東方蟹怪談   作:夜鯨の町長

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本当なら明日に投稿する予定なのですが、
明日は始発のバスに乗らなくてはならない上に一日中忙しいので
今日のうちに投稿してしまいます。

サイコホラーに挑戦とか言いつつサイコに仕上がらなかったことを
ここに謝罪します。
では4話目です。よろしくお願いします。


三度見の話

 

 

 

幻想郷の秋。

外の世界と違って、四季折々の季節が鮮やかに顕現するこの地において、『秋』という季節は群を抜いて風流な季節である。

あの灼熱地獄のような夏を越え、少し風が冷たくなってくると、「秋」の字のごとく、木々は燃えるように紅くなり、さらに火を使う場面も増えてくる。冬になれば燃え尽きたかのように散って見すぼらしくなるのだが、また不足の美というやつだ。

 

また、秋はその過ごしやすさから、様々なものと相性のいい季節になっている。

運動の秋。読書の秋。食欲の秋。

そんなもの一年を通してやっていることのはずなのに、全てが特別に感じてしまう不思議な季節。

なので今日という日もまた特別に感じてもらいたい。

 

『怪談の秋』もまた。特別な趣がある。

 

 

 

 

 

 

霊夢「別に怪談は春夏秋冬いつやっても変わんないでしょう?」

 

この巫女は風情という言葉を知らないのだろうか?まぁいいたいことはわかるが。

 

饅頭「こっちも商売なんでね。流行を示唆することは大事なことなのだよ」

 

霊夢「ふーん。神社と違って楽そうね?」

 

饅頭「そっちは年末年始くらいしか明確な稼ぎどきがないからね」

 

霊夢「そう。だから今もこうして蟹さんの店に来て暇を持て余しているところなのよ」

 

人の店に来て暇などと悪態をつく博麗の巫女。

まるでうちの店ががらんどうになっているような口ぶりじゃないか。広くても大きく色々詰まってるんだからな?

 

饅頭「これでもそこそこ繁盛してるんだぞ?」

 

霊夢「あら、がらんどうの秋って言葉知らない?」

 

出来れば知りたくない言葉だ。

皆無がキノコ狩りに出ていて、遊柳がまだ寝てるこの時間は、ひどく閑散として見えているから、霊夢の言っていることはあながち否定できない。

でも確かに秋は何かと淋しいことが多いような気もする。秋は別れの季節だとかなんだとか。

どうせ冬には結ばれ直すのだから忙しない。

 

 

魔理沙「蟹ーっ!遊びに来たぞー」

 

 

先日同様。半開きだった扉を押し開いて大きな声が飛び出す。

どうやらいつもの方々が揃ったようだ。

今日の魔理沙は何故かいつもの三角帽子を逆さまに抱えて現れた。帽子の中に何かを詰め込んでいるのだろう。

 

饅頭「なんだ。キノコ狩りでもして来たのかい?」

 

魔理沙「いーや。紅葉狩りだ」

 

そして魔理沙は帽子を傾けて中を見せる。

中には容積いっぱいに(かえで)の葉が詰まっていた。

 

饅頭「これは確かに綺麗だが...。こんなに沢山の紅葉、何処で拾って来たんだ?」

 

魔理沙「妖怪の山さ。蟹は知らないのか?」

 

知らない。

知ってたとしても行こうと思わない。

恐怖を売りにしている怪談屋にとって、恐怖の感情が薄い妖怪などの存在は天敵だ。

そんな奴らの巣窟なんて関わりたくない。

 

饅頭「にしたってすごい沢山の拾って来たもんだな、これじゃあ家が焼けてるみたいじゃないか」

 

魔理沙「火事と弾幕(だんまく)は幻想郷の花火だぜ」

 

弾幕、というのはわからないが、火事のことを一度きりの花見というのは面白い表現だ。でも楽しまれては困るところだろう。

この店だって、作りが木や石灰じゃなく煉瓦造(れんがづくり)だからこそ、台所と客間や居間が連結しているが、火事と喧嘩が名物なんて開き直っていた時代では、台所は家から離れたところに建ててたんだからな。

 

霊夢「蟹さん、いつもの安い茶葉しかないんだけどどういうこと.......って、魔理沙じゃない。何しに来たのよ」

 

