今回は変わってしまった彼の昔と今を思う一人の少女がメインです。
それでは、どうぞ。
「めだかさん! おはよう!」
「うむ、おはよう美波!」
「……」
「アキもおはよう!」
「……」
「返事しないか、明久」
「……へ~い」
冬の寒さが身にしみる、12月の日曜日の朝、二人の少女と一人の少年がデパートの前でお互いに挨拶する。もっとも少年のほうは嫌々ながらの返事だったが。
「もしかしてアキ、今日は買い物、嫌だった?」
「おう。どうして女子の買い物に俺が付き合わないといけないんだよ」
「どうせ部屋に引きこもるか、賭博するかの二つしかお前はしないんだからいいだろう」
「賭博じゃなく、生活費を稼ぐと言え。実際、そうなんだからな」
「賭博じゃなくてアルバイトしなさいよ」
嫌な態度を隠そうともせず悪態をつく少年に対して、二人の少女はため息交じりに呆れる。どうやら少年は家の中で一日を過ごす予定だったらしいが、一人の少女が強引に外に連れ出したようだ。
「明久の悪態は置いといて……美波、さっそく買い物に行くぞ!」
「あ、ちょっと、めだかさん! 待って!」
「行ってら~」
意気揚々にデパートに入っていく少女に続くように行くもう一人の少女。それを見送るように手を振る少年。二人を見送った後、少年はとっとと帰ろうとするが、それはできなかった。最初にデパートに入っていった少女が忘れ物したかのように少年の方に近づいていく。そして、盛大に首根っこを掴んだ。
「ぐえぇ!? て、てめぇ! 何をする!?」
「忘れるところだった。放っておいたら、お前は帰ってしまうからな」
「そんなこといいから、離せ!」
「よし! 改めて行くぞ!」
「ぐおぉ!? く、首が絞まる……!」
「あ、あはは……」
首根っこ掴まれながら少年を引きずっていく少女を見て、後から入っていった少女が苦笑いをしながら二人を待つ。
一直線な少女、黒神めだかと首根っこ掴まれ、窒息寸前の少年、吉井明久、苦笑いで二人を眺める少女、島田美波はデパートで日曜の休日を過ごしていく。
◇◆◇
「く、くそ……黒神……てめぇ、少しは遠慮ってもんを考えろ……」
「なぜそんなに疲れているのだ?」
「めだかさん……そんなに大量に買った服を全部アキに持たしたら、そりゃ疲れるわよ」
「あ……変態のトレーニングに耐えたのだから、大丈夫だと思ったのだが……」
「めだかさん、変態が考えるトレーニングなんて受けちゃだめよ」
デパート内のベンチで休憩を取る明久を見て、めだかは心底不思議そうにしていた。美波としても、めだかの買い物の量は異常なので、明久の苦労はわかっているつもりだ。
三人は今、ゲームセンター前のベンチで休憩していた。と言っても疲れているのは明久だけで、めだかと美波はそこまで疲れていない。なぜ明久だけが疲れているのかと言うと、めだかと美波が買ったもの(主に服)を明久が全部持っているからだ。これが二着、三着だけならまたしても、めだかが美波と明久に対するプレゼントと称して、あれもこれも買っていくため、両手一杯どころか、両腕、しまいには首も使って、持っているのだ。しかも連続で6軒も回っている。これで疲れなければ、そいつは超人とかの何かの類だろう。
「トレーニングを受けたからって、疲れるもんは疲れるんだよ!」
「そうか……だが、女性の買った物は男性が持つものだと、私は聞いたのだが?」
「だからって限度があるだろ!?」
「や、やっぱりウチも少しは持ったほうが……」
「いい。こうなったら別の手段を使うまでだ」
不思議そうに首を傾げるめだかに対して、さすがにやりすぎたかなと思う美波は、少しは持つと申し出た。だが、明久はその申し出を断り、荷物を全部持って、どこかに行こうとする。
「む、単独行動は禁止だぞ、明久」
「ここまで来て勝手に帰りゃしねぇよ。少しゲームセンターで時間を潰してろ」
「アキ、大丈夫なの?」
「大丈夫だから、安心しろ」
明久がそう言うと、荷物を持って一階に降りていった。残された二人のうち、美波は大丈夫かなと心配するが、めだかは降りていく明久を見届けると美波の方に振り向く。
「まぁ、明久がああ言っているんだ。私達は私達で時間を潰そう」
「う~ん……そうね。じゃあ、そうしましょ」
