ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第9話・Aパート

 いつもありがとう!母の日のプレゼント大作戦!

 

 

 夢ノ宮市民体育館に、バスケットボールが床を弾む音が鳴り響く。

 蛍と雛子は妖精たちを連れて、夢ノ宮市民体育館で行われている女子バスケ部の練習試合を見学していた。

 要が初めてスターティングメンバーを務める試合は既に佳境を迎えており、要たちのチームが1ゴール差でリードしている。

 

「かなめちゃん!がんばってー!!」

 

 要にボールが渡り、蛍は大声で応援する。

 このまま無理に攻めず、ボールをキープし続けることが出来れば要たちのチームの勝利だが、要はその選択肢を取らず理沙と共に敵コートへと駆け出した。

 

「ペースダウンして敵に反撃のゆとりを与えるくらいなら、勢いに任せて徹底的に攻める。

 要らしい考えね。」

 

 隣に座る雛子が微笑みながら解説する。

 電光石火の如く敵コートに切り込んだ要は、そのままシュートの姿勢に入り、

 

「理沙!」

 

 後方にいる理沙にパスを送った。

 敵の要にディフェンスが集中し、フリーになっていた理沙はそのまま鮮やかにミドルシュートを決める。

 

「ピィ~!!」

 

 そして試合終了の笛が鳴り響いた。

 

「やったあ!」

 

「わっ!ちょっと蛍ちゃん!」

 

 蛍は嬉しさの余り雛子に抱きつき、雛子は困惑しながら蛍の頭に手を置きながら、要に向かって静かに微笑んだ。

 蛍も要に視線を向けると、要はチームメイトに囲まれながらはしゃぎ理沙に向かって手をあげた。

 要の意図に気づいた理沙は、無表情だが、同じように手をあげハイタッチをする。

 要の初試合は、理沙とのコンビネーションで見事に勝利を収めるのだった。

 

 

 

 

「さ~て、午後から何して遊ぼっか?」

 

 帰り道、要からまさかの遊びの誘いが来たことに蛍は驚いた。

 

「え?かなめちゃん、つかれてないの?」

 

「練習試合の1つや2つ、昼飯前だって。」

 

 要の言う通り今はちょうどお昼時、蛍も家に帰って昼食を食べようと思っていた・・・、ではなく、あれだけ激しい運動をしたのであれば疲れも相当なものではないのだろうか。

 自分なら丸一日ベッドの上で動けなくなっているだろう。

 

「心配しなくても、要はバスケの試合をやれば1日くらい飲まず食わずでも持つわよ。」

 

 すると雛子が、要はスポーツを主食に動いていると言わんばかりの皮肉を飛ばした。

 普通に考えれば運動した分、体力を消耗するはずだが、要は以前雛子に身体を動かさなければ病気になるとまで言われており、実際ここまで常日頃動いていないと気が済まない彼女の様子を見ると、どこまでが冗談なのかわからなくなって来た。

 

「蛍、真に受けんでいいから。」

 

 例によって顔に出ていたのか、要が呆れた口調で注意する。

 蛍も要に対して失礼な印象を少し持ってしまったことを反省した。

 

「まあ別に私は暇だからいいけど、蛍ちゃんはどう?」

 

「えっと、ごめんなさい。わたしちょっと、用事があって。」

 

 蛍は申し訳なさそうに視線を下げながら謝罪する。

 

「用事って?」

 

「あした、おかーさんの日、だよね?」

 

「お母さん?ああ、母の日ね。」

 

「うん。

 だから、今日はごはんたべたら、商店街までプレゼントをかいにいこうっておもってたの。」

 

「蛍はエライなあ。ウチなんて母の日のことなんかすっかり忘れてたよ。」

 

「え?」

 

 その言葉に蛍は顔をあげて要を見る。

 蛍にとって一年で最も大切な日を、要は『なんか』、『忘れた』で片づけてしまったのだ。

 

「まっ、どうせお兄あたりがなんか買ってくれるだろうし。

 それに、いっつも宿題しろだのゲームし過ぎだのご飯食べたら食器片付けろだのって口うるさいオカンにプレゼントしろって言われてもね~。

 ウチのなけなしのお小遣いをそんなことに使いたくないよ~。」

 

 反抗期知らずの母親っこである蛍には、母に悪口を飛ばすことなんてとてもじゃないができはしないが、対照的に要の言葉は、大事にも小事にも小言を言う親のことを鬱陶しく思う、実に反抗期真っ盛りの言葉と言える。

 だが叱られている内容のほとんどが本人に非のあることを百歩譲って置いたとしても、要にとっては口うるさくて嫌な母だとしても、毎日要のために家事をしてくれる母に対する感謝の言葉もないまま、嫌なところだけをあげてきたのに対して蛍は少しだけムッとなった。

 

「む~、ダメだよかなめちゃん。」

 

「蛍?」

 

「かなめちゃんにとって、どんなにおっかない、おかーさんだったとしても、まいにち、かなめちゃんのために、ごはんつくって、おせんたくして、おそうじしてくれてるのは、そのおかーさんなんだよ?

 だから、あしたくらい、おかーさんにちゃんと感謝のきもちを、つたえなきゃダメなの。」

 

「むむむ・・・。」

 

 珍しく眉をひそめて注意する蛍に対して、要は言葉を詰まらせる。

 すると雛子がやや呆れた表情で、要に代わって会話を繋いだ。

 

「安心して蛍ちゃん。

 こうは言ってるけど要、ちゃんとおばさんに感謝してるのよ?

 母の日なんて忘れてたとか言いながら、毎年おばさんへのプレゼントを欠かしたことはないんだから。」

 

 すると要のことを良く知る雛子が、反抗期真っ盛りな態度に隠された要の真意を暴露した。

 その言葉を聞いた要は、顔を赤くして狼狽える。

 

「ちょっ、雛子。」

 

「おばさんや瞬さんの前ならまだしも、蛍ちゃんの前で意地張ってもしょうがないでしょ?

