り、本人が希望を抱けば生まれる力のはずだ。

と言うことは彼女は、故郷を失った今でも希望を捨ててはいないと言うことだ。

 

(やっぱりキュアブレイズは、つよいな・・・。)

 

もしも自分が同じ立場だったら、希望を失わずにいられるだろうか?

きっと、いられない。故郷を失った瞬間、あっという間に絶望に飲まれてしまうだろう。

でも彼女は、まだ希望を捨ててはいない。

そんな彼女の強さは、正直なところ羨ましくもある。

でも今は、その強さの根源に少しでも近づいてみたい。

それが彼女を理解することに繋がると思うから。

 

「蛍。私、やっぱり明日からまた、姫様を探してみようと思うの。」

 

「チェリーちゃん?」

 

「アップルさんは、姫様が気持ちに整理をつけるまで待ってほしいって言ってたわ。

でも・・・それっていつ?私たちはまた、いつまで待てばいいの?

ようやく会えたのに、姫様に会うことが出来たのに。姫様が迎えに来るまで、また待たなくちゃならないの?

そんなのイヤ、私だって、姫様の力になりたいもの!

もしも姫様が、自分の気持ちに整理が付けられないくらい、今悩んでいるのだとしたら、私はもう、待ってられない。だから探しに行くわ。」

 

蛍はチェリーの決意を受け止める。

彼女の言う通りだ。待ってばかりいてはダメだ。

この1か月の間で自分は学んだ。ほんの少しの勇気を持って一歩踏み出せば、今を変えることが出来るのだと。

だから蛍も待っているだけのつもりはなかった。

初めてプリキュアとして戦うことを決心したとき、1人で戦い続けるキュアブレイズのことを助けたいと願った。

でも結局のところ、自分は彼女について何も知らなかったのだ。

だから今はちゃんと知りたい。

彼女が何を思っているのか、そのために自分に出来ることは何なのか。

 

「そうだね。まってばかりいちゃ、ダメだよね・・・。」

 

もう一度キュアブレイズに会いたい。会ってちゃんとお話がしたい。

そして居場所の分からないキュアブレイズにどうしたら会えるのかも既に考えてあるのだ。

でもこの方法を実践するのはキュアブレイズに申し訳ないし、何よりまた、みんなに心配をかけてしまうだろう。

それでも蛍はどうしてもキュアブレイズに会いたかった。

だから蛍はその時が来るまで、自分の決意を胸に秘めるのだった。

 


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