西暦2568年
16年前のリリス江ノ島海戦以降、連邦とイスダルンは共存の道を選ぶ決意を固めはじめていた。
しかしこれは、両陣営に平和的思考の指導者が同時に首脳に着任したという偶然にしても出来すぎているとも思えることの結果だった。
だが実際に市民や前線の指揮官たちからの支持は厚く、次第に平和的共存の思考が世界中に広がっていった。
人類が自ら行ってきた数々の行い、自然に対する罪、それを償う時代が、緩やかではあるがやってきたのだ。
しかし軍上層部や抗戦派の人々との意識のズレがあることは認めざるを得ない事実であり、巨大になりすぎた組織を直ちに改変することも不可能だった。
結果、両陣営とも政府と軍との対立の図式を生み、その歪みは無用な戦火を作り出してしまっている。
そんな中、繰り返される過ちを正すかのように、一つの光が舞い降りる。
それが産声を上げたのは、8年前の話だ。
正確に言えば、その拍動は更に4年前の2556年に始まっていた。
レイヴ・エレクトロニクス社、通称RE社が、とある計画を進め出した。
連邦にもイスダルンにも加担しない珍しい企業であったRE社は、その特性から機密情報が多く、その計画も外部に知れ渡ることはなかった。
その計画の名は、"ネメシス復刻計画"。
連邦の神話計画によって誕生し、ゴースト抗戦やリリス江ノ島海戦で、たった数機で戦況を大きく変えた超高性能機、"ネメシスタイプ"を人工的に復刻するという計画だ。
神話計画が頓挫し、素体であるリリスは在るべきところへと還された今、ネメシスタイプを完全に再現することは不可能だった。
リリス江ノ島海戦以降、自然そのものに
だからRE社は、あくまで人工的な開発を進めていた。
そして計画が始まって4年後、2560年のある日、突然、RE社の本拠地がある旧日本京都エリアから巨大な"闇"が噴き出した。
それはどう形容できるかわからないもので、正しく"闇"が最も相応しいものであった。
その"闇"はとてつもない広がりを見せ、たった24時間で、琉球諸島を除く日本列島全てを飲み込み、その成長を止めた。
後の調査で、その"闇"の正体は重力の塊であることが判明し、光すらも飲み込むことで"闇"のように見えていることがわかった。
いわばある種のブラックホールである。
この重力塊は重力断層と名付けられ、今も日本列島があった場所に存在している。
この一連の出来事を、人々は"京都重力事件"と呼んでいる。
この大事件の原因、それは他でもない。
新ネメシスタイプの人工素体だ。
人智を超えた力を持つリリスを人の手で再現すること自体が禁忌とも言える行為だったが、それを圧倒的な科学力で実現してしまったが故の代償なのかもしれない。
京都重力事件によって計画に関するデータや人員は文字通り全て闇の中に消えたため、RE社は実質崩壊したとされ、事の詳細は勿論、その人工素体の行方も定かではなかった。
「ほんで、その、
「あぁ、この腐った戦乱の世界に抗う、いわば世界に対するレジスタンス活動に」
薄暗い無機質な空間に、女の声が反響している。
1機のIADの前で1人の少年と1人の女が会話しているようだ。
「組織買収という形になるが、しっかりと金は出す。今はもう少し戦力が欲しい」
「金があれば仕事はするよ、傭兵だからね。十分な前金も払うってんだし裏切ることはしない。だけどね、勝算の薄い賭けに乗っかり続けるほどバカじゃないよ」
「わかっている。オレのことが信頼できないと判断すれば契約を破棄してもいい」
ビジネスの話をするにはアンバランスな年齢関係であったが、少年は確かに傭兵の女と対等な立場で取引していた。
「よっぽど自信、あるみたいだね。いいよ、乗ってあげるよこの取引。まぁアンタの言う通り、アタシの判断次第で切ることもあるけどね、とりあえず仮契約だ」
女は操縦桿に擦れて跡がついたグローブをはめた手を差し出した。
少年はその手を一瞬見つめ、少しの笑みと共に彼女の手を握った。
「感謝する」
1機のIADの前で交わされた契約。
これで少年が思い描くシナリオへの準備が整った。
