「今から、3年くらい前のことやったかな・・・。」
要は静かに語り始め、懐かしき記憶を遡った。
…
「要、暇やったらオレとバスケしないか?」
今から3年ほど前、バスケクラブのコーチに指摘されたことに拗ね、クラブ活動を一週間ほどズル休みしていた要は、ある日、兄からバスケットをしようと誘われたのだ。
「え?でも・・・。」
「どうせ暇を持て余してるんやろ?
退屈な時間をただボ~ッと過ごしとるくらいなら、何でもいいから体動かした方がええと思うで?
それが例え『嫌いなこと』でもな。」
「っ・・・。」
嫌いなこと。それを聞いた時、心の中に強い反発心が生まれたが、要はすぐにそれを否定する。
バスケなんて嫌いだ。嫌いなはずなんだ。
そう自分に言い聞かせるが、心に生まれたざわつきを振り払うことが出来ない。
「・・・ええよ。少しだけ一緒にやったげる。」
それならばいっそ、兄の誘いに乗ってみよう。
どうせ兄には勝てないだろうし、負けてしまえばバスケットが嫌いであることを再認識できるかもしれないのだから。
要は瞬と一緒に市民体育館を訪れた。
体育館に着くなり、瞬は要にバスケットボールを渡す。
「先行はお前からでええで?」
1週間ぶりに手に取るバスケットボールの感触。
それだけで要はどこか安堵の気持ちを抱いたが、すぐに首を振るった。
「じゃあ、いくよ。お兄。」
「おう。」
案の定兄は、年の離れた妹である自分を相手にも手加減をしてくれなかった。
だが一方的な負けが続けば続くほど、要の闘志はさらに燃えていった。
「くそっ!もう1回!」
「来いや!」
「もう1回!」
「何度でも来な!」
気が付けば要は時間が経つのも忘れ、兄との1on1に夢中になっていた。
「もう1回!」
「ストップ。これで終いや。直に晩飯の時間やで。」
兄の言う通り、そろそろ帰らなければ母親に叱られる時間だが、このまま負けっ放しで引き下がっては腹の虫も収まらない。
「イヤや!勝つまでやめん!もう1回!」
「要。おふくろに怒られるで?晩飯抜きにされてもええんか?」
「む・・・。」
だが兄がやや強い口調で注意してきたので、要も仕方なく言う通りに従う。
「次は絶対に負けないからな。」
そして要が無意識の内に口にしてしまった『次は』と言う言葉に、瞬は含みのある笑み見せた。
「要、久しぶりのバスケはどうやった?」
「え?」
一週間ぶりのバスケットは、兄にボロ負けした上にリベンジを断られると言う、お世辞にも楽しいとは思えない結果に終わったはずだった。
それなのに要は、この1週間では味わうことの出来なかった充実感を得ていた。
「楽しかったやろ?」
だが瞬が笑顔で告げるも、要は複雑な思いを抱かずにはいられなかった。
要にはバスケット以外にも好きな趣味が山ほどある。
その全てが楽しく思えなくなった今でも、バスケットは楽しむことができたのだ。それが要には納得出来なかった。
「なんで・・・ゲームすんのもアニメ見るのも、何も楽しくなかったはずやのに。」
「そらお前が一番好きなことを我慢しとるからやろ。」
「一番・・・好きなこと?」
「そっ、いくら他に好きなことがあっても、一番好きなことに手が付けられないんじゃ、心に楽しむゆとりなんて出来ないわな。」
「・・・そっか。」
要は兄の言葉を噛みしめた。
自分にとって、一番好きなことに取り組めるから、要の一日は充足している。
そんな充実感があるからこそ、要の心には他の趣味を楽しむ余裕が生まれたのだ。
考えてみれば何も難しいことではなかった。
兄とのバスケで要は改めて思い知らされたのだ。
やっぱり自分はバスケットが一番好きなのだと。
だがそれでも、この一週間で爆発した悩みは解決できなかった。
「でも、ウチもう、負けるなんてイヤや。
でも、ウチじゃどう頑張ったって理沙には勝てない。
ウチは凡人、あっちは天才。一生頑張ったって勝てっこない。
そんなんでどうやって、この先バスケットを楽しんでけばええの?」
そして要は、自分が抱えていた悩みを全て兄に打ち明けた。
その言葉を聞いた兄は、普段はほとんど見せることがない真剣な表情で要に問いかける。
「要は、なんでそんなに負けるのがイヤなん?」
「え?」
だが要は、兄の問いかけの意味がわからなかった。
「だって、負けたら悔しいし腹立つし、それに相手より弱いって言われるようなもんやろ?
そんなん、バカにされるようなもんやないか。
ウチは、誰からも弱いだなんて思われたくないよ。」
負けていいことなんて何もないはずだ。
気分は最悪になるし、見たくもない実力の差、才能の差を見せつけられる。
少なくとも、要にとって負けるとはそうゆうものだ。
でも兄は違うのだろうか?
「なるほど。
確かに俺だって、勝つのと負けるのとどっちがええ?って聞かれたら勝つ方がええってし、負けたら嫌な気分になるは悔しいって思うな。
でもお前は、負けるっちゅうことをちょっとネガティブに捉え過ぎやで。」
「え?どうゆうこと?
