ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第1話・Aパート

 伝説の戦士誕生!希望の光、キュアシャイン!

 

 

 

「蛍、蛍、まだ寝ているの?」

 

 下の階から聞こえる母の声で、一之瀬 蛍(いちのせ ほたる)はようやく目を覚ました。

 身長130cm程度。肩の位置まで伸ばしたピンク髪のセミロングの少女は、

 もぞもぞと布団の中で動き、枕元に置いてある目覚まし時計に手を伸ばす。

 寝ぼけ眼をこすりながら、時計の針に目をやると・・・。

 

「え・・・10時!?」

 

 一瞬で眠気が吹き飛んだ蛍は、飛び上がるようにベッドから跳ね起きた。

 目覚まし時計の音が嫌いな蛍は、休日は基本的に使わない。

 寝坊の許されない平日では、仕方なくアラームをセットするが、毎日寝る時間、起きる時間をしっかり決め、規則正しい睡眠サイクルを習慣付けた今では、アラームが鳴る前に目を覚ます。

 休日も朝7時起きを習慣付けている為、自然とその時間に起きることが出来ていたのだ。

 それなのに10時まで寝てしまうとは、普段の習慣を考えれば寝坊した、なんてレベルではない。

 急いで服を着替え、愛用のヘアピンを前髪の両端に留め、早足で階段を駆け下りリビングへと向かう。

 

「おかーさんごめん!ごはんは・・・」

 

「やっと起きたわね。おはよう蛍。ご飯ならもう作ってあるから。」

 

 母の陽子(ようこ)は、慌てて来た蛍を諫めるように声をかけた。

 10時まで寝ていたことを、特に怒っている様子ではないが、朝食の支度を母1人に任せてしまい、蛍は申し訳なく思う。

 

「ごめんなさい・・・おひるはわたしがつくるね。」

 

「いいわよ。いつもはお母さんが助かってるんだし。

 ほら、お昼までに洗い物済ませたいから、早く食べちゃいなさい。」

 

「うん・・・」

 

 蛍は重い足取りのまま、テーブルへついた。

 目の前にあるソファでは、父の健治(けんじ)が寛ぎながらテレビを見ている。

 

「蛍、おはよう。今日は珍しくお寝坊さんだな。」

 

「おとーさん、おはよう。」

 

 蛍に気づいた父が声をかける。父に返事をした蛍は、そのまま黙々と朝食を食べ始めた。

 

「お父さんとお母さん、お昼にはご近所の方々に挨拶に回るけど、蛍はどうする?」

 

 父の言葉に、蛍は一旦、手を止めた。昨日は一日中、家の整理と後片づけで忙しく、近隣の住民へ挨拶する時間がなかったが、

 例え時間があったとしても、蛍は一緒に回るつもりはなかった。

 初対面の人を相手に、ちゃんとした挨拶が出来る自信はない。

 そんな自分がついて行っては、両親の印象も損ねてしまうだろう。

 それに蛍にはまだ、今の状況を受け入れられるだけの余裕がない。

 

「・・・わたしはいい。」

 

「・・・わかった。じゃあ蛍は、明日の準備でもしておきなさい。明日から新しい学校だろ?」

 

「うん・・・」

 

 父はそんな蛍の心境を察してか、無理強いはしなかったが、続けて放たれた一言が、再び蛍の胸に重くのしかかる。

 新しい学校、そのことを考えるだけで、昨夜一晩、不安で寝付くことが出来なかった。

 今日10時まで寝てしまったのも、きっとそれが原因なのだろう。

 そのまま父との会話は途絶え、蛍は遅めの朝食を取り終えるのだった。

 

 

 朝食を終えた蛍は、食器を流し台まで運び、自分で洗い始めた。

 

「そうだ蛍。お母さんたちが挨拶に回ってる間に、夕飯のお遣い、頼んでもいいかしら?」

 

「ええっ!?」

 

 母が突然、とんでもないことを言い出す。

 蛍は驚きのあまり、手から滑らせてしまった食器を慌てて取り直した。

 

「こら、危ないでしょ。」

 

「ごっごめんなさい・・・でもどうしてわたしが?」

 

「蛍、良く学校の帰りに、お遣いに行ってくれてたじゃない?