君こそ人の台所で勝手に何をしていたんだ。

安い茶葉しか無いのがそんなに不満なのか。なら料亭にでも行けばいいのに。

台所が連結しているとこういう図々しい方々が簡単に台所に足を踏み入れるから困る。

 

しかしまぁ、霊夢に貧乏扱いされるのは(はなは)だ心外なので、隠しておいた少し高級な茶葉を開封するとしよう。

あまり二人をぞんざいに扱うと、おもてなし上手の遊柳に叱られる。

勝手に高級茶葉を使っても叱られる気がするけど、この際しかたない。ジレンマは嫌いだ。悩む前に決断を下すに限る。

 

と、台所に向かおうと椅子から腰を浮かしたその時だ。

 

 

がっしゃあん!と、食器棚の皿が一斉に割れたような、硝子の破砕音が店中に響いた。

聴いただけで怪我してしまいそうな鋭い音だ。

 

音の発生源は私の後ろの窓からである。

 

??「まいどー!清く正しい文々。新聞の射命丸(しゃめいまる)でーす!」

 

まるで(からす)のような少女が、屈託(くったく)のない笑顔でそこに立っていた。

射命丸(しゃめいまる)、と名乗った奇妙な身なりの少女は、窓だったものを踏みつけて、この時代に似合わないデジタルカメラで、私の顔をシャッターを切る。

きっとその写真には、忿怒(ふんぬ)とも悲壮ともいえない呆然とした、しかし敵意むき出しの私の顔が写っていることだろう。

 

射命丸「いーやー。噂の『怪談屋』という外来人の営む店があると聞いて飛んで来ましたよー!私は文々。新聞の記者、鴉天狗(からすてんぐ)の射命丸(あや)と申します!早速インタビューさせていただいてもよろしいでしょうかぁ?」

 

噂をすれば影がさす。

まさに影のように黒い羽を持つ鴉天狗が、窓硝子(まどがらす)をぶち割って飛来したようだ。

 

饅頭「入り口と窓の区別もつかない、ましてや開け方すら知らないような奴に話すことなんかない。今すぐ弁償しなさい」

 

射命丸「あやや?これ障子じゃなかったんですね」

 

障子でも破って突入してはいけない。

 

遊柳「蟹さん?今凄い音がしたけど、何があったの?」

 

破砕音で飛び起きたと思われる遊柳が、心配そうに寝室から出て来た。

 

饅頭「阿呆な鳥がぶつかったんだよ。おかげで窓が粉々だ」

 

遊柳「うそ......扉よりも先に窓が壊れちゃうなんて...」

 

寝起きの遊柳はいつにも増して個性的になる。

 

魔理沙「おい文、これはちゃんと謝って窓を修繕するべきだぜ」

 

霊夢「これが常習化してうちの障子(しょうじ)まで破られたりでもしたら堪らないわ。大天狗(だいてんぐ)に告げ口されたくなかったらさっさと蟹さんに謝りなさい」

 

文「あやっ⁉︎それは勘弁願いたいです!饅頭蟹さんどうもすみませんでした。直ぐに修繕致しますので平にご容赦を!」

 

「大天狗」という仰々しい名前が出た途端に態度を変えて素直になり、新聞記者は自身が破砕させた窓硝子の破片を掻き集め、風のような速度で硝子のない窓から飛び出して行った。

天狗の社会は厳しい縦社会なのだろうか?

何にせよ、建物の被害が無くなるならそれで万事万々歳、他を気にする必要なんてない。

 

遊柳「あーあ、目が覚めちゃった。珈琲(こーひー)淹れてくるけど蟹さんは飲む?」

 

饅頭「もらおうかな。すまんよろしく頼む」

 

遊柳「はーい」

 

遊柳が台所にお湯を沸かしに行くと、散らかった店内を霊夢と魔理沙が物色し始めた。

 

饅頭「霊夢に魔理沙。間違っても盗もうなんて考えちゃいけないよ?前にも言ったがこの怪談達は、それを現実のものにしてしまうように能力をかけている。元来怪談というのは戒めで使われていたものだ、盗みなんてはたらけばどんなに弱い怪談でも確実に発動するからな」

