◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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閑話 小萌無双の裏側で

 時間は少し戻って、珱嗄が天使と戦闘を開始した頃。上条親子と土御門元春は旅館の一室にいた。そして、土御門元春と上条当麻は現在進行形、まぁ読者視点で言えば過去進行形になる形で敵対していた。

 理由は一つ、土御門元春が上条刀夜を殺そうとしていたから。当然、上条刀夜の息子である上条当麻は反抗する。記憶が無かろうが、術者であろうが、父親である事には変わりは無いからだ。だが、術者を殺さない限りこの魔術は止まらない。この場合、大多数の人間が見れば、世界を救う側として、土御門元春はどこまでも正義であり、術者を庇う上条当麻は、父親を護るためであっても悪だった。

 

 だが、上条当麻は父親を護る一心で世界を捨てようとしている訳ではない。父親を生かしつつ、世界も救いたいという、至極甘っちょろい考えをしているのだ。

 当然、ただ右手に異能を破壊するしか出来ない能力が備わっているだけの男子高校生に、世界を救うなど不可能だ。まして、自身の父親ですら護れそうにも無いのに。

 

 土御門元春は魔術師。以前も言った様に陰陽道のエキスパートだ。しかも、魔術に特化している訳では無く、対人格闘術にも長けていた。学園都市風に言うのなら、身体能力と超能力を併せ持つ能力者、という訳だ。故に、上条当麻が殴りかかろうが掴みかかろうが一切通用しなかった。

 殴ろうとすれば躱され、空ぶった隙に後頭部を打たれる。掴み掛ろうとすれば真下に殴られ、下がった上半身を膝で蹴りあげられる。しかも、悉く人体の急所を的確に打ち貫く技術に、上条当麻は早くもグロッキーだ。

 

「止めろっ! これ以上当麻に手を出すな!」

「ほぉ、お前程度の一般人が俺に勝てるとでも?」

「思っちゃいないさ。だが、私は上条当麻の父親だ! 息子に手を出すようなら、私はお前を許さない!」

 

 だが、反抗するのは上条当麻だけではない。息子を痛めつけられて黙っていられるほど、その父親は弱い精神をしていない。

 

「止めろ……! 土御門!」

「下がってろ素人が」

 

 蹲りながら呻く上条当麻に、土御門は冷たく吐き捨てた。

 

「いいかかみやん。ちょっと詳しく状況を説明してやる」

「………!」

「この魔術、『御使堕し(エンゼルフォール)』の術者は確実に上条刀夜だ。それも、無自覚な。そして、儀式場はかみやんの新居。あの場所にあったお土産の数々を見ただろう? あれは単体では特に意味を持たないが、置かれた場所において風水的に魔術的意味を持つ。風呂場には水の守護獣である亀の置物があったし、台所には金を司る白虎、玄関には赤いポストの置物、合計3000ものお土産がそれぞれ意味を持っていた。

 そして、それらは一種の魔術回路を生み出し、上条夫婦が家を空けたのを切っ掛けに、この『御使堕し(エンゼルフォール)』が発動した。だが、恐ろしいのはこの魔術が本当に偶然の偶然で発動したってことだ。あの儀式場には場合によっては別の魔術が発動する可能性が数多く存在し、たまたま発動したのが今回の入れ替わりだった訳だ。故に、あの儀式場のお土産を一つ動かしただけでもっと恐ろしい魔術が発動する事もあったんだ。

 だから、儀式場は全てのお土産を、それこそあの家ごと吹き飛ばしてしまわない限り、無数の魔術を発動させるんだ。だから、残った停止方法は術者の殺害。つまり、上条刀夜の殺害って訳だ」

 

 これが、土御門元春が上条刀夜を殺す理由。上条刀夜が殺される理由。世界の為に、魔術師は一人を切り捨てるのだ。

 

「分かったか? この魔術を根本から解決するには一人を生贄に捧げなければならないんだよ」

「………でも、」

 

 上条当麻はふらふらと立ち上がる。土御門の言っている事は理解出来た。納得もしている。確かに、この事態を止めるには上条刀夜を殺すしかないのかもしれない。

 だが、それを分かった上で、理解した上で、納得した上で、それでも上条当麻は受け入れる事は出来ない。

 

「それでも、この人は俺の父さんだ。この世界でたった一人の俺の父さんなんだ! だから父さんは殺させない、殺させる訳にはいかない! その為なら土御門、お前と敵対しようが世界を滅ぼそうが関係ねぇ! どうしても誰かが犠牲にならなきゃいけねぇってんなら、その幻想をぶち殺す!」

「………吠えたな。良いだろう、これより上条当麻は土御門元春の――――敵だ」

 

 土御門は歯を見せて笑った。サングラスの奥の瞳が、凶悪に輝いた。

 

「おおおおおお!!!」

「遅いぜよ」

「がっ……ぐふっ……!?」

 

