ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第4話・Aパート

 みんなを守る!水晶の戦士、キュアプリズム!

 

 

 

 少し遡り、キュアスパークへと変身を遂げた要が、ダークネスを撃退した後の事、チェリーはようやく仲間の一人、ベリィとの再会を果たした。

 蛍は、突然目の前に現れたもう1人の妖精に驚くも、再会を喜び合う2人を見て胸をなでおろす。

 そこへ混乱のあまり硬直していた要が、ようやく声をかけてきた。

 

「あの~、そろそろウチに事情を説明してくれたら嬉しんだけど・・・。」

 

 要は今日変身したばかりだと言っていた。まだプリキュアに関する事情を知らないのだ。

 

「ああっごめんなさい。えと、要ちゃんだっけ?」

 

 チェリーが要に返答する。

 

「ちゃん付けなんてこそばゆい。要でいいよ。」

 

「じゃあ、要ね。ええと、まずはどこから説明すれば・・・。」

 

「ってちょっと待って。なんか大事なこと忘れてるような・・・。」

 

「え?」

 

 自分から声をかけて起きながら、突然考え事をし始める要。

 どうしたのだろうと一同が首を傾げた直後、大声で叫んだ。

 

「・・・あ~!部活!!ごめん蛍!ええとぬいぐるみさんたち!話はまた今度!!」

 

 そして自分から頼んだのにも関わらず、話を切り上げたのだ。

 

「えっちょっと・・・。」

 

 蛍は、要にとっての部活の大切さを理解しているが、事情を知らないチェリーには、身勝手な行為に映った。

 だが要の強行はこれだけでは終わらず、

 

「ええい間に合わん!プリキュアホープインマイハート!」

 

 何と再びキュアスパークへと変身したのだ。

 

「え~っ!!?」

 

 そしてプリキュアの力で、雷のごとく速度を手に入れた要は、驚くチェリーを無視して颯爽と学校へ向かうのだった。

 

「わあすごい、もうへんしん、つかいこなしてる。」

 

 未だにリリンのおまじないなしでは変身できない蛍は、要の順応さに素直に感心する。

 

「蛍!感心してる場合じゃないでしょ!?」

 

「え?でもすごいことだとおもうけど。」

 

「凄いかもしれないけど使い方がよろしくない!ただの移動手段にプリキュアの力を使うなんて!

 伝説の戦士の力を何だと思っているのよ!蛍も絶対見習っちゃダメだからね!!」

 

「うっうん・・・。」

 

 チェリーの烈火の如く剣幕を前に萎縮する蛍。確かに魔法の類が存在しないこの世界で、プリキュアの奇跡の力を日常で使うのは問題はあるだろうが、今回の場合、ダークネスの奇襲が原因なので、多めに見ても良いのではないだろうか。

 

「でも、もりくぼさん。ぶかつをほうってまで、わたしたちをたすけにきてくれたんだし。

 今日くらいは、目をつむってあげよ。」

 

「むう・・・。」

 

 さすがのチェリーも、そう言われては咎めることも出来ないようだ。

 そして会話がひと段落したところ、ベリィと呼ばれた青い妖精が話しかけて来た。

 

「ところでチェリー。彼女たちはこっちの世界で見つかったプリキュアか?」

 

 声を掛けられた蛍は、ベリィを改めて観察する。ライトブルーの体毛。

 大きさはチェリーとそう変わらない。見た目は犬のぬいぐるみのようだ。

 

「ええ、この子は一之瀬 蛍。キュアシャイン。

 さっき走って行った子は、確か森久保 要よね。」

 

「うん、もりくぼ かなめさん。キュアスパークだよ。」

 

「驚いたな。俺たちの世界にはキュアブレイズしかいなかったのに。

 この世界では、もう2人のプリキュアが見つかったんだな。」

 

 ベリィの言葉に、蛍は以前チェリーから聞いた話を確信する。

 なぜフェアリーキングダムではキュアブレイズ以外のプリキュアが誕生しなかったのか。

 そのことについて疑問を抱くが、蛍は一先ずベリィに挨拶することに。

 

「あの、はじめまして。いちのせ ほたるっていいます。」

 

「俺の名はベリィ、よろしくな。」

 

 外見が犬のぬいぐるみのため可愛く見えるが、声、口調ともに男性的である。

 そういえば、先ほど少しだけ見た人間の姿は、20代くらいの青年だったか。

 人間年齢的には、チェリーより上かもしれない。

 

「はい、よろしくおねがいします。」

 

「そんなに畏まらなくていいよ。

 ところで、キュアブレイズとアップルさんもこの街にいるんだよな?」

 

「それは・・・そうだけど。」

 

 ベリィの言葉に暗い顔をするチェリー。

 

「チェリーちゃん?」

 

「どうしたんだ?ひょっとして、まだ居場所がわからないとか?」

 

「ううん、そうゆうわけじゃなくて・・・。

 あっいや、今キュアブレイズとアップルさんが、どこに住んでいるかはわからないわ。」

 

 そう言われてみれば、キュアブレイズがこの夢ノ宮市のどこに住んでいるのか、蛍も聞いたことがなかった。

 

「わからない?一緒に暮らしているんじゃないのか?」

 

「私は今、蛍のところにいるの。

 蛍がプリキュアとして戦うって決めてくれたから、それをサポートしようと思って。」

 

 ベリィはしばらく考える風の姿勢を取った後、話を簡潔にまとめる。

 

「つまり、キュアブレイズとはこの地で会ったけど、どこに住んでいるのか聞く前に蛍ちゃんと一緒にいることを選んだから、今2人がどこにいるかは分からないってことか。」

 

「うん、そんなところ。」

 

 だがベリィは、話をまとめた割には釈然としない表情を浮かべている。

 それもそうだろう。これまでの話を聞く限りでは、チェリーたち妖精とキュアブレイズは、かなり親しい間柄なのだろうし、キュアブレイズとはこれまで2度、会っている。

 せめてチェリーにだけでも連絡先くらい伝えても良かっただろうに、キュアブレイズは多くを語らないまま姿を眩ましたのだ。

 

