第1話・プロローグ
「黒き闇、空を覆わんと拡がりし時、
4つの光、闇を照らすべく大地に降りる。
其の名はプリキュア。汝は世界の希望なり。」
ここは、人と妖精が共存する世界、フェアリーキングダム。
古き本が立ち並ぶ王立図書館の中、1人の少女が、生まれ故郷に伝わりし伝説を読み上げていた。
子供の頃からよく読み聞かされたこの伝説は、空想のものだと思っていたが、伝説に記された黒き闇は、ある日突然、フェアリーキングダムへと現れたのだ。
黒き闇は空を覆い陽光を散らし、大地を侵して住む土地を奪い、ついに人々も蝕み始めた。
闇に蝕まれた人々は視覚を、聴覚を次々と失い、やがて五感を全て奪われ、生きる希望さえも無くし、そこにあるだけの『モノ』と成り果てていく。
このまま故郷は、空も大地も、生きとし生けるものたち全てを、失ってしまうのだろうか。
そんなことは絶対に嫌だ、と強く願った時、強い光が少女を包み込んだ。
そして光が収まった時、少女は伝説に記された世界の希望、プリキュアへと覚醒を果たしたのだ。
プリキュアとなった少女は、それから世界を蝕む黒き闇との戦いに身を投じていった。
たった1人で、世界を守る為に。
「ここにいたのか。」
すると書庫を訪れた国王が、少女に優しく声をかけてきた。
「4つの光、闇を照らすべく大地に降りる。其の名はプリキュア。
その伝説の通りであれば、プリキュアは、お前の仲間となり得る者は、後3人いるはずだ。
1人で戦い続けるのは辛いと思うが、かの者たちが見つかるまでの辛抱だ。」
「大丈夫です。この世界を守る。それが私の使命ですから。私は世界の希望。
この世界から黒の闇を祓うまで、決して希望を捨てはしません。」
少女は、凛とした雰囲気でそう告げる。
「苦労をかけるな。せめて私にも戦う力があれば・・・。」
その言葉を聞いた国王は、悲しい表情を浮かべるのだった。
少女1人に世界の命運を託さなければならない状況を、憂いているのだろう。
だが世界の希望と命運を1人で背負うことは、少女にとっては何の重みにもならなかった。
なぜなら少女は、この世界を心から愛しているのだから。
「せめて、お前に妖精の祝福があらんことを・・・。頼んだぞ、キュアブレイズ・・・。」
国王の優しい言葉が胸に響く。その言葉だけで、少女は戦う希望を持つことが出来る。
自分が愛するこの世界を、必ず黒き闇から守って見せる。そんな強い決意を胸に秘めて・・・。
…
なぜ急に、あの時のことを思い出したのだろう。今はそれどころではないというのに。
キュアブレイズは今、4人の妖精と共に森の中を駆けていた。
辺りは僅かな光もないが、彼女は何の迷いもなく、鬱蒼と茂る木々の間を駆け抜けていく。
「闇の力が近づいてくるわ!」
赤の妖精がキュアブレイズに告げた直後、空より、全身黒色の巨人が降下した。
10メートルは容易にあろうその巨人は、着地点の木々を踏み倒しキュアブレイズに襲い来る。
だがキュアブレイズは、その華奢な体躯のどこにそんな力があるのか、自身の10倍はあろうその巨体を一撃で殴り飛ばしたのだ。
「まだ来るぞ!」
だが妖精たちの警告は止まらない。
蒼の妖精の言葉と共に、黒の巨人が1体、また1体と空より姿を現した。
先ほど吹き飛ばされた巨人も立ち上がり、再びキュアブレイズに襲い来る。
「キュアブレイズ!これだけの数を1人で相手するのは無茶よ!」
ピンクの妖精が警告する。キュアブレイズは、一瞬躊躇う素振りを見せたが、妖精たちを抱え、その場を全速力で離れるのだった。
迫りくる巨人たちに追いつかれぬよう、振り向きもせず駆けていくと、やがて森を抜け風車の立つ丘へと出た。
丘を駆け上がり振り返ってみると、巨人たちはまだ追いついていないようだ。
呼吸を整えたキュアブレイズは、巨人たちから逃れる為に再び駆けようとするが、
「・・・太陽も星も、何も見えないね・・・」
黄色の妖精が寂しそうにそう呟く。
その言葉を聞いたキュアブレイズは、辺りを見渡して思い返した。
この場所は小さいの頃、よく遊びに訪れていた場所だ。
朝に訪れば、陽の光と共に妖精が唄い人々が活気立ち、日暮れに訪れば、星が煌めき、街灯が街を彩っていく。
そんな景色が眺められる素敵な場所だった。
僅かな回想の後、懐かしさに駆られたキュアブレイズは、丘の上から景色を一瞥する。
「っ!?」
だが直後、息を飲み言葉を失った。
