日も傾き始め、だんだんと暗くなってくる時間帯、しかし時計を見るとまだ三時。
夕紀先輩の依頼というのは、由比ヶ浜が最初にもってきた依頼と同じだった。
いや、正確には似てると言ったほうが正しい。由比ヶ浜が人にあげるための手伝いだったのに対し、夕紀先輩のは自分のスキル向上のための手伝いだからだ。ただ両方とも、最終的には人のためになる。由比ヶ浜のポイズン料理も、夕紀先輩の料理スキル向上も、最終的には人のためになると俺は考えている。
夕紀先輩の依頼は「自分の料理の味見役をしてほしい」というとても簡単な内容だった。
ただ当初は、由比ヶ浜の姉ということもあり、料理の腕の心配していたがこれは由比ヶ浜の一言によって、すぐに払拭された。
「え?お姉ちゃんの料理?すっごいおいしいよ!たまにママの代わりに料理作ってくれるから、そのとき食べるんだけどね……」
と、十分間に亘り語っていたので大丈夫と判断。雪ノ下もホッと安心をする。まぁ苦労するのはあいつだからな。少しは負担が軽くなって安心したんだろう。
で、次に時間なんだが今日の三時半、あと三十分後だ。三十分後に調理室に来てくれればいいらしい。これは由比ヶ浜からの情報だから、信憑性が問われる。
「あと三十分ね」
雪ノ下が本をパタリと閉じ、時計を見る。
緊張しているのかは分からないが、肩が少しばかし揺れている。こいつでも緊張するのか、と考えたがすぐに、あぁ陽乃さんっぽい雰囲気醸しだしてるしな、あの人と、考えを改める。
雪ノ下につられて、俺も時計を見るがすでに五分が経っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
調理室に近づくと、なんとも香ばしい匂いがした。ドアを開けると、フライパンとフライパン返しをもっている夕紀先輩がいた。
「ん?もう三時半なのか…ごめん、少し待ってて」
夕紀先輩は俺らに気づいたのか、こちらを見ずに言う。
用意されていた椅子に座りながら、俺は感心していた。由比ヶ浜が言ったとおり、夕紀先輩はちゃんと料理が出来ている。何一つ余計なものを入れようとしていない。
「ちゃんと…料理できるのね……」
雪ノ下が今の俺の考えを代弁するようにひとり言を洩らす。相当小さかったので多分俺にしか聞こえてない。ていうか疑っていたのか…分からなくもないけどな、俺も疑ってたし。
「もう少しで出来るからもう少し待っててくれ」
そう言われ、夕紀先輩の横を見ると皿が三枚置いてあった。皿の上を見ると所謂ハンバーグが置かれていた。
なんかこの人、髪型のことも相俟ってあれだな、なんか普通に主婦に見えるな。
俺がへんなことを考えていると、夕紀先輩が皿をお盆に載せて持ってきていた。ご丁寧に味噌汁とご飯まで付いていた。
「待たせちゃったね」
やんわりと笑う夕紀先輩は、普段俺を見てくるときみたいな冷たさはなく、むしろ温かい感じがした。
そんなギャップに、少しだけ俺は胸が高鳴る。
「ん、おいしい…」
隣にいる雪ノ下はもうすでに夕紀先輩の料理に手をつけていた。そしてどうやら評価もいいらしい。アマゾンのカスタマーレビューで五が確定した瞬間である
出遅れたが、俺も食べることにする。
「うめぇ……」
由比ヶ浜とは比べ物にならないぐらいおいしい。あいつの料理、食べたら味覚の地獄の甲子園開幕するしな。それに比べて、夕紀先輩の料理は、普通にうまい。
「口にあって良かったよ、それで本題なんだけど……」
ニコニコとしていた夕紀先輩の顔が真剣そのものとなる。
先ほどまで纏っていた温かく心地よい感じはなく、張り詰めていてとてもじゃないが冗談など言えない空気となる。
「……どうしたらもっとおいしくできるかな」
夕紀先輩の質問に、雪ノ下がしばらく考えてから答える。
「先輩はさっき、ハンバーグを作るとき焼いてましたよね」
「そうだね、焼いてたね」
「今度は両面を軽く焼いてから、蒸してみません?」
蒸す、その考えはなかった。