ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第8話・Aパート

 雛子の秘密!?パジャマパーティーで大騒ぎ!

 

 

 蛍は初めてのお泊まり会に昂る気持ちを抑えながら、雛子の部屋を訪れる。

 ここに来るのは2度目だが、最初の時はレモンとの再会が目的だったし、蛍も家事があったからすぐに部屋を後にしたのだ。

 こうしてゆっくりと雛子の部屋にお邪魔するのは初めてである。

 そこで蛍は改めて彼女の部屋を観察した。

 第一印象は、とにかく広い。

 自分の部屋の2倍以上は優にありそうな部屋の面積は、3人くらいなら一切窮屈さを感じさせないほどの広さだった。

 人間に変身した妖精たちを入れてようやく丁度良いくらいである。

 そもそも雛子の家自体が、敷地面積が広くて周辺の一軒家と比べても際立っていた。

 本人に直接聞くのは少し憚られるが、もしかしたら雛子はとてもお金持ちなのかもしれない。

 次に目にとどまったのは、広い部屋の中で特に存在感を放っている2つの大きな本棚だ。

 先頭の棚をスライドさせると奥の棚が現れる二重構造になっており、普通の本棚よりも多くの本を収納することが出来るタイプだ。

 それでも2つの本棚は既にいっぱいであり、タイトルを見ると、以前雛子から聞いていた通りファンタジー、SF、サスペンス等、様々な本がジャンル別に整理されていた。

 勉強机やベッドの上も綺麗に整頓されていることから、彼女の几帳面な性格が伺える。

 そんな雛子の部屋は広さ以外はイメージ通り、文学少女の部屋と言った印象だが、机の上や本棚の空いたスペースには、小さなぬいぐるみや人形が飾られており、部屋を可愛らしく彩っていた。

 それを見つけた蛍は、以前要の家でプリキュア作戦会議を開いた時、雛子がレモンの人間の姿であるレミンを見て目を輝かせたことを思い出す。

 

「もしかしてひなこちゃんって、かわいいものがすきなの?」

 

「うっうん、人形やぬいぐるみを集めるもの趣味で、部屋に飾ってあるものは、中でも特にお気に入りのものよ・・・。」

 

 やや歯切れの悪い調子で答える雛子だが、蛍は気にせず部屋の観察を続ける。

 部屋一面に映る本棚を人形とぬいぐるみで可愛らしく飾られたこの部屋は、雛子を知る人が見れば、彼女の部屋だとすぐにわかるだろう。

 要の部屋を訪れた時も思ったが、私室と言うものはこうも部屋主の人柄を表現するのだ。

 

「わあ~っ。」

 

 蛍は幾つか目にとどまった人形を見て瞳を輝かせる。

 自分も昔は人形が好きで、よく親に買ってもらった着せ替え人形で遊んでいたものだ。

 こうして人形たちに囲まれた部屋にいると、童心を思い出す。

 また、雛子の人形やぬいぐるみは、いずれも一見しただけで分かるほどの上質な素材で作られており、とても高価なものであるようだ。

 自分のお小遣いではまず買うことの出来ないであろうものを見て、蛍は思わず手に取りたくなる。

 

「ひなこちゃん、このぬいぐるみさん、ちょっとさわってみてもいいかな?」

 

「どっどうぞ。」

 

 蛍は表情を輝かせ、丁寧にぬいぐるみを手に取る。

 渦巻きキャンディを模した耳と尻尾、ハートをあしらった模様が顔に書かれた可愛らしい妖精のぬいぐるみだ。

 その生地はとても柔らかくて触り心地が良い。

 

「かわいい・・・。ほかにも、てにとってみていい?」

 

「うっうん、好きなのをどうぞ。」

 

「ありがとう!ひなこちゃん!」

 

 雛子から許可を得た蛍は、今度は隣に置いてある人形に手を伸ばす。

 だが雛子のコレクションを手に取ることに夢中になっていた蛍は、雛子の応答が徐々に歯切れが悪くなってきていること、そして蛍を見る雛子の目が変わっていることに気が付かなかった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 雛子は軽はずみに蛍を部屋に招いたことを後悔する。

 今日は要を含めて3人でお泊まり会。

 チェリーとベリィが一緒に来ることも想定済み。

 そして両親は不在だが祖母は家にいる。

 この条件下でまさか蛍と2人きりになる機会があるとは思っても見なかったのだ。

 そして今、この家にいるのは自分と蛍のみという事実が改めて雛子の理性を壊しにかかる。

 

(落ち着きなさい雛子・・・ここは頑張って堪えるのよ。

 そう、私と蛍ちゃんはまだ会ってから1か月友達になってから2週間しか経ってないのよ。

『スキンシップ』はもっとお互いの関係が親密になってから・・・。)

 

 心の中で必死に抗い続ける雛子だが、そんな彼女の心境など当然知らない蛍は、

 今も目の前で無邪気にそして無防備に人形と戯れていた。

 ミニスカートがふわりと浮かぶ度に頭を殴られる感覚が走る。

 ミニスカートとハイソックスの合間に覗く僅かな領域が瞼の裏に焼き付く。

 無垢な笑み、無邪気な声、そしてあどけない蛍の仕草を見た雛子は実は彼女は地上に舞い降りた天使なのではないかと思い始めた。

 そんな蛍の年齢不相応、かつ容姿相応の愛くるしい仕草一つ一つが、雛子の中で鳴り続けている警報を全力で壊しにかかった。

 そして蛍に隠し続けて来た『秘密』の素顔が少しずつ表面化していき、音を失った警報に代わり脳内を支配する。

 

 

 少しくらいいいんじゃない?

 

 

(ダッダメよ雛子!蛍ちゃんが無防備なのは私を信頼してくれている証拠!

 彼女の信頼を裏切らない為にも、ここは我慢・・・。)

 

「わあっ!ひなこちゃん!ひなこちゃん!」

 

 すると蛍が感嘆とした声をあげながら自分の名を呼んできた。可愛い。

 彼女は自分のコレクションの中でも一番お気に入りの着せ替え人形を手に取り、瞳を輝かせていた。可愛い。

 

「このおにんぎょうさん!スッゴくかわいいね!」

 

 満面の笑みを浮かべながら、人形を自分の頬に当てギュッと抱き締める蛍。可愛い。

 その瞬間、雛子にとっての一番のお気に入りが目の前にいる天使へとシフトする。

 同時に雛子の頭の中は真っ白になった。

 

(あっムリ。)

 

 そして早くも己が理性の限界を悟った雛子は湧き上がる感情に身を委ねた。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 蛍は、突然ゼンマイが切れた人形のように硬直した雛子を見て困惑する。

 

「・・・ひなこちゃん?」

 

 無心になって人形を手に取ってしまったが、ひょっとして手荒に扱っていたのだろうか?

