一同はクレープを買い終えた後、近場にあったベンチに腰掛けた。
蛍と雛子はそれぞれクレープを頬張り、要が物欲しそうな目で雛子のクレープを凝視し、その視線に耐えられなくなった雛子が仕方なく、一口だけと言いながら要にクレープを差し出す。
「あっ、ちょっと要!食べ過ぎよ!」
「そんな食べ過ぎでもないやろ!」
「私にとっての一口の範疇を超えているわ!」
「何それ!雛子のケチ!」
「ふふっ、も~ふたりとも、ケンカしないで、なかよくたべよーよ。」
要と雛子が言い争い、蛍が微笑みながら2人の喧嘩を制する。
そんな3人の様子をリリンはずっと横で眺めていた。何とも姦しく浅ましい光景。
だけど蛍は笑顔を浮かべており、要と雛子は言い争いながらもちゃんと『会話』をしていた。
だが言葉で思いを伝えるなんてことを自分が理解できるはずもなく、そもそも理解するつもりなんてないはずなのに、自分だけが無視されているかのような錯覚を覚えた。
蛍でさえ要と雛子の方を向き笑っている。
あの笑顔は、誰よりも蛍から信頼を得ている自分だけが独占できるものだと思っていたのに。
(どいつもこいつも・・・なぜあたしを不快にする・・・。)
リリンには、この場の空気が酷く不愉快に感じられた。
そうでなくとも今日は不愉快なことの連続だ。
いつも自分とのお喋りに夢中になるはずの蛍が、それを差し置いてプレゼントを探すし、自分にだけ向けられるものだと思っていた笑顔も、あの2人のトモダチとやらに向けられている。
ただの道具でしかない蛍でさえ、自分のことを眼中に入れていないのだ。
「リリンちゃん、はい。」
すると要と雛子から視線を外した蛍が、こちらに向けてクレープを差し出してきた。
「え?でも、ほたるが買ったクレープだよね?」
「ひとくちだけなら、だいじょうぶだから、リリンちゃんもどうぞ。
とっても、おいしいよ。」
一瞬戸惑うが、親しい間柄の人間同士が物を分け与えるというのはコミュニケーションの手段として不思議なことではない。
表面上、蛍と親しい間柄として接している自分に、蛍が物を分け与えると言うのも自然の流れだ。
であれば、ここは断らずに受け取るのがいいだろう。
「ありがとう、じゃあ、ひとくちだけもらうね。」
一口、と言うのがどれほどの量を表す単位かは知らないが、言葉通りの意味で捉えたリリンは、一口だけクレープを頬張り、咀嚼する。
「どう?おいしい?」
「ええ、おいしいわ。」
そして『美味しい』と言う当たり障りのない言葉で即答する。
「おいしいよね!あまくて、ちょっとだけイチゴがすっぱくて、
でもそのすっぱさが、クリームのあまさをうまく引き立てていて!」
「・・・ええ。」
否、『美味しい』と言う当たり障りのない言葉でしか返せなかったのだ。
『美味しい』とは、食糧の味に対する肯定的な言葉でしかないため、リリンにも理解はできる。
だが『すっぱい』『甘い』と言った『味』そのものを表す概念は、リリンには理解できない。
そんなものは、プリキュア討伐の任を遂行する上で不要な知識のはずだ。
それなのになぜ、理解できないことにここまでの苛立ちを覚えるのだ。
「ねえ、もうひと口もらってもいい?」
「どうぞ。」
再び差し出されたクレープを一口もらい咀嚼する。
(・・・わからない。)
どれだけ噛んでも舌を転ばせても何も感じない。
自分だけがこの中でただ1人、『美味しい』を知ることが出来ない。
(・・・不愉快だわ。)
なぜ分からなくてもいいことが分からないのが不愉快なのか。
リリンはやり場のない不快感を抱えながら、蛍と取り止めのない会話を続けるのだった。
…
不愉快な感情を表に出さないようリリンが努めていると、噴水広場にそびえる時計が、午後3時のベルを鳴らした。
「もう3時か。」
「キリもいいし、そろそろお開きにしましょうか?」
「うん、わたしも、おかいものして、おうちにかえらなきゃ。」
ようやくこの場の不愉快な空気から解放されることに、リリンは内心一息つく。
「それじゃ蛍、また学校でな。」
「蛍ちゃん、バイバイ。」
「うん!また学校であおっ!バイバーイ!」
そして各々は別れの挨拶を済まして解散し、リリンは蛍と2人でこの場に残った。
「リリンちゃんは、どうするの?」
どうもこうも決まっている。ようやくチャンスが回って来たのだ。
この機を逃せば今日はもう会話する機会がないだろう。
「えっと、もうすこしおはなしできない?ほたるにききたいことがあって。」
「いいよ、なにかな?」
「この前おはなしした、光のお姫様のこと。なにかわかったことある?」
「えと・・・ごめんなさい。なにもわからなくて。」
まただ。この話題を振れば必ず同じ意味の言葉で返されてきた。
だが顔色と声色を伺えば、彼女がウソをついていることは一目瞭然だ。
「・・・ウソ。」
「え?」
「ほたる、あたしになにか隠してるよね?」
「っ!?」
「あたし、どうしても光のお姫様にあってみたいの。
だからほたる、あなたが隠してること、あたしにおしえて?おねがい。」
「・・・。」
突然態度を変えてしまったことを怪しまれないかを危惧するが、ここまではぐらかされてばかりでは埒が明かない。
危うい行動だが、ここらで強引に話題を引き出さなければ、蛍に近づいた意味がないのだ。
すると蛍はしばし逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。
「・・・ごめんなさい。わたし、リリンちゃんにかくしてること、あるよ。
でも、おはなしすることはできないの。」
「え・・・?」
だが続けて放たれた一言にリリンは言葉に詰まる。
「どうして?どうしてはなしてくれないの?」
語気がつい強まり責めるような口調になってしまう。
ようやく尻尾を掴むことが出来たかと思ったのに、はっきりと話せないと言われたのだ。
トモダチの仮面が僅かにズレるが、リリンはそれを直す余裕を失っていた。
隠し事をしていることは打ち明けるのに、なぜその肝心の内容は教えてくれないのだ。
彼女から隠し事を聞き出すにはまだ信頼が足りないのか、それとも今の態度を怪しまれたのか、聞き出せない理由を頭の中でいくつも思い描く。
