◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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打ち上げ

 そういえば、ドッキリだった。と、一方通行は頭を冷静に整理して肩の力を抜いた。もしも珱嗄が止めなかったら全力の拳が自身に迫っていただろうと思い、少しだけ珱嗄に感謝する。それと、上条当麻と戦った事で、変化があるというのもあながち間違いでは無かったという事もあって、中々有意義な戦いだったと思った。

 逆に、上条当麻はドッキリという事を知って、呆然とするしかなかった。止めようと思って張り切っていた実験が、既に止まっている。疑問は疑問を生み、なにも言えない。

 

「ほら、とっとと出ておいで」

「あ、ああ……」

 

 にゅっと出てくる珱嗄の手を掴んで、上条当麻は落とし穴から這い出た。そして、そのまま疑問の表情を珱嗄に向ける。

 

「えーと……どういうことでせう?」

「わはは、じつはさー……ちょっと前に俺実験止めちゃったらしくて」

「えええええ!?」

 

 珱嗄から告げられる衝撃の事実に、上条当麻だけでなく御坂美琴も駆け寄ってきた。

 

「どういうことよ!?」

「いやね、昨日位に俺アセロラとちょっとしたきっかけでバトっちゃって、それで勝ったら実験が止まった」

「………じゃあ、もうミサカ妹達は死ななくても良いのか?」

「そォいうことになるなァ」

 

 会話に一方通行も参加する。若干警戒する上条と御坂だが、敵意が無い事を両手を上げて示すと、少しだが、緊張が和らいだ。だが、到底信じられないのも事実。どうすればいいのかとあたふたするしかない上条達。

 だが、そんな状態の上条達に、証拠を示す様に、ミサカ10032号が歩み寄ってくる。

 

「その方の言っている事は事実です。と、ミサカは進言します」

「ミサカ妹!? お前、怪我は!」

「これは血糊です。と、ミサカは自身が無傷である事を示し、ドッキリが成功した事で優越感に浸ります」

「お前ノリノリだな!?」

「とはいえ、生きていられるのは驚嘆に値します。喜ばしい半面、戸惑う気持ちがあるのも事実です。と、ミサカは内心の動揺を抑えながら答えます」

 

 どうやらミサカ自身も内心ではまだ戸惑っているようで、そう言う。珱嗄はドッキリによって戸惑う上条達三人を楽しそうに、満足そうに眺めながら、頷いた。

 そして、落とし穴を手早く埋め直すとパンパンと手を叩き合わせて土を落とした。

 

「さて、詳しい話はもう少し落ち着いた所で話そうか。実験中止を祝って打ち上げしようぜお前の奢りで」

「オイコラ、さり気なくたかってンじゃねェよ」

「レベル5なんだから金持ってんだろ。奢れよ」

「………チッ、仕方ねェな」

 

 珱嗄の言葉に反抗した一方通行だったが、今回の件で珱嗄に感じる感謝の念もあったことから、素直にその頼みを受け入れた。御坂と上条も詳細を聞きたいとその打ち上げに参加する事にした。当然、ミサカもだ。

 

「それじゃ、行きますか。ファミレスでいいよね」

 

 珱嗄の言葉を皮切りに、珱嗄達は近場のファミレスに向かって歩き始めた。レベル5が二人に、片方のクローンが一人、教師が一人、そして無能力者が一人と、中々に奇抜なメンバーが歩く様は、全員を知っている者から見れば、中々面白い光景だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 で、無事にファミレスのテーブルに座っている珱嗄達。そして、事の顛末を全て珱嗄から説明された上条当麻達は、くてっと椅子の背もたれに力無く寄り掛かり、大きく息を吐いた。

 御坂美琴は、実験が本当に終わった事への安堵から、上条当麻はこれ以上ミサカ達が死ななくても良いのかという事実への安堵から、そして、ミサカと一方通行は長い話が終わったことで、身体の力が抜けたのだ。

 

「という訳で、ここらで一旦関係を修復しようか」

「……どういう事よ」

「みこっちゃんとアセロラ。お前らちょっと仲直りしろよ」

「……それは無理だろ。俺はクローンとはいえコイツにとっての妹を一万近く殺して来てンだ、今更仲良くなンて虫が良過ぎるだろ」

「そうよ。私だって、こいつを許すなんてありえない」

 

 一方通行と御坂美琴はそう言って仲直りを拒否する。

 

