笑えねえよ
ドラゴンヘッドが未だ伝説として語られる理由は、その成し遂げた数々の偉業にある。
幾人がその偉業を再現、または超えてやろうと意気込み、挑み、そして当然のごとく散っていった。
故に、ドラゴンヘッドの伝説は当時からまるで衰えておらず、むしろ時が経つにつれてその規格外さはどんどん広まっていった。
そんな彼の偉業に、一際目立つ物が一つ。不良界ではそのことを知っているのはもはや教養。
その名を『征天の戦い』
ドラゴンヘッドを知る者はまず真っ先にこの伝説を聞き、その尋常離れした話に胸を焦がすという。
それは、まだドラゴンヘッドがバリバリの現役だった頃、ある河川敷で行われた規格外の"喧嘩"である。
唯一にして絶対のドラゴンヘッド、その歴史上ただの1人だけ彼と渡り合った存在がいた。2人の拳は大気を割き、蹴りは地形をも変えた。まるで恐れるかのように川は2人に近づかず、雲は2人を境にして真っ二つに割れた。まるで天までもがその2人に付き従った様。故にその光景から名付けられた名は『征天』
ドラゴンヘッドの相手が男だったのか、女だったのかすらわからないあやふやな噂だが、この噂には確かに目撃者がいるとされており、不良界では不動の真実として語り継がれている。
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時が経つのは早く、古市が石矢魔に入学して2度目の式典が今日行われる。所謂、夏休みに入る前の終業式である。
だいぶ石矢魔に慣れてきた古市だが、染まってはいないのでこういった式典には必ず参加する。それが常識だからだ。
しかしここは石矢魔。その常識が通じないところである。例に漏れず今回も入学時同様体育館はスッカラカン………のはずだったのだが。
ーーな、なんじゃこりゃ…。
古市は目の前の光景を見て絶句する。そこには、信じられないものが広がっていた。
満員なのだ、あの体育館が。もちろん普通の価値観で言うのならば、それはいたって普通のことである。しかし、普段の石矢魔の逸脱ぶりを考えると、この光景は異常以外の何者でもなかった。中には眼鏡をかけて髪型を七三分けにしている生徒すらおり、それがさらに異常性を助長している。
何故……とは考えるまでもない。
原因はほんの何週間か前に広まったある噂。
『夏休み、問題の多い生徒には佐々木がじきじきに家庭訪問する』というもの。終業式などくだらないと言ってサボる気満々だった石矢魔生徒は、この噂によりもれなく強制的に参加を余儀なくされたのだ。
それにしてもと古市は思う。またあの人か…と。
視線の先には舞台の上で腕を組み佇む男。無論佐々木である。石矢魔に来て度々常識はずれの体験をして来たが、その全てに必ずと言っていいほど佐々木は絡んでいる。というかもう佐々木が中心と化している感すらする。
「〜〜であるので、みなさんくれぐれも節度を持って過ごすように。以上です」
と、そんなことを考えていたら校長の話が終わったようだ。これで終業式の内容が全て終わり、出口に近い順で生徒が退出し始める。
『家に帰るまでが遠足』と同様、『体育館出るまでが終業式』を実行するが如く列をなして退出する生徒たち。
そして、その足を体育館の出口から踏み出した瞬間
「FOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
「自由だああああああああああ!!!」
「俺、俺やったよ!!」
「うおおおおおおキャンパスライフウウウ!!」
外からの大絶叫。その声は総じて喜びに満ち溢れていた。先ほどまでの彼らはいつもと違いすぎて若干、いや相当気持ち悪かったが、この発言を聞く限りやはり石矢魔生徒なのだなあ…と古市は変に安心する。
しかし、彼らの気持ちも分からなくはない。叫んだりはしないがもちろん古市も夏休みに心が踊っている次第である。学生であるのならば当然のこと。今から何をしようか計画を立て、その自由度に胸が高鳴る。夏休みが楽しみでない学生などいるはずがない……………
はずなのだが、
ーーまあ、何事にも例外はあるわな…。
