第7話・プロローグ
陽が傾き、空が赤く染まり始めた頃、要は1人近所の公園でブランコを漕いでいた。
暇な今日に限って、真は部活、愛子は習い事、雛子は委員会の仕事と相次いで不在だ。
誰も遊ぶ相手がいなく、要は仕方なく持て余している時間を1人で潰している。
「はあ・・・。」
ブランコを漕ぎながら要が大きくため息をつく。
心が少しだけチクリと痛んだ。本来ならば今ごろ、バスケットの『クラブ活動』に参加しているところだ。
だが要は一週間ほど前から、クラブ活動に顔を出さず、ズル休みを続けていた。
どれだけ頑張っても、自分のような『凡人』では、神に愛された『天才』には敵わない。
持って生まれた『才能』だけで全ての結果が決まるのであれば、努力を重ねるだけ時間の無駄だ。
そう思い始めてから、要は大好きだったはずのバスケットを続けていくことが辛くなってしまった。
続ける意味さえ見いだせなくなってしまった。それなのに、
「バスケ辞めたら、やりたこと、楽しいこと、好きなだけ出来ると思ってたのに。」
まだ親が仕事から帰ってこない内にリビングの大型テレビを占領し、好きなだけゲームで遊び、ソファに寝転がってお菓子を食べながら、好きなだけ漫画を読んでアニメを見る。
そんな遊び三昧な日々は、最初の内こそ楽しかったが、程なくして何をしても満たされなくなった。
バスケット以外にも好きなことが沢山あったはずなのに、どれも心の底から楽しめなくなっていた。
「はあ・・・。」
何もしない時間を1人で過ごす要は、無気力なため息を1つ吐く。
「こんなところにおったか。」
すると要の兄、瞬が姿を見せ、1人ブランコで遊んでいた要に声をかけた。
「お兄?」
「な~んも楽しないって顔しよって、退屈なら家でゲームなり何なりしてりゃええやろ。」
「うっさい。ほっとき。」
要はぶっきらぼうな言葉で返す。
兄の瞬は、夢ノ宮中学校男子バスケ部のキャプテンにしてエースプレイヤーだ。
同世代の中でも卓越したスキルを買われ、近隣にあるバスケットの有名高校へと推薦を受けている。
それほどの実力を持った兄は、要に取って幼い頃からの憧れだったが、今は『あの子』と同様、天才であるが故に嫉妬の対象でしかない。
「サボり出してから1週間、そろそろオヤジとお袋も気づくころやと思うぞ?」
「・・・お兄には関係ないやろ。」
ズル休みをしていることは当然親には内緒だ。
バレたら雷を落とされるどころじゃ済まないだろう。
だが瞬の言う通り、隠し通すのも限界な頃合いだが、今の要は不機嫌だ。バスケットを続けても辞めても、何一つ自分の望み通りにはならない。
そんな状況が要を苛立たせており、瞬の言葉を素直に受け入れる気にはなれなかった。
「まっバレても怒られんのはお前だけやから、オレはどっちでもええけど。」
だったら最初から忠告なんかするな。
そう言葉に出そうとした要だが、瞬が肩からマイバスケットボールを下げていることに気づく。
「・・・お兄、なんでそれ持ってるん?今日は部活休みやないの?」
すると瞬が、ようやく気が付いたか、と言わんばかりにニヤリと笑った。
「要、暇やったらオレとバスケしないか?」
…
セットした目覚まし時計の音が聞こえ、要は目を覚ました。
だがすぐに体を起こす気にはなれない。
「夢・・・か。」
夢で見た出来事は、要が小学生だった頃のことだ。
あれから3年ほどしか経っていないと言うのに、随分と懐かしく感じられた。
同時に、出来れば思い出したくない過去でもあった。
あの頃のように何をしても満たされず、楽しむことが出来ないとなんて思いは二度としたくないし、何より要にとって、とても大切な人である兄の事を嫌いになってしまっていた時期
だからだ。
「・・・さっさと顔洗ってご飯食べよ。」
目覚めの悪さに尾を引かれながら、要はベッドから体を起こすのだった。