佐々木龍一の日常は非日常   作:ピポゴン

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入学

邦枝 葵にとって、佐々木というのは、真面目で、頼り甲斐があって、石矢魔の男子で唯一まともな存在だった。自身が石矢魔に来て初めての担任がこの佐々木であった。

最凶の不良校と恐れられるこの石矢魔に在籍している教師など、まともなわけがない。

と、葵は思った。しかし接すれば接するほど評価は変わっていき、やがて葵の中での佐々木の評価は前述した通り"真面目で頼り甲斐があって石矢魔で唯一のまともな男"というものになっていた。

しかしある日のことだった。

 

「えー、そして因数分解をすることにより」

 

いつもの通り授業を行っている佐々木。それを真剣に聞いている葵。

葵にとって佐々木の授業はとてもわかりやすく受け甲斐があった。しかし

 

「おーい、数学なんてどうでもいいんだよぉ。んなことより俺と殺し合いしようぜ?」

 

この日はいつにもまして一部の生徒達が騒いでいた。佐々木は『分からない』という指摘に対しては丁寧に答えるが、適当な茶化しや挑発は意に介さなかった。

しかし、今日は流石にそれが酷すぎる。

今まで我慢して来た葵も流石に限界が来たのか、思いっきり机に手をつき立ち上がったそのとき。

 

「ぐっはあ!!!!」

 

野次を飛ばしていた不良の1人が盛大に壁際まで吹っ飛んだ。それを皮切れに次々と吹っ飛んで行く不良達。それを行っていたのはまぎれもない佐々木だった。ほぼ無表情で作業のように黙々と不良を鎮圧して行く佐々木。

 

「よし、じゃあ再開するぞー」

 

ものの数秒で騒いでいた不良共を全滅させた佐々木が最初に放った言葉である。

この時から葵の中の佐々木の評価は、真面目で頼り甲斐があって石矢魔の中で多分唯一まともな男で、そして"怒らせたらやばい奴"というものになった。

 

佐々木のやばいエピソードはそれから度々目撃し、時には耳にした。

 

ある日葵が廊下を歩いていると、視線の先に佐々木が10人くらいの生徒を担いでいるのが見えた。そしてさらに3人の生徒と対面している。

何が何だか全く分からなかった葵は暫くその様子を静観しようと決めた。

一言二言言葉を交わし、次の瞬間3人の生徒が佐々木に殴りかかった。

しかし佐々木はその3人を蹴りで打ち上げ、そのまま担いでいる10人の上に重ねた。

そしてまたどこかへ歩き始めた。

 

後で聞いた話によると佐々木が受け持っている何個かのクラスのうち、生徒が全くいないクラスがあったらしい。そしてそのクラスの1時間目を生徒捕獲にしたそうだ。つまりあの現場は、絶賛生徒捕獲中であったわけである。

 

 

またある時、葵が廊下にて生徒同士の喧嘩に遭遇した。石矢魔ではいつも通りの日常的な風景なので葵は特に意に介さず横を素通りすることに決めた。一見危険なこの行動だが葵にとってはなんら問題のないことだった。

そう、生徒同士の喧嘩ならば。

片方の生徒がフルスイングしたバットが相手を空振りし、そのまま窓へと直撃した。無論窓がその衝撃に耐えられるわけもなく、無残に四散する。

その直後である。

 

「おい……」

 

地獄の底まで響きそうな低い声。いつの間にかバットを持った生徒の後ろには佐々木が立っていた。

 

「うわあ!!なんだてめえゴラァ!!」

 

突然のことに驚嘆した生徒は思いっきりバットを振りかぶるが、

 

「ゴッパァ!」

 

次の瞬間には廊下を水平に飛行していた。言うまでもなく佐々木にぶっ飛ばされたのである。

 

「校舎を壊す奴は許さねえ」

 

鬼のような表情でそう言った彼にもう一方の生徒は全力で土下座して許しを乞いた。

 

 

他にも石矢魔最強と噂される東条を倒したとか、実は悪魔と契約しているだとか、人を殺したことがあるだとか、様々な噂が石矢魔内で飛び交っている。それほどまでに、今石矢魔で彼は大きな存在になりつつあった。

 

 

_____________

 

 

破茶滅茶な1年もあっという間に終わり、俺が石矢魔に来てから2度目の春がやってくる。そして、今日は入学式だ。

 

案の定というかなんというか、本来新入生と在校生で溢れているはずの体育館はすっからかんだ。何人か生徒の姿は確認できるが、だからといって真面目なのかというと全然そんなわけではない。今は校長のお話の途中であるのに、携帯やゲームをいじったり、友達と駄弁ったりと相変わらずの自由奔放ぶりだ。

おかしいな、今は起立するべき時なのだが、立ってる奴は1人としていない。はて、着席を許した覚えはないはずだが?