「・・・リリンちゃんをまきこみたくないから。」
「え・・・?」
だが蛍の口から語られた理由は、リリンの想像を覆すものだった。
巻き込みたくないからと言うことは、蛍は自分の身を案じてくれているのだろう。
だがリリンには、なぜ彼女が自分の身を案じてくれているのかが、理解できなかった。
「・・・。」
再び沈黙の間が続く。蛍は二の句をどのように継げばいいのか言葉選びに悩んでいる。
そしてリリンは、自分にかけられた言葉の意味が分からずに困惑していた。
「それ・・・どういう。」
「あれ?ちょっとまって。」
だがリリンが蛍に言葉の意味を問おうとした瞬間、蛍が自分に対して向けていた視線を反らした。彼女と同じ方を向いてみると、そこには蛍よりも小柄な少女の姿が映った。
その少女は花屋の前で目に涙をためており、男性の店員が対応に困っている様子だ。
「リリンちゃん、ちょっとごめんね。」
「あっ、ほたる。」
そして蛍はその少女の元へと駆け寄って行った。
またしても邪魔が入ったが、蛍の思わぬ言葉に動揺してしまったリリンにとっては、ある意味好都合だったのかもしれない。
リリンは一旦、思考を切り替えるために蛍の後を追うのだった。
…
蛍はリリンとの会話の最中に、ふと目に映った少女のことが気にかかった。
外見は自分よりも幼く、まだ小学校に入る前くらいの年頃だろうか。
そんな子が1人で花屋の前に佇み、泣くのを堪えているのだ。
その様子を見た蛍は、その子が母の日のプレゼントを買うことが出来ずに泣いているのではないかと思った。
もしそれが本当だとしても、お金を貸すことなんて出来ないし、それ以外にも自分に出来ることなんて何もないと思うが、それでも母を思い涙を流しているであろうその子を放っておくことなんて出来なかった。
少女の元まで駆け寄った蛍は、店員に話を聞こうとする。
だが花屋の店員とは言え、30代くらいの大人の男性が相手だ。
蛍はつい緊張してしまい、声を詰まらせるが、少女を助けたい思いが蛍を突き動かす。
蛍は勇気のおまじないをして、店員に話しかけた。
「あっあの、すみません。なにかあったんですか?」
「ああ、その子が花を買いたいって言うんだけど、お金を持ってないみたいだから、それじゃ買えないよって話したら、泣き出してしまって。」
「おかね、ちゃんともってるもん・・・。」
少女は涙声で訴えながら、その小さな手のひらにある100円玉を見せる。
「だから、それで買えるものはうちにはないんだって、参ったな・・・。」
困惑する店員の口調は少女を責めている風ではないが、確かに100円で購入できる品はこの店には置いていない。
すると少女の目から堪えきれなくなった涙が零れ始めた。
今にも大声で泣き出しそうだったので、蛍は少女を慰めるために頭を優しく撫でた。
「よしよし、もうなかないで。」
「ぐすん・・・。」
鼻をすすりながらも、少女は言うことを聞いて泣くのを堪ええてくれた。
「わたし、ほたるっていうの。きみのおなまえは?」
「・・・ミカ。」
「ミカちゃんね。ねえ、どうして、ミカちゃんはお花がほしいの?」
「・・・おかあさんに、ははのひのプレゼントしたくて・・・。
おかあさん、まいにちおしごとと、おうちのことで、たいへんだから、
ミカ、いつもありがとうって、いいたくて、あした、おかあさんにプレゼントするの・・・。」
「そっか、だからここに、お花をかいにきたんだね?」
「うん・・・あかいおはなが、ははのひのプレゼントだって、ミカ、おぼえてきたから・・・。
だからおかねもって、ここにきたのに・・・。」
概ね、蛍の予想通りの事情だった。
そしてこの子の、外でも家でも日々身を粉にして働く母へ感謝の気持ちを込めてプレゼントしたいと言う気持ちに、蛍はシンパシーを感じた。
自分もまた、その思いを胸にこうしてプレゼントを買いに来たのだから。
「・・・こっちも力になってあげたいのは山々なんだけど、こればかりはね。」
苦笑しながら店員がぼやく。
当然蛍にも店員の言うことが正しいと言うのはわかっているし、大人の事情がわからないなりに、年端のいかない少女が相手でも、商売を妥協するわけにはいかないと言うのも理解できる。
だがそれはそれとして、ミカのために何かしてあげたいと思うのも事実だ。
明日は、母の日は、年に一度しかない大切な日なのだから。
それは店員も同じなのだろう。
すると店の奥から、女性の店員が一輪のカーネイションを持って現れた。
「ねえ、ミカちゃんだっけ?これなら100円で買うことができるけど、どうかしら?」
「え・・・?かえるの?」
「ええ、今日限りの特別サービスよ。」
女性店員の言葉を聞き、ミカは涙を拭って笑顔を見せる。
「おっおい、いいのかよ?店の商品から一輪だけ引っこ抜くなんて。」
「心配しないで。これは私個人のもので商品じゃないから。」
ミカには聞こえないように2人の店員が小声で会話する。
個人のもの、と言うのはもしかしたらこの女性が母の日のために購入した花束から一輪だけ抜き取ったものなのかもしれない。
「ありがとう!これ!かいます!」
「はい、まいどあり。」
100円を受け取った女性の店員は、手に持つ一輪のカーネイションをミカへと手渡す。
レジすら通さないそのやり取りに男性の店員は苦笑しながらも、その目は穏やかだった。
蛍は心優しい2人の店員と、母を思うミカの心温まるやり取りを見て微笑むのだった。
「よかったね、ミカちゃん。
おかーさんへのプレゼントをかうことができて。」
「うん!これで、おかあさん・・・。」
花屋を後にした蛍は、無事にプレゼントを購入でき上機嫌なミカに声をかけた。
だが、おかあさん、と言いかけたミカの表情が打って変わって不安に変わっていく。
「ミカちゃん、どうかしたの?」
「・・・おかあさん、さいきんずっと、おしごとばかりで、ミカがあそびたいっていっても、おしごとあるから、またこんどって、おはなししようとしても、つかれてるから、またこんどっていうの・・・。
ミカ・・・おかあさんにきらわれてないよね・・・。
おかあさん、プレゼント、よろこんでくれるかな・・・。」