 確かに雛子から許可は貰ったが、見るからに高価なものだし、雛子にとって大切なコレクションなのだから、もっと丁寧に扱うべきだった。

 そう思った蛍は一先ず謝ろうとしたが、

 

「・・・ほ。」

 

 ようやく雛子が口を開いた。

 しかし聞こえて来たのは『ほ』の一言のみで、何を伝えたいのかわからない。

 

「ほ?」

 

「ほ。」

 

「・・・ほ?」

 

 ひたすら『ほ』を繰り返す雛子。『ほ』から連想される言葉を思いつく限り考える蛍だったが、

 

「蛍ちゃんの方が可愛いよおおお!!」

 

 突然、雛子が甲高い叫び声あげながら自分に抱きついてきたのだ。

 

「きゃあああっ!!」

 

 身に起きた出来事が信じられなかった蛍は思わず叫び声をあげてしまう。

 

「ひっひなこちゃん!?ひなこちゃん!!」

 

「はっ!?ごっごめんね蛍ちゃん、驚かせちゃって!」

 

 蛍の呼びかけに我に返った雛子だが、声の抑揚は落ち着いておらず表情も浮かれたままだ。

 

「でもね、私!ずっと思っていたことがあるの!

 蛍ちゃんって・・・蛍ちゃんって!

 どうしてそんなに可愛いの!!?」

 

「・・・へ?」

 

 そして雛子から飛んできた余りにも恥ずかしい言葉を前に今度は蛍が硬直してしまう。

 

「ほんっとうに可愛くって可愛くって!

 一体どんな星の下でならこんなに可愛い子が生まれてくるのか不思議でならなかったの!!」

 

 どんな星の下でと言われても雛子と同じ星の下なわけだが、両手を頬に当て首を振るう雛子の異様なテンションに蛍は圧倒されてしまう。

 普段の落ち着いて大人びた雛子とは余りにもかけ離れた言動に何が起こったのか理解が追いつかないが、1つだけ気づいたことがあった。

 

「あっあの!ひなこちゃん!わたし、おにんぎょうさんじゃないんだよ!?」

 

 自覚するのは恥ずかしいが、雛子は自分のことを『可愛い』と思ってくれている。

 だが人形やぬいぐるみが大好きな雛子は、もしや小柄な自分のことをそれらと同じように扱っていないだろうか?

 

「え?そんなの当り前じゃない。」

 

「え?」

 

 だが雛子はその抗議はあっさりと受け入れる。

 

「蛍ちゃん、私が好きなものはね『可愛い』もの全てなのよ!

 例え『人形』だろうと『ぬいぐるみ』だろうと『妖精』だろうと『蛍ちゃん』だろうと!

 この世の全ての可愛いものはみんな私にとって愛でるべき存在なの!!」

 

「・・・はい?」

 

 と思いきや、結局人形やぬいぐるみと同じ枠組みに当てはめられてしまった。

 それも『この世の全ての可愛いもの』という余りにも壮大過ぎるスケールの中に、自分自身が『蛍ちゃん』という1つのカテゴリとして確立されてしまったのだ。

 

「そして蛍ちゃんは私が今まで見て来た可愛いものの中でも一番可愛いのよ!!」

 

 今度は『今までの中で一番可愛い』と言われ蛍はついに言葉を失った。

 女の子とって最大級の賛辞を受けたはずなのに、人形やぬいぐるみと同列で比較された上での評価なので『人』として素直に喜ぶことは出来ない。

 

(ひっひなこちゃんって、こんなにかわいいものが好きだったんだ・・・。)

 

 言葉を失いながらも、雛子の『可愛いもの』に対する並々ならぬ情熱と愛情を真正面から受けた蛍は、初めて見る彼女の一面を少しずつ受け止めていく。

 思えば雛子は元々、趣味に対して並々ならぬ情熱をかけるタイプだ。

 読書好きな雛子は、本を読んでいる時は周りから声をかけられても気が付かないほど本の世界に夢中になっており、描かれる場面ごとに豊かな表情を見せるほどだ。

 そして同じように、可愛いものが大好きな雛子が読書と同じくらいの情熱をその趣味に向けたのであれば、今の状況が生まれるのも必然ではないだろうか。

 そう思うと意外なくらいあっさりと受け入れることができた。

 それでもテンションがエキセントリックな方向へ暴走している気がするが、まだ納得のできる範疇である。

 

「だから蛍ちゃん!ギューって抱き締めてもいい!?」

 

 だが蛍がようやく現状を受け入れて落ち着きを取り戻しかけていたと言うのに、先と変わらず浮ついた表情の雛子がとんでもない爆弾を投下してきた。

 

「えーっ!!?」

 

 この歳でギューっと抱き締められること自体恥ずかしいことだと言うのに、いくら相手の外見が大人びているとはいえ、同世代のしかも友達を相手にされるなんて、恥ずかしさ余ってこの場にいられなくなるレベルである。

 

「え・・えと、それはさすがにはずかしい・・・。」

 

「・・・ダメ?」

 

 さすがに断ろうとした蛍だったが、雛子がしょんぼりと肩を下げ、視線を落としてきたので、言葉に詰まってしまう。

 

「・・・うぅ・・・。」

 

 そんな悲しそうな眼差しを向けないで欲しい。これでは非常に断り辛い。

 かと言って聞き入れてしまえば少なくとも今日一日、雛子相手に顔を向けられなくなるほど恥ずかしい思いをしなければならないのは明白だ。

 だがふと、蛍は雛子と過ごしたこれまでのことを振り返った。

 

(・・・そういえば・・・ひなこちゃんにはずっと、たすけられてばっかりだったな・・・。)

 

 出会ってからの一か月。

 雛子はずっと、時に優しく声をかけ、時に優しく見守ってくれた。

 その包み込むような優しさで自分を励ましてくれたのだ。

 そして友達になった今も自分の夢を叶えるために協力してくれる。

 この泊まり会だって発端は、雛子が自分の語った夢の1つを覚えていてくれたからだ。

 

(・・・ちょっとくらい、恩返ししなきゃダメだよね。)

 