 

「てめえらゴラァ!!!校長がお話中だぞゴラァ!!!真面目に聞かねえとぶっ殺すぞ!!」

 

おっと、そんなことを考えていると横合いから怒号が飛ぶ。

今叫んだ彼は今年から石矢魔で働く新任教師の鮫島さんである。フルネームは鮫島 宇垣 らしいが俺が彼のことを宇垣と呼ぶことはないだろう。

彼とは少し話したが、曰く石矢魔に来る前にも似たような不良校に勤めてたらしい。だからか知らないが校長に安全第一でお願いしますと恒例の言葉を言われた時に、ドヤ顔で

「大丈夫っすよ。これでもああいう奴らの扱いはわかってるんで」と言っていた。だから少しその扱いとやらを気になっていたのだが、今のがそうらしい。

確かに鮫島さんの顔は厳つい。怒鳴ればそれなりの迫力が出るし、前の不良校では通用したかもしれない。しかし、ここは天下の石矢魔である。新任のまだよく知られていない教師がそんなことを言えば

 

「ぷっ………ぎゃはははははは!!!お、おいこいつ、俺らのことを殺すだってよ!」

 

「おかしくってはらいたいわー!!」

 

まあこんなことになるのは予想の範疇である。横目で鮫島さんを見てみれば顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。あれは完全に怒ってるな。まあ、もし鮫島さんが超ド級の強さとカリスマ性を持っていれば3日で馴染むだろう。

 

とりあえずこのまま全員爆笑状態じゃ校長が話すに話せないのでどうにかする。

 

「おいてめえら、流石にうるせえよ」

 

途端に静まり返る体育館。こいつらの扱いなら1年間で熟知した。大きく怒鳴るより静かに訴えかけるのが大事なのである。

まあ、自慢じゃないが俺も高校の時はそれなりにカリスマ性が必要とされる立場にいた。その経験がここで発揮されてるのかもしれない。

 

「校長、お願いします」

 

続きを校長に促す。校長は顔を引きつらせながらまた読むのを再開した。

 

今日の予定はこの後各クラスでショートホームルームなのだが、多分ほとんどの生徒が帰ると思う。まあ学校内にいれば回収すればいいのだが、家に帰られてはどうしようもない。まあせいぜい家に連絡するくらいである。

 

「はあ…」

 

俺は今年3年と2年と1年のクラスを持つことになっている。もうほぼ意味わからないがやるからにはしっかりやる。

しかし、これからのことを考えるとやはり少しめんどい………

 

 

______________

 

「おい男鹿、もっと急げよ。遅れるぞ入学式」

 

「うるせーぞ古市。俺はジャンプのせいで寝不足なんだ、殴るぞ。ジャンプで殴るぞ。」

 

「ジャンプそんな時間かかんねえだろうが。どんだけ念入りに読んだんだよ」

 

「元はといえばお前が俺のジャンプ借りてたのが悪いんじゃねえか。なんで買った俺が読むのお前より後なんだよ」

 

「よし、急ごうぜ男鹿」

 

「おいコラ古市ぃ!!」

 

ダッシュしだす古市を男鹿が全力で追いかける。

彼らの言う入学式とはもちろん石矢魔の入学式である。先の会話通り、男鹿が寝坊したことにより現在入学式に間に合うか間に合わないかの瀬戸際なのだ。

急ぐ気はさらさら無かった男鹿だが、結果的には古市をダッシュで追いかけたことにより間に合うことになった。

 

 

「うおお…流石石矢魔…。本当に高校かよここ…」

 

式場である体育館に来て古市が真っ先に思ったことである。まず人がいない。明らかに用意された席分うまっていない。というかガラガラである。しかしじゃあ来てる少人数は真面目なのかと言ったらそんなわけない。礼儀なんてあったもんじゃない。もう式が始まると言うのに黙ってる奴が1人もいない。それどころかそこら中で携帯やらゲーム機やらの操作音が聞こえる。

古市が小中と見て来た式典とは雲泥の差だ。

 

 

間も無く式が始まった。簡単な教師の挨拶から始まり、校長の話へと移る。

 

ーーしかし起立してる奴が1人も見当たらねえぞ…

 

校長の話の前に教師が起立と言ったはずなのだが当然のごとく誰も立たない。それどころか校長の話など気にせず駄弁りまくっている。この事実に呆れる古市も、この場で立つことはできなかった。完全に浮くからである。横の男鹿を見れば既に爆睡である。いっそのこと自分も寝てしまえばいいのではないかと思った瞬間。

 

「てめえらゴラァ!!!校長がお話中だぞゴラァ!!!真面目に聞かねえとぶっ殺すぞ!!」

 

体育館中に怒号が響いた。寝る体勢を探していた古市もその怒号により強制的に一時停止させられた。

 

一瞬静まり返る体育館内。

 

ーーう、うおおおこえええ!!流石石矢魔!教師まであんなんばっかかよ!なんだよあの顔の傷!ヤーさん確定じゃねえか!!