負けても良いって思えることなんてあんの?」
「俺から言えるのはここまでや。それにお前はもう気づいとるはずや。」
「ウチが・・・気づいて?」
「今日俺にボロ負けした時、お前は何を思ってたか。
それを思い出してみ?」
その時はまだ、要は兄の思いを理解することは出来なかった。
その後家に帰り、要は両親の前でクラブ活動をズル休みをしていたことを謝罪した。
だが両親からは、ズル休みしたことよりも、黙っていたことについて叱られた。
それにクラブ活動を再開したことで激励をもらえた。拳骨の1つでも覚悟していた要は少し拍子抜けしたが、それだけ両親にも心配かけていたのかもしれないと、自分の身勝手な行いを反省する。
そしてクラブ活動を再開した最初の日に、兄から再び助言を受けた。
「要、負けるのは嫌かもしれんけど、ちょっと我慢してまた理沙ちゃんにぶつかってみ?」
「・・・わかった。」
兄の助言通り、要は負ける悔しさを噛みしめて理沙に挑み続けた。
そしてその中で、かつて兄に挑んだ時と同じように、負ける度にどうすれば勝てるか?どこを改善すれば良いかを模索していることに気づいたのだ。
そして要は初めて、兄の言葉の意味を理解することが出来た。
負けるというのは勝つこと以上に、自分の欠点、改善点を見つけることが出来る。
だから負け続けることになっても、自分は成長していくことができるのだと。
「そっか、見つけられたんやな。
負けることの『良い意味』を。」
その日、要は瞬に自分が見つけた負けることの意味を話した。
「でも、後どれだけ負けたら、理沙に勝つことが出来るんやろ・・・。」
だが意味は理解できても気持ちを変えることは出来ない。
負けると悔しいと思うことに変わりはないのだ。
理沙に勝てるようになるまでに、自分は後どれくらい、嫌な思いをしなければいけないのだろう。
「さあな。
100回か1000回か、そんなもの、勝つ日が来なきゃわからんよ。」
100も1000も嫌な思いをしなくてはいけないと思うと、いつかこの前みたいに、またバスケットを嫌いになり、辞めたいと思ってしまうかもしれない。
そう言えば兄は同じ悩みを抱えたことはないのだろうか?
「ねえ、お兄はバスケ辞めたいって思ったことない?」
「ないよ。」
返って来たのは余りにも迷いのない言葉だった。
「俺には夢があるからな。」
その言葉に、要はまだ小学生に入る前の頃、兄と交わした約束を思い出した。
おにーちゃんの、しょーらいのゆめはなに?
おれのしょうらいのゆめは、にほんいちのバスケットマンになることだ!
かなめは、しょうらいのゆめは?
ウチはね、おにーちゃんといっしょがいい!
だからウチも、にほんいちのバスケットマンになるの!
「日本一のバスケットマンになる、だったっけ?」
「おっよく覚えとったな。
嫌だって思う時があれば、いつもそれを思い出すようにしてんねん。
ここで止まったら、俺の夢は叶わんよって、自分に言い聞かせている。だから今まで辞めようって思ったことはないよ。
俺は俺の夢を諦めるつもりはないからな。」
撒けることで自分が抱く思いを、兄は夢を叶えたい一心で振り払ってきたのだろう。
絶対に叶えたい夢を持つことが、今の兄の強さを支えているのだ。
「夢・・・か。」
「要の将来の夢は、おにーちゃんといっしょがいい。だったか?」
すると兄が意地悪な笑みを浮かべた。
お兄も覚えとるやん、というツッコミが頭に浮かぶも、それ以上にあんな恥ずかしい言葉を復唱されてしまい、要は慌てる。
「まっ真に受けんでよ!そんな子供の時のこと!」
「ははは、別にええやん、それでも。」
「え?」
「日本一の選手ってことは、理沙ちゃんよりも強い選手ってことやろ?」
「それは・・・そうだろうけど。理沙にも勝てんのに日本一って・・・。」
日本一の選手になると言う将来を思い描いたことはあるが、身近に理沙という、自分よりも遥かに優れた能力を持つ子がいるにも関わらず、そんな将来の夢を持つことは余りに無謀と言わざるを得なかった。
「それなら、こうゆうのはどうだ要?
俺は絶対に、どんな苦難も乗り越えて日本一の選手になって見せる。
そう約束する。
だから要も、嫌なことがあっても立ち止まらんで、前に進んでみ?」
俺が苦難も悩みも乗り越えられることを証明してやるから要も諦めずにバスケットを続けて見ろ。
言葉の内に込められた兄の真意を汲み取った要だが、そんな一方的な『約束』なんて不公平だ。
「だったら、ウチも約束するよ。
ウチも必ず、日本一の選手になって見せる。」
「要・・・。」
「だから、お兄も約束破ったらあかんよ?」
すると兄は、自分の頭の上に手を置き優しく撫でてくれた。
兄の温もりを得た要は、自分の心を縛り付けていた気持ちが解けていくのを感じた。
「当り前やろ。必ず守るから、お前も約束守れよ?」
「うん!」
兄と交わした約束。
2人で日本一の選手になること。
その約束は要にバスケットを続けていく強さをくれた。
そして負けることさえも楽しめる余裕が生まれ始めたのだ。
負けることで確かな成長を実感できる。
それは兄との約束に近づくことを指し示しているから。
…
「負けることも成長に繋がる。
お兄のおかげでウチは、そんな風に思えるようになったの。」
「そうか・・・素敵なお兄さんだな。」
「・・・うん。ウチにとって、とても大切な人。
あの時お兄がウチに気づかせてくれなかったら、ウチ、きっと後悔してたと思う。」
「ふふっ、嬉しいよ。君の素直な言葉を聞くことが出来て。」
「え・・・?」
そこまで言われて要は、ベリィの前で兄への想いまで打ち明けていたことに気づいた。
「や・・・その・・・。」
語る必要のないことまで話してしまった要は、恥ずかしさで俯いてしまった。
そんな要を見たベリィは思わず微笑む。
「そんなに照れなくてもいいじゃないか。大丈夫、今の言葉は誰にも言わないよ。」
「雛子にも言うたらあかんよ?」
「わかってるって。
でも、なるほど、それが君の信条の原点か。」
要の話を聞いて納得するベリィ。
要もまた、話の中で自分の気持ちに整理していくにつれ、なぜ健太郎の問いに答えられなかったかをようやく知ることが出来た。
「でもウチの場合、ウチ個人の問題やから気楽だけど、健太郎は卒業した先輩たちのプレッシャーから、負けられないところにまで自分を追い込んでいる。
そんなやつに、負けても楽しいと思えばええなんて、気軽には言えんよね。」
健太郎が背負う夢ノ宮中学男子野球部の看板は、去年の1年間、先輩たちが築き上げた実績が積み重ねられている。
それなりに有名校となってしまった今、練習試合とは言え負ければ他校にその話が広まってしまうだろう。
「君は、優しいな。」
「はい?」
「君は本気で、健太郎という少年の力になりたいと思っている。
だから今、悩んでいるんだろ?