 照れ隠しは家族の前だけにしなさい。」

 

「誰が照れ隠ししてるって!?」

 

 要の様子を見て蛍は、彼女が普段母親に対して反抗的な態度を取ってしまっている分、素直にプレゼントを渡すのが恥ずかしくて意地っ張りになっていただけであることを確信した。

 雛子のおかげで要の母に対する本当の気持ちを知ることが出来た蛍は、要の方を見て微笑む。

 そんな蛍に要は、バツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「それじゃ、お昼を食べたらみんなで、お母さんへのプレゼントを買いに行きましょうか?」

 

「え?いいの!?」

 

 そんな雛子の思わぬ提案に蛍は喜ぶ。

 遊ぶ予定を断ってしまっていたので、今日はもう、要たちと一緒にいられないと思っていたのだ。

 

「要もいいわよね?」

 

「・・・はいはい、わかりましたよっと。」

 

 そして要はそっぽを向いて頭を掻きながら、雛子の提案を承諾するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「それじゃ、おゆうはんの、おかいものしてからかえってくるね!」

 

「いってらっしゃい、蛍。」

 

 昼食を終えて玄関に立つ蛍は笑顔で家を出ていった。

 陽子はそんな愛娘の姿を見て微笑む。

 クラスの友達と一緒に出かけることが楽しみなのだろうが、それだけでないことを陽子は知っていた。

 蛍の見せた笑顔は、毎年今の時期に良く見せるものだからだ。

 そして蛍自身はサプライズのつもりでプレゼントを渡す直前まで頑張って隠そうとしているので、例え表情と態度でわかっていても、見ぬふり知らぬふりをしなければならないのだが、そんな時間さえも自分にとっては愛しいのだ。

 

「蛍、今年はどんな素敵なプレゼントをくれるのかしらね?」

 

 そんなことを期待してしまうのは親バカたる所以だろうが、蛍から貰えるプレゼントは真心がとても込められており、陽子を幸せな気持ちで満たしてくれる。

 愛娘が一生懸命考えて買ってくれたプレゼントを楽しみにしない親なんていないのだ。

 

「やれやれ、お前もいつもこの時期、蛍と同じ顔をするな。」

 

「あら?そうかしら?」

 

 夫の健治が茶化すように笑う。

 夫だって父の日は、それこそ自分以上にだらしない顔でニヤけているくせに。

 来月の父の日には、今日言われたことを言い返してやろうと心に誓う陽子だった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 モノクロの世界。リリスはかの地へ降りるために自らの姿をリリンへと変えていた。

 

「仕事熱心だね。ここ最近、頻繁にかの地に降りているじゃないか。」

 

 するとダンタリアとサブナックが姿を見せる。

 

「・・・何かようかしら?」

 

「プリキュアの正体を探ると言う任務は順調か?」

 

「あなたたちには関係ないでしょ。」

 

 言葉には出さないが、実際のところ順調とは言えなかった。

 あの蛍と言う少女。隠し事が苦手なくせして、予想以上に口が固いのだ。

 彼女と再会してから既に3度ほど接触いるが、いずれもプリキュアを連想させるワードに反応を示しながらも、何を知っているかについては話してはくれなかった。

 当初想定していたよりも事が上手く運べずにいるリリンは、蛍以外の情報源となる人間を見つけることも視野に入れる必要が出てきたので、かの地の情報を集めるためにも、以前よりも頻繁に地上に降りることになっていたのだ。

 

「その様子だと、思っていた以上に手こずってるみたいだね。」

 

 聡いダンタリアからそのことを見抜かれ、リリンは彼を睨み付ける。

 

「ならば、我らが得た情報を1つ、貴様にくれてやろう。」

 

 するとサブナックから思わぬ言葉が飛んできたのだ。

 

「なんですって?」

 

 2人がかの地に降りたときの動向など気にしたことはないが、2人に与えられた指令は、かの地を闇に堕とすことのみのはず。

 その障害となるプリキュアとの戦いには積極的だが、自分のように情報収集に専念するようなことはないと思っていただけに意外だったのだ。

 

「夢ノ宮中学校。かの地にある教育機関の名だ。

 以前その施設を利用している人間を素材にしたことがあってな。

 その時キュアスパークが素材の名を知っていたのだ。

 ならばプリキュアたちも、普段はその施設を利用している可能性があるとは思わんか?」

 

 サブナックにしては珍しく良識的な見解だが、リリンはため息をつく。

 

「古いわね。その程度の情報、とっくに掴んでいるわよ。」

 

「何?」

 

 それはプリキュアの正体を暴くという指令を受けた時から既に考えていたことだ。

 リリンを含め、ダークネスの行動範囲の中で一番近い教育機関が夢ノ宮中学校であることは調べがついている。

 プリキュアたちがあの街で人間の小娘として生活しているのだとしたら、間違いなくその施設を利用しているだろう。

 無論、プリキュアが本当にあの街に住んでいるのかは定かではないが、キュアブレイズを除く3人があの街で覚醒したことから可能性は高いはずだ。

 第一そんなところまで疑い出せば、それこそプリキュアの居所を突き止めるために、かの地をくまなく探して回らなければならなくなるので、その結論に至るにはまだ早いのだ。

 

「さすが、僕たちの中で一番、かの地に足を運んでいるだけのことはあるね。」

 

 およそ褒めるつもりがあるとは思えないほど皮肉めいた口調で語るダンタリアを、リリンは無視する。

 

「これ以上あなたたちと話すことはないわ。」

 

 そして2人に背を向け、かの地へと降りていくのだった。

 

 

 

 

 夢ノ宮市へと降りたリリンは、いつもの噴水公園を訪れた。

 時計を見ると時刻は正午を少し過ぎたところ。

 暦や時間を数えることにも少しずつ慣れて来たリリンは、この時間なら蛍はまだ学校であることに気づく。

 それならばいつも通り、この人間社会のルールについて学ぶとしよう。

 リリンと言う人間としてこの街で過ごすことが多くなった以上、怪しまれない行動は心掛けなければならない。

 そのためにもこの世界のルールを覚えておく必要があるのだ。

 もしもこの地の行政機関に目を付けられるようなことがあれば、この街に訪れること自体が困難となるだろうし、この街から離れることになってしまえば、任務の遂行に大きな支障をきたすことになる。

 キュアシャインから受けた雪辱を晴らすためにも、今は必要以上に慎重に行動しなければならないのだ。

 と、そこでリリンは、今日が『土曜日』であることを思い出した。

 

「そっか・・・たしか今日は『休日』だったかしら。」

 

