◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
「ミサカ妹から離れろっつってんだ! 聞こえねーのか三下ぁ!!」
さて、珱嗄のドッキリ計画が始まってしばらく。やってきた上条当麻は一方通行の傍でうつ伏せに寝転がっているミサカ妹を見てぶち切れながらそう言った。勿論ミサカ妹は全くの無傷。珱嗄の持ってきた血糊でそれっぽく怪我人メイクが為されているものの、一方通行が彼女にしている事といえば、能力を使わずに片足を乗っけている位だ。
だがそれだけでも十分上条当麻と後方に控えている御坂美琴の琴線に触れられたようだ。ちなみに、珱嗄はにやにやしながらコンテナの影に隠れている。
(とりあえず戦えって言われた物の、こっからどォすりゃ良いンだっつの……)
とはいっても、一方通行とミサカはドッキリがどのように進行する物なのか知らない。とりあえず一方通行は上条当麻と全力で戦い、ミサカは邪魔にならない様に御坂美琴の居る場所らへんに退避してなさいと言われたのだ。
(が……コイツと戦う事でお前の何かが変わる、って言ってたしなァ……この三下が何を持ってンのかはしらねェが……戦う価値はある、か)
だが、一方通行はドッキリなど関係無く上条当麻との戦闘に集中するだけでいいと言われており、珱嗄から上条当麻との交戦が今後の一方通行に何か変化を齎すと言われた。故に、彼はその言葉を信じる事にしたのだ。
「……オマエ、おもしれェな」
「……」
「じゃあまァひとつ相手して貰おうか。精々逃げ回れよ三下ァ!」
一方通行はミサカから足を退けて上条当麻と対峙する。ミサカはそそくさと退避を開始した。
「自己紹介しとくぜ、
「……上条、当麻だ」
「そォかい。じゃあ上条、この世にお別れは済ンだか?」
一方通行は両手をゆらァっと広げて吊り上げる様に笑みを浮かべる。上条当麻はそれに対して右拳を握った。御坂美琴には向けなかった、その最大にして唯一の武器を。
「現代アート風の面白ェ死体に変えてやンよ!」
一方通行の言葉で両者が動く。上条当麻は駆け出し、一方通行の懐へ潜り込んだ。だが、一方通行は地面を蹴ってベクトルを変換。その衝撃を増幅させ、地面を爆発させた。飛び散る砂利と砂が上条当麻の身体を打つ。その勢いは、上条当麻の身体を大きく吹き飛ばした。
「ガッ……ぐぅっ……!!」
「おっせェなァ……そンなンじゃ百年遅ェぞ三下ァ!」
追撃とばかりに敷かれていたレールを取り外し、上条当麻に向かって二本、三本と投擲した。風を切って進むレールを上条当麻は転がる様にして躱す。だが、その衝撃は確実に上条当麻の身体に負荷を与えていた。近づくことすらままならない、これがレベル5の頂点。珱嗄と戦った時は分からなかったかもしれないが、元々彼はこの街最強の能力者だ。肉体一つで挑むには圧倒的に強過ぎる。
一方通行の超能力、『ベクトル変換』は基本的に反射として使用されていたが、その本質は力の向きの操作にある。殴られれば殴った方向とは別の方へとその力を流す事でどちらも傷つく事は無く、能力を叩きつけられればその能力を四方八方へ拡散させることでどちらも傷つかない。使い様によっては体内の血液の流れの向きさえも操作出来る能力なのだ。
無論、破壊のみではなく、創造や救助、治癒にもこの能力は使用する事が出来るのだ。彼自身が、そう使って来なかっただけで。
彼はそれに気付かない。人を助ける事に力を使う事が、怖いのだ。助けられなかった場合、自身の力が破壊にしか使えないと認めるしかなくなってしまうから。だから彼は力を破壊にしか使わない。
逆に、上条当麻の能力、『
ある意味、彼と一方通行は似た方向性の力を持っておりながら全く真反対の力の使い方をするのだ。何かを破壊する力を持ちながら、それを破壊する方向に使う一方通行と、それを護る方向に使う上条当麻。同じなようで反対、反対なようで同じ。彼らは良くも悪くも鏡合わせの様な関係なのだ。
故に、珱嗄は上条当麻と一方通行が戦えば、お互いがお互いに何かしらの変化を齎すと考えた。
「………はぁっ……はぁっ……!」
(分からねェ……唯の雑魚じゃねェか……こンな奴と戦って何が得られるってンだ)
一方通行は荒い息を吐きながら此方を睨みつける上条当麻にそう感想を抱いた。自分に近づく事も出来ない無能力者と、そう思った。
だが
(コイツの眼、全然諦めてねェ……大抵の雑魚は腕の一本でも弾けばビビって震えあがるっつーのに)
「はぁっ……はぁ……」
上条当麻の瞳からはまだ闘志が感じられた。最強を前にして諦めていないのだ。その姿には、一方通行も少しだけ興味が湧いた。
「なァオイ三下。てめェはなンでそう命を簡単に賭けられる? テメェだって命は惜しい筈だろうが」
だから問う。主人公が何故人の為に命を賭けられるのかを。自分という敵キャラには出来ない行為を、何故そう簡単にやってのけてしまえるのかを。
そして、主人公は答えた。当然の様に、当たり前の様に、それが普通であるかのように、答えた。
「決まってんだろ……皆が笑ってられる方が、良いに決まってるからだ……!」
「アン?」
「これまで何百、何千のミサカ妹達を殺してきた? そんだけすげぇ力があんのに、なんで人殺しにしか使えねぇんだ。ふざけんな! ミサカ妹達だって生きてんだぞ、必死に生きて、猫に餌やったり、ちょっとした事で言い合いになったり、普通の女の子らしく過ごせてたんだ! それをテメェの勝手で殺して良い訳ねぇだろうが! 単価18万円だ? 実験動物? そんなの知った事か! お前みたいな奴の勝手で一人一人命を持った奴が死ななきゃなんねぇなら! 俺は――――」
一方通行は眼を見開いた。彼の言葉が、彼の姿が、彼の迫力が、何もかもが眩しかったから。闇の世界で人を殺し、クローンを殺し、襲い掛かってくる輩も、親しくしようとする教師も、同級生も、悪意も、良心も、敵意も、好意も、人望も、権力も、暴力も、善意も、親しみも、何もかもをその反射ではじき返してきた彼からすれば、上条当麻の最弱でありながら足掻き続けるその姿は、なによりも醜くて、何よりも気高く見えた。
「―――その幻想をぶち殺す!」
上条当麻が駆け出す。一方通行は動けないでいた。その言葉が、輝きが、遠い場所にある光の様に感じられたから。
―――ああ……
上条当麻が拳を握る。
―――なるほど、これが……
そして、一方通行の目の前に足を力強く踏み込み
―――これが、
ずしゃっという音と共に一方通行の視界から消えた。
「え?」
一方通行は間抜けな声を上げた。そして、視線を下に向けるとそこには、
「はーい、ドッキリ大成功! やぁやぁ上条ちゃん。いい台詞だったね! 中二精神溢れるとても感動する演説だったよ!」
そして現れる珱嗄。どうやら珱嗄は事前に一方通行の目の前に落とし穴を仕込んでいたらしい。上条当麻はその珱嗄の言葉にきょとんとしながら土まみれになりつつ呆然とする。
珱嗄はそんな彼の前に、『ドッキリ大成功! 実は実験は既に中止だったりして!』と書かれた看板を、差し出したのだった。