 

霊夢と魔理沙の動きが固まった。

やはりどさくさに紛れて拝借する予定だったようだ。

 

魔理沙「怪談が戒めってどういうことだ?」

 

魔理沙は自分の企みに釘を打たれたことを残念がるように、暇つぶしを物色から質問に変えた。

 

饅頭「うーん。そうだね、立入禁止の場所とかに柵なんか立ててもあまり意味がないんだ。なにしろ物理的な抑制で禁止できることには限界があるんだから。でも、その立入禁止場所がなぜ立入禁止なのかを示すことで、そこに立ち入りすることを相手が拒んでくれるように仕向けるのさ、そこにお化けが出るなんて言ったら大抵の人間は近づかないだろ?」

 

学校に七不思議を設けたのも、夜に学校に来ることや、理科室や家庭科室やプールなどの危険が多い場所に不用意に近づかないようにする為だという理由があったりする。

怪談は恐怖心を支配する語りだ。

恐怖心に縛られる人間は怪談に縛られる。

 

饅頭「まぁもっとも、今の世の中じゃ恐怖の対象に得手不得手や好き嫌いがあるから、万人対象の怪談となると難しいところだけどね」

 

精神異常者のような狂気じみた話は、高い思考能力を持つ動物にはオールラウンドで使えるのだけれど。

 

魔理沙「じゃあさ、お試し見たいな感じで『貸し怪談』みたいな事をしてみるのはどうだ?」

 

と、魔理沙が面白そうなことを言った。

 

遊柳「あー、人里に貸本屋みたいな場所があったよね?あんな感じにするのー?」

 

魔理沙の提案が聞こえたのか、台所から遊柳が声で会話に参加してきた。

 

饅頭「それは確かに面白い案だな。参考にさせてもらうよ」

 

魔理沙「なら!」

 

饅頭「だが今ここに散乱している怪談の拝借は認めない。ちゃんと貸出用に能力を調整しなくちゃならないからね」

 

これも前に言ったが、怪談は薬のように使うと無くなる消耗品だ。貸出をする、つまりお試し体験して貰うためには、完全品を渡してしまっては安値で買われたことになるし、使えなければ試せない。

 

饅頭「そういえば最近そんな感じで調整していた物があった、あれなら貸してやってもいいが.....」

 

魔理沙「ん?」

 

霊夢「あ、蟹さんもしかして....」

 

私は知らずのうちに笑っていたようで、それを見た霊夢が何かを察したように顔をしかめた。

 

魔理沙「どうしたんだぜ?」

 

饅頭「いやなに、新商品には被験者(モニター)が必要だろう?」

 

遊柳「あー、蟹さん意地悪〜」

 

珈琲を淹れてきた遊柳が、私の顔を見て企みを察したように苦笑いした。

 

饅頭「じゃあ今からするべきことは、この割れた窓硝子の修繕からだな。これを飲んだら材料を調達してこよう。霊夢達も手伝ってくれるなら昼飯はご馳走してあげるよ」

 

霊夢「本当?なら手伝おうかしら?」

 

魔理沙「どうせなら夕餉みんなで食べようぜ。私がキノコ鍋を作ってやるぜ!」

 

饅頭「よし決まりだ。じゃあ遊柳は留守番を頼むよ」

 

遊柳「あーい。帰りに団子でも買ってきてね」

 

饅頭「はいはい。じゃあ私が珈琲を飲む前にその辺を片付けておいてね........っあ!」

 

湯飲みに入った珈琲で指を火傷しかけ、爆笑する遊柳との楽しい喧嘩があったのは忘れてあげよう。

なぜならとても気分がいいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

射命丸「へへへ、魔理沙さんほどではありませんが、私も手癖は悪い方なんですよね〜」

 

幻想郷最速の称号は伊達じゃないです。

私、射命丸文は割ってしまった窓硝子を修繕するための材料を買う為に、河童の工房へと向かっているところです。

外の世界の技術を研究している河童達は、幻想郷では特異な「かがく」という力を使える器用な種族なので、研究用に無縁塚から外の世界の漂着物を拾ってくる河童達から硝子の材料を分けて貰える可能性があるのです。

 

