高校時代、それはあるものは黒歴史を築き、またあるものには素敵な思い出を残す。そしてあるものにはかけがえのないものを教えてくれる、そんな時代だ。
そして何より、見たくもない現実を見せてきて、聞きたくもない世界情勢などを無理やり突きつけてくる、そんな時代でもある。
このことを人は大人になると言う。言いたいことも言えず、やりたいこともやれず、挙句の果てには冤罪を掛けられたりする、そんなんが大人だ。
別にどうって事はない、俺はそんなことにあってきた側だからな。いまさら感しか漂わない。
だから俺は、青春なんて幻想を見ない、現実だけを見る。偽者ではなく本物を見る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつもどおりのある日のこと、俺は奉仕部へ向かう前に、平塚先生に出された宿題を提出すべく、職員室に向かっていた。
「失礼します」
職員室の扉を開けると、パソコンをカタカタとタイピングする音と、コピー機の起動音が聞こえる。
その中から平塚先生を探す。
「――――――――」
どうやらお取り込み中だったらしい。しかし、さっさと出して部室に向かわないと雪ノ下になんていわれるか分かったもんじゃないので、失礼だが横にスッと提出する。
が、その一連の行動を平塚先生に見られたらしく、引き止められる。
「比企谷か……」
「うす」
同時に、平塚先生の横に立っている人もこちらを向く。
第一印象はとても綺麗な人だった。髪型はワンサイドというやつで、この人にはとても似合っていて、雰囲気も和やかな人だった。
「………」
じっと、こちらを見るのでつい目をそらしてしまう。
「比企谷、どうした」
「いえ、なんでもないです。では俺はこれで」
「そうか」
ふたたび、あの人のほうを見るが、先ほどとはうって変わって、こちらと視線が合うとにっこりと微笑んでくれた。
しかし、俺には裏があるとしか思えないのでまた視線をそらしてしまう。そのまま、俺は職員室を出る。あの人のほうには視線を向けずに。
部室へ向かう途中もずっとあの人の視線について考えていた。俺はここ最近あの視線と同じ視線を向けられているはず、そう考えているとある人に行き着く。
「雪ノ下陽乃」、雪ノ下の姉であり、雪ノ下よりも
あの人が向けていた視線は理由は何あれ、陽乃さんとまったく同じ視線だった。モノの価値を計る視線、正直向けられている側からしたらたまったもんじゃない。
「比企谷くんでいいんだよね」
「っ!?」
突如、声を掛けられる。
前を向くと、先ほど職員室でみた“あの人”が前にいた。先ほどと変わらず、和やかな雰囲気を醸しつつ、こちらに近づく。
近づいてくるので俺は後ずさる。
「? どうして逃げるの?」
あんたのせいです。なんていえるような状況ではないので俺は無言に徹する。
「べつにとって食おうってわけじゃないんだから安心してよ」
そういわれて、俺は一瞬足を止める。が、その一瞬があだとなった。あの人との間合いを一瞬で詰められる。
「ようやく捕まえた」
その人が浮かべた妖艶な顔に、俺は綺麗、と場違いな感想を抱いてしまった。
その人は、じっとこちらを見てから、捕まえていた手を離す。
「うん、いいね。その目、いい感じに腐っているよ」
目の付け所がおかしい。普通は軽蔑するようなところをこの人は褒める。ていうか褒めているのかすら微妙なところだ。褒めてないまである。
「自己紹介がまだだったね、私は
由比ヶ浜、その名前には聞き覚えがあった。
そういえばと、この人は由比ヶ浜と重なる点がいくつもあることに気づく。
由比ヶ浜と同じ髪の色だし、和やかなとことかも同じだ。そして、由比ヶ浜の特徴的なメロンも健在である。
ただ、性格は違う模様。由比ヶ浜は裏表が少なく、優しい性格に対してこの人は、多分興味が湧かない人に対しては冷たく当たりそうなタイプだ。陽乃さんと似てるけどあの人は、人あたりいい。だけどこの人は違う。本当に興味がない人には最低限のことしか話さないタイプだと思う。
「君は比企谷八幡、でいいんだよね」
由比ヶ浜姉は、確認するように俺に問いかけてくる。
「………はい、そうっす」
気づいたら肯定していた。ここで嘘ついて逃げることも可能なのに、いつの間にか肯定していた。
「そう、よかった」
由比ヶ浜姉は安心したのか、ほっと胸をなでおろす。
由比ヶ浜に似ているため、由比ヶ浜姉の動作は彼女と重なる。なんていうのかちょっとドキッってしてしまった。
「君の事は妹からよく聞くよ、結衣からはヒッキーって呼ばれてるんだって?」
くすくすと笑う由比ヶ浜姉はなんていうのかとても様になっていた。
「…………一体、俺に何のようなんですか」
俺の問いに、由比ヶ浜姉は視線を鋭くする。その視線はまるで獲物を屠る狩人の目みたいに鋭く、反射的に肩を上げてしまう。
が、すぐさまニコッと人懐っこい顔になる。
「いや、べつに意味はないよ。ただ君に興味があっただけ、それ以上でもそれ以下でもないよ」
ニコニコと微笑みながら言う由比ヶ浜姉。
彼女のいった言葉は多分本当なんだろう、不覚にもそう思ってしまう何かがあった。
「それじゃ、比企谷君、また会おうってね」
由比ヶ浜姉はそれだけ言うと、俺とは逆の方向に足を運ぶ。
出来ればもう会いたくねぇな、俺は内心そんなことを思っていたが、多分それは叶わぬ夢なんだろう。
それにしても由比ヶ浜にあんな姉がいたとはな、意外だったわ。
姉の名前変更 3/31
髪型の呼称 4/2