佐々木龍一の日常は非日常   作:ピポゴン

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忙しいくて更新できないでいますはい。展開は浮かんでるんですけど文字起こしする時間がねえ。

大変長いです。1万字超えるつもりはなかったんや。


最強の起源

1学期もそろそろおわり。

夏休みが近づいてきたことも相まって校内の雰囲気は学生特有のうわついたものとなっていた。

しかし、そんな雰囲気に釘をさすように、最近また新たな噂が流れ始めた。それも、過去最大級に危険な。

噂の発端はどこからだったか…。

 

『夏休み、問題の多い生徒には佐々木がじきじきに家庭訪問するらしい』と。

 

たまったものではない。と、その噂を聞いたものたちは直ちに己の行動を改めた。せっかくの夏休み。自由な時間が増え、学校からも佐々木からも解放される1年で1番楽しみな時期………に、その1番関わりたくない佐々木に会うことになり、さらに家にまで来られるなど最悪もいいところだ。

 

それからの生徒達はある意味凄まじかった。

たるんでいた生活態度を改め、言葉遣いを改め、心なしか姿勢まで良くなった気がしないでもない。生徒達の行動だけ見ていれば都内でも有数の名高校と言われても違和感ないほどである。見るものが見れば本当にここは石矢魔かと錯乱するレベルかもしれない。

それほどまでに、彼らは真剣(マジ)だった。謂わば、夏休みまでの期間限定更正プログラムである。

 

 

___________________

 

「第一回!何としても自宅訪問避けるべしの会!!」

 

「またしょうもない…」

 

ドンドンパフパフと1人で盛り上がっている由加を尻目に、寧々はため息をつく。

由加が突拍子もなく意味不明なことを始めるのは何も今に始まった事ではない。覚えてる限りでも、確か前回は『第一回、万が一校舎を壊してしまった時の謝り方の会』であり、その前は『第一回、万が一校舎を壊してしまった時の逃げ方の会』だったか。毎度毎度第一回なのは、すべての会での結論が「結局無理」に落ち着くからである。

 

「何言ってるんですか寧々さん!謂わばこの会はウチらの生き死にを分ける今後を決めるものといっても過言じゃないんすよ!」

 

過言である。と、言いたいが、彼女の顔は見るからに真剣そのもの。冗談の色など含んでいない、正に必死の形相であった。

 

「だいたい、家庭訪問なんて言われてるけど、それも確固たる証拠ないんでしょ?石矢魔で問題のある生徒なんて挙げたらきりないわけだし、ていうか全員だし、ガセかなんかじゃないの?」

 

事実、入学した当初は本物の噂に紛れて明らかに嘘が混じったような、根も葉もない噂もまことしやかに囁かれていた。寧々も何度か騙された被害者である。故に今回も多少の疑いは捨てずにガセである可能性を説く。

しかし

 

「うーん、残念だけど多分今回のはガセじゃないわ。事実、夏休み私の家には来るみたいだし」

 

その可能性は寧々が、いや、校内の女子のほとんどが最も信用している人物によって否定される。ヒョイっと手を上げてそう言ったのは誰であろう葵だ。そして葵の放った言葉に一気に全員の雰囲気が変わる。

 

「え、ええ!?何でですか葵姐さん!」

 

「!?」

 

「マジかよ……」

 

「!?姐さんそれ大丈夫なんすか!?」

 

「ぱ、ぱねえ!!やっぱり噂は本当だったんスよ!」

 

これにはいつもどこか落ち着いた雰囲気をまとう薫と涼子と千秋も盛大に体勢を崩した。寧々に関しては葵に詰め寄る始末である。

 

「何でって言われても、この前の男鹿との一件あったじゃない?あの時立ち入り禁止の屋上に入って、尚且つ盛大に地面とか柵とか壊したのが決定打になったらしいの。ほら、私以前から結構やらかしちゃってるから。」

 

「そ、そんな……。あの鬼が葵姐さんの自宅を………。」

 

困ったように笑う葵だが、寧々の表情は葵と対比してみるみるうちに青くなっていく。

そして、何を思ったかその顔に決意の色を浮かばせ呟く。

 

「かくなる上は、なんとかしてあいつの標的を私に……」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい寧々!」

 

フラフラと教室を出て行きそうになった寧々を必死で止める葵。寧々は何故かいつも彼が絡むと思考能力が著しく変な方向に働くのだ。何をやるかだいたいの検討がつく葵はとりあえず寧々を嗜める。