めだかの言葉に頷き、美波はめだかと一緒にゲームセンターに入っていった。ゲームセンターにはクレーンゲームやシューティングゲーム、レースゲーム、プリクラと様々なものがあり、それぞれのゲームに色々な人たちが集まっていた。めだかはその中でも、シューティングゲームの中のガンシューティングの方に向かっていった。
「めだかさんってこうゆうゲームをするの?」
「いや。だが、明久がよくこうゆうゲームをやっているのを見ていてな、本人がいない間にやろうかと思ってな」
「どうして? 一緒にやったほうが楽しいじゃないの?」
「一緒にやるとな、明久のやつ『お前、下手だな』と必ず一回は貶してくるのだ」
「そ、そうなんだ……」
めだかを貶しながらゲームをやっていく明久の姿を想像し、美波は苦笑いで納得した。前の明久ならそんなことはないが、今の明久なら容易に想像がつく。めだかは早速100円を入れるとゲームを始める。最初のうちは持ち前の才能で難なく1ステージ目をクリアするが、2ステージ目で一気にダメージを喰らうようになった。
「ぬ、く、この……!」
「あ、喰らっちゃった」
「こ、この……まだまだ……あっ!」
あとちょっとでボス戦という所でライフが全部失くなってしまい、ゲームオーバーになってしまった。まさかのガトリング銃搭載のジープが突撃してきたのである。咄嗟だったので反応できず、やられてしまった。
「ぐわぁー! くそ! あとちょっとだったのに……!」
「でも、初めてでこれだけできるってすごいわよ! さすがめだかさんよね!」
「なんだよ。結局2ステージでくたばってんじゃねぇか」
「きゃあああ!? ア、アキ!? いつ来たのよ!?」
「こいつが無様にゲームオーバーになったときだ」
「一番情けないところを見られたということか……」
めだかにフォローを入れようとしたとき、いつの間に美波の後ろに来ていた明久が髪を掻きながら呟く。いきなりの登場に美波は驚き、めだかは悔しそうに歯噛みした。その明久だが、あれほどあった荷物が一つもなく、身軽になっていた。
「お前、荷物はどうした?」
「全部郵送してもらったに決まっているだろう? あれだけの量、ずっと持てるか」
「それならいいが……そこまで言うなら明久、お前の実力を見せてもらおうか」
「へっ、これぐらいワンコインで全クリしてやる」
そう言うと明久はめだかからコントローラーを受け取り、100円を入れる。お金を入れるのと同時にゲームが始まった。明久はやはり言うだけあってか、現れる敵を即座に撃ち抜き、敵の直撃弾を即座に回避する。一目で上手なことが分かる。
「わぁ……アキ、上手ね」
「むぅ……なぜこんなに出来るのだ」
明久がゲームをする様子を後ろで眺める二人。美波は素直に感心し、めだかは悔しそうにしていた。
「おい見ろ。あの少年、さっきからノーダメージだぞ……?」
「知らねぇのか? あの少年、結構このゲームセンターに通っている奴だぞ?」
「すげぇ……このゲームでノーダメージって相当難しいだろ」
しばらくすると、明久のプレイを見て、多くの人が足を止め、見入っていた。当の本人である明久はそんなことは露知らずとゲームを進めていく。
「……本当違うなぁ」
「ううむ、確かに違うな。どうやったら、あんなに上手くできるのだ?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
美波の言葉にそうだなと賛成するめだかに、美波は咄嗟に否定する。彼女はゲームのことではなく、別のことで違うと思っていたようだ。
「今のアキってこう……」
「ゴーイングマイウェイ?」
「そう言うのかな? ともかく、そんな感じで……やっぱり前と違うんだな……って思っちゃうの」
「転校生ゆえ文月学園における前の明久とはどういった感じだったかは知らないが、確かに変わったと言えば変わったな」
「えぇ……こうやって今のアキを見ていると昔のアキはもう戻ってこないのかな……って思っちゃって……」
俯きながらため息をつく美波を見つめるめだか。めだかもその気持ちは分からないわけでもなかった。自分も思い出の中の明久が変わってしまったことにショックを受けたからだ。