 この世界についてリリンが最初に覚えたのが、人間たちの時間の使い方だ。

 時間を知らないリリンはまず1秒の感覚を体で覚えるところから始め、そこから時の数え方を学んだ。

 60秒を1分、60分を1時間、そして24時間を1日と定め、1日には7つの呼称があり、そして7日間を1週と定めている。

 そして今日は『土曜日』であり、『休日』であるならば、学校は休みだったはず。

 正午を僅かに過ぎたこの時間でも、蛍がこの場を訪れる可能性が高いのだ。

 そう思い当たったリリンは、しばらくこの場所で時間を潰そうと思ったが、

 

「あっ・・・リリンちゃん!!」

 

 後ろから上擦った声で自分の名を呼ばれた。リリンには振り向かずとも、誰だかわかる。

 そして声の方へ向いてみると予想通り、笑顔を浮かべてこちらへ駆け寄る蛍の姿があった。

 

「ひさしぶり!リリンちゃん!!」

 

 挨拶しながら蛍はこちらに飛びついてくる。

 だが蛍に抱きつかれることにもいい加減慣れてきたリリンは、いつも通りトモダチの仮面を被って微笑む。

 

「ひさしぶり、ほたる。今日はどうしたの?」

 

「あのねあのね、あした、おかーさんの日だから、

 みんなでおかーさんへのプレゼントをかいにきたんだ!」

 

 そう語る蛍の後ろを見ると、以前も一緒にいた要と雛子、それから要と同じ色の髪をした男性の姿があった。

 外見から察するに、蛍たちとは歳が離れているように見える。

 最も蛍のような『例外』もいるため、見た目だけで歳が決まるわけではないが。

 

「ったく、お兄まで来んくて良かったんに。」

 

「オレもお袋へのプレゼント買おうと思ってたとこやからな。

 心配せんでもちゃっちゃと買って、ちゃっちゃと引き上げるから邪魔せんよ。」

 

「あっ、しょうかいするね、リリンちゃん。

 このひとはしゅんさんっていって、かなめちゃんのおにーちゃんなの。」

 

「ど~も、要の『おにーちゃん』の瞬で~す。」

 

「うっわ、キショクわる。」

 

「リリンです、はじめまして。」

 

 リリンは形式ばったお辞儀をする。

 使い物になる可能性はほとんどゼロに近いが、駒のアテを多めに持っておくに越したことはない。

 念のため瞬の顔と名前を記憶する。

 

「リリンちゃんも、明日のプレゼントを買いに来たの?」

 

 雛子からそう質問されたリリンだが、当然明日が何を意味するかは分からなかった。

 だが、聞き方から察するに、この世界の人間ならば知っていて当然のことを聞かれているようだ。

 その答えを導き出すため、リリンはここで交わした僅かな会話を辿る。

 蛍は明日のことを『おかーさんの日』と言っていた。

『おかーさん』は母親を表す呼称の1つ。その言葉にリリンは商店街に掲げられていた『母の日のプレゼントキャンペーン』という横断幕を思い出す。

 つまり蛍の言う『おかーさんの日』とは『母の日』のことだろう。

 祝日の類まではさすがにまだ覚えられていないリリンは、その母の日とやらが何を意味するかはわからないが、少なくとも蛍たちはその日に母へプレゼントをするつもりのようだ。

 

「そうゆうわけではないのだけど、よかったらご一緒してもいいかしら?」

 

 リリンは敢えて、雛子の質問に対して正直な返答をする。

 嘘でも肯定の意を示せば相手に容易に取りつけるが、ただでさえトモダチの仮面を被り、偽りの姿を持って接している今、不用意な嘘はリスクが伴う。

 言葉の大半を嘘で塗り固めてしまうと、いずれどこかで言動の整合性が失われてしまう危険性があるからだ。

 無論、まだ知らぬことが多い以上、この世界の人であれば誰もが知っていることを知らない、非常識なやつであると思われるリスクも孕んでいるが、今回に関しては手は打ってある。

 間髪入れずに蛍に『一緒にいてもいい?』と言う意を含んだ質問を返せば。

 

「もちろんだよ!リリンちゃんもいっしょにプレゼントかおっ!」

 

 予想通り、こちらの行動を不自然に思う間もなく、蛍が大きな声で了承してきた。

 念のため要と雛子を観察するが、プレゼントを買いに来たわけではないことを訝しむ様子はない。

 どうやら警戒しすぎていたようだ。

 そして自分を抱く蛍の力が強まる。

 一緒にいることの何がそんなに嬉しいのか未だに理解出来ないが、相も変わらず扱いやすい子だ。

 蛍と自然に同行することが出来たリリンは、いつものように蛍の隠していることを暴くタイミングを伺いながら、トモダチのフリを続けるのだった。

 

 

 

 …

 

 

 

 

 要たちは母へのプレゼントを求めて商店街へと訪れた。

 毎年この時期の夢ノ宮商店街は、『母の日感謝セール!』と言う名のセールスキャンペーンで持ち切りだ。

 プレゼントの定番であるカーネーションを大量に仕入れる花屋を始め、多くの店が母の日限定の商品を仕入れている。

 それも普段扱っている商品よりも単価が高めであることに、随分と商魂の逞しさを感じるものだ。

 だがプレゼントは気持ちが一番大事と言うが、良質な品であればそれに越したことはない。

 そして値段と品質と言うのは得てして比例するものだ。

 蛍が言うところの日頃の感謝の気持ちを込めた母へのプレゼントに、より良いものをあげようと思う人も多く、母の日限定商品の売れ行きは自然と高い傾向にあるのだ。

 

「プレゼント、何買おっかね~。」

 

 かく言う要もよほど高額なものでない限りは、母の日のプレゼントにケチをするつもりはなかったが、今回ばかりはそうはいかない。

 

「っても、お前の財布もう余裕ないやろ?」

 

「まあね。

 はあ・・・今年のプレゼントは、だいぶ侘しいものになりそうやな。」

 

 兄の言う通り、今の要はあまりお金に余裕がない。

 今月入ってからすぐに、貯金したお小遣いを兄と出し合って、新型のゲーム機とソフトを数本、買ってしまったからだ。

 おかげで5月に入ってまだ上旬だと言うのに、懐事情は非常に寂しいものになっている。

 そもそも要自身、月々もらうお小遣いはほとんどその月の内に使い切ってしまう、典型的な宵越しの銭を持たないタイプなのだ。

 ゲーム機など、数万単位の額がするものを欲しがらない限りはお金を貯金しようとは思わないし、ゲーム機なんかは一台買えば同じハードで数年は遊ぶことが出来るので、貯金する周期も必然的にその同じような時期になってしまう。

