雛子がふと時計を見上げてみると、時刻は夜の11時30分を過ぎていた。
「あら、もうこんな時間。」
皆がパジャマに着替えたのが夜の8時頃。それから既に3時間以上が経過している。
賑やかな時間と言うものは、あっという間に過ぎていくものだと雛子は改めて実感した。
「ふっふっふ~。何を言ってるの雛子?
夜はまだまだこれからでしょ?
夜更かしは深夜を回ってからが本番やで!」
要が泊まり会をする時は、深夜付近を回るといつもこのテンションだ。
普段滅多に出来ない夜更かしをする、というのに細やかな背徳感を覚えるが楽しいらしい。
あまりにもちっぽけ過ぎる要のワルな言動にいい加減慣れている雛子は、やれやれと小さなため息を吐きながら横を見ると、珍しくレモンが起きていた。
「レモンちゃん、こんな時間まで起きてて大丈夫?」
自分も要たちと一緒になって、およそ寝付けるとは思えないほどに賑やかかつ騒がしい空間を作っていながら何を今更とは思うが、レモンは人間年齢的には10歳前後だ。
深夜付近の時間まで起きているのは辛いのだろうか、寝ぼけ眼を擦っていた。
「むにゃ~、眠いけど楽しくて、何だか寝るのが勿体ないの~。」
だがレモンにこやかに笑いながらそう答えた。
思えばレモン達は半年もの間ずっと1人でこの世界を彷徨い続けていたのだ。
仲間の妖精たちと一緒になって賑やかな時を過ごすのは、この世界では初めてなのだろう。
「ふふっ、そっか。」
寝ることが大好きなレモンが、寝るのが勿体ないと思えるほど楽しいひと時を過ごせたことを、雛子は喜ばしく思いながら微笑む。
「あんまり無理はするなよ。体を壊したら元も子もないぞ。」
「は~い。」
そんなレモンをベリィが優しく注意する。
妖精たちの中で最年長のベリィは、年少のレモンを気にかけることが多い。
「蛍、もうすぐ深夜回るけど、それまで何して・・・あれ?」
一方要は、蛍に声を掛けようとして言葉を止めた。
雛子も同じ方へ目を向けると、蛍は枕を両手に抱えながらうとうとしていた。可愛い。
「やっぱり、こうなると思ったわ。」
するとチェリーが、人の姿であるサクラへ変身しながら、蛍の布団を敷き始める。
「毎日早寝早起き。
規則正しい習慣を身に付けている蛍が夜更かしなんて出来るはずないって思ったのよ。」
チェリーの話によれば、親に代わって家事全般を担っている蛍は、休日でも早寝早起きのサイクルを崩さない生活を送っているようだ。
深夜付近の時間まで起きていられるのは奇跡に近いが、それも限界が来たようだ。
半開きの目が開いたり閉じたりを繰り返し、眠りに落ちそうになるところをギリギリで堪えている。
可愛いが、さすがにこんな状態では無理せず寝かせた方がいいだろう。
「蛍、そろそろ寝た方がいいんじゃない?」
蛍に夜更かしを教えた要自身も、寝ることを促してきた。
「・・・ん~ん・・・まあ、らいよ~うらよ~。
えへへ~、きょ~はね~、い~ぱい、よふかひすうの~。」
だが蛍は半開きの目のまま、いつも以上に幼く呂律の回らない言葉で答えた。
可愛いが、『まだ大丈夫、今日はいっぱい夜更かしする。』と本人は言っても傍から見ればどう見ても大丈夫ではない。
要が蛍に教えたように、夜更かしは友達と遊ぶ時間を普段より長く確保することが目的だ。
だがここまで朦朧とした意識で無理やり起きては、ロクに遊ぶことも出来ないまま惰性に夜を更かすことになるだろう。
恐らく明日の朝にはこの時間のことを覚えていないはずだ。
それでは夜更かしのメリットがまるでない。
今の時間を睡眠に回し、その分明日早く起きた方がよっぽど時間を効率よく使えるはずだ。
そう思いながら、雛子も蛍に寝るよう促す。
「蛍ちゃん。明日もう一日あるのだし、今日はもう明日に備えて寝ましょう?」
「う~、やあ!まあ、ねない!」
だが雛子の言葉を聞いた蛍は、枕を強く抱き締め首を振るい、赤子のようにぐずり始めた。
そんな普段の蛍らしからぬ行動に驚きながらも、いつにも増して幼くそしてあざとさ全開の蛍の仕草が、過去最大級の破壊力を持って雛子の理性に襲い掛かる。
危うく理性どころか意識すらふっ飛びかけた雛子だが、何とか唇を食いしばって堪えることが出来た。
そんな雛子の様子を要が、呆れたような心配しているような複雑な表情で見ている。
「も~蛍。そんな状態で夜更かし出来るわけないでしょ。
わがまま言わないでもう寝なさい。」
サクラが蛍を無理やり布団へ運ぼうとするが、蛍はやだやだの一点張りで抵抗を続ける。
寝ぼけているせいか自制が効かなくなっている蛍の様子に、さすがのサクラも困り果てている。
その様子を見かねた雛子は、蛍の近くに座り込み、彼女を優しく抱きしめた。
「・・・まあ、ねないもん・・・。もっとおしゃえりして・・・もっと・・・あそんで・・・。」
「うん、わかってる。」
蛍もレモンと一緒で、今の時間が楽しくてを寝るのが勿体ないと思ってくれていたのだ。
彼女がそこまでこの泊まり会を楽しんでくれたことに、雛子はとても嬉しく思う。
「ねえ蛍ちゃん、私とお喋りしよっか?」
「・・・うん・・・。」
「蛍ちゃんは、明日は何をして過ごしたい?」
「・・・あひたはね・・・みんあでおるれんら~みて・・・。」
喋りながら、雛子は蛍が気づかないように、少しずつ彼女の頭を自分の膝の上に乗せていった。
蛍が自分の膝を枕にして寝る姿勢へと誘導する。
「そえかあ・・・みんあで・・・ごはんたえて・・・。」
そして蛍を愛撫するように、優しく彼女の髪と頬を撫でる。
「そ・・えか・・・あ・・・。」
すると蛍の瞼が徐々に重たくなっていった。
内心、あと一息と思いながら雛子は彼女が寝付くまで話し相手になる。
「それから、皆でどこかお出かけしよっか?」
「おえかけ・・・うん、すう。みんあで・・・おえかけ・・・。
えへへ~たのしみ・・・みんあ・・・いっしょ・・・。」
やがて蛍は健やかな寝息を立てて眠り始めた。
「・・・よしと。」
2度、3度頬を撫でても起きる気配がない蛍を見て、雛子も一息つく。
思えば蛍は今日の一日中ずっとはしゃぎっ放しだった。
普段夜更かしする習慣がないだけでなく、遊び疲れたのもあるだろう。
(本当に、幼いんだから。)
中学生と言う実年齢を考えると幼い行動かもしれないが、雛子はそんな蛍を慈しむように微笑むのだった。
…
雛子が蛍を寝かしつける様子を見ながら、要は苦笑する。
雛子が蛍のことを特別愛でていることは以前から分かり切っていたが、先ほどの彼女の姿は、まるで母親のようだった。
雛子とは3年以上の付き合いになるが、あんな雛子の姿は初めて見たのだ。
どうやら蛍は、雛子の母性を強く刺激するようだ。
自分が良く知る友達も、新しい友達が出来れば、今までとは異なる一面を見せてくれる。
プリキュアパジャマパーティーは要にとって大成功な結果となった。
蛍と雛子、2人の友達のまだ知らぬ一面を知ることが出来たのだから。
すると蛍が起きる気配がないのを悟ったサクラは、蛍の手放した枕を取り寝床を整える。
「ありがとう雛子。」
そして雛子に礼を言いながら、起こさないように優しく蛍を抱きかかえ、静かに布団まで運んでいった。
「あら?私は別にこのままでも良かったけど。」
「え?」
「ふふっ、冗談よ。」
今の冗談9割方本気だったろ、と思っていると雛子がこちらの方へ振り向いてきた。
「さっ要、私たちも今日はもう寝るわよ。」
「え?ウチらも?」
「当然じゃない。蛍ちゃんの話聞いてなかったの?
