◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
正直に言えば、
言葉ではああ言った物の、結局のところ汐見栞の能力は『珱嗄の弱体化』の為に使われたのだ。気障な彼が、珱嗄と一対一で戦えるように使われたのだ。その結果、同等に危険視していた食蜂を強化してしまったのは、ある意味誤算だ。
彼らは食蜂操祈の身体能力の低さを甘く見ていた。
そしてもう一つの誤算は、そんな食蜂操祈が既に、珱嗄によって超感覚を得ているということ。今となっては食蜂操祈は珱嗄と同等のステータスを保有する存在へ大幅レベルアップを果たしてしまっている。
結果的には、彼らは珱嗄をもう一人作りあげてしまったのだ。正確には、能力によって弱体化した珱嗄をもう一人、だが。
「うーん、うんうん……どうやらあの子の能力は私にとってはプラスに働くみたいねぇ。いつもと違って、体力の回復も早いようだし、心なしか全体的に身体能力が上がった気がするしぃ……とはいえ、珱嗄さんの恩恵を受けていない私であれば、この向上した身体能力は使いこなせなかったでしょうけど、ね☆」
「お姉さん?」
「大丈夫よぉ美紀ちゃん。言ってなかったけど、私は今無敵なの」
「そうなん、ですか」
「だから、差し当たってはあの二人を倒しましょう。大丈夫、私がいれば百人力よ、レベル5は伊達じゃないの」
食蜂操祈と長峰美紀は、珱嗄達とは距離を取って二対二、ダブルスでの勝負を始めようとしていた。敵も二人、こちらも二人、食蜂操祈の能力を最初の時点で阻害したのは、消去法で対峙している女の方だろう。発電系能力や防御系能力という訳でなく、彼女の能力はそれ以外のものであり、かつ食蜂の能力を意図的に妨害出来る。
滝壺理后という少女は、AIM拡散力場に干渉出来る能力を持つ。つまり、AIM拡散力場に干渉する能力はあるという証明になるのだ。故に、彼女もその能力を持つ能力者。AIM拡散力場を感じ取ることが出来、AIM拡散力場を乱すことが出来るだけの、レベル3。
上条当麻の持つ、『異能の力を例外なく』無効化する『幻想殺し』ではなく
『超能力であれば例外なく』妨害出来る『AIM妨害』。超能力限定の―――『幻想殺し』。
故に、彼女は食蜂の洗脳能力に対して、自身らに干渉しようとするAIM拡散力場を掻き消すことで無効化出来たのだ。
能力者でありながら、能力を否定する能力を持つ者。レベル3であることから、レベル4やレベル5などの高い演算能力を持つ能力者の能力を妨害するのは中々骨が折れるし、出来ないこともあるのだが、それでも脅威的な能力だ。
「美紀ちゃん、とりあえず貴方はあの汐見栞って子を相手して頂戴。勘だけど、あの女と貴方は相性が悪い気がするわぁ」
「……分かりました」
「さて……」
話が付いた所で、食蜂たちは相手に向き直る。相手もそれに対して若干身構えた。
「楽勝よ☆」
食蜂はそう言って、瞳を煌めかせた。
◇ ◇ ◇
対して、気障な男の方は珱嗄に対して、多少善戦していた。
珱嗄の拳は、蹴りは、動きは汐見栞の能力によって一定まで落ちている。故に、どんなに無駄のない変幻自在な動きで攻撃出来ようと、距離を取っていれば十分躱すことが出来るのだ。しかも、彼は珱嗄とは反対に遠距離から攻撃出来るタイプの人間だ。
故に、
善戦、というより―――珱嗄の方が苦戦を強いられていた。
「チッ」
舌打ちを一つ。近づこうにも、出せる速さが一緒ならば、近づくのと同じ速さで距離を取られてしまう。ある意味、やり辛い。
「君の強みはその化け物染みた身体能力による近接戦闘の強さだ。だからこそ、こうして僕が距離を取れれば負けることは無い」
「……なるほど、理に適ってるじゃないか」
「そして、僕は君に対して遠距離から攻撃出来る」
気障な彼が両手を広げたと同時、大量のペイント液がふよふよと空中に浮いた。液体操作の能力、水だけではなく、液体であれば操作出来る能力。血液も、ペイント液も、毒も、液体であるならば操作出来る能力。使い方によれば、危険な能力だ。なにせ、人に触れた状態であれば体内の血液を操作する事も出来るのだから。
レベル3故に、触れた瞬間にとはいかないが、それでも5秒もあれば簡単に人を血液逆流で破裂させられる。
「とりあえず、今までペイント液塗れにしてきた子達の分まで、真っピンクになるといい!」
ひゅんひゅんと、ペイント液の塊が連続して珱嗄に襲い掛かる。だが、
「生憎と防御は完璧なんだよ」
「なっ!?」
逸らす能力の前では、そんなものは通用しない。迫りくるペイント液はどう操っても珱嗄に当たらない。磁石の同極同士を近づけた時のように、反発している。これでは、勝負は堂々巡りだ。
「……まぁ、中々面白い策ではあったよ。この俺の身体能力を下げることで対等にやりあえるまでになったんだから」
「………くっ……!」
「でもな、お前が強くなった訳じゃないんなら――――俺の勝ちは揺るがない」
瞬間、珱嗄の拳が彼の顔面を捉えた。威力は通常時の何百分の一にまで引き下げられているが、それでも珱嗄の拳は確かに、彼の顔面を捉えていた。
吹き飛び、地面に背中を叩きつけながら呆然とする彼。何故、いつのまに近づいたというのか? 汐見栞の能力はまだ有効な筈だ、おかしい、何故、何故? 疑問が頭をぐるぐると駆けまわり、結論も、答えも出せない。
「お前と俺じゃ、経験の差が違う。幾ら身体能力が下がってもな、体幹をぶれさせず、スムーズに身体を動かし、正しい場所、タイミングで全力の力を出すことが出来ればこうして一瞬で近づくことは訳無いんだ。武術の応用だな」
「ぐっ……だからといって……このダメージはありえない……! 幾ら速く近づけようが……っ……その威力は高が知れてる筈だ……!」
「ああ、これも武術の応用―――っていうか親友から学んだんだけどな? 『衝撃透し』って技術があるんだよ、説明は……いいか、別に」
珱嗄はダメージが全身に行き渡っていて、動けない彼に歩み寄り、未だ能力によって浮いているペイント液を『触れる』能力で掴んだ。ペイントボールは生憎弾切れだ。故に、代用させて貰おう。
「とりあえず、俺がペイント液塗れにしてきた子供達と同じように、真っピンクになるといい」
先程の彼の言葉を使ってそう言い返すと、珱嗄は掴んだピンクのペイント液を彼の顔面に叩き付けた。大量のペイント液は、彼の顔面だけでなく全身を真っピンクへと染め上げたのだった。