古市がふと横を見ると、そこには魂が抜けたように真っ白な男鹿の姿があった。男鹿だけではない。体育館のほとんどは浮ついた雰囲気で覆われているが、そこはかとなくどこからか男鹿と似たような憂鬱な雰囲気を感じる。
「か、神崎さん!きっと大丈夫っすよ!」
「あー?城山てめえうちの事情知ってんだろ。下手したらあの人外とうちのもんが戦争だぞ」
「いくらだ………。いくら払えば自宅訪問を避けられる……?」
特に死にかけている2人もいるが。
まあ、何はともあれ、古市には関係のない話だ。また隣の馬鹿に巻き込まれるのも嫌なので、古市はそう思い割り切ることにした。
気分を変え、割れた窓から外を眺める。今年もこの季節がきた。
夏が、到来する。
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さて、今日から待ちに待った夏休みだが、俺にはまだやるべきことが残っている。散々問題を起こして来た奴らへの家庭訪問だ。
最初の5日間で神崎、姫川、邦枝、東条、男鹿の全員を回る。
俺はめんどうごとは早々に片付けるタイプなんでな。
っと、時計を見るとそろそろ時間のようだ。初日の今日は神崎の家に行くことになっている。なるべく早く終わるのが理想なんだが。
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時計の針がまもなく12時50分を指す。いつも以上に秒針の動きがゆっくりに感じるそれを、神崎は深刻な表情で見つめていた。
ーー最悪だっ!!!
そして1人机に頭を打ち付ける。今日は神崎にとって有史以来最も最悪な日と言っても過言ではない。その最悪な日の最悪な時間が刻々と迫りつつあった。そう、神崎がこの世で最も苦手とする存在ー佐々木の家庭訪問である。
本来ならば、最悪には変わりないがもうそろそろ覚悟と諦めがついていい時間帯である。では、何が神崎をここまで追い詰めるかというと、原因は2つ。
1つは神崎の家がヤクザの一家であるということだ。内輪では仁義に厚い彼らだが、外部からの刺激に関してはそれはもう過敏に反応する。そんな彼らと佐々木が衝突した時に起こる化学反応は両方と繋がりがある神崎ですら予想できない。
ーー最悪、両者間の戦争が始まる…。
それだけは何としてでも避けなくてはならない。しかし、それを防ぐ実力が神崎にあるかといえば、ある………とは言い難いだろう。
これが1つ目の懸念。
そしてもう1つ、ある意味神崎にとってはこれが最大の問題。それはーー
「オイ
今もなおうざったく背中に蹴りを入れてくる彼女ー二葉の存在である。
知ってはいた。夏休みに姪の二葉がくることは割と早くから伝わっていたし、子供の相手、特に二葉の相手は疲れはすれど嫌悪するほどのことではない。しかし、
「初日からくるなんて聞いてねえぞ!!」
夏休みに姪の二葉が来ると聞いて、まず真っ先に懸念したのは佐々木の家庭訪問と二葉のダブルブッキングである。なので、神崎は早々に家庭訪問は夏休み初日にしてくれと佐々木に嘆願しに行った。そしてそれは了承され願い通り初日になり、これで一安心……と、思っていたのに。
「いきなりでかい声出すなよ!驚くだろ!」
思ってたのと違う……。
目前には脛に蹴りを入れる生意気な姪。
時刻は12時54分。……あと6分。
「いいか二葉!!これから1時間!!いや30分でもいい!ゼッテーにこの部屋から出んじゃねえぞ!」
二葉のじゃじゃ馬ぶりをその身を以て知っている神崎は、二葉と佐々木の遭遇という最悪の事態をなんとか回避すべく二葉に厳重注意をする。
「あー?なんでだよ。これから一と近場の公園いってそこにある遊具独占する予定なんだよ」
もちろんそんな予定など聞いてない。しかしもはや時間もないのでいちいちつっかかることはやめにする。
「わかった!それは後でいって」ピーンポーン
さっさと予定を取り付けてやれば大人しくなるだろうと思い、神崎がその意図を口にしようとした時、絶望を知らせる呼び鈴が鳴る。
「!?」
おかしい。先程までは後6分はあったはずだ。気づかぬうちに6分も経っていたのか。
神崎は思考をまとめる前に咄嗟に時計を見る。
12時55分。
(ご、5分前集合だとおおおおおおおおお!!?!?!)