明日の朝は、皆でオルレンジャーを見るんだから。
寝坊して、蛍ちゃんの楽しみを奪うようなことがあったら、承知しないからね?」
あれだけ呂律の回らない言葉遣いだったのによく聞き取れたものだと感心半分呆れ半分で雛子を見るが、自分に釘を刺す物言いとは裏腹に、彼女の声は優しく穏やかだった。
要としてはもう少し起きて談笑したいところだったが、蛍のためと言われては断れない。
蛍にとって楽しいお泊まり会にしたいと言う気持ちは、自分も同じだからだ。
「はいはい、わかりましたよ。」
多少の夜更かしをしたところで、毎週の楽しみである日曜朝のヒーロータイムを寝過ごしてしまうなんてポカはしないが、大事をとって早めに寝ておくに越したことはない。
それに今回の主役である蛍がこの状態では、要たちだけで夜更かしする理由もないだろう。
「それじゃあ、電気消すわよ?」
「おーう、お休み。」
「うん、お休み。」
すぐに消灯するのかと思いきや、雛子は最後にもう一度だけ、蛍の髪を静かに撫でる。
「お休み、蛍ちゃん。」
およそ同世代の友達に接する態度ではない雛子の姿に、要は再度苦笑しながら部屋の明かりが消えるのを待つのだった。
…
翌朝、要たち3人は着替えを終え、リビングで子供向け特撮ヒーロー番組、無限戦隊オルレンジャーを視聴していたが
「わ~っ!!マホレッド!!マホレッドだ!!」
「・・・。」
広々としたソファに蛍を中心として座っているため、隣に座る蛍の大声が要の耳を直撃する。
レンジャーシリーズ30周年記念作品であるオルレンジャーは、毎週歴代のレンジャーがゲストとして出演するのだが、今日に限ってそのゲストが、蛍が一番好きなシリーズと語っていたマジカル戦隊マホレンジャーだったのだ。
マホレンジャー放送終了から実に6年ぶりに姿を見せたマホレッドの役者は、その歳月を感じさせないほど若々しい姿のままだった。
そしてマホレッドの扱う魔法の演出や変身シーンは、当時と同じ音響を使いながらも6年もの歳月の中でさらに進化を遂げたCGを使ってフルリメイクされている。
それだけでもセピアに色あせた思い出を鮮明に蘇らせるには十分であり、昨日と同じくらいにテンションが高かった蛍は、完全に周囲のことを忘れて画面に夢中になっていた。
「「マジカルフレイムチェンジ!炎の貴公子!マホレッド!!
あまねく生命に奇跡の魔法を!マジカル戦隊マホレンジャー!!」」
マホレンジャーの変身時の音声コードと名乗り口上、レンジャーシリーズではお決まりとなっているキャッチコピーを一字一句間違えることなく、画面の向こう側にいるマホレッドとシンクロしながら大声で叫ぶ蛍。
しかもソファに座りながら変身時の腕のポーズだけを完全に再現するオマケ付きである。
これまでも雛子や真たちと泊まり会をする時は、一緒にレンジャーシリーズを見ていたので、今回も同じように軽く雑談しながら視聴するつもりだったのだが、蛍のこのテンションは完全に想定外である。
おかげで要はオルレンジャーを見るのに一切集中出来ない。
はっきり言って五月蠅いのだ。
ちなみに雛子はと言えばそんな蛍を迷惑がるどころか、画面の方には一切目もくれず大はしゃぎする蛍の姿を恍惚とした表情で眺めていた。
一緒に見るという約束を破っている気がしてならない要は、普段雛子が自分に対してそうしているように、ワザとらしく大きなため息をつく。
が、画面に夢中になっている蛍と、蛍に夢中になっている雛子には残念ながら届かなかった。
「蛍、悪いけどちょっと静かにしてもらえる?」
物事には限度がある。要はついに蛍のことを注意した。
例え蛍が心の底からこのお泊まり会を楽しんでいたとしても、要とて毎週のこの時間を楽しみにしているのだから妥協したくないし、何より友達だからと全てを許容するわけにはいかない。
蛍と友達になった時、要は互いに遠慮なんていらない、言いたいことははっきりと言い合える関係でありたいと願った。
それはつまり、嫌なこともはっきりと嫌だと言い合える関係でありたいのだ。
そうでなければ蛍と本当の意味で友達になることは出来ないし、それは蛍のためにもならない。
「あ・・・ごっごめんなさい・・・。」
「別に騒ぐなとも言わないよ?
