ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第7話・Aパート

 兄弟の絆!要と瞬、約束の思い出

 

 

 

 日課である朝の家事を終えた蛍は、両親を見送る為に玄関前に立っていた。

 

「いってらっしゃ・・・。」

 

「蛍。」

 

「わわっ、なに?おかーさん。」

 

 母の陽子に呼ばれ、慌てて見送りの挨拶を止める蛍。

 

「お母さん。今日は早く帰って来られそうだから、夕飯の支度はお母さんがするね。」

 

「え?」

 

「せっかく蛍にお友達が出来たんですもの。

 お母さんが早く帰って来れる日くらい、少し遅くまで、お友達と一緒にいてもいいのよ?」

 

 蛍にとって初めてできた友達だから、母は少しでも長く友達と過ごせるように気を遣ってくれた。

 だが、仕事を早くに終えた母と2人で家事をすることはあれど、全てを母1人任せてことはない。

 仕事から帰り疲れているであろう母に家事の負担を押し付けることは、蛍が家事を担うことになった理由に反するからだ。

 その一方で、要たちと一緒に過ごせる時間が増えることは、蛍にとっても嬉しいこと。

 友達と過ごす時間を取るか母を助けるかの板挟みになり、蛍は戸惑う。

 

「でも・・・。」

 

「蛍、蛍だって、出来るだけ長く友達と一緒にいたいんじゃないのかい?」

 

 戸惑う様子の蛍を見て、父の健治も母の言葉を後押しする。

 

「おとーさん・・・それは、そうだけど。」

 

「それなら、そうしなさい。せっかくお母さんがこう言ってくれてるんだから。」

 

「・・・。」

 

 父からの言葉があっても尚、蛍は決めることが出来ずに黙り込んでしまった。

 そんな蛍に母は優しく声をかける。

 

「お母さんもお父さんも、蛍が毎日一生懸命、家事を頑張ってくれてるの、凄く感謝してるのよ。

 でも、もっと蛍の時間を、蛍の好きな様に使っていいのよ。

 蛍が、お友達と一緒にいたいと思うのなら、そのために蛍の時間を使いなさい。

 その方が、お母さんは嬉しいから。」

 

「おかーさん・・・。」

 

 母の言葉に蛍は目頭が熱くなった。母はこんなにも、自分のことを思ってくれている。

 ここまで来ると、母の厚意を無下にするわけにはいかないだろう。

 思いに応えるべく、蛍は言葉に甘えることにする。

 

「・・・うん。ありがとう!おかーさん!おとーさん!」

 

「ふふっ、じゃあ今日は、お母さんが腕によりをかけて、美味しい夕ご飯を作ってあげるから。」

 

「わあっ!たのしみ!」

 

「それじゃ、行ってきます。蛍も学校頑張ってね。」

 

「うん!いってらっしゃい!おとーさん!おかーさん!」

 

 胸いっぱいに広がる愛を受け、蛍は両親を見送るのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「それじゃあ、今日は帰りが遅くなるのね。」

 

 にこやかな笑顔を浮かべた蛍から、チェリーは今日の予定を聞いた。

 

「うん。だからおそくなっても、しんぱいしないでね。」

 

「わかったわ。いってらっしゃい、蛍。」

 

「うん!いってきまーす!」

 

 蛍と一緒に外へとでたチェリーは、彼女を見送った後に静かに微笑む。

 

「ふふっ、はしゃいじゃって。」

 

 要と雛子と友達になってからの蛍は、毎日素敵な笑顔を浮かべて登校するようになった。

 幼い頃からの夢を叶えて以来、蛍は充実した日々を送っている。

 たまに心のブレーキが効かずメーターを振り切ってしまい、友達2人を振り回すこともあるが、そんな欠点も全て含めて、チェリーは蛍の変化を好ましく思えた。

 それは蛍の両親も同じなのだろう。

 だから彼らは、蛍の時間を好きに使ってほしいと願ったのだ。

 

「本当に、素敵な家族だわ。蛍、学校楽しんでらっしゃい。」

 

 チェリーも蛍の両親と同じように、蛍が要と雛子と一緒に有意義な時間を過ごせることを願いながら、キュアブレイズを探しに行くのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 夢ノ宮中学校2年1組の教室。

 今日の授業を終え、放課後を迎えた要は部活へ向かう為の準備をしていた。

 

「よっし!準備終わり!」

 

「かなめちゃん、いつにもまして、気合がはいってるね。」

 

「来月の頭に他校との練習試合があるからね。

 今日とと来週の部活で、そのスターティングメンバーの選定が決まるの。

 今年こそは絶対にスタメンの座を取ったるからな!」

 

 去年は公式試合でも練習試合でも、要はスターティングメンバーに選ばれなかったのだ。

 その悔しさをバネにこの一年間、練習に励んでいた。

 来週までの部活動はその集大成である。

 要は十分な気合の中に僅かな緊張を忍ばせる。

 

「気合の入れ過ぎで空回りしないようにね。」

 

 捻くれた物言いながらも、雛子から珍しく応援の言葉が出る。

 その言葉は要の緊張を少し和らげてくれた

 

「大丈夫、大丈夫。うっし行ってくるわ。」

 

「いってらっしゃい。」

 

「それじゃ、私も図書館へ行くわね。」

 

 雛子はいつも通り図書館で時間を潰し、こちらの上がりを待つか先に帰って読書に励むつもりだろう。

 

「あの、ひなこちゃん、ひなこちゃんはいつも図書館で、かなめちゃんのぶかつがおわるのをまってるんだっけ?」

 

 だがそんないつも通りの放課後となるかと思いきや、蛍がそんなことを雛子に聞いてきたのだ。

 

「え?まあ、いつもってわけじゃないけど、大体はそうよ。」

 