「馬鹿言うな。俺は別に仲良くしろっつってんじゃねーよ。とりあえず、恨み辛みはおいといて、復讐云々するのはよそうぜって話だよ。別に許せなんて言ってない」

「……成程、そういう事ね。……良いわ、私はアンタを許さない。でも、私はこの件でアンタに復讐しようなんて思わない。それで良いわね?」

「あァ、お前は俺を許さなくていい。俺はコイツを一生背負って生きて行く」

 

 御坂美琴と一方通行はそう言い合って、睨み合いながら握手をした。この先、彼女達が分かり合う時は無いだろう。彼女達が笑いあう事も無いだろう。だが、それでも彼女達がこの一件を巡って殺し合う事もまた、無いだろう。

 死んでいった一万とんで三十一のクローン達は、それを許すかは分からない。だが、それでも死んでいった彼女達の命を一方通行は背負う覚悟を決めたし、御坂美琴は彼女達の分まで一方通行を許さない事を決めた。それでいい。二人の関係は、それくらいがちょうどいいのだ。

 

「さて、これで一件落着しただし。何か食おうぜ、折角の奢りなんだし。ほら、上条ちゃん、お前も好きなだけ頼め」

「え、あ、ああ……えーと」

 

 珱嗄と上条の会話に、一方通行と御坂美琴は苦笑した。深刻な話をしていた後に、もうこんな軽いやり取りになっている。珱嗄のゆらりとした笑みを見ると、それも彼の持つ超能力なのではないかと思えてくるのだ。

 あらゆるものに『触れる』能力は、見事に一方通行の心に触れ、妹達(シスターズ)の命に触れ、御坂美琴の想いに触れ、上条当麻の正義に触れた。そして、それらを一番平和で一番平穏で一番幸せな結末へと導き、そしてこの状況を作りあげて見せた。

 実験を行い、殺して来た者と、実験を知り、止めようと心を削ってきた者と、他人の不幸を知り、それを救おうと拳を握った者、そして、実験を行なう為、殺されてきた者が、こうして一堂に会して共にご飯を食べている。決して、それぞれがそれぞれを許した訳ではない。仲良しこよしでやって行こうという訳ではないが、それでもこの瞬間、この光景は、確かに全員が幸せを感じる時間だった。

 

「ん? どうしたよ、みこっちゃんにアセロラ」

 

 珱嗄は自身を見ていた美琴と一方通行に笑いながらそう言う。そんな珱嗄の言葉に対して、美琴と一方通行は一瞬視線を合わせ、笑いながらこう言い返した。

 

 

「みこっちゃん言うな、馬鹿」

「アセロラじゃねェよ、アホ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その後、ファミレスから解散。各々自分自身の家に帰る事になった。一方通行は他のメンバーとは別方向で、ファミレスからは一人。珱嗄と上条当麻は同じ方向故に一緒に帰る事に。そして、ミサカと美琴も同じ方向なのか一緒に帰って行った。

 

「……でもま、ちゃんと実験が止まってよかったよ。ありがとな、珱嗄さん」

「あれ? さん付けるんだ?」

「よく考えたらアンタ俺より年上だよな。教師やってるくらいだし。だからだ。でもまぁドッキリに嵌められたから口調はそのままで行く」

「案外根に持つタイプなんだな、上条ちゃん」

 

 珱嗄と上条当麻はそんな会話をしながら歩いていた。空はどっぷりと暗く、街灯の光のみが彼らを照らしていた。

 

「あ!?」

「どうしたよ」

「………インデックスのこと忘れてた……!」

「インデックス?」

「居候のシスターなんだけど……夕飯準備せずに出て来ちまったからきっと怒ってる……!」

 

 珱嗄はそんな上条当麻の言葉に面白そうに笑った。頭を抱える上条当麻に、珱嗄は思い付いた様に提案する。

 

「あのさ、頼みがあんだけど」

「な、何だ?」

「家、泊めてくんない?」

「………はぁ!?」

 

 珱嗄は自身の帰る家がまだ無い事に気づいたのだ。アイテムの拠点に帰るのも良いのだが、ここからだと少し遠い。今日はもう動きたくないので、このまま上条当麻の家に泊めてもらおうという魂胆だ。

 