「・・・。」
俯きながら母に愛されていないかと不安を口にするミカ。
蛍はかつての自分も同じ思いを抱いたことを思い出した。
母が仕事に忙しくて構ってくれなかった時、自分のことが嫌いになったのかと不安に思うことがあった。
構って欲しいと駄々をこねて泣き、無理やり相手をしてもらったことも一度や二度ではない。
今思い返しても、多忙な母に追い討ちをかけていた酷い子どもである。
でもミカは違う。
母を思い、幼い身一つで商店街まで訪れ、母の日のプレゼントを買いに来たのだ。
ミカからそれほどまでに大好きに大切に思われている母親が、ミカのことを嫌っているはずがないのだ。
蛍がそのことを伝えようとすると、
「だいじょうぶよ。
ミカのおかーさんが、ミカのことを嫌っているわけないじゃない。」
これまで一言も発せず、事の成り行きを見守っていたリリンがミカに話しかけてきたのだ。
「・・・ほんとうに・・・?」
「もちろん。
だってミカはおかーさんのことが大好きで、おかーさんのことをとても大切に思っているよね?」
「うん、もちろんだよ。
ミカ、おかあさんのことだいすきだもん!」
「だったら、おかーさんだって、ミカと同じくらい、ミカのことが大好きで、ミカのことを大切に思っているはずよ。
だって、ミカの大好きなおかーさんが、ミカのことが嫌いだんてこと、あるわけないもの。」
初めて会った自分にそうしてくれたように、リリンは優しい声で、優しい言葉をミカにかけてくれた。
そして励ましの言葉の内容が、自分がミカに伝えようとしていた言葉であったことに、蛍はリリンと同じ思いを共有できたことが嬉しかった。
同時に蛍は、リリンが自分以外の人に、自分の大好きな声をかけていたことに、ほんの少しだけ胸がチクリと痛んだ。
「・・・そうだね。ありがとう!・・・えと。」
「リリンよ。」
「ありがとう!リリンおねえちゃん!ほたるおねえちゃん!」
だがミカの笑顔を見て、そんな些細な痛みも消えていった。
日頃、周りからよく実年齢よりも子ども扱いされる蛍に取って、おねえちゃん、と呼ばれるのはこそばゆくも嬉しいものである。
「それじゃっ!ミカ、かえっておかあさんにプレゼントするから!」
「ふふっ、ミカちゃん、おかーさんの日はあしただよ?」
「あっそうだった!
じゃあ、またね!ほたるおねえちゃん!リリンおねえちゃん!」
「またね。」
「バイバイ。」
そして笑顔で喜びながら、駆け足で帰るミカを見送った。
「・・・ありがとうリリンちゃん。
ミカちゃんのこと、はげましてくれて。」
「ううん、たいしたことじゃないわ。
母の日は、子どもにとっても、おかーさんにとっても大切な日だものね。」
笑顔で何とでもないことだと語るリリン。
そんな彼女の優しい声に蛍の胸は大きく高鳴る。
「それじゃあ、あたしもそろそろ帰るね。」
「うん、リリンちゃん。
きょうはありがとう。またこんど、ここでおはなししようね。」
「うん、またね、ほたる。」
そして蛍はリリンと再会の約束をし、この場を離れるのだった。
…
蛍と別れた後、リリンは人気のない路地に身を潜める。
「あの子・・・なんであたしのことを・・・?」
今日の会話から確信した。
蛍はプリキュアと接触したことがある。
そして自分を巻き込みたくないというと言うことは、彼女はプリキュアが自分たちダークネスと戦っていることを知っているのだ。
だからプリキュアに近づくことは、戦いに巻き込まれることになるから危険だと警告したのだ。
そこまで思い当たれば、恩人として自分のことを慕っている蛍が、こちらの身を案じることは当然のことだが、あまりにも真っ直ぐな言葉で自分の身を案じてくれる蛍に、リリンは僅かに動揺していた。
「・・・まあいいわ。
今は蛍の言葉に惑わされている場合じゃない。
せっかく良い『素材』をみつけたのだから、見失う前に行動に移らなくちゃ。」
リリンは今目の前で成すべき事に思考を切り替える。
蛍の思わぬ言葉に困惑してしまったが、たかだか道具程度の彼女に惑わされている場合ではない。
次なる作戦に移るにあたって、あのような上質な素材をみすみす見逃す手はないのだ。
リリンは左手を横へ伸ばして指を鳴らし、その姿をリリスへと変えた。
「ターンオーバー、希望から絶望へ。」
そしてリリスを中心に闇の牢獄を展開する。
やがて闇の牢獄は1つの絶望の闇を捉えた。
リリスはその絶望の元へと飛び立つ。
「いやあああああ!!おかあさん!!おかあさん!!!」
そこにはしきりに母を呼びながら泣き叫ぶミカの姿があった。
その小さな体を覆う絶望の闇は、少しずつだが確実に純度を高めていく。
「うわああああああん!!!」
やがて叫びが収まり、ミカはその場に倒れ伏した。
フェアリーキングダムのときも、彼女くらいの幼子からソルダークを作り出したことがあるが、幼子と言うのは大人は勿論、ある程度成長した子どもと比較しても、心身ともに未成熟なために自制の効かない心を持っている。
それは御しずらいという欠点を抱えているが、同時に底も知れないのだ。
そしてこの、ミカと言う少女は偶然にもアタリだった。
これほどの絶望の闇ならば、以前よりもさらに強力なソルダークを作り出せるだろう。
「・・・現れたわね。キュアシャイン。」
するとそれほど間のない距離からキュアシャインの力を感じ取った。
この力を使うのはもう少し後だ。
下手にソルダークを解き放っては、また以前のようにキュアシャインに無視されてしまう。
今はまだやつ1人の力しか感じ取れていないのなら、ソルダークを作るのは邪魔者が訪れるまで待つとしよう。
リリスはミカから吸い上げた絶望の闇をその身に隠し、そう遠くないキュアシャインの元へと飛び立つのだった。
…
リリンと別れてから程なくして、蛍は闇の牢獄が展開されるのを感じ取った。
今日一日の幸せの余韻を壊す最悪なタイミングだ。
蛍はダークネスへの怒りを僅かに滲ませながらシャインパクトを生み出し、キュアシャインへと変身する。
「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!