「とにかく、キュアブレイズとアップルさんについては心配はいらないわ。

 それよりもまず、行方のわからないレモンから探しましょう。」

 

 チェリーが半ば無理やり話題を変えて来たので、蛍もベリィも一先ずその話題に合わせることにした。

 

「そうだな。レモンは俺たちの中では一番幼い。心細い思いをしていなければいいが。」

 

「レモンって子は、どんなすがたをした、ようせいさんなの?」

 

 蛍も出来る限りレモンの捜索に協力しようと思い、レモンの特徴について尋ねてみる。

 

「黄色の妖精よ。ええと外見は・・・。」

 

「テディベアだな。黄色のテディイベア。」

 

 テディベアという単語が出るとは。ベリィは多少なりこちらの世界についての知識がみたいだ。

 

「ってことは、くまさんのぬいぐるみ?」

 

「テディベアを熊と呼んでいいかはわからんけどな。

 全くよくあんな凶暴な生き物から、あそこまでファンシーなぬいぐるみが連想できたものだ」

 

 褒めているのか皮肉を言っているのか判断の難しい言葉である。

 それからフェアリーキングダムにも熊は出るようだ。

 と、そんな話をしている内に、気が付けば夕食の支度をしなければならない時間まで迫っていた。

 

「あの、そろそろ、おうちかえって、ごはんのしたくしないと。」

 

「そうね。ベリィ、あなたはこれからどうするの?」

 

「そうだな・・・。」

 

「わたしは、ベリィさんさえよければ、おうちにきてもいいけど。」

 

 蛍の提案を聞き、しばし逡巡するベリィ。

 

「さっきの子。キュアスパークって言ったか?あの子、今日初めて変身したんだよな。」

 

「うん、そうだけど。」

 

「・・・チェリー、ちょっと考えがあるんだが。」

 

 この後、ベリィの話をきいた蛍とチェリーは、少し考えてから彼の提案を承諾するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 部活を終えた要は、下駄箱前に雛子がいないことに気づいた。

 どうやら今日の雛子は本の世界に旅立ちたいようだ。

 待ち人がいないことを確認した要は真っ直ぐと家に向かう。

 しかし、てっきり部活に遅刻するものだと思っていたが、初学校で嫌な気配を感じてから今まで、5分程度しか経過していなかった。

 キュアスパークに変身してすぐさま学校まで戻って来たが、闇の中で自分が初めて変身してから怪物を倒し、再び変身してこの学校へ戻るまでの間が、僅か5分とは思えない。

 そこで要は一つの仮説を立ててみた。

 あの嫌な感じの空間は、現実と時間の進み方が違うのだろうか?

 それに自分たち以外の人の姿も気配もなかったような気がする。あの空間は漫画やアニメなどで良くある、現実の空間とは切り離された異空間、

 

「・・・はあ、ホンット、現実から遠のいてしまったんやなあ・・・。」

 

 こんなことを大真面目に考える日が来るとは。要は明日こそ蛍とぬいぐるみたちから詳しい話を聞かせてもらおうと思った。

 その上で、自分はどうするべきか、は考える必要はない。どんな話にせよ、要はこの先どうするか既に決めているのだから。

 そんなことを考えている内に、要は家の前までたどり着いたが、家の目の前には、先ほど見た青いぬいぐるみが佇んでいた。

 

「よっ、やっと帰って来たか。」

 

 青いぬいぐるみは気さくそうに話しかけてくるが、要は目を丸くする。

 

「ちょっあんた、こんなとこに堂々と立ってちゃあかんやろ。」

 

「別に問題ないさ。通行人の目くらいはちゃんと気にしてたから。

 率直に聞くけど、家に上がってもいいか?君に大事な話がある。」

 

「・・・。」

 

 可愛い見た目に反して声と口調は男性的だ。

 そんなカッコイイ声で『君に大事な話がある。』なんて言われたら、

 大抵の女子はトキめいてしまうだろう。外見が『可愛い犬のぬいぐるみ』でなければ、だが。

 

「・・・何か失礼なことを思わなかったか?」

 

 顔に出ていただろうか?ベリィは見るからに不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「・・・一応言っておくけど、俺は男だからな。可愛いぬいぐるみってのは

 褒め言葉にならないぞ。」

 

 思ったことをすんなり見透かされた要。それとその辺りの感性は妖精も人間と大差がないようだ。

 だが要はそんなん気にすんなと言わんばかりの悪戯めいた笑みを見せる。

 

「はあ~、とりあえず、お邪魔します。」

 

 そんな要に対して、青いぬいぐるみはわざとらしく大きなため息をついた。

 このあたりの反応は雛子にそっくりだ。

 

「はい、どうぞ~。」

 

 要はこのぬいぐるみの姿をした、異世界からの来客を招き入れることにした。

 

 

 要の部屋は、よく男子っぽい部屋と言われている。

 本棚には漫画やアニメのDVD、ゲームの攻略本などが揃っており、机の上には、親に無理やり言って買ってもらった

 新型の携帯ゲーム機とそのソフトが置かれている。

 壁に貼られているのは、要が尊敬するアメリカのバスケットボール選手のポスター。

 そして極め付けは、本棚の上に飾られたマイバスケットボール。

 ハンガーにかけられた夢ノ宮中学校女子生徒用の制服がなければ、女の子の部屋とは思われないだろう。部屋主である要自身もそう思う。

 

「まっ、な~んもおもてなし出来ないけど、テキトーに寛いどいで。」

 

「いや、俺の方から突然頼み込んだんだし、上がらせてもらえただけで十分だよ。」

 

 本当はお茶くらい出そうと思ったが、妖精が人と同じ食事を取るのかを知らない為、止めることにした。

 

「改めて自己紹介させてもらう。俺の名はベリィ。

 こことは違う世界、フェアリーキングダムから来た妖精だ。」

 