ただもうちょっとだけ声落としてな?ウチも見たいから。」
「うん、わかった。」
「素直でよろしい。」
すると蛍は、これ以上は騒がないという意思表明なのか自分の口を両手で抑え込んだ。
ちょっと声を落としてほしいと頼んだのに、一切声を発さないつもりのようだ。
相変わらず0か100の両極端の選択肢か取らない子だなと思いながらも言うことを聞いてくれたことに感謝し、要はオルレンジャーの視聴を再開するのだった。
…
オルレンジャーの視聴を終えた蛍は、雛子の祖母と一緒に朝食を準備に取り掛かった。
要と雛子は、オルレンジャーの後番組であるマスクライダー・スペースを見ているところだ。
マスクライダーシリーズは、仮面を被り素顔を隠したヒーローが、怪人によって構成された敵組織と戦うという子供向け特撮ヒーロー番組だ。
だが勧善懲悪を一貫したテーマとして描くレンジャーシリーズとは異なり、人間VS怪人という構図を作りながらも、人にも悪の心を、怪人にも善の心を持つものがいるので、正義と悪の境界線が曖昧となっているのがマスクライダーシリーズの特徴だ。
敵側である怪人達にもドラマがあり、ヒーローと怪人による群像劇が描かれていくというレンジャーシリーズとはまた一味違った作風が大ヒットし、今やレンジャーシリーズと双璧を成す特撮ヒーロー番組となっているのだ。
だが一般人が敵の怪人の手にかかる、戦いの中で流血するシーンが多く含まれる等、子供向けの番組としてはショッキングな映像が多くあるので蛍は苦手としており、興味はありながらも未だにシリーズを満足に視聴したことがない。
そのため蛍はこの時間を使って朝食の準備をし、マスクライダーのさらに後番組に当たる魔法少女キュアピュアまでの時間を繋いでいるのだ。
魔法少女キュアピュアは、蛍が幼少の頃から続いている女児向けに制作されたアニメであり、妖精から魔法の力を与えられた女の子が、変身して悪の組織と戦うという物語だ。
まさかこのアニメと似た魔法のような出来事が、自分の身に振りかかるとは思いもしなかったが。
事実は小説より奇なりと言っても、ここまで現実離れした体験をしたものは他にいないだろうと蛍は自分のことながら思うのだった。
「ヒナちゃんから聞いたわよ、蛍ちゃん。
毎日お母さんの代わりにご飯を作ってるんですって?
どうりで、上手なわけだわ。」
横に立つ菊子から料理の腕について褒められるが、蛍は少しだけ緊張していた。
と言うのも、雛子の家はキッチンも自分の家のものと比べるのが憚れるくらいスペースが広く、設備や器具もお遣いの時に母から預かるお金を全てつぎ込んでも買えないであろう高価なものが揃っているのだ。
間違っても壊すわけにはいかないので、普段よりも慎重かつ丁寧に作業する。
食材だけは自分が普段利用しているものと同じで、商店街にあるスーパーや八百屋で購入したものを使っていたが、冷蔵庫の中に眠っている見るからに高価な霜降り肉を前に目を丸くしたことは忘れられないだろう。
「えと・・・そんなたいしたことないです・・・。」
自分よりも遥かに長い時を家事に費やしているであろう菊子に褒められたものだから、蛍はつい恐縮してしまう。
「ふふ、将来いいお嫁さんになれるわよ。」
「えっ!?えと・・・。」
恋人どころか異性の友人すら存在せず、恋すら経験したことのない蛍には、お嫁さんの具体的なイメージなんて想像出来るはずもなく、そもそも将来良いお嫁さんになれるというのは、家事の出来る女性への褒め言葉として使われているものであることもわかっているが、それでも親にも言われたことのない言葉に、蛍は顔を赤くして言葉を詰まらせた。
菊子はそんな蛍の初心な反応を見てクスクスと笑うのだった。
やがて朝食の準備が終わり、蛍たちは朝食を食べながら今日の予定について話し合った。
「いつも商店街の方ばかり行ってるし、せっかくだからモールまで行ってみない?」
「モールって、夢ノ宮ドリームプラザのことよね?」
「もっちろん。」
雛子の確認に要が頷く。
夢ノ宮ドリームプラザとは、夢ノ宮市最大のショッピングモールのことだ。
この街からはやや離れており、夢ノ宮中学前のバスを利用して20分ほどかかる場所にある。
およそ徒歩では向かえない夢ノ宮ドリームプラザに、週末の休みを利用して親と一緒に車で訪れるのは、蛍の休日の楽しみの1つだった。
そんなところへ友達と一緒に向かうというだけで、蛍の気持ちを高揚させるには十分だった。
「そうしよ!みんなでドリームプラザまでいこっ!!」
「蛍、食事中に騒がない。」
「わわっ、ごめんなさい。」
ついテーブルを大きく揺らしてしまい、要に注意されてしまう。
「まあでも、蛍ちゃんが行きたいって言うのなら決定ね。」
「賛成。蛍、朝ごはん終わったらドリームプラザまで行こうな。」
「うん!」
今回の泊まり会、2人は自分の意見を率先して聞いてくれている。
蛍はその事に深く感謝しながら、朝食を食べ終えるのだった。
…
朝食を食べ終えた蛍たちは、雛子の祖母にお昼ご飯は食べてくると伝えて、夢ノ宮ドリームプラザへと向かった。
夢ノ宮中学校前バスまで徒歩で行き、そこから約20分ほどして目的地の前にあるバス停まで辿りつく。
バスから降りた蛍たちはまず、人目のつかないところまで移動し、チェリーたちが人間に変身するのを待った。
やがてサクラ、ベル、レミンへと変身した妖精たちが姿を見せ、6人で改めて夢ノ宮ドリームプラザへと足を運び入れた。
夢ノ宮ドリームプラザは、中央に休息用の空間を大きく取り、両サイドから三階層に渡って大小さまざまなお店が並ぶ作りになっている。
そのため、正面の入口である自動ドアから中に入ると、大広間を中心として両サイドに拡がるお店が、三階層とも目に映るという見晴らしの良い空間になっているのだ。
当然、入り口から見渡せるお店が全てではないが、この場から見渡せるお店の数だけでも、商店街のものとは比べものにならない数であることがわかる。
夢ノ宮市最大のショッピングモールの名は伊達ではないのだ。
「これはすごいな・・・。」
「ふわあ~、ひろ~い・・・。」
「ベルさんとレミンちゃんは、ここにくるのははじめて?」
「買い物といえば、地元の商店街にしか行ったことがないからな。」
「レミンも~。」