「契約成立ついでにひとつ質問いいかい?」
「なんだ?」
「ウチらは金さえあればいいワケだし契約するのに深く聞く必要がなかったんだけどさ。アンタのその資金源はなんだ? 個人の、しかもアンタみたいな坊やが持つには莫大すぎる金の出所、個人的に気になってね」
「レイヴ・エレクトロニクス・カンパニーだ」
旧モンゴルの砂漠地帯。
ゴビ砂漠と呼ばれるここは、ユーラシア大陸において激戦区と言われている地域のひとつだ。
この砂漠を挟み込むように東西に各陣営の拠点が存在し、常に防衛線が触れ合っているような状態である。
それ故、今日もここで、IAD同士の戦闘が繰り広げられている。
「クイン隊を全面に展開。我々は後方から支援しつつ、突撃の隙を伺う!」
多段変形機構を持つ連邦軍の主力IADルーク、その後継機であるクインが戦車形態でフォーメーションを組みながら前進していく後ろで、1機の赤いIADが隊の指揮を執っていた。
リリス江ノ島海戦時に開発、試験運用されていた非可変空戦用IADアカツキのカスタム機である。
「今だ! 涼波隊、私に続け!」
アカツキの後継機、アマ-アカツキ4機を従えて、赤いアカツキ、オーバーカスタム-アカツキが突撃した。
それを駆るのは、連邦軍総司令部直属独立部隊スペシャルズ第1IAD小隊"涼波隊"隊長、涼波・ハルトだ。
彼はリリス江ノ島海戦において多大な戦績を残しており、あまり表に出ないため明確に知る者こそ少ないが、連邦軍屈指の名パイロットである。
ハルトの正確かつ思い切りのある指揮によって隊はスムーズに動き、徐々に敵軍を押していった。
過剰なほどの近接戦闘力を持つオーバーカスタム-アカツキが積極的に先陣を切り、敵の懐に飛び込んで次々となぎ倒して行く。
4機のアマ-アカツキは実質的にハルト機が動きやすいよう援護しているだけの状態だ。
右手の握る日本刀風の斬鉄刀で敵機の関節を斬り落とし、左手の両刃剣型の斬鋼剣でコックピットを貫く。
1機墜とすと間髪入れずに次の目標へと、両肩のフレキシブルアームによって保持された盾を構えながら突撃し、盾中央に仕込まれたパイルバンカーを打ち込む。
そのまま背中に折り畳んた状態で背負った、自身の身長ほどある太刀、斬艦刀を背負ったまま伸ばして前転し、背後の敵を縦に両断する。
鮮やかにイスダルン軍主力機ヴァットを圧倒する赤い機体、オーバーカスタム-アカツキの勢いを止めることができずにいる一隊だったが、ある機体の登場でその勢いが止まることとなった。
「隊長、エペイストが出ます!」
「ここは新鋭機の力を信じるか…全機、エペイストの道を開けろ!」
ヴァット隊隊長その指示によってヴァットたちは道を開けるような動きを取り始めた。
それに遅れて、後方部から土煙を上げながら青色の機体が前線に飛び出していった。
「エリン・シュペルヴェン、敵エース機に狙いを集中する!」
青色の機体、エペイストを駆るエリン・シュペルヴェンは、イスダルン軍内でも相当の実力者として、若者でありながら最新鋭機を任される文字通りのエースだ。
「ったあああぁああ!」
西洋の鎧のような装甲に身を包んだエペイストが、盾に納められた剣を抜いてオーバーカスタム-アカツキに突貫した。
「⁉︎ イスダルンの新型か」
ハルトは、その強さの根源とも言える神懸かり的な反応でエペイストの剣尖を紙一重で回避し続ける。
「こいつ、性能だけじゃないな…」
自身の攻撃を躱し続けるオーバーカスタム-アカツキを見て、エリンも敵の実力を察知する。
攻守ともにバランスの取れた機体であるが故、ある程度の無理に攻め込んでもフォローが効くが、この相手には下手な動きは命取りと悟った。
しかしその心中の隙をも、ハルトは見逃さなかった。
「斬る!」
オーバーカスタム-アカツキが斬鉄刀を振り上げる。
エペイストは上体を仰け反らせてなんとか掠める程度のダメージに留め、次の斬鋼剣の横薙ぎは盾でガードする。
しかしそのひと薙ぎの衝撃は、無理な体勢からのガードでは吸収しきれず、コックピットのエリンは激しく肩をぶつける。
「お返しだオラ!」