 この場には自分と雛子しかいないので、第三者に見られるわけではない。

 自分がほんの少し恥ずかしいと思う気持ちを我慢するだけで、これまでの彼女への恩を少しでも返せるのなら、安いものかもしれない。

 蛍は覚悟して雛子の願いを受け入れることにした。

 

「えと・・・すこし・・・だけなら・・・。」

 

 

「っ!?ありがとう蛍ちゃん!!」

 

 そして感極まった雛子は、飛びつくように蛍を抱きしめた。

 

「ふわわっ。」

 

 だが力任せにギューっと抱き締められるかと思いきや、雛子は自分の体を支えるように優しく抱きながら頭を撫でてくれた。

 それはまるでゆりかごの中にいるような感覚で心地よかった。

 慣れているのかな?と無粋なことをつい思ってしまい、蛍は心の中で首を振るう。

 そしてふと雛子の顔を見てみると、目線も頬も口元も緩み切っていた。

 その表情に苦笑しながらも、蛍は自分を包み込む雛子の体温に懐かしさを感じていた。

 

(そういえば・・・さいごに、おかーさんにギュってだきしめてもらったのって、いつだったっけ・・・。)

 

 雛子の温もりが、蛍の幼き日の記憶を刺激する。

 小学生に上がった頃から、親に迷惑をかけたくない一心で家事を担うようになった蛍は、それ以来母親に甘えるのも止めたので、この懐かしい感覚はそれよりも以前のものだろう。

 蛍はその記憶を探ってみたが、残念なことに母に最後に抱きしめてもらった時の記憶は既に風化しており、朧気なものだった。

 

(おかーさん・・・)

 

 そして蛍は瞳を閉じて静かに雛子に身を委ねた。

 記憶の隅に置かれている懐かしの母の温もりを求めて。

 

「蛍ちゃん?」

 

 急に力を抜いた蛍に雛子も首を傾げる。

 すると、

 

 

 ピンポーン

 

 

 呼び鈴の音が聞こえ、蛍は我に返った。

 

「っ!?えっえと!かなめちゃんがきたんじゃないかな!!?」

 

 蛍は飛び上がるように雛子の腕から離れる。

 先ほどまで自分がしていたことを自覚し、顔が一瞬で真っ赤になった。

 いくら雛子の容姿が大人びているとはいえ、同級生に対して母親の温もりを求めてしまうだなんて、幼稚が過ぎるし雛子に対して失礼だ。

 

「む~。そうみたいね。」

 

 一方雛子は一転、不機嫌な表情を浮かべた。

 そしてそのまま部屋を出ていく雛子に続き、蛍は呼吸を落ち着かせながら後を追うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 宿題を終えた要は、道中で妖精たちと合流し4人で雛子の家を訪れた。

 

「あれだけの量の宿題を、朝の内に片付けるとはね。見直したよ要。」

 

 ベリィからお褒めの言葉を預かり、要は少しだけ上機嫌になる。

 

「蛍のためにわざわざありがとね、要。」

 

 続いてチェリーからお礼を言われる。

 人間年齢的には蛍より5つも上なチェリーは、すっかり蛍の保護者さんだ。

 

「まっウチにかかればあれくらい、どうってことないって。」

 

「要って実は頭良かったんだね~。」

 

 そして雛子に似て来たか素なのかはわからないが、レモンがさらりと毒を吐く。

 

「まっまあね・・・。」

 

 だが要はレモンの言葉に、昨日の『生き地獄』を思い出した。

 頭痛を抱え涙を流し兄には頭を下げ親には土下座をして宿題を見てもらいようやく終わらせることが出来たのだ。

 願わくばあのような地獄に落ちるのは二度と御免である。

 するとガチャッと音がして扉が開き、雛子が顔を出して来た。

 

「いや~ごめんごめん遅れて・・・。」

 

「遅い!それから早い!」

 

「どっち!?」

 

 だがこちらの顔を見るや否や、雛子が非常に不機嫌な表情で、極めて矛盾に満ちた言葉を怒り任せにぶつけてきた。

 そして背後から蛍の姿が見えた。が、彼女は彼女で顔を真っ赤に染めている。

 そんな様子を見た要の脳裏に、雛子が不機嫌である理由が1つ思い当たった。

 

「・・・蛍、雛子と何かあった?」

 

「ふええっ!?なっなんでもないよ!!」

 

 要を含めたこの場にいる誰もが『わかりやすい』と言う感想を抱く。

 そんな蛍の反応を前に、要は『何かあった』ことを確信するのだった。

 

 

 不機嫌な雛子に連れられるまま、要は蛍の顔が真っ赤になるほどの何かがあったであろう部屋へとあがった。

 とは言え、「この世の全ての可愛いものは等しく『愛でる』そして『守る』べき存在である!」という、カッコ良いのやら気持ち悪いのやら訳の分からない信条を持つのが雛子だ。

 間違っても蛍の気を悪くするようなことはしていないだろう。

 その程度には信用はしているし、現に雛子と蛍の間に険悪な雰囲気は見られなかった。

 

「よっし!では改めて、プリキュアパジャマパーティの開催をここに宣言します!」

 

 要が片手を伸ばしながら高らかに宣言する。

 要の宣言を聞いた蛍は、この日をどれだけ楽しみにしていたのか一目でわかるほど笑顔を見せた。

 

「1人だけ遅れて来ておきながら何を偉そうに。」

 

 一方で雛子は相変わらずの毒舌をぶつける。だが表情こそ不機嫌なままだが、声色はいつも通りに戻っていた。

 そして昨日の生き地獄を始めとするトラブルはあったものの、無事泊まり会に参加できたことに要も安堵する。

 

「それじゃ、初、泊まり会ってことで。

 蛍、何して遊ぶか蛍が決めていいよ。」

 

 この泊まり会は、蛍が友達と一緒に叶えて見たかった夢を雛子が実現させるために開いたものだ。

 その趣旨がある以上、要も蛍のリクエストは出来るだけ聞くつもりだったが要は、この話題の振り方は蛍の導火線に火をつけるものであることを言った後から気づいた。

 そして予想通り、蛍の顔が見る見る内に輝いていき、

 

「じゃあねじゃあね!みんなでおしゃべりして!みんなでおかしたべよ!

 わたし!きょうはチョコレートケーキをつくってきたの!!

 それからそれから!みんなでトランプしよ!あとね!ウノも!

 わたし!おとーさんから借りてもってきたの!!

 それでねそれでね!!100えんショップでうってるオセロとか将棋とかチェスとか!

 ケータイできるゲームもたくさんかってきたんだ!!それもみんなであそぼ!!