 結果として要には貯金するという習慣がなかなか身につかなかった。

 

「まっ、どうせあの鬼オカンへのプレゼントなんやし、『美味しい棒』でも何でもいいからテキトーに買ってこ。」

 

「お前お袋がいないからって・・・。」

 

 兄が聞いている隣で、この場にいない母への悪態をつきながらお店を見て回る要だが、ふと花屋の方を見ると、バスケットの中に添えられた綺麗なカーネーションが目にとまった。

 

「・・・あれ?これもしかして造花?」

 

 近づいてよく見るとペーパークラフトで作られたもののようだ。

 一瞬、本物でないことに落胆してしまったが、上品質な紙材で作られているそのカーネーションは、隣に並べられた本物と比較しても遜色のない鮮やかな赤色をしており、要は思わず目を奪われる。

 それに、いずれは枯れて散る本物の花とは違い、造花は枯れることなく形を保つものだ。

 母への感謝の気持ちをずっと形に残すことが出来るのも悪くはない。

 要は商品にかけられた値札を見てみるが、

 

「げっ・・・。」

 

 高すぎる、と言うほどではないが、財布の中身が大恐慌状態である今の要には、到底支払える額ではなかった。

 ゲーム機の発売日と母の日が連なる問題があったとはいえ、こんなことになるのならもっとお金を貯めておくべきだった。

 そんな後悔をしながら深くため息をついた要は、花屋を後にしようとするが、

 

「ほい、オレからも半分だすわ。」

 

「え?いやいや、さすがに悪いよ。」

 

 確かに兄に半分を負担してもらえれば、今の要でも支払うことが出来るだろうが、自分が払えないからと兄に気を遣わせてしまったようで、要は申し訳なくなる。

 

「変な遠慮はいらんよ。

 オレもこれプレゼントしたいって思っただけやし、やからお互いに半分ずつ出し合って買う。それだけやて。」

 

 兄の言葉がどこまで建前かはわからなかったが、同じものを母にプレゼントしたいと思えたことに要は少しだけ喜びを感じた。

 

「・・・ありがと、お兄。」

 

「綺麗な造花やん。お袋、絶対に喜ぶで。」

 

「・・・。」

 

 こちらを見て微笑む兄から視線を反らしながらお金を受け取り、要は顔を赤くしてレジへと向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 要が花屋でプレゼントを買い、包装してもらっている間、雛子は蛍たちと他のお店を見て回った。

 

「あっ、わたし、あっちのアクセサリーショップみにいくね。」

 

 蛍がアクセサリー店の前で止まり、店を指でさす。

 

「ひなこちゃんはどう?」

 

「ん~、私は他のお店を見て回るわ。」

 

 雛子は毎年、母の日のプレゼントには今、母が必要としているものを選ぶようにしている。

 そして母がアクセサリーを欲しがっていた記憶はなかった。

 

「それなら、あたしがついてくわ。」

 

「わかった。リリンちゃんいこっ!ひなこちゃん、またあとでね。」

 

 蛍が手を振りながらリリンとアクセサリーショップへ入っていくのを見届けた後、雛子は母が何を欲しがっていたかを考えながら店を探して回る。

 

「あら?」

 

 すると古くからあるお店が並ぶ中、ひと際小奇麗な店舗が目にとどまった。

 雛子はそのお店が、数年前にオープンしたハーブティーの専門店であることを思い出す。

 店の前に立っている看板には、『家事で忙しいお母さんへ』と書かれており、疲労回復の効能を持ったハーブティーが割引で売られていた。

 

「お母さん、今年に入ってから働き詰めだったし、こうゆうプレゼントもありかしら。」

 

 今年の始め、父が経営している会社の事業を拡大すると話していた。

 社長夫人にして秘書である母は、そんな父をずっと陰ながら支えているのだ。

 そのために、これまで以上に多忙な日々を送っており、父と共に家に帰らない日も多かった。

 ゴールデンウィークの頭に、夫婦で旅行に行けたことが奇跡なくらいである。

 母がハーブティーを欲していた記憶もないが、雛子は多忙な母にリラクゼーションの効能があるハーブティーをプレゼントしたいと思ったのだ。

 

「お客様、どのようなハーブティーをお探しでしょうか?」

 

 雛子が難しそうな顔で立ち並ぶ商品を吟味していると、店員が声をかけて来た。

 

「あっ、すみません。

 リラクゼーション効能があるハーブティーはどれですか?」

 

「それでしたら、こちらのカモミールなんかは如何でしょうか?」

 

 雛子は店員と話しながら、母へのプレゼントを選ぶのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 夢ノ宮商店街にあるアクセサリーショップは、決して大きなお店ではないが品揃えは豊富で、蛍のお小遣いでも購入できる金額の品も多くあった。

 蛍は指輪にイヤリング、ネックレスにブローチなど、棚に並べられた品々をじっくりと見ながら、母が身に付けているところを想像して吟味する。

 そして1つの商品に目を付けた。

 赤いカーネーションをハートマークの中心においたネックレスだ。

 形からして恐らく母の日限定の商品なのだろう。

 蛍はそのネックレスへと手を伸ばすが、

 

「あっ。」

 

 隣に立つ少女が、先にそのネックレスを手に取ってしまった。

 少女は、蛍も自分と同じものを手に取ろうとしていたことに気づき、こちらを向く。

 

「・・・。」

 

 170cmに迫るほどの高身長と、長い青色の髪をサイドテールで束ねた少女は、釣り上った眼でこちらを見る。

 少女は無言だが、自分を見据えるその鋭い瞳は、強い意志が込められているかのように真っ直ぐだった。

 蛍は、そんな彼女の瞳にどこか身に覚えがあるような気がした。

 

「・・・何かしら?」

 

 落ち着いた、それでいて底の知れない力強さを感じさせる声で話しかけてくる。

 そこで蛍はようやく、自分が目の前にいる少女をずっと見ていたことに気が付いた。

 

「あの・・・えと・・・。」

 

 だが謝ろうとしてもうまく二の句が継げない。

 要たちに友達に対しては無邪気に話せるようになった蛍だが、人見知りの強いところが直ったわけではない。

 初対面の人を相手に普段要たちと同じように接することはまだ出来ないのだ。

 加えて自分よりも40cm差近くある背の高さから見下ろす彼女の鋭い目つきと淡々とした声に蛍は気圧されていた。

 要するに、目の前にいる少女が怖かったのだ。

 

