ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第10話・Aパート

 探し人はどこへ!?妖精たちの奮闘記!

 

 

 約1一週間にも及ぶ連休明けの学校と言うものはかくもダルいものだと思いながら、要は雛子とともに教室へと入った。

 

「うっす、要、雛子。久しぶり~。」

 

「お~う真。」

 

「2人とも久しぶり。」

 

「愛子、おはよう。」

 

 要は真に、雛子は愛子に、それぞれ挨拶を交わしながら席へとつく。

 

「要、連休中の練習試合どうだった?」

 

 要が席に着くや否や、真が部活動の練習試合について聞いてきた。

 そう言えば女子バスケ部の練習試合と同じ日に、女子サッカー部の練習試合もあったか。

 余談だが、愛子は当日自分たちの誘いを断り、

 

 誰かが真の練習試合を見に行ってあげないと拗ねちゃうよ

 

 と言って真の方に付き添いにいった。

 

「バッチシ。華々しいデビュー戦を飾りましたぜ。」

 

「か~羨ましいね~。」

 

「ってことはそっちは?」

 

「言うまでもなく、負けました。おかげで私の晴れ舞台が雨舞台になりましたよ。」

 

 雨舞台なんて言葉は始めて聞いたが、とにかく真の初試合は苦い結果に終わったようだ。

 するとこちらの会話を耳にした愛子が苦笑いを浮かべた。

 表情から察するに、あまり詳しいことは聞かない方がいい試合内容だったようだ。

 

「くっそ~、緑川のやつ~。私の連勝記録に泥を塗って~。」

 

「いやデビュー戦やったんやろ。」

 

 後から聞いた話によるとその緑川と言う生徒は同じ学年で、1年からレギュラーを務めるチームのエースストライカーであるとのこと。

 それほどの実力者がいるチーム相手では、真の言う雨舞台というのも頷ける結果だが、それでも自分と並ぶスポーツバカの真をここまで悔しがらせるほどのスポーツ少女が他校にもいるとは。

 機会があればぜひ一度、一緒にサッカーをしてみたいものである。

 

「へえ、森久保もデビュー戦、勝てたのか。」

 

 すると同じく連休中に野球部の練習試合があった健太郎が話しかけて来た。

 彼もまた、自分と真と同じで、初のレギュラーに抜擢されたのだ。

 

「おっ健太郎。もってことは、健太郎も?」

 

「ギリギリだったけどな。でもみんなと協力して、何とか先輩たちの顔に泥を塗らずに済んだぜ。」

 

 そう得意げに話す健太郎の姿からは、かつて卒業した先輩たちのプレッシャーに追われていた時の様子は見られなかった。

 しかもその時の自分の言葉を冗談に変えられるあたり、すっかり吹っ切ることができたようだ。

 そんな彼の様子を見て、要は安心と嬉しさを覚える。

 

「それは何よりで。」

 

「だ~もう!みんなして勝ち自慢ばかりして!」

 

「悔しければ柳原も勝てばいいだけだぜ?」

 

「言ったな上田!よっし次こそは必ず勝ってやるから、私が勝ったらクレープ奢れよ!」

 

「いや、なんでだよ!」

 

「あっじゃあウチはもう勝ったから、健太郎クレープゴチ。」

 

「買わねえよ!?」

 

 スポーツバカが3人集まり、やかましくも賑やかな会話を繰り広げると、

 

「かなめちゃん、ひなこちゃん。おはよー。」

 

「蛍、おはよう。」

 

 その満面の笑みを浮かべながら蛍が教室へと入って来た。

 その様子見れば、学校へ行きたくて仕方がなかったであろうことが想像に難くない。

 自分とは正反対だなと思いながらも、要もなんだかんだで、久しく顔を見る友人たちとのお喋りに夢中になり、担任の長谷川先生が来るまでの間ずっと話し込むのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 昼休み、雛子は蛍と要を誘って久しぶりに学食堂へと訪れた。

 いつも通り角側の席を取り、各々がお弁当を食べ始めたところ、

 

「わざわざ学食に誘ったってことは、プリキュアに関してなにか話したいことがあるの?」

 

 さっそく要が本題をついてきた。

 雛子は一旦箸をおき、蛍の方を見る。

 

「別に重要な話ってわけではないのだけれど、蛍ちゃん、体の方は大丈夫?」

 

「え?」

 

「一昨日の戦いで蛍ちゃん、とんでもない量の光の力を使っていたから。」

 

 プリキュアの力である希望の光については扱っている自分たちも詳しいことは知らないが、これまでの戦いから、気力と体力を消耗するものであることはわかった。

 雛子も以前、夢ノ宮ドリームプラザで愛子を助けるときに、希望の光を無茶な使い方で酷使したが、その後の疲労感はこれまでの戦いよりも大きいものだった。

 そして一昨日の戦いで蛍が使った希望の光は、あの時の自分が使った量を遥かに上回っていたのだ。

 

「ありがとう、でもだいじょうぶだよ。

 あの日はおうちにかえって、はやめにグッスリねたから、つぎの日にはもう、げんきになったの。」

 