ここに来るのは初めてと語るベルとレミンは、目の前に広がる広大なショッピングモールにすっかり目を奪われていた。
ちなみにサクラは一度、蛍が親と出かける時に連れて行ってもらったことがある。
中央の広間には、買い物の合間に一息入れている人たちがベンチに腰掛け談笑しており、両サイドに分かれて立ち並ぶお店には、多くの人々が出入りしていた。
休日のしかもゴールデンウィーク中なので、いつも以上に多くの人で賑わっている。
「じゃっ、まずどこから見て回ろっか?」
「わたし、さいしょジェラートのおみせによりたいな!」
ゴールデンウィークに新作発売の情報を入手していた蛍は、何よりもまず先にその店を訪れたいと思っていたところだ。
「ってことは、この階のスイーツエリアね。」
「んじゃっ、行きますか。」
「うん!」
妖精たちも合わせて計6人。
それなりの人数で夢ノ宮ドリームプラザを見て回ることになった。
…
新作のジェラートをじっくりと堪能した雛子たちは、しばらくの間は6人でウィンドウショッピングを楽しんでいた。
すると、ここに来るのが初めてのベルとレミン、一度した訪れたことのないサクラたちの間で見て回りたいお店がはっきりと分かれたのだ。
とはいえ、昼食を食べた後に帰ると祖母と約束しているので、午前中の内に見て回れる数は限られてくる。
そこで蛍が、ここまで一緒に見て回れただけでも十分と言うので、昼食までの間はそれぞれのパートナー同士で別行動を取ることになった。
雛子は、レミンのリクエストである子供用おもちゃ売り場を見て回った後、今は本屋へと足を運んだところだ。
レミンが児童向けの絵本売り場にいることを確認した雛子は、自身の目的の本があるコーナーへと向かう。
「あった。」
雛子が手に取ったのは、『小説家を夢見るあなたへ』というタイトルの本だ。
小説を書く上での基本的な技術、プロの小説家によるアドバイスやインタビュー等が掲載されている他、一般応募の中で最優秀賞を受賞した作品が載せられている。
ネットで見かけたレビューによると、今年度の最優秀賞受賞作品である『海賊ハリケーン』はとても面白いと評判だったので、読んでみたくなったのだ。
「・・・。」
手に取る本は決して分厚いものではないのだが、雛子にはそれがとても重たく感じられた。
それは雛子がまだ自分の『夢』と正面から向き合えていない証である。
「あら?雛子じゃない。」
すると背後から声がかかった。振り向くとそこにはクラスメートであり、小学生からの友人の1人である愛子が立っていた。
「愛子、奇遇ね。こんなところで。」
「欲しかった新作の漫画、今日発売日だったからね。
お父様がこちらに来る用事があったから、ついでに買いに来たのよ。」
そう言いながら、愛子は嬉しそうに手に持つ漫画を見せてきた。
愛子が大の漫画好きであることを知る雛子は、そんな姿を見て微笑む。
「雛子こそ、こんなところで何して・・・。」
言いかけた愛子は、自分が手に持つ本を見て、ここに佇んでいた理由を悟ったようだ。
「・・・ついにやってみる気になったんだ?」
「ううん、そんなんじゃないわ。
今年の最優秀受賞作品が面白いって評判だったから、読んでみたくなっただけよ。」
「でも、ボ~ッとしてたってことは、考えてないわけじゃないんでしょ?
雛子の将来の夢なんだよね?小説家になること。」
さすがに付き合いが長いだけあって、愛子の目は誤魔化せなかったようだ。
そう、この本を買うのは海賊ハリケーンが読みたいだけが目的ではない。
小説家になるために必要な知識を得ることが、何よりの目的だった。
小説家になるという自分の夢のために。
だが未だに煮え切らない気持ちになっているのは、まだその将来のビジョンが明確に見えていないからだろう。
「夢だって断言出来るものでもないわ。
なれたらいいなくらいにしか、まだ考えていないもの。」
幼い頃から夢見た職業。
これまでも何度か物語を書きたいと思い、筆を取ったことがあった。
だがいざ書こうとしても、自分が思い描くものを上手く文章で表現することが出来なかった。
本を読むことと、本を書くことは、全く別の次元の話であったことを雛子は痛感した。
以来、小説家になるという将来を夢見ることに臆病になってしまった。
それでも未だに雛子は、その夢を断ち切れずにいる。
「でもそうやって、必要な本を手に取って前を向こうとしてるだけ雛子は立派だと思うわ。」
すると愛子は、どこか憂いた表情でそう話しかけて来た。
愛子の将来を『夢』を知る雛子は、首を傾げながら彼女に問う。
「愛子だって、漫画家になりたいって将来の夢のために頑張っているでしょ?
この前だって『漫画王に俺はなる!』って本、買ってたじゃない?」
「あはは、実はあれまだ封を開けてないんだ。
それにほら・・・うちの都合もあるから・・・。」
歯切れ悪く答える愛子の視線の先には、1つの雑誌が置いてあった。
その雑誌の表紙には『宮内コンツェルン、新事業開拓!』と大きく書かれている。
「宮内コンツェルン現社長のご令嬢として恥じぬ振る舞いを身に付けろって、昔からそう言われてきたからね・・・。」
宮内コンツェルンの名は、世間的にもそれなりに知れ渡っている。
そして愛子は宮内コンツェルンの社長の娘だ。
愛子から聞いた話によれば、社長令嬢として恥じない素養を身に付けるために、幼い頃は淑女としての作法を学び、社長令嬢として著名人たちの集うパーティーにも何度か顔を出すこともあったようだ。
だが愛子の両親は、彼女の人生を縛るようなことはしなかったはずだ。
雛子は愛子が以前話していたことを思い出す。
「私の両親は、よく漫画とかに出てくる、お前は家の後を継ぐために生まれて来たんだ!
後継ぎのことだけを考えろ!と言う感じの親じゃないのよ。
お父様もお母様も、家を継ぐことに縛られる必要はない。
お前の好きなことをすればいいって言ってくださったわ。
だから私は漫画家を目指すの!」
そう嬉しそうに話していた。
だから雛子は今になって家に縛られる彼女の心境を測りかねていた。
「時々思うの。
宮内コンツェルンの令嬢が漫画家を志しているってことが知られたら、お父様とお母様の名に傷をつけてしまうんじゃないかって。
そうでなくても、漫画家ってかなり茨の道じゃない?