 だから早いうちに、この街のお店の場所とか覚えた方がいいと思って。

 昨日この辺りのことを一通り調べてみたのだけど、商店街の方まで行けば、スーパーや市場もあるみたいよ。」

 

「でも・・・。」

 

 母の言うことは建前である。

 本当のことを言えば、蛍に早くこの新しい環境に慣れてほしいのだろう。

 そんな母の気持ちは嬉しいが、蛍はすぐに首を縦に振ることが出来なかった。

 

「ね?お願い。夕飯は蛍の好きなものを作ってあげるから。」

 

「・・・わかった。」

 

 だが母の頼みを断る理由が思いつかなかった蛍は、不安な表情のまま、お遣いを承諾するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 夢ノ宮市。それなりの大きさを持つこの市に、蛍たちはつい昨日、引っ越して来たばかりだ。

 正午が過ぎ、昼食を終えた蛍たちは、それぞれ家を出ていった。

 

「蛍、最初の内は、慣れないことが多くて、不安かもしれないけれど、

 これから、ここに暮らすことになるのだから、怖がってばかりいないで、

 少しずつ慣れていきましょう。ね?」

 

 家を出る前の母の言葉を思い出す。

 だが、そんな母の優しい言葉も、今の蛍には慰めにならなかった。

 蛍は小さな体をさらに丸めながら、重い足取りで街を歩いていく。

 当たり前だが、右を見ても左を見ても、見慣れぬ風景ばかりが続いた。

 道行く人々も皆、見知らぬ人たちばかりだ。

 

(なんで・・・こんなとこにきちゃったんだろ・・・。)

 

 そんな理由など、とっくにわかりきっていることだった。

 幼い蛍では、どうすることも出来なかったということも。

 だからこそ蛍は、今の状況を悔やんでも、悔やみきれなかった。

 去年の一年間のことを思い出す。あともう少しのところで、自分の『夢』に近づくことが出来たのに。

 

(わたし・・・これからどうしたらいいんだろ・・・。どうしてこんなことに・・・。)

 

 見慣れぬ街並み、見慣れぬ人々、明日に控えた新しい学校。

 蛍を取り巻く様々な状況が、胸いっぱいの不安を作り出す。

 そんな不安に押し潰されそうになり、目に涙を浮かべたその時、

 

「ねえ、そこのあなた?」

 

「ひっ。」

 

 突然、後ろから声をかけられた。

 驚いて振り向くと、そこには1人の少女が立っていた。

 背丈は自分よりも少し上。膝まで届く長い黒髪と、前髪の合間から見える赤い瞳が印象的な少女だ。

 

「ごめんなさい。急に話しかけられたらびっくりするよね?」

 

 この街に住む子だろうか?でもなぜ自分なんかに声をかけたのだろう。

 

「ねえ、よかったらすこし、お話しない?」

 

 すると少女から、さらに驚きの言葉が出て来た。

 

「え・・・?」

 

 目の前の状況が飲み込めず、戸惑う蛍だが、

 突然声をかけられた驚きから、上手く返事をすることが出来ず、

 

「ほら、こっちに噴水広場があるから。」

 

「わっ・・・」

 

 結局、反論も出来ないままに流され、目の前の少女に手を引かれていった。

 繋がれた少女の手は、妙に冷たい気がした。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 少女に手を引かれた蛍は、本来の目的地であった商店街を抜け、噴水公園を訪れた。

 蛍と少女は、噴水周りにあるベンチへと腰掛ける。

 

「そういえば、名前まだきいてなかったね。あたしはリリン。」

 

「いちのせ ほたる・・・です。」

 

「ほたるって言うんだ。」

 

「あの・・・どうしてわたしとおはなしがしたいって?」

 

「どうしてっていわれても・・・放っておけなかったから、かな?

 だってあなた、今にもなきだしそうな顔をしてるんだもの。」

 

 たったそれだけのことで、見知らぬ自分のことを気にかけてくれたのだろうか?