 顔色を窺ってみるが、確かに疲労らしき色は見当たらない。

 箸の進み具合から見て食欲もある。

 普段と変わらぬ蛍の様子に、雛子はホッと胸を撫で下ろした。

 

「そう、良かったわ。」

 

「正直びっくりしたもんな。蛍が使った浄化技。」

 

 要の言う通り、蛍ことキュアシャインの放った浄化技は、要ことキュアスパークの浄化技を受けても物ともしなかったソルダークの障壁を易々と撃ち砕いたのだ。

 自分の浄化技とキュアスパークの浄化技を足しても尚、あの威力の足元にも遠く及ばないだろう。

 

「えと・・・でも、こんかいは前とちがって、じょうかわざをつかったことはおぼえてるんだけど、やっぱり、なんでつかえたのかは、わからないんだ・・・。」

 

「つまり、もっかい使えって言われても使えないってこと?」

 

「うん・・・ごめんなさい。」

 

 俯きしょんぼりとする蛍。

 そんな仕草も可愛いが、彼女が気に病む必要はない。

 あの時戦ったソルダークは、自分と要が2人がかりでも勝てるかわからないほどの強敵だった。

 もしも蛍が浄化技を使っていなかったら、敗北していた可能性もある。

 

「謝ることないよ。蛍のおかげでウチらは助かったんやし。」

 

「要の言う通りよ。蛍ちゃん、ありがとう。」

 

「・・・えへへ、どういたしまして。」

 

 顔を赤くしながらはにかむ蛍。可愛い。

 しょんぼりとする蛍も可愛いが、やはり一番は笑顔である。

 蛍の気も取り戻せたことだし、この話題をこれ以上続けるのは彼女を余計に刺激してしまう。

 雛子はここへ2人を呼んだ、もう一つの話題を振ることにした。

 

「それから、リリスのことなんだけど。」

 

「リリス?」

 

「蛍ちゃん、要。

 あの子だけ、他の行動隊長とは何か違う気がしないかしら?」

 

 雛子がリリスと対面するのは一昨日で2度目だが、それでも彼女が他の行動隊長とは違うのは一目瞭然だ。

 サブナックとダンタリアは、方や力押しを好み、方や人の弱みに付け込む等、手段と性質に違いはあれど、世界を絶望の闇で覆うと言う目的は一致している。

 だがリリスは蛍を、キュアシャインを手にかけることのみを目的としているように見える。

 

「・・・あの子だけ、わたしをたおすために、うごいていること・・・かな?」

 

 リリスのことを思い出したのか、蛍が声を震わせながらそう呟く。

 蛍に怖い記憶を思い出させてしまったことを雛子は申し訳なく思いながらも話を続ける。

 

「でもそれは、ウチらがやつらにとって邪魔だから、プリキュアを倒すために動いてるってだけやないの?」

 

「それだと私たちを無視する説明がつかないわ。

 リリスが狙っているのは、あくまでも蛍ちゃんだけよ。」

 

「ダークネスのもくてきは、せかいを、ぜつぼうのやみでとじこめること。

 ほかの行動隊長はそのためにうごいているのに、リリスだけが・・・わたしのことが憎いからねらってきている・・・。

 だから変なんだよね?」

 

「・・・確かに、そう聞くと妙な話やな。

 なんでリリスだけがそんな感情的に動いとるんやろ?」

 

 蛍と要も、自分が感じた違和感に気づいてくれた。

 これまでサブナックとダンタリアを退けても、2人は自分たちを憎むような面を見せなかった。

 だがリリスだけが蛍に対して強烈な憎しみを抱いている。

 そしてサブナックとダンタリアは、ダークネスとしての活動を粛々と行っているのに対し、リリスは憎しみの感情を剥き出しにして蛍に襲い掛かってくるのだ。

 その行いはもはやタチの悪いストーカーそのものと言ってもいい。

 いずれにしても、リリスは行動隊長の中でも異端な存在である。

 

「でも、目的がはっきりとしてるなら、打つ手だってあるってことや。

 リリスが蛍のことしか狙わないんだったら、ウチらが全力で邪魔すればいい。」

 

「ええ、蛍ちゃん、次こそ私が必ず守ってあげるからね。」

 

「ありがと、でもわたしだって、こわがってばかりいられないもん。

 つぎにリリスがなにをしてきても、わたし、こわがらないでちゃんとたたかうから。」

 

「蛍・・・。」

 

 蛍もまた、彼女なりにリリスと戦う決意を固めているようだ。

 彼女の意を汲みながらも、蛍を守ると言う思いの下に、雛子と要も決意を強めるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 夕方、チェリーが家に帰ってから程なくして、蛍が学校から帰ってきた。

 

「ただいま~。」

 

「おかえり蛍。」

 

「どう?キュアブレイズはみつかった?」

 

「いいえ、今日も見つけられなかったわ。」

 

「そっか。はやくみつかるといいね。」

 

 ひとしきり会話を終えた蛍は私服へと着替え始める。

 

「ねえチェリーちゃん、わたしにもなにか、おてつだいできることあるかな?」

 

「え?」

 