沢山の人が志して、でも沢山の人が挫折している。
もし私が将来の夢をかなえられなかったら、お父様とお母様の思いを無駄にしてしまったら・・・そう思うとね・・・怖くてね。」
自分の心境を見透かしたように、愛子は心境を打ち明けて来た。
日本では漫画は子供の娯楽、大人になれば卒業するものと言う考えは未だに根強く残っている。
雛子はそれが納得できなかった。
漫画も小説と同じ、書物を媒体とする創作物だ。
創られた世界を表現する方法が文章か絵かの違いでしかないのに、なぜ漫画だけが子供の娯楽だと扱われなければならないのか。
そもそも漫画を描いているのは、他でもない大人だと言うのに。
だが愛子は、宮内コンツェルン社長令嬢が漫画という子供の娯楽に現を抜かしているという世間体を気にしているのだ。
それは愛子の両親の評価さえ落としかねないから。
両親から自由を許されたことが逆に愛子自身を縛り付けている。
そんな天邪鬼な愛子の立場がとても悲しく思えた。
「ねえ、雛子にはわかるでしょ?雛子だって、私と一緒じゃない?」
「・・・。」
確かに雛子の両親も、それなりに大きな会社を経営している社長だ。
つまり自分も社長令嬢、そして自分の家は、一般で見ればお金持ちであることも自覚している。
だが雛子は愛子の言葉に頷くことが出来なかった。
雛子は愛子と違い、著名人の集まるパーティーに出席したことがなければ、淑女の作法を学んだこともない。
両親には悪いなと思うが、雑誌で取り上げられるほど名が知れ渡っている宮内コンツェルンと比較すれば、両親の経営している会社なんて小企業もいいところである。
そもそも両親からはほとんど仕事の話も聞いたこともなく、家業を継げと言う言葉さえ出たことがない。
雛子にとって両親が会社を経営していると言うのは、他の子よりもお小遣いを多くもらえるのと、他の子よりも両親と過ごす機会が少ないという程度の認識でしかなかった。
同じ社長令嬢でも、愛子とは育ちも立場も違う。
だから雛子には、愛子と同じ心境に立つことなんて出来なかった。
「あっ・・・ごめんなさい。失礼なこと聞いちゃって。
そんなことまで言うつもりなかったのに・・・。」
沈黙した自分を見て、愛子は慌てて謝罪してきた。
だが言うつもりのないことまで吐露してしまったあたり、彼女は相当に思いつめているのかもしれない。
「愛子。」
「なっなに?」
「少しでも、1人で抱え込むのは無理だって思ったら、遠慮なく私にぶつけてね。
私、愛子の気持ちも苦労もわかってあげることは出来ないけど、悩みを聞くことなら出来るし、一緒に悩むことだって出来るから。」
友達が思いつめ悩んでいるのであれば、出来る限り力を尽くす。
それが友達として雛子ができる恩返しだ。
雛子にとって友達は、1人では知ることの出来ない世界を教えてくれる大切な存在だから。
「・・・ありがと、雛子。
それじゃあ、お父様たちを待たせているから、私はこの辺で失礼するわ。」
「うん。」
「雛子、また学校で会いましょう。」
「うん、また学校で。」
別れ際、愛子は少しだけいつものような明るい笑顔を見せた。
将来に対して漠然とした不安を抱いているのは自分だけではない。
雛子は愛子の将来を思いながら、自分の将来とも向き合っていくのだった。
…
夢ノ宮ドリームプラザを、1人の青年が歩いていた。
190cmに近い身長。
水色の髪に青の瞳を持つ青年は、ドリームプラザを歩いていながら、道行く店には目もくれなかった。
青年の目的はただ1つ。自分が『選別』した『素材』のみ。
だが青年の前を1人の少女が横切った。
小柄な体躯のピンクの髪をした少女の方に青年は僅かに視線を向ける。
少女からは、ほんの少しだけ『闇』を感じることが出来た。
だが意識しなければわからないほど微小なものであるにも関わらず、その闇は、底の知れない黒さが垣間見えた。
『表面上に感じ取れる闇』と『潜在する闇』がここまで極端に違うとは、非常に興味深い素材だ。
是非とも『熟成』してみたいところだが、初めて見るタイプだけに、もう少しだけ観察した方がいいだろう。
今回は大人しく、本来の目的である素材を使うことにしよう。
「見つけた。」
青年は視界の中に金髪の少女を捉えた。
その少女から感じられる闇こそ、青年がこの世界で選別してきたものの1つだ。
あとはあれを熟成させるのみ。
少女の姿を捉えた青年は、店の影に身を潜める。
そして右手を上に伸ばし指をスナップすると、青年の両足が鳥類のような鉤爪に、手は背に羽織るマントと同化し、その瞳は赤く染まっていった。
ダークネスの行動隊長、ダンタリアへと姿を変えた青年は1つの言霊を呟く。
「ターンオーバー、希望から絶望へ。」
そしてダンタリアの足元から目に見えぬ空間が広がり、夢ノ宮ドリームプラザを覆っていった。
…
雛子と別れた愛子は、買ったばかりの漫画を片手に見つめながら、親の元へと向かって行った。
「はあ~。」
だが途中、ため息を1つ吐いてその場にとどまった。
先ほど雛子に投げた言葉を思い出し、後悔の念に苛まれる。
「雛子・・・ごめんね。」
この場にいない大切な友人に謝罪する。
愛子は自分の生まれや親のことを憎んだことは一度もないはずだ。
父親はいくつもの事業を抱える宮内コンツェルン社長としての責務を果たしているし、母親はそんな父を公私ともに支えている。
そんな両親は、愛子に取って心から尊敬する人たちだ。
昔は家業を継ぎ、両親の力になることが自分の夢であったほどに。
だけどある日、愛子は漫画という本を知ってしまった。
様々な技法を駆使して描かれる漫画は、まるで絵の中に本当に世界が拡がり、そこに登場するキャラクターたちが生きているかのような錯覚を覚えた。
一瞬にして漫画の世界に魅了された愛子は、その日から将来思い描く夢も形を変えていった。
自分を心の底から楽しませてくれた漫画を描く側に、いつか自分も立ってみたいと思うようになった。
だけど今はその夢も揺らいできている。
「・・・私は・・・どうしたいんだろうね?」
愛子が自問自答をしたその時、
いつまで引きずっているつもりなの?
「え・・・?」
突然、声が聞こえた。自分に似た声が。
「見つけたよ。」
そして背後から男性の声がした。
これまで気配どころか物音1つしなかったのに、突然自分の両肩に手が置かれる感触があった。
「なっ・・・なに・・・?」
愛子は怖くて振り向くことが出来なかった。
「なるほど・・・それが君の絶望か。」
何かを納得したように、男性が呟く。そして
「君は、自分の夢が叶えられないのを、親のせいにするつもりなんだね。」
「っ!?」
わけもわからぬまま、背後に立つ男性に核心を突かれ、愛子は絶句する。
「ちがう・・・私は・・・。」
宮内家に生まれたから、社長のご令嬢だから、漫画家になりたいって夢は諦めるしかないって、そう言い聞かせれば納得出来るものね。
だが否定しようとした愛子の言葉を、愛子自身の声が遮った。
「親のせいに、生まれた家のせいにすれば、君は君の夢が叶わない『本当の理由』を隠すことが出来る。
だから君は両親を、夢が叶わない言い訳の材料にするつもりなのだろ?」
男性から告げられた言葉を愛子は拒絶したかった。
だが男性の声が、自分の声が、少しずつ心の奥底に隠したはずの思いの浮上させていく。
そんなに認めるのが怖いの?
私の部屋に置いてある白紙の用紙、インクの減っていないペン、そして未開封の『あの本』。
これだけのものを残しておきながら、よく目を背ける気になれるわね。
「叶うはずのない夢をずっと引きずり続けてきた証拠だよ。
でもさ、いい加減目を背けるのは止めたら?