 半信半疑の蛍ではあったが、リリンの声色はとても優しかった。

 

「ねえ、悩み事があるのなら、はなしてみない?人にはなすだけでも、

 気持ちが楽になるかもしれないし、あたしでよければ、ほたるの力になるよ?」

 

「・・・。」

 

 普段の蛍なら、初対面の相手に悩みを話すことなんてしないだろうし、そもそも会話すら出来るのか怪しい。

 だが引っ越しが決まった時から、ずっと抱え込み続けてきた不安が、初めての土地に足を踏み入れたことで表面化していった。

 そんな不安を前に、蛍の心はもう押し潰される寸前だった。

 そんな中で初めて出会った相手が、歳の近い少女という親近感と、悩みを聞いてくれる、と優しい声色で話しかけてくれたことが、蛍の不安を少しずつ、取り除いていったのだ。

 この子になら、話してもいいかもしれない。そう思えてくるほどに。

 

「・・・わたしね、きのうここに引っ越してきたばかりなの・・・。」

 

 もう、限界だった。

 1人で抱え込むことが出来なくなった蛍は、自分が抱いていた不安を全て、リリンへと話し始めるのだった。

 

 

 蛍は、昔から人と接するのが苦手だった。

 臆病のあまり、話しかけられても言葉に詰まり、話す時も声が擦れ、目を合わせることが出来ない。

 人の多い場所には怖くて近寄れず、誰かが近寄ればすぐに逃げ出してしまう。

 そうやってずっと人を避け続けた。

 

「ほんとうはね・・・ずっとトモダチがほしかったの・・・。

 でもわたし、おくびょうだから、ひととはなすのがにがてで・・・。

 そんなわたしじゃ、だれかとなかよくするなんて・・・ぜったいにむりだって・・・。」

 

 臆病だけど、独りぼっちは寂しいから嫌だ。

 独りぼっちは寂しいけど、臆病だから友達が出来ない。

 そんな負の感情を連鎖させていった蛍は、臆病な自分を責め続けていく内に、何事に対しても後ろ向きで、消極的な考え方しか出来なくなっていった。

 蛍はそんな自分のことが、大嫌いだった。

 

「でもね・・・このままじゃダメだって、おもったんだよ・・・。

 かわらなきゃ、かわっていかなきゃダメだって、わたし、がんばったんだよ・・・。」

 

 友達に囲まれた周りの人たちを妬みながらも、ずっとその輪に入りたいと思っていた。

 友達という存在に、強い憧れを抱いていたからだ。

 一緒にお喋りをしたり、お昼を食べたり、休日には家を訪ねて遊んだり、どこかで待ち合わせの約束をしてお出かけをする。

 テストが近づけば一緒に勉強をして、学校の行事があれば力を合わせて取り組む。

 そんな友達同士で仲良く過ごせる日常を、ずっと夢に見続けてきた。

 だからこそ蛍は、自分を変えるのだと決心した。

 そしてその為に、自分なりの努力をしてきたのだ。

 同じ学年の女子生徒は、クラスの異なる子も含めて顔と名前を全て覚えた。

 女子の間で話題になっている、流行もののファッションや音楽、女性人気のある芸能人やアーティスト。

 これまで興味のなかったことも、友達が欲しいという一心で勉強した。その為に去年の一年間を全て費やし、

 今年の春、新学期が始まると同時に、新しい自分に変わろうとしたのだ。

 ずっと胸に抱き続けて来た、友達が欲しいと言う夢を叶えるために。

 

「それなのに・・・きゅうに転校することになっちゃって・・・。」

 

 そんな蛍の努力をあざ笑うかのような、最悪のタイミングだった。

 しかもその理由は、父の仕事の都合。引っ越しの理由としてはごくありふれた、だが子供の蛍にはどうしようもない、残酷な理由だった。

 蛍は初めて、父から転校の話を聞いた時のことを思い出す。

 

(なんで転校なんかしなくちゃいけないの!