 蛍の申し出にチェリーは悩む。

 確かに人手は大いに越したことはないし、蛍だけでなく、要や雛子といったこの街に詳しい人に協力してもらえるのなら、自分たちだけで探すよりもよっぽど良いだろう。

 だが

 

「別にいいわよ。これは私たちの役目なんだし、蛍は蛍の時間を大切にして。」

 

 要と雛子と友達になれたことで、蛍の毎日は充実している。

 かつて蛍の両親が思ったように、チェリーは蛍に自分の時間を、自分のために大切に使ってほしいのだ。

 

「でも・・・。」

 

「それに来週からテストなんでしょ?少なくとも今週中はそんな時間ないんじゃないの?」

 

「あっ・・・そっか。」

 

 なおも食い下がろうとする蛍だったが、テストの話を聞いて諦めてくれた。

 蛍の話によれば、夢ノ宮中学校の授業のレベルは、元いた学校のものよりも高いようで、蛍は日々の予習、復習でも頭を抱えていることがある。

 だから自分たちに気を遣い、試験勉強を疎かにさせるわけにはいかないのだ。

 

「今週末だっけ?みんなで勉強会をするの。」

 

「うん!ひなこちゃんのお家にあつまって、みんなでべんきょうするんだ!」

 

 そして休日に友達と集まって勉強会をすることも、蛍が望んでいた友達との過ごし方の1つだ。

 それがついに実現することの喜びは、今の蛍の笑顔が物語っている。

 やっぱり彼女の時間を自分たちの都合で割くわけにはいかない。

 これ以上気を遣わせないためにも、一刻も早くキュアブレイズを見つけよう。

 蛍の笑顔を見たチェリーは改めて決意するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 週末、チェリーは勉強会のために要の家へと出かけた蛍を見送ってから、噴水広場へと足を運ぶ。

 いつも通り人気のない場所でサクラへと変身してから広場に着くと、程なくしてベルが姿を見せた。

 

「あら、今日はレミンは一緒ではないのね?」

 

 普段妖精たちは、各々のパートナーが家を出るタイミングで一緒に出かけることが多い。

 そして要と雛子は学校がある日は一緒に登校することが多く、休日も2人で出かけることがあるので、パートナーであるベルとレミンも一緒にいることが多いのだ。

 

「今日の勉強会、会場は雛子ちゃんの家だろ?」

 

「ああ、それで珍しく一緒じゃなかったのね。」

 

「別に要と雛子は常に一緒にいるわけじゃないよ。」

 

「私の知る限りでは一緒いる方が多いからね。」

 

 小学生の頃からの付き合いで、家も近所と言うほどではないが遠くもない。

 プライベートでの親交がとても深い要と雛子に対して、蛍は2人と知り合ってまだひと月。

 家も徒歩で通える距離だがそれなりに遠く、物理的に埋められない時間と距離は、蛍と2人にとっての溝にならないか、チェリーには少しだけ不安だったりするのだ。

 無論、要と雛子は蛍にとても良くしてくれるし、2人に限って蛍を仲間外れにするなんてあり得ないが、それでも一度抱いた不安と言うものはなかなか払拭できないものだ。

 

(全く、健治さんと陽子さんの過保護がうつっちゃったかしら?)

 

 我ながら甘いと思うが、仕方がないとも思う。

 容姿性格ともに幼く、臆病で人見知りが強い。

 その割には、一度決めたことはテコでも動かず無茶なこともやってのける危なっかしさまである。

 そんな蛍に対しては彼女の両親のみならず、要と雛子といった友人さえも過保護気味だ。

 本人は年下扱いされることを快く思っていないが、誰からも大切にされ、可愛がられ、つい守ってあげたくなると思わせる彼女の性格は役得と言える。

 

「いたいた~、2人ともお待たせ~。」

 

 と、蛍のことを考えている内にレミンがようやく姿を見せた。

 

「よし、今日も頑張って探すわよ!」

 

「お~っ!」

 

 そして3人の妖精たちは今日もキュアブレイズとアップルを探すために街を回るのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 ベルは街を行き交う人々に目を向けながら、初めてキュアブレイズと出会った日を思い出す。

 故郷のフェアリーキングダムでは、ベルはこの世界で言うところの炭鉱夫を生業としており、その日も仕事で仲間の妖精や人間たちと共に鉱山を訪れていた。

 その時、仲間の妖精が闇の牢獄に囚われソルダークを生み出してしまった。

 そしてベルも闇の牢獄に囚われかけた時、間一髪のところでキュアブレイズに助けられた。

 その後キュアブレイズは自分を守りながらソルダークと戦い、勝利したのだ。

 その時既に、ベルはキュアブレイズの正体に関する噂を聞いており、実際に本人を前にしてその正体を確信した。

 彼女の正体が本当に自分の思う人ならば、フェアリーキングダムを守るために戦うことを躊躇ったりはしないだろう。

 それでもベルは、妖精とはいえ男の身でありながら、自分よりも幼い女の子に戦うことを強要しているに等しい状況が許せなかった。

 だがそのことを謝罪すると彼女は、力がないこと、戦えないことは罪ではない、と優しく諭してくれたのだ。

 それでも全ての責任をキュアブレイズに負わせているのに変わりはないと話すと、彼女はこう言った。

 