 あとねあとね!!クラッカーとかヘリウムガスとかもかってきたの!!

 わたししらべてきたんだ!!こうゆうときって!パーティーグッズは必需品なんだね!!」

 

 泊まり会の中でやってみたいことを言葉を弾丸に乗せて次から次へと放っていった。

 要は2週間前のことを思い出して頭を抱える。

 だが、さすがに2回目となれば耐性もついているし、この状況を打破する方法も、あの時見つけているのだ。

 要は蛍の両肩に手を置き、

 

「蛍、落ち着き。」

 

 力に任せて彼女を無理やり座らせた。

 

「あ・・・ごっごめんなさい。わたしまた・・・。」

 

 そして予想通り蛍の思考が一転してマイナス方面へと傾く。

 要は彼女の思考が傾ききる前に手を打った。

 

「はい落ち込まない。大丈夫、怒ってないからね。」

 

「うぅ・・・はい。」

 

 蛍の扱い方を心得た要は、見事彼女を落ち着かせることに成功したのだった。

 

「あと、クラッカーとヘリウムガスは別にいらんよ?」

 

「え?そうなの!?わたし、おとまりではぜったい、もってくるものだとおもってた!」

 

 近所の友達同士で頻繁に行われるお泊まり会は言わば友達の家に遊びに行く延長線上でしかないと言うのに、その都度パーティーグッズを一式持ってくる人がいるなんて話は聞いたことがない。

 お弁当のおかず交換でおせち料理を作って来たときといい、相も変わらず蛍の想像と現実のギャップは激しいようだ。

 

「ね~ね~、蛍チョコレートケーキ持って来たんだよね。

 早く食べよ、食べよ。」

 

 すると、チョコレートケーキと言う言葉を聞き逃さなかったレモンが、瞳を輝かせながら蛍に迫る。

 

「そっそだね。おやつにはまだはやいけど、もうたべちゃおっか?」

 

「わーい。

 雛子が蛍の作ったお菓子はとても美味しいって言ってたから、楽しみにしてたんだ~。」

 

「そっか。ありがと、レモンちゃん。」

 

 レモンにお礼を言いながら、蛍はテーブルの上にチョコレートケーキを入れた箱を置く。

 雛子は下へ降りて食器とフォークを取りに行ったので、要も飲み物とコップを取りに後についていった。

 しばらくして準備を終えた後、各々は蛍の作ったチョコレートケーキを食べ始める。

 するとベリィとレモンが早速、体に電流が走ったかのような衝撃を受けフォークを口にくわえたまま固まってしまった。

 

「・・・これを、蛍ちゃんが手作りしたのか?」

 

「うっうん・・・。」

 

 ベリィとレモンの反応を見て、要は2週間前の自分も同じ反応をしたことを思い出す。

 あの時食べたマカロンと同様、このチョコレートケーキも、売り物と比較しても遜色のない味だ。

 そして我に返ったベリィはまるで高級な食品をじっくりと味わうかのように少しずつケーキを口に運ぶ。

 一方レモンは、わき目も振らずにチョコレートケーキを貪った。

 

「あ~美味しかった。ねえねえ、チェリーのケーキもレモンにちょーだい。」

 

 早くも平らげたレモンが、チェリーの分まで強請り始める。

 

「嫌よ。これは私の分なんだから。」

 

「む~ケチ~。

 どうせチェリーは毎日こんなに美味しいお菓子を食べてるんでしょ~?

 だったらレモンに分けてくれたっていいじゃ~ん。」

 

「毎日なわけないでしょ。

 お菓子作りは料理以上に手間と時間がかかるんだから。

 普段学校と家事で忙しい蛍に、毎日作れる時間があるわけないじゃない。」

 

 チェリーの言い分は最もだが、レモンの言いたいこともわかる。

 毎日とまでいかずとも、チェリーがここにいる誰よりも蛍のお菓子を食べる機会が多いことは確かだろう。

 それに関しては要も羨ましいと思っている。

 

「レモンちゃん。よかったら、わたしのぶん、どうぞ。」

 

「え?いいの~?」

 

「わたしは、たべたいときに、じぶんでつくってたべられるから、きにしないで。」

 

「ありがと~蛍~。」

 

 蛍の分をもらったレモンは、さっそく上機嫌になってケーキを食べ始めた。

 そんなレモンを、チェリーは冷ややかな目で見ながら、蛍は優しく微笑みながら見守り、妖精も交えた賑やかなおやつの時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 ケーキを食べ終えた蛍たちが談笑していているところ、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「ヒナちゃん、ただいま。」

 

 姿を見せたのは60代くらいの女性だ。

 温和な雰囲気の中にどこか気品を感じさせる姿に、蛍は『貴婦人』と言う言葉を思い浮かべた。

 

「おばあちゃん、お帰りなさい。」

 

「カナちゃんもいらっしゃい。」

 

「どうも、お邪魔してまーす。」

 

 どうやら雛子の祖母のようだ。

 要のことをカナちゃんと呼ぶ当たり、要は雛子の家族とも親しいことがわかる。

 すると雛子の祖母が、蛍の方へ視線を向けた。

 

「あら?もしかしてあなたが蛍ちゃん?」

 

「はっはい。」

 

 突然名前を呼ばれた蛍は驚きながらも、表情と姿勢を正した。

 雛子の祖母の前で失礼な態度を取るわけにはいかない。

 

「ヒナちゃんから良く話に聞いてるわ。ヒナちゃんの祖母の菊子です。」

 

「はっはじめまして、いちのせ ほたるっていいます。」

 

 蛍は僅かに緊張を忍ばせながら挨拶をする。

 雛子から両親と祖母の4人で暮らしていると話は聞いていたが、こうして会うのは初めてだ。

 

「あらあら、礼儀正しい子ね。それにしても・・・

 ふふっ、ヒナちゃんがご熱心な理由がわかったわ。」

 

「え?」

 

「ちょっちょっと、おばあちゃん。」

 

 慌てて雛子が止めに入る。

 普段雛子が自分のことをどのように伝えているのか少し気になったが、知ったら知ったで居た堪れない気持ちになりそうなので聞かないでおこう。

 

「蛍ちゃん、確か4月から夢ノ宮中学へ転校してきたのよね?