 あたらしいとこなんて、おとーさんひとりでいけばいいじゃない!!

 ぜったいにイヤだ!!おとーさんなんか大キライ!!)

 

 父に対してあそこまで酷いことを言ったのは初めてだった。

 その後も駄々をこねて泣き続けた。今だって、理不尽だと思うときがある。

 変わろうとした自分の決心を折られてしまったのだから。

 

「もうわたし、じぶんのことをかえたいってがんばるの・・・むりだよ・・・。」

 

 抱えていた悩みを全てリリンに打ち明けた蛍は、気が付いたら涙を流していた。

 初対面の人を前に泣き出すなんて、情けないと思いながらも、溢れ出す涙を止めることが出来なくなった。

 蛍は両手で涙を拭いながら、リリンから目を反らす。

 リリンは蛍の話をずっと静かに聞いてくれた。

 そして全てを聞き終えたリリンは、しばらく考え込む素振りを見せたから、蛍に問いかけてきた。

 

「でも、かわりたいって気持ちは、いまでもあるんだよね?」

 

「え・・・?」

 

 突然の言葉に驚き、蛍は思わず顔をあげる。

 

「ほたるは、そこから一歩踏み出せないだけで、

 かわりたいって気持ちは、今でもずっとあるんだよね?」

 

 リリンの言葉を聞き、蛍は改めて自分の胸中を振り返る。

 理不尽な転校、新しい場所、新しい学校への不安。

 蛍を取り巻く全ての環境が、蛍に夢を捨てろと訴えているかのようだ。

 

「・・・。」

 

 だがその中でも蛍は、自分の中に未だに燻り続ける思いがあることに気が付いた。

 ずっと抱き続けて来た、友達が欲しいと言う思いを。

 

「うん・・・。わたし、かわりたいよ。かわることができるのなら、

 かわりたいって、いまでもおもっているよ。

 でも・・・ずっと暮らしてたとこでも、かわることができなかったんだよ・・・。

 それなのに、この街でかわることなんて・・・。」

 

 するとリリンはベンチから立ち上がり、蛍の正面へと体を向けた。

 蛍が不思議そうにリリンを見上げると、彼女は右手を胸元へ運び、左手を右手の甲に添えた。

 そして祈るように両手を握った後、柔らかく蛍の胸元へと両手を添えた。

 

 

「きゃっ。」

 

 突然胸を触られた蛍は困惑する。

 

「なっなに・・?」

 

 だが恥じらう蛍を気にせず、リリンは静かに答える。

 

「今、あなたにおまじないをかけたの。」

 

「おまじない?」

 

「あなたに足りないものは、ほんのちょっとの勇気。一歩踏み出すための、小さな勇気。」

 

「一歩・・・踏み出すための・・・。」

 

 ほんの少しの勇気?たったそれだけが足りていないものなのか?

 自分に足りないものであれば、いくらでも思いつく蛍は、不思議そうな顔でリリンを見る。

 

「今、あなたにそんな勇気が出るおまじないをかけたから。ほら、やってみて?」

 

 リリンは再び、先ほど見せたおまじないのポーズを取り、蛍にやってみるよう促した。

 蛍もリリンに倣い、右手を胸元に運び、左手を右手の甲に添え、そのまま拳を握り、自分の胸に手を当てた。

 

(ほんのちょっとの・・・勇気。)

 

 蛍は勇気と言う言葉を念じる。

 

「ね?勇気、わいてこない?」

 

 すると先ほどリリンに触られたあたりが、熱くなっていく感じがした。

 まるで彼女の優しさが、胸に染み渡っていくように、冷めきった蛍の心に浸透していく。

 彼女から得た勇気のおまじないが、蛍の隅々にまで染み渡る。

 

(一歩ふみだすための・・・ちいさな勇気・・・か・・・。)

 

 このおまじないがあれば、自分にも、ほんの少しの勇気を出すことが出来るかもしれない。

 我ながら単純だなと思いながらも、蛍にとってはこのおまじないは、もう一度、頑張ってみようと思うことができるきっかけとなったのだ。

 