 質問する相手が蛍のせいか、雛子にしては妙に素直な返答である。

 

「きょうは、わたしもいっしょに、ついてっていいかな?」

 

「別にいいけど、家事の方は大丈夫なの?」

 

 蛍と雛子の会話を耳に挟んだ要は、まさしく雛子と同じ疑問を抱き足を止める。

 母親思いの蛍に限って家事をサボりたいだなんて言うことはないだろうが、それだけに彼女が家事を放っておく理由が気になったのだ。

 

「えっとね、おかーさんがね、きょうは早くかえってきて、ごはんをつくってくれるから、

 ほたるはトモダチといっしょに、いていいよって、いってくれたの・・・。

 だから・・・今日はかなめちゃんとひなこちゃんと、いっしょにいたいな・・・。」

 

 恥ずかしそうに俯きながら、上目遣いで答える蛍。雛子も要もそんな蛍の仕草に頬を綻ばせる。

 

「よし、じゃあ今日は2人で、要の部活を見学しながら待ちましょうか?」

 

「はい?」

 

 だが、続く雛子の提案に要は思わず間の抜けた声をあげてしまった。

 断るつもりは無いのだが、今の気合と緊張が妙に入り混じった状態を、雛子はともかく蛍に見られるのは正直こそばゆい。

 

「うん!かなめちゃん!わたし、おうえんしてるからね!」

 

 だが蛍もその提案に乗ってしまう。

 それもとびきりの笑顔で応援してるからね。と言われてはこちらも観念するしかなかった。

 

(蛍の手前、カッコ悪いとこ見せるわけにもいかんし、こりゃいつも以上に気張らなあかんな。)

 

 先ほどとは別の理由で、要は改めて気合を入れるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 要は部室で着替えを終えた後、体育館へ向かった。

 既に女子バスケ部の上級生たちが集まり、各々ストレッチをしている。

 

「要、遅いぞ~。」

 

「いやいや、先輩たちが早すぎるだけですって。」

 

 そう軽口を交わすのは3年の水瀬 薫。

 要が所属する夢ノ宮中学校女子バスケ部のキャプテンだ。

 170cmを超える高身長に茶髪のショートカットという容姿の薫は、一見すると男子と見紛うほどのボーイッシュな雰囲気の持ち主だ。

 そんな薫は部活中は鬼キャプテンと呼ばれ恐れられているが、それ以外では気さくで面倒見の良い先輩であり、後輩たちからも慕われている。

 かくいう要にとっても、尊敬する先輩の一人だ。

 

「そうゆう要も、2年生の中では一番早かったわね。」

 

 そう声をかけてくるのは、薫と同じ学年の加々山 菜々子。

 女子バスケ部の副キャプテンだ。

 身長は150cm後半。

 黒髪を後ろで束ねた温厚な雰囲気の持ち主で一見すると運動部所属とは思えないだろう。

 その雰囲気に違わず、薫と対照的に優しく温和な性格で、ムチのキャプテンに対してアメの副キャプテンなんて称されているほどだ。

 そんな菜々子も、薫と並び要が尊敬している先輩の一人である。

 

「そりゃあ、練習試合のスタメンがかかった大事な練習ですからね!」

 

「うんうん、要、去年一年間すっごく頑張ったもんね。」

 

「あんたの頑張りはアタシも保証するが、色眼鏡をかけるつもりはないからな。気を抜くなよ?」

 

「え~そう言わずに。今度ケーキ奢りますから。」

 

「アホなこと言ってないで、早めに来たんなら早めに準備運動しな。」

 

「イエッサー!」

 

「マムだろ!」

 

 鬼キャプテンなんて言われている薫だが、練習外ではこんな漫才に乗ってくれる。

 そんなオンオフの切り替えの上手さは、要にとっては見習いたいところである。

 そして要が1人で準備運動をしている内に、2年生と1年生も徐々に集まってきた。

 その中には理沙の姿もあった。要は理沙の姿を確認すると静かに闘志を燃やし始める。

 

「・・・。」

 

 理沙もこちらに気づき一瞥したが、程なくしてそっぽを向いた。

 そんなクールな応対もいつも通りなので、要は気にせず準備運動を続ける。

 

「いたいた。要~、あんた来るの早すぎじゃない?」

 

 そんな要に、真鍋 未来(みく)が声をかけてきた。

 要と同じ学年で2年3組の少女だ。

 クラスこそ違うもののバスケ部員の中では要と一番気が合うので、休日も良く遊ぶ仲である。

 ちなみに雛子とも面識があるが、良く冗談を言い人をからかう性格同士なのに、雛子は未来に辛辣に当たったことはない。差別である。

 

「未来が来るのが遅いだけやろ。」

 

「あんまし気合入れ過ぎると、空回りして逆効果だよ?私みたいにリラックスしなきゃ~。」

 

 マイペースを自称する未来は、部活中でも特に熱を帯びた面を見せないが、一方でやる気がないわけでもないので、薫も特に注意はしてこない。

 そんな絶妙な力加減で、相手が怒らないギリギリの調節を利かせられる未来に対して、

 

「マイペースどころかめっちゃ計算高くない?」

 

 と質問したことあるが、

 

「ご想像にお任せしま~す。」

 

 と誤魔化された。最も否定しない当たり自覚があるのだろう。

 

「ところで要~。今日は奥さん、子供を連れて見学に来てるわよ~。」

 

「は?」

 

 言いながら未来はグラウンドの方へ指をさす。要は確認するまでもなくその意味を悟った。

 雛子との仲を夫婦とからかわれるのはとっくに慣れているが、蛍が子供まで来ればさすがに無視できない言葉だ。

 だが普段ならツッコミか敢えてのボケ殺しで返すところだったが、スターティングメンバーの選抜を控えた今はそんな気分にはなれず、代わりに大きなため息を吐く。

 