 ベリィと言う名前も中々にキュートである。さすがに言わないが。

 

「ウチは森久保 要、正真正銘この世界出身の、ごくごく普通な女子中学生でーす。」

 

 敢えてこの世界出身の部分を強調する要。しかしこことは違う世界ときたか。

 要は改めて目の前の妖精が、異星人であることを認識する。

 

「こことは違う世界っつうことは、宇宙人になるわけ?」

 

 要がそう例えを持ちかける。

 

「この世界での認識なら、そんなところになるかな。」

 

 その例えをあっさり肯定されてしまった。要の中で宇宙人といえば、大きな頭と細い体でカメレオンみたいな目をしておりゴーホームと言いながら人間と指を合わせるイメージしかなかったが、そんな印象がボロボロと崩れ落ちていった。

 いや、本当は可愛いぬいぐるみの姿なんですよと言えば、むしろイメージアップにはなるのか?

 と、しょうもないことを考えている内にベリィが話の本題に入り始めた。

 

「今日、俺がここに来たのは他でもない。

 要、君はまだプリキュアのこと、ダークネスのこと、俺たちの世界で何が起きたかを何も知らないよな?」

 

 いよいよその話を聞く時が来たか。要はおふざけモードをやめて、真剣に話を聞く姿勢になる。

 

「せやね。さっきはすまんな。

 ウチから話しかけておいてとんずらしてしまって、どうしても部活だけは外せんかったから。」

 

「それは気にしてないよ。君にとっての部活がどれだけ大切かは、蛍ちゃんから簡単に聞いたからね。」

 

「あの子・・・。」

 

 少し嬉しそうに頬を綻ばせる要。

 

「かといって、いつまでも君に知らないままでいるわけにもいかない。

 何より君自身に決めて欲しいんだ。プリキュアとしての力を手に入れた君が、この先どうするべきなのかを・・・。」

 

 回りくどい言い方だと思った。一緒に戦ってくれと一言いうだけでいいのに。

 とは言え、彼らが何者で自分に何が起こったのかを知りたかったので、ベリィの話に合わせることにした。

 

「それを決めるためにも、君には聞いてもらいたいんだ。

 俺たちの知る限りの全て、プリキュアとダークネスのことを。」

 

「わかった。聞くよ。てゆうか、元々ウチから聞くつもりだったんだし。」

 

 これを聞けばもう後には引けない。要はそう思った。

 これまでの現実とはおさらばだ。ここから先は常識が一切通用しないファンタジーの世界。

 要は多少の恐怖と緊張を滲ませながら、ベリィの話を聞くことにした。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 ベリィの話を全て聞き終えた要は、一つ大きな息をついた。

 

「ダークネスの目的は、この世界を闇で覆い尽くすこと・・・。

 そんであんたらの世界はもう・・・。」

 

 話を終えたベリィは、要の様子を伺う。

 フェアリーキングダムが失われたことを聞いた時は、さすがにショックを隠せなかったようだ。

 それもそうだろう。やつらを野放しにしては、この世界も同じ運命を辿ることを暗示しているのだから。

 

「そんで、プリキュアだけが、ダークネスに対抗できるっちゅうことか・・・。」

 

 要はベリィが伝えたかったことをちゃんと受け取ってくれたようだ。

 ダークネスと戦えるのはプリキュアのみ。だからベリィは要に戦って欲しかった。

 故郷を失ってしまった今、この世界に誕生したプリキュアが、ダークネスに対抗できる

 唯一の希望なのだ。だがベリィは、要に戦いを強制するつもりはなかった。

 

「そう。君たちの持つプリキュアの力、希望の光だけが、ダークネスの絶望の闇に対抗できる唯一の力なんだ。

 だから要、出来ることなら俺たちに協力してほしい。

 勿論、すぐに答えが欲しいなんて思っていない。ゆっくり考えてからでいい。

 君にも今の大切な日常が・・・」

 

「いいよ。」

 

「あるわけだし、ってええええ!!?」

 

 あまりにあっさりとした回答に驚くベリィ。

 

「なにその反応?カッコイイ声が台無しやで?」

 

 台無しにしたのは誰だと思っているのだ。

 

「こんな時に冗談を言うな!いや、簡単に引き受けてるけどいいのか?」

 

「まあ実際、簡単な話だし。」

 

「は?」

 

「だってそうでしょ?やつらはこの世界も闇に飲み込もうとしてる。

 ウチはそんなん絶対許せない。そんでウチには対抗できる力がある。

 だから引き受けるってだけやないか。」

 

 確かにそこだけまとめれば、至極簡単な理屈だろう。

 だが、彼女は事を単純に捉え過ぎてはいないだろうか?

 

「・・・だけど、そんな簡単なことじゃない。

 とても危険だし、とても怖い思いをすることになるんだぞ。」

 

 気が付けばべりィは、要が自分の望みを承諾してくれたのにも関わらず

 引き気味の態度を取っていた。

 

「ったく、ウチを仲間にしたいあんたが、そんな物言いでどうすんの?

 怖いのも、危険なのも承知の上だよ。それでも、ウチはここが、夢ノ宮市が大好きだから。」

 

「ここが・・・?」

 

「この夢ノ宮市が奪われるのが、ウチにとっては一番怖いことなの。

 それを思えば、あんなデカいだけの怪物と戦うことなんて、怖い内には入らんよ。」

 

「要・・・。」

 

 ベリィは要を上辺だけで判断しかけたことを恥じた。彼女は既に確固たる決意を持っていたのだ。

 恐らく自分の話を聞く以前、プリキュアとして覚醒しソルダークと戦った時から、やつらが要にとっての、大切な居場所を奪わんとしていることを感じ取ったのだろう。

 同時にその言葉から、彼女の並々ならぬ正義感が伝わってきた。

 

「すまなかった要、君のこと、少し誤解していたよ。」

 

「気にしてないって。昔からよく、口も態度も軽いって言われてたし。」

 

「そうだな。そこは直してもらわないと。」

 