「私は誰からも強要されてるわけじゃないのよ。

 この世界に住む全ての人々が、私にとってとても大切な宝物なの。

 そして私にそれを守る力が、戦う力があるのだから、私は私自身の意思で、私の全てを賭けて戦うただそれだけよ。

 私は、好きでやっているのよ。」

 

 木漏れ日のように穏やかな優しさの内に、灼熱のように燃え盛る情熱を秘め、太陽のように眩しい笑顔を持つ少女。

 ベルはその後も何度かキュアブレイズの優しさと強さに助けられた。

 だがそんな彼女も半年にも及ぶダークネスとの戦いの末、ついに敗れてしまった。

 ベルはこの世界に逃げる際に流したキュアブレイズの涙を忘れられないでいる。

 もしも彼女がまだ、自分の故郷を守れなかったことを悔やんでいるのだとしたら、

 

「あの時助けてもらった分、今度は俺が助けにならないと。」

 

 その決意を胸に、ベルはキュアブレイズの捜索を続ける。

 すると芝生公園の方が何やら騒がしかった。

 

「こら嬢ちゃん!それは売り物だっての!!」

 

 何事かと思いながら騒ぎのする方を向くと、たこ焼きの屋台が目に留まった。

 そしてそこには一心不乱にたこ焼きを貪る『黄色のワンピース』を着た少女の姿がある。

 

「冗談だろおい・・・。」

 

 現実逃避したくなるような光景を目の当たりにしたベルは、先ほど新たな決意を胸に再開された

 キュアブレイズの捜索を慌てて断ち切り、騒ぎの元凶たる少女の元へと駆け寄っていった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 噴水広場からやや離れた芝生公園へ訪れたレミンは、芝生の上に腰掛けて辺りを見回す。

 

「ん~、見当たらないな~。」

 

 そんな簡単に見つかるようならこれまで苦労はしていない、と思いつつもレミンは芝生公園を一望する。

 キュアブレイズの姿はなく、代わりに目に映るのは幼い子どもたちが無邪気に遊ぶ姿だ。

 ふと空を見上げると真っ白な雲が気持ちよさそうに浮遊している青空。

 空の青色と芝生の緑色を見比べたレミンは、故郷でお気に入りの場所であった丘の上の風車小屋を思い出した。

 よくキュアブレイズと一緒にお昼寝をした、レミンにとっての思い出深い場所だ。

 

「早く会いたいな~。」

 

 自分がマイペースでちょっぴり我儘な性格であることは自覚している。

 キュアブレイズはそんな自分にも目くじらを立てることなく優しくしてくれた。

 自分に対してと言うよりは幼子たち全般に優しいのだ。

 ゆえに城下街に住む子どもたちからも姉のように慕われていた。

 だからこそ早く彼女に会いたい。

 また昔のように甘えたいと思う気持ちが半分、もう半分は、甘やかしてもらえた分、彼女に恩を返したいからだ。

 

「よ~し、頑張って探すか~。」

 

 一息ついたレミンが腰を上げたその時、

 

「ん?」

 

 何やらとても香ばしい匂いがした。

 クンクン、と匂いの元を探りながら振り返ってみると、そこにはたこの絵柄が書かれていた看板に大きく『たこ焼き屋』と書かれている屋台があった。

 

「たこ焼き・・・あれが噂のたこ焼き!」

 

 雛子の家のテレビを見せてもらったとき、『本場のたこ焼き屋特集』と言う番組を見たことを思い出す。

『たこ』と呼ばれる水棲類の肉をころもで包み専用の鉄板で揚げて作られる料理だったはずだ。

 雛子が商店街の出店で時々売られているから、機会があれば買ってきてくれると言っていたが、まさか買ってもらえる前に店を見つけてしまうとは。

 

「ゴクリ・・・。」

 

 熱を帯びた鉄板から湯気とともに漂う匂いがレミンの食欲を刺激する。

 食事の必要がない妖精に食欲と言うのも変な話だが、とにかくあれを食べてみたいと言う欲求に駆られた。

 テレビで見かけた、柔らかな食感を連想させる独特の色をした肉にパリっと小気味よい音を立てて割れる揚げたてのころも。

 そして食したレポーターの美味しそうな笑顔がレミンの脳内で再生される。

 気が付けばレミンは匂いにつられて屋台の目の前まで立っていた。

 

「いらっしゃい嬢ちゃん。」

 

 頭に鉢巻を巻いた恰幅の良い男性の店員は目に入らず、レミンは目の前で揚げられている出来立てのたこ焼きに視線が釘付けになる。

 

「嬢ちゃん?」

 

 これは商品だ。商品である以上お金を払って買わなければならない。

 それは故郷でも常識とされている事であり、レミンも当然そのことは理解できているはずなのだが、目の前に置かれたたこ焼きを前にそんな理性はあわくも消し飛んだ。

 

「いただきま~す!」

 

 その後レミンは、ベルに止められるまでの間、自分が何をしていたのか覚えていないが、初めて食したたこ焼きの味だけはしっかりと記憶されたのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 サクラが騒ぎを聞きつけると、口を青のりでベタベタに汚したレミンがベルに抑えられ、ベルはしきりに店員に頭を下げていた。