 

「ほ、ほら、私は別に気にしてないから。しかも、結構やらかしちゃったって言ったけど、これでも私1年生の頃はそれなりに真面目だったの。だから多少なりとも信用はされてると思う。だから、大丈夫」

 

「……はい」

 

葵の言葉に寧々は納得したように頷く。

 

「そうっすよ寧々さん!何があろうと葵姐さんは大丈夫ッス!それより問題はなんの信用もないウチらの方っすよ!」

 

「うーん…」

 

由加がここぞとばかりに本題に戻す。つまり、何としてでも自宅訪問を避けたいのだと。自宅訪問の件が本当だとわかった今、寧々達としては確かに何としてでも避けたい所存だ。特に寧々は自宅訪問&親との三者面談などやられた日には完全に終わりである。故に、由加の言ったことを先ほどのように流すのではなく、それぞれ真剣に考え始めた。

 

「…………」

 

しかし、なかなか案が出てこない。思えば寧々達には単純に情報が足りていなかった。

 

「………………」

 

次第に眉間にシワがよってくる寧々達。脳内で何か案が出る度に、そのどれもこれもを不可能といって切り捨てる。そして改めて思う。容易な敵ではないと。ここまで烈怒帝瑠の面々を唸らした敵は創設時から見ても稀である。

 

「…………………………あ」

 

しかし、そんな沈黙もやがては終わりを迎える。きっかけは、この会の主催者である由加が発した声だった。全員(葵以外)長らく思考に没頭していたせいで、その声は教室によく響いた。必然、由加に視線が集まる。

 

「出たっすよ。最強の案が…」

 

期待はしていない……というと嘘になる。由加は頭の弱いキャラとして知られているが、今の由加からは頼もしい何かを感じる。真剣な表情と共に溢れ出る自信に満ちたオーラ。

これはもしや……と寧々でさえ思った。

そう、この全員の期待が集まった状況。それを由加は

 

「お色気作戦っす!!!」

 

いともたやすく裏切った。

割と豊富で知られる己の胸を腕を組むようにして最大限強調しながらそう言う由加。しかしそこには色気の"い"の字もない。

これに寧々が大きくため息をつく。

 

「期待した私が馬鹿だったわ…。大体あんたねえ、相手はあの人間とはかけ離れた人外よ?そんな作戦通用するわけが……」

「………いや」

 

しかし、寧々が否定的な意見を言おうとした時、それは新たに発せられた声で遮られた。

 

「割と、効果あるかもしれねーぞ」

 

「なっ」

 

淡々と由加に賛同した涼子に寧々が疑問の視線を向ける。それに対しても涼子は淡白に答えた。

 

「実際烈怒帝瑠(うち)のやつらとも普通に話してんの見たことあるし、女子に対しては割と穏和ってのは聞いたことあるしな」

 

「ああ、それなら私も聞いたことあります」

 

実際はそんなことはない。ただ、何故か女子の一部が頻繁に声をかけ、それを受け答えているだけなのだ。男子生徒が声をかけてもおんなじ対応をするだろうが、男子生徒はまず震え上がって近付こうともしないのでそれは起き得ない話である。

だからかは知らないが、割と一部の女子では"そこまで怖くない、いや、もしかしたらいい人なのでは"という噂も出始めているとか。

 

「やっぱり鬼といえども中身は男なんすよ!!こんなリアルJK目の前にしてずっと鬼の皮被ってられるわけないんすよ!」

 

「うーん、まあ、流石に顔面パンチされたりしたことは一度もないわね。ほら、なんだかんだいってあの人って優しいから」

 

「っぐ」

 

涼子、薫、由加、とどめに葵と畳み掛けられたことにより流石の寧々も口を閉ざす。

 

「となると、お色気作戦が今の所最善手か…」

 

これには全員苦々しい顔をする。確かに最善手。確かに効果はあるかもしれない。しかし、あの人外相手にお色気作戦……。考えただけでも血の気が引く。この場で乗り気なのは間違いなく由加だけだ。

 

「なにブルーになってんすか!このままじゃウチらの家に悪魔が降臨することになるんすよ!?」

 