神崎は失念していた。普段の学校生活では生徒を殴るなど常識から外れ過ぎた行動をするため忘れがちだが、"あの"佐々木も一応は社会人なのだ。そして、社会人ならば必ず守るマナー。5分前行動。
まさか佐々木がそれをできるとは思っていなかったのが神崎の敗因となった。
二葉が完全に大人しくするという確証が得られるまではこの場を離れたくはなかったが、こうなってしまってはやむを得ない。
「とにかく!部屋から出るんじゃねえぞ!」
神崎はそう言い残し、ダッシュで部屋を後にした。
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「こりゃ随分とでけえな。」
神崎家を訪ねて三千里……には到底及ばないが、割と長い距離を経て指定された住所までたどり着いた佐々木は、目前にそびえ立つ豪邸ともいえる家を見てそうもらした。
真正面の門は既に開いていて、その奥に玄関らしきものが見える。横にはでかでかとした文字で"関東恵林気会"と彫られていた。
ーーそろそろ時間だな
佐々木は腕時計で時間を確認し、玄関に向けて歩き出す。そして、インターホンを鳴らした。
と、同時に
「おいこらてめえ!!何処の者じゃぁ!!」
「カチコミか!?あぁ!?」
門と玄関の間の空間にある庭、その先から明らかに堅気ではない人間がそう声を張り上げながら佐々木に練り寄ってくる。
「何の用じゃゴラァ!!!!」
「単騎で乗り込んでくるとは大分舐めてくれるのお!!」
2人で佐々木を挟みこむように立つ。
言動や身なりからしてこの男達が所謂"モノホン"なのは確実だろう。佐々木より身長は低いものの、全く物怖じしないどすの利いた声で
佐々木を威嚇、というか威圧する。
生徒からのイメージとして、普段の佐々木は謂わば"ニトロ"だ。下手に刺激せず、尚且つ目をつけられず、静かに過ごしていればなんら問題のない普通の教師だ。しかし、一度外部から刺激を与えれば………なんてことはない、即豪腕がとんできてノックアウトだ。その豪腕はトラウマものだという。
つまり、石矢魔生徒からすれば、両サイドから威圧されている佐々木が次の瞬間には拳を繰り出し、男2人にトラウマを刻むのは必然に思えた。
しかし
「いや、俺が用があるのは神崎武玄」「あぁ!?てめえの狙いはおやっさんかゴラァ!」
特に物怖じした様子もなく、淡々と己の目的を話そうとする佐々木。しかしそれは威圧を放っていた男によって遮られる。
この時佐々木は大体察した。
ーーこいつらは話を聞くような奴らじゃねえ……と。
そう判断するやいなや、すぐさま佐々木は思考を切り替える。
ーー話を聞かねえこいつらと話していてもラチがあかねえ。
ならばどうするか。簡単な話だ。
ーー仕方ねえ。一時的に消えてもらうか。
佐々木が左の拳を振り上げる。そして右にいた男に向かって拳を放とうとした、、その時。
「ストオオォォォォオップ!!!」
突如として玄関の扉が激しい勢いで開く。
必然、3人の視線がその方向へ向く。
そこには、膝に手をつき息を切らしている神崎がいた。
「はぁ、はぁ、お前ら一体、なにしてやがんだ」
投げかけられた問いは佐々木以外の2人に対してのもの。佐々木に対して"お前"などと言う胆力は神崎には持ち合わさっていない。佐々木もそれを理解している故か口を出さないでいた。
「わ、若!!いえ、こいつが単騎でズンズンとうちの組の庭に入ってきて、尚且つおやっさんに用があるとかぬかしやがるから…」
「カチコミじゃねえかと思いやして…」
神崎の様子から自分たちが何かまずいことをしでかしたと悟ったのだろう。そう言う2人は歯切れが悪い。
神崎はとりあえずまだ深刻な事態にはなっていなかったと安堵し、事情を説明しようと一度息を吐いた。
「あのなぁお前ら」「その必要はねえよ」
しかし、その声は突如として神崎の背後から響いた声により遮られる。声の主など、姿を見ずともわかる。この組において1番の影響力を持つ者。
「「おやっさん!!?!?」」
神崎武玄、関東恵林気会の組長その人が立っていた。すぐさまかしこまる2人。