「いや便乗すんなし!」

 

 要の表情から、さっきまでの謝罪はどこへ行った!?と言う言葉が読み取れる。

 

「ははっ、要、プリキュアとして戦うことを引き受けてくれてありがとう。」

 

「おう、このキュアスパーク様がいれば百人力や。」

 

「頼もしいな。あと、それとは別にもう一つ頼みたいことがある。」

 

 ベリィは再び神妙な面立ちで尋ねてきた。

 

「なに?」

 

「・・・俺を君のパートナーとして、しばらくの間ここに置かせてもらえないか?」

 

 ある意味では、先の提案よりもよっぽど重大な問題だ。

 何せ種族の違いがあるとはいえ、『男』の自分が『女の子』の部屋に寝泊まりしていいかと聞いているのだから。

 

「いいよ。」

 

 だが再び飛んできたあまりにも軽い返答にベリィは盛大にコケる。

 

「随分とあっさり引き受けるんだな・・・。」

 

 要はボーイッシュなところがあるが、まさか自分が女の子であることへの自覚すら薄いのだろうか?

 

「ウチだってこう見えても女子だし、可愛いぬいぐるみを部屋に置いといても不思議やないよ~。」

 

 なるほど、女の子としての自覚が薄いからでなく、自分が異性として見られていないわけか。

 だが2度も可愛い扱いをされては男の立つ瀬がないというものだ。

 

「言っておくが、俺は妖精の間ではカッコイイって評判だぞ。」

 

「知らんがなそんな情報。」

 

 しかしあっさりと流される。最もベリィも本音を言えば、要を異性として意識はしていない。

 種族の違いがあるのもそうだが、それ以前に年齢に差があるのだ。

 ベリィの人間年齢は、だいたい20歳に相当する。一方で要はまだ13歳。

 女性として意識しても、良くて妹分程度である。

 

「まあ、俺は君より年上だからな。子供の要に相手にムキには・・・。」

 

 先ほどの仕返しとばかり皮肉を言おうと思ったが、要に鼻をつまれ言葉を中断させられる。

 

「花も恥じらう乙女に対して失礼やない?」

 

「俺の立場は無視かよ・・・。」

 

 こんな時だけ乙女をアピールしやがって。

 内心毒づきながら、ベリィは納得のいかない表情で鼻を摩る。

 

「まっともかく、そうゆうことなら心配いらんよ。

 それにいくら妖精とは言え、2人も蛍ん家にけしかけんのは失礼だろうし。」

 

 先ほどまで好き勝手ベリィのことをからかったかと思えば、

 こういったところではきちんと礼儀は弁えている。不真面目なのか真面目なのか。

 

「それは俺も思ったことだ。

 それにチェリーは蛍ちゃんのことをサポートしていくみたいだからな。

 だから俺も、要のことをサポートしたいと思ったんだ。

 俺には戦う力がないから、せめて俺の出来る範囲で、プリキュアとして戦う君を手助けしたいんだ。」

 

「心強いよ、ベリィ。これからよろしくな。」

 

「ああっこちらこそ、よろしく頼むよ。要。」

 

 口と態度は軽いが、誰よりも強い信念を持つ少女、森久保 要。

 ベリィは彼女のパートナーになることを、ほんの少しだが、誇りに思うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 ベリィと別れた帰り道、チェリーは蛍と会話しながら帰路についていた。

 

「要、ベリィの話、聞いてくれるかな?」

 

「きいてくれるとおもうよ?

 もともと、もりくぼさんからおはなし、ききたがってたんだし。」

 

 それもそうか、とチェリーは思う。チェリーは、要がベリィの話を承諾することを期待していた。

 キュアスパークの力は戦力的に大きなプラスとなる。これで蛍への負担も大きく減るだろう。

 

「要が一緒に戦ってくれることになれば、心強いね。」

 

「・・・そうだね。」

 

 だが蛍はどこか浮かない顔をしていた。

 一緒に戦ってくれる仲間が増えることは、彼女にとっても喜ばしいことではないのだろうか?

 

「蛍?どうしたの?」

 

「・・・もりくぼさんには、もりくぼさんにとって、たいせつなじかんがあるから。

 ぶかつとか、ともだちとあそぶじかんとか・・・。

 もし、プリキュアとしてたたかうことで、そんなじかんがなくなっちゃうとしたら、なんかやだなっておもって。」

 

「蛍・・・。」

 

 確かにダークネスがこちらの都合を考えてくれるとは思わないが、彼女の身の安全とか周囲の安全とか、もっと他に心配することがあるだろうに。

 それよりもプリキュアとして戦うことで、要の『日常』に支障が出ないかを心配するところが蛍らしい。

 

「でも、一緒に戦ってくれるのなら心強くない?

 あんな真っ直ぐで勇敢な子、そうそういないわよ?」

 

「それは、そうだけどね。」

 

 そしてこんなところでは素直なのも蛍らしい。やはり戦うのは今でも怖いのだろう。

 蛍は戦うことを思い出した恐怖心と、要を戦いに巻き込んでしまうことへの申し訳なさが入り混じった表情を浮かべた。

 チェリーは少し暗いムードになったことを読み取り、努めて明るく振る舞うことにした。

 

「それにしても、ベリィも要を選ぶなんて失敗したよね~。」

 

「しっぱい?」

 

「だって、蛍を選べば、蛍の美味しい手料理が毎日食べられるのよ?」

 

「・・・ふふっ、も~なにそれ?