美波がめだかと知り合ったのはめだかが転校してきて、2ヶ月がたった頃だ。サッカー部の新人戦における助っ人依頼が終わり、目安箱が本格始動し始めていた時のこと、めだかはいつも通り目安箱の投書を明久と共に解決していった。
そんなときだ。「一対一で相談に乗ってほしい」と美波からの投書があったのは。彼女の要望通り、めだかは美波と一対一で会い、そして相談に乗った。内容はとても簡潔だった。
『“今”のアキと仲良くなるにはどうすればいいのか』
話をよく聞いてみると、彼女は明久と同じクラスで、明久と友達だったようだ。しかし、明久が観察処分者に認定されたあの日から、周りが明久を貶し始めた。『出来損ない』、『弟の足を引っ張る屑』等と周りは彼を罵り、優秀な弟を保護し、愚かな兄を罵倒した。
明久が責められる中、美波は何も出来なかった。言葉が通じず、クラスの中で浮いていた自分と友達になってくれた彼に何も出来ず、ただ変わっていく様を見ることしか出来なかった。彼はそんな人じゃない、彼は私を助けてくれた優しい人なのだ。そう言いたかったのに、また孤立するのが怖くて何も言い出せなかった。自分のために、彼を守らなかったのだ。
結果、彼は孤立し、不登校になった。周りは彼がいなくなったことを何とも思わず、いつも通りの日々になったが、美波の中には深い後悔だけが心に残っていた。
「今のアキって、とても活き活きしているっていうか、何ていうか……とにかく自分にすごく正直になった感じで……」
「確かに自分に正直にはなったな。これ以上にないほどに」
「いや、前のアキも結構正直だったけど、でも自分勝手じゃなかった」
「……今の明久は不満か?」
「ううん。今のアキもアキだもの。そこは変わらないって分かっているもの」
あの日を思い出しながら、今の明久を見つめる美波。もうすぐゲームも終わりに近づき、ラスボスらしき男と明久は戦っていた。
「あ、もうすぐ終わるみたい」
「むぅ……本当にコンティニューなしでここまで来てしまったな」
「ホントすごいわねぇ、アキって……あ、勝った」
二人が話している内に明久はラスボスに止めを刺し、ゲームクリアした。その瞬間、見ていたギャラリーから歓声が上がる。
「うぉおおお! すげぇ! 本当にノーコンティニューでクリアしやがった!」
「俺、初めて見たぜ!」
「マジかよ……俺、ブログに上げよ」
「ふぅ……まぁ、ざっとこんなもんか」
今だ歓声上がる中、明久はコントローラーを台に戻し、一息つく。ゲーム中、ずっと集中し続けていたのだ。その疲労は大きいだろう。
「美波、確かにアイツは良い意味でも、悪い意味でも変わった」
「えっ? えぇ、それはそうだけど……」
「だがな、変わらないところもちゃんとあるぞ?」
それに今のアイツは照れ屋だからな、と言ってめだかは今だ歓声が続く人混みに紛れ込み、明久を迎えに行く。美波は急にどうしたんだろうと思いながら、こちらに戻ってきた二人に声を掛けた。
◇◆◇
「ただいまー」
「お帰りです、お姉ちゃん!」
買い物から帰ってきたウチを迎えたのは妹の葉月だった。小学生らしく、とても元気で自慢の妹である。
「お帰り、美波」
「おぉ、帰ったか」
「お母さん、お父さん、ただいま」
自室に戻る前に、手洗いうがいをして居間に行くと、そこには夕飯の準備をしているお母さんと、TVのニュースを見ているお父さんがいた。ニュースにはいつものアナウンサーが今日のニュースを読み上げているが、ウチにはちんぷんかんぷんな日本語が並んでいて、全く意味が分からなかった。
「お姉ちゃん、お友達との買い物はどうでしたか?」
「いつも通りよ。まぁ、一人新記録を更新していたけど」
「ほぉ、ゲームセンターにでも行っていたのか?」
「ううん、荷物持ち」
「荷物持ちの新記録って一体……?」
ゲームセンターでのノーコンティニューも確かに新記録だけど、ウチにとっては体全体使って荷物持ちしていたアキの方が印象に残った。漫画でしか見たことないけど、本当にあんな持ち方ってあるんだと思った。
「まぁ、楽しんでいたようで良かったわ。ついこの間まで美波、元気がなかったもの」
「そうだな。何か悩んでいたようだからな」
「でも、今のお姉ちゃんは元気一杯です!」
心配そうにする両親とは対照的に笑顔で話す葉月を見て、やっぱり心配掛けていたんだなぁと思う。やっぱり、ウチって顔に出やすいのかな?