今まで、これ以上の究極の選択があっただろうか。要は今寧々達が迫られている選択とは、JKという武器を活かしたお色気という名の籠絡作戦を実行し、家に来させるのをなんとか阻止するか、はたまたそれをしないで家に悪魔を降臨させるか、というものである。

 

「すんません。私はパスで」

 

この難題に、意外にも即決したのは薫だった。当然のごとく寧々が反応する。

 

「え!?あんた、あいつが家に来てもいいってわけ!?」

 

「まあ、いいか悪いかって聞かれたらそりゃ嫌ですが、うちは別に私が不良ってこと隠してないんですよ。だからまあ、来てもそんなに困ることじゃないかなって。流石の鬼も親の前なら多少は大人しいと思うんですよ」

 

確かに、、と寧々は思う。日頃散々鬼だの人外だの化物だの恐れられてはいるが、それでも行動の節々から奴はまぎれもなく"教師"なのだと実感する。そんな奴が、親の前でも堂々と生徒を殴るなんてことは、ない…………はず。多分十中八九きっとないはずである。

 

しかし、この選択は寧々の取り得ないものだ。親に不良ということを隠している寧々にとっては、そもそも自宅訪問自体が死活問題。バレてしまっては最悪どうなるかわからない。故に、寧々としてはこの作戦に参加するしかない…………のだが…。

 

「っぐ」

 

なかなかに『やる』とは言い出せない。

 

「………オレは……やる…………」

 

「な!?」

 

決断に迷う寧々を追い込むように、次は涼子がそう言う。これにも当然寧々が反応する。

 

「うちも別にオレが不良ってことを隠しちゃいないが、それでも家に来られるのは……嫌だ」

 

言いながら涼子の顔が青ざめる。

 

「後は寧々さん!!どうするんすか!!」

 

「ぐっ!!」

 

寧々は奥歯を噛みしめる。

言うことはもう決まっているのだ。後はこの強情な口が開けば…。

 

「さあ!寧々さん!」

 

「グギギギ!」

 

 

…………………………

 

………………

 

………

 

 

 

 

昼休み。

 

教師にとっても生徒にとっても、午前の4時間という山場を超え、残るは2時間のみ。今はその間の小休止といったところだ。

しかし、職員室にいる佐々木の手が止まることはない。もともと在籍している教師の数が極端に少ないここ石矢魔において、1人の教師が受け持つ仕事の量はかなりのものになる。

今佐々木が手をつけているのもその仕事の一部。1学期終了に向けての生徒の成績処理である。

 

「東条は……相変わらずかなりやべーな。陣野は………ふむ、まあ悪くはねーか。」

 

いつも通りコーヒー片手に作業する佐々木。

誰もいない職員室にただただペンの走る音とコーヒーを啜る音だけが響く。佐々木のかなり好きな時間であった。

が、

 

「さ、佐々木……先生はいる…いますか」

 

それは唐突に訪れた来客により中断させられることになる。その声とともに開かれた扉の前には、最近やけに目にすることの多くなったれっどている。その中でも中心に位置するメンバーである千秋、涼子、由加、そして寧々がいた。

 

「ああ。つか此処にはほとんど俺しかいねえよ。」

 

佐々木としてはなるべく時間を割きたくない、というのが本音である。しかし、重要な案件である可能性もあるので無下にはできない。

 

ーーそうだな。考えにくいがこのメンバーなら邦枝に何かあったとかか?

 

非常に低い可能性ではあるがなくはない。

故に佐々木は一旦作業を中止し、4人に身体を向ける。

対する4人はというと、由加を先頭にし、その後ろに3人が続くような布陣を敷いていた。そして、その布陣を維持したまま佐々木の目の前まで歩いてくる。その不可思議な行動に佐々木の眉間にシワがよる。

 

「あん?んだよ、要件があんならさっさと……」

 

催促をしようとした佐々木だったが、その言葉は途中で遮られることとなる。

見ると、佐々木の手に由加の手が重ねられていた。そして畳み掛けるように左に千秋、右に涼子、後ろに寧々が半ば体重をあずけながら佐々木に寄り添う。

 

「佐々木先生……うちら…」

 

そして、由加が自らのワイシャツの第2ボタンに手をかけたその時、

 

「おいお前ら。あんまり奇行が目立つようなら、、、、まとめて家庭訪問すっぞ」

 

凍てつく空気。この瞬間、確かに寧々達の時間は止まった。しかしそれも数瞬のこと。

漸く状況を理解した寧々達4人はというと、その顔を熟れたトマトのように赤くし

 