「おめえら。その人は一の学校の先生で、儂の客だ。無礼を働くことは儂が許さん。わかったらほれ、早く行かんか」
武玄が手であっちに行ってろとのジェスチャーをする。2人は一瞬戸惑うも、佐々木に一礼してからそそくさと戻っていった。
「先生。うちの若い者が無礼を働きやして、すいません。とりあえず上がってください」
流石の威厳、の一言に尽きるだろう。立ち込めるオーラは確かに武玄が1つの組織の上に立つ存在だと納得させる。
が、神崎(
事実を言えば確かにこのオーラは武玄が本来持つものであり、それに飾りなどはないが、そこに『孫の前でのカッコつけ』というブーストがかかってないといえば嘘になる。
要はハリキリおじいちゃん状態なのだ。
「いやー先生、改めて先ほどはすいませんした。昨日のうちに集会で先生のことは組の者全員に伝えたはずなんですが、奴らは少し先走るきらいがありまして」
「いえ、お気になさらず。」
リビングにつき、中央においてあるソファーに座る3人。テーブルを挟んで武玄と佐々木が向き合う形だ。無論神崎(一)は武玄の隣である。
「早速ですが先生、今日はどういった要件で」
座ってから少しの間、お茶と茶菓子を手元に少しばかりの談笑をし、本題に入る。
「はい、実は一君の卒業についてなんですが」
(その話題が来てしまったか)
横でただひたすらだんまりを決め込んでいた神崎がその内容に反応する。神崎としてはあまり触れて欲しくない案件だ。
「先生、一の卒業は……その、危ないんですかね」
「いえ、今のところはまだ平気です。しかしこのペースであと2学期過ごされますと、、、残念ながら息子さんの卒業は期待できないかと」
「一、お前そんなに学校休んでどこいっとるんじゃ!多少のやんちゃは家系がら止めはせんが、卒業はしなさいといってるじゃろ!」
「お父様、一応私は教師ですので目の前で堂々その発言は困ります。しかし、確かにそれは私も気になります。プライベートに首突っ込む気はさらさらありませんが、あまりにも欠席が多い、それも親にも伝えていないとなるとそれほどの頻度でどこに行くかは聞いておきたい。」
両者からの圧がかかる。どちらも芯にあるのはかなり似通っていると言っていい。武玄は自分がヤクザという立場から、佐々木に関してはよくわからないがこの2人は学生のうちのやんちゃ、というか素行の悪さには理解がある。しかし、
ーーい、いえねえ!!学校サボってメダルゲームにふけてるなんて言えねええ!
かなりしょぼい理由なのだが、それでもこの空気で言える内容ではない。
「………」
なので、神崎はただ黙して耐える。普段の石矢魔での神崎を知る者が今の神崎を見たら目を丸くし口をあんぐりと開けるだろう。
普段の威厳というか圧は見る影もなく、そこには2匹の蛇に睨まれた1匹のカエルがいるだけだった。
「むぅん。先生、これ以上待っても…」
「そうですね。まあ、私は残りの期間しっかり学校に来ていただければそれで結構ですし、これ以上の追求は止めておきましょう。」
緊張を解く2人。それに神崎は内心でガッツポーズをする。
(ククク…。なんかよくわからねえが乗り切っちまえばこっちのもんだ。なんだ、佐々木が来るからもっとやべえかと思ったが、黙ってれば終わる話し合いで案外ちょろかったぜ)
完全に勝ち誇る神崎。二葉も現れないしこれで佐々木が帰ってくれれば何ら問題はない。
(遠路はるばる来てもらって悪いが、話し合いはしめーだ。とっとと姫川のところでも行きやがれ)
駄目だ、まだ笑うな。心はそう言うが頰が若干吊り上がるのを感じる。後は黙っていれば勝手に話し合いが終わるだろうと思い、神崎が顔を上げたその時、
スー。
神崎の正面、佐々木の背後にあった襖が静かに開く。佐々木と被っているせいでしっかりとは見えないが、今度はその襖が閉まる。
いくら佐々木の身長が高いとはいえ、あの襖から大の人間が入ってくれば顔は見える。
誰かが襖をただ開け閉めしただけとも考えにくい。
もし犯人がいるとすれば、それは幽霊か、または、
神崎の心当たりは1人しかいない。
(ふ、二葉が……。二葉が入ってきやがったああああああああああ!!)