射命丸「これも特ダネの為の致し方ない行為。店主さんには悪いですけど、ここはスクープに免じて許してもらいましょう」

 

私はスカートの裏に隠してあった一冊の冊子を取り出す。先ほどの怪談屋から拝借した『怪談』が記されたものですね。

店主さんへのインタビューはまた後日にするとして、まずは売られているものから調べていきましょう。

 

射命丸「どれどれ」

 

仰向けに寝転ぶような姿勢で飛行しながら、冊子を掲げて怪談を読み進める。

 

 

 

『三度見』

 

 

人里の市場で働く私は、その日珍しく休暇をいただき、前から行きたかった書店に買い物に行った。

 

その書店にはたくさんの本を一冊ずつ流し読みして買い物を楽しんでいたその時、何やら丈夫な鉄の箱が本棚の裏に置かれており、取り付けてあったであろう南京錠は外れていた。箱の中には一冊の本が入っていた。

『三度見』と書かれた本でした。

 

その本の内容は

『一度振り返れば白い手が。二度振り返れば全貌が。三度振り返ればーーーーーーーー』

 

「とり殺される」

 

突然。後ろから子供の声が聞こえ、驚いて振り返ってしまった。

 

するとそこには、書店の廊下の一番奥に、青白く骨格が剥き出しの肘から先の手が、逆立ちをするように床に立っていた。

 

「動かないでください。そこの方」

 

と、隣から聞き覚えのある声が飛んできた。

この書店の店主だ。

 

「いいですか。よく聞いてください。あなたは三度見の怨霊に目をつけられてしまいました。これから三日間、何があっても振り返ってはいけません。後ろを向きたいときは歩いて大回りで後ろを向いてください。今回を含んであと二回、もし振り返ってしまえば、怨霊に取り憑かれて死にます。いいですか、二日間。明後日の夜明けまで、絶対に振り返らないでください」

 

店主の青ざめた顔を横目で確認し、震えながらに頷いてた。

 

「怨霊はあの手この手で振り返るように仕向けてきます。知人の声を真似したり、振り返るような騒ぎを起こしたりしますが、振り返りさえしなければ近寄ることができません。わかりましたね?」

 

店主は『三度見』の本を鉄の箱にしまい、大きな南京錠(なんきんじょう)で書物を閉じ込めました。

そして私の振り返ることの許されない生活が始まった。

 

 

市場の仕事は体調不良という理由で休みを延長してもらい、二日の間を寝て過ごすことにした。

 

 

 

 

 

 

射命丸「あれ?間の(ページ)が抜けてる?」

 

これから面白くなりそうでしたのに、

もしかしてここに持って来る途中で破れちゃったのかしら。

飛びながら読むのはちょっとまずいかもしれません。近くの岩場にでも座って読みましょう。

 

射命丸「少し味気ないですが、もう最大局面(クライマックス)を拝見してしまいましょう」

 

私は破れた頁を気にすることなく、最後の頁を読み進めた。

 

 

 

 

 

私はついに言いつけを守れなかった。

まさかあんな手段を持っていたなんて、

 

振り返ったそこにいたのは、二度目の時に見たその恐ろしい全貌。その四つの目に凝視され、二つの口がニンマリと笑う。

逃げようと体を前に向けたその瞬間。

意識がなくなった。

 

 

 

 

翌日、人里の路地で変死体が見つかった。

その死体は、全身の関節が真後ろを向くように捻られており、

 

へそから下の下半身は無く、代わりにもう一つの上半身が生えていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

??「(あや)様?こんなところで何をなさってるのですか?」

 

と、聞き覚えのある哨戒(しょうかい)の声が聞こえた。

 

射命丸「あら(もみじ)ですか?いま例の怪談屋から一冊拝借してきましてね。なかなか面白いですよ、よければ椛も読みま......っ!」

 

私の部下で、千里眼を持つ哨戒の白狼天狗(はくろうてんぐ)、椛の声に振り返ると、そこに椛はいなかった。

そして、椛がいるべきだったそこには、

 

逆立ちするようにじっと立っている日本の白い腕があった。

 

 

 

射命丸「え、うそ.......」

 

ちょっと待ってください?

これ、この三度見の怨霊の話の冒頭じゃないですか?