「す、すいませんしたああああああ!!」

 

逃げるように職員室を後にした。

自宅訪問がないとわかって安堵2割、じゃあ自分達がしたことはなんだったのかと羞恥8割で寧々達が撤退したのはお察しである。

 

「あいつら、結局なんのようだったんだ?」

 

まあ、察してないのもいるにはいるが。

________________

 

 

 

「おかしい……」

 

「いや、おかしいのは最初っからお前だ。」

 

「なんでどいつもこいつも駄目なんだいベル坊君!!!」

 

男鹿の必死の叫びが校舎に反響する。対するベル坊は目を合わせようとはせず、大きなため息をつくように「ダブ〜〜」と安定の反応を示した。

 

「だからいくら石矢魔といえどもお前以上に凶悪かつ強え奴なんていないんだよ」

 

「まあ……ね」

 

「いやだから褒めてねえよ!!」

 

頭を抱える古市とは対照的に男鹿は上機嫌である。もはや予定調和。いつもならここで古市が引き下がって終わりだが、どうやら今日は違うらしい。

 

「いやー2人は今日も元気だねー」

 

唐突に2人のやや後方からかかる声。咄嗟に試験を向ければそこにはどこかでみた顔、夏目が佇んでいた。

 

「………誰?」

 

「ほら、神崎……先輩と一緒にいた」

 

「あー」

 

足音もなく現れた夏目の登場はさておき、男鹿は真っ先にそう言い放った。すかさず古市が説明を入れる。フォロ市である。

 

「あははは、これでも割とあってるんだけどねー、校舎とかで」

 

「んなもんいちいち覚えてんのかよ…」

 

「もちろん。男鹿ちゃんはもう石矢魔でも五指に入る有名人だからね」

 

有名人?と古市が小首を傾げる。確かに男鹿はルーキーとしてそれなりに名が上がっていたが、そこまでのものだっただろうか、と。

 

「最近倒した3人いたでしょ?神崎君と姫ちゃんとクイーン。あれ、石矢魔では東邦神姫って呼ばれる4大勢力なんだぜ」

 

東邦神姫………。そういえば、と、古市は何ヶ月か前の記憶を呼び起こす。確か、入学時に聞いた名だ。それが、あの3人。

 

「それを1人でまとめて倒しちゃったんだから、そりゃ有名人にもなるよ。これで東条を倒せば、正真正銘石矢魔のてっぺんだよ」

 

「東条?」

 

「東邦神姫最後の1人、東条英虎。間違いなく東邦神姫の中で最強は彼だろうね。」

 

「興味ねーよんなもん」

 

男鹿はどうでも良さそうな態度をとるが、やはり最強という言葉に思うところがあるらしい。微妙にだが反応している。

 

「いやー、でも本当に東条を倒したら、それは偉業だね。なんせ、石矢魔を1年生で制覇したのなんて、、今まで【ドラゴンヘッド】ただ1人だからね。」

 

「ドラゴン…ヘッド」

 

しかし、その言葉を聞いた瞬間男鹿の雰囲気が変わる。持っていた空き缶を握り潰し、踵を返してどこかに行ってしまった。

 

「あれ。どうしちゃったの男鹿ちゃん」

 

「いや、あいつにとってそのドラゴンヘッドとかいうものは特別なんすよ」

 

「特別?」

 

はてなマークを浮かべる夏目に対し古市は一瞬話そうか戸惑うが、特に問題はないだろうと思い話し始める。

 

「実はあいつ、昔ドラゴンヘッドに会ったことがあったらしくて」

 

「へえ?」

 

古市から発せられた意外な事実に珍しく夏目が目を開く。

 

「いやまあ、あったと言っても直接顔を見たとか話したとか、そういうことじゃないんですけど」

 

「?」

 

「俺も男鹿から間接的に聞いたんで、詳しくは知らないんですけど。なんせ俺と男鹿が会う以前の話なんで」

 

そう前置きをして、古市は話し始める。

 

▼▼▼▼▼▼

 

男鹿がまだ、クラスで1人浮いていた時の話。

 

「えーっと、姉貴が言ってたやつはどれだ?」

 

学校からの帰り道、男鹿は近場の本屋に寄って姉の美咲から頼まれた本を探していた。

携帯のメールと睨めっこしながら指定された名を探す。

 