「その・・・ごっ・・・ごめんなさい・・・。」

 

 だがリリンから与えられた小さな勇気が、蛍をほんの少しだけ奮い立たせる。

 何とか謝ることは出来たものの、蛍はその少女から視線を反らした。

 

「・・・これ、欲しいの?」

 

 すると少女は、先ほどと変わらぬ口調ながらも、手に取ったネックレスを蛍へ差し出した。

 蛍は驚き、譲ってくれることに一瞬感謝したが、形からして母の日のプレゼントを意識したその商品を手に取ったと言うことは、彼女も自分と同じで母への感謝の気持ちを込められるプレゼントを探していたのだろう。

 そして先に手に取ったのは彼女だ。そのネックレスに母への感謝の気持ちを込める資格があるのは彼女である。

 

「えと・・・だい・・・じょうぶです・・・・。」

 

 首を振りながら精いっぱいの声で蛍は答える。

 

「そう・・・。」

 

 その一言だけを残し、少女はレジへと向かって行った。

 若干冷たい印象を受けたが、自分にネックレスを譲ってくれようとしたし、母の日のプレゼントを買いに来たところを見ると、悪い人ではなさそうだ。

 

「・・・きをとりなおして、ほかのプレゼントをさがさなきゃ。」

 

 何もアクセサリーに拘る必要はないし、まだ見て回っていないお店も多い。

 レジで商品を購入した少女を見送った蛍は、他のプレゼントを探すためにアクセサリーショップを後にするのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍と2人きりで話せるチャンスを伺い、一緒にアクセサリーショップへと訪れたリリンだが、肝心の蛍はプレゼントとやらを探すのに夢中で、話を振る機会がなかった。

 いつもなら自分と話すことに何よりも夢中になるはずの蛍が、それを差し置いて他のことに現を抜かしている。

 その状況にリリンは、かつてキュアシャインに無視されたことを思い出して不愉快になるが、それを表に出さないように注意しながら蛍のプレゼント探しを手伝うことにした。

 こうなってしまった以上、この状況から早急に脱するには、蛍の目的を達成させるのが一番の近道だろう。

 だが、プレゼントに関する知識など当然持ち合わせていないリリンには、何を送ればいいのかなんてさっぱりわからなかった。

 

(イライラするわね・・・なんでこんなことをしなきゃいけないのよ。)

 

 当初予定していた計画からどんどんズレていくばかりか、何の興味も価値もないことに付き合わされることにリリンは苛立ちを募らせるが、ここで短気を起こしては全てが水の泡だ。

 これまでの反応から蛍がプリキュアの情報を握り、隠していることは明白だ。

 せめてキュアシャインに関する情報を得なければ彼女から信頼を得た意味がない。

 こちらの目的を達成するまでは、トモダチの仮面を被り続けるしかないのだ。

 

(全く、面倒ったらありゃしないわ。)

 

 心中で愚痴りながらリリンは一度店の外に出て、苛立ちを静めようとする。

 すると、アクセサリーショップの向かい側には本屋があった。

 リリンは店頭に並べられた雑誌に目を移す。

 表紙には『母の日のプレゼント大特集!』と書かれている。

 リリンはその雑誌から情報を得るために、向かいの本屋まで歩き雑誌を手に取った。

 

「人気ナンバーワンのプレゼントは赤いカーネーション。

 最初に立ち寄った花屋にあったけど、蛍は買おうとはしなかったわね。

 ホント、花なんてもらって何が嬉しいのかしら・・・あら?」

 

 雑誌を読み進めていくと、手作りプレゼントの特集があった。

 その中には『誰でも簡単に作れる手作りスイーツでプレゼント!』という記事がある。

 

「そう言えばあの子、お菓子作りが趣味だって言ってたかしら?」

 

 その記事を見たリリンは、この状況から脱するための策を思いついた。

 人間と言うものは自分にとって好きなこと、得意なことであれば簡単に引き受けるものだ。

 蛍の特技であるお菓子作りを母の日のプレゼントとして振る舞うと話せば、彼女も悪い気をせずに承諾するだろう。

 リリンはその提案を進めるための最適な文章を頭の中で組み立てる。

 思いつく限りの定型文を組み合わせ、かつ蛍の性格を考慮して・・・。

 

「・・・こんなところかしら。」

 

 蛍に伝える言葉を作り終えたリリンは、アクセサリーショップへと翻す。

 

「あっリリンちゃん、こんなとこにいたんだ。」

 

 すると、丁度アクセサリーショップから出て来た蛍が、こちらを見つけて駆け寄って来た。

 リリンはチャンスとばかり、先ほど思いついた言葉を蛍にかける。

 

「ほたる、おかーさんへのプレゼント、こうゆうのはどうかしら?」

 

 そう言いながら、リリンは手に取った雑誌を拡げ、手作りスイーツ特集のページを蛍へと見せる。

 

「てづくりスイーツ・・・。でも、お菓子はたべたらなくなっちゃうよ。」

 

 蛍から想定通りの答えが返ってくる。それを聞いたリリンは予定通りの言葉を口にする。

 

「べつにいいじゃない。」

 

「え?」

 

 蛍は驚いた表情でこちらを見るが、リリンは言葉を続ける。

 

「プレゼントには気持ちが大事っていうでしょ?

 ほたるの、おかーさんへの感謝の気持ちを込めてつくれば、きっとおかーさんにとって、とってもおいしいお菓子が作れると思うの。

 だから形にのこらないけど、そのお菓子の味は一生、おかーさんの心に残ると思うわ。」

 

 リリンの言葉に蛍は瞳を輝かせ、次第に笑顔を浮かべていった。

 

「そうだね・・・わたし、ことしはてづくりのお菓子、おかーさんにプレゼントしてみるよ!」

 

「うん、ほたるのおかーさんも、きっと喜ぶわ。」

 

「ありがと!リリンちゃん!