「ツッコミどころ多すぎるから、スルーさせてもらうよ。」

 

「珍しくノリがわるいじゃない。余すことなくツッコミ入れてよ~。」

 

「却下。今は余計なことに体力使ってる暇はないの。」

 

「ちぇっ。ところでさ、あの子だれ?もしかして妹さん?」

 

 要の心境を察した未来が話題を変え、蛍のことを聞いてきた。

 

「なわけあるかい。

 ウチらと同じ制服で同じリボンの色しとるやろ?ウチのクラスメートで、友達の一之瀬 蛍。」

 

「え?クラスメート?」

 

 マイペースを自称する未来が珍しく絶句する。

 だが要からすればはっきり言って想定通り過ぎる反応なので、特に気にしない。

 するとこちらに気づいた蛍が、笑顔で両手を高く振り出した。

 声は聞こえないが、口の動きで、がんばって~と言っているのがわかる。

 そんな蛍の幼い言動に、改めて未来は凝固するが、要はそんな未来を無視して蛍に軽く手を振った。

 

「全員集合!点呼取るぞ~!」

 

 そして薫から招集を受けるのだった。

 

 

 今週から来週にかけての活動内容は、来月の練習試合に向けての最後の仕上げとして2チームに分かれての模擬試合の時間が多く取られることになっている。

 要たちはストレッチ、ランニング、パスにドリブルといった基礎練習を軽く終えた後、薫の指示で2チームに分かれることになった。

 すると女子バスケ部の顧問にして2年3組の担任、吉川 夕美が姿を見せた。

 身長は160cm後半、外見からして恐らく30代前後と言ったところ。

 やや放任主義なところがあり、部活の内容は基本的に薫と菜々子に委ねているが、今回のチーム

 分けは、薫と菜々子、先生が相談して決めたよようであり、重要な部活動の内容にはちゃんと参加しているようだ。

 ちなみにスターティングメンバーの選定も、この3人で決められるらしい。

 

「今日と来週の内容で、スターティングメンバーが決まるから、皆気合入れていきなさいよ!」

 

 吉川の言葉に要は緊張を滲ませる。

 

「・・・気張らなあかんな・・・。」

 

「おっ、今日は要と同じチームか~。いや~よかったよかった。要に任せりゃ一安心だね。」

 

 するとそんなムードとはあまりに場違いの、ひと際明るい声で未来が話しかけて来た。

 

「相手には理沙がいる。マジでやらんと勝てないよ。」

 

「マジでやっても私じゃ勝てない。要に任せた!」

 

「あのね~。」

 

 呆れるそぶりを見せるも、要は本心から呆れているわけではない。

 未来なりに緊張をほぐそうとしてくれたものだと知っているからだ。

 こんな空気の読めるところも、彼女の自称するマイペースとは、良い意味で程遠いものである。

 

「大丈夫。それ以外のことはちゃんとやるから。」

 

 そして基礎練習では程々に力を抜く未来でも、試合中に力を抜いたことは無い。

 要もそんな未来のことを信頼している。

 彼女との会話で程良くリラックスできた要は試合への集中力を研ぎ澄ます。

 

「では、試合開始!」

 

 菜々子が吹くホイッスルを合図に、試合が開始される。

 最初のボールが要へと渡る。要は持ち前の速さで一気に敵のコートまでボールを運ぼうとするが、目の前に理沙が立ちはだかった。

 だが、ここで彼女への対抗心から周りが見えなくなるような要ではない。

 バスケットは5人のチームで戦うスポーツだ。

 誰が誰を相手にどれだけの得点を奪えたかを競うものではない。

 チームの総得点が、相手チームを上回らなければ負けなのだ。

 理沙に勝ちたい。そんな独りよがりの自己満足でチームメイト全員を負かせることは許されない。

 要は理沙からボールを守りつつ、視界の端に捉えたフリーの味方にパスを送った。

 そして理沙がボールに気を取られている隙をつき、敵のコートへと切り込む。

 スピードを武器に、ゴール下まで一気に潜り抜けた要は、そのまま味方からパスを受けシュートを決めた。

 

「よっし!先制得点!!」

 

 未来とハイタッチしながら、要は自軍のコートへと戻る。

 理沙の方を一瞥するが、特に悔しがる様子を見せず、クールに自分のポジションへと戻っていった。

 いつも通りだ。理沙はまだ本領ではない。

 試合の後半から調子を上げていくタイプだ。

 だが周りから良くスロースターターと称されている理沙だが、小学生の頃から彼女のバスケを知る要から言わせれば、そんなことはない。

 理沙はただ本気が出せないだけだ。

 上級生も含め、理沙を除く部員と理沙との実力差は遥かに大きい。

 故に彼女からすれば、この練習は園児たちのごっこ遊びに一緒に混じっているようなものなのだ。

 そんな状況下で本気なんて出せるはずものない。

 だから理沙に、これ以上追い詰められたら負けだ。

 と思わせない限りは、彼女も本気を出そうとはしないのだ。

 

(さっさと本気出させてやるからな理沙。

 そして今日こそあんたに勝ってやる!)