「これか」

 

手に取ったのは『新進気鋭!最強から最弱まで不良グループ100選!』という厳めしい本。試しに1ページ目を開くと『100位!ウルフファング!』というデカデカとした文字の下に、そのグループであろう写真と紹介文が書かれていた。続けて次のページを見てみれば『99位!ブラッディピエロ!』とこれまた似たような内容。

 

ーー間違いなく、これだわ。

 

割と正面にあったためいつもより早く見つけられた。これで今日は蹴り飛ばされることはないだろうと男鹿は安堵しながら美咲の元へ向かう。

 

 

 

 

「姉貴。これ頼まれてたほ…」

「おせーよ!!!」

 

「っぐっはあ!!」

 

しかしそんなことはなかった。美咲が番を張るレディースーー烈怒帝瑠(レッドテイル)のアジトに訪れた途端に蹴り飛ばされる男鹿。普通ならば異常な光景だが、もはや見慣れたレッドテイルのメンバーは特に反応しない。

 

「ってーな」

 

この姉弟にとって、これ程度のことはスキンシップの延長線上だと知っているから。

 

かなりのスピードで吹っ飛んだはずの男鹿が特に応えた様子もなく立ち上がる。

 

「んで、頼んでたもんは?」

 

間髪入れず美咲にそう言われ男鹿は舌打ちの1つでもしてやりたい気分だったが、その後起こるであろう惨事を考え思いとどまる。

 

「ああ、これ」

 

「ん、サンキュー」

 

ランドセルにしまってあった雑誌を美咲に手渡す。美咲は適当なソファに腰をかけ、キラキラした眼差しでページをめくり始めた。やや後方から雫と春香が雑誌を覗く。男鹿は特にすることもないので美咲同様近場の椅子に腰を下ろした。

 

「ああ、そういえば辰巳。お前もう今日は帰っていいぜ」

 

「あん?」

 

咄嗟に美咲を見るが、美咲の視線は未だに雑誌に向いたままだ。何気なく発せられたその言葉に男鹿がはてなマークを浮かべる。

 

「え、お楽しみ会は?」

 

「だからないって言ってるだろ」

 

ますます意味がわからない。と、男鹿は混乱する。今まで1度たりとも自分が御使いだけをして帰ったことなどなかったのだ。いつもなんやらかんやらついでにお楽しみ会……改め、喧嘩、あるいは抗争に参加する。

 

「え、今日は喧嘩しねーの?」

 

そんなはずはないのは男鹿が1番よく知っている。事実この場にはレッドテイルのメンバーが勢ぞろいしている。この状況で喧嘩がないと言う方が無理があった。

 

「いや、そういうわけじゃねえ」

 

「ならなんで」

 

なかなかに食い下がる男鹿に美咲は短くため息を漏らす。そして、ソファの目の前に置いてあった机に持っていた雑誌を放り投げた。

ページは開かれたまま。必然、男鹿の目にそのページが映る。それは、最終ページだった。

 

ーー確か、あの雑誌は順位の低い順に乗っていたはず…。

 

つまり、それが示すことは

 

神龍の爪痕(ドラゴンズクロウ)。突如彗星の如く現れ、その実力は最強とまで言われる。未だに敗北はなく、どこまでも底が知れなくて、そして」

 

室内の空気が引き締まるのを感じた。

 

「今日のあたしらの相手だ。」

 

ページに他とは比較にならないほどデカデカと表示される"1位"の二文字。

いつになく真剣な美咲の顔に男鹿は気圧される。

 

「時間だ。」

 

呆然としていた男鹿に美咲のそんな声が届く。見ると、レッドテイル全員が美咲に視線を向けていた。

 

「みんな。今日相手するのは間違いなく"最強"。正直、勝負になるかもわからない。

けど、」

 

そこで一旦切り、美咲が大きく息を吸い込む

 

「あたしら烈怒帝瑠(レッドテイル)の意地、見せてやろうじゃない!!!」

 

『はい!!』

 

美咲はうし!っと言って気を引き締め、アジトから出て行く。それを皮切れに続々とレッドテイルメンバーも後に続いた。

 

「な、なあ!」

 

「?なんすか坊ちゃん」

 

今迄に見たことのないレッドテイルの気迫にまたしても呆然としていた男鹿だが、ふと気を取り戻すと近場を横切ったレッドテイルメンバーに話しかける。

 