 ・・・えへへ、

 リリンちゃんのおかげで、今年はサイコーのプレゼントができそうだよ!」

 

 リリンが優しい言葉をかけるほど、蛍の表情は輝きを増していく。

 

(本当にバカな子・・・。

 あたしの言葉をここまで真に受けるだなんて。)

 

 先ほどの言葉は、その雑誌から得た情報を元に当たり障りのない文章を作っただけ。

 リリンにとっての蛍は、所詮プリキュアに関する情報を得るためのただの『道具』に過ぎない。

 上辺だけの言葉で外面を取り繕い、蛍を相手にトモダチの仮面を被り続けているだけだ。

 

(本当に・・・。)

 

 それなのに蛍は、自分が彼女のことを想ってかけた言葉として受け取るのだ。

 これまでもそしてこれからも、自分が彼女のことを気に掛けるなんてあり得ない。

 そもそも『感情』を知らないリリンには、『気持ちを込める』だの、『一生心に残る』だの不明瞭かつ空想的な言葉の意味なんて理解出来ていないのだ。

 

「ありがとう、ほたる・・・。」

 

「おれいを言うのはわたしのほうだよ!リリンちゃん!」

 

 笑顔でお礼を返す蛍を相手に、リリンは不意に視線を反らす。

 自分はただ、この扱いやすい『道具』が『用済み』となるその日まで、体よく利用しているだけなのに、そんなことを知らない蛍は、自分に対して盲目的な信頼を寄せている。

 そんな蛍に対してリリンは、彼女の眩しいまでの笑顔を段々と正面から見られなくなっていった。

 だがその意味について気づかず、同時に知ろうとも思わなかったのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 母へのプレゼントを購入した雛子が店を出ると、同じくプレゼントを購入し終えた要と合流した。

 先ほどまで隣にいた瞬の姿はない。どうやら最初の約束通り、家へと帰ったようだ。

 そして要と一緒に蛍とリリンを探していると、本屋の前で話している2人の姿を見つけた。

 

「いたいた、蛍~、リリン~。」

 

 要の声に気づいた蛍は、リリンと一緒にこちらへ歩み寄ってくる。可愛い。

 

「かなめちゃん、ひなこちゃん。プレゼントはみつかった?」

 

「バッチリ。」

 

「私もこの通り見つかったわ。蛍ちゃんの方は?」

 

「えっとね、今年はおかーさんにてづくりのお菓子をプレゼントすることにしたんだ。」

 

 笑顔でそう答える蛍。可愛い。

 一瞬リリンを横で見ていたので、彼女と話し合って決めたのかもしれない。

 いずれにしてもお菓子作りを得意とする蛍ならではのプレゼントだろう。

 

「蛍ちゃんらしくていいじゃない。」

 

 雛子の言葉に要も頷く。

 同時に要は、蛍が無事プレゼントを決められたことに胸を撫で下ろしていた。

 この遊び好きの悪友のことだから、せっかく友達同士で集まったのに、親へのプレゼント探しばかりでいるのを堅苦しく思っていたのだろう。

 要するに、いつものように冗談を言ってふざけて遊べる時間を欲しているのだ。

 

「良ければウチの分も・・・。」

 

 すると要が手始めとばかり、冗談半分本音半分であろう言葉で蛍にねだった。

 

「要。」

 

 内心やれやれと呆れつつも、要の期待通り間髪入れずにピシャリとツッコミを入れる。

 こちらの意図に気づいた要は白い歯を見せニヤリと笑い、蛍も笑顔でこちらを見た。

 

「よっし!プレゼントも無事決まったことやし!どっか遊び行こっ!」

 

「さんせ~!」

 

 そして自分のツッコミを合図に、友人2人は遊ぶ気満々の本心を惜しみなくさらけ出す。

 ならばと、雛子は2人にとってうってつけの情報を提供した。

 

「だったら芝生公園まで行きましょ?

 確か5月の上旬にクレープ屋が参入するって話だったじゃない?」

 

「雛子ナイスアイディア!」

 

 要が親指を立てて珍しく自分を褒め、

 

「リリンちゃんもいっしょにいこっ!」

 

「え?ちょっとほたる・・・。」

 

 蛍は困惑するリリンを余所に、彼女の手を引く。

 

「しゅっぱ~つ!」

 

 そして要の号令と共に、リリンも交えた4人はクレープ屋を求めて芝生公園へ向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 芝生公園まで着いた要たちは、さっそく屋台を見て回った。

 ドーナッツ、ジェラート、シュークリーム。

 スイーツだけでも選り取り見取りの屋台が並び目移りする気分だが、要はここでようやくあることを思い出す。

 

(忘れてた・・・ウチ今お金ほとんどないんやった・・・。)

 

 そう、母へのプレゼントを買ったことで手持ちの残金がほとんど底を尽きたのである。

 兄に半分出してもらったとは言え、元々財布の経済が破綻寸前だったところに無理やり資金を捻出したのだ。

 コストパフォーマンス最高峰のスナック菓子の金字塔『美味しい棒』くらいなら買えるが、クレープを買えるだけの資金すら今は持ち合わせていない。

 つまりこのままでは目の前で友人たちがクレープを貪るところを、指をくわえて眺めるだけの、以前とはまた違った意味での生き地獄に落とされかねないのだ。

 

「あった。クレープやさんだ!」

 

 だが時既に遅し、蛍がクレープ屋を見つけてしまった。

 開店して間もないそのお店は、既に多くの人たちで列が作られていた。

 これまでは夢ノ宮ドリームプラザまで行かなければお目にかかれなかったクレープ屋の参入を待ち望んでいたのは要たちだけではなかったようだ。

 だがその列に並ぶ人々が1人また1人とクレープ屋を離れていく様が、さながら地獄への階段を1段ずつ下っていくように映ってしまい、要はつい足を止めてしまう、

「早いところ並びましょ?要、何ボケっとしてるの。」

 

 すると雛子が、当然そんな要の内情など知らず・・・

 否、この頭が良さだけが取り柄の悪友は全てを見透かしたうえで内心『自業自得でしょ?』と呆れながら自分が落ちていくところを涼しい顔で見送るつもりなのだろう。

 

「かなめちゃん!かなめちゃん!はやくならぼ!」

 

 そして今度は蛍が待ちきれないと言わんばかりにこちらの手を引いてきた。

 この無邪気な天使は相当方向音痴なようで、天国への登り階段ではなく地獄への下り階段へと要を誘おうとしている。

 だがこの天使の笑顔(エンジェルスマイル)で手を引かれてこの場に留まる人間がいるだろうか?

