夕紀先輩の自己紹介は実に簡素だった。
最低限の情報だけ伝えてそれ以外は伏せる、と実に夕紀先輩らしい自己紹介だった。
ますます陽乃さんに似ている。ところどころ似ていて、どこか二人は決定的に違う。相容れない関係性でありながらも、お互いがお互いに必要とする、そんな感じの二人だ。
「……比企谷くん、もうみんな移動したけどいつまでそこに立っているつもりなの?」
「ん? ああ、悪い」
雪ノ下の声で思考の渦から脱する。あたりを見まわたすと、誰一人いなくなっていた。またもや独りである。
「で、お前は何でここにいるわけ? なに? 待っててくれたの?」
「そんなわけないでしょう。寝言は死んでからいうものよ」
俺が言うと、雪ノ下はゴミを見る目でこちらを見てきた。
「別に。私はトイレに行きたかったから先に行くように伝えただけよ。別にあなたを待っていたわけではないわ。結果的にそうなってしまっただけよ」
相変わらず俺に冷たい視線を向けながら、雪ノ下は俺を置いて山の上に向かい始める。
山を登る雪ノ下は、已然気高く、りりしい雰囲気を纏っていた。雪ノ下のもともとの清楚な雰囲気も相俟って雪ノ下と山のコラボは素晴らしくマッチしていた。
そんな雪ノ下は、歩いてから数十メートルのところで意気消沈していた。そういえばあいつ体力なかったな……。
「ほら、立てるか?」
「別にいいわよ、一人で立てるわ」
プライド故に一人で立とうとするが、雪ノ下はその場にへたれ込む。いや、お前疲れているからな。そんなんじゃ上まで行こうとすると、日が暮れちまうだろ。
「………………肩貸すぞ」
「……ええ、お願いするわ」
◇ ◇ ◇
先に行った由比ヶ浜たちに追いついたのはそれからしばらく時間が経ってからだった。
なにやら葉山たちが何かをしている。由比ヶ浜に聞けばチェックポイント探しを手伝っているらしい。
「本当になめ腐ってる」
夕紀先輩がそうつぶやくのが聞こえた。
忘れてはいけないが、この人は興味がない人間に対しては冷酷を通り越して冷徹無慈悲な性格だ。みんなと上辺だけでも仲良くする陽乃さんと違う。
小学生を見る夕紀先輩はどこまでも冷たく、冷徹さを感じさせる。見ているこちらも身震いするぐらい冷たい視線だ。
その視線がある場所で止まる。
視線をの方向を見ると、なめ腐っているグループから少し離れたところに、一人の女の子が立っていた。
紫がかったストレートの黒髪、首にはカメラがぶら下がっている。他の子たちと見比べても、幾分か大人びた印象を受けた。割と目立つ子だ。
なのに、誰も気づいていない。否、誰も気づかないふりをしている、いない存在として扱っているといったほうが正しい。
葉山も気づいたのか、その女の子に近づいていく。
「チェックポイント見つかった?」
ぞくり、と身震いする。
夕紀先輩を見ると、葉山を冷たい目で見下していた。
別に俺に向けられていたわけではないが、俺は寒気に襲われた。いや、悪寒といったほうが正しいかもしれない。
「……いいえ」
少女は困ったように返事をすると、そこに葉山の追撃が襲ってくる。
「そっか、みんなで探そう。名前は?」
「鶴見、留美」
「俺は葉山隼人、よろしくね。あっちのほうとか隠れてそうじゃない?」
言いながら葉山は鶴見留美ろ呼ばれる少女の背中を押していく。
てか、すげぇなあいつ。ナチュラルに名前聞いたぞ。
「すげえな、あいつ。ナチュラルに名前聞いたぞ」
「ええ。あなたには一生できない芸当ね」
回復した雪ノ下がいつも通り俺を小馬鹿にする。
が、すぐに険しい表情になる。
「けれど、あまり良いやり方とは言えないわね」
葉山のほうを見ると、留美は葉山に連れられるがまま、グループの真ん中に連れてかれた。
葉山が見ている間は一緒にいるが、葉山がどこかに行った瞬間、また留美ははぶかれる。
「小学生でも、変わらないんだな」
「小学生も、高校生も、先生だっておんなじ人間だから変わるわけないよ」
いつの間にか隣にいた夕紀先輩は、興味がなさそうに小学生たちを見つめていた。
捜索はしばらく続き、ようやく見つけたらしい。俺は知らない。働いたら負けだからな、遠目から見ていただけだ。
「ありがとうございます!」
元気な挨拶をされ(葉山たちに)、彼女たちと別れる。
彼女たちも、次のチェックポイントに向けて歩き出す。それに倣い、俺らも頂上向けて歩き出す。
振り返ると、夕紀先輩が、つまらないものをみたと言わんばかりの顔で小学生たちを見ていた。
9/15 大規模変更
新しい話を書く前に、すべての話を修正をしようと思います。