ついたころには、時すでにお寿司、ではなく遅し。みんなが昼ごはんの支度をしていた。
材料から見るに、カレーらしい。妥当な判断だ。小学生が作れるレベルものといったらまずあがるもの出しな、カレー。
隣を見ると、すでに雪ノ下は居ず、代わりに平塚先生が立っていた。
「遅いぞ」
たった一言だったが、圧倒的威圧感により俺は一ターン休みを受けざるえなくなる。
「いや、あの……俺は悪くないんですよ」
「言い訳はいいからさっさとしたまえ、君のかわりに由比ヶ浜姉がやっているぞ」
呆れ顔の平塚先生が指を指した方向を見ると、確かに由比ヶ浜姉が料理をしていた。時折、子どもたちからも助けを求められていたりと、結構まじめにやっているらしい。
それに、いつもより柔らかい雰囲気を出している。あれなら小学生でも警戒心なしで近づいてこれる。
不意に、夕紀先輩がこちらを見る。にこっと、一微笑みだけして、また小学生たちの相手に戻る。
…………不覚にもドキッてしてしまったぜ。俺じゃなきゃ惚れてるレベル。
「ヒッキー、ちょっと手伝って」
その奥にいる由比ヶ浜から至急ヘルプが来た。あいつ今度は一体なにをしたんだ。
「あいよ、そこでまっとけ」
由比ヶ浜のほうに着くと近くには芯しかない梨が多数。あ、なんか読めたわ。
「なにを手伝えばいいんだ? まぁ、言わなくても大体分かるけどな」
「ヒッキーって梨剥ける?」
「当たり前だろ、仮にも専業主夫を希望してんだぞ。これくらいは必修科目だろ」
由比ヶ浜から梨を一つ受け取り、包丁を皮に刺し込む。
昔の悪代官みたいによいではないか、よいではないか、とか思いながらリンゴの皮を剥く。
てなわけで、早速一つ剥けたのでそれを切る。
「ほら出来たぞ」
「うわ、ほんとだ。何で出来るの? ヒッキーきもい」
おい、いくらなんでもきもいはないだろ。最近の男は料理できたらだめなの? 料理人って男がやってるイメージが若干強いんだけどな。
「確かに、男の人にしては割りと出来てるわね」
いつのまに近づいたんだか、雪ノ下まで俺の後ろに居た。まったく気配がなかったぞ、ダンボールをよくかぶるおじさんも真っ青だ。
「でも………甘いわね」
ドヤ顔の雪ノ下の後ろにはウサギ姿の梨が。あらやだ、可愛い。
てか、俺に勝つためにそんなことしたのか……。
「あー、俺の負けだ」
「あら、勝負しているつもりはなかったのだけれどね」
嘘付け、絶対勝負してただろ。俺を完膚なきまでに倒そうとしてただろ。
「ほんとだね、比企谷くん結構うまいね」
あんたもいつから俺の後ろに居たんだよ。あんたも伝説の傭兵かなんかか? やばい『愛国者達』とかに絡まれる前に違うとこに住んだほうがいいかもしれない。
ふと、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、夕紀先輩の手が動かされた。
その手に釣られて、その場所に視線を移すと、一人だけポツンとしている女の子が居た。
見覚えがある、鶴見留美だ。
そんな留美は、先ほどと同じく、葉山に絡まれていた。
「カレー好き?」
「別に、嫌いでも好きでもない」
留美はそれだけ言うと、調理場からは離れた場所にひとりでに去ってしまった。
「………比企谷くん、行ってあげたら? ここは私に任せて」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
先ほど、葉山のやった事を簡単にあらわすなら、悪手。
ぼっちには話しかけるタイミングを見極めなければならない。
小学生たちの憧れである『高校生』とやらが、動けば、それに伴って小学生たちも動く。
ぼっちに話しかけるときは、基本的に誰の目にも入らず、周りに誰も居ない状況でないと、ぼっちというのは弾劾され、貶される。ソースは俺。
「よう」
「誰? ゾンビ?」
ナチュラルに人を罵るのはやめていただきたい。
留美の視線の先を追うと、葉山たちと小学生の集団のほうに向いていた。
「じゃあ、隠し味入れるか、隠し味! 何か入れたいものある人ー?」
小学生たちが、チョコレートやコーヒーだの唐辛子など言っているなか、一つだけ群を抜いて目立ったものがあった。
「はいっ! 私、フルーツがいいと思う! 桃とか!」
てめぇは自分のメロンでも入れとけ。
「あいつ、バカか……」
思わず、出てしまった由比ヶ浜への罵倒に、俺とは違う者の声が続いた。
「ほんと、バカばっか……」
鶴見留美だ。あだ名はルミルミだな。
「まぁ、世の中大概はそうだ。早めに気づけてよかったな」
俺が言うと、ルミルミは不思議そうな視線を向けてくる。値踏みするような視線、夕紀先輩が最初に向けてきた視線とは少し違うが、まさか小学生からも向けられるとか思ってなかった。
その視線に、雪ノ下も割り込んでくる。
「あなたもその大概じゃない」
「あまり俺をなめるな、その大概からも孤立する事が出来る人間だぞ」
「はぁ…………呆れるのを通り越して軽蔑するわ」
そんなやり取りを、ルミルミはじっと見ていた。
少しだけ、ルミルミは俺らに近づいてきた。
「名前」
「あ? 名前が何だよ」
何を聞いてきたかと思えば主語のない、単語。
「名前を聞いてるの、普通今ので伝わらない?」
「………人に名前を聞くときはまず自分からというのを習わなかったかしら」
雪ノ下の冷たい雰囲気に少しだけ震えるルミルミ。
「鶴見留美」
「そう、私は雪ノ下雪乃。そこのは……」
雪ノ下が何かを言おうとしていたが、遮られる。
「彼は、比企谷八幡だ」
夕紀先輩だ。
「そして私は由比ヶ浜夕紀、よろしくね? ルミルミ」
にっこりと笑う夕紀先輩に、何かを感じ取ったのか雪ノ下と対峙したとき以上に震えるルミルミ。
そこへ、葉山にやんわり邪魔者扱いされた由比ヶ浜が来た。
「なになに、どったのー」
「彼女は、私の妹の由比ヶ浜結衣」
「鶴見、留美ちゃんだよね? よろしくね」
由比ヶ浜と夕紀先輩を交互に見るルミルミ。
「なんか、姉妹なのに違う」
確かに、由比ヶ浜と夕紀先輩は姉妹というのに似ているところが少ない。とても同じ環境で育ったとは思えない。
「そうかなー?」
「いや、私のほうを見られても……」
自覚がないのか……。無自覚ほど怖いものはないからな、早く自覚してほしいものである。