不用意な言葉は彼のプレッシャーを強めてしまうかもしれないから慎重に言葉を選んでいる。
優しさがなければ、そんな悩み方は出来ないよ。」
「でも、結局何を言っていいのかわかってないし、それにウチ、頭使うの苦手やし・・・。」
「思いつかないのなら、それでもいいさ。
中途半端な思いで彼を思い詰めてしまうくらいなら、いっそ何も言わない方がいい。
それも1つの優しさだと俺は思うよ。」
「・・・その方がよっぽど中途半端やん。
ウチはそんなん絶対にヤダ。」
「君ならそう言うと思ったよ。
それなら存分に悩むといいさ。
悩んで悩んで悩みぬいて見つけた言葉を、彼に伝えてあげればいい。」
せっかく気にかけてくれた言葉を突っぱねるような要の物言いにも、ベリィは気を悪くすることなく自分を案じてくれた。
要はそんなベリィに心から感謝する。
「ベリィ・・・ありがと。」
「少しは君の力になれたかな?
だとしたらパートナー冥利に尽きるというものだ。」
「また妙に難しい言葉知っとるな。」
「故事ことわざの類なら、要よりも詳しい自信があるよ。」
「ふふっ、言ってくれるやん。」
ベリィにしては珍しく、要をからかうような言葉だ。
だが要はそんなベリィとのやり取りにどこか安心を覚えるのだった。
…
翌週の月曜日。
前日の夜まで健太郎を励ます言葉を考えていた要だったが、結局良い言葉が思いつかず、さらに今日の部活でスターティングメンバーの選定が終わることによる緊張から中々寝付けずに寝坊してしまった。
学校に着いたのは予冷が鳴る2分前。危うく遅刻するところだった。
「ふぃ~、あっぶないあぶない。」
「要、遅刻ギリギリ。」
席に着くや否や、横から雛子の叱りが飛ぶ。
「雛子~。家まで起こしに来てくれても良かったんよ?」
「バカなこと言わないでよ。私まで遅刻しちゃうじゃない。」
そしていつも通りのやり取りを終えた要はふと後ろの席に目をやると。
「・・・ん?」
何やら非常に上機嫌な蛍の姿が目に映った。
緩んだ頬に両手をつけ、眩しい笑顔を見せている。
「かなめちゃん、おはよ~。」
「おっおはよう。」
そしてその幼い声もいつも以上に甘ったるかった。
「・・・何かあったの?」
「昨日、リリンちゃんと会ったんですって。」
「あ~。」
それでこの上機嫌かと、要は妙に納得してしまう。
「えへへ~、きのうはね、このまえとちがって、にちようびだったから、い~っぱいおはなしできたんだ。
あとねあとね、ふたりでこうえんをおさんぽしたり・・・。」
話してくれとも言ってないのに、昨日リリンと過ごした出来事を甘い声で語り始める蛍。
要は心の中で大きなため息を吐く。
日頃男子っぽいだの何だの散々言われているが、そんな自分も年頃の女の子だ。
花も恥じらうなんとやら、色恋沙汰には興味津々なわけである。
これがもし本当に同級生からの恋愛話であれば喜んで食いついていたところだが、何が悲しくて女の子同士のノロケ話を聞かされにゃならんのだ。
「皆、席につけ。」
そんなことを考えている内に担任の長谷川先生が教室へ入って来た。
「蛍、先生来たよ。」
「あっホントだ。」
お互い席につく蛍と要。
だが授業中、後ろから終始甘い雰囲気に背中がむず痒くなった要は、なかなか授業に集中できなかったのだった。
…
その日の授業が終わり、放課後を迎えた要は、いつも以上に緊張した面立ちで部活の準備を始めた。
「要、部活へ行く前にちょっといいかしら?」
「なに、雛子?」
「蛍ちゃんもいい?」
「え?いいけど。」
2人に声をかけた雛子は、交互に顔を見る。
「今週末からゴールデンウィークだけど、2人とも今週の土日、予定はある?」
「えと・・・わたしはとくにないよ。」
「ウチも、今んとこ何の予定もない。」
「良かった。
私の両親がね、ゴールデンウィークを使って久しぶりに夫婦水入らずの旅行へ行こうって話をしてたの。
その日程が今週の土日で、私のおばあちゃんが、2人きりと言うのも寂しいから、友達を呼んでみたらって言ってくれたの。」
そう言うと、雛子は蛍へ微笑みかけた。
「蛍ちゃん、前に言ってたよね?
ゴールデンウィーク中にパジャマパーティーをしたいって。」
「えっ・・・おぼえててくれたの?」
まさか雛子はあの時蛍がマシンガントークで語った夢想の数々を全て記憶しているのだろうか?
(・・・雛子ならあり得るな。)
蛍のことを溺愛している彼女ならではの記憶力と言える。
「勿論よ。
言ったでしょ?一緒に少しずつ叶えていこって。
蛍ちゃん、今週の土日、私のお家でパジャマパーティーしましょ?要もいいよね?」
「意義な~し。」
要としても願ってもないことだ。
思えば蛍とはプリキュア作戦会議で自分の家に招いたことはあっても、遊ぶために家へ呼んだことはない。
今回の会場は雛子の家となるが、プライベートで一緒に遊ぶことに変わりないし、要は蛍のことを友達としてもっと良く知りたいと思っている。
そしてお泊まり会となれば、単純に一緒にいられる時間も多くなるし、寝食という、普段家に招いて遊ぶだけでは一緒にいられない時間も共有できるのだ。
まだ見ぬ蛍の一面を知る機会が増える良い機会である。
そしてそんな細かな考えを差し置いても、一晩中友達と一緒に遊べるというだけで、要にとっては有難い話であるのだ。
「ホントに・・・いいの・・・?」
だが蛍は目を大きく見開いて、口元を震わせていた。
「ええ、勿論いいけど・・・?」
そんな蛍の様子に戸惑う雛子。すると
「っ!ありがとう!ひなこちゃん!!」
感極まった蛍が、雛子へ勢いよく抱きついてきたのだ。
「っ!?ひぇえあ!?」
いきなり蛍に抱きつかれた雛子は、裏返った声で珍妙な叫びをあげる。
「わたし!とってもうれしいの!!みんなで、パジャマパーティーできるんだね!!」
だがそんな雛子のことなどお構いなしに、蛍は雛子を抱く力をさらに強めた。
身長差的に、蛍の頭が雛子の胸の位置に来るため、雛子の胸に顔を埋める構図になる。
「ええええとどどどういたしまして!?」
なぜか疑問符で返答するまでに動揺をあらわにする雛子。
蛍に抱きつかれたくらいでなぜそこまで動揺するのか?