例えるならB級パニック映画である。反射的に立ち上がってしまいそうになるのを必死で止める。
(落ち着け!落ち着いて餅つけ!なぁに…心配はいらねえ。どのみち佐々木はもう帰るんだ。鉢合わせしたところですぐに帰らせりゃ無問題よ)
そう、どのみち話し合いは終わりなのだ。じっとしてれば嵐はすぎる。と、神崎はそう淡い期待をしていた。
が、
「では、もう一つ。私にとってはこれも同じくらいに重要な話なのですが」
「なんでしょうか」
(まだ続くのかよおおおお!!)
その期待はあっさりと折られる結果となった。佐々木が醸し出す明らかに"これが本題なのですが"という雰囲気と、武玄が出す真剣な雰囲気。それはこの話し合いが長引くことを神崎に確信させた。
「実は息子さんは以前から問題ばかりを起こしていまして、これについてお父様と少しお話がしたく。」
「なるほど。確かにこいつは昔っから小中と問題ばっかり起こしてます。しかし先生、儂はこうも思うのです。大人になったら自由より圧倒的に縛られる時間の方が増える。こいつらが自由にできるのは子供の今だけなんです。だから儂はできる限りヤンチャな部分は寛容でいてあげたい。まあ、儂が昔そうだったてのもあるんですがね」
「それについては私も同意見です。このくらいの歳では色々とやりたいこともあるでしょう。なので私もそこらへんはできる限り寛容でありたいとは思うのですが、それが周りに迷惑をかける行為ならば容認はできません」
「迷惑をかける行為、ですか?」
武玄の目つきが鋭くなり横にいる神崎を見る。対する神崎はどこから二葉が奇襲を仕掛けて来るか気が気でそれどころではない。
「例えば喧嘩ならば、それはお互い反りが合わないということで発生するものであり、拳で解決するのも私的には構いません。時にはそういうのが必要なこともあるでしょう。しかし、例えば校舎破損、例えば善良な生徒へのカツアゲやいじめは全く関係のない人が被害を被ることです。息子さんの場合は校舎破損に当たります」
佐々木が色々言っているが、神崎は視線を動かし二葉を早急に発見することに尽力する。
そして、それは唐突におこった。
佐々木の座るソファーの少し横、神崎だけが見ることのできるその位置にヒョコっと小さな手が覗く。次いで出てくる、見覚えのありすぎる顔。
二葉が、とうとう現れてしまった。
(ふ、二葉ああああ!!よりによってなんで
触らぬ神に祟りなし。なんとかその旨を二葉に伝えようと神崎は佐々木と二葉を交互に見る。そして武玄と佐々木から不審に思われない程度に目を動かし、視線で帰れと二葉に指示を出す。
それをポケーという表情で見ていた二葉は唐突に表情を引き締める。そしてしきりにコクコクとうなづき始めた。
(おおお!わかってくれたか!よし、あとでたくさん公園の遊具独占に協力してやろう)
二葉はそのまま神崎にグッと親指を立ててサムズアップする。完全に安心しきった神崎。しかし、神崎がほっと胸を撫で下ろそうとした瞬間。
サムズアップしていたはずの親指がそのまま二葉の首に向かう。そして、二葉はカッと首を搔き切るようなジェスチャーをした。
任せろと、そんな声すら聞こえてきそうなほど自信に満ち溢れた表情。
(ちげええええええ!!!誰もそんなこと頼んでねええええ!!!)