 

 理沙が試合の後半から全力を出し始めてしまうと、対抗できない内に負けてしまう。

 早い内から彼女の全力を引き出し、こちらもそれに対応していかなければならない。

 それに細かな理屈抜きにしても、本気でない理沙を相手に勝てたところで要には何の意味もないのだ。

 チームへパスを回し流れを組み立てながら、要は理沙への対抗心を募らせていくのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 体育館内が見えるグラウンドの隅から、雛子は穏やかな表情で要を見守っていた。

 2チームに分かれての模擬試合は、要が部活動の中でも特に好きな練習メニューである。

 要曰く、チームメイトと戦える機会はこの時しかないから、とのこと。

 色んなプレイヤーと戦ってみたいと願う彼女らしい理由である。

 そんな活き活きとした様子の要を見ながら、雛子はふと昔のことを思い出した。

 小学5年生の時だったか。要のクラブ活動の見学に行くと、ちょうど今日みたに2チームに分かれての模擬試合が行われていた。

 要はチームメイトのことを何も考えず、ひたすら理沙を相手に1対1を挑んでは負け、得点を取られるを繰り返し、見かねたコーチが、

 

 

 自分勝手なプレーでチームに迷惑をかけるようなやつに、バスケをやる資格はない。

 

 

 と、意地を張って協調性を欠いた要を注意したのだ。

 するとヘソを曲げた要は、何と次の日から1週間ほどクラブ活動をズル休みしてしまったのだ。

 あの時と比べたら、理沙を前にしてもチームを優先して動くようになっており、大きく成長したものだと雛子は思った。

 そのことを本人に言えば、何年前の話だよ。と口を尖らせるだろうが。

 

「わあ、すごい!」

 

 すると隣で見学している蛍が、要のロングシュートを見て感嘆の声をあげる。

 その表情は要がシュートを決めたら笑顔を見せ、相手チームが得点を取れば不安に変わり、要が持ち味のスピードで相手のコートをかき乱せば驚きを浮かべた。

 試合の内容1つ1つに反応して、コロコロと表情を移り変えていく。可愛い。

 そして両手を大きく振るいながらその場で飛び跳ねた。

 グラウンドでは他の運動部が部活動に励んでいるため大声を出して応援しては周りの迷惑になる。

 だから声を出す代わりに、リアクションで要への応援を表現しているのだろう。可愛い。

 

「やっぱり、かなめちゃんはすごいね。」

 

 スポーツバカな要はどんな運動でもそつなくこなせるが、仲でも幼い頃から続けているバスケは、他のどのスポーツよりも遥かに動きが洗練されている。

 同学年の中では理沙を除けば一番で、上級生にも引けを取らないだろう。

 

「バスケはあのスポーツバカの中でも、一番得意なスポーツだからね。」

 

「んっと、それもあるんだけど、かなめちゃんのチーム、なんだか、かなめちゃんを中心にまとまってるようにおもえて。」

 

「え?」

 

 だが予想もしない蛍の言葉に雛子は驚いた。

 

「・・・蛍ちゃん、バスケットのルールは知ってるの?」

 

「えと、5にんチームで、ボールをリングにいれたら2点はいって、あとは、サッカーとちがってボールを足で蹴っちゃいけない、くらいしかしらないよ。」

 

 蛍は運動が大の苦手だと言っていたし、スポーツ観戦が好きと言う話も聞いたことがない。

 案の定、バスケットのルールについても最低限の知識しかないようだ。

 

「じゃあ、どうして要を中心にまとまってるって思ったの?」

 

 結論から言えば、蛍の感想は的中している。

 要のポジションはポイントガードであり、ボールを運びパスを回して味方を動かし、ゲームを組み立てていくのが仕事だ。

 その役割からコート上の監督と呼ばれるており、チームの中核を成す非常に重要なポジションである。

 だが積極的にシュートを決めて得点を量産していくポジションと比較すると、ポイントガードはドリブルでボールを運び、味方にパスを回していく時間が大半なので、プレイスタイルとしては地味な印象を受けてしまうものだ。

 そしてバスケットに限らず、スポーツは得点を入れた瞬間が最も盛り上がるところであり、素人目線だと、試合を一番盛り上げた人物こそが中心的存在。

 つまり得点を稼ぐシューターがチームの中核を成すポジションと移ってしまうのだ。

 要は自らも積極的にシュートを決めに行くタイプなので、この練習試合も先取点を決めたのは要だが、それでも試合全体で見ればドリブルとパス回しの時間の方が多い。

 シュートを決めた回数だけなら、チームメイトの未来の方が多いだろう。

 それなのに蛍は、未来ではなく要がチームの中心であることに気付いたのだ。

 雛子はその理由に興味が沸いた。

 

「ええと・・・なんていえばいいのかな?かなめちゃんのチーム、みんなわらってて、

 とてもたのしそうにバスケしてて、そんな雰囲気を、かなめちゃんがつくってるように、

 みえたから・・・かな。」

 

「雰囲気を・・・作る?」

 

 その言葉に雛子は以前、要の部活仲間である未来から聞いた話を思い出した。

 要と同じチームだと、自分の力を存分に発揮できるからとても気持ち良くプレイ出来るのだと。

 確かに要はチームメイト全員の持ち味と弱点を全て把握しており、味方の長所を活かし短所をカバーするゲームを組み立てるのが非常に上手い。

 理屈の上では、要の組み立てる試合の中では個々のプレイヤーが強みを最大限に発揮出来るので、それがチームメイトのモチベーションと士気の向上に繋がるのだと説明が付けられる。

 だが、蛍から語られたのはそんな理屈ではない。

 場のムードやチームメイトの表情から、要が中心人物だと感じ取ったのだ。

 

「・・・そっか。」

 

 蛍の豊かな感性に雛子は感心する。

 

「えと・・・ごめんね。うまくせつめいできなくて。」

 

 だが本人はそれを、困惑と感じてしまったようだ。

 なんでこんなところでは鈍いかな、と思いながらも、そんなところさえ可愛く思える。

 

「ううん、ちゃんと伝わったよ。」

 

「え・・・?」

 

 不思議そうにこちらを見上げる蛍。可愛い。

 そんな蛍から視線を外した雛子は、再び要の試合を見始めた。

 要を中心に団結し勢いがついていき、一気に得点を重ねていく。

 だがその時、

 

「あっ・・・。」

 