「じゃあ、ウチ荷物整理あるから部屋に戻るね」
「そう。じゃあ、ご飯ができたら呼ぶからね」
「はーい」
荷物整理のために自室に行った。自分の部屋に戻ると、そこには今日の買った分、めだかさんからのプレゼントがあった。割と多いので、これは大変だなと思う。
「……あれ?」
ふと目線を机の方に向けると、そこには見慣れない箱が置いてあった。大きさとしてはそこまで大きくないが、リボンでちゃんと巻かれている。気になって最初にこの箱を開けてみることにした。しっかりと巻かれているように見えたリボンは簡単にほどけ、箱を開けた。
「あ……これって……」
中に入っていたのは写真立てを持ったノイちゃんのぬいぐるみだった。写真にはウチとめだかさん、そしてアキの三人でとった写真が飾られていた。よく見ると、箱の中にメッセージカードが一緒に入っていた。気になって手に取って、内容を読んでみる。
『来年もよろしくな 吉井明久』
内容は一言、アキから一言だけのメッセージ。来年も一緒に遊ぼうという、ウチに対するメッセージだった。その瞬間、ウチは再びあの日のことを思い出した。
めだかさんに対して、まるで懺悔のごとく話したウチの話を聞いて黙り込むめだかさん。何を考えているのか分からないが、もしかしたらウチに対して怒っているのかも知れない。めだかさんはアキと一番仲良しだから。だから、見て見ぬふりをしたウチが許せないのだろう。
そんなことを考えていると、突如めだかさんはウチの手を引っ張って、どこかに連れて行こうとした。戸惑うウチを強引に引っ張りながらめだかはウチに話しかけた。
『お前の気持ちはアイツに謝りたい、また仲良くなりたい。そうなのだろう?』
『心が決まっているのなら、話は早い。私がアイツの前にお前を連れて行く』
『後はお前の素直な気持ちをアイツにぶつけてやれ。そうすれば、アイツは絶対に応えてくれるから』
力強く、励ますかのようなその言葉は、悩むウチを勇気づけてくれた。そして、屋上につき、丁度昼寝していたアキの下に辿り着いた。めだかさんがアキに一声声を掛けるとアキは渋々と起き上がり、二人が向かい合った。
めだかさんは一言、二言明久に言うと、さっさと退散していった。そして、屋上にはウチと、ウチを面倒くさそうに見るアキの二人が残った。急に二人っきりにされ、どうしようと悩み、俯いてしまったが、意を決してアキと向かい合う。そして、一言。
『アキ、ごめんね』
その後はもう止まらなかった。助けられなくてごめん、離れていってごめんと謝罪の言葉だけが溢れていった。止まることなく続く謝罪の言葉は、今までウチの中で燻り続けていたものを洗い流すかのように溢れていく。そして、出す物を全部出した後、最後に一言。
『また、友達になってくれる?』
一番伝えたかった言葉を言い、アキを見る。ウチの言葉を聞いたアキは呆然としており、何を言えばいいのかわからないという表情をしていた。ウチはとにかくアキの言葉を待った。待つ時間がまるで、永遠にも感じる程長く感じ、何を言われるのか、怖くて仕方がなかった。いきなり来て、自分のことばっか言って……。
『お前の気持ちは分かった』
考えが悪い方向に流れ始めた時、アキが一言言った。その声に顔を上げてアキを見る。アキは少し困ったような感じで頭を掻きながら、こちらを見ていた。頭を掻くのをやめると、こちらを真っ直ぐに見据える。
『Tu ne voudrais pas devenir mon amie?』
「……うん」
あの言葉を聞いて、ウチは不覚にも泣いてしまった。アキが、私に一生懸命伝えようとした言葉を覚えていてくれたのだ。そして、何よりも嬉しかったのだ。
あの時の言葉を覚えててくれたことが。
「そうよね」
人形を抱きしめながら、ウチはもう一度思い出す。アキは変わってしまったけど、変わらなかったところもあった。だから、私は決めた。
アキはアキだ。それは変わらない。そんなアキと一緒にいたい。
「来年もよろしくね、アキ」
人形を抱きしめながら呟き、来年もまた一緒にいようと心に思った。捻くれてしまったけど優しい彼と、そんな彼ともう一度友達になれたきっかけを作ってくれた彼女のことを想いながら。
日が沈み、夜の帳が辺りを包む中、一人の少女は彼からのプレゼントを抱きしめながら、雪が降り始めた空を窓から見上げた。また明日、二人に逢えることを想いながら、月を見上げるのであった。
どうでしたか?
今回は明久を想う美波がメインでした。
色々と迷いましたが、「私と友達になってくれませんか?」はフランス語にしました。なお、これが一番の訂正点です。
それでは、またの機会に。