 その光景だけでサクラはこの場で何があったのかを全て悟った。

 

「本当にすみません!今手元に財布がなくて・・・いつか必ず払いますから!」

 

「いや、いつかって言われても、今払ってもらわないと困るんだが・・・。」

 

 会話の内容を聞いたサクラは自分の手元にあるものを見る。

『これ』を使えば問題は解決できるが、このような使い方は想定外であり不本意でもあるのだ。

 だがこのままだとベルが責任を負わされ、最悪警察に通報されて・・・

 

「いくら嬢ちゃんが相手でも、無銭飲食は立派な犯罪だよ。悪いけどここは警察を呼んで・・・。」

 

 と言う予想はあっさりと的中してしまい、サクラは反射的に店の前まで飛び出し、

 

「わ~!私が払います!払いますから!!」

 

「サクラ!?」

 

 手元にある『財布』からレミンが食した分の代金を支払うのだった。

 

 

 

 

「「はあ~っ。」」

 

 サクラが代金を支払うことで何とかあの場を切り抜けた妖精たちは、ベンチに腰掛けて休憩する。

 そしてサクラとベルは深いため息を吐いた。

 

「は~タコ焼き美味しかった~。」

 

 一方でレミンは呑気にそんなことを言ってのける。

 だが今のサクラは怒る気力すら沸かず、沈んだ表情のまま俯いていた。

 

「助かったよサクラ。しかしよくこの世界のお金を持っていたな。」

 

「・・・うぅ・・・。」

 

「サクラ?」

 

 ベルの言葉を聞いたサクラは低く唸りながら顔を両手で覆う。

 その様子にベルは戸惑うが、やがてサクラは静かに口を開いた。

 

「これね・・・蛍が私に貸してくれたお金なの・・・。」

 

「蛍ちゃんが?」

 

 サクラはベルに、このお金を預かった時の蛍との会話を話した。

 

 

 

 

 1週間ほど前、キュアブレイズを探すために家を出ようとしたチェリーは、蛍に呼び止められた。

 

「チェリーちゃん、これ。」

 

 蛍はチェリーに財布を手渡した。表面が色褪せており、使い古されたものであるようだ。

 

「蛍、どうしてこれを?」

 

「もしもなにかあったときのために、念のためかしてあげる。

 ほんの、5千円くらいしかはいってないけど。」

 

「5千円!?」

 

 金額を聞いてチェリーは驚く。

 蛍と一緒にお遣いに出かけることもあるチェリーは、この世界の通貨の単位も多少なりとも理解している。

 そして5千円と言う金額は、蛍の年代の子が持つものとしては、高価な金額である。

 

「このせかいでは、だいたいのことはお金があればなんとかなるはずだから。

 キュアブレイズをさがすために、ちょっと遠くの街へいくのにも、バスや電車がひつようだし、

 もしたりなくなったら、いつでもいってね。」

 

「こんなに沢山いらないし、これ以上はもらえないわよ!」

 

「だいじょうぶ、こうゆうときのために、ちゃんとおこづかい貯金してるから。

 それにわたし、じつは趣味でつかってる分のおかねは、おつかいのときにあずかってるおかーさんの、内緒ですこしつかってるの。」

 

 そう言いながら蛍は珍しく、悪戯めいた笑みで舌をペロっと出した。

 確かに、蛍は趣味である料理とお菓子作りの材料を、お遣いのついでに買っていることがある。

 だが彼女の言う通り、使っている金額は少しでしかなく、母の陽子にはその分の清算がきちんと書かれているレシートを渡しているので、内緒にしていると言いながらも口では言っていないだけだ。

 それに蛍は作った料理とお菓子を陽子と健治にも振る舞っているので、陽子も蛍が趣味にお金を使っているのを黙認しているのだろう。

 だが蛍は、評判の良いスイーツを買ったり料理やお菓子の本を購入したりと、それ以外にもお金を使うことが多い。

 そして5千円もあれば、それらの趣味も心行くまで満喫できるはずだ。

 その分を削ってまで自分に預けるだけでも申し訳ないのに、蛍の言う通りお金がないとこれ以上の行動範囲を広げることができないので、チェリーは受け取るべきか断るべきか悩み出す。

 

「あっ、つかれたら、なにかおいしいものでもかってたべてもいいんだよ?