「ありがとう。リリンちゃん。わたし、もう一度だけがんばってみるよ。」

 

 蛍は微笑みながらリリンにお礼を言う。

 

「よかった。ほたる、今日初めてわらったね?」

 

「え・・・?」

 

 リリンにそう言われて、蛍は自分が、笑っていることに気がつく。

 誰かの前で笑顔を見せることが出来たのなんて、初めてかもしれない。

 リリンに対して笑顔を見せることができた。それがまた、蛍の背中を強く押す。

 

「がんばれ、わたし。」

 

「ほたる、がんばってね。」

 

「うん!ありがとう、リリンちゃん!」

 

 一度折れた蛍の決心は、リリンとの出会いを機に蘇っていくのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「え?じゃあリリンちゃんも、この街にきたばかりなの?」

 

「うん、だからほたるが、はじめての街で不安を抱えていたこと、なんとなくわかったんだ。

 あたしも、最初はそうだったから。」

 

 それからしばらくの間、リリンと他愛のないお喋りを続けてたが、

 気が付けばお遣いの為に家を出てから、だいぶ時間が経っていた。

 

「あっ、もうこんなじかん・・・わたし、おつかいたのまれてるんだった。」

 

「そっか。」

 

 ここでお別れになるのは名残惜しいが、あまり帰りが遅くなると、両親が心配するだろう。

 歳の割には子供っぽさが抜けない蛍に対して、両親はやや、過保護気味なところがある。

 

「リリンちゃん。今日はありがとう。えと・・・またこんど、おはなし、できたら・・・」

 

「うん、いつでもいいよ。あたし、普段はこの辺にいるから。」

 

 リリンとまた会える約束が出来た。

 それだけで蛍はとても嬉しくなり、明るい笑顔を浮かべた。

 

「うん!じゃあ、またね!リリンちゃん!」

 

「またね。」

 

 来る時とは打って変わって、晴れやかな気持ちの中、蛍は噴水公園を離れ、商店街へと戻っていった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍の背中を見送った後、リリンは人目のつかない場所へと身を潜める。

 

「あの程度の言葉で、単純なものね。」

 

 初対面の自分に対して、抱えていた悩みを全て話してしまうなんて。

 だが所詮、人間の心なんてそんなものなのだ。

 相手の心を揺さぶる僅かな甘言さえあれば、容易く本心を晒してくれる。

 その上、心を意のままに操るための常套句なんていくらでもあり、後は相手のパターンに応じて、常套句を組み合わせた文章を組み立てていくだけでいい。

 それを読み上げれば、人は容易く扇動することが出来る。

 先ほどの少女も、本心を隠し、殻に籠っているように見えたが、その中身を引きずり出すなど造作もなかった。

 最も、あの程度の常套句であそこまで気を許してしまうあたり、彼女は特別、扱いやすいようだが。

 しかもあんなデタラメなおまじないを信じ込むなんて、何て単純な生き物だろうか。

 彼女に近づいたのは、程良い『素材』が欲しかっただけだと言うのに。

 最も彼女の場合、『素材』はよかったが、些か自分で傷を付け過ぎていた。

 よほど自分に自信のない、弱い生き物なのだろう。

 

「その場合は、ほんの少しでもいいから、機嫌を取るような会話をしろ・・・か。」

 

 リリンは、そう学習してきた。

 実際今の彼女であれば、十分に『条件』を満たしてくれる。

 

「あなたの絶望、頂くわよ。蛍。」

 

 言いながら彼女は、左手を横へ伸ばし指をスナップする。

 すると、両手足の爪は鋭利に伸び、背には翼を、尻には牙を持つ尾が現れた。

 黒髪はエメラルド色に変わり、服装も別のものへと移り変わる。

 リリンの姿が、一瞬にしてリリスへと変わるのだった。

 

「ターンオーバー。希望から絶望へ。」

 

 その言葉と同時に、リリスの周囲から眼に見えない空間が拡がっていった。

 空間は瞬く間に夢ノ宮市を飲み込んでいき、そこにいる人々が1人、また1人と姿を消していった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「ようやく・・・ここまで来た。」