世界を照らす希望の光!キュアシャイン!」
そして絶望の闇の気配がする方へと向き直る。
するとその方向から感じ取れた絶望の闇がこちらへ急速に向かってきた。
ダークネスが自らこちらへと赴くのは初めてだ。
つまり今回の目的は自分たちプリキュアを倒すこと。
となれば、思い当たる行動隊長は1人しかいない。
「キュアシャイン!!」
そしてこちらの名前を呼びながら姿を見せたリリスが、そのまま爪を向けて切り込んできた。
「リリス!」
蛍はリリスの爪を受け止めそのまま押し返す。
リリスは空中で反転し浮遊したまま蛍を見下ろした。
「今日こそあなたを堕としてあげるわ!キュアシャイン!!」
リリスは空を踏み、蛍目掛けて勢いよく距離を詰める。
蛍はリリスの突進を横にかわし、そのまま回転を付けてパンチを繰り出した。
リリスはそれを振り返ることなく尾で払い、身体を反転させて蛍へ爪を突き付ける。
蛍はその攻撃をガードし、一旦互いに距離を置く。
「「キュアシャイン!」」
すると自分の名を呼ぶ声がした。
振り向くと、キュアスパークがキュアプリズムの手を引き、高速移動でこちらに合流した。
2人の到着に蛍は安堵し、リリスは苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをする。
「ようやく邪魔者の登場のようね。」
「誰が邪魔者だって?」
「あなた達以外に誰がいるのよ!あたしたちの邪魔はさせない!
ダークネスが行動隊長、リリスの名に置いて命ずる。
ソルダークよ!世界を闇に染め上げろ!」
リリスが球状の絶望の闇を手のひらに作り宙へと放ち、その闇がソルダークへと姿を変えた。
「ガアアアアアアアアア!!」
「邪魔をさせないとは随分な言い草ね。
あなたの好きにはさせないわ!」
キュアプリズムがリリスの言葉に静かな怒りを燃やす。
「いくよ!キュアシャイン!キュアプリズム!」
「ええ!」
「わかった!」
そしてキュアスパークの掛け声とともに、3人は一斉にソルダークへと向かった。
だがリリスは今いる場を動かなかった。
以前のようにキュアスパークたちの相手をソルダークに任せ、自分の元に飛び掛かってくるのかと思ったが、ソルダークの力を過信しているのだろうか?
だが理由はわからないが、今ならソルダークに総攻撃を仕掛けるチャンスだ。
「おらあっ!」
「たあっ!」
「はっ!」
3人のプリキュアの正拳を立て続けに受け、ソルダークはバランスを崩す。
「このまま一気に畳みかけるわよ!」
そしてキュアプリズムがソルダークの後方に盾を展開し、蛍はソルダーク目掛けて体当たりする。
蛍の体当たりを受けたソルダークはそのまま吹き飛び、後方に設置された盾に叩き付けられた。
ソルダークは背後の盾に背を滑らせ、その場を動かなくなる。
「これで決めてやる。光を走れ!スパークバトン!」
そして間髪入れずキュアスパークが武器を召喚してソルダークを捉えた。
今のソルダークは身動きする気配がない。浄化技を当てるチャンスである。
「プリキュア!スパークリング・ブラスター!」
キュアスパークが雷を纏いソルダークへと突撃する。
これで終わった。そう蛍が思ったその時、
「ソルダーク!」
リリスが名を呼ぶと同時にソルダークが両手をキュアスパークに向けて掲げる。
するとソルダークの身を守るように、その両手から黒色の障壁が発生した。
「何っ!?」
驚きながらもキュアスパークは勢いを止めずに、ソルダークと自身の間にそびえる障壁へと突撃する。
だが威力に任せて突破しようという彼女の意に反して、障壁はヒビ一つ入らず、キュアスパークの浄化技を受け止めるのだった。
「この!」
尚も障壁を突き抜けようと雷の力を高めていくが、ソルダークを守る障壁はビクともしない。
やがてキュアスパークの力が徐々に弱まっていき、ついに彼女の身に纏う雷が弾け飛んだ。
「そんな・・・ウチの浄化技が。」
浄化技を受け止め切られ、キュアスパークは絶句する。
蛍も目の前の状況が信じられずにいた。
プリキュア最大の威力を誇る浄化技は、これまでのソルダークを全て一撃で消滅させてきた。
それが初めて通用しなかった。
その事実に呆然とするキュアスパークへ向けてソルダークが拳を振り降ろす。
「キュアスパーク!」
キュアプリズムがソルダークの攻撃を辛うじて防ぎ、その隙をついてキュアスパークを救出する。
「キュアスパーク!だいじょうぶ!?」
「あかん・・・力が入らん・・・。」
だがまだ戦いが始まって間がないのに、キュアスパークは早くも息を荒げていた。
足元をふらつかせるキュアスパークを一瞥したリリスが、不敵な笑みを浮かべて蛍を睨みつける。
「ふふっ、これで心置きなくあなたと戦えるわ。キュアシャイン!」
そしてこの時を待っていたと言わんばかりに、リリスが蛍へと襲い掛かった。
「キュアシャイン!」
キュアスパークとキュアプリズムが援護に駆けつけようとするが、ソルダークが行く手を遮る。
リリスは蛍へと飛び掛かり、そのままキュアスパークたちから遠ざけるように突き放していった。
リリスに組み付かれ、キュアスパークたちの姿が小さく見える距離まで離されたところで、ようやく蛍を解放された。
だがこれだけの距離を開けられては、こちらから2人の元に合流しに行くのは難しく、2人に救援を求めようにも、戦力の中核を成すキュアスパークが力を消耗している以上、ソルダークとの戦いもこれまでのようにはいかないだろう。
「ふふっ、また2人きりになれたわね。キュアシャイン。」
こうなった以上、蛍1人の力でリリスと戦うしかない。
蛍がそう決心しリリスを正面から見据えると、リリスはその視線を受け止め、恍惚とした表情を浮かべた。
「あははっ、ようやくあたしのことを見てくれたわね。
それでいいのよ、キュアシャイン!」
「え?」
「もっとあたしを見て!