 隣にいる蛍が感じ取ったように、雛子にも場の空気が変わるのが見て取れた。

 追い込まれた理沙が、ついに本気を出して来たのだ。

 これまで見学してきた練習試合も、劣勢な状況から理沙1人で試合をひっくり返してきたことは数多い。

 それほど理沙の実力は群を抜いている。

 本気を出した理沙は、相対する要を容易く抜き去りシュートを量産し始めた。

 そして理沙1人に徹底的に叩きのめされた要のチームは、逆転負けを許してしまうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 部活動を終えた要を、雛子と一緒に迎えた蛍は3人で並びながら帰路についた。

 いつもなら夕ご飯の支度をしている時間に、学校から帰るというのは妙に不思議な気分である。

 そんな時間に3人一緒に帰れることを、蛍は内心楽しみにしていたのだが、

 

「はあ~・・・。」

 

 隣を歩く要が大きなため息をついた。

 心なしか表情も暗い。

 だが部活に行く前の、要の気合に満ちた様子を思えば、あそこまで徹底的に負かされては落ち込むのも無理はない。

 その相手がライバル心を抱いている理沙であれば尚のことだ。

 

「かっかなめちゃん、げんきだして。」

 

 そんな要を何とかして励ましたいと思う蛍は、慌てた口調で彼女に話しかける。

 

「蛍の前では、負けるなんてカッコ悪いとこ見せたくなかったのにな・・・。」

 

「え・・・?」

 

 だが続けて放たれた一言に衝撃を受けた。

 思えば要は今日の部活動は大切な日だと言っていた。

 と言うことは、活動内容に練習試合があることは前もって知っていたのかもしれない。

 そんな大切な日に見学に行きたいだなんて、ひょっとして我儘だったのだろうか?

 本当は見学に行ってはいけなかったのだろうか?

 蛍はいつもの癖でマイナス思考を働かせてしまう。

 

「えと・・・、ごめんね。れんしゅうみたいだなんて、ワガママいっちゃって・・・。」

 

「え?イヤイヤイヤ!全然我儘なんかじゃないよ!」

 

 だが蛍からの謝罪を聞いた要は大きく慌てて否定する。

 

「そうよ、蛍ちゃん。

 それを気にしだしたら要の部活なんて見学に行けなくなるわ。」

 

 そして続けざま雛子からいつもの毒舌が飛んできた。

 

「雛子~。それどうゆう意味かな?」

 

 ガックリと肩を項垂れながらも、要はいつもの口調で雛子の毒舌に反応する。

 なし崩しな状況になった気がするが、思っていたよりも要が元気そうだったので、蛍は安堵した。

 

「あれ?要に雛子ちゃん、蛍ちゃん。奇遇やな。こんなとこで。」

 

 すると要の兄、瞬が偶然近くを通りかかった。

 制服姿で鞄を手に持ち、肩にネットに入れられたバスケットボールを担いでいる。

 恐らく学校帰りなのだろう。

 

「お兄。いつもなら、もうちょい遅い時間に帰って来るやろ。」

 

「今日はたまたま早く部活が終わってな。

 それよりもどうした要?エラく辛気臭い顔しよって。」

 

 蛍から見れば、今の要はいつも通りの元気を取り戻しているように見えるが、流石は兄だ。

 要が先ほどまで落ち込んでいたことを見抜いているようだ。

 

「ええと・・・。」

 

 兄である瞬に指摘されたせいか珍しく口ごもる要だったが、

 

「ははん、さてはまた理沙ちゃんにコテンパンにやられてきたな。」

 

 瞬の口からあまりにも直球過ぎる言葉が飛び、蛍は目が点になった。

 要の胸に『グサッ』という文字が刺さる錯覚が見える。

 

「な~んで、ウチが落ちこんどるの知っとるくせに、そうゆうこと平気で言えるかなあ?このバカ兄は。」

 

 今度は要から『ゴゴゴ』という擬音語が沸きあがる錯覚が見えた。

 そんな謎の迫力ある様相で瞬をバカ呼ばわりし、森久保兄妹による睨めっこが開始される。

 

「へ~そりゃすまんな。バカ妹が負けに落ち込むほど繊細なメンタルしとるとは思わんかったわ。」

 

 瞬も負けじと悪口を返す。

 

「も~、今日と言う今日は勘弁ならんわ。

 ケリ付けようやないかバカ兄。」

 

「はっ、ケリつけるもなにも、今までオレに勝てたことないやろバカ妹。」

 

「そうやって余裕ぶっこいとるとええわ。吠え面かいても知らんで?」

 

「上等や。そっちこそ泣いても恨めっこなしやぞ?」

 

「ボールは?」

 

「ここに。」

 

「市民体育館は?」

 

「まだ営業中。」

 

 売り言葉に買い言葉と言うのがこれほどまでにも似合うやり取りを繰り広げた2人はしばし沈黙し、

 

「おっしゃバカ兄ついてこい!晩飯の時間まで1on1や!」

 

「望むところや!部活で疲れてましたを言い訳にすんなよ!!」

 

「その言葉そのまま返したるわ!雛子!蛍!また明日な~!」

 

「雛子ちゃん!蛍ちゃん!帰り道気いつけや~!」

 

 そして2人とも市民体育館を目掛けて、猛烈な勢いで走り去っていった。

 

「まっまたね~・・・。」

 

 スポーツ兄妹から溢れ出るバイタリティに終始圧倒された蛍は、目が点のまま2人を見送る。

 

「ほんと、仲のいい兄妹よね。」

 

「うっうん・・・さっきまでケンカしてたのがウソみたい・・・。」

 

 仲が良いか悪いかと聞かれたら良いのだろうがあれほど口喧嘩をしておきながら2人でバスケットに興じられることが蛍には不思議に思えた。

 

「あれくらい喧嘩の内に入らないわよ。あの2人なりのコミュニケーションなんだから。」

 

「そっ、そうなの?」

 