 学校にはもう慣れた?」

 

「はっはい、ひなこちゃんとかなめちゃんがいたおかげで、がっこう、すごくたのしいです。」

 

「そう。ふふっ、懐かしいわね。」

 

 菊子の『懐かしい』、という言葉に蛍が首を傾げると、

 

「おばあちゃんはね、夢ノ宮中学校の卒業生なの。」

 

 雛子からその疑問に対する答えが語られた。

 

「え?そうなんですか?」

 

 確かに夢ノ宮中学校は創立60年を超える学校だ。

 菊子が中学時代、在籍していたというのも不思議な話ではない。

 だが当然、当時の夢ノ宮中学校を知らない蛍には、自分たちの通う学校が60年以上も昔からあるということを実感することが出来ない。

 だが60年以上を生きる菊子は、その当時から現在に至るまでの中学校を知っている。

 

「ええ、もう50年以上も前かしら。

 あの頃と比べると校舎は改装されて変わってしまったけど、『子供の夢を育む学び舎』という学校の教訓は変わっていないわ。」

 

「私たちが今歌っている校歌、おばあちゃんも歌っていたんですって。」

 

「ふわあ・・・。」

 

 蛍たち中学2年生の年齢は13歳から14歳。

 だが菊子は自分たちのおよそ4倍近くを生きている。

 その菊子が、自分が生まれる遥か以前から、自分と同じ学校で、同じ教訓の中で学び、同じ校歌を歌っていたのだ。

 蛍はその事実に驚愕する。

 創立60年という数字は全国的に見れば決して大きな数字ではない。

 創立100年を超える学校だって、日本にはたくさんあるのだ。

 それでも50年以上前の『生徒』である菊子が目の前にいることで、蛍は自分たちが通う学校の歴史の長さを目の当たりにしたのだ。

 

「それじゃあ蛍ちゃん、かなちゃん。今日はゆっくりしていってね。」

 

「はーい。」

 

「ありがとうございます。」

 

 菊子が部屋を後にすると、蛍は気が抜けたようなため息をついた。

 

「・・・すごいんだね。わたしたちの学校って。」

 

「ええ。おばあちゃんの代、ううん、それよりももっと前からあるのだもの。」

 

 蛍は、長い歴史を持つ夢ノ宮中学校に畏敬に近い念を抱くのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 それからしばらくの間談笑し、菊子が作った夕食を取り終えた要たちは、各々順番で入浴を終え、パジャマ姿で雛子の部屋に集った。

 

「ひなこちゃん、おふろありがとう。」

 

 湯上りの蛍が雛子に礼を言う。

 着ているパジャマはピンク色でデフォルメされた猫の刺繍が入っている

 ・・・要するに子供っぽいパジャマだった。

 

「はあ・・・蛍ちゃん!そのパジャマ凄く似合っているよ!」

 

 だが雛子はそんな蛍のパジャマ姿を絶賛する。

 確かに幼い容姿の蛍には似合っているが、中学2年生に対して猫の刺繍入りパジャマが似合うというのは褒め言葉になるのだろうか。

 

「え?えと・・・ありがと・・・。」

 

 絶賛する雛子に複雑な表情を浮かべながらも、とりあえず礼を言う蛍。

 

「ねえ?写真撮ってもいい?」

 

 そして雛子はおもむろにトイカメラを取り出し欲望剥き出しなリクエストしてきた。

 

「えええっ!?それはさすがに、はずかしいよ!!」

 

 さすがの蛍も断固拒否する。

 どうやら雛子はもう蛍の前で自分の『本性』を隠さなくなったようだが、少しは自重しろ、と思わざるを得ない有様だ。

 このまま雛子のテンションに飲まれるわけにもいかないので、要はひと際声を大きくして宣言する。

 

「よっし!皆パジャマに着替えたことやし、ここからがパジャマパーティーの醍醐味!

 今日は目いっぱい夜更かしするで!!」

 

「ええ!?でっでも・・・。」

 

 すると意外なことに蛍から反対の声が上がった。

 

「なに、蛍?夜更かしは苦手?」

 

 パジャマパーティーを誰よりも楽しみにしていたはずの蛍が、喜ぶどころか不安げな表情を浮かべている。

 なぜだろうと思う要だったが、

 

「だっだって・・・よふかしなんてしたら、おとーさんとおかーさんにおこられるかも・・・。」

 

 返って来たのは、あまりにも子供っぽい理由だった。

 その言葉に要は小学生の頃、つい夜更かしをしてしまい親から盛大に雷を落とされたことを思い出して、少し意地悪気な笑みを見せる。

 

「あ~そういえばウチも小学生の頃、夜更かししてオカンに怒られたことあるなあ。」

 

 言葉の裏に『そんなんで怒られるのは小学生やで』という意味を含めて蛍をからかってみる。

 どのような反応が返ってくるのか少し楽しみな要だったが、

 

「っ!?わっわたし、ちゅーがくせーだよ!!」

 

「ん?」

 

「え?」

 

 言葉の意を捉えた蛍が、予想以上に本気の声色で反論してきたのだ。

 要も雛子も、初めて見る蛍の態度に目を丸くするが、要はここである『実験』を試みる。

 

「・・・蛍、そのパジャマの柄ちょっと子供っぽくない?」

 

「え?でもでも、かわいいでしょ?こどもっぽいかもしれないけど、わたし好きなの。」

 

『子供っぽい』という自覚はあるのかと思いながらも、この言葉には特に気を悪くする様子は見られない。つまり『ハズレ』だ。

 

「蛍、そのパジャマってちっちゃい時から使ってる?」

 

「そうだよ。しょーがくせいのときからつかってるものなの。

 まだ着れるし、かわいいから、すてるのがもったいなくて。」

 

「ああ、蛍背低いから、小学生のときに着てた服まだ着れるんだ。」

 

「うん、だから好きなお洋服は、まだとってあるんだ。」

 

 事も何気に言うあたり、蛍は背丈の低さも気にしているわけでもないようだ。つまり『ちっちゃい』と言うのも『ハズレ』だ。

 

「じゃあ小学生のときに着てた服着たら、子供料金利用出来そうだね。」

 

「わたしおないどしだよ!!?」

 

 ようやく『アタリ』へと辿りついた。

 蛍は、『子供っぽい』や『小さい』と思われるのは気にしないが、実年齢よりも『年下』として扱われるのだけは捨て置けないようだ。

 

(この子・・・面白い。)

 

 人をからかうことが大好きな要は、本気で反論する蛍の反応を見ながら、新しいオモチャを見つけた子供のような笑みを浮かべた。

 

「かなめちゃん!」

 

 すると蛍は、餌をくわえたハムスターのように頬を膨らませながら睨んできた。

 

「わっわたし!ちっちゃくって、こどもっぽいかもしれないけど、かなめちゃんとは、おないどしなんだよ?どーきゅーせーなんだよ?」

 