 もりくぼさん家のゆうごはんだって、すっごくおいしいかもしれないじゃない。」

 

 蛍は少し恥ずかしがりながら、クスクスと笑ってくれた。やはり蛍には笑顔が一番だ。

 

「い~や、蛍の料理が一番よ。ねっ蛍、今日の晩御飯はなに?」

 

 実際のところ、チェリーにとって蛍の手料理を食べることは日々の楽しみになってきている。

 蛍の料理は味は勿論だが、バリエーションにも富んでいるので、次々と初めて見る料理が食卓に並ぶのだ。

 場を明るくしようと振った話題だが、言葉には本音が多分に含まれているのである。

 

「そうだね・・・。今日はカレーにしようかな?」

 

「それはどんな料理?」

 

「んっとね、ちょっとドロドロとしたスープみたいなもので、からいんだけど、ごはんにのせてたべると、すっごくおいしいの。

 わたしは、からいのがにがてだから、あまくちにしちゃうけどね。」

 

「新しい料理か~、楽しみだな~。」

 

 蛍の作る新しい夕食に胸を弾ませ、チェリーは家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 自室のベッドで眠る妖精を眺めていた雛子は、その瞼がうっすらと開くのを見た。

 

「おはよう。」

 

「っ!?」

 

 妖精は瞼を擦ってこちらを見た後、慌てて飛び上がり距離を置いた。

 

「あっごめんなさい。驚かせてしまって。」

 

 雛子が謝罪するも、妖精はこちらを警戒し、表情を強張らせている。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。何もしないから。」

 

 なるべく相手を不安にさせないように、柔らかく話しかける雛子。

 すると妖精は、周囲を見渡してから、少しずつ表情を和らげていった。

 

「・・・怖くないの?」

 

 妖精は開口一番、その疑問を雛子に投げかける。

 だがそれよりも驚いたのは、妖精の口からはっきりとした日本語が飛んできたことだ。どうやら言葉は通じるようだ。

 

「どうして?」

 

「だって・・・この世界に妖精はいないはずだよね?」

 

 これはまた驚いた。妖精と勝手に呼んでいたが、どうやら『本物』の妖精だったようだ。

 

「あら?あなたみたいな可愛い妖精さんを、怖がる理由なんてないわよ。」

 

 実際、雛子には恐怖と呼べる感情はなかった。

 というよりは、妖精の方がよっぽどこちらを怖がっているので、そんな相手を怖がるのは申し訳ないと思った。

 

「・・・そっか~。」

 

 少しずつ安堵の様子を浮かべ始めた妖精。さて、ここからが本題だ。

 

「ところで、君の名前は何て言うの?」

 

「・・・えっと、レモンはね・・・。」

 

 童話の世界から迷い込んだレモンから、本物のおとぎ話をたくさん聞かせてもらおう。

 雛子の心は今、そんな好奇心に満ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 モノクロの世界の中、リリスとサブナックが対談していた。

 

「新しいプリキュア?」

 

「ああ、キュアスパークを名乗る青いプリキュアが現れたぞ。」

 

 話は聞いたものの、リリスは新しいプリキュアに興味はなかった。

 リリスにとって、キュアシャイン以外のプリキュアに価値などないからだ。

 

「これでプリキュアは3人か。伝説の通りであれば、あと1人いるはずだ。楽しみだな。」

 

 どうでもいい。リリスがそう思った時、

 

「やれやれ、負け犬同士が傷の舐め合いかい?」

 

 影の中から、1人の青年が姿を現した。見た目は20台前後の男性。身長は180後半。

 両手と一体化したマントを翻し、爬虫類のような細い眼で睨み付けてくる。

 リリス、サブナックと肩を並べるダークネスの行動隊長。

 

「ダンタリア・・・やっぱりあなたまで来ていたのね。」

 

「敗戦続きの君たちが情けなくてね。次は僕が行かせてもらうよ。」

 

 久々に姿を見せたかと思えばイヤミの連続だ。だがサブナックはそんな彼を見下すように

 視線を送る。

 

「ふん、ほとんど事を起こすことのなかった貴様に言われたくはない。」

 

 サブナックの抗議に対し、ダンタリアは涼しい顔だ。

 

「僕は念入りに下準備するタイプなんだよ。

 脳みそまで筋肉で出来ている君と違って、出撃の回数を重ねる必要はないのさ。」

 

 そんなサブナックにダンタリアは痛烈な皮肉をぶつけた。だがサブナックは意を介することなく、

 

「脳が筋肉で出来ているわけないだろ。バカか。」

 

 否、通じてすらいなかったようだ。このバカには。ダンタリアも呆れ顔で彼の言葉を流す。

 やれやれ、騒がしいやつらが集まってきたものだ。

 

「伝説の戦士プリキュアか。実に興味深い連中だ。」

 

 その言葉を残し、ダンタリアの姿は闇の中へと消えていった。どうやら本当にイヤミを言いに来ただけのようだ。

 最もリリスは、その程度のイヤミなど意に介してはいなかった。リリスの心を焦がす存在。

 それはキュアシャイン以外にないのだから。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 次の日、学校の昼休みの時間、蛍は要と二人で話す機会を伺った。

 

「もりくぼさん、ちょっといい?」

 

「ああっ、昨日のことか?」

 

「うん。」

 

 蛍と要は、人通りの少ないところへ場所を移す。

 

「きのう、ベリィさんが、もりくぼさんのおうちに、いったとおもうんだけど。」

 

「ああ、来たよ。話も全部聞かせてもらった。」

 

 と言うことは、要も聞かれたのだろう。戦うかどうか、という問いかけを。

 

「それで・・・もりくぼさんは、これからどうするの?」

 

「どうって、そりゃ、戦うけど?」

 

「え?」

 

「だって、プリキュアになれるのは、今んとこウチらだけなんやろ?

