〈15〉
旭東帝国皇帝天城刀夜とアルセルフ王国第1王女ユミエル・アルセルフを狙った暗殺未遂事件の報復措置として帝国軍により行われたアルセルフ王国内部に潜んでいた闇組織の一斉摘発、通称『アルセルフ事変』から数日、王城では各大臣だけでなく国王までも参加する御前会議が開かれていた。
「では軍務卿、旭東帝国軍の情報を」
「はっ、先日10月1日付けで軍事同盟の下彼らが初めてこちらと接触した港町『ハーフェンシュダッド』に陸軍派遣師団約6,300と海軍派遣艦隊が進駐、条約に基づきハーフンシュダッド近くに軍港及び基地設営を開始した……ところまでこちらは確認しておりましたが設営を行っていたはずの帝国軍は夜陰に紛れて移動を開始、夜明けまでに王国各所に点在していた我々でも把握し切れていない闇組織拠点に同時に強襲、その構成員の9割を捕縛もしくは殲滅しました」
「……事実上の『壊滅』だな。しかも制圧に掛かった時間は凡そ1時間、更に残りを拘束して撤退まで行って尚夜明けまでに全ての部隊が駐屯基地までの帰投を完了とは……
軍務卿の報告に陸軍大臣が頭を抱えるようにしてそう呟く、だが頭を抱えていたのは陸軍大臣だけでなく同じく軍を束ねる海軍大臣もだった。つまりそんな相手に
そしてその呟きに答えたのは外交を担当する外務大臣だった。
「いえ、居ない筈です。いや、居ない……とは言い切れませんが彼らが言うには彼らは魔法の無い世界から現れたとの事で実際彼の国の皇帝も魔法が使えずユミエル王女に習っている最中です」
「しかしそれが演技という事もあるのではないか?事実先日刺客を魔法で迎撃したのであろう?」
「それに関してはユミエル王女からほぼが全て初級魔法を組み合わせて発動されていたもので魔力的なロスも多く即興で行った事だと報告も受けています。なので演技という線は薄いでしょう」
魔法大臣の言葉に会議に参加する各大臣達は安心するどころか寧ろ頭が痛くなってきていた。魔法無しでそこまでやれる国相手に自分達はどうしろと?といった感じである。そして彼らの頭を痛くしているのはそれだけではない。
「更に市井で最近噂になっておる暗躍部隊の存在……諜報機関が何処まで洗ってもあくまでそれは『噂』でしかなく、だがそれが『事実ではない』とは言い切れん。恐ろしい部隊が居るもんじゃな……」
法務大臣の老人が零したその言葉はその場にいる全ての大臣や卿、王の心の声を代弁したものである。平時有事を問わず国を運営する者達にとって最も恐ろしいものは軍事力でも経済でも世論でもない、いや間違ってはいないが何より怖いのはそれらを裏で
「これはこの国だけにでなく他国への『警告』、帝国に手を出せばタダでは済まないと言う意思表示だろう」
国王ユーサーは帝国の行ったこの軍事行動の意味する目的を読み取り口にする。彼ら旭東帝国がこの大陸に現れてまだ僅か1ヶ月、しかしその僅か1ヶ月という期間だけで旭東帝国は今まで数十年と時を掛けて探り続け未だに壊滅させる事の出来ていなかった闇組織を特定し、更には僅か数時間で壊滅させた恐ろしくも美しい手腕をこの国にだけでなく周りの他国にさえそれを見せつけたのである。
我ら帝国に仇為せば例えどんな組織、どんな国家であろうともこんな目に合わせてやろう、と
そしてその言外の言葉はハッタリでも虚勢でもない、明確な実績と自信を持った事実であるからそこタチが悪い。
「……我々の帝国への態度は十二分に気を付けるべきだな。各貴族へ通達、帝国に対する意識と態度に気を付けるよう指示せよ」
「左様ですな、我が国では帝国の逆鱗どころか足をちょっと踏み付けた程度でも吹き飛ばされ無くなってしまいそうですからな」
「ラシアン卿が言う位であれば洒落になりませんな」
「全くです、万が一にも帝国と一戦交えるとなった時どうすれば良いのか最早我々にはさっぱり分かりませんよ……どう頑張っても逆立ちしても帝国に一矢報いる事すら出来るかどうか怪しい所ですからな……」
一見すれば絶望的なまでの差が存在する現実を知る王国を支え守っている男達の乾いた笑い声が会議室に響く、もう笑ってでもいなければやっていけない。既に大臣の半数が胃を蹂躙され帝国製の胃薬に治安維持協力を受けている真っ最中なのだ、このままいけば下手すれば帝国に本格的な治療をお願いしに行かなくてはなりそうな程でもある。