 だが、それでも、上条当麻の拳は、土御門元春には届かない。踏み込もうとした上条当麻の足を踏みつけ、上条当麻の体勢を崩した土御門は、前のめりに倒れる上条当麻の鳩尾に拳を叩き込み、息を吐き出す上条当麻を投げ飛ばした。たったそれだけで、上条当麻は立ち上がれない。どれほど立ちあがろうとしても、身体が動かない。どれだけ吠えようが、どれだけ努力しようが、所詮素人は素人、玄人(プロ)には勝つ事は出来ない。

 

「当麻っ! くっ……うああああああ!!」

「ハッ」

「ガッ……ぁ、ああっ………!」

 

 上条当麻がやられて、上条刀夜は土御門へと迫る。しかし、彼もまた上条当麻同様の素人。隙だらけのボディに土御門が拳を叩き込むと、そのダメージで倒れこんでしまった。

 

 

「さて……と。それでは皆さんお待ちかね、種も仕掛けもある手品をお見せしましょう―――」

 

 

 土御門元春は、面倒事は終わったとばかりに息を吐き、懐から出した紙吹雪をばら撒き、『魔術』を行使する下準備を始めた。

 

 そう、能力開発を受けて、魔術を使えば拒絶反応で身体が壊れて行くにも関わらず―――

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 一方その頃、神裂火織は上条宅に辿り着いていた。見知らぬ他人の家を吹き飛ばしてしまうのは少し気が引けるのだが、この際仕方が無かった。

 

「家を吹き飛ばす為に『唯閃』を使う事になろうとは思いもしませんでしたよ」

 

 頬を掻きながら微妙な顔をし、自身の愛刀であり、身の丈以上の長刀、『七天七刀』を抜刀術の要領で構えた。そして、自身の内に秘められた『聖痕(スティグマ)』を開放し、一時的に神の子と同じ強力な力を使う事が出来る状態になった。

 神裂火織は、世界に20人といないと言われる、生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間、『聖人』である。彼女達はその身に宿す魔術的記号『聖痕(スティグマ)』を開放する事で、一時的に人間を超えた力を使う事が出来るのだ。しかも、魔術を行使していない状態でも、幸運がヤバいなど、なんらかの加護を持っているらしい。

 『唯閃』はその力を使った際の必殺奥義の様なものだ。一撃必殺の技みたいなものである。

 

「では――――『唯閃』!」

 

 神裂の腕が一瞬ぶれて、次の瞬間にはその刀が鞘から抜き放たれており、更に振り切られていた。

 そして、一拍後。上条宅は衝撃波と共に吹き飛んだ。

 

「―――ふぅ……これで今回の事態は収拾を迎える筈……あの方は天使をお仕置きするとか言ってましたが……大丈夫でしょうか」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「まずはめんどくせぇ下拵えから、働け馬鹿共。青龍、玄武、白虎、朱雀―――」

 

 神裂が儀式場を破壊した頃、土御門元春は魔術の準備を進めていた。その身体からは血液が噴き出し、既に拒絶反応で満身創痍だ。

 

「お前………何を……!」

「言っただろ、かみやん。この事件は誰かが犠牲にならないといけないってよ」

「まさか……!」

 

 土御門は、元々上条刀夜を殺すつもりは無かったのだ。自身を犠牲にして、儀式場を魔術で吹き飛ばすつもりだった。だが、そんな事をすれば上条当麻は止めるだろう。だからこそ、こうして叩きのめす必要があったのだ。

 

「知らなかっただろうけどなかみやん。俺って実は―――「あれ?」……は?」

 

 これを上げたのは、上条刀夜。

 

「あんた、誰だ?」

「は?」

「さっきまではテレビで見たことある様な姿だったのに……今は金髪にアロハシャツと随分とファンキーな格好に……」

「………」

 

 土御門は魔術の発動を一旦止めた。そして、窓に歩み寄って、海辺を見る。

 

「………うん」

「どうしたんだよ……土御門」

「いやね、なんかしらねーけど。『御使堕し(エンゼルフォール)』止まったみたいだにゃー」

「は?」

「ほら、見てみろよかみやん」

 

 上条当麻はふらふらと立ちあがって土御門の隣に歩みよって海岸を見た。そこには、少し前に見た珱嗄の姿があり、ゆらりと笑いながらこちらに手を振っていた。いつのまにか天使の姿は無くなっている。

 

「………どういうことでせう?」

「んー……シラネ」

 

 上条当麻と土御門元春は、なんとなく達観したような表情を浮かべた。そして、とりあえずオチを付ける事にした。

 

 

「夕日が綺麗だな! かみやん! 俺血塗れだけど!」

「取り敢えず救急車呼べよ!」

 

 

 こうして、上条当麻と土御門元春は神裂火織と珱嗄によって解決された『御使堕し(エンゼルフォール)』事件に、遠い眼をするのだった。

 

 

 


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