 だったら、ウチらが戦うしかないやん?」

 

 その通りだ。

 キュアブレイズを除けば、この世界でプリキュアに変身できるのは、蛍と要しかいない。

 蛍たちが戦わなければ、この世界をダークネスから守ることは出来ないのだ。

 それでも要の答えには余りにも迷いがなかった。

 蛍は未だに自分が抱いている気持ちを、要にぶつけてみる。

 

「・・・もりくぼさんは、こわくないの?」

 

 蛍は恐怖から、一度戦うことから背を向けた。

 今だってダークネスと戦うのは怖いし、出来るなら戦いたくないと思っている。

 

「蛍は、戦うことが怖い?」

 

 だがそんな蛍に対し、要は逆に質問を返してきた。

 

「えと・・・。」

 

 正直な気持ちを述べていいのかどうか悩んでしまい答えに戸惑うが、要はその迷いを肯定として受け取ったようだ。

 

「そりゃ、怖いよな。あんなバケモン相手に戦えなんてさ。」

 

 蛍は、要の言葉に言い返すことが出来なかった。

 

「ウチだって怖いよ、戦うこと。でも、ウチはここが大好きだから。」

 

「ここ・・・?」

 

「夢ノ宮市、夢ノ宮中学、学校の皆に先生、商店街、ご近所さん、そんでウチの家族。

 この街で育ったから、ウチはここでの暮らしが大好きなん。

 でもやつらを放っておいたら、この暮らしも、全部闇に覆われてしまうかもしれないやろ?

 そんなこと、ウチは絶対に許さない。」

 

 要の言葉一つ一つには、とても力強い意思が込められていた。

 

「だからウチは、戦うよ。ここを失ってしまうこと、それがウチにとって一番怖いことだから。

 それを思えば、やつらと戦うことなんて、怖くないよ。」

 

 夢ノ宮市が大好きだから、戦うことを恐れない。

 蛍は、要の本質を見た気がする。彼女は、生粋の戦士(ヒーロー)のようだ。

 以前、自分がチェリーに言った言葉を思い出す。

 自分よりもプリキュアに相応しい人はいくらでもいると。

 彼女がまさしく、プリキュアに相応しい人だ。

 不謹慎かもしれないが、要がプリキュアで良かったと思う蛍だった。

 

「あっでも、蛍まで怖がるなとは言わないからね。」

 

「え?」

 

「蛍が戦いたくないって言うのなら、無理しなくていいよ。ウチだけでも何とかなるって。」

 

 そして要は、心身共に強いだけじゃない、他人のことを気にかける優しさまで兼ね備えている。

 素敵な人だ。そしてその言葉は蛍にとって有難かった。

 それは、代わりに戦うから、もう戦う必要ないよと言ってくれたようなだから。

 だが、要の優しさに甘えるわけにはいかなかった。蛍は息を飲み、勇気のおまじないをする。

 

「蛍?」

 

「わっわたしだって!わたしだって!たたかうってきめたの!

 だからわたし・・・にげないよ。ぜったいに・・・。」

 

 蛍にだって、戦いたい理由がある。助けたい人がいるから戦うのだ。

 ダークネスに襲われた人、キュアブレイズ、そしてチェリーたち。

 もう二度と、戦うことから逃げ出したりしないと、あの時キュアブレイズに誓ったのだ。

 

「・・・声、大きいよ。」

 

「あっ・・・。」

 

「もう、プリキュアであることは皆には内緒、やろ?

 そんなにワキが甘いと、すぐにバレてまうよ?」

 

「ごっごめんなさい・・・。」

 

「いやいや冗談、ウチこそごめんな。蛍の気持ちも知らないで、勝手なこと言っちゃって。

 ・・・内緒、か。」

 

 ふと要は、遠くを見るような顔をする。

 

「もりくぼさん?」

 

「いやちょっとね。他の皆は大丈夫だけど、雛子の目は誤魔化せるかなって。」

 

 そしていきなり、雛子の名を挙げてきたのだ。

 

「ふじたさん?」

 

「あの子はウチと違って頭良いし、察しもいいからな。

 それにウチはどうも、雛子相手に隠し事するのは苦手みたいで、大体バレちゃうんだよね。」

 

 確かに、要は思うことを素直に伝えられる人だ。

 蛍はそんな彼女の人柄に対して好意的だが、裏を返せば隠し事が苦手とも取れる。

 

「まっそれでも、雛子を巻き込むわけにはいかないからなあ。」

 

「そうだね。わたしも、かくしごとするの、にがてだけど・・・がんばらなきゃ。」

 

「あ~わかるわ。蛍思ったことすぐに態度に出るタイプっぽそうだもん。」

 

「ええっ!?」

 

 昔から親に、蛍は感情がすぐ表に出るタイプだからわかりやすいと言われてきたのだが、まさか出会って一週間の要にまで見透かされるとは。

 

「わたし・・・そんなにわかりやすいかな・・・。」

 

「まあそれも蛍の良いとこやから。」

 

「え?」

 

 それはどういう意味?と聞こうと思ったその時、

 

「2人とも何してるの?」

 

「雛子!?」

 

「ふじたさん!?」

 

 雛子が声をかけてきたのだ。

 

「何よ2人して、人の顔を見るなり驚いちゃって。」

 

「いや別に、急に声かけて来たからびっくりしただけやて。」

 

「ふ~ん、ところで、2人とも何でこんな人気のないところに?」

 

「ちょ~っと気分転換にって思っただけ。ほら、はよ教室帰ろ?

 そろそろ昼休みが終わる時間だし。」

 

 そう言うと要は、半ば強引に話題を切り上げ教室へ戻るように促した。

 

「・・・。」

 

 雛子はそんな要を訝しむような目で見ていた。

 確かに蛍の目から見ても、今の要の態度はらしくないように見えたが、自分が要の立場だったら、もっと大混乱に陥っていただろう。

 話題を切り上げることが出来ただけで十分だ。友達になりたいと思っている人を相手に

 隠し事をするのは心が痛むが、雛子を巻き込まない為にも上手く誤魔化していくしかないのだ。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 放課後、授業を終えた蛍は帰り支度をし始めた。

 

「要、今日部活休みでしょ?久しぶりに公園でサッカーしない?」

 

 クラスメートの真が、要をサッカーに誘う。

 

「おっ、いいねえサッカー。言っとくけど負けないよ、真。」

 

「いくらスポーツバカのあんただからって、現役選手の私に敵うわけないでしょ?」

 

 にこやかな笑顔で挑発的な言葉を送る真。どうやら彼女はサッカー部のようだ。

 

「言ったな、よ~し、現役選手の鼻っ柱へし折ってやるわ!