 チェリーちゃん、いっつもキュアブレイズをさがすのにがんばってるんだから、そのためにおかねをつかうことは、ぜんぜんもったいなくないし、わたしがてつだえるのなんて、これくらいしかないから。」

 

「蛍・・・。」

 

 そんな蛍の優しさと気遣いがチェリーの胸に染みる。

 ここまで自分のことを思ってくれるのなら、その心遣いを拒否するのも失礼な話だ。

 

「ありがとう蛍。私、このお金大切に使うからね!」

 

 このお金は大事に使って行こう。

 私欲のためではなく、どうしても使わざるを得ない状況でのみ使って行くのだ。

 

 

 

 

 と、心に決めたはずなのに、

 

「どうしてこんなことで使わなきゃいけないのよ!」

 

 あの時の蛍の優しさを思い出したサクラは意気消沈しながらも大声で叫ぶ。

 初めての活用が食欲で我を忘れたレミンの弁償代だなんてあんまりである。

 

「お金のことに気が回るなんて、さすが蛍ちゃんだな。」

 

 一方、ひとしきりサクラを聞き終えたベルは感心の表情を浮かべていた。

 毎日家事に取り組んでいる蛍ならではの気遣いと言える。

 

「このお金は絶対に無駄に使わない。大切に使って行こうって決めたのに・・・。」

 

 故郷であるフェアリーキングダムはこの世界よりも文明は発展していないが、貨幣経済の概念は存在している。

 漁業や農業などの一次産業で生計を立てている農村では未だに物々交換が主流だが、城下街は硬貨が流通しており、力のある男が働きに出て稼ぎ、女は家事に努めて家を守っているのだ。

 労働条件が男女平等となっているこの国では前時代的な在り方かもしれないが、貨幣に対する根本的な価値観は同じであり、子どもは親の庇護の下、次世代を担うべく勉学に励んでいるのも同じで、その中で大人が我が子に貨幣の大切さを身をもって教えるために幾つかの硬貨を子に授ける、所謂お小遣いという考えも、故郷では自然と生まれたのだ。

 つまりサクラには、稼げに出られない子どもにとって、お小遣いと言うものがどれほど貴重なものであるかもわかっていたのだ。

 しかも当然、サクラには返す当てがない。

 貸してあげると言われているが、このお金は蛍から貰ったようなものなのだ。

 

「・・・えと、サクラ、ごめん。あとでちゃんと蛍にも謝るから・・・。」

 

 すると話を聞いていたレミンが、蛍のお金で自分の食欲を満たすことができたと言うことをようやく自覚したのか、細々と謝り出す。

 だがその程度ではサクラの怒りは収まらない。

 蛍からもらったお金の大切さを改めて認識したサクラは、それをレミンに叩き込むと言わんばかりに怒りを飛ばす。

 

「当たり前でしょ!蛍にちゃんと頭を下げて謝らないと承知しないからね!!」

 

「はっはい・・・。」

 

 そんなサクラの剣幕に、さすがのレミンも気圧されるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 レミンの食い逃げ未遂事件に怒りを爆発させたサクラがようやく落ち着きを取り戻し、十分な休憩を終えた頃、ベルは兼ねてより気になっていた疑問をサクラへと投げた。

 

「ところでサクラ、君は俺たちと会う前に、この世界でキュアブレイズと会っているんだよな?」

 

「え・・・そうだけど。」

 

 一呼吸をおいてサクラが返答する。

 この世界でサクラと再会してから、彼女にキュアブレイズの話題をふると、いつも決まりの悪そうな顔をするのだ。

 ベルはその理由を知りたかった。

 

「その時、何かあったのかい?

 君はキュアブレイズの話を聞くたびに、あまりいい顔をしなくなったから。」

 

「・・・やっぱり、気づいていたのね。」

 

「サクラ、キュアブレイズに何かあったの?」

 

 レミンも不安を帯びた声でサクラに尋ねる。

 

「・・・実はね・・・。」

 

 そしてサクラは寂し気な表情の口元に淡々とした言葉を連ねて、この世界でキュアブレイズと再会した時に何があったかを話してくれた。

 蛍が初めて変身したとき、ソルダークと戦うことから逃げ出した彼女を糾弾したこと。

 蛍がリリスを退けたとき、蛍からのお礼の言葉を聞かずにその場を立ち去ったこと。

 そして常に険しい表情を浮かべるようになり、物言いもどこか刺々しくなってしまっていたことを。

 

「そんなことがあったんだな・・・。」

 

 話を聞く限りでは信じられない内容だった。

 戦いを恐れる蛍を糾弾するなんて、自分の知る優しいキュアブレイズがやることとは思えない。

 そして何よりも、あの太陽のように眩しい笑顔を見せなくなったことが信じられなかった。

 

「それ・・・本当なの・・・?本当にキュアブレイズが・・・?」

 

 レミンが目に涙を浮かべて言葉を詰まらせる。

 彼女のことを姉のように慕っていただけに、ショックが大きかったようだ。

 

「ええ・・・でもキュアブレイズは、私がソルダークにやられて傷ついたとき、心配するような表情を見せてくれたの。

 それに最初は私のこと、迎えに来るって言ってくれた。

 変わってしまったように見えるけど、心はきっと、優しいキュアブレイズのままのはずよ。

 だから早くキュアブレイズを見つけてましょ!」

 

 サクラの言う通り、キュアブレイズが優しさを失うとは思えない。

 だがもしもキュアブレイズがフェアリーキングダムを守れなかったことに負い目を感じていたとしたら、変わってしまった原因はそれかもしれない。

 それを確かめるためにも、いち早くキュアブレイズを見つけだそう。

 ベルだけでなく、サクラもレミンも同じ思いを胸に秘め、キュアブレイズの捜索を再開するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍が時計に目を向けると、時刻は正午に差し掛かっていた。