「俺も、俺も連れてってくれ!」

 

「いくら坊ちゃんの頼みでもそれは……。総長がダメって言ってるんで…」

 

彼女らにとって確かに男鹿は大事な存在だが、それは美咲が総長という前提のもと成り立つ。その美咲がNOと言っている今、男鹿を優先するのはかなり抵抗があった。

 

「頼む!!ゼッテー参加しねえし、見てるだけにするからよ!」

 

しかし、だからと言って無下にできるかと聞かれれば、それはこの男鹿の表情を見る限り難しかった。興味本位と片付けるには、余りに壮大な、そんな感情を胸に秘めているような瞳。彼女らはもちろん女だが、この表情、この瞳を知っている。

これは、紛れもなく『男の顏』だ。

 

「…………あたしの後ろに乗って下さい。バレないように最後列につくんで。」

 

「っ!!さんきゅう!!」

 

ならば、行かせてやるのが道理だろう。そのレッドテイルメンバーは男鹿にヘルメットを渡しながらそう言った。

 

 

__________________

 

 

目的地に着くのにそう時間はかからなかった。きたのは男鹿の家からもそう遠くはない河川敷。徒歩でくるとなるとかなり辛いが。

ついて真っ先に男鹿は近場の木の陰に身を隠す。そして、レッドテイルが向かい合っているグループに目を向けた。

 

ーーっ!これが、神龍の爪痕(ドラゴンズクロウ)

 

そのグループはレッドテイルと比べて圧倒的に人数が少なかった。レッドテイル自体ルーキーの中ではかなりの数と規模を誇るチームとなってきてはいたが、それ以上に相手方の人数が少ない。数えようと思えば数えられる数である。

 

「分かってると思うけど気抜くなよみんな!!こんな人数比相手には関係ないと思え!」

 

向かい合った両者のうち、美咲が一歩前にでて声高々にそう言う。それにレッドテイルは気合の十分に篭った返事でもって答えた。

 

対してドラゴンズクロウから出てくるものはいない。どこかにリーダーはいないのか、男鹿は密かに視線で探し始める。ここからでは顔は見えないが、男鹿は強者に対しての鼻はそれなりに効いた。

 

ーー全員、一線を画して強え…。

 

そこらへんの不良、もしくは男鹿がよく相手をする奴らとは壁を何枚も超えた存在。それが、少数とはいえ1つのチームをなしている。それだけでも十分に恐ろしいことだが、それでもリーダーはさらに異次元の強さを持つという。さっき見た雑誌情報だ。

しかし、

 

ーーそれっぽいやつが、、いない?

 

男鹿の見る限りこの強者達の中でさらにズバ抜けた存在はいない。未だに前に出てこないことから判断して、いないのか。はたまた存在自体が嘘なのか。

 

「っち!行くぜみんな!!」

 

とうとう痺れを切らしたのか、レッドテイルが美咲の掛け声と共に相手に突撃する。

その激突寸前、ドラゴンズクロウの誰かが呟いた。

 

「ボスから、今バイト終わったってメールが来た。」

 

『うおおおおおお!!』

 

次の瞬間にはレッドテイルの怒号により聞こえなくなったが、確かにその呟きは男鹿の耳に届いていた。しかし、意味がわからず整理ができなかった。

 

しかし、その意味を知るのは意外とすぐだったりする。

 

 

 

________

 

10分ほど経って、戦況は変化していた。

レッドテイルのメンバーが半数になったのに対し、相手方は未だに5人もダウンしていない。それも、全員美咲が沈めたものだ。この人数比で、美咲の男鹿以上の規格外さを持って、未だに劣勢。

 

ー圧倒的。

 

実力は噂通り、いや、それ以上だった。

 

「お前ら、レッドテイルと言ったか?」

 

男鹿がその光景に呆然としていると、ふとドラゴンズクロウの1人が相手している美咲に対しそう言った。

 

「あぁ!?なんだ、興味ないと思ってた…よ!」

 

美咲も会話に応じるが、手は休めない。

 

「基本的には興味ないが、うちのボスが喧嘩の流儀は破らねえ方なんだ。相手の名前くらいは知らないと、な。」

 

「へえ、そら光栄なこって」

 

ーーカツン、カツン

 

美咲はこの年にしては異常なまでの強さを誇る。しかし、相手は2歳は年上。美咲が押しているにしても、経験の差かなかなか決めきれない。

 