 んじゃっ蛍、雛子、また明日な~。」

 

「雛子、蛍ちゃん。またね~」

 

「うっうん、また明日。」

 

「またね、真。」

 

「ウチは無視かい!」

 

 要のツッコミを最後に、2人は学校を後にした。

 

「ぶかつない日もうんどうするんだ・・・。」

 

 要のアクティブすぎる行動に呆気に取られる蛍。

 

「スポーツバカは体を動かさないと病気になるみたいよ。」

 

 雛子の容赦ない言葉に呆気に取られる蛍。

 

「それじゃあ、私も図書館寄ってから帰るから。」

 

「図書館・・・。」

 

 そういえば、学校の図書館にはまだ立ち寄ったことがなかった。

 噂によれば、ここの図書館はかなりの大きさを誇るらしいので、前から興味はあったのだ。

 

「蛍ちゃん、良かったら一緒に図書館に行ってみない?」

 

「えと・・・じゃあ、少しだけ。」

 

 雛子と2人きりと言うのは少し緊張するが、せっかくの機会なので蛍は承諾するのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 図書館へと訪れた蛍はその広さに驚いた。

 ズラリと並ぶ多くの本棚には、大小様々な本で隙間なく埋められている。

 そして立ち並ぶ本棚は1つの階には収まり切れず、階段を登った先にも多くあるのだ。

 とても学校の図書館とは思えない大きな空間に、蛍は感嘆とした声をあげる。

 

「ふわあ・・・、スゴくひろいね。」

 

「とはいっても、半数くらいは参考書や専門書だったりするけどね。

 物語の類の本は、ほとんど読み切っちゃったかな。」

 

「え!?」

 

 残りの半数の内、何割がその類を占めるのかはわからないが、この規模を考えれば相当数あるのではないだろうか。

 

「って言っても、ここに置かれているもの全部読んだわけじゃないわよ?

 街の図書館とかに置かれているものと被るものもあるし、

 自分で買って読んだものもあったから。」

 

 雛子そう言いながら、鞄からそれなりの厚さの本を取り出した。

 その表紙には蛍も身に覚えがある。小学校の頃、好きで読んでいた童話だ。

 

「あっそれ、ベストセラーになったがいこくのどーわ・・・あれ?」

 

 よく見るとタイトルが英語で書かれている。

 

「その原文版。英語の教材として、この図書館に置いてあるのよ。

 暇つぶしに参考書を読もうと思って見て回っていたら、思わぬ収穫があったわ。」

 

 暇つぶしに参考書を読もうという発想が凄いが、それ以前に原文版と言う言葉が気にかかる。

 

「もしかして、ぜんぶ英語でかかれてるの?」

 

「勿論、元々英語圏で書かれたものよ?

 日本語版は翻訳者の視点で訳されたものだから、本の世界も、その翻訳者が見た世界になってしまうのよ。

 それも素敵なものだけど、原文版なら原作者の創った本の世界を直接見ることが出来るのよ。

 さすがに全部翻訳は出来ないから、辞書を片手に読んだのだけど、日本語版とはまた違う世界を見ることが出来て、とても素晴らしい体験だったわ。」

 

 本を読むことで、作者が創る本の中の世界を見る。

 抽象的な表現ながらも、雛子の読書に対する姿勢と熱意がありありと伝わって来た。

 しかも雛子は、同じ本でも書き手によって見る世界を変えられるのだ。

 初めて見る雛子の読書家としての一面に、蛍はただ圧倒された。

 

「今日はこの第二章を借りに来たの。蛍ちゃんも読んだことあるのなら、借りてみる?」

 

「えと・・・やめておくね・・・。」

 

 彼女の厚意を無下にするのは気送れるが、例え辞書を片手に添えても、読むことが出来ないだろう。

 

「そっか。」

 

 雛子はそんな蛍に気を悪くすることもなく、微笑みながら第二章のある本棚へと向かった。

 蛍も雛子に続き、本棚から適当な本を見繕い始めた。

 そして読みたい本を借りた後、雛子を探して図書館を見回る。

 

「あっ、いた。ふじたさん。」

 

 既に席についていた雛子は、先ほど見せた童話の原文版第二章を読み始めていた。

 片手に英和辞典を開きながら、真剣な表情で本を見つめている。

 自分が声をかけたことにも気づいていないようだ。

 

(ジャマしちゃわるいか。)

 

 蛍は雛子の目の前の席に座り、借りた本を読み始めた。

 読みながら時折、雛子の様子を伺う。常に真剣かと思われたその表情は、時には微笑み、時には息を飲み、時には吸い込まれるように文字を目で追っていた。

 今の雛子の視界に、蛍の姿は映っていない。その目は既に本の世界の中だ。

 彼女の目の前には今、どんな世界が、景色が拡がっているのだろう。

 そんなことを考えながら、蛍も久しぶりに読書に励むことにした。

 

 

 しばらくして蛍は、本から顔をあげ、図書館の時計を見上げる。

 

「わっ、もうこんなじかん。」

 

 そろそろ夕飯の支度に取りかからなくてはならない時間だ。

 久しぶりに読書をしたが、やはり本を読み出すとあっという間に時間は過ぎるものだ。

 帰るために蛍が席を立つと、

 

「あっ蛍ちゃん。」

 

 椅子を引く音が聞こえたのか、雛子が本の世界から戻って来たようだ。

 

「あっごめんなさい、ふじたさん。じゃましちゃった?」

 

「ううん。私こそごめんね。私から誘ったのに、

 蛍ちゃんが目の前にいたことに気づかなくて。」

 

「ぜんぜん、きにしてないよ。ふじたさん、スゴくたのしそうにほんをよんでたもん。

 じゃましちゃわるいなっておもったから。」

 

「ふふっ、ありがとう。そろそろ帰るの?」

 

「うん、ゆうごはんのしたくしなくちゃいけないから。」

 