と普通は思うかもしれないが、要はその理由を知っている。
自分の『本性』を露わにすまいと必死に抗っているようだ。
「かなめちゃんも、ありがと!!」
「どっどういたしまして。」
「あはっ!たのしみだな!なにもってこうかな!?こうゆうときの定番って、やっぱりトランプだよね!あっわたし!またおかしつくってもってくから!みんなでいっしょにたべよ!!」
「そっそだね。」
「やった!じゃあわたし!おかいものあるから、これでかえるね!ひなこちゃん!ほんとうにありがとう!!」
「うっうん、また明日ね・・・。」
「うん!またあした!!かなめちゃんもバイバーイ!!」
「ばっ、ばいばーい。」
絶好調に上機嫌な蛍は、そのままのテンションで駆け足に学校を去っていくのだった。
「・・・ふう。」
一方雛子は、安堵の息を1つ吐き、昂ぶった心を落ち着かせている。
そして要には見えた。
雛子の顔に盛大に書いてある、彼女の心境が。
なんとか堪えることができたわ・・・。
蛍の前では『まだ』隠せている雛子の『本性』を知る要は一沫の不安を覚える。
(・・・こんなんでお泊まりなんかしてホントに大丈夫なんやろか・・・。)
何にしても今週末、ゴールデンウィーク最初の土日に、プリキュアパジャマパーティーが開催されることになったのだった。
…
女子バスケ部の活動は、今日も2チームに分かれての模擬試合が行われていた。
「今日が最終審査日だからな。皆いつも以上に気合を入れてけよ!」
薫からの言葉を聞きながら、要はゼッケンを受け取る。
「げげっ!要、今日は理沙とチームなの!?」
すると未来から驚愕の声があがった。
「あれ?ホントだ。初めてやない?ウチらがチーム組むの。」
「そうだったかしら?」
対して理沙は冷静に返す。
「要の裏切り者!2人で私たちをボッコボコにするつもりでしょ!
漫画のワルモノが無抵抗な一般市民に手をあげるみたいに悦に浸るつもりね!」
「いやそう言われても・・・チーム決めたのキャプテンたちやし。」
「薫先輩!なんであの2人組ませたんですか!?」
普段のおちゃらけた態度はどこへやら。
未来は真剣な声色と怯えた表情で薫に訴えて来た。
よく見ると未来のチームメイトも皆、彼女と同じ表情をしている。
「腰の抜けたセリフを言うんじゃないよ!
毎回要か理沙を頼りに出来ると思ったら大間違いだよ!
たまには自分で根性見せろってんだ!!」
「ひいっ!イッイエッサー!!」
だがそんな未来を薫は体育館中に響き渡るような大声で一喝した。
その鬼と見紛う迫力を前に、未来たちのチームは目に涙を浮かべながらポジションにつく。
そんな様子を一瞥した要は、理沙の方を振り向いた。
「一緒にチーム組むなんて、小学6年のクラブ活動以来かな?」
「どうだったかしら?覚えてないわ。」
「まっ、何にしても今日はよろしくな。期待してるで?」
要は理沙に手を差し出す。
「・・・そっちこそね。」
理沙も要の手を取り、2人は固い握手を交わすのだった。
…
隣に立つ菜々子のホイッスルを合図に、模擬試合が開始された。
薫はレフェリーをしながら、試合の内容を観察する。
予想通りだが、試合の内容は要たちのチームが圧倒していた。
スタンドプレーをすれば右に出る者がいない理沙と、チームメイトの長所を最大限に引き出すことが出来る要。
未来の抗議にもあったように、この2人が同じチームにいると言うのは、チーム分けのバランスを大きく傾けていた。
だがそれでも、薫は一度、要と理沙を同じチームにしたかったのだ。
それは薫だけでなく、菜々子と夕美も同様である。
「理沙!」
要から理沙にパスが渡る。
パスを受け取った理沙はそのままシュートを決める。
「要、ちゃんと協力できているじゃない。」
「そうだな。」
要が理沙に対して強いライバル心を抱いているのは、自他ともに承知のことだ。
理沙への対抗心から彼女には活躍させまいとパスを回さないのではと危惧していたが、要にそんな素振りはなく、理沙にシュートチャンスがあれば、積極的にパスを回していた。
試合の中で要は、理沙への対抗心を見せようとはせず、むしろいつものように彼女の長所を最大限に活かそうと立ち回っている。
「しかもあの子、ちゃんと他の仲間にも気を配っている。」
夕美が重ねて要を評価する。
要は理沙だけでなく、味方全員に行き届くようにボールを回し、全員の長所を活用しながらゲームを組み立てていた。
これまで理沙とチームを組んだメンバーは、積極的に理沙にボールを回し、理沙のスタンドプレーに任せるスタンスを取っていた。
だが要は違う。理沙1人に任せて勝ちに行くのではなく、あくまでも5人のチームで勝ちに行くというムードを作っている。
それが理沙以外のチームメイトのモチベーションも高めており、全員が勝つために精を尽くしているのだ。
「よっし、みんな!一気にカタをつけるよ!」
「「「おおーっ!!!」」」
「ひい~!要の鬼!悪魔!」
対して実力のみならず勢いでも負けてしまった未来のチームは、要と理沙のタッグを前に終始震えていた。
そんな試合の内容を見ながら、隣に立つ菜々子が声をかけてくる。
「薫、あなたの不安は杞憂に終わったみたいね。」
「・・・ああ。」
薫と菜々子は、要の様子を見て微笑む。
個人の実力で秀でた理沙を、練習試合の選抜メンバーに抜擢することは最初から決まっていた。
だが理沙と『同じチーム』に要を加えたらどうなるか?
