第4話・プロローグ
夕食を終え、明日の宿題と予習も終えた雛子は、読書を始めた。
雛子にとって、1人で本を読む時間は、
要を始めとする友人たちと過ごす時間と同じくらいに大切なものだ。
本を開けば、雛子の意識は現実から切り離され、本が生み出す世界へと飛び込んでいく。
その世界では、雛子は女子中学生ではない。物語の主人公だ。
時には可憐なお姫様、時には百戦錬磨の勇者、時には頭脳明晰な探偵。
時には女性、時には男性、時には性別不明な宇宙人。
ジャンルを問わず本を読む雛子は、何にでもなることができた。
雛子にとっての創作物とは、現実では体験出来ない事を、仮想的な現実として体験するためのものである。
特に本の場合、全ての情景を自分自身で想像しなければならない分、他の誰から与えられたものではない、自分だけの
風景の細部に至る視覚的描写から、目には映ることのない登場人物の心理的描写さえも綿密に描かれていることから、その人物と同じ視点と心境に立つことが出来る。
これらの要素は、視覚的に映像化された漫画やアニメ、ゲームにはないものであり、本は創作物の中でも、よりリアリティの伴った
だから雛子は読書が好きなのだ。
だが今日は、読書に集中することが出来なかった。
雛子は自分のベッドで健やかな寝息を立てながら眠る、集中できない理由へと目を向ける。
学校の帰り、玄関の前で拾った謎の生きたぬいぐるみ。
いや、生きている以上はぬいぐるみではないのだろう。ぬいぐるみに似た生き物だ。
そしてそんな生き物は、この地球上には存在しないはずだ。
ならばこの生き物は、一体どこから来たものなのだろうか?
雛子は本を閉じて立ち上がる。
ダメだ。今日のように他のことに気を取られ集中できない日は、想像力が欠如してしまうから、物語の世界に入り込むことが出来なくなる。
かと言って集中出来ないまま流し読みをするのは、作者に対して失礼だ。
本を閉じた雛子はベッドまで近づき、眠るぬいぐるみのような生き物のほっぺを人差し指でつく。
その柔らか感触に雛子は頬を綻ばせる。
「はあ・・・可愛い。」
読書以外にも雛子が好きなこと。
雛子は昔から可愛いものに目がなかった。
幼少の頃から集めている着せ替え人形やぬいぐるみの類は、今でも大切に保管してあるし、幾つかはこの部屋に飾っている。
この明らかに地球上のものではない生き物に対して、何ら恐怖を覚えなかったのも、単純に可愛いからだ。
とは言え、さすがにこの状況を楽観視しているわけではない。
何か自分の常識が通じないようなことが起きている。そう漠然と思えてきた。
「さて、この可愛い妖精さんは一体どこから来たのかしらね?」
ひとまず、ぬいぐるみのことを妖精と称するようにした雛子は、この妖精が起きたら、一体どこから、何をしにこの世界に来たのかを聞くことにした。
いつもは現実から本の世界へと行っていた雛子であるが、どうやら今回は、本の世界が現実の方へ来てしまったようだ。