「良かったら、一緒に帰る?」

 

「え?」

 

 急な誘いに驚く蛍。てっきりまだ残って本を読むのかと思ったからだ。

 

「わたしは、だいじょうぶだよ。」

 

 蛍としても、特に断る理由はないため、蛍は雛子と一緒に帰ることにした。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 帰り道。雛子と今日読んだ本の話題に花を咲かせていた蛍は、誰かと一緒に帰るのは、今日が初めてだということを今になって気づいた。

 

(そういえば、一週間前は、あんなにふあんだったっけ・・・。)

 

 あの時は誘ってくれた要と雛子の前から逃げ出してしまったが、この一週間で2人と普通に会話が出来るようになった今、自然と一緒に帰られるようになったのだ。

 

(・・・かわれたかな・・・わたし・・・。)

 

 また一つ、確かな変化を実感する蛍。

 

「蛍ちゃんは、ファンタジーものが好きなんだ。」

 

「うん、まほうつかいさんとか、ようせいさんとか、むかしはあこがれてたんだ。」

 

 まさか自分が魔法使いになった上に妖精のパートナーが出来る日が来るとは夢にも思っていなかったが。

 

「ふじたさんは、どんなほんがすきなの?」

 

「私は・・・なんでも読むかな?

 ファンタジーにSF、サスペンス。あっでも、自叙伝やノンフィクションとかもたまに読むけど、どちらかと言えば創作物が好きね。」

 

「ふじたさんはほんとうに、ほんがすきなんだね。」

 

 何気なく語った言葉だが、雛子はなぜかその言葉を聞いて、複雑な表情を浮かべた。

 

「・・・ふじたさん?」

 

 雛子の様子が気になる蛍。すると雛子の口から驚きの言葉が語られた。

 

「私ね、昔友達いなかったんだ。」

 

「え?」

 

 突然の告白に蛍は驚く。

 

「自分から友達を作ることが苦手で、学校にいる間、ずっと一人だった。

 でも私は、1人で本を読むのが好きだから、1人で過ごせる時間があればいいって、ずっと自分に言い聞かせていたの。

 ホントは友達が欲しかったくせにね。」

 

 蛍にとっては耳を疑うような内容だ。

 少なくとも今の雛子は、人と接することが苦手のようには見えない。

 転校初日、自分に対しても分け隔てなく優しくしてくれたし、要を始めとするクラスの友人達とは、遠慮のないやり取りをしていた。

 例え昔の話であったとしても、雛子のそんな姿は想像できないのだ。

 

「もしも、要と会っていなかったら、今も一人だったかもしれない。」

 

「もりくぼさん?」

 

「要はね、私が嫌だって言っても、ずっと私を引っ張りまわして、無理やり自分の輪の中に、私を巻き込もうとしたのよ。

 全く、失礼な奴だと思わない?」

 

 だが雛子の言葉には、一切の不快感を感じられなかった。むしろ昔を懐かしむような感じだった。

 

「でもね、気が付いたら私の周りには、たくさんの友達が出来ていたの。

 要に、真に、愛子。みんな私の大切な友達。

 だから・・・蛍ちゃんの気持ち、少しだけわかるんだ。」

 

「そう、だったんだ・・・。」

 

「ごめんね急に、こんな話をしてしまって。でも、蛍ちゃんにはいつかこの話をしようと思ったの。」

 

「え・・・?」

 

「人付き合いに悩んだり、落ち込んだりすることは、別に不思議じゃないってこと。

 だから蛍ちゃん、あんまり自分の事、責めたり思いつめなくてもいいからね。

 私はいつだって、蛍ちゃんの味方だから。」

 

 もしかしたら雛子は、自分を励ます為に自身の過去について話してくれたのかもしれない。

 同じような経験を、過去に雛子もしたことがあるから、あまり気に病む必要はないと。

 それは自分と同じ境遇に立つ人を見た故の、同情から来るものなのかもしれないが、そもそも蛍にとって、ここまで親身になって心配してくれる人はいなかったのだ。

 だから、蛍は雛子の厚意が、素直に嬉しかった。

 

「ふじたさん・・・うん、ありがとう・・・。」

 

「どういたしまして。」

 

 話をしていると、蛍と雛子は分かれ道までたどり着いた。

 

「じゃあ、わたしのおうち、こっちだから。」

 

「うん・・・ねえ、蛍ちゃん。」

 

 別れの挨拶をしようと思った蛍だが、ふと雛子が声をかけてきた。

 

「なに?ふじたさん。」

 

「お昼休み、要と何を話していたの?」

 

「えっ・・・。」

 

 昼休みのことを突然訪ねられ、蛍は息を飲む。

 本当のことを話してしまうと、雛子を戦いに巻き込んでしまうことになる。

 だが嘘をつくことが苦手な蛍は、自分でもわかるほど狼狽する。

 これでは雛子の不信感を募らせるばかりだと言うのに、

 落ち着くことが出来なかなった。

 

「・・・私には、言えないことなの?」

 

 結局蛍に出来ることは、口を割らないことだけだった。

 不審に思われるだろうが、真実を告げて雛子を巻き込んでしまうよりはマシだ。

 だが雛子は過去の自分を重ねてまで、蛍の事を心配してくれたのだ。

 そんな彼女に対して隠し事をしなければいけないことに胸が痛む。

 いっそ全て打ち明けられたら、どれほど楽だろうが。

 

「・・・ごめんなさい。でも、おはなしするわけには、いかないから・・・。」

 

 蛍が告げられる言葉は、これが限界だった。

 

「・・・こっちこそごめんね。急に聞いちゃって。」

 

 だが意外なほど、雛子はあっさりと折れてくれた。

 

「じゃあ、蛍ちゃん、また明日、学校でね。」

 

「え?うっうん、またあした。」

 

 雛子はやや早歩きで、家まで向かった。

 その背中を見送りながら、蛍はこの先ずっと、雛子に秘密を抱えていかなければいけないことを気に病むのだった。


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