ポイントガードと言うゲームを組み立てていくポジションであるのをいいことに、理沙をないがしろにしたゲームを作らないか、あるいは理沙に期待するあまり、彼女以外のチームメイトを蚊帳の外に置いてムードを悪くしないか。
それが薫が抱いていた懸念事項だった。
そう、この一方的な試合展開を予想できてでも、理沙と要を同じチームに入れたのは、要のポイントガードとしての采配を裁断するためのものなのだ。
そして彼女は見事に、薫の抱えていた懸念事項を全て払拭してくれた。
「今のあの子なら、任せることが出来そうだわ。」
そして夕美の言葉に、薫と菜々子は静かに頷くのだった。
…
夢ノ宮市へと降り立ったサブナックは、腕を組みながら宙を浮いている。
「・・・思いついたぞ。我らに相応しいチーム名を。」
正確な時間など数えてはいないが、長いこと頭を使い続けていた気がする。
最初から期待していなかったとはいえ、あの2人が知恵を貸してくれればここまで悩むことはなかったのだが、時間をかけた分、自信のあるチーム名が思いついたのだ。
それはこれ以上にないくらい、自分たちに相応しいものだろう。
「やつらが、希望の光、ホープライトの名の下に集うのであれば、我らは永久の闇、ダークネスだ!」
闇の世界でもなければまだ闇の牢獄も展開していないはずなのになぜかサブナックの周辺は物音1つしなくなった。
この場にリリスとダンタリアがいれば、静寂を破ってバカにバカを重ねた罵詈雑言を飛ばしていただろうが、生憎と2人は不在。
その代わりにサブナックの背に映る夕焼けを背景にカラスの鳴き声が木霊した。
それからさらに間を置き、サブナックは自分が思いついたチーム名が、自分たちの集団を表す言葉と同じであることに宣言してから気づき自ら沈黙を破った。
「・・・ふっ、元々我らにチーム名など不要だったと言うことか。」
そして何の解決にもなっていないどころかチーム名の必要性を自らの手で完全否定するという斜め上を登り切り下り坂を転がり落ちるような結論を出したサブナックは、1人満足気に自己完結しながら闇の牢獄を展開するのだった。
…
部活が終わり、部員たちが帰り支度をし始めた中でも、健太郎は浮かない顔のままグラウンドに立っていた。
「いよいよ今週末・・・か。」
去年の3年生は高い実力と高度なチームワークを武器に、地区大会の準決勝まで勝ち進んだ。
健太郎だけでなく当時の1年、2年生はみんな3年生に憧れを持って部活動に打ち込んでいた。
いつか彼らと同じように、レギュラーとして良いチームを築き、試合に出て勝ちに行きたいと。
そして健太郎はようやく、練習試合とは言え憧れの先輩たちと同じ場所まで辿りつけたのだ。
それなのにいざ実現すると、嬉しさよりもプレッシャーの方が大きかった。
「上田、あんまり1人でしょい込むなよ。
試合はお前1人でやるわけじゃない。
俺たちだって一緒いるんだから。」
「みんな。」
部活仲間からの励ましに、健太郎は少しだけ心を落ち着けるが、それでも内に巣食う黒い影が晴れたわけではない。
もしも自分のミスが原因で負け、先輩が築き上げた夢ノ宮中学校野球部の評価を落としてしまったらと、つい不安に思ってしまう。その時、
「え・・・?」
健太郎は目の前の出来事に目を疑った。
突然、周りにいたはずの仲間が全員姿を消したのだ。
いや、野球部だけではない。
グラウンドにいた生徒たちが全員何の前触れもなく姿を消した。
「なんだよこれ・・・なにが。」
どうせ勝てるわけがないよ。
「っ!?俺の・・・声?」
俺の力が先輩たちに及んでるわけないじゃないか。
無様に負けて、先輩たちの顔に泥を塗るだけ。
他校の生徒からは笑いものにされるだろうな。
自分の声がどんどん拡がっていく。
言葉の数を増し、声を大きくし、健太郎の脳内を埋め尽くす。
「やめろ・・・やめろ!!俺はそんなこと、考えてない!!」
こんな面倒なことを背負うためにレギュラーなりたかったわけじゃないのに、去年、先輩たちが活躍しなければこんなことにはならなかったんだ。
「違う!俺はそんなこと考えていない!」
だったらなんで、こんなプレッシャーを感じなきゃならないんだ。
望んでもないことを押し付けられていい迷惑してんだろ。
先輩たちのことは尊敬していたはずだ。憧れていたはずだ。迷惑だと思ったことはない。
それなのに頭に響く声を否定することができずにいる。
キャプテンも何でこんなことを俺に押し付けてくれたよな。
こんなことなら、レギュラーなんかに選ばれるんじゃなかった。
そしてずっと、心の中に押しとどめていた声が響く。
「うわああああああああああ!!!」
やがて健太郎は絶叫と共に、全身から黒の瘴気を放出するのだった。
…
部活動を終え、制服に着替え終わり帰ろうとした矢先、要は闇の牢獄が展開されるのを感じ取る。
「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」
急いでスパークパクトを召喚し、変身する要。
「世界を駆ける蒼き雷光、キュアスパーク!」
そして絶望の闇を探知すると、かなり身近なところから気配が感じられた。
「ちょっと待って、この場所って!」
夢ノ宮中学校の敷地内、それもグラウンドの方だ。
今日のこの時間、グラウンドは男子野球部が使っていたはずだ。
要は嫌な予感がした。
今この時間にいる生徒の中で大きな悩みと不安を抱えている人に心当たりがあるからだ。
「キュアスパーク!」
すると図書館のある方から、既にキュアプリズムへと変身している雛子が姿を見せた。
蛍は今頃、夕飯の準備のために家にいるのだろう。
それならば彼女がここに駆け付けるまでの間、2人で戦うしかない。
キュアプリズムと合流した要は、急いでグラウンドの方へ走り出した。
グラウンドへ訪れると、そこにはサブナックの姿があった。
そして横には黒い瘴気に覆われた健太郎の姿があった。
「現れたなプリキュア。」
「健太郎!!」
不幸にも嫌な予感が的中してしまった。
だがそんな要のことなど気にかけず、サブナックは右手に絶望の闇を集中させる。
「ダークネスが行動隊長、サブナックの名に置いて命ずる。
ソルダークよ、世界を闇で食い尽くせ!」
サブナックの掛け声と共に、健太郎の絶望を素材としたソルダークが姿を現す。