親のせいにしたい時点で、君は自分を納得させたい外的原因を探しているだけなんだよ?」
「いや・・・。」
「そう、もうわかっているはずだよ。君には。」
「いやだ・・・。」
私には
「やめて・・・。」
「「夢を叶える才能なんて、ないんだから。」」
「やめてえええええええ!!!」
自分には絵心がない。漫画を描く上での根本的な才能が欠如していた。
愛子はそんな自分の能力を認めたくなかったから、尊敬しているはずの両親に、夢を叶えられない責任を擦り付けていた。
自分の能力に対する嫌悪と両親への罪悪感。
心に封じていた内側を暴露された愛子は、絶叫と共にその場に倒れ込む。
そして彼女の周囲から膨大な黒い瘴気が噴出する。
背後に立っていた青年は、それを満足気な表情で眺めていた。
「クククッ、先ほどよりもさらに深く、大きな闇が生まれたね。
これだから『素材』の『熟成』は興味深い。
ダークネスが行動隊長、ダンタリアの名に置いて命ずる。
ソルダークよ、世界に闇を撒き散らせ!」
愛子から生まれた絶望の闇を使い、ダンタリアはソルダークを創り出す。
「ガアアアアアアアア!!!」
人々が姿を消し静寂に包まれたドリームプラザの中、ソルダークの産声だけが木霊するのだった。
…
レミンは雛子と一緒に中央の広間へと向かう途中、先ほど会話をかわした金髪の少女について雛子に聞くことにした。
「雛子~、さっきの金髪の子、雛子の知り合い?」
「ええ、私の友達で、宮内愛子って言うの。」
「その子と何かあったの?」
「どうして?」
「だって雛子、その子と別れてから、ちょっと元気ないよ?」
普段マイペースでフリーダムだと言われているレミンだが、雛子のことは心の底から大切なパートナーだと思っている。
だから何かあったときに力になれればと思い、彼女のことはよく見ることにしているのだ。
「心配してくれてありがとう。
何かあったってわけじゃないよ。
ただあの子、ちょっと悩み事を抱えていてね。
私で良ければ力になりたいと思ってるのだけど、それも少し難しくて。
だからどうすれば力になれるのかなって考えていただけよ。」
そんな雛子もなるべく自分には隠し事をしないようにしてくれている。
お互いに本音をさらけ出せるような信頼を築いていきたいからと言ってくれたのだ。
レミンは包み隠さず打ち明けてくれた雛子に感謝しながらも、
つい『またか』と思ってしまう。
「も~、相変わらず雛子は優しいな~。」
「え?」
褒め言葉の中に呆れを滲ませたレミンの口調に雛子は困惑する。
「レミンが初めて雛子のお家に来た時も、力になりたいって言ってくれたし、蛍の夢を叶えることにもすごく一生懸命になってくれてるじゃ~ん。
雛子~、そんなに人のために力を使ってばっかりだと、その内疲れて倒れちゃうよ~?」
「・・・私、そんなに人のためばかりに動いていたかしら?」
レミンの予想通り、雛子には自覚がないようだ。
友達思いの雛子はその献身的過ぎる性格から、友達のためとあらば身をすり減らしてまで尽くそうとする。
なのに身を削っている自覚が全然ないものだから、レミンは大きくため息をついて肩を落とす。
「・・・まあ、そんな雛子が好きだからいいんだけどね~。」
自分に呆れられたことがショックだったのか、雛子は僅かに眉を落とす。
だが直後、レミンの全身に悪寒が走った。
「え・・・?」
「雛子!今のって!」
そして周りにいる人々が次々と姿を消していく。
間違いない、ダークネスが闇の牢獄を展開したのだ。
「行動隊長の気配は・・・。」
雛子が周囲の気配を探り始めたその時、
「やめてえええええええ!!!」
物音1つしない空間に、少女の叫び声が響き渡った。
しかもその声は、レミンにも聞き覚えのあるものだった。
「ウソ・・・愛子!!」
そして最悪の事態を思い描いた雛子が絶句する。
動揺とショックが表情から隠せないでいる彼女を叱責するのは心が痛むが、レミンは心を鬼にして雛子の名を呼ぶ。
「雛子!」
雛子はレミンの声を聞き、すぐに我に返ってくれた。
「待ってて愛子。プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」
キュアプリズムへと変身した雛子。
それに合わせてレミンはレモンへと姿を戻す。
雛子はレモンを肩に乗せ、叫び声がした方へと飛び立っていった。
…
やがて雛子は、ダンタリアとソルダークの姿を補足した。
そしてソルダークの横には、黒の瘴気に覆われた愛子の姿があった。
「っ!?愛子!!」
瘴気に覆われ色を失い、虚ろな目で空を見つめている友達の痛ましい姿に、雛子はたまらず叫んでしまう。
「来たね、プリキュア。」
「その子から離れなさい!!」
激しい怒りの情に駆られながらも、雛子は決して我を忘れない。
自分の力は守りと治癒に秀でた力であって、要のように直接的な戦闘は得意ではない。
相手から攻撃を仕掛けてくる分には身を守ることは出来ても、自分から行動隊長とソルダークを相手に挑みかかったところで勝てるはずがないのだ。
「いいよ。お望み通り言うことを聞いてあげる。
ソルダークを創り出せた今、もうこの子は用済みだからね。」
「っ・・・!」
愛子を侮辱されたことを、歯を食いしばり精いっぱいに堪える。
ダンタリアの表情、口調から自分を挑発しているのが丸わかりだ。
愛子を確実に助け出すためにも冷静であれと、雛子は自分に強く言い聞かせる。
「ふっ、君はつまらないね。いけ!ソルダーク!」
すると自分の反応に興味をなくしたダンタリアは、ついにソルダークを向かわせた。
甲高い叫びと共に迫り来るソルダークを前に、雛子はいつでも盾を展開出来るように構える。
だが直後、目前まで迫ったソルダークが一瞬にして姿を消した。
「え?」
そして背後から強い衝撃が雛子を襲う。
「きゃあああっ!」
急ぎ態勢を立て直し振り向く雛子だが、やはりソルダークの姿は見られなかった。
だが再び背中に重い衝撃が襲い掛かる。
「うぐっ・・・。」
二度に渡って重い一撃を受けた雛子は足元をふらつかせるが、痛みを堪えて自身の周囲にバリアを展開する。
すると今度はバリアの表面に思い打撃音が鳴り響いた。
二度の攻撃とも、姿はおろか攻撃を受けるまで気配を感じることさえ出来なかった。
だがバリアを透過することは出来ないことから、相手の能力はあくまでも姿と気配を消すだけのもののようだ。
それでもバリアを展開している内は相手の攻撃を受けることはないが、姿も気配も感じ取れないとなればこちらから攻撃を仕掛ける術がない。
受けたダメージを治癒の光で回復しつつ、雛子は打開策を練ろうとするが、ソルダークの打撃音が絶え間なく鳴り響き、ついにバリアがひび割れ始める。
「そんな守りでいつまで持ち堪えられるかな?」
ダンタリアが嘲笑する。
バリアに亀裂が生じ、ついに天井が崩壊し始めたその時、
「キュアプリズム!」
後方から青白い光が駆け付けて来た。
その後ろにはキュアシャインと妖精に戻ったチェリー、ベリィの姿もある。
仲間が駆け付けて来たところで僅かに安堵する雛子だが、直後キュアスパークが目に見えない何かに衝突した。
「いった!なんやこれ!?」
「ガアアアアッ!!!」
だがソルダークの苦悶の声も聞こえた。
どうやら相手にもダメージが入ったようだ。
「気を付けてキュアスパーク!キュアシャイン!