 驚く蛍だが、考えてもみれば雛子と要も普段からあれくらい喧嘩腰の言い合いをしているか。

 両親とすら喧嘩した記憶がほとんどない蛍には、喧嘩腰で言い争うのもコミュニケーションの手段、というのがイマイチ理解できないが、実際喧嘩しているように見えて、気が付けば要が元の元気な姿に戻っているのだから、コミュニケーションとして成功しているのだろう。

 

「まあ、蛍ちゃんに真似をしろ、とは言わないけどね。

 蛍ちゃんは蛍ちゃんなりに、要と接してくれればいいよ。」

 

 あの喧嘩のようなコミュニケーションは、要と瞬、雛子の関係だからこそ成り立つのだろう。

 だから2人の真似をしても意味がない。蛍には、蛍と要との間で成り立つコミュニケーションがきっとあると、雛子は言っているのだろう。

 

「ひなこちゃん。うん、わかった。」

 

「じゃあ、また明日、学校でね。」

 

「うん、バイバーイ。」

 

 とは言え、喧嘩を使ったコミュニケーションなんて自分には到底無理だろうな、と思う蛍であった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 夢ノ宮市市民体育館。

 一通りのスポーツを行える設備が贅沢に備えられているこの施設は何と、夢ノ宮市に住む中学生以下の子供までは、無料で利用することが出来るのだ。

 スポーツ用具のレンタルにはさすがに料金がかかってしまうが、そこも自前のものを持ち込んでしてしまえば問題ない。

 

「おっ、要ちゃん。こんな時間にお兄さんと一緒に来るなんて珍しいね。」

 

 窓口にいる係員が要に声をかけてきた。

 

「う~す、おっちゃん。晩飯の時間まで体育館使わせてもらうよ。」

 

「はっは、部活帰りだろうに、若い子は元気があっていいね。」

 

「おっちゃんだって、まだ髪フサフサやないかい。」

 

「どうせあと5年もすれば禿散らかしてくるさ。」

 

「おっさんならスキンヘッドでも似合うから問題ないよ。

 こらバカ兄遅いで。ちゃっちゃと始めんと晩飯出来てまうやろ」

 

 係員と軽口をかわしながら、要は体育館へと入っていった。

 本来ならば学生証の1つでも見せなくてはならないのだが、幼少のころから兄につられてこの施設を利用している要は、顔パスで済ませられるほど、係員とすっかり顔なじみなのである。

 

「そう急かすなて。」

 

 後ろから追いついてきた瞬が、少し呆れた口調で答える。

 確かに急かしているが、要は今すぐにでもバスケットがしたかったのだ。

 癪なことに雛子と瞬の毒舌コンボのおかげでいくらか紛らわせたが、それでも今日の悔しさはまだ完全に消せてはいない。

 いくら部活内の練習試合だったとはいえ、今日だけは絶対に負けたくなかったからだ。

 理由は3つある。

 1つ目の理由は、今回の部活ではやる気・コンディション共にベストであったから。

 その上での敗北だから、実力不足以外の言い訳が思いつかない。

 2つ目は、他校との練習試合におけるスタメン選定の評価に関わるものであったから。

 負け試合となってしまった以上、スタメン選定ではマイナス評価になるのは明らかだろう。

 そして3つ目は、蛍が見学に来ていたからだ。

 蛍の目の前で情けなく負けてしまっては、この先彼女の前で格好がつかない。

 要にとっても予想外だったが、蛍の前で格好がつかなくなることは、スタメン選定の評価を落とされたのと同じくらいのダメージだったのだ。こうゆう時は思い切り体を動かして、心にたまった嫌な気持ちを全て発散するに限る。

 そしてどうせ動かすならば、好きなスポーツで動かしたいものだ。

 瞬に挑発される形でここに来てしまったが、結果オーライである。

 

「あれ?」

 

 だがふと、要の視線に1人の少年が映った。身に覚えのある後ろ姿に、バットとグローブ、そして野球ボールを持ち込んでいる。

 

「・・・健太郎?」

 

 上田 健太郎。要たちのクラスメートで、野球部所属の根っからのスポーツ男子だ。

 スポーツ好き同士のため、男子の中では要と一番親しいのである。

 明るく自分に自信を持つ彼は、男子のムードメーカー的存在だが、そんな彼が、妙に沈んだ表情を見せているのだ。

 要はしばしばその様子を見続けていたが、

 

「おいどうした要?」

 

「え?ああ別に、なんでもないよ。」

 

 兄に声を掛けられ、我に返る。

 健太郎に何があったのか気になる要だったが、ひとまず兄との勝負に専念する為、体育室へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 モノクロの世界。3人の行動隊長が1つの空間に集っていた。

 

「ホープライトプリキュアか・・・。」

 

 サブナックが何かを考え込むように、腕を組んで壁にもたれ掛かる。

 

「キュアシャイン・・・。」

 

 リリスはいつものように、憎きキュアシャインの名を呟く。

 

「まさかサブナックに続いて君までもが、2度に渡って敗北するとはね。」

 

 そしてダンタリアもいつもの調子で、リリスにイヤミを飛ばしてきた。

 

「・・・言いたいことはそれだけかしら?」

 

 普段なら聞き流している言葉だが、今のリリスはとても不愉快だった。キュアシャインに徹底して相手にされなかった挙句、精彩を欠いたままソルダークを浄化されたのだ。

 実力行使こそ失敗したが、蛍という情報の収集源を得ることが出来たので、今回のリリスの戦果は、長期的に見ればプラスと言えるだろう。

 だがそんなことよりも、キュアシャインに無視されたと言う事実がリリスの心をかき乱していた。

 

「・・・ふうん。」

 

 そんなリリスの様子を、ダンタリアは興味深そうな目で観察する。

 そしてリリスがダンタリアから視線を外した時、サブナックが口を開いた。

 