 そして両腕を水車の如く振り回しながら精いっぱいに怒りを表現する。

 

「ちゃんと、おないどしとして、あつかってくれなきゃダメだよ!」

 

 蛍が子ども扱いされることに対して本気で抗議しているのは見ればわかるが、頬をぷっくりと膨らませて、両手をブンブン振り回しながら、舌足らずな言葉遣いで抗議されても何も説得力がないわけで。

 

「要、蛍ちゃんの言ってることちゃんとわかってるんでしょうね?」

 

 すると蛍を目に入れても痛くないほど可愛いがっている雛子が念を押して来る。

 

「はいはい、精進しますよ。」

 

 だが要は内心は無理だと思いながらテキトーな返事で流す。

 その態度に雛子は眉を潜めるが、同時に困惑の表情を浮かべた。

 要にはわかる。雛子も内心、そんなことは無理だと思っているのだ。

 外見が幼いだけならばまだ何とかなっただろう。

 中身が幼いだけならまだ何とかなっただろう。

 だが蛍は外見も中身も両方とも幼いのだ。

 130cm程度の小柄な体躯。

 字面に起こせばほとんど平仮名で表現されるであろう舌の足りていない言葉遣い。

 そして全身を使って感情を表現するせいか、ボディランゲージがやたらと多い。

 嬉しいときは両手を大きく仰いで飛び跳ねるし、怒れば両手を水車の如く振り回す。

 強いて彼女の歳相応な部分を挙げるとすれば、身体の『ある部分』がちゃんと成長していることくらいだろう。

 控えめながらも形はしっかりと見て取れる。

 大人すら羨む『規格外』の大きさである雛子は隅に置いてくとして、自分のなんて『断崖絶壁』などと不名誉な称号を得て以来、一切『自己主張』してくれる気配がないので、軽く嫉妬の念を覚えたくらいだ。

 とは言え、こんな理由だけで同世代扱いされても蛍は納得しないだろう。

 

「全くもう、確かに蛍ちゃんは小っちゃくって可愛くって思わずギュッて抱きしめちゃったくらいだけど。」

 

 何さらりと爆弾発言を飛ばしてるんだこいつは。

 

「要のそうゆうところ、蛍ちゃんに悪影響よ。

 もし蛍ちゃんが要みたいな悪い子に育っちゃったらどうするのよ。」

 

「わたし、おないどしだってば!!」

 

 だが雛子にフォローに見せかけた華麗に追い討ちをかけられてしまい、蛍はとうとう目に涙を浮かべた。

 

「あっ!ごっごめんね、蛍ちゃん。私そうゆうつもりじゃ・・・。」

 

 からかい交じりの自分と違い、フォローのつもりで自然に蛍を年下扱いするとは。

 

(雛子よ、ウチよりタチが悪くないか?)

 

 自分のことを全力で棚に上げながら、慌てて謝罪する雛子を見る要だったが、せっかくのパジャマパーティーに、主役の蛍を泣かせてしまうのはさすがに申し訳がない。

 今日はこのくらいにして、からかうのはまたの機会にしよう。

 

「まあ、でも蛍。」

 

 要はこれまでのふざけた態度から一転、真面目な口調で蛍に話しかける。

 

「友達と遊ぶ時のハメの外し方、1つや2つくらい覚えてもええと思うよ?

 勿論、雛子のおばあちゃんに迷惑かけたらアカンから、度が過ぎたらダメやけど。

 せっかくの泊まり会やもん。

 迷惑をかけない程度なら、少しくらい遅くまで騒いでもバチは当たらんよ。

 それに夜更かしするってことは、その時間だけ普段よりも長く友達と遊べるってことやで。」

 

 親が鋭く目を光らせている普段の生活では、子供である要たちはハメを外す機会自体なかなかないもの。

 だが友達同士のお泊まり会と言うのは不思議なもので、その時だけは親も少しだけ寛容になってくれるのだ。

 多少の夜更かしやゲームのし過ぎには目を瞑ってもらえる。

 お泊まり会と言う言葉は、ハメを外す許しを親からもらえる魔法の言葉でもあるのだ。

 

「かなめちゃん・・・うん、わかった!

 わたし今日はがんばって、よふかしするね!!」

 

 蛍は一転、気合を入れて夜更かし宣言をする。わざわざ気合を入れ直すほどのことでもないが、本人がここまでやる気であるのなら、水を差すのも悪い話だ。

 

「その意気やで蛍!今日は夜通しで遊び倒すぞお!」

 

「おーっ!」

 

 気合十分な要と蛍は、夜更かしして遊ぶことを決意する。

 

「・・・無理だと思うけどなあ。」

 

 そんな蛍の様子を見ながら、チェリーは呆れた口調で呟くのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「じゃあ蛍、まずはウチとゲームで対戦しない?」

 

 要は2つの携帯ゲーム機を取り出し、1つを蛍に渡した。

 ソフトは既に起動されており、画面にタイトルが映し出されている。

 

「あっ、ラストエピソード・オールスターズだ!」

 

 ラストエピソードは、国内で最も知名度の高く、世界的にも有名なRPGだ。

 現在シーズン10まで発売されており、シーズン1の発売から既に20年以上も経過している長寿シリーズである。

 余談だが、ラストエピソードと言うタイトルでありながら長寿シリーズ化していることを良くやり玉として挙げられているが、これはシーズン1発売当時、開発元の会社が倒産寸前まで追い込まれており、世に出す最後の作品という意を込めて『最後』の名を冠したようだ。

 そのような経緯で発売された初代ラストエピソードは、悪の魔王に連れ去らわれた姫を正義の勇者が助けに行くと言う王道RPGでありながら、作りこまれた世界観とシナリオ、敵味方問わず魅力的なキャラクター、シンプルながら奥深いゲームシステムが高く評価され、国内でも未曽有のベストセラーを叩き出し、国外でも大ヒットしたのだ。

 結果、倒産寸前だった会社は一気に黒字回復して持ち直し、初代をシーズン1として次々と続編が作られていくことになったのだ。

 

「おっ、蛍もラストエピソードやったことあるの?」

 