 観念した要は地獄の階段もといクレープ屋前の行列に並びながら、この先待ち受ける生き地獄をどう回避しようかと必死で考えるのだった。

 

 

 

 

 例によって要にそんな妙案など浮かぶはずもなく、地獄へ入り口もとい、クレープ屋は既に目の前に迫っていた。

 こうなれば恥も外聞も無い。

 一緒に並ぶ友人たちに自分の分も買ってくれと素直に頼もう。

 要は意を決して後ろに並ぶ蛍へ振り向き、

 

「どしたの、かなめちゃん?」

 

「・・・。」

 

 直前で踏み止まった。

 容姿性格ともに幼い蛍にクレープを買ってとせがむ自分の姿を想像してみたが余りにも情けない。

 恥も外聞も無いと言ったがあれは嘘だ。

 流石に蛍に対してそんなカッコ悪い真似は出来ない。

 

「いや~、ちゃんと並んで良い子やな~って。」

 

「わたしおないどしだよ!!」

 

 そして冗談交じりに発した言葉で盛大に地雷を踏んでしまった。

 しまったと思いながらも蛍を宥めるように頭を撫でるが、蛍は頬を膨らませたままだ。

 これでは仮に頼み込んだとしても断られてしまうだろう。

 だがこの中でクレープを譲ってくれそうな子は蛍くらいだった。

 ほぼ初対面に近いリリンにはさすがにねだれないし、残る悪友はそんな我儘を聞いてくれるとは思えない。

 つまらない見栄で最良の選択肢を逃してしまった要だったが、このままでは地獄へ一直線だ。

 こうなればイチかバチかである。

 

「雛子~。」

 

 要は冗談めかした態度なら雛子も100万が1の確率で笑って許してくれるのではと思い、努めてわざとらしい猫なで声で話しかける。

 

「イヤよ。」

 

「まだ何も言ってないのに!?」

 

「浪費癖を直さない要が悪い。」

 

 だが本題に入る前に断れた上に、自分の目的はおろか理由までもドンピシャに言い当てられてしまった。

 とは言えこれくらいは想定の範囲内。

 そして想定済みと言うことは相応の『対抗策』もバッチリ用意してあると言うことだ。

 要は後ろに立つその『対抗策』へと振り返り、悪代官のような不適な笑みを浮かべてから再び猫なで声で雛子に話しかけた。

 

「雛子~。」

 

「くどいわよ要。買えないのなら今月は我慢しなさい。」

 

「そうじゃなくて、蛍が2つ食べたいからもう1個買ってだって~。」

 

「え!?わたし!?」

 

 要は蛍の両肩を掴んで雛子の前へと無理やり立たせた。

 言い覚えのないことを告げられ蛍は大いに困惑しており、そもそもあからさま過ぎる大ぼらであるのだが、蛍に対しては砂糖菓子よりも甘い雛子であれば、そんな細かいことを気にすることなく、クレープ1つくらい買い与えてくれるだろう。

 そして雛子は特に訝しむ様子を見せなかった。

 勝った。そう確信した要は、後でそれとなく蛍から譲ってもらおうと思い・・・

 

「お店ごと買いましょうか?」

 

「「店ごと!!?」」

 

 だが雛子が財布を取り出しながらお金持ちのテンプレート的なことをあっさりと言ってのけたことでそんな目論見は淡くも消し飛んだ。

 さすがに冗談だろうと思ったが雛子の口元は笑っておらず、ならば彼女の目を見て判断しようと思ったが、太陽の光が雛子のかけるメガネのレンズに絶妙な角度から差し込んでおり、光の反射のせいで内に隠された彼女の瞳がまるで見えなくなっていた。

 これでは表情から嘘か誠かは暴けないが、いずれにしてもこの悪友は自分にはクレープ1つも買うつもりはないのに、蛍のためとあらば屋台1つ丸ごと買い与えることも辞さないようだ。

 

「そこまで待遇違うとさすがにショックやわ!!」

 

 元を辿れば蛍をダシに雛子を釣ろうとした要の自業自得であるが、悪友からあまりにも露骨すぎる差別を受けたことでさすがに涙目になる。

 

「お財布いっぱいのおかねでかえるの!!?」

 

「そっち!!?」

 

 一方蛍は、この場において余りにもどうでもいい疑問を投げてきた。

 確かに在庫の商品と材料、調理用の機材器具そして屋台の全てを合わせた金額が中学生の持つ財布1つで足りるかは疑問の余地があるか、それよりもまずこの格差社会と露骨な差別に疑問を抱いて欲しかったものだ。

 落ち込みムードの要だったが、身体に流れる関西人の血が条件反射でツッコミを入れてしまう。

 

「大丈夫よ。私カード持ってるから。」

 

「「カード!!?」」

 

 そして雛子が蛍の疑問に答えながら財布からクレジットカードを取り出して来たので、要は再び脊髄反射でツッコミを入れてしまった。

 中学生がクレジットカードを持っているというだけで要の常識から外れていると言うのに、『大丈夫』と言うことは、それこそ自分にとって天文学的数値と言える金額が登録されているのだろう。

 そんな雛子によってもたらされた混沌(カオス)を前に、要の常識は崩れ始め眩暈すら覚えた。

 

「はっ!カードならわたしももってた!」

 

 すると蛍がクレジットカードを披露した雛子に対して、何の益体もない謎の対抗意識を燃やし出し、財布の中から一枚のカードを取り出した。

 

「・・・それはスタンプカード。」

 

 だが蛍が手に持つカードは、商店街の催し物として無償配布されているスタンプラリー用のカードだった。

 要たち未成年者には親の許可なしでは手に入れることが出来ないクレジットカードに対して、年齢問わずに配布されるスタンプカードなど、比べるだけ失礼である。

 ちなみにこのスタンプラリーは、親にお遣いを頼まれた小学生以下の子どもたちを対象、お遣いを宝探しゲーム感覚で楽しんでもらおうと開かれたレクリエーションだ。

 子どもに買い物を学ばせながら商店街の活性化を狙うことを目的としており、商店街中を楽し気に回りながらお遣いをしている子どもたちの様子を見る限りでは一定の成功を収めていると言える。

 そして蛍のスタンプカードをよく見ると半分以上のスタンプが押されていた。

 彼女が小学生以下の子どもたちに交じってスタンプラリーを楽しんでいるところがありありと想像出来てしまい、要は再び頭痛に見舞われた。

 

「こっちもあるよ!」

 

 そんな要に更なる追い討ちをかけるかのように、蛍が財布から2枚目のカードを取り出す。

 

「それはポイントカード。」

 