盾でオーバーカスタム-アカツキを力任せに押し返すと、エペイストは剣を盾に突き刺した。
すると盾が変形、剣と合体した。
「喰らいな、
合体したそれを大きく振り抜くと、遠心力で盾だった部分が先端部に移動し、巨大な斧に変化した。
その刃の軌道は淡く赤い光を纏っており、一撃を受け流すために触れたオーバーカスタム-アカツキの盾の一部が爆発した。
この爆斬斧は、一時的に高温圧縮したイミュー粒子を斧に纏わせることで斬撃と爆撃を同時に行う攻撃である。
しかしイミュー粒子を高温圧縮させて武器に纏わせるというのは非常に粒子状態が不安定であるため、斧側に粒子をチャージしておく必要があり、連続使用は不可能となっている。
「面白い技を使う。ならばこちらも一泡吹かせるとしよう!」
予想外のダメージを咄嗟の体重移動で最小限にとどめ、体勢を整えながら右手に握った斬鉄刀を左肩の盾裏に納刀すると、開いた右手の掌が光を発し始めた。
その手を勢いよく地面に伏せると、そこを中心に地面にヒビが入った。
「砕けろ、グランド・マグナム!!」
地面の破れ目に光が流れ込み、砂漠特有の渇いた岩のような地面が弾丸となって爆散した。
これはハルトが以前愛機としていたアマツに搭載されていたグランクラッシャー機構を応用したシステムであり、ある程度の指向性と瞬発性を獲得している。
下からの高速の弾丸は、並大抵のパイロットでは対処できずに直撃を食らうだろう。
しかしエリンは数発食らいながらも冷静にガードし、なんとか踏みとどまった。
互いの戦力をぶつけ合う両陣営。
どちらが優勢というわけでも無かったが、どちらも短期決戦を想定していたため長引くことは望ましくないと思っていた。
そんな中、この戦闘を終わらせんとする者が現れた。
「間も無く戦闘空域に到達。艦外部の環境、予定値をクリアしています」
「連邦、イスダルン、両者ベースからのレーダー干渉域に入りました。捕捉されます」
1隻の航空艦が、戦闘空域へと近付いていた。
連邦にもイスダルンにも属さない、所属不明の艦だ。
クルーたちが淡々と報告をしてく中、艦長席には誰の姿もなかった。
が、ブリッジ内を仕切る声が、IADとの通信ラインで響いた。
「よし、粒子帆を展開。そのまま戦線へ介入を執行する」
その声は少年で、その声には迷いがなかった。
そして彼の号令を合図に、所属不明艦、"マザークロス"の艦上部の一本柱から、光の帆が展開された。
その姿はさながら空飛ぶ海賊船。
誰にも縛られることのない自由の存在、それを嫌でもわからせる外見だった。
「ハッチオープン。第1カタパルト、スタンバイ完了です」
「ルート確保、機体の出撃可能です」
艦前部、なにやらエンブレムが描かれた部分が開き、IAD射出用のリニアカタパルトが顔をだした。
その奥で、2つの
それは冷たく戦場を見つめ、熱く駆動音を鳴らす。
純白に身を包んだそれが、大空へ飛び立とうとしている。
「ローゼフ・ドリム、"ネメシスクロス"、出るぞ!」
純白の騎士、"ネメシスクロス"が、膠着状態の戦地へ、それを終わらせるために飛び出した。
青い光の粒子を振りまきながら降臨する姿はやはり美しく、神々しさを感じさせるものだった。
見たこともない姿に驚き戸惑うエリン。
昔経験した感覚を思い返し冷や汗を垂らすハルト。
その存在だけで、場を凍てつかせるほどの
ここに、革命の狼煙が上がろうとしている。
そんな予感が、多くの者の脳裏をよぎった。
「さぁ、新たな神話を、ここに綴ろう、ネメシスクロス」
どうも星々です!
約1年間、疎遠になっていましたが、この作品から復帰ということで頑張っていきたいと思います!
他にも未完の作品を抱えているわけですけども、やはりまずモチベーションを上げるにはオリジナルが最適と判断したので、自分の代表作(にしたい作品)であり大好きな作品である"ネメシスエイト"の続編を上げることにしました
構想自体はネメシスエイト2章の終盤に差し掛かったあたりからあったので、当時の構想を思い出しつつ進めていきます
相変わらずの不定期投稿かつスローペースですが、よろしくお願いします!