 そして今、要たちの手にあるのは、シリーズ20周年記念のファンサービスとしてリリースされたラストエピソードシリーズの派生作品、オールスターズである。

 これは歴代シリーズの主人公とヒロインそしてライバルキャラが集って戦うという、

 シリーズ初の対戦型アクション形式のゲームだ。

 だが複雑な操作は必要とせず、ボタン1つで全ての行動が操作できるので、アクションゲーム未経験者にも優しい設計となっている。

 何よりこれまで1人用のゲームであったラストエピソードシリーズでは初めての2人用ゲームであり、泊まり会などで友達と一緒に賑やかに遊ぶには打ってつけのものである。

 要は今日のために、兄に無理やり頼み込んで彼の携帯機を借りて来たのだ。

 

「うん、おとーさんがシーズン1からソフトぜんぶもってて、わたしもやったことあるんだ。

 このゲームも、おとーさんからかりて、やったことあるよ。」

 

 女子力が高く、家庭的なイメージの強い蛍が、少年的な趣味を持っているとは意外だと思っていたが、父親の影響だったのかと要は妙に納得する。

 偏見かもしれないが、蛍が自分から進んでゲームに興味を持つ姿はなかなか想像出来ないものだ。

 ひょっとしたらレンジャーシリーズを見ているというのも、父親の影響かもしれない。

 

「それじゃあ操作の説明はいらんな。さっそく勝負や!」

 

「よ~し、まけないぞ~!」

 

 操作キャラクターとステージ選択を終え、さっそく対戦がスタートした。

 蛍が選んだキャラクターは、シーズン6の主人公にしてシリーズ唯一の女性主人公である魔法使いの少女だ。

 多彩な魔法を遠距離から放って戦う、いわゆるシューティングキャラである。

 だがレンジャーシリーズではマジカル戦隊マホレンジャーが一番好きと言う蛍が選んだキャラクターだ。

 恐らく性能よりも見た目を重視しているのだろう。

 一方要の選んだキャラクターは、シーズン10のライバルキャラである筋骨隆々とした中年の男性キャラだ。

 見た目通りのパワーがありながらスピードも兼ね備えている屈指のインファイターである。

 要は別段、筋肉好きというわけではなく、このキャラにも特別思い入れがあるわけではないが、重さと速度を活かして戦うというスタイルが一番馴染みやすいので使っているのだ。

 見た目よりも性能重視である。

 

「えいっ!やあっ!たあっ!」

 

 蛍の操作するキャラが火炎玉、つらら、雷を次から次へと放ってくる。

 要の操作キャラはそれをガードすることなく、スピードを活かして弾幕を掻い潜る。

 

「よ~し!これならどうだ!」

 

 すると蛍の操作キャラはその場に立ち止まり、長い呪文を詠唱する。

 最強の古代魔法スーパー・ノヴァを唱えて来たのだ。

 

(ん?蛍。なんでスーパー・ノヴァを?)

 

 古代魔法スーパー・ノヴァはひとたび放てば、ガード不能、回避不能、そして一撃で勝負を決めることが出来る威力を備えたロマン溢れる大技である。

 だがそんなものが簡単に決まるようでは対戦ゲームとして成り立たない。

 代償としてスーパー・ノヴァは呪文を唱える時間が極端に長く設定されており、その間は一切身動きが取れないのだ。

 そもそも蛍の操作するキャラは多彩な飛び道具を駆使して相手を近寄らせることなく戦うことをコンセプトとしている分、接近戦が極端に弱くなっている。

 スーパー・ノヴァの使用は相手に接近する隙を与えてしまうので、原則使わないものだ。

 まして要の操作キャラはインファイター。ここまで来ると勝負を捨てた行為も同然である。

 

(中断する気配もなし。そっか、蛍やもんな。ガッツリ対人するタイプじゃないわな。)

 

 なぜそんなコンセプトにもそぐわない技を与えられているのかと言うと、単純に原作の設定を忠実に再現した結果である。

 オールスターズは対戦における実用性を無視してでも、原作の再現度に力を入れているところが多くあり、スーパー・ノヴァも、長い呪文の一字一句、展開される魔法陣の模様、魔法のエフェクトから効果音まで全て余すことなく再現されているのだ。

 原作を知るものが見れば、再現度の高さに涙を流すことだろう。

 現に要は感涙した。

 本来はRPGであるラストエピソードシリーズのファンの中には、アクションゲームが苦手な人も決して少なくない。

 そんなユーザー達が、『見る』だけでも楽しめるように作られているのだ。

 対人やアクションが苦手な人は、ファンサービスの一環として再現されている原作の演出を身ながら楽しむ。

 自分みたいに人と競うことが好きな人は対戦における駆け引きやセオリーの理解を深めて勝ちに行く。

 オールスターズはこの2通りの遊び方が出来るゲームとして高く評価されているのだ。

 蛍は前者で自分は後者。恐らく本気を出せば一方的に勝負が決めることができるだろう。

 だが後者である自分が本気を出すのは大人げないと言うものだ。

 

(蛍も楽しんでるみたいやし、程々に力抜いて遊びますか。)

 

 泊まり会でみんなとゲームをして遊ぶのは、楽しく過ごすことが一番の目的だ。

 この楽しい空気を壊さないためにも、ここは勝ち負けに拘らず・・・

 

(あれ?でもちょっと待って。これ決まったらウチの負けだよね・・・?)

 

 だが負けず嫌いのスイッチがこんな時にも入ってしまい、要は条件反射でキャラを動かし始めた。

 

「あれ?わっ!わっ!」

 

 慌てふためく蛍を余所に、要は一方的なワンサイドゲームを繰り広げる。

 気が付くと、画面にはWINと輝かしい文字、そして隣には涙を流して膝を抱える蛍の姿が目に映り、要は深く後悔するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「も~要、少しは手加減しなさいよ。」

 

「ほんっとごめん、蛍!」

 

 呆れた声で注意する雛子と謝罪する要の声が蛍の耳に入る。

 確かに自分はアクションゲームの類は苦手だし、最初から要に勝てるとは思っていなかったが、それでもあそこまで何も抵抗出来ずに負かされるとさすがにショックである。

 

「蛍ちゃん、ラストエピソードは止めにして、みんなでトランプしない?」

 

 そんな蛍を気にかけ、雛子がトランプを提案してきた。蛍は涙を拭って顔をあげる。

 

「じゃあ、ババさんぬきしよう!ババさんぬき!」

 

 蛍が気合を入れて遊ぶゲームを提案する。ババ抜きであれば、ババを取るか取られるかの運に左右されるところが大きいはず。

 要が相手でも勝負になるだろう。

 現にまだ小学生の頃、両親と一緒に遊んだ記憶があるが、その時は勝てたのだ。

 

「ん?ババさん抜き?」

 

 だが要が首を傾げた。

 ババ抜きと言えばトランプを使った遊びの中でも定番中の定番。

 この中では誰よりも遊びに詳しいはずの要が知らないはずないと思うのだが。

 

「うん、ババさんぬき。」

 

「・・・ババ抜きじゃなくて?」

 

 なぜ聞き返してくるのかわからないが、やっぱり知っていた。

 

「そだよ、ババさんぬき。」

 

「・・・ババさん?」

 

 だが要は困惑したままだ。

 もしかしたらババ抜きよりもジジ抜きの方が好きなのだろうか?