相手は姿と気配を消せるソルダークよ!」
「すがたとけはいを!?」
「また厄介なソルダークを・・・え?」
キュアスパークが視線の先に何を見たのかを悟った雛子は、沈痛な面立ちで顔を下げる。
「愛子!!」
「え・・・あいこちゃん!!」
愛子の姿を目にした2人は、すぐさま駆け寄ろうとするが、雛子はそれを制した。
「落ち着いて2人とも!敵の姿が見えない以上、迂闊に動いては思う壺よ!」
「でも、姿も気配もわからない敵をどうやって探すってのさ!」
キュアスパークが声を荒げて反論するが、雛子はそれに動じない。
「だから落ち着いて!
私に考えがあるから、2人は私の合図と同時にダンタリアを足止めして!
愛子を助けるためにも、お願いだから冷静になって!」
叫びかける雛子は、2人の反応を待たずにバリアを展開した。
直後キュアスパークに展開したバリアに鈍い打撃音が響き、続いてキュアシャインのバリアにも同じ音が鳴り響いた。
だが雛子は自身の周囲にバリアを展開していなかった。
「キュアプリズム!あぶないよ!」
キュアシャインがそれに気づき声をかけるが、キュアスパークはこちらを一瞥しただけで何も言わなかった。
それを彼女が自分を信頼してくれていると悟った雛子は内心お礼を言いながら、ダンタリアの方を向く。
(やっぱり、動かないのね。)
以前の戦いの経験から、ダンタリアはソルダークが不利にならなければ動かないと推測できる。
彼は有利だと思っている内は傍観する姿勢を崩さないのだ。
ならばその慢心を逆手に取り、ソルダークを今のうちに追い詰める。
だがその方法は1つしか思いつかなかった。
それも策とは到底言えないような無鉄砲な方法だ。
「キュアシャイン、ここはキュアプリズムに任せよう。」
「・・・わかった。」
キュアスパークが、キュアシャインを諫める。
バリアに守られていると言えば聞こえはいいが、裏を返せば2人ともバリアの中に閉じ込められているため身動きが取れない。
キュアスパークから全てを委ねられた雛子は、打撃音が鳴り響く方向へと迫り拳を振るった。
「はああっ!」
そしてその拳には確かな手ごたえを感じられた。ソルダークは今、この拳の先にいるのだ。
「なるほど、バリアを囮にソルダークの居場所をあぶり出そうってわけか。
だけど、考えが甘いね。」
だがダンタリアその言葉に、雛子は自分の作戦が成功したことを確信する。
そして『狙い通り』背中に再び重い衝撃が走った。
だが雛子はすぐさま背後に手を伸ばし、目に見えない何かを掴む。
「捕まえた。」
「なに?」
ダンタリアが驚きの表情を浮かべた直後、雛子は自身の中心に広大なバリアを展開した。
そして振り向き、目に見えない空間に拳を振るとその拳は確かに何かに当たった感触があった。
「この狭いバリアの中なら、闇雲な攻撃でもソルダークに当たるでしょ!」
雛子は目の前に広がる空間に目掛けて、がむしゃらに拳を振り回す。
その一撃一撃が確かな手ごたえと共に鈍い打撃音を轟かせた。
およそ知略とは言えない、なりふり構わない作戦だが、愛子を助けるためにも手段を選んでいる場合ではない。
「ふっ、僕が熟成したソルダークをなめてもらっては困るね。
支援専門のキュアプリズム1人でいつまで相手を出来るかな?」
だがダンタリアは相変わらずその場を動こうとはしなかった。
そしてソルダークの反撃が始まる。
雛子には姿の見えないソルダークの攻撃をかわす術はなく、自分ごとソルダークをバリアに閉じ込めているため、距離を置くことも出来なかった。
キュアスパークと異なり、雛子の純粋な力はソルダークには及ばない。
力比べに持ち込まれた途端、雛子は徐々に押され始め、ついに膝をついた。
「キュアプリズム!」
キュアスパークが叫ぶが、雛子は彼女を覆っているバリアを解除しなかった。
そしてソルダークを見据えるように視線をあげる。
「待っててね、愛子。もうすぐ助けるから。はああああっ!!」
雛子は力強い雄たけびと共に、全身に治癒の光を纏った。
そのまま治癒の光を解除することなく、そのまま再びソルダークと応戦する。
雛子とソルダークは互いにダメージを受け合うが、雛子身に纏う治癒の光で再びダメージを即座に回復する。
「なに?」
ダンタリアが驚きこちらを見る。
雛子は治癒の光を常時展開し、受けたダメージを一方的に回復し、ソルダークのダメージのみを蓄積させていく作戦に出たのだ。
雛子の希望の光が尽きるのが先か、ソルダークが倒れるのが先か。
一か八かの根競べだが、雛子は不思議と負けるなんて微塵も思わなかった。
愛子を助けたいという一心が、雛子に無尽蔵の力を与え続けているかのようだった。
「ちっ。」
そしてついにダンタリア自らが戦場へと狩り出る。
だがそのタイミングを見計らい、雛子はキュアスパークとキュアシャインを守っていたバリアを解除した。
「っと、よし、ダンタリアを止めるよ。キュアシャイン!」
「うん!」
キュアスパークとキュアシャインは2人がかりでダンタリアの足止めに向かう。
さすがのダンタリアも、プリキュア2人を相手にするのは分が悪いと見たのか、積極的に攻撃を仕掛けようとはしなかった。
やがて雛子の攻撃を受け続けたソルダークが力尽き、ついにその姿を現した。
だが既に身動き1つ取れないほどのダメージを蓄積させていたためか、姿を見せるや否やその場に倒れ込む。
「妙だね。君のどこにそれほどの力があると言うのだい?」
「わからないでしょうね。
奪い壊すことしか出来ないあなたたちに、大切な人を守りたいって思いが強い力を生み出すってこと、一生わからないでしょうね!