あたしだけを見て!
あたしだけのことを考えて!
だってあたしがそうなのよ?
あたしはあなたのことしか見ていない、考えていないのに、あなたはあたしから目を反らすだなんて、そんなの不公平じゃない?
だから・・・。」
そして彼女の眼が、いつものように憎しみに満ちていく。
「あなたもあたしと同じになりなさい!キュアシャイン!!」
リリスは叫びながら翼を羽ばたかせ、こちらへ爪を突き立てた。
なんて悍ましい執着心なのだろう。
言葉が言葉だけに身の毛が弥立つ思いだが、もしも向けられた感情が異なれば多少は理解する努力もできたものだ。
だが強烈な怒りと憎しみに満ちた感情をぶつけてくるのなら、そんな一方的な告白はお断りだ。
「たあっ!」
蛍は勇気を振り絞ってリリスの思いを突っぱねるかのように正面から正拳で応戦する。
拳を振り切り、リリスがよろけたところを見計らって体当たりをするも、リリスは蛍の体当たりを正面から捉え、横へと流すように捌いた。
捌かれた蛍は勢い余って地面に激突しそうになるが、両手をついて前転する。
だが転がっている最中にリリスが接近し、尾で蛍の腹部を叩いた。
その勢いで蛍は石柱に体をぶつけるが、リリスは追撃の手を緩めない。
行動隊長随一のスピードを誇るリリスは、その手を休めることなく苛烈な連撃を浴びさせる。
たったの一度だけ訪れた攻撃のチャンスを逃した蛍は、防戦一方の状態に持ち込まれた。
「浄化技を使う気がないのならそれでもいいわ!
このまま堕ちなさい!キュアシャイン!」
蛍は攻撃を捌ききれず、左、右と襲い来る爪の一撃を交互に受けた後、尾で地面に叩き付けられる。
「うぅ・・・。」
やはり自分1人では行動隊長には敵わない。
改めて突き付けられる実力の差に、蛍は情けない呻き声をあげてしまう。
だがそれほどにリリスに勝てる手段が思いつかなかった。
「今日こそ、終わりにしてあげるわ。キュアシャイン。」
そんな蛍を、リリスはその赤い双眸で見下ろした。
…
キュアスパークは心を強く念じ、ふらつく足を立たせてキュアプリズムの隣に立つ。
「キュアスパーク、力の方は大丈夫?」
「浄化技は使えんけど、何とか戦うことはできるよ。」
プリキュアの浄化技は気力、体力ともに消耗が激しいことはこれまでの戦いからわかっていた。
だから要はこれまでソルダークを弱らせ、確実に当てることができる状況を作ってから浄化技を放ってきたのだ。
そして以前のキュアプリズムのガムシャラな戦いを見て、要は自分たちの力についてまた1つわかったことがある。
ダークネスの力である絶望の闇が、人の迷いや不安から生じるように、プリキュアの力である希望の光は、信じる気持ちや望みから生まれるのだろう。
ならばどんな逆境にも屈せず、自分の意思を強く持つことができれば、希望の光が生まれてくる。
要はそうやって僅かながら力を回復させているのだ。
「そう、それなら何としてでも、あいつに浄化技を当てる隙を作らないと。
急がないと、キュアシャインが・・・。」
不安を滲ませた声色でそう付け足すキュアプリズム。
「キュアプリズム、焦ったらあかんよ。
あんたの浄化技まで防がれたら、もう手の打ちようがないよ。」
「・・・ええ、わかっているわ。」
先ほどはソルダークの生み出した障壁に浄化技を防がれてしまったが、障壁を使ってまで身を守ったということは、本体には受け止めるほどの防御力はないのだろう。
キュアシャインはまだ自分の意思で浄化技を使うことができない。
今この場でソルダークを浄化することが出来るのはキュアプリズムだけなのだ。
「いくよ!キュアプリズム!」
急ぎキュアシャインの元に駆けつけるためにも、早くこのソルダークを倒さなければ。
2人は呼吸を合わせて連携を取る。
これまで通りソルダークの攻撃をキュアプリズムが受け止め、その隙をついて要が一撃をお見舞いする。
「ガアアアアア!!」
だが力を消耗し、スピードが低下しているキュアスパークの攻撃が決まる前に、ソルダークの迎撃が追いついた。
盾で防がれた方とは反対の拳で、要のパンチを迎撃する。
「このっ!」
そしてソルダークと真っ向からの力比べが始まる。
だがパワーも低下している要にはソルダークの迎撃を受け止めるだけの力が残っていなかった。
力負けした要はそのままソルダークの拳に押し切られ、地面に叩きつけられる。
「キュアスパーク!」
キュアプリズムがその光景に気を取られている隙に、ソルダークは拳を振り下ろした。
盾の展開が間に合わないと判断したキュアプリズムは咄嗟に後退するが、振り下ろされた拳が目の前の地面を抉り粉塵を巻き起こし、それに巻き込まれたキュアプリズムは後方へと吹き飛ばされる。
「ちっ・・・。このままじゃ。」
舌打ちしながら要は立ち上がる。
このソルダーク、素の強さもかなりのものだ。
いくら自分が消耗しているとはいえ、プリキュア2人がかりでこの有様だ。
その上今キュアシャインは、行動隊長を1人で相手にしている。
あちらもかなり危機的な状況のはずだ。
だが迂闊な浄化技を放とうものなら、障壁で簡単に防がれてしまう。
どうすればいい?どうすればこの場を打開できる?