「……ところでだが、我が国はまだいい。だが周辺国の方はどうなっている?」
アルセルフは大陸の東岸の平野に位置し、その四方は
アルセルフ北西、ステラス山脈の反対側に位置し豊富な資源と巨大な永久凍土、
アルセルフ北、ステラス山脈の東端にある海岸平野に首都を置き強力な海軍力を保有するディルジェ皇国
アルセルフ西前、大陸平野に存在する幾つかの城塞都市を纏める多民族国家であり大陸で唯一共和制をとる自由都市群スフィア
アルセルフ南西、大森林に接する大陸平野に首都を置く獣王が治めるフランタル王国
アルセルフ南、大森林の更に奥に存在する
の、人族、獣人族、エルフ族の単一国家が3ヶ国、多種族国家が2ヶ国の計5ヶ国である。因みにアルセルフは多種族国家であり政治形態は絶対王政を採用、文明レベルは凡そ中世、16世紀に相当する。(魔法がある為一部では18世紀レベルに達している部分もある)
「友好関係のある『レヴェリア』『スフィア』『フランタル』『アレグリア』には外務省が使節を派遣して帝国との仲介を行っておりますが長年敵対関係にある『グランツィーソ』と大陸西方にある国々にはどうにも……」
「ふむ……だがどうにかならんか?近年グランツィーソの動きが活発化し怪しいと報告は受けておるが」
アルセルフ王国と神聖グランツィーソ帝国との関係は悪い、それには訳がありその理由のひとつとして『グランツィーソが大陸北方に存在するから』と言うものがある。つまり大陸北方にあるグランツィーソは年間を通して気温が低く更には永久凍土に大地のその7割が閉ざされている為その食糧事情はあまり芳しくなく、その上国土に面する海の大半が夏場以外は港が氷に覆われてしまう為に彼らは遥か昔から『
「……難しいでしょう。そもそもかの国とはあのステラス山脈を間を挟んでおり山越えが必須、一部比較的なだらかな経路はありますがディルジェとの国境にも近く緩衝地帯として三国が常に目を光らせておりますし情報の伝達はどうしても時間が掛かります」
「ふむ……」
ラシアン卿と外務大臣がそう言うがユーサーは何処か不安気に相槌を打つ。今長年王宮の混沌とした陰謀を切り抜けてきた百戦錬磨の名王の胸中にはなんとも言えぬ不吉な予感が漂っており、更にその予感により彼の半生は生きてこられたのだと本人も自覚している為その予感を否定する事も出来ない。だがどうしても現実的解決策は見つからなかった。
「如何致しますか?」
「北部前線基地と周辺の北方貴族達に注意の呼び掛けを布告しておこう。せめて即応できるように、な。外務省はできるだけ早く友好国への仲介を進めよ、……最悪、グランツィーソとの戦争もあり得る」
「
ユーサーは現在打てる最善の手を打つ、だがこの時王の、王国の懸念は決して間違ってはいなかったのは確かであった。
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【アルセルフ王国の権力構造】
国王
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宰相(宰相府)
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┌─────+─────┐
| | |
外務卿 内務卿 軍務卿
外務大臣 内務大臣 陸軍大臣
| 財務大臣 海軍大臣
外務省 法務大臣 |
| 軍務省
| 警務省
内務省
大蔵省
法務省
『ハーフェンシュダッド』は『ハーフェン』がドイツ語で『港』を表し直訳すると『シュダッドの港』となります。
神聖グランツィーソ帝国のモデルはロシア帝国です。ただこの国はロシア帝国ほど畑で人は取れないですね。あとグランツィーソからして東にあるディルジェより隣国であるアルセルフが狙われる理由は山脈の僅かな切れ目が丁度アルセルフ側にありグランツィーソが求めた条件全てを満たしているからでもあります。あと(帝国には)何かと因縁もあったそうです。