光よ、降りろ!プリズムフルート!」
ダンタリアの問いに応えながら、雛子はプリズムフルートを吹き、優しい音色と共にソルダークを水晶に閉じ込める。
「プリキュア!プリズミック・リフレクション!」
そしてフルートの先端から放たれた光が水晶の中で乱反射し、ソルダークを包み込み浄化していった。
「キュアプリズム、君の評価を改める必要がありそうだね。」
ソルダークを失ったダンタリアはそう言い残し、その姿を闇へと消すのだった。
…
闇の牢獄が解除され、消えていった人々が再び姿を現し始めた頃、雛子たちは変身を解除し、愛子の元へ駆け寄った。
雛子は愛子を抱え、静かに体を揺さぶる。
「愛子、愛子。」
そして名前を呼びかけると、愛子は目を開き、雛子の顔を覗き込んだ。
「あれ・・・?雛子?」
「大丈夫?具合悪くない?」
「平気・・・だけど、何で?」
「良かった!」
愛子の無事を確認した雛子は、たまらず彼女を抱きしめる。
だが闇の牢獄にいた時の記憶がないのか、愛子は困惑を隠せないでいた。
「わっ、ちょっと雛子、一体どうしたのよ?」
「まっ、大丈夫そうで何よりだね。」
「あいこちゃん、よかった。」
「あれ?要に蛍ちゃんまで、一緒に来てたんだ。でも良かったって?」
「愛子が将来の夢のことで悩んでいるって聞いて、2人とも心配してたのよ。」
雛子も少しずつ落ち着きを取り戻し、愛子を解放しながら2人の言葉をフォローした。
当然、2人はまだ話していない内容だったが、2人とも本当のことを隠すための詭弁だと悟ってくれたので、それ以上のことは聞かずに静かに同意してくれた。
すると愛子は少しだけ表情に陰りを見せた。
愛子が闇の牢獄に囚われた理由に心当たりがある雛子は、敢えて追求せずに彼女の言葉を待った。
「さっき雛子に話したことね、実は・・・ウソなの。
ホントはね、お家とか両親とかって関係ないんだ。
ただ・・・私、絵が下手で、そんな私じゃ漫画家になるなんて夢、叶えられっこなくて。
それを認めたくなかったから・・・誰かのせいにしたかっただけなの・・・。」
愛子の静かな独白を雛子は黙って聞き入れる。
雛子は彼女が自分に嘘をついたことも、誰かのせいにすることで自分を納得させようとしたことも、怒りを感じることはなかった。
それでも友達が間違ったことをしたら、それはちゃんと注意しなければいけない。
それは要からの受け売りだ。
「確かに、誰かのせいに、まして自分の親のせいにしようとしたのは、
褒められたことではないわ。」
雛子の言葉を受けた愛子は、いっそう沈んだ表情を見せる。
「でもそれって、愛子が夢を諦めたくなかったからだよね?」
「え?」
「愛子は、夢を叶えられないってことを認めたくなかった。
だから他の理由を見つけて、自分を無理やり納得させようとしたのでしょ?」
自分の能力に対する不満と、将来の夢に対する不安。
それは雛子自身にも覚えがある。
雛子も小説を書くことの難しさを知り、何度も挫折を味わったのだ。
でもその度に、叶えたい夢の大切さを思い知り、何度も立ち上がって来た。
だから雛子は、愛子の夢を応援したかった。
今なら彼女の気持ちを分かることが出来るから。
「だったら、自分を無理やり納得させるよりも、もっと頑張ってみようよ?
下手でもいい、失敗したっていい。それでも、将来叶えたい夢があるから、私たちは今、勉強しているんだよ?この、夢ノ宮市で。」
子供の夢を叶える街、夢ノ宮市。
雛子はそのキャッチコピーが大好きだった。
雛子は自分が買った本を愛子に見せる。
それを見た愛子は、自分の手元にある漫画に視線を落とし、両手で強く抱き締めた。
「・・・そうだね。もう少しだけ頑張ってみようかな。」
「うん。」
「・・・ねえ雛子、もし、私がまた夢のことで悩んでたら、お話聞いてもらってもいい?」
「勿論、愛子の悩みならいくらだって聞いてあげるし、愚痴りたくなったら、サンドバックにだってなってやるんだから。」
雛子の言葉に、愛子は思わず吹きだした。
だが冗談交じりに聞こえたその言葉は雛子にとっては嘘偽りのない本心だった。
「もう、雛子には敵わないな~。でも、ありがと。」
「愛子、頑張ってね。」
「うん!」
そう答える愛子の顔は、一切の不安がなく晴れやかなものだった。
雛子は今の一時だけでも、彼女が不安から解放されたことを喜ぶのだった。
…
「蛍ちゃん、お泊まり会、楽しかった?」
夢ノ宮ドリームプラザを後にした雛子たちは、バス停前でバスが来るのを待っていた。
「うん!とっても、たのしかった!」
満面の笑顔で答える蛍。可愛い。
「良かった。」
「わたし、きょうのこと、一生わすれないから!」
「なに一度きりの思い出みたいに言ってるの?
また暇があったらいつでもお泊まりしような?」
「いいの!?」
「勿論よ。」
「ふたりとも、ありがとう!」
喜びはしゃぐ蛍の姿を可愛いと思いながら、雛子は次に叶えられそうな彼女の夢を探った。
あの時自分と要の目の前で蛍が語った夢想の数々は、今でもはっきりと記憶に残っている。
「それじゃ、次は勉強会をしましょうか?」
「げっ!?それもやるの!?」
だが蛍よりも要の方が先に勉強会と言うワードに反応してきた。
要のためにやるわけではないと心中で毒づきながら、雛子は要が忘れている情報を伝える。
「当然でしょ?ゴールデンウィーク明けたらすぐに中間試験よ?」
「忘れてたあああ!!」
「だから蛍ちゃん、中間試験の前に、みんなで勉強会しましょう?」
「わーい!!」
対照的に蛍は両手を大きく振りながらその場を飛び跳ねた。
そんな可愛い蛍の姿を見ながら雛子は思う。
勉強会の時は、蛍はどんな風に喜んでくれるのだろうか。
この先、彼女の夢を叶える度に、こんな素敵な笑顔を見続けることが出来るのだろうか。
自分は蛍の笑顔が何よりも好きだ。
だからこれからも先、ずっと彼女の笑顔を守って行こう。
そのためならきっと、自分は何だって出来るだろう。
そう思いながら雛子は、また近いうちにお目にかかれるであろう、彼女の笑顔に思いを馳せるのだった。
…
次回予告
「おかーさん、いつもおそくまでおしごと、おつかれさま。
おかーさんのちからになりたくて、おりょうりとか、おそうじとかおぼえたけど、
ほたるは、おかーさんのちからになれたかな?
あしたは、ねんにいちどのたいせつな日。おかーさんに感謝のきもち、つたえるね。」
次回!ホープライトプリキュア第9話!
「いつもありがとう!母の日のプレゼント大作戦!」
希望を胸に!がんばれ、わたし