「ガアアアアアアアアアア!!」
そんな要をあざ笑うかのように、ソルダークは闇に染まった天へと吠えるのだった。
…
蛍はリリスに胸倉を掴まれ、そのまま投げ飛ばされた。
アスファルトの上を転がるその身には、既に多くの切り傷が刻まれている。
蛍は痛みと涙を堪えて立ち上がると、目の前でキュアスパークとキュアプリズムがソルダークの攻撃を受けてこちらへ飛ばされてきた。
「ぐっ。」
「きゃあっ!」
「キュアスパーク!キュアプリズム!」
蛍は2人の元へ駆け寄ろうとするが、その行く手をリリスが阻む。
リリスはその場で爪を払い衝撃波を生み出し、蛍へぶつける。
衝撃波を受けた蛍は、再び後方へ飛ばされアスファルトに身を打つが、その時横からソルダークと似た絶望の闇を感じ取ったのだ。
「っ!?」
その方へ目を向けた蛍はショックを受ける。
そこには黒の瘴気に覆われ、虚ろな目で横たわるミカの姿があった。
だが彼女の名を叫ぼうとしたとき、リリスの放った衝撃の余波が彼女手元に転がるものを、蛍の目の前へと運んできた。
「あっ!」
蛍は目の前に転がったものを慌てて拾い上げる。
これはミカが、彼女の母へのプレゼントとして買った大切なカーネイションだ。
こんなリリスの私怨に満ちた戦いの中で失われていいものではない。
「キュアシャイン、何をしているの?
なんであたしから目を反らすの?」
するとリリスが困惑と失望の入り混じった言葉で蛍に問いかけていた。
それは物理的な意味だけでなく、蛍の心が目の前にあるカーネイションに向けられたことに対してでもあるように思えた。
だが蛍はその問いに答えずに、どうすればこの花を守ることができるのかを考える。
守りながら戦うことができれば一番良いが、自分にはキュアプリズムのように守りに面した能力はなく、キュアプリズムにバリアを張ることを頼める状況でもない。
だがこのまま両手が塞がった状態で勝てるほどリリスもソルダークも甘くはない。
それならば一度安全な場所へ隠そうとも思ったが、目に映る範囲では先ほどのように戦いの余波に巻き込まれて飛ばされかねない。
そしてここよりも遠くへ避難することはリリスが許さないだろう。
「あたしよりもそんな花のことが大事だと言うの!?」
先ほどまで恍惚とした表情で蛍と戦っていたリリスは、徐々にその表情を歪めていく。
眉が吊り上がり、口元から笑みが消え、声を荒げていく。
そんなリリスを前に、蛍は手に持つ花を守るように身に寄せた。
その仕草が、リリスに対して決定的な宣告を与える。
「っ!?だったらいいわ!
あなたの目の前でその花、八つ裂きにしてあげる!!」
怒りを爆発させ、リリスは蛍の手にある一輪のカーネイション狙いを定めて飛び掛かってきた。
迫り来るリリスを前に、蛍の内では様々な思いが渦巻く。
ミカの母を好きと思う気持ち。
そのミカの思いに応えてくれた花屋の店員による心温まる対応。
そしてミカの不安を取り除いてくれたリリンの言葉。
みんなの思いが込められた大切なプレゼントが、年に一度しかない明日を、母の日を、ミカと彼女の母にとって幸せな一日へと変えてくれるのだ。
だから蛍は、ミカの大切なプレゼント、手に持つ一輪のカーネイションを守りたいと強く願った。
そして、
「だめええええええええ!!!」
蛍は大声で叫ぶと同時に、体中から強烈な光を解き放った。
それは柱となって天へと登り、蛍の周辺を明るく照らす。
「その力・・・。」
その光を前にしたリリスは怯み後退する。
「キュアシャイン・・・?」
キュアスパークとキュアプリズムも、突如強大な希望の光を解放した蛍を前に言葉を失っている。
「これは・・・このお花だけは・・・わたしがぜったいに!まもってみせる!!!」
蛍が強い決意の言葉を口にする度に、身体を纏う光は更に輝きを強めていき、溢れ出る光が蛍の周囲を渦巻いていく。
「くっ、ソルダーク!!」
リリスは後退しながらソルダークを呼び寄せた。
リリスの命を受けたソルダークは溢れ出る希望の光さえ恐れず、蛍へと容赦なく飛び掛かる。
「キュアシャイン!危ない!!」
キュアスパークが叫ぶ。
いくら強大な希望の光を纏っているとはいえ、今の蛍は一輪の花をかばうように両手で持っている状態だ。
つまり両手を使えない以上、積極的な肉弾戦を仕掛けることは勿論、迫るソルダークを満足に迎撃することさえできないのだ。
だから蛍は、
「すぅ、わああああああああああああああ!!!!!」
その場で大声で叫んだ。
だが叫びと共に蛍の周囲を渦巻く膨大な光が、更なる力の奔流を生み出しソルダークを飲み込む。
飲み込まれたソルダークは、近づくことすらできずに跳ね飛ばされ、蛍の希望の光を真正面から浴びたソルダークの体が綻び始めた。
キュアスパークとキュアプリズムが2人がかりでも苦戦するソルダークに対して、蛍はただの叫びで圧倒したのだ。
「キュアシャイン・・・?」
目の前の出来事が信じられずに、呆然とするキュアスパーク。
だがソルダークは綻ぶ体を修復させて立ち上がった。
「ひかりよ、あつまれ!シャインロッド!!」
そんなソルダークを目にした蛍は、シャインロッドを生成する。
だが蛍はシャインロッドを手に取らず、自分の目の前に浮遊させた。
そして周囲を渦巻く希望の光を、シャインロッドの先端へと集約させていく。
「待ってキュアシャイン!