「ガァァァァァアアアアア!!」
そして産声をあげるソルダークを前に、要は悔しさから唇を噛みしめた。
(ウチが・・・もっと早く、健太郎に声をかけていれば・・・こんなことには。)
かけてあげる言葉が思いつかなかったから。
自分の部活動のことで手一杯だったから。言い訳なんていくらでも思いつくが、それを口にしたところで意味がない。
健太郎が悩みを抱えているのを知っていたのに、力になることが出来なかった。
その現実が要の心に重くのしかかる。
「キュアスパーク!」
だがキュアプリズムの声を聞き、要は我に返る。
そしてソルダークが雄叫びをあげながら、こちらへ向かってきた。
要は罪悪感から押し潰されそうになった自分の心を奮い立たせる。
そうだ。今すべきことは後悔することではない。
ソルダークを浄化して健太郎を闇の牢獄から助け出すことだ。
後悔するのはその後でいくらでもすればいい。
「はああっ!」
要はソルダークの元へ飛び立ち、電気を纏ったパンチを繰り出そうとするが、
「なっ。」
ソルダークの目前まで迫った時、急に地面に片膝をついた。
「なにこれ・・・?体が急に重く、」
思うように体が動かない要に対して、ソルダークが拳を振り下ろす。
「危ない!」
要の目の前にキュアプリズムの盾が展開されるが、盾はソルダークの拳を受け止める寸前、地面に引っ張られるように落ちていった。
「えっ!?」
突然の状況にキュアプリズムは驚き、盾を失った要にソルダークの拳が直撃する。
「うわあっ!」
「キュアスパーク!大丈夫!?」
「いったた・・・。」
慌てて要の元へと駆け寄ったキュアプリズムは、治癒の光を当ててダメージを回復させる。
「あのソルダークに近づいた瞬間、急に体が重くなった。」
「私の盾も、突然地面に引き寄せられて・・・まさか。」
「重力?」
要とキュアプリズムの間で答えが合致する。
恐らくあのソルダーク周辺の重力だけが、通常よりも強くなっているのだろう。
その証拠にソルダークの足元だけが地面にめり込んでいる。
これまでのソルダークも変わらず巨体だったが、足が地面にめり込むことはなった。
そして要もキュアプリズムも、今は特に体が重くない。
僅かに距離を開けるだけで高重力の影響がなくなっているのだ。
「離れてさえいれば、やつの力の影響を受けることはない。でも、」
「それでは、こちらから打つ手がないわ。」
自分もキュアプリズムも、攻撃手段と言えば徒手空拳のみだ。
近寄る以外に攻撃する術はない。
だが近寄れば高重力の影響で立つことすらままならない。
そしてどうすればいいのか悩む暇を、ダークネスは与えてくれなかった。
「打つ手がないようだな。ならば今日こそ終わりにしてやる。」
サブナックとソルダークが同時に攻撃を仕掛けてくる。
「考えても仕方がない!キュアプリズム!サブナックは任せたよ!」
「任せたって、まさか!」
「ソルダークはウチが引き受ける!」
自分の方がパワーもスピードもキュアプリズムより上だ。
力を振り絞れば、高重力下でもギリギリ動くことは出来るだろう。
キュアプリズムもそれがわかっているためか、止めには入らなかったが、その表情は不安に満ちていた。
「そう思い通りにはいかせるか。」
だがサブナックがそうはさせまいと、自分の前に踊り出る、その時、
「たあああっ!」
背後からキュアシャインが飛び出し、サブナックに体当たりをしてきた。
「キュアシャイン!ナイスタイミング!」
「みんな!おそくなってごめん!」
「小癪な。」
サブナックがキュアシャインに拳を振るおうとする。
「させない!」
キュアプリズムがキュアシャインをバリアで守る。
「キュアシャイン!2人でサブナックを足止めよ!
キュアスパーク!ソルダークはあなたに任せたわ!」
「はい!」
「おっし!任せろ!」
キュアシャインを加え、3人揃ったホープライトプリキュアは、いつものように息を合わせてダークネスへと立ち向かうのだった。
跳躍し地上へと降りるソルダークの一撃をかわし、要は反撃に出る。
だが目前で高重力下に入ってしまいスピードを削がれる。
「ちっ。」
速度を失った拳では満足なダメージを与えられず、要は一度後退しようとするが、ソルダークが拳を振り下ろして来た。
要はその拳に目掛けてパンチで反撃するが、高重力下で振り下ろされた拳を抑えることが出来なかった。
重さに耐えられなくなった要はソルダークの一撃を受け、地面へと倒れ込む。
「くっ・・・。」
何とか力を入れ、その場から立ち上がるが、ソルダークはすかさず両手の拳を合わせて振り下ろした。
要はそれを両手で受け止めるが、徐々に足元がめり込み始める。
「健太郎・・・。」
今受けている重圧(プレッシャー)。
要はそれが健太郎が今背負っている重さではないかと思えた。
彼は選抜メンバーに選ばれた時から、ずっとこの重みに耐えていたのだ。
正直、重いんだよ。先輩たちの後釜につくってのが・・・。
もしも次の練習試合に負けてしまったら、卒業した先輩たちの顔に泥を塗ってしまうんじゃないのかって。
要は負けることが嫌だって思ったことはあるか?
あの時の健太郎の言葉を、浮かない顔を思い出す。
彼の感じていた重圧、彼の力になれなかった自分への不甲斐なさ。
助けられなかった罪悪感、プリキュアとしての使命。様々な思考が要の中で駆け回り、ついに片膝をついてしまう。
その時、
悩んで悩んで悩みぬいて見つけた言葉を、彼に伝えてあげればいい。
ベリィに言われた言葉が脳裏を過る。
(ごめん、ベリィ。結局言葉見つけられんかったよ。だから・・・せめて。)
「・・・こんなもんに負けてんじゃないよ。健太郎。」
重圧に押しつぶされた健太郎を気遣うのも、傷つけないように言葉を選ぶのももう止めだ。
要は心のままに思ったことを吐き出す。
「先輩の後釜が重いとか、負けたら泥を塗るかもしれないとか、そんなつまらないことで、自分を圧し潰してんじゃないよ!!」
直後、要の体から青白い光が発される。
光はやがて電気へと形を変え要の全身を纏い始める。
「ガアアアアア!!」
だがソルダークの方も重力をさらに強めて来た。
それでも要は怯まず地についた片膝を少しずつ上げ始める。
「負けるのが嫌?そんなん当たり前やん!
