由比ヶ浜には姉がいる   作:Ginkaaaaaa

9 / 9
九話 ルミルミ救済会議

 カレーを食べ終えてからも何故かみんなその場にいた。

 もうじき、小学生はそろそろ就寝時間のはずだ。まぁ最も友人たちと過ごす夜を大人しく寝るわけもない。枕を投げ、布団の上でお菓子を食べたりしながら、夜通し語り合うのだろう。

 だけど、一部には早々に寝てしまう子もいるのだ。その輪に入れない子は早く寝ようと頑張る。

 

 誰も口を開かない。ただ単に時は過ぎていく。

 

「ふむ。何か心配事かね?」

 

 そんな俺たちを見て、平塚先生は声をかける。

 

「まぁ、ちょっと孤立しちゃっている子がいたので」

「可哀想だよねー」

 

 葉山が答え、三浦が相槌的なことをする。その言葉が俺の心に少し引っかかる。

 

「……違うぞ、葉山。お前は問題の本質を理解していない。孤立する事、一人でいることはいいんだ。問題は、悪意によって孤立させられている事だ」

「はぁ? なんか違うわけ?」

「要するに、好きで一人でいることと、そうじゃない子がいるってことだよ」

 

 俺の言葉を分かりやすく、端的に言い換えてくれたのは夕紀先輩だ。

 

「だよね? 比企谷くん」

「そうですね、合ってます」

 

 だから直すべきなのは彼女が一人でいることではなく、それを強要する周囲の環境だ。

 

「それで、君たちはどうしたい?」

「それは……」

 

 平塚先生の言葉にみんなが黙る。

 どうしたい? と聞かれても別にどうしたいわけでもない。ただそのことについて話してただけである。

 

 夕紀先輩のほうを見るが、夕紀先輩はいつも通りの澄ました顔で座っていた。

 

「俺は…………」

 

 重い空気の中、葉山が口を開く。

 

「出来る限りの範囲で何とかしてあげたいと思ってます」

 

 とても葉山らしい言い回しだった。その言葉は優しい。留美にとっても、聞いている人にとっても。とても平等に優しい。

 そして誰も傷つかない言葉だ。優しく、希望を持たせ、絶望を内包させる。出来ない可能性事態も暗に匂わせながら全員に釈明の余地を与えている。

 

 

「君じゃ無理だ。今までも、これからも」

 

 

 葉山の言葉に反論したのは意外にも、ここまで何を言わず澄ました顔でいた夕紀先輩だった。

 にっこりと微笑みながらも、鋭く、冷たい声音。そして、確定した未来であるかのごとく言うその様。

 

「そう、だったかな。でも今は違います」

「どうかしらね」

 

 葉山の言葉に返したのは夕紀先輩ではなく、雪ノ下だった。

 肩を竦ませて、こちらも冷たい声音で言った。

 

 予想すらしていなかった三人のやり取りを目にして、それきり座には重い沈黙が垂れ込む。

 俺も黙ったまま三人の様子を見る。

 

「やれやれ……」

 

 平塚先生はそう言うとタバコに火をつける。

 

「雪ノ下、君は」

「……一つ確認します」

「何かね?」

「これは奉仕部の合宿もかねていると聞きましたが、彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」

 

 雪ノ下の問いに、平塚先生はしばらく考える。

 

「……ふむ、そうだな、範疇に入れてもいいだろう」

「そうですか、ならば私は、彼女が救いを求めるのであれば、あらゆる手段を持って解決に努めます」

 

 そう言いきる雪ノ下はとても凛々しかった。かっこよすぎて、由比ヶ浜も小町もうっとりしてんじゃねぇか。俺も女だったら惚れてたわ、多分。

 

「で、求められているのかね?」

「……それは、分かりません」

 

 かみ殺したように呟く雪ノ下。確かに俺たちはあの子に助けを求められたわけではない。彼女の意思ではっきり言われたわけではない。

 

「ゆきのん、あのさ。あの子、言いたくてもいえないんじゃないの?」

「誰も信じられないとかか?」

 

 俺が聞くと、由比ヶ浜は小さく首を振る。

 

「うん。それもあるけど留美ちゃん、自分で言ったじゃん。ハブるの結構合ったって。自分だけ誰かに助けてもらうってのは許せないんじゃないのかな」

 

 そこで由比ヶ浜が言葉を切る。

 まだ何か言いそうだったが、雪ノ下がそれを遮るように言う。

 

「あなたらしい意見だわ」

 

 小さく呟かれた声だが、その言葉には大きな想いが乗せられていた。

 平塚先生は雪ノ下と由比ヶ浜の両方を見ながら微笑む。

 

 

「さて、由比ヶ浜姉、君はどうするんだ?」

 

 しばらく二人を見ていた平塚先生だったが、いきなりゆき先輩に話題を振るう。平塚先生がそう言うと、みんなの視線が夕紀先輩に向く。

 

「私は別にどちらでも構いませんが、今回は雪ノ下ちゃんに賛成してみようと思います」

「そうか、ならば後は君たちが決めたまえ。私はもう寝る」

 

 夕紀先輩の返事を聞いて、平塚先生は席を立った。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 全会一致でこの問題への対処が決まり、議論をしているが早くも内容がカオスになってきた。

 議題は「鶴見留美はいかにして周りに協調を図ればいいか」だ。

 三浦が意見をいい、由比ヶ浜と葉山がそれを制止し、海老名さんが趣味に生きればいいと言ってさりげなく雪ノ下をBLの世界に勧誘しようとしたりとカオスだ。まじでカオス。混沌過ぎんよ……。

 

「…………やっぱり、みんな仲良くなれるようにしないと根本的解決にならないか」

 

 議論がカオスになってきた中、葉山がそう言う。

 思わず鼻で笑ってしまった。葉山からじろっと視線を向けられるが、こればかりは笑うほかない。俺は葉山の意見を正面堂々と嘲笑する。

 やはりこいつは根本的な部分が分かってない。

 そのお前が言っている「みんなで仲良く」という言葉が元凶なのに。

 

 

「そんなことは無理だよ。君じゃとてもじゃないが出来ない。天文学的な確率すらないね」

 

 凛とした夕紀先輩の声が、俺の嘲笑より冷酷無比な言葉が葉山の意見を、視線を粉砕した。

 そんな言葉を突きつけられた葉山は、ちいさくため息を吐き、目線を逸らす。

 その様子を見て、三浦が噛み付く。

 

「ちょっと、由比ヶ浜さん? あんた何?」

「……?」

 

 心底意味が分からなそうに夕紀先輩は首をかしげる。その様子が三浦を更に暑くさせる。

 

「その態度の事。みんな仲良くやろーってのに何でそう言うこと言うわけ?」

「出来ない事を言っている人間に、現実を突きつけるのが何が悪いの? 命綱なしでスカイツリーから飛び降りるとか言ってる人間にやめろって言ってるだけだよ」

 

 三浦に対して、いたって冷静に答える夕紀先輩。心なしか目は冷たい。

 

「――っ! あーし、あんたのこと嫌い」

「そう」

 

 興味なさげに言う夕紀先輩。

 それきり座には重苦しい雰囲気が流れていて議論どころではなくなった。 




 更新遅れてすいません。許してヒヤシンス。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。