神崎の必死の訴えも二葉には通じない。
シュタッと地面に降りたかと思うと、次の瞬間には佐々木の頭上に飛び上がっていた。
必然、神崎だけでなく武玄の視界にも二葉が映る。咄嗟のことにフリーズする武玄。しかしそれもつかの間、すぐさま声をかけようとする。
が、
神崎が止めるより早く、武玄が声をかけるより早く、二葉の一譲りのかかと落としが回転を伴いながら佐々木に直撃するのは明白。
二葉がやらんとしていることはニトロに刺激を与えるようなもの。結果は必然、大爆発である。
ーー終わった。
神崎が全てを投げ出し、諦めかけた時。
直撃のその寸前、二葉の蹴りと佐々木の頭の間に急遽割り込む物があった。
パシッ
「おうガキンチョ。今大事な話してるから邪魔しないでくれるか」
明らかに死角からの攻撃だった。音もなかったはず。しかし、二葉の攻撃は佐々木の手によって遮られた。そのまま足を掴まれ佐々木の目の前までクレーンゲームのように運ばれる二葉。
と、そこでやっとフーリズしていた武玄が再起動する。
「ふ、二葉ちゃん!!」
「お孫さんですか。なるほど、初対面の人に急に踵落としとは、よほどやんちゃな子みたいですね」
そう言いながら二葉を武玄に渡す佐々木。技を止められたのが余程衝撃だったのか、二葉は"?"という表情を浮かべたままされるがままになっていた。
「す、すいません。そうです、この子は儂の孫の二葉。コレ二葉、初対面の人に蹴りを放っちゃ駄目じゃろ。なんでそんなことしたんじゃ」
初対面じゃなくとも基本的に人に蹴りを放つのは駄目である。しかし、この場にいる全員そこに疑問を覚えるものはいなかった。
「あ?いやだって一が目配せしてきたんだよ。こいつを殺れってな。」
ふん、と胸を張る二葉に対して、神崎は突如落とされた爆弾に気力を持ってかれていた。
(とんでもねえ飛び火の仕方しやがったぞ!!)
「なるほど、つまりこれは神崎くんの指示だと」
佐々木の眼光がこちらへと向く。
これは神崎からしてみれば由々しき事態だ。
ただでさえ神崎は学校での数々の蛮行により佐々木に目をつけられている。今日もそれ故の家庭訪問だ。それらに加えて姪に佐々木を攻撃させようとしたなどというありもしない事実まで追加されたら……。
考えるより先に佐々木に弁明を試みる。
「い、いやいやいやいや!!俺はそんな指示出してねー!二葉!てめーが勝手に勘違いしただけだろうが!」
「あん?こいつと私を交互に見て鋭い眼光で睨みつけてきたじゃねーか。」
「そ!れ!は!邪魔だから部屋に帰ってろって意味だったんだよ!」
「フーン、ややこしい指示出すなよな」
(こいつは……!)
鼻をほじりながらどうでも良さそうな顔をする二葉。お前のせいでやばい状況なのにそれはないだろうと神崎は思う。しかし、今は二葉より気にすべき存在がいる。
なおも鋭い眼光を向けてくる佐々木だ。
しかし、その佐々木もやがては視線を武玄の方へと戻す。
「まあ、神崎君の意思っていうのは少し考えづらいですね。」
佐々木がそう言ったのと同時に、室内の空気が少し軽くなったふうに神崎は感じた。そして、今度こそ訪れた平穏に無駄をなでおろす。
(の、のりきったあああああ!)
一番危惧していた二葉と佐々木の接触。しかし乗り切ってしまえばもう他に心配すべきことはない。あとはまた黙りこくっていれば全てが終わる。
完全勝利。
その4文字が神崎の頭によぎる。
が、
「それで、話がそれたが。一、お前学校で関係ない堅気にまで迷惑かけとるらしいの」
「え」
「それもお子さんの場合はかなりの頻度になりますね」
「ちょ」
「お前…………。堅気には迷惑かけるなといつも言っとるじゃろうがあああああああ!!!!」
久しく見ない武玄の大激怒。その迫力に流石の神崎もたじろぐ。
この後、佐々木の無言の圧力にさらされながら、武玄による説教は1時間にも及んだという。
ちなみに物語の進行上仕方なくこういう展開にしたけども、社会人になったら待ち合わせ場所以外に、例えば相手の家に訪ねる的な状況で5分前に行ったりするなよ!それはそれで失礼にあたるからな!
このあと姫川、くにえだ、東条、おがの家庭訪問を挟んで石矢魔崩落編にはいるで。姫川のくだりはだいぶいらないけども、それぞれに伏線だったり伏線の回収だったりがあったりなかったり