もしかしてこれ、怨霊に目をつけられた?

 

射命丸「じゃあ、あと二回振り返ったら....」

 

 

『翌日、人里の路地で変死体が見つかった。

その死体は、全身の関節が真後ろを向くように捻られており、

 

へそから下の下半身は無く、代わりにもう一つの上半身が生えていたという。』

 

 

私は最後の頁の最後の行を読み直す。

本に目を向け直したその瞬間。

 

背後に恐ろしい気配を感じる。

冷たく、暗く、ジメジメした、刃物を当てられているかのような、おぞましい気配。

 

射命丸「....!振り返っちゃダメよ!」

 

幸いにも今私がいる場所は妖怪の山の中腹。もう少し進めば大天狗様率いる天狗の総本部がある。とりあえずそこまで行けば...!

 

 

 

 

椛「おや?文様、そんなに汗だくでどうしました?」

 

背後からの刺さるような重圧の中、やっとの思いで本部に着くと、先ほど怨霊に真似られていた本物の部下、哨戒の犬走椛(いぬばしりもみじ)に会った。

 

射命丸「も、椛。大天狗様は今どちらに?」

 

椛「大天狗様ですか?それなら後ろに...」

 

射命丸「え!ホントで....すか?」

 

危ない、振り返るところだった。

 

椛「本当にどうされたんですか?」

 

射命丸「大天狗様...し、諸事情があって後ろを向けないのでございます。よろしければ私の前に姿を見せていただけないでしょうか?」

 

大天狗「私は後ろにいると言うとろうに」

 

一向にして大天狗様は私の前に現れません。

 

射命丸「く、くぅ....もういいですーー!!」

 

私はその場の空気に耐えられなくなり、本部の中へと飛び込んで、中を一周して玄関まで戻ってきた。

 

大天狗「なんじゃ文。偉く昂ぶっているようじゃが」

 

目の前には怪訝な顔をした大天狗様が、羽を広げて佇んでいた。よかった、本物で。

 

射命丸「大天狗様。私はどうやら怨霊に取り憑かれてしまったようなのです、振り返ると死んでしまう呪いにかけられてしまって...!」

 

大天狗「何を言いだすかと思えば、そんなものは山の滝で禊でもすれば憑き物も取れるだろうに」

 

射命丸「あ」

 

そうだった。

焦りすぎてそこまで考えが至らなかった。

禊は体を清める行為。人間だけではなく妖怪も禊は行うことがある。

この妖怪の山ではその場合、山の中枢にある滝の滝壺で行うのです。

 

射命丸「では行ってまいります!」

 

椛「お、お気をつけて...」

 

私は禊ぎでこの呪いが解けることに一縷(いちる)の望みを賭け、滝へと急いだ。

が、これが最大の失敗だった。

もう少し考えを巡らせれば、あんな選択はしなかっただろう。

 

 

 

椛「..............」

 

大天狗「............」

 

椛「ただいま戻りました大天狗様。報告を...ん?」

 

椛?「............」

 

大天狗?「............」

 

椛「な、なんだこれは....」

 

椛?「」

 

大天狗?「」

 

椛「消えた...真似妖怪か何かだったのか?」

 

大天狗「うむ?椛か。すまないのう、少々出掛けておってな、今帰って来たところじゃ」

 

椛「あ、大天狗様。おかえりなさいませ。どうやら真似妖怪と思しきものが私と大天狗様に化けていたようで、私が来ると逃げてしまいました」

 

大天狗「ふむ。まぁ真似妖怪程度ならなんら問題はないわ。して、儂に何か要件かな?」

 

椛「はい、哨戒任務の報告を.....」

 

椛(ん?あれは文様の羽?何故こんなところに...?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何にも邪魔されることなく滝壺に到着した私は、そのまま大きな水柱を上げて水の中に飛び込んだ。

そして滝の方へと向かい、印を結んで呪文を唱える。

このまま三度見の怨霊に捕まれば、私はすべての関節を逆に捻られるという壮絶な死を遂げる事になる。それだけは避けなくては。

 

 

射命丸(これで、私は助か....)