 ジジ抜きはババ抜きと違い、手札のどれがババに当たるカードなのかわからないので、ババ抜きとはまた違った楽しみが生まれる。

 勝負事を好む要はジジ抜きの方をやりたいのだろうか?

 

「ひょっとして、ジジさんぬきのほうがよかった?」

 

「・・・いや、ババさん抜きでいいです。」

 

 だが結局、要が困惑した理由もわからないままババ抜きに決定したのだった。

 

「チェリーちゃんたちもいっしょにやろ?」

 

「え?でも私たちルールわからないわよ。」

 

「だいじょうぶだよ。スゴくかんたんだから、すぐおぼえられるよ。

 ね?みんなでいっしょにやろ?」

 

「じゃあ、ご一緒させてもらうか。」

 

「わ~い、レモンも参加だ~。」

 

 チェリー、ベリィ、レモンの3人も交えた6人によるババ抜きが始まった。

 初回は妖精たち3人だけが参加し、それぞれのパートナーがルールを教えながら実践する。

 さすがにトランプの中でも特に単純なゲームなだけあって、3人ともすぐにルールを覚えることが出来た。

 ちなみにこの時の勝負はベリィが1番に抜けて、2番がチェリー、最下位がレモンだった。

 ややヘソを曲げたレモンを雛子が優しく宥めてから第2ラウンドが始まる。

 今度は蛍たちも参加し、改めて6人によるババ抜きが開始された。

 

(よ~し、まけないぞ~!)

 

 先ほど要に完敗した分も巻き返す勢いで、ババ抜きに臨む蛍だったが、

 

(ふわわっ!ババさんきちゃった!)

 

 蛍がババを引けば、要が呆れた表情で蛍を見る。

 

(はわわっ!ババさんとなりだったのに!)

 

 雛子が非常に申し訳なさそうな表情でババ以外のカードを取っていく。

 

「あれ?レモンのカード全部無くなっちゃった。」

 

「おめでとうレモンちゃん。一位よ。」

 

「わ~い、レモンがいっちば~ん。」

 

「よっし、ウチの上がり。ベリィ、ウチの勝ちみたいやな。」

 

「今はおめでとう。だが次は俺が勝って見せるさ。」

 

 その間次々と蛍以外の人たちが上がっていき、残りは蛍とチェリーの2人になった。

 

「よ~し、チェリーちゃん、しょうぶだ!」

 

「うっうん・・・。」

 

 気合十分な蛍に対して、チェリーはどこか遠慮がちだ。

 初めてのババ抜きに緊張しているのだろうか?

 するとチェリーの手が蛍のカードへと伸びていき、

 

(はわっ!ババさんはとなりなのに!そのカードとられたらまけちゃうよ!)

 

 チェリーは少し逡巡し、隣のカードに手を向ける。

 

(よかった・・・ババさんとってくれるなら、まだわたしにもかつチャンスあるよね。)

 

 そしてチェリーは大きなため息を1つ吐いて、その隣のカードを手に取った。

 

「あーっ!!」

 

「私の上がり。」

 

 結局ババのカードは最後まで蛍の手に残り、蛍はビリになるのだった。

 

「ううぅ・・・なんで、かてないの・・・。」

 

 対戦ゲームに続きババ抜きにまで完敗し、蛍は再び膝を抱える。

 

「いやなんでって・・・。」

 

「あれだけ分かりやすく顔に出てちゃね・・・。」

 

 蛍に聞こえない程度の声で要とチェリーは呟く。

 

「おかーさんとおとーさんには、かてたことあるのに・・・。」

 

「優しいご両親だなあ・・・。」

 

 そんな蛍の呟きに反応する雛子だったが、やはり蛍の耳には届かなかった。

 

「よ~し、次もレモン勝っちゃうぞ~!」

 

「ほら蛍、いつまでも落ち込んでないで次やるわよ?」

 

 連勝に意気込むレモンと、蛍に声をかけるチェリー。

 蛍は賑やかにババ抜きを楽しむ妖精たちを見ながら、ふとある事に気がついた。

 今まで自分は負けて悔しいと思ったことがあるだろうか?

 勝負は相手がいなければ成り立たない。

 そう、ずっと友達がいなかった蛍にとって、一緒にゲームをしてくれる相手がいること自体、喜ばしいことなのだ。

 

「・・・ふふっ、あははははっ!」

 

「ほっ蛍?急にどうしたん?」

 

「ごめんね急に、でも、たのしいね!」

 

「え?」

 

「だって、いっしょにやってくれるひとがいなきゃ、まけることだってできないんだよ?

 まけるってことは、いっしょにあそんでくれるひとが、いるってことだもん!」

 

 だから蛍は、この場にいられることがとても嬉しかった。

 

「だから、もっとみんなといっしょにあそびたい!

 しょうぶは、かったらたのしい、まけてもたのしい!そうだよね、かなめちゃん!」

 

「蛍・・・ああ!そうやな!」

 

「よし、蛍ちゃんの気が済むまで、いろんなゲームで対戦しましょう!」

 

「せっかく蛍がオセロやら将棋やら、色々買って来たものね。」

 

「そうなると、男としてこれ以上負けてやるわけにはいかないな。」

 

「え~、レモンが次も勝つ~。」

 

「みんな!ありがとう!!」

 

 その後蛍たちは、トランプ、ウノ、オセロ・・・etc。持ってきたゲーム全てを遊び尽した。

 遊び疲れたら、要がこっそり持ってきた夜食用のお菓子を食べながら談笑を始める。

 その中で要が、蛍の買って来たパーティーグッズを使って場を荒らし、

 ベリィがそれを止めようとしてさらに場をかき乱し、チェリーとレモンはお菓子の奪い合いを始め、雛子は蛍の写真を撮ろうとトイカメラ片手にシャッターチャンスを狙っている。

 そんな混沌とした中でも蛍は終始笑顔を浮かべていた。

 蛍にとって初めてのパジャマパーティーは、大切な思い出として心に残るのだった。


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