「だが現実に、我らはやつらに敗北を重ねている。

 伝説の戦士の力を持つものとはいえ、ただの小娘を相手になぜ我らが勝つことが出来ないのか。

 我らの敗因は何であるのか。それを考える時が来たようだな。」

 

「へえ、君にしては珍しく、まともなことを言うじゃないか。

 頭の使い方なんて、すっかり忘れてしまったのかと思ったよ。」

 

 ダンタリアの興味の対象が、リリスの様子からサブナックの言葉へと移る。

 

「ふん、無駄口を考えることにしか頭を使わぬ貴様に言われたくはない。」

 

「そこまで言うからには、答えの1つくらいは持っているんだろうね?まさか口先だけなんて言うつもりじゃないだろうね?」

 

「オレを侮るなよ。

 我らの敗因は、我らには欠けているものがあるからだ。

 そしてやつらにあって、我らにないものは既にわかっている。」

 

「ほう。」

 

 ダンタリアは珍しくサブナックに対して感心の眼差しを向けた。

 この場を離れようと思っていたリリスも、その言葉を聞いて足を止める。

 やつらにあって、こちらにないもの。そんなものが本当にあるとは思えないが、一応聞く価値はあるだろう。

 

「聞こうじゃないか。」

 

 ダンタリアが興味深そうにサブナックへ問い始めた。

 そしてサブナックが自身気に口を開いた。

 

「チーム名だ。」

 

「「・・・。」」

 

 ただでさえ音も光もない世界に一層の沈黙が訪れた。

 だがそんな静寂をサブナックが打ち破る。

 

「やつらは、ホープライトプリキュアという名の下に集い、団結して我らを打ち破った。

 ならば我らに足りないものはチーム名だ。我らも1つの名の下に集い・・・。」

 

「バッカみたい。」

 

 サブナックがこの上なくバカなことを語っている自覚がないままバカな話を続けようとしたため、リリスは侮蔑の意を込めて話を切り捨てた。

 

「なんだと?」

 

「チーム名ですって?

 ホントにそんなものが欠けてるせいだと思ってるの?」

 

「やれやれ、やっぱりバカは何を考えてもバカみたいだね。」

 

 ダンタリアも呆れた表情で肩を落とす。

 多少サブナックの言葉に感心をしていただけに、落胆が大きかったようだ。

 チーム名などと言う集団の呼称を表すものがあるせいで、行動隊長であるリリス達が、たかが小娘ごときに敗北を重ねていると本気で思っているとは救いようがないが、それよりも問題点は後者だ。

 

「それに、1つに集うだなんて冗談じゃないわ。

 あなたみたいなバカがいたところで邪魔にしかならないわよ。」

 

 サブナックもダンタリアもチームメイトなどでは断じてない。

 むしろリリスの目的にとっては邪魔な存在だ。

 キュアシャインを取られたくないから単独で動いていると言うのに、なぜ2人と組まなくてはいけないのだ。

 

「同感だよ。

 君みたいなバカと組んでしまっては、返って作戦の効率が悪くなってしまうからね。」

 

 そしてダンタリアはダンタリアで、サブナックに対して邪険の意を込めた言葉を吐き捨てる。

 サブナックが邪魔だという点では意見が一致したリリスとダンタリアは、矢継ぎ早に彼に対して暴言を飛ばしたてた。

 

「だが事実、我らとやつらの差があるとすればそこしかない。

 我らも然るべきチーム名を考える必要が・・・。」

 

「断るよ。

 そんなバカなことを考えるために頭を使うつもりは無いからね。」

 

「どうしても欲しかったら1人で考えたら?」

 

 尚もチーム名の必要性を説こうとするサブナックを、2人は無理やり引き離す。

 そしてこれ以上、こんなバカげた話は聞いていられないと言わんばかりに、リリスはリリンへと姿を変え、かの地に降りるべくこの場を立ち去り、ダンタリアもまた、サブナックに背を向けてこの場を離れる。

 そして1人取り残されたサブナックは、再び腕を組み考え込む。

 

「・・・やはりここはオレが考えるしかなさそうだな。」

 

 

 一生やってなさいバカ。

 一生やってろバカ。

 

 

 最後の最後まで意見の一致したリリスとダンタリアは、内心盛大に呆れながらサブナックのことを見下すのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 要と瞬が1on1を繰り広げている内に、時刻はあっという間に夕方を過ぎていった。

 

「っと、もうこんな時間か。」

 

 兄の瞬が体育室にある時計を見る。

 

「お兄!ラスト1回!」

 

 要がそう叫ぶ。

 今回も瞬を相手に1回もシュートを決めることが出来なかった。

 兄の方が実力も年齢も上だし、男子高校生の瞬と女子中学生の要とでは身体能力に大きな差がある為、半ばわかりきった結果ではあるが、それでも得点ゼロというのは悔しいものである。

 

「いやお前、それ絶対終わらせてくれないパターン・・・。」

 

「ラスト1回!!」

 

 渋る瞬に対して要は無理を押す。

 

「・・・はいはい。」

 

 呆れた声で答える瞬だが、言うや否や、要がディフェンスの姿勢に移る前にそのままシュートを放ったのだ。

 

「ちょっ!!」

 

 そしてボールはそのまま綺麗にゴールへと吸い込まれていった。

 

「はい終了。悪く思うなよ。1回は1回やで。」

 

 どこかの漫画で見たような卑怯な手口を、これまたどこかのアニメで聞いたようなセリフでやらかした瞬に要は声を荒げる。

 

「さすがに今のはノーカンやろ!!」

 

「アホ、そろそろ帰らんと、おふくろに怒られるやろ。

 晩飯抜きにされたいんか?」

 

「ぐぬぬ・・・。」

 