 

 

 

そして私は見てしまった。

 

 

振り返るなとはつまり後ろを見るなと言うこと、そして禊ぎを行なっていたこの滝壺は透き通るように綺麗な水で、

 

鏡のように私の背後を鮮明に写しだしていた。

 

 

射命丸「あ、あぁ....」

 

私の背後には、全身が血の通っていない真っ白な肌をした、下半身が上半身になっている女のような姿をした恐ろしいものがそこにいた。

下半身の無い女が逆立ちしているその上に下半身の無い女が乗っかったようなおぞましい形のそれは、上の頭と下の頭の両方の目で私をじっと見つめている。

 

射命丸「いやあああああーーーーっ!!」

 

全身の筋肉が恐怖で固まっているが、唯一動く羽だけが反射的に動き、弾かれるように滝壺から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

饅頭「だから霊夢。その硝子の裏表逆だって」

 

霊夢「魔理沙!ここちゃんと接着してよ!」

 

魔理沙「遊柳、こっち部品足りないぜ」

 

遊柳「蟹さんそれもう刃毀れして使えないよ」

 

夕方。

私と遊柳は霊夢と魔理沙を加えた四人で、割れた窓硝子の修復作業を行っていた。

喧々囂々と互いが互いを叱咤しながら、殆どが完成してきたその時、

 

射命丸「饅頭蟹さぁーーーんぎゃっ!!」

 

ごちんっ!

と、修繕中の窓にまたしても何かが激突した。

しかし、反省を活かして生きる私に手抜かりはなく、狙撃銃の弾(ライフル弾)さえ通さない強化ガラスで窓を直していたのだ。

鳥ごときの激突ではもう割れたりしない。

次は向こうが砕け散る番である。

 

射命丸「た!助けてください饅頭蟹さん!」

 

砕け散ってなかった。

(ひたい)が打撲で腫れ上がっているが、そんなの気にできないとばかりにまくし立てる射命丸さん。

 

霊夢「ちょっと文!あなたどこ行ってたのよ!文がなおすべきなのに何でまた壊そうとしてるのよ!」

 

魔理沙「そうだそうだ泥棒め!」

 

こっちもこっちでまくし立てているが、今回ばかりは此方の言い分が正しい。

 

射命丸「蟹さん!勝手に持って行ったのは謝りますから!『三度見』をなんとかしてください!」

 

今朝想定していた通りに事が運んでいるようだった。貸し怪談の実験は成功だ。

 

饅頭「落ち着いてください。背後(うしろ)には何もいませんよ?」

 

射命丸「嘘です嘘ですぅ!あなたこの怪談の持ち主なんですから分かるでしょう⁉︎あれは私にしか見えないんですよ⁉︎」

 

もちろん知っている。わざとだ。

 

射命丸「お願いします!早くあれをどうにかしてください!」

 

饅頭「なら早くあの怪談を返してください」

 

射命丸「はいお返しします!」

 

刹那の速度でスカートから冊子を取り出す。

 

饅頭「では少々お待ちを」

 

私は草子を片付けに行くついでに、店の奥からあるものを取り出した。

ポラロイドカメラである。外の世界では絶滅したであろう昔懐かしいカメラである。

画質はともかく、取った直後に現像されるという驚きの機能は、当時のカメラ業界で随分騒がれたらしい。

 

 

饅頭「お待たせしました。ではこちらにどうぞ」

 

私は既に号泣している射命丸さんを客間の皮椅子に座らせる。

 

饅頭「失礼しますね」

 

そして射命丸さんの正面でシャッターを切った。火花のような閃光が射命丸さんを包み込む。

 

射命丸「え?」

 

饅頭「ではこちらをご覧ください」

 

現像された写真を射命丸に手渡す。

徐々にくっきりと画像が出始めると、射命丸さんは青ざめた。

 

射命丸「これ....」

 

写真には射命丸が中央に写っており、その背後には、独鈷杵のような非常に気持ちの悪い化け物が写っていた。

それを見た射命丸さんは、ついにぶくぶくと泡を吹いて倒れた。

 

 

 

 

 

饅頭「気がつきましたか?」

 

射命丸「あ...あれ?」

 

射命丸さんが目を覚ましたのは、無事窓の修復を終え、魔理沙と遊柳の作ったキノコ鍋を囲んで夕餉にしていたところだった。

 

遊柳「あ、天狗さん目が覚めたのね」

 

魔理沙「私、蟹の店では絶対に怪談を盗んだりしないぜ」

 

魔理沙が少し怯えたようにそう呟いたのが聞こえた。遊柳は小さな皿に鍋の具と煮汁をよそって射命丸に渡した。

 

饅頭「これに懲りたら、あまりうちではしゃいだりしないようにするんだよ」

 

射命丸「は、はいぃ」

 

これで、貸し怪談の被験者と窃盗の見せしめを同時にこなしてくれた射命丸さんの怪談は終了した。

 

射命丸も鍋に参加し、五人で鍋をつつきあう賑やかな夕餉になった。

魔理沙が山で採ってきたというキノコは、見たことのない種類の物が大多数だったのだが、味は全く問題がなかった。風味も深みもしっかりしていて、食感も独特で美味しかった。

独特と毒毒って読み方が似ていて怖い。

 

遊柳「盛り塩を使って少し薄口に作った出し汁だったけど、正解だったみたいね」

 

射命丸「はいぃ、身に染みますぅ」

 

饅頭「玄関の盛り塩が無くなってると思ったら、こんなところに使われてたのか」

 

幻想郷では塩は貴重品らしい。海がないから。

そんなもんで、手に入れるのが難しいのは分かるけが、盛り塩で鍋を作らなくてもいいじゃないか。

 

射命丸「本当に怖かったですぅ。助かってよかった」

 

饅頭「あれは貸出用に調整していたから、三度目を振り返っても何も無かったはずだよ。ただずっとくっついてるのは嫌だと思って、写真で写して三度見を行なって消えてもらったのさ」

 

実際には放っておいても無害なのだが、放っておくことができないような感じだったので、写真を使って怪談を終わらせた。まさか泡を吹いて倒れるとは思わなかったが。

見た目があんな上下対象の気持ちの悪い形になっているのは、単純に三度見を「みどみ」と呼ぶと回文になっているからだ。初めて見たときは私も頗る驚いたさ。

 

饅頭「まぁ見てもきっと無事だったはずだけどね」

 

射命丸「え?何故ですか?」

 

饅頭「そりゃあ.....」

 

私は椎茸(のようなキノコ)を口に放りながら、怪談の落ちを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

饅頭「見たら死ぬ怪談が、こうして伝えられていることができているからさ」

 

 

この被害者は、取り憑かれて惨たらしい姿になってもなお生きていて怪談を伝えたのか、

 

あるいは彼女が死ぬ様を近くでずっと見ていた者がいたか、

 

どちらにせよ、それは三度見の怨霊よりも不気味ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

霊夢「ちょっと文、怖がりすぎよ?蟹さんが調子に乗っちゃうじゃない」

 

調子に乗っちゃわないよ。

あの後遊柳に強めに怒られて反省したんだから。同じ失敗は二度としない。

 

魔理沙「それにしても、貸出用というのにこの恐ろしさってのは驚きだよな」

 

魔理沙が箸で草子を(つつ)く。

なんと行儀の悪い女の子だ。

 

饅頭「それはね魔理沙。秋が怪談の季節だからだよ」

 

それを咎めるように咳払いをし、私は魔理沙に説明した。

 

魔理沙「はぁ?怪談の季節は夏じゃないのか?」

 

霊夢「それ今朝も言ってたけど、あれは流行を示唆するだけの妄言じゃ無かったの?」

 

饅頭「流行は示唆してるさ。でもまったく秋と怪談が関係ないことはない。むしろ、本気で怪談を語るなら夏よりも秋だ」

 

わけのわからないと言った顔でキノコを口に運ぶ二人。射命丸さんはいつの間にか手帳を取り出して話を記録し始めた。

 

饅頭「秋、それも秋分に近くなってくると、昼の時間と夜の時間が同じになるね?」

 

霊夢「そうね。そう言われてるし実際そうだと思うわ」

 

夏至は一番昼が長い日。

冬至は一番夜が長い日。

春分と秋分は、昼と夜の長さが同じ日である。

 

饅頭「単純な考え方で、昼がこの世、夜があの世と考えると、あの世とこの世の時間が同じになる。つまり等しく(イコール)なるって考えることができる」

 

日本では、昼と夜はあの世とこの世に捉えることがある。それが証拠に、江戸時代などの怪談話はほとんどが真夜中に起きている話が多く、昼の恐ろしい話というのはほとんどない。

 

饅頭「あの世とこの世が一番近くなる時、無神教で先祖崇拝の日本において、これは特別な意味を持つ日になるんだ」

 

春分の次には清明という時期があり、沖縄ではシーミーと言って、お墓の前でご馳走を食べ、ご先祖様との楽しいひと時を過ごす文化がある。

さらに春分と秋分には、天皇の祭事である「春分皇霊祭」と「春分皇霊祭」がある。

あの世が最も近づく日に、未来の安寧を願って祈祷を行う天皇の儀式だ。

 

饅頭「あの世。この世のものではないものが最もこの世に近づく季節が秋にはある。この世のものではない物語である怪談は、生気あふれる夏よりも、夜が近づいてくる秋の方がよっぽどお似合いなのさ」

 

 

 

つまり『怪談の秋』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

霊夢「だいぶ前に、幻想郷じゅうの花が一斉に咲いた異変があったのよ」

 

楽しい鍋も終わり、魔理沙と射命丸さんが帰って静かになった店内。白い月光を顔に受けながら、隅に寄せていただけの商品を棚に戻す作業をしていると、食後の緑茶を飲んでいた霊夢が、前にあった異変のことを語りはじめた。

 

霊夢「あれも丁度夏の終わりの話だったわ。外の世界から大量の霊魂が幻想郷に送られたうえに、怠癖のある三途の川の船頭の不始末もあって、霊魂が花に乗り移って花を開かせたって事があったの」

 

怠癖のある船頭の話も気になるが、外の世界から大量に霊魂がこちらに流れ込んできたということの方が先に考えるべきことだろう。

 

饅頭「それはどういう風に解決したんだい?いや、そもそも花が咲くだけなら無害だから解決ってのは少しおかしいのかな?」

 

霊夢「蟹さんのいう通り、無害も無害だったわよ。ここの閻魔がその船頭を説教で叱り倒して、船頭が真面目に働いたおかげで異変は解決、というか落ち着いたわ」

 

異変と呼ぶには些か物足りない事件だったらしい。

 

霊夢「もし蟹さんの言う、あの世とこの世が一番近くなる季節が秋だって言うのなら、この異変の発生には少なからずちゃんと要因があったと思えるから少しスッキリしたってことよ」

 

霊夢は緑茶を飲み終えると、直したばかりの大きな窓の方を向いて月を眺めた。

私も商品の整理が面倒になり、霊夢のすぐ後ろに置いてあった木箱を椅子代わりに腰を下ろし、同じように月を眺めた。

 

真っ白な満月に、紺色の雲。

月光に当てられ寂しそうな顔を見せる紅葉。

冷たくなってきた風に身を震わせるようにざわざわと枝を揺らしている。

 

少し店内を見回す。

先ほどまでいっぱいいっぱいだった店内がひどく閑散としてだだっ広く感じた。

広い部屋の真ん中に椅子と木箱があり、秋の夜長の始まりを告げる窓の景色を眺めるのは、なんとも言えない心地よい哀愁を感じる事ができる。

 

饅頭「がらんどうの秋ってのも、悪くないじゃないか」

 

空っぽだからこそ。入れる喜びがある。

何もないからこそ、美しいことがある。

 

あの天狗の新聞、たまには購読してやろう。

きっと誇大表現だらけのスカスカな新聞だろうけど、それがなんだか清々しいかもしれない。

 

「足りない」ことを拒まず、受け入れる姿勢が、私たちには必要なのかもしれない。

 

 

ならば、

 

饅頭「小腹が空いた。夜食にしよう」

 

霊夢「蟹さん太るわよ?」

 

余り物のキノコのバターソテーは、何ともいえない味わいがあった。

 

 

 

 

 

 




今回はホラー強めの話になっていましたね。。。
それに少しずつですが話が長くなって来てます。。。。

次回は少しミステリーを強めにしていきたいと思います。
また次の話も見ていただければ幸いです!
ご閲覧ありがとうございました!

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