 半ばウンザリとした様子で、だがしっかりとツッコミは入れる要。

 確かにポイントカードの用途はクレジットカードと似通う部分はあるが、蛍が手に持つのは商店街にあるスーパーが店舗専用として発行しているものであり、当然そのお店以外では利用できない。

 スタンプカードと比べたらまだいくらかマシかもしれないが、それでも月とスッポン、木の枝と伝説の剣くらいの差はある。

 

「はっ!?」

 

 すると蛍が掲げたポイントカードを財布にしまう寸前、カードの表面を見て何かに気づく。

 

「・・・今度はなに?」

 

 嫌な予感しかしないが、それでも何があったか問いかける要。

 

「きょう、ポイント2ばいデーだって!」

 

 そして蛍は、帰り際にいいお買い物が出来る!と言わんばかりに両手を振って喜んだ。

 そのスーパーの良く利用している要の母から、あそこは定期的にポイント2倍のサービスを行っている、という話を聞いたことがあるが、予想通り、今この場では本当にどうでもいい情報だった。

 

「知るかあああ!!」

 

 雛子のブルジョワリティ溢れるボケと蛍の純度100%の天然ボケのダブルパンチを受けた要は、大声で叫びながらツッコミを放棄するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍が要たちと賑やかに談笑していると、気が付けば自分たちの前に並ぶ人たちが減り、屋台に掲げられたメニューの札をようやく見ることが出来た。

 蛍はどのクレープにしようかを悩みながら、隣に並ぶリリンに話しかける。

 

「いっぱいあるね~。リリンちゃんはなにがたべたい?」

 

「えと、あたし、お金もってなくて。」

 

「あっ、そうなんだ。」

 

 リリンくらいの歳の子なら、親からお小遣いをもらえているものと思っていた蛍は驚くが、もしかしたら財布を忘れただけかもしれないし、親がお小遣いをあげないほど厳しいのかもしれない。

 いずれにしても金銭的な話は子どもにとってもデリケートな領分だ。

 幼い頃から家事全般を担当している蛍だが、特にお金に関することは、母からタダほど高いものはないのだと、厳しく躾られてきたのだ。

 それでも一緒に並んでいるのにリリンだけがクレープを食べられないと言うのを寂しく思ったところ、ふと目の前でクレープを一口寄越せ渡さないと言い争う要と雛子の姿が目に映った。

 

(そっか!ともだちどうしなら ひとくちたべてみる? できるんだった!)

 

 異なるスイーツを買った友達同士で一口食べてみる?を合図に一口分だけ交換し合う『食べ比べ』と言うのも、蛍の知る友達同士のコミュニケーションの1つだ。

 友人同士の親睦を深めるコミュニケーションとしての手段であれば、金銭的なしがらみは発生しないだろう。

 今回の場合、厳密には食べ比べではなく、こちらが一口譲るだけになるが、それこそ要の言葉を借りれば、

 

 友達同士なんだから細かいことは気にするな!

 

 である。

 

(わたしとリリンちゃん、ともだち・・・だよね?)

 

 思えばリリンには友達になってと伝えたことはなく、彼女からそのような話を聞いたこともない。

 だが同じ学校でないのに、何度もこの噴水広場で会い、談笑したことのある仲だ。

 友達だと思っても、リリンがそれを迷惑がるようなことはないはすだ。

 

(・・・あれ?ともだち?)

 

 だが蛍は、リリンとの仲を『友達』と認識することに違和感を覚えたのだ。

 リリンと友達になれることは、蛍にとって喜ぶべきことであるはずなのに心の中に靄が生まれる。

 それはどんなに手を振っても、文字通り霞を掴むことは出来ず、手のひらは空しく宙を切る。

 だが、今すぐに理由を知ることは出来ないと悟った蛍は、気を取り直して目前まで迫った屋台の方へ視線を戻した。

 するとようやく店員である、20代前半くらいの青年の顔が目に映った。

 

「あれ・・・?」

 

 そして蛍は店員の姿を見て驚いた。

 なぜなら彼は、蛍がキュアシャインに変身して初めて助けたときの青年だったからだ。

 

「よかったね、ユウちゃん。夢を叶えることが出来て。」

 

 小さな子どもと並んでクレープを買う主婦が、青年を『ユウちゃん』と呼び親しげに会話する。

 

「ええ、親に反対されて、友達にもバカにされたけど、ずっとこの街で、俺が好きなこの街の広場で、クレープ屋を開くのが夢だったから。

 今はまだ屋台だけど、将来は商店街に店舗を構えて見せますよ。」

 

「ユウちゃんならきっと叶えられるよ。」

 

「ありがとうおばさん、はいお釣り。

 ありがとうございました。またご利用ください。」

 

 主婦と青年の会話をひとしきり聞き終え、蛍は安堵する。

 これまでプリキュアとして闇の牢獄から救出してきた人たちのことはずっと気になっていたのだ。

 一度、闇の牢獄から抜け出すことが出来ても、心に不安を抱えている限り自分の声が繰り返し聞こえてくることは、蛍自身が身を以って知っていることだ。

 となれば、これまで闇の牢獄に閉じ込められた人たちも、ダークネスが闇の牢獄を展開する度に、同じ思いをしてきたのかもしれないのだ。

 だが彼は今こうして、自分の夢を叶えてクレープ屋を開いている。

 

「いらっしゃいませ。」

 

 蛍の番が回ってき、にこやかな笑顔で迎える青年。

 所謂営業スマイルではない、それは心からの笑顔であると蛍にはわかった。

 夢を叶えることが出来たから、クレープを作るのが楽しいから、自分が育った街に恩を返すことが出来るから、いらっしゃいませの一言に込められた、様々な思いが伝わってくるかのような笑顔だったから。

 

(プリキュア、がんばってきてよかった・・・。)

 

 巨大な怪物と恐ろしい悪魔たちと戦うことに足が竦みそうになった時も、自分のいる場所が戦場と化する恐怖から逃げ出したくなった時も、踏み止まって、小さな勇気を出して、そして一歩踏み出して、戦ってきた。

 それでも助けてきた人たちが、本当に自分の抱える絶望を克服出来たのかは分からなかったが、少なくとも目の前にいる青年は、絶望を乗り越えて夢を叶えたのだ。

 プリキュアとして戦ってきたことの意味を確かに実感出来た蛍は、これからもダークネスと戦い続けることが出来る『希望』を青年から得るのだった。


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