上を見れば、陽や星の光はおろか、雲一つ見当たらない。
下に拡がる街は、一切の光も音もなく、街に留まる人も妖精も、ただいるだけの『モノ』へと成り果てていた。
今が朝なのか、夜なのかすらわからない、人も妖精も生きている気配のない。
かつての記憶にある景色は、既に面影もなく消え去っていた。
永遠に闇と静寂に包まれた世界。それが今の故郷の惨状だと、改めて思い知らされたキュアブレイズは、悔しさから唇を噛みしめる。
「黒き闇、空を覆わんと拡がりし時・・・、
4つの光、闇を照らすべく大地に降りる・・・。
其の名はプリキュア。汝は世界の希望なり・・・。」
「キュアブレイズ?」
伝説の序章を読み上げるキュアブレイズ。
伝説の通り、黒き闇が空を覆い、光が大地へと降りたはずだ。
そして伝説では、4つの光が大地を降りるとされている。
その通りならば、プリキュアの光は4つある。
4つの光が揃った時、この世界を巣食う闇を祓うことが出来る。それだけを信じて、戦い続けて来たのに・・・。
「そして・・・4つの光が集いし時・・・。」
キュアブレイズは、伝説のその先を口にすることが出来なかった。
震えた声を殺し、必死に涙を堪える。
その時、
「キュアブレイズか」
不意に自分を呼ぶ声がした。キュアブレイズが声の先に視線を向けると、そこには1人の少女が宙を飛んでいた。
外見は10代前後。
140cm程度と、自分と比較すると小さな背丈と、エメラルドの髪をなびかせている。
だがその少女は、背に翼を、両手足には鋭利な爪を、そして尾には牙を生やした口を持っていた。
悪魔。そんな単語が脳裏をよぎらせる、人非ざる姿をした少女。
「まさか・・・ダークネスの新しい行動隊長?」
「この世界でたったひとりのプリキュア。生まれ故郷と共に闇に堕ちるといいわ。」
悪魔は鋭く尖らせた爪を立て、キュアブレイズに襲い来る。
「くっ!」
突きたてられた爪をかろうじて防ぐが、その力は先ほどの巨人を凌駕していた。
予想以上の力の前に態勢を崩したところを、牙を持つ尾と蹴りによる攻撃が立て続けに迫り来る。
その全てを寸で避けたキュアブレイズは、一旦距離を取り態勢を立て直そうとするが、
「キュアブレイズ!」
妖精たちの声がし、背後を向くと、先ほどの巨人たちが追いついてきた。
キュアブレイズ達は、前方を悪魔の少女、後方を黒の巨人の群れに挟み込まれてしまう。
「キュアブレイズ!止むを得ないわ!一旦この世界を離れましょう!」
「嫌よ!そんなこと!」
赤の妖精が警告するが、キュアブレイズは目を潤ませながら首を振るう。
愛する故郷がこんな状態に陥っているのに、この場を離れることなんて出来るわけがない。
「ここでキュアブレイズが倒されたら、本当に全てが終わってしまうわ!
いつか必ず、この世界を取り戻す為にも、今はこの場を退いて、残りのプリキュアたちの誕生を待ちましょう!」
だが赤の妖精は、そんなキュアブレイズの我儘を聞いてはくれなかった。
尚も納得のいかない様子のキュアブレイズを待たず、赤の妖精は、他の3人の妖精たちに呼びかける。
「チェリー!ベリィ!レモン!力を貸して!」
4人の妖精たちはキュアブレイズを中心に、四角の陣を組む。
すると妖精とキュアブレイズを包むように七色の光が立ち上った。
「何?」
驚く悪魔を余所に、キュアブレイズと妖精たちは光に包まれ、天へと昇って行った。
光の中、キュアブレイズは切ない表情を浮かべながら、再び丘の下の街を見る。
まるで音も光も全て無くした故郷に、別れを告げるように。
「大丈夫よ、キュアブレイズ。必ず・・・また帰ってこれるから。」
「アップル・・・。」
やがてキュアブレイズと妖精たちを包んだ光は、七色の光を放ちながら霧散した。
最後にキュアブレイズの流した、涙の一粒を大地に残して。
「・・・逃げられたか。」
そう呟いた悪魔は、額に手を当てる。
「アンドラス様、こちらリリス。キュアブレイズには逃げられました。後を追いますか?
・・・了解。一旦本部へと戻ります。・・・ええ。そちらは成功しました。
この世界は、フェアリーキングダムは、もう二度と、光を浴びることはないでしょう。」
リリスと名乗った悪魔がそう告げると同時に、空に大地に闇が満ちていき、程なくして闇は、世界の全てを包み込んでいった。
一切の光を失った妖精の王国フェアリーキングダムは、その姿を完全に消していくのだった。