誰だって負けたくなんかないよ!
でもな、負けることを嫌がってばかりじゃ、勝ちにいくことだって出来ないんだよ!!」
そして要は高重力を力任せに振り切り、ソルダークの拳を持ち上げた。
「あんたの悩みは、勝たなきゃ晴れないんだ!
だったら勝ちに行けばええだけやろ!
こんなプレッシャーなんかに負けんな!
この程度の重さ、勝ちたいって思いで跳ね除けろお!!」
要はソルダークの両手を跳ね飛ばす。
そしてバランスを崩したソルダークに全身全霊を込めたパンチを繰り出した。
「ガァァァァアアアアア!!」
その一撃を受けたソルダークが大きくよろめき後退する。その時、
「グッ、ガァァァ・・・。」
「え?」
「ガアアアアアアア!!」
ソルダークの動きが止まり、天を仰いで叫び出した。
それと同時に要を圧していたはずの高重力が突然解除されたのだ。
「なに?」
ソルダークの異変に気付いたサブナックがこちらの方を振り向く。
「もしかして・・・健太郎のやつ。」
自分の絶望に抗っているのだろうか。
そして力を失ったソルダークは反撃する様子を見せない。
力なく一歩ずつ後ずさるその姿は、まるで自分を浄化してほしいと懇願しているようだった。
「・・・待ってな健太郎。今助ける。光よ、走れ!スパークバトン!」
スパークバトンを振り回し、手に雷を集中させる。
「くっ。」
サブナックが駆け付けようとするが、キュアシャインとキュアプリズムが前に立ちはだかる。
「いかせない!」
「キュアスパークの邪魔はさせないから!」
「プリキュア!スパークリング・ブラスター!」
2人の足止めが功を成し、要は無抵抗のソルダークに浄化技を当てる。
「ガアアアアアア!!」
そして巨大な雷の中、ソルダークは断末魔と共に消滅するのだった。
「くっ、チーム名以外にも原因があると言うのか。」
何の事だかさっぱりわからない捨て台詞を残しサブナックは姿を消すのだった。
…
ソルダークの浄化に成功すると、健太郎を纏っていた瘴気は消えていった。
同時に空を覆う闇も晴れていく。
「ちょっと待って、ここにいるとグラウンドにいる人たちに姿を見られるんじゃ?」
「「あっ・・・。」」
キュアプリズムの警告と共に、3人は急いで物陰に隠れた。
すると闇の牢獄が消え去り、消えていった人々が徐々に姿を現し始める。
危うくプリキュアの姿が大勢の生徒の前で見られるところだった。
「危なかった・・・。」
安堵する要は、視線を野球部の方へ向ける。
すると横たわっていた健太郎が体を起こし始めた。
「上田!」
部活仲間が慌てて健太郎の元へ駆けつける。
「あれ・・・みんな?」
「大丈夫か!具合でも悪いのか!?」
「・・・いや、大丈夫だ。悪いな心配かけて。」
「・・・。」
そこで会話が途切れてしまった。
みんな健太郎が抱えている悩みを知っているが、自分と同じようにかける言葉が見つからないのだろう。
「・・・ちょっと行ってくる。」
「要?」
絶望の化身であるソルダークを浄化しても、本人の抱えている悩みが消えるわけではない。
要は変身を解いて、健太郎の元へ駆け寄るのだった。
「健太郎。」
「森久保・・・?」
突然声をかけられた健太郎は、怪訝そうな表情でこちらを見る。
要は一呼吸おく。この言葉で健太郎の悩みが解決するとは思えない。
それでも彼に伝えたい言葉があるのだ。
ソルダークを生み出してしまった彼を救う為とか、プリキュアとして闇の牢獄に囚われた人を助けたいとかではない。
ただ、上田 健太郎の友人の1人、森久保 要として友達を助けたいだけ。
要を突き動かしているのは、その感情だけだった。
「・・・前に聞いたよね?負けるのが嫌だって思ったことないかって。」
「え?」
「そりゃ、あるよ。
今だってしょっちゅうあるし、健太郎が、負けたら先輩の実績を傷つけてしまうんじゃないかって、不安に思う気持ちもわかるよ。
でもさ、もう少し自分の事信じてみたら?」
「俺のことを?」
「健太郎は、どんな気持ちで去年の一年間頑張って来たの?
絶対にレギュラーになってやるって、俺ならなれるんだって思ってたんじゃないの?」
「それは・・・。」
「そうだよ上田。」
すると、部活仲間が声をかけてきた。
「お前、これまですげえ頑張ってきたじゃん。
一緒に見てた俺たちが保証するよ。」
「お前のそんな頑張りと実力が認められたから、キャプテンやコーチだってお前をレギュラーに選んだんだよ。
お前は、去年の先輩たちにも負けてないってことだよ。」
「みんな・・・。」
仲間たちの声援を受けて、健太郎の表情が少しずつ晴れて来た。
そんな健太郎に要は声援の言葉を重ねる。
「皆の言う通りだよ、健太郎。
健太郎は実力を認められたから、先輩たちの後を継いだの。
だから、負けたらどうしようじゃなくて、俺なら勝てるって自信、持ってもええと思うよ?」
「俺なら・・・勝てる・・・。」
「俺たちなら、だろ?」
「そうさ、皆で力を合わせて、次の練習試合勝ちに行こうぜ!」
「みんな・・・ああ、そうだな!」
要の、仲間の言葉を受けた健太郎はいつもの明るい調子を取り戻した。
「よし、次の練習試合、俺たちは先輩にだって負けてないってことを、勝って証明してやろうぜ!」
「おおーっ!!!」
「なんで森久保まで一緒にノッてるんだよ?」
健太郎が苦笑しながらツッコミを入れる。
その様子は、既に悩みを吹っ切っているように見えた。
「いやあ、ウチ空気読めるから?」
「なんだよそれ。・・・森久保。」
「ん?」
「・・・ありがとう。」
「・・・へへっ、どういたしまして。」
要は、いつもの明るさを取り戻した健太郎を見て、安堵の笑みを浮かべるのだった。
…
2日後、部活動が終わり、スターティングメンバーの発表が行われていた。
顧問の吉川先生により、3人までのメンバーが発表される。
「3番、スモールフォワード。竹田 理沙!」
4人目のメンバーに理沙が抜擢される。
残るは1人のみ、要は手に汗を握った。この日のために去年の一年間努力してきたのだ。
グラウンドでは、雛子と蛍が静かにこちらを見守っている。
「最後、1番、ポイントガード。森久保 要!」
「え・・・?」
「要!やったじゃん!!」
横から未来が飛びついてくる。
その様子を見た雛子と蛍も結果を悟り、雛子は微笑み、蛍は大きく手を振り出した。
「ウチが・・・スターティングメンバー・・・?」
「も~何ボケっとしてんのよ。」
「要、おめでとう。」
未来と同級生たちが称賛の言葉を送ってくれる。
「っ!ありがとうございます!!」
そして要は、吉川先生たちに深々と頭を下げてお礼を言い、未来たちとはしゃいで喜ぶのだった。
…
「かなめちゃん、おめでとう!」
「ありがとう蛍!」
雛子と蛍と並びながらの帰り道。
蛍はまるで自分のことのように喜んでくれた。
「はしゃいじゃって、スタメンって言っても練習試合でしょ?