 完敗した上にいっぱい食わされたわけだが、元々我儘だったのは承知なので、渋々兄の言うことに従うことにした。

 帰り支度を整え、体育館を後にしようかと思った要だが、

 

「あっ健太郎。」

 

「森久保、偶然だな。」

 

 偶然、健太郎と鉢あったのだ。

 ここに来た時の健太郎の妙に浮かない顔を思い出した要は、ついまじまじと彼の顔を見てしまう。

 

「なっなんだよ。俺の顔に何かついてるのか?」

 

「え?いやすまん。そういうわけじゃないんだけど。」

 

 少々不審な要の態度を、健太郎は訝しむが、程なくして視線を要から外した。

 

「じゃあ俺、これで帰るから。」

 

「あっ、ちょっと待って。」

 

「なんだよ?」

 

 思わず呼び止めてしまう。

 正直聞いていいのかどうか悩むところだが、あの時の彼の姿にどこか既視感を抱いていた要は気になって仕方がなかったのだ。

 

「ここ来るときさ。なんか悩んでるような顔してたけど、何かあったん?」

 

「・・・。」

 

 健太郎は沈黙するが、やがて何があったのかを話してくれた。

 

「俺、今度の練習試合の選抜メンバーに選ばれたんだ」

 

「え!?やったやん!」

 

 奇しくも同じ目標を持っていた健太郎に、要は少しばかりの対抗心を燃やすが、それでも素直に彼のことを賞賛する。

 だが要の言葉を聞いた健太郎はさらに浮かない顔をしたのだ。

 

「でもさ、うちらの野球部、去年すごかったじゃん?

 県大会出場まであと一歩のところまでいくことが出来たし。」

 

「そういえば、そうだったね。」

 

「だから今は、地域内でも一目置かれる野球部になってんだ。

 でも、あの時のレギュラーはほとんどが3年生で、今はもういない。」

 

「・・・そっか。」

 

 その言葉に要は健太郎が抱えていることを悟った。

 

「正直、重いんだよ。

 先輩たちの後釜につくってのが・・・。

 もしも次の練習試合に負けてしまったら、卒業した先輩たちの顔に泥を塗ってしまうんじゃないのかって。

 そう思うと、負けるのがすげえ怖くなったんだ。

 去年なんか、レギュラーになりたい一心で猛烈に練習してたのにな。

 なんでこんなこと思うようになっちまったんだろな・・・。」

 

「・・・。」

 

 彼にかけてやれる言葉が思いつかない要は、そのまま黙り込んでしまう。

 

「なあ、要は負けることが嫌だって思ったことはあるか?」

 

「え・・・?」

 

 かつて蛍に似たような質問をされた時、要はすぐに答えを出せたはずだ。

 だが健太郎相手には、その言葉がすぐに出てこなかった。

 

「・・・わり、急に変なこと聞いちまって。俺、帰るわ。」

 

「あっ、健太郎。」

 

 最後まで健太郎にかける言葉が見つからなかった要は、プレッシャーに圧し潰されそうな彼の背中を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 瞬との1on1を終えた要は、家へ帰宅し夕食とお風呂を済ませて、自室で寛いでいた。

 

「はあ~。」

 

 盛大にため息をつきながら、自分のベッドに飛び込む要。

 

「ため息なんて珍しいな。何か悩み事でもあるのか?」

 

 すると机の上からベリィが話しかけてきた。

 まるで悩みのない人間だなと言いたげだ。

 

「ウチにだって、悩み事の1つや2つくらいあるもんですよ・・・。」

 

 別にショックを受けたわけではないが、要は冗談半分で敢えて大げさに落ち込んで見せる。

 

「ははっ、気を悪くしたなら謝るよ。

 ただ君の場合、悩むよりも先に行動をするか、悩みがあってもすぐに吹っ切れてる印象があったからな。

 そんな風に引きずるところは初めて見るから気になったのさ。」

 

 ベリィは謝ると言いながらも笑っている。

 冗談半分の仕草であったことに気づかれたようだ。

 だがあまりにも正確に自分のことを言い当てられてしまい、今度は困惑する。

 

「むむむ・・・よう見てるな。」

 

「これでもパートナーとして、君のことをよく理解しようと努力していたからね。

 それに君は裏表がない分、蛍ちゃんとは違う意味でわかりやすいからな。」

 

 妖精たちの中で誰よりもこの世界についての知識を深めたベリィのことだ。

 観察や分析の類は得意なのかもしれない。

 それでも短期間でここまで自分のことを理解してくれるのは、パートナーとして嬉しく頼もしい反面、小っ恥ずかしいものである。

 

「何かあったのかい?」

 

 優しく話しかけてくるベリィに対し、要は健太郎との会話を話すことにした。

 

 

「そんなことがあったのか。」

 

 要の話を全て聞き終えたベリィは、静かにそう呟いた。

 

「ウチ、何も言ってやることが出来んくて・・・。」

 

「勝負は、勝ったら楽しい負けても楽しい。

 それが君の信条だったよな?」

 

「うん・・・。」

 

 その言葉には、なぜそれを伝えなかったのだ?という疑問を含んでいるかのようだった。

 だがそれは要自身も思ったことだ。

 どうしてあの時、健太郎を相手に負けることも楽しめと言えなかったのか。

 

「要、さっきも話したが、俺は君のパートナーとして、君のことをもっとよく知りたいと思っている。

 良かったら話してくれないか?君がそう思うように至った理由を。」

 

 するとベリィが真剣な眼差しでそう聞いてきた。

 パートナーとして自分のことを理解したい。

 そんなベリィの気持ちは要には素直に嬉しかった。

 

「別にいいよ。っても、何も面白い話でもないけどね。」

 

 ベリィの気持ちに応えるため、要は自分がそう思うように至った、兄との思い出を話すことにしたのだった。


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