◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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前方のヴェント編が終わった日

 結局、前方のヴェントは珱嗄の前に敗北し、学園都市に対するローマ正教の切り札は早々に一つ潰えた。

 神の右席という名前すら、そもそも知られる前に計画は頓挫してしまったのだ。目標であった筈の『幻想殺し』――上条当麻すら、彼女に会う前に全てが終わった。

 

 全ては珱嗄という存在がしっちゃかめっちゃか掻き回したせいで、ありとあらゆる不幸が打ち砕かれている。

 

 さて、珱嗄の前で崩れ落ちたヴェントだが、その後どうなったかというと。

 

「……殺しなさいよ」

「え? なんて?」

「殺しなさいって言ってるのよ……目的を達成出来なかった私に、生きる価値はないわ」

「え? なんて?」

「……」

 

 もう全てが終わりとばかりに、己の命を差し出すヴェント。

 だが珱嗄はその言葉もなんのその、どこぞの難聴系ラノベ主人公の如き耳の遠さで、決死の覚悟を一蹴した。

 

 ヴェントはそんな珱嗄の馬鹿にしたような表情に、殺す価値もないということなのかと軽く心を抉られながら唇を噛む。

 目標に返り討ちにされ、目的を達成することも出来ず、最期に死ぬことすら許されない。それがどれだけ惨めなことか、ヴェントはその身で思い知っていた。

 しかし、それは珱嗄という人間が人を無暗矢鱈と殺さないということの証明ではないだろうか。

 そもそも彼は平和ボケした日本の人間――敵だとしても殺したくないという甘さを持っているのか。そんなことを考え、とんだ甘ちゃんだと反吐が出る。

 

 すると、そんな考えにハッ、と嘲笑が漏れた矢先。

 

 

「殺しなさい、じゃないだろう――人にモノを頼むときはそれなりの態度ってぇ物が? あるんじゃないでしょうか?」

 

 

 どうして甘い奴だなんて考えてしまったんだろう。

 

 ヴェントは珱嗄のとても楽しそうな表情に、思わず無表情になって遠くを見つめてしまった。

 甘い奴? 平和ボケした日本人? 敵だとしても殺したくない? 何を馬鹿な。コイツは例え味方だとしても平気で手を下せる鬼畜だ。まだその辺によく居る殺人鬼の方が可愛げがある。

 珱嗄の言葉で生じた一瞬の思考停止、その隙を衝いてヴェントはその頭を地面に踏みつけられてしまう。

 

「あぐっ!」

「ねぇ、どう見ても貴方の方が悪役に見えるんだけどって、ミサカはミサカはドン引きしながら訴えてみたり……」

「殺してもいいのは、殺される覚悟のある奴だけだッ」

「結構カッコいいこと言ってるけど、貴方が言うと凄い理不尽を感じる! って、ミサカはミサカは慄いてみたり!!」

「まぁ、冗談として」

 

 ヴェントの頭から足をどけ、珱嗄は不意にその辺にあった建物の屋上へと視線を移動させる。

 その視線の先には、雨の中見辛いが人影が一つあるように見えた。打ち止めも、そのなんだか不穏な空気に騒がしい口を閉ざし、珱嗄の視線の方へと目を移す。

 

 そこに居たのは、常人よりも大分大柄な男だった。筋骨隆々と言えば分かりやすい程に鍛えられた身体は、自身の着ている服を押し上げて尚その主張をやめない。そして強面な顔には、明らかな警戒と敵意の表情が貼り付けられていた。

 

「お前さん、この子の仲間だろ? 見ての通りだ……俺は別にどうこうしようとも思ってないから、連れて帰るなら止めないぜ」

「……そうであるか」

 

 屋上から飛び下り、男はその見た目に似合わぬ軽やかさで着地した。

 佇まい、そしてその歩き方から、武の心得があることが分かる。それも、かなりの実力者だ。身体能力だけなら、珱嗄が今まで出会った中でもトップクラスだろう。

 

 男は蹲るヴェントの隣まで歩み寄り、珱嗄と改めて対峙した。

 

「私は神の右席が一人……後方のアックアである」

「どうも、学園都市の一般生徒A、珱嗄さんだよ」

「ふ、貴様が一般生徒であれば、この世界は魔術と科学で二分化などされてはいない。もっと混沌とした世界になっていた筈―――今回は一度退かせてもらうが、再び相見えることになるであろう」

「そりゃどうも」

 

 そう言うと、後方のアックアと名乗った男は踵を返してその姿を消した。魔術ではなく、どうやら超スピードで跳んでいった様だ。故に、打ち止めには見えなかったが、珱嗄はその背中を見送っていた。

 そしてその姿が見えなくなった時、珱嗄もまた踵を返して歩き出す。打ち止めもハッと気づいてその背中を追いかけた。

 

「さ、帰るかな」

「結局なんだったの……って、ミサカはミサカはドッと疲れを表してみる」

 

 また軽快なテンポで会話を繰り広げながら、珱嗄と打ち止めは仲良く雨の中に消えていくのだった。

 

「……………あーれー? あの流れで私放置ですか?」

 

 前方のヴェントを置き去りにしたままに。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 その後、打ち止めは無事に一方通行の下へと返され、前方のヴェントは煤けた背中を隠すことなく、誰にも見つからないルートでトボトボと帰ったらしい。

 そして雨が上がった頃には、学園都市はいつも通りの機能を回復。

 木原数多に関しては、天罰術式から目が覚めた『警備員(アンチスキル)』によって、銃刀法違反で逮捕。意識のないままに搬送された。目が覚めた時、檻の中に居た状況に『ふぁ!?』と声を上げたのは彼だけの秘密だ。

 

 学園都市中を何やら崇高な正義感と使命感に突き動かされ、打ち止めを探し走り回っていた上条当麻も、ばったり出くわした珱嗄にあの子なら帰ったよと告げられたことで、無意味なマラソンを止める。

 打ち止めが無事だったことを安堵すべきか、無駄に何キロも走ったのに、実は木原を倒した辺りで全部終わっていた事を嘆くべきか、彼には分からないのであった。

 

 そして珱嗄はというと、軽い散歩を終えた後、アイテムのアジトへと帰って寝た。

 

 珱嗄にとってはこれといった厄介事もなく、いつも通りの日常を過ごした位だ。前方のヴェントも、特に能力を使うまでもなく撃退し、迷子を保護者に返す途中の片手間にしか感じていない。

 また、後方のアックアに関しても、興味がなかったのかあまり覚えてもいない。アックアは覚えているが、その前に付いていた方向を忘れる位には、興味がなかったのである。

 

「はぁ……さて、と……そろそろなんか面白いこと起きないかね」

 

 そんな呟きは、誰もいない空間に響いて消えていった。

 

 

 


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