その喜びは、公式試合まで取っておきなさいよ。」
実に雛子らしい言葉だが、その声は穏やかで表情は微笑んでいる。
「なに言ってるの?練習は本番のようにってね。
公式試合に備えた喜びの練習ってやつよ。」
「もう、何よその練習。・・・要。」
すると雛子は少し間を置いてから、改めて声をかけてきた。
だがいつもなら、真っ直ぐこちらを見るはずなのに、珍しく視線を泳がせている。
「なに?雛子?」
「・・・おめでとう。」
失礼だと思いながらも、要は一瞬自分の耳を疑った。
普段どんな言葉でも捻くれた言い回しに変えてくる雛子が、自分に対して素直におめでとう、と言ってきたのだ。
だけどそれだけに彼女の言葉は嬉しかった。
要は程なくして満面の笑顔を見せる。
「ありがとう、雛子。」
だがそんな要の返答に、雛子は意外そうな表情でこちらを見る。
「めっ珍しく、素直じゃない。」
「それ雛子が言うこと?」
そのまま雛子に返してやりたい言葉を聞き、要は小さく吹き出す。
そして雛子はこれまた珍しく顔を赤らめながら視線を外したのだ。
その様子を蛍はニコニコしながら見守っている。
「おっ、またまた奇遇やね。」
すると学校帰りの瞬とまた偶然鉢合わせた。
誰よりも先に今日のことを伝えたかった要は、駆け足で瞬の前に躍り出る。
「お兄!聞いて!今日・・・。」
「そのはしゃぎよう、スタメンに抜擢されたな?」
だが直前で盛大に言葉の頭を折られてしまった。
「も~!自分の口で言わせてな!!」
「はははっ、すまんすまん。おめでとう、要。」
そして次は素直に褒められてしまい、要は怒っていいのか照れていいのかわからなくなった。
それでも兄からの言葉は嬉しく、要は静かに笑みを浮かべるのだった。
…
この1週間はさすがに色んなことがありすぎた。
スターティングメンバー選抜への不安、健太郎の悩み、身近な人がソルダークにされ、戦わなければならなくなったこと。
心身ともに疲れ果てた要は、帰宅するや否や真っ先に自室へと向かって行った。
「おかえり、要。」
扉を開けるとベリィが出迎えてくれた。
出会った当初は、彼の『おかえり』という言葉がとてもこそばゆかったが、今は慣れて来たし、彼の『おかえり』は要の心労を回復してくれる良い薬となっていた。
「ただいま。」
「部活の方がどうだった?」
「おかげさまで、スタメンに選ばれたよ。」
すると要から報告を受けたベリィは机から立ち上がり、人の姿であるベルへと変身したのだ。
「え?ちょっとベリィ、じゃなかったベル。こんなとこで変身して、もし見られたら。」
「大丈夫、少しだけだから。」
そう言いながらベリィは要の方に近寄り、要の頭に手を置いた。
「おめでとう要。」
「ベリィ・・・?」
ベルは優しく要の頭を撫で始める。
「もう・・・何なん突然?」
「別に、何でもないさ。」
何でもない、と言われながらも要にはベリィの心が伝わって来た。
この1週間、自分の周りで様々なことが起き、これまでにない負担がかかっていたことを見透かされたのだろう。
ベリィは自分のことをよく見てくれるし、よく理解してくれている。 だから要はベリィに対してパートナーとして絶対の信頼を置いている。
同時に要は、ベリィから妙にこそばゆい安心感を得ていた。
必ず守るから、お前も約束守れよ?
(・・・お兄と同じ・・・。)
かつての自分を変えてくれた、記憶の中にある兄の温もり。 別にベルと兄を重ねているわけではなく、そもそもただ単に年上の男性という共通点でしかないのかもしれないが、それでも要は静かにベルの胸に頭を置いた。
「要?・・・。」
そしてベルも要の心境を悟ってか、微笑みながら彼女に胸を貸すのだった。
…
次回予告
「まちにまったパジャマパーティだ!」
「蛍、気合満々やね。」
「そっそだね・・・。」
「たのしみだなあ。みんなとおしゃべりしたり、トランプしたり、あとあと!みんなでごはん
たべたり!」
「ゲームも出来るし、そして夜更かしもし放題!」
「ええと・・・。」
「雛子、何かあったん?」
「ひなこちゃん?どうしたの?」
「ほっ蛍ちゃん実はね!私ずっと言いたかったことがあるの!」
「え?」
「蛍ちゃんって・・・どうしてそんなに可愛いの!?」
「・・・へ?」
次回!ホープライトプリキュア 第8話!
「雛子の秘密!?パジャマパーティーで大騒ぎ!」
希望を胸に、がんばれ、わたし