ソルダークに隙を作らないとまた防がれてしまうわ!」
蛍に対してキュアプリズムが注意を呼びかける。
そしてソルダークは自身の体を囲むように障壁を発生させた。
これではどの方向から浄化技を飛ばしたとしても障壁に阻まれてしまうだろう。
だが蛍はそれを見ても光の集約を止めない。
いや、止めることができないのだ。
解放された希望の光は、既に蛍の意思でも制御しきれないほどに膨れ上がっている。
それならばいっそ、持てる力の全てを引き出して、全てぶつけてやるだけだ。
「プリキュア!シャイニング・エクスプロージョン!!」
蛍は全ての力を集約させ、解放した。
解放された希望の光は巨大な光線となってソルダークへと放たれる。
そしてソルダークの生み出した障壁は、真っ向から来る蛍の浄化技を受け止めた。
「ガアアアアアアア!!!」
だがそれは1秒にも満たないほど一瞬のことだった。
次の瞬間、ソルダークを守る障壁は瞬く間に瓦解し、巨大な光線に飲み込まれたソルダークは断末魔と共に消滅していった。
「ウソやろ・・・?」
「なんて、威力なの・・・。」
キュアスパークとキュアプリズムは目の前の光景に呆然とする。
「・・・っ、キュアシャイン・・・。」
そしてリリスは、唇を噛みしめながらこの場を飛び去って行った。
「はあっ・・・はあっ・・・やっ・・・た。」
ソルダークを浄化し、リリスの撤退を確認すると、目の前に浮遊するシャインロッドは地に落ち粒子となって消え、蛍はその場で膝を崩した。
そんな蛍の元へ、キュアスパークとキュアプリズムが駆け寄る。
「キュアシャイン、大丈夫?」
「うん・・・だいじょうぶ。
ちからぜんぶ、つかっちゃっただけだから・・・。」
力なくその場で仰向けに寝転んだ蛍は、静かに呼吸を整えていく。
その胸には一切傷のない一輪のカーネイションがしっかりと握られていた。
「わたし・・・ちゃんとまもることができたよ・・・。」
「・・・ええ、お疲れ様。キュアシャイン。」
キュアプリズムから労いの言葉を貰い、蛍は少しだけ誇らしげに微笑むのだった。
…
闇の世界へと帰還したリリスを、サブナックとダンタリア、そしてアモンが迎えた。
「ふふっ、またしても敗北してきたようだね。」
顔を合わせて早々、イヤミを飛ばしてくるダンタリアをリリスが睨み付ける。
原因はわからないが、キュアシャインが再び希望の光を解放したのだ。
そして初めてやつと戦った時と同じ結末を迎えた。
あれほど強大な力を前には、リリスは一切の対抗策を持ち合わせていない。
つまり自分1人の力ではキュアシャインには敵わない。
それを見せつけられてしまい、リリスの胸中には黒い衝動が渦巻いていた。
「こちらでも十分に感じ取れたぞ、強大な光の力。
まさかあれが、貴様を負かしたキュアシャインの力だと言うのか?」
サブナックの問いかけにもリリスは答えなかった。
行き場を失った衝動がリリスの全身を駆け巡り、頭を強く叩き始める。
「その通りだよサブナック。
リリスが初めて敗北した時も、先ほどと同じ力を感じ取れた。」
沈黙を続けるリリスに代わり、アモンがサブナックの疑問に答えた。
それを聞いても尚、サブナックは疑うように眉を顰め、やがてしばしの間考え込む。
「であれば、あれだけの力が相手では貴様1人では荷が重いだろう。
次はオレたちも・・・。」
だがサブナックが言わんとしていることを悟ったリリスは、彼の言葉を遮った。
「余計なことをしないで!!
キュアシャインは、キュアシャインだけは!あたしがこの手で堕としてやるの!!
あなたたちに邪魔なんてさせない!!」
黒いう衝動を吐き出すかのようにリリスは激昂する。
自分1人では敵わないと分かりながらも、この2人にキュアシャインを取られてしまうと思うと耐えられなかった。
何が何でも自分の手でキュアシャインを闇に堕としてやる。
そんなリリスの様子にサブナックは僅かに困惑し、ダンタリアは興味深そうな笑みを浮かべた。
そして
「リリス、何を怒っている?」
「え・・・?」
アモンの問いかけにリリスは言葉を失った。
「あたしが・・・怒って・・・?」
その問いの意味を理解していくと共に、リリスの困惑は増していく。
「ちが・・・あたしは怒ってなんか・・・。」
怒るはずがない。怒れるはずがない。
怒りの感情なんて自分にはわからないはずだ。
行動隊長は、感情に駆られ支配される人間と違って不条理な行動は行わないものだ。
だから与えられた命令に対して一切の疑問を持つことなく、最善の策を持って、最良の手段を持って果たしていくことができるのだ。
「あれ・・・?」
だがそれなら自分はどうなのだ?
自分1人でキュアシャインを倒すことに固執し、協力を拒み、他の行動隊長を邪推する自分の行いは、最善の策なのか?
それに感情を持たないと言うのなら、この胸を焦がす黒い衝動は一体何だ?
そして自分は、この衝動が何と呼ばれているかを知っている。これは・・・。
「ちがう!ちがうちがうちがう!!
あたしは・・・あたしは行動隊長だ!」
リリスは必死で、自分の脳裏を過った答えを否定する。
そんなはずがない。そんなことはあり得ない。
だがこれまでの行いはどう説明できる?この衝動はどう説明付ける?