 

流石の石矢魔の不良もこれにはビビるか。とそう古市が思った時。

 

『ぎゃはははははは!!』

 

体育館内が爆笑の渦に飲み込まれた。少人数とは思えないほど響き渡る笑い声。古市はそれを見てこいつらがビビるなんてありえないか…と思う。笑い声は段々と大きくなっていき、ついには涙を流す者まで出てきた。

何がそんなに面白いのか理解できない古市。

古市は決めた。この横で爆睡しているバカを置いて自分は帰ろうと。

古市がそう決めて席を立とうとした時。

 

「おいてめえら、流石にうるせえよ」

 

それはまたも教師の声だった。しかし今度はさっきとは違う声。その声は静かなものだったが不思議と体育館内によく響いた。じっとりと、重くのしかかるような声。今更この不良達に何を言っても変わらないと思っていた古市だが、結果は全くの予想外だった。

 

 

ピタリと、笑い声が止まった。途端に体育館内は水を打ったように静かになる。

しかし少しだけヒソヒソ声が聞こえる。

ーー古市イヤー

古市はとりあえず耳を澄ましてその声を聞いてみた。

 

「お、おい、あれ佐々木だろ。いつからいたんだ?」

 

「わからねえ……さっきまではいなかった気がするが…」

 

「お、おい黙れ、殺されるぞ」

 

大体内容は以上の通り。皆一様に1人の人間のことを話している。

ー佐々木ー

見れば舞台の上にいつの間にか男が立っていた。古市は直感的にこの男が佐々木であり、先程の声を発した人物だとわかった。

しかし同時にわからないこと。

ーーなんで皆あの教師を知ってるんだ?ここにいるのはほとんどが新入生だろ…。

 

古市はとりあえず聞いてみることにした。二個横の席に黙って座っている男。この男も先程は駄弁っていたわけだが、今は口を噤んで姿勢を正している。額には汗が滲み出ている。

 

「あ、あの、すいませんっす」

 

古市はとりあえず敬語で行く。

 

「な、なんだよ」

 

相手は答えてはくれたもののかなりの小声で、目線をちらほら佐々木に向けている。

 

「えっと…なんで皆さん急に黙ったんですかね。あの佐々木先生って有名なんですか?」

 

その古市の問いにその不良は目を見開いた。

 

「おいお前、名前は、知らねえが時に無知は身を滅ぼす。この高校に入る、時点で東邦神姫と佐々木の名は知っておくべきだ」

 

男はたどたどしく話す。古市はぶっちゃけ東邦神姫なる存在も知らないのだが、聞くとまためんどくさそうなのでそこは流すことにした。

 

「石矢魔のカースト制度のトップが東邦神姫なら、佐々木は言うなればカースト制度の外側の人物。佐々木は東邦神姫と同じくらいか、それ以上に怒らせちゃいけねえ人物だ」

 

段々と舌の滑りが良くなってきた男。しかしやはり小声なのには変わらない。

 

「えっと、佐々木先生ってそんなにやばいんすかね」

 

見たところは普通だ。確かに目つきは鋭い気がしないでもないが、それだけ。高身長と灰色の髪が多少目立つ程度である。

 

「や、やばいなんてもんじゃねえ!俺が知ってる噂だけでも石矢魔生徒100人を相手に30秒で終わらせたとか、刃向かった不良を半殺しにしたとか、鬼とやりあったとか、そんなんばっかだ!東条ともやりあったって噂があるしよ…。実力は東邦神姫以上って言われてるぜ。しかもよ、あいつ去年から入ってきた新任教師なんだよ。つまりたった一年の間にこれだけの噂が生まれてるんだよ…。

あまりの恐ろしさから龍が人の皮かぶって歩いているっていう奴もいる…」

 

一気にまくしたてられ古市は途中の内容が頭に入ってこなかった。ただわかったのは、あの佐々木という人物は1年で石矢魔のレジェンドになるくらいやばい人物ということである

 

「な、なるほど。ありがとうございました」

 

「おう……おめえも気をつけろ…」

 

未だ佐々木を恐れているその不良を見て、古市は佐々木には極力近づかないように決めた。

 

そんな彼が担任が佐々木と知って絶望するのはこの少し後の話である。

 


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