 先ほどまでは勉強に集中していたが、ちょうど昼食の時間だと意識した途端、思い出したかのように空腹に見舞われ、

 

 グウゥゥ~

 

 自分からではなく隣に座る要のお腹から虫の音が鳴り響いた。

 

「いや~お腹空いた。雛子、お昼も近いし少し休憩しよっさ。」

 

 腹の虫を盛大に聞かれたのに恥じらう様子を見せない要と、そんな彼女に対して呆れた表情でため息をつく雛子。

 

「あはは、そうだね。ひなこちゃん、そろそろきゅうけいにしない?」

 

 そんな2人に苦笑しながら、蛍も要に同意する。

 一度空腹を意識してしまうと、勉強にもなかなか集中できなくなるものだし、どのみちそろそろ食事と休息を十分に取らないと集中力が続く状態でもなかっただろう。

 それだけ今回の勉強会はなかなかハードな内容だったが、友達と一緒に勉強ができる環境にいることが、蛍のモチベーションを最大まで高めていた。

 結果蛍は、今までないくらい勉強に集中することができたのである。

 

「蛍ちゃんが言うなら。

 それよりも要、ちゃんと教えたこと覚えてるでしょうね?」

 

「はいはい大丈夫大丈夫。」

 

 一方要は、雛子の問いを軽くあしらいながら本棚にある数少ない漫画に手を伸ばしている。

 すっかり休憩ムードに入っており、そんな彼女を見習い、蛍も姿勢を崩して寛ぎ始めた。

 そんな自分たちの様子をみた雛子は苦笑しながら自身のノートを閉じる。

 

「もう、しょうがないんだから。

 午後もビシバシ行くから覚悟しなさいよ。」

 

「お手柔らかにお願いしますよ、雛子先生。」

 

『雛子先生』と言うワードに思わずクスリと笑ってしまう蛍だが、他人事ではなかった。

 読書好きでメガネをかけた文学少女は総じて成績も優秀、なんて先入観を持つつもりは無いが、雛子に関してはそのイメージ通りだ。

 自分も午前の間、わからない箇所を何度も雛子に質問したが、その全てに答えてくれたし何より教え方がとても上手い。

 人に教えるにはその2倍の知識が必要と言われているように、他者に教えるには相応の知識は勿論、それをわかりやすく伝えるための表現力も必要となってくる。

 特に夢ノ宮中学校は、進学校に匹敵するほどのレベルのはずなのに、それを分かりやすく丁寧に教えることの出来る雛子の学力は、蛍から見れば計り知れないものである。

 

(せっかくひなこちゃんがわかりやすく勉強をおしえてくれるんだし、わたしもがんばらないと!)

 

 2年生に進学した分、勉強の難易度が上がったというのもあるのだろうが、日々出される宿題でも頭を痛めることが多い現状では、満足のいく結果を出すことは難しいだろう。

 もしも低い点数を取ってしまったら、この場を設けてくれた雛子に申し訳がないし、両親にも、家事に時間を取られたために勉強する時間がなくなった、なんて余計な心配をかけたくないのだ。

 別段、両親を安心させるために学校の勉強を頑張っているわけではないが、負担になりたくないと思っている以上、少しでも不安に思わせるような要素は極力なくしたい。

 だから今回の試験は、最低でも平均点は目指しておきたいのだ。

 

「ヒナちゃん、みんな。お昼ごはんで来たわよ。」

 

 すると雛子の祖母である菊子が、部屋のドアを開けてきた。

 

「あっどうも、ゴチになります菊子さん。」

 

 まるで家族を相手に接するかのように、砕けた口調で菊子と話す要。

 

「あっありがとうございます!」

 

 蛍は蛍で、緊張の面立ちで深々と頭を下げる。

 

「じゃあ、お昼ご飯を食べて、少し休憩しましょうか?」

 

 そして雛子がこの場を収め、3人は昼食をとるためにリビングへ向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 リビングを訪れると、食卓の上には既に料理が並んでいた。

 ご飯と味噌汁、焼き魚にこんにゃくと蓮根の煮物、そしてほうれん草の白和え。

 どちらかと言えば和食派の蛍は、綺麗に並べられた一汁三菜に目を輝かせる。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

「はい、召し上がれ。」

 

 以前、雛子の家に泊まったときも、朝食に菊子の手料理ご馳走してもらったが、シンプルながらも味わい深い菊子の料理はとても印象的で、とても美味しかった。

 菊子の料理は、料理を始めてから10年も満たない自分の腕では到底並び立つことが出来ないほど熟練されている。

 人はどんなに努力しても時間を早めることは出来ない。

 重ねて来た年月は絶対に覆らないからこそ、自分たちよりも遥かに長い年月を経験している年寄りの知識と技術は素晴らしいものなのだ。

 と言う母の言葉を蛍は思い出す。

 そして菊子を見て、その言葉を肌で実感した。

 自分が彼女の技術に追いつくには、彼女と同じ年月を重ねなければならないだろう。

 

「よし、昼ごはん食べたらちょっと街まで出かけない?」

 

「こら!要!」

 

 すると食事をしながら要が外出の提案をしてきた。

 さすがに今回は遊ぶためでなく、勉強会として集まっているので、本来の趣旨とはズレている要の提案に、雛子は眉を潜めながら注意する。

 

「ほんのちょっとお菓子とジュースを買うだけやって。

 少しくらいは気分転換は必要でしょ?」

 

「またそんな調子の良いこと言って。」

 

「なっ?お願い!ほんの30分くらいでええから!