「あたしは・・・。」
「もう良いリリス。戦いの後で少し疲れているのだろう。
しばしの間休むといい。」
「・・・はい、アモン様。」
アモンはそれだけを言い残し闇へと姿を消した。
(キュアシャイン・・・あなたさえいなければ、あたしはこんなことにならなかったんだ・・・。)
胸に渦巻く不愉快な衝動も、理由の付けられない自分の行動も、何もかも全てキュアシャインへの憎しみに変えて押し付けたリリスは、頭を抱えて呻きながら闇へと姿を消していった。
…
闇の牢獄が完全に消滅し、ミカを覆っていた絶望の闇が消えたのを確認した蛍たちは、変身を解除し、彼女の元へ駆け寄った。
「ミカちゃん、ミカちゃん、だいじょうぶ?」
「あれ?ほたる・・・おねえちゃん?」
「よかった。どこか具合、わるいところない?」
「ん~ん、だいじょうぶ。」
話ながら蛍はミカの体を支えて起こす。
そして手に持ったカーネイションをミカへ差し出した。
「はいこれ、ミカちゃんのたいせつなプレゼント。」
「あ・・・。」
だがそれを見たミカは、目に不安を宿し口をごもらせた。
「・・・さっきね、こわいゆめをみたの・・・
ミカが、ミカがおかあさんはミカのこときらいだって、
だからはたらいてばっかで、ミカのことかまってくれないって・・・
それで、ミカがおかあさんのことだいすきだっていったら・・・
ホントはおかあさんのことなんて、だいきらいなんじゃないのっていうの・・・。」
闇の牢獄で起きた出来事を嗚咽交じりで話すミカを、蛍は優しく抱きしめた。
「だいじょうぶ。ミカちゃんが不安になるのも、心配になるのも、ミカちゃんがおかーさんのこと大好きだからそうなるんだよ?
大好きだからずっとそばにいてほしくて、大好きだからかまってほしくて、だからちょっとでも一緒にいられなかったり、あそんでもらえなかったりするだけで、こわくなっちゃうの。」
「ミカが・・・おかあさんのことだいすきだから?」
「うん、それからね、リリンおねえちゃんも言ってたでしょ?
ミカちゃんがそんなにおかーさんのことが大好きなら、おかーさんだって、ミカちゃんのことが大好きだって。だから、」
蛍は1つ区切り、両手でカーネイションをミカへと差し出す。
「あしたはおかーさんに、大好きと、ありがとうって気持ち、このお花でつたえよ?
そうすればおかーさんも、ミカちゃんにたくさんの大好きって気持ち、くれるはずだから。」
嘘偽りのない蛍の言葉に、ミカの瞳は少しずつ輝きを取り戻していく。
「・・・うん、ミカ、ちゃんとあした、おかあさんにつたえるよ。
いつもありがとうって、だいすきって!」
そしてミカは闇の牢獄に囚われる前の、笑顔と元気を取り戻すのだった。
…
翌日、母の日を迎えた各家庭では、それぞれが母への感謝の気持ちを込めたプレゼントを送っていた。
ミカの家庭では、一輪のカーネイションを受け取った母が、涙を流しながらミカを優しく抱きしめた。
母の愛を改めて受け取ったミカは心の不安が取り除かれ、母の胸で嬉し泣きをするのだった。
森久保家では、要と瞬が2人でカーネイションの造花をプレゼントした。
母が受け取った後、瞬が、それは要が選んだものであると暴露すると、要は顔を赤くし大慌てで取り繕い始めた。
その様子を見た母は要の頭に手を伸ばす。
普段拳骨による制裁を受けている要は反射的に目を瞑るが、グーではなくパーで添えられ、優しく頭を撫でられた。
要は今度は気恥ずかしさで顔を背けながらも、抵抗せずにそれを受け入れていた。
藤田家では父と母そして祖母が揃い、家族全員で休日を過ごしていた。
雛子が母にハーブティーをプレゼントすると、母はさっそく使ってみると言い、ティーポットの準備をする。
すると祖母も立ち上がり、茶菓子の準備をし始めた。
今年に入ってからほとんどなかった一家団欒のひと時を迎え、雛子は家族の前にだけ見せる、年相応の笑顔を浮かべていた。
…
「おかーさん。」
陽子は夫の健治とソファに座りテレビを見ていると、後ろから蛍の声が聞こえた。
振り向くと、両手を後ろにプレゼントを隠した蛍が、恥ずかし気に顔を俯かせながら立っていた。
「なに?蛍。」
陽子はソファから立ち上がる。
後ろに何を隠しているのか勿論わかっているが、それは言わぬが花と言うもの。
陽子は蛍からの言葉を待っていた。
そんな自分を前に蛍は少しはにかみながら、後ろに隠したプレゼントを差し出した。
「これ、おかーさんへのプレゼント。」
「開けてみていいかしら?」
「うん。」
蛍が両手にプレゼントを持った状態のまま、陽子は上に被せている箱だけを取る。
中に入っていたのはイチゴのタルト。
イチゴのジャムでカーネイションが描かれており、それだけでも陽子の胸はいっぱいになった。
毎年この日は、陽子にとってとても素敵な一日だ。
愛娘からこんなにも愛情のこもったプレゼントをもらうことができるのだから。
「素敵。とても綺麗で、とても美味しそうで。
ありがとう蛍。
こんな素敵なプレゼントを貰えるなんて、お母さん、とても幸せよ。」
陽子は偽りのない本心の言葉を目の前にいる愛娘に送る。
そんな自分の言葉に蛍は満面の笑顔を浮かべてくれた。
そして蛍から、毎年この日に聞くことができるステキな言葉を待つ。
「いつもありがとう、おかあさん!大好き!」
蛍の大好きは、陽子にとって何よりも最高のプレゼントだから。
「お母さんも、蛍のこと大好きよ。
ほら、こっちにいらっしゃい。
せっかくだからみんなで一緒に食べましょ?」
「うん!」
年に一度、陽子にとっても蛍にとっても最も大切な日は、笑顔の絶えない幸せな一日となるのだった。
…
次回予告
「今日も頑張ってキュアブレイズを探すわよ!」
「この街にいるのは間違いない。必ず見つけてみせるさ!」
「レモンお腹すいた~。」
「ダークネスもどんどん強くなっている。みんなのためにもキュアブレイズを見つけなきゃ!」
「レモン喉かわいた~。」
「俺たちに出来ることはこれくらいしかないからな。待っていてくれみんな!」
「レモンたこ焼き食べたい~。」
「レモン!真面目にやりなさい!」
次回!ホープライトプリキュア!第10話!
探し人はどこへ!?妖精たちの奮闘記!
希望を胸に、がんばれ、わたし!