「いやなに、皮肉じゃないさ。お前らは強えよ。少なくとも今まで戦って来た相手よりかはな。だからまあ、これからに期待だな。」

 

だんだんと男の捌きが緩くなっていく。

 

「今日はこれで終いだが、楽しかったぜ。うちのボスの気が向けば、またやろうや」

 

「あぁん!?なんだあ、白旗あげてんのか!?それともやっぱ舐めくさってんのか?」

 

ーータン、タン

 

美咲の渾身のフックが男の顎を狙う。

しかし、

それは男の片手によってスレスレで止められた。

 

「どっちでもないさ。ただ、事実だ」

 

ーーガン!ガン!

 

最強(ボス)がお着きになった。」

 

必死になって戦っていたレッドテイルが、美咲が、男鹿が気づいた。なにか、途方もなくやばいのが近づいて来ている、と。

そして、それに気づいた時にはもう遅い。

 

「おい、俺の相手はどいつだ」

 

河川敷の脇の道から見下げる男。

ー最強の降臨。

それは、この闘いの終幕を意味した。

 

 

 

 

 

 

瞬間、全員が一様に行動を停止した。そして、ドラゴンズクロウのメンバーは先程までの獣の如き闘いが嘘のようにその男の元へ集まる。

ゆっくりと降りてくる男。それをレッドテイルはただただ見ているしかなかった。

 

「ボス。お疲れ様です」

 

「そのボスってのやめろ。んで、相手は」

 

「それなりのものかと」

 

男はレッドテイルを見渡す。そして、ある人物のところで視線を止めた。無論、美咲である。

 

「久しぶりに、"喧嘩"ができそうだ。」

 

男が上半身の服を脱ぐ。曰く、正々堂々"喧嘩"するのに邪魔らしい。

それに、男鹿を含めたレッドテイル全員の目が開かれる。その行動に対してではない。その背中に斜めに入った龍の爪痕の如き三本の傷が、余りにも勇ましかったから。

 

半数になり、それでも未だ多いレッドテイルに1人向かう。ゆっくりとした足取りで。

 

「この場に立った限りは、男も女も関係ねえ。正々堂々相手してやる。」

 

未だに動けないレッドテイル。しかし。

 

「なにつったってやがる。さっさとかかってこい。」

 

『うおおおおらああああ』

 

次の男の一言で、全員の時間が動き出した。

 

舐めている………などとは言えない。このプレッシャー、このオーラ。

間違いなく、最強。

 

拳1つが唸る度に砂塵のように吹っ飛ばされ、脚が曲線を描く度に一瞬で意識を刈り取られる。こちらの攻撃は一向に当たらず、向こうの攻撃は一撃一撃が致命的。

 

これが、神龍(ナーガ)

 

戦っていたレッドテイルは龍の如き強さを目に焼き付けながら倒れていった。

 

ドラゴンズクロウのメンバーが戦っていた時より圧倒的に早いペースでレッドテイルの面々が崩れ落ちて行く。

そして、ものの数分で残っているのは美咲だけになった。

 

「ハア、ハア」

 

満身創痍の美咲。対してその男は当然のごとく無傷だった。

 

「てめーは強かった。楽しかったぜ。」

 

「お前の…」

 

男が拳を振りかぶった時、美咲が口を開く。

 

「あん?」

 

「お前の、名前は」

 

多分、これが最後。次の一撃で自分は沈むだろう。その前に、この男の名が知りたい。

それは美咲の切実な思いだった。

 

対する男はそれに対し薄く笑ったような気がした。

 

「ーーーーー」

 

幕引きの言葉は遠目から見ていた男鹿には聞こえなかった。一撃と共に崩れ去る美咲。

 

 

この日初めて、男鹿は美咲の敗北を見た。

そして同時に

 

 

「かっけえ…」

 

無意識のうちにその言葉を呟いていた。

その目に、三本の傷を焼き付けながら。




レッドテイルづくしの8話でした。前半の話は後の殺六縁起編での布石になったら……いいなあ。そこまで続くかわわからんけども。
殺六縁起で繋がる要素を何個か混ぜときました。それはまあいつかということで。


ちなみに忘れているかもしれませんが後半の話は古市の回想。
本人曰く、間接的に聞いたので詳しくは知らないらしい。

この後の夏目の反応はご想像次第。

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