 

 僅かに感じる仲間たちの気配を探り、チェリーはようやくこの場所へと辿りついた。

 この世界では、妖精の力は存分に発揮できない為、力の正確な場所も数もわからないが、この地に仲間がいることだけは確実だ。

 辿りつくのにかなりの時間を費やしたが、ようやくチェリーは、仲間の手がかりを掴めるところまで来たのだ。

 

 

「っ!?闇の力!?」

 

 だがチェリーは、その地に目に見えない空間が拡がっているのを感じた。

 自分の故郷を飲み込んだ空間と同じ気配、まさかやつらがこの世界にも現れたのだろうか。

 自分たちの故郷を消した、あの黒き闇が。

 

「闇の牢獄が拡がっている・・・早くキュアブレイズと合流しないと。!」

 

 チェリーは急ぎ、黒の闇に飲み込まれていく地、夢ノ宮市へと飛んでいくのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 お遣いを終えた蛍は、足取り軽く帰路についていた。

 

(あしたから、あたらしい学校・・・不安だけど、

 リリンちゃんからおしえてもらった、このおまじないでがんばろ。)

 

 リリンから学んだ勇気のおまじないを胸に、蛍は明日へと思いを馳せる。

 その時、ふと、寒気を感じた。

 

「?」

 

 ほんのりと冷たい風が肌に当たるような感覚。

 4月に入ったとはいえ、まだ微かに寒さの残る時期だからだろうか。

 そう思い、特に気にせず帰ろうとしたその時、

 

 

 変わることが出来るって思ってるの?

 

 

「え・・・?」

 

 突然、声が聞こえた。蛍は辺りを見回すが、周囲に人はいない。

 気のせいか?と思ったが

 

 

 今までずっと、臆病だったわたしが、本当に変わることが出来るなんて思ってるの?

 

 

「なに・・・?いまのこえ?」

 

 思わず耳を塞ぐ蛍。

 

 

 何度変わりたいって思ってきたの?

 何度挫折してきたの?

 そんな弱虫な私に今更何が出来るの?

 

 

 だが、その声を遮ることは出来なかった。

 声は頭の中に直接響いていく。

 突然の怪奇に震える蛍だが、やがて気が付くことがあった。

 

「わたしの・・・こえ?」

 

 響いてくる声は、自分の声だ。自分の声が頭の中で木霊する。

 

 

 友達が欲しいとか、独りぼっちが嫌だとか言ってるくせに、

 誰とも仲良くしない、話そうともしない。

 諦めきれずに周りを僻み続けて、でも一度だって行動しなかったじゃない。

 

 

「なに?なんなの!?」

 

 頭の中に木霊する声は、さらに数を増していく

 

 

 どうせわたしは変われなかったよ。

 引っ越しなんて関係ない。

 あの町にいたって同じ、

 友達なんて作れなかったに決まってる。

 

 

「なんなのよこれえ!!?」

 

 これ以上聞きたくなかった。

 心を抉るその言葉は、これまで自分が抱えてきた思いの数々だった。

 決して否定することのできない、蛍自身の心の内側。

 奥底に封じ込めていた負の感情が、自分の声で無理やり引きずり出されていく。

 

 

 今までと同じことの繰り返しよ。

 新しい学校が始まったって友達なんて出来っこない。

 

 

「やめてえ!!わたしは・・・わたしは、今日からかわるんだ!

 この・・・おまじないで・・・。」

 

 蛍はリリンから教えてもらったおまじないをしようとする。だが、

 

 

 そんなおまじない、本当に効果があると思ってるの?

 

 

「っ!?」

 

 自分の声が、リリンのおまじないを否定する。

 

 

 わたしは、ずっと独りぼっちだよ。

 これまでも・・・これからもずっとね・・・

 

 

 蛍が心の一番奥底に、閉じ込めていたはずの言葉が響く。

 

 

「いやああああああああああああっ!!!!」

 

 

 蛍の叫び声が、静寂に包まれた空に響き渡っていった。

 


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