「それに、(きゃく)がいればそのシスターも無為に怒れないんじゃね?」

「よし分かった。じゃ帰ろうか珱嗄さん」

「わはは、見事な手のひら返しだよ。そういうの好きだぜ上条ちゃん」

 

 珱嗄と上条当麻は、若干楽しげに上条宅へ帰って行く。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 また、御坂美琴とミサカは同じ道を歩きながら、若干気まずい雰囲気を出しつつも会話していた。

 

「……あのさ、アンタも私を許さなくても良いからね」

「どうしてですか? と、ミサカは問います」

「どうしてって……それは、私のせいでアンタ達は実験に……」

「確かに、ミサカはお姉様の提供したDNAマップから生まれ、これまで殺される日々を送ってきました。しかし、それでもミサカ達がこうして此処に存在出来る理由も、またお姉様がDNAマップを提供してくれたおかげです。と、ミサカはお姉様に向かって真剣に言います」

 

 ミサカは美琴に対して、微笑みながらそう言う。だが、空が暗いせいでその微笑みは美琴には見えなかった。それでも、彼女はつづけて美琴に言う。

 

「あの少年が言っていたように、此処に居るミサカが一人のミサカなのです。今回の件を通して、ミサカはをそれを理解しました。一方通行が言っていた、感情というものがミサカ達にも確かにありました。それは、とても素晴らしい物ではないですか? と、ミサカは自身の手を見ながら言います」

「そう、ね……」

「だから、少なくともこのミサカはお姉様に対して憎しみや恨みは抱いていません。ああ、いえ……これは今生きている全てのミサカ達の総意です。ですから、お姉様は誇って下さい。ミサカ達が生まれる事が出来たのは、他でも無いお姉様の『おかげ』なのですから。と、ミサカは頭を下げます」

 

 ミサカの言葉に、美琴は眼を見開いて、涙を浮かべる。そして、それを見られない様に拭った後、ミサカに背を向けてボロボロと涙をこぼしながらも、笑みを浮かべた。嬉しかったのだ、そう言ってくれた事が。今まで恨まれて当然と思って来た彼女達が、自身に感謝を抱いてくれたこと。そして、実験動物と自身達で自称せずに、一人一人に命があるのだと分かってくれた事が、何より本当の意味で自分を姉と慕ってくれた事が、たまらなく嬉しかったのだ。

 

「そ、そう! なら、良いわ」

「泣いているのですか、お姉様。と、ミサカは分かっている事を確認するためにお姉様の表情を覗きこみます」

「ちょ、ちょっと! 泣いてないわよ!」

「はははー、とミサカは反応の良いお姉様をからかいながら逃げます」

 

 逃げるミサカと、追いかける御坂。その光景は、客観的に見ても、姉妹のようであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方通行は暗がりの中、一人歩いていた。途中で寄ったコンビニで缶コーヒーを購入し、いつも通りに自宅へ戻る。だが、気分はそう悪くなかった。

 無敵へとなれるチャンスが潰れたというのに、それを後悔する事も無く、むしろ清々しい気分だった。無敵と評すに相応しい珱嗄と、最弱(さいきょう)と評すに相応しい上条当麻。この二名と戦い、それを通して自身の中の何かが変わった事が、分かっていたからだ。今はもうクローンを殺せと言われても拒否するだろうし、殺人以外の平穏な方法で無敵になれると言われても拒否するだろう。

 

「なンなンだろうなァ……この一方通行(アクセラレータ)も甘くなっちまったかァ? いや、甘くならされた、かァ?」

 

 そう呟くも、その口元は笑みを浮かべていた。そして、現在の時刻を確認するべく携帯を取り出す。

 

「23時12分……か……っと……」

 

 携帯をしまおうとして、また開く。そして、アドレス帳の一番上に何故か登録してある珱嗄のアドレスを見た。そして、操作しながら削除のボタンを押す。

 すると、『本当に削除しますか? Yes/No』の表示が出る。一方通行はYesの部分にカーソルを合わせ、決定ボタンを押そうとして、少し躊躇う。

 

「………チッ」

 

 一方通行は携帯をパッとしない待ち受け画面に戻し、携帯を閉じると、ポケットに仕舞った。

 

「本当に、甘くなったもンだなァ………でもま、悪くねェ気分だ」

 

 一方通行はそう言って止まっていた足を動かす。そのポケットの中の携帯には珱嗄のアドレスが削除されずに入っていたのだった。

 

 

 


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