 さすがに朝からずっと勉強尽くしで部屋に引きこもりってのは辛いんだって。」

 

 両手を合わせて懇願する要。

 日がな一日部屋に籠っての勉強漬けは、スポーツ少女の要にとっては相当窮屈なのだろう。

 それに少しばかり外出して、日光に当たり体を動かすことで気分転換を図るというのは決して悪くない提案である。

 

「もう、しょうがないわね。おやつを買ったら寄り道しないですぐに帰るわよ?」

 

「サンキュー!」

 

 親指を立てサムズアップをしながら喜ぶ要。

 勉強の合間に食べるおやつであれば、甘いものが良いだろうか?そんなことを考えながら、蛍たちは昼食を取り終えるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 リリンが噴水広場にある時計を見上げると、時刻は正午を過ぎかかっていた。

 今の時間は一般的には『昼食』と呼ばれる食事の時間を終えるころだ。

 休日のこの時間帯は、蛍と遭遇する可能性が最も高い時間であることは、これまでの経験から立証されている。

 だからリリンは今、この地へと降り立ったのだが、

 

「・・・なぜあなたたちまでついてきてるの?」

 

 今回はサブナックとダンタリアも共に降りて来たのだ。

 はっきり言って2人がいても邪魔でしかなく、リリンは2人を邪険する。

 

「別に、僕は僕の目的のためにここに来ただけさ。

 そろそろ新しい素材を探す頃合いだと思ってね。」

 

 いつも通り人を逆なでする口調で答えるダンタリアは、水色の髪に青の瞳を持つ人間の姿をしていた。

 ダンタリアの人間としての姿を見るのは初めてだが、リリンには興味のないことだ。

 

「それと、君がその姿の時はリリンって名前があるように、僕にもこの姿の名前があるのさ。

 この姿の時は、僕のことは『グリモア』って呼んでくれよ。」

 

 興味がない、と言う意を込めてリリンはダンタリア改めグリモアから視線を外す。

 するとグリモアは隣に立つサブナックの方へ視線を向けた。

 サブナックもまたグリモアと同様、人に姿を変えている。

 

「ところで、君にもその姿の時の名前はあるのかい?」

 

「一応、考えて来た。」

 

 こちらにも興味はない。

 リリンがそう思ってこの場を立ち去ろうとしたその時、

 

「聞こうか?」

 

「サブローだ。」

 

「「・・・。」」

 

 あまりにも予想外な答えが耳に届いてしまい、つい足を止めてサブナック改めサブローへと振り向く。

 一方グリモアはその名前を聞いた途端、額に手を当てて呆れ交じりのため息を吐いた。

 

「・・・なんだ?」

 

 自分たちの様子を見て流石のサブローもおかしいと思ったようだが、聞き返してくるあたり、彼が如何にバカな名前を考えたのかわかっていないようだ。

 行動隊長は人間の姿に変えられるとは言っても体型までは変えることができない。

 そして体型が10代の少女とさほど変わらない自分や、細身で成年男子の平均身長をやや上回る程度の身長を持つグリモアと違い、サブローは2mを優に上回る高身長に加えて、筋骨隆々とした肉体を持つ。

 オマケに肌は褐色で髪は銀色と、明らかにこの国の人間の基準を逸脱した容姿だ。

 その姿で名前が『三郎』?

 この国では前時代的な名前だと言う以前に、この国の人とあまりにもかけ離れや容姿で名前がサブローだなんて、傍から見たら怪しい人物ことこの上ない。

 このバカはこの世界の常識について未だに何も学んでいないと言うのか?

 

「くれぐれも、こっちの方には近寄って来ないでよね?サブロー。」

 

「同感だね。君が側にいるとイヤでも目立ってしまうよ。サブロー。」

 

 例によってサブローが邪魔だと言う意見が一致したリリンとグリモアは、各々目的のために動き出す。

 

「・・・サブローの何がいかんと言うのだ?」

 

 

 そこじゃないわよバカ。

 そこじゃないだろバカ。

 

 

 そしてこれまた例によって、最後まで意見が一致した。

 

「ちょっと、そこの君。」

 

「ん?」

 

 すると1人の男性がサブローに声をかけてきた。

 服装からその男がこの世界の行政機関に勤める『警察官』であることがわかる。

 案の定さっそくこの国の行政機関に目を付けられたようで、リリンとグリモアはやや早足でこの場を離れる。

 

「見たところこの国の人ではないようだけど?パスポートは持っているか?」

 

「なんだそれは?」

 

「え?・・・君、名前は?」

 

「サブローだ。」

 

「・・・少し同行してもらうけどいいか?」

 

 そしてサブローはさっそく警察官に連れられ、近くにある交番まで連行されることになった。

 リリンとグリモアは他人の振りをし